第二話 疫病神
「たく、何だってんだよっ!!」
ボロボロになった身体を引きずりながら、乱馬は暗くなった道を歩いていた。両頬には叩かれた痕がくっきりと残っている。服もずたずたに引き裂かれていた。
『お互い、気の強い女を相手するのは大変だよなあ…。乱馬。』
脳内でそいつは乱馬に離し掛けて来た。
「あんなあ!誰のせいでこうなっちまったってんだよっ!!おめえが演技の最中に憑依してくれたおかげで、こうなったんだよっ!制多迦っ!」
乱馬はまだ煮えくり返った腹を、そのまま制多迦へとぶつけた。
そうなのだ。
乱馬当人は知らなかったが、慧喜童子が送り込んだ歓喜天の波動をまともに喰らい、乱馬は一瞬、演技中に我を失った。気がつくと、あかねの唇へ己の唇を夢中で押し当てていたのだ。
無論、慧喜童子が小細工したなどということは、誰も知らなかったので、「乱馬が演技にかこつけて、どさくさに紛れてあかねにキスした。」ということになってしまったのである。
あの後、乱馬はすぐに我に返った。否が応でも制多迦が降臨したのと共に、唇をあかねから離していた。彼が制多迦に意識を手向けた瞬間、すかさず、あかねの激しい往復ビンタが己の頬を強襲したのである。
その後は、どおっと後ろに倒れこんだ。
「乱馬のばっかあっ!!」
あかねはすっかりと怒ってしまったのは、言うまでもあるまい。
「乱馬があかねにキスした!」
「どさくさに紛れて、キスした!」
好奇心にあふれかえったその場に居た大介やひろしたちは、やんややんやとはやし立てていた。キスをするという脚本に脚色しなおした紗江さえも、大胆な乱馬のキスに目を丸くして暫く何も言葉を継げなかったほどだ。
己が身に何が起きたのか、慧喜童子にいいようにあしらわれてしまった乱馬当人には、解せなかった。ただ、制多迦がまた再臨してきたということから、彼の出現が、今回のキスに関係していることだけは間違いがなさそうだと判断していた。
「おめえか?俺の身体を勝手に操って、あかねにキスさせたのはっ!!」
まだ怒りは収まらない。
『こっちへ飛んでくるために必要だったからなあ…まあ、いいじゃねえか、やったのは俺じゃなくって慧喜童子だしよう…。何、軽い挨拶代わりだ。』
制多迦は暢気にしらばっくれる。
「何が挨拶代わりだようっ!おかげで俺はあかねにズタボロにされちまったじゃねえかっ!それに…周りに変な誤解を与えちまったし…。それだけならまだしも、あの様子じゃあ、当分、あかねに口も利いてもらえねえぞ!!どうしてくれるんだよっ!」
前をずんずんと歩いていくあかねを見ながら、はああっと溜息を吐き出した。
「で、今回は何だ?」
『あん?』
「だから、何の用でこっちの世界へ雪崩れ込んできやがったっ!説明しやがれっ!!」
『ちょっと、不動明王様に命じられてよう…。探し物だ。』
「探し物だあ?」
『おお、神界から流出した宝物が、この辺りにあるって言うからよう…。探して持って帰って来いってな。』
「それで俺にまた憑依しやがったのかあ?」
『ああ、そういうことだ。…っつーことで、また頼まあっ!』
「何、脳天気に言ってやがんだよっ!てめえは…。」
思わず声がうわずった乱馬を、前を歩いていたあかねがぎろっと睨み返してきた。
びくっと足が止りそうになる。
『たく、しゃあねえなあ…。仲直りさせてやろうか?』
「あん?」
『だから、俺に任せておけって…。意識交代するぜっ!』
「ちょっと、こらあっ!意識交代って…。うっ…」
そう思ったとき、脳がぱあっと白けた。
はっと気がつくと、乱馬の意識が制多迦の下に居た。
(こら、制多迦っ!いきなり何のつもりだあっ!!)
乱馬は制多迦の下でそうがなっていた。
「まあいいから、俺に任せておけって…。」
(やめろーっ!てめえっ!!)
ジタバタと意識の底で乱馬は蠢いたが、制多迦は少しも動じない。強い超力で上から乱馬を押さえつけていた。
前をどすどすと歩くあかねに、すいっと制多迦乱馬は近づいた。その気配を感じ取って、あかねはすかさず蹴りを入れようと身体を回してきた。
ぶんっと空回りする音がして、勢いついた足が空を切った。
だが、いつもならまともに打たれてくれる乱馬の身体はそこには無かった。
「おっと!」
あかねの蹴りを予測した制多迦乱馬がそいつをひょひょいっと避けたからだ。
となると、たまらないのはあかねであった。急に避けられても、蹴り出した足は引っ込められない。さらに、それだけではなかった。制多迦乱馬は見越したようにあかねの軸足に己の足を絡ませてすくい上げたのだ。
足を引っ掛けられて、あかねの体がバランスを崩した。
「きゃっ!」
小さな悲鳴と共に、吸い込まれていく己の体。
気がつくと目の前に彼のチャイナ服があった。いや、それだけではない。意識的に回された乱馬の腕が、あかねを抱え込むように己の胸板へと顔を押し付けてくる。
あかねの中で時が一瞬、凍りついた。
「え…。」
ふわっと髪の毛に乱馬の逞しい手が絡んだ。いやそれだけではない。頭頂部に彼の唇がふわっと当てられたような気がした。髪の毛辺りから漏れてくる彼の熱い吐息。
トクン、トクン…。
高鳴り始める心音に、再び、あかねの時が流れ始めるのに、随分時間がかかったように思う。
あかねは自分が乱馬の身体に抱きとめられていることにようやく気がついて、そんまま彼の体から離れようと足掻いた。だが、動こうにも動けない。体が一瞬硬直してしまったこともあるが、乱馬の逞しい腕が離れることを許してくれないのだった。それどころか、ぎゅっとますます強く上から押さえつけられる。
逞しい腕に捕まってしまった。まさにそんな感じがした。
「ら、乱馬…。」
あかねは、沈められた胸で、つい苦しげに言葉を吐きだした。
「たく、気が強いのも大概にしろよな…。可愛いのが台無しだぜ。」
思わせぶりな台詞を囁く。勿論、言っているのは乱馬ではなく制多迦だ。
あかねの髪の毛に絡んでいた彼の左手は、すっと滑り落ちてきて、あかねの耳へと添えられる。いやそれだけではない。添えられた手の中指が耳穴をゆっくりと刺激し始めた。
突然の乱馬の動きにビクンとあかねの肩が動いた。
今まで受けたことのない感覚が、あかねの身体を突き抜ける。
そんな彼女の反応を楽しむように、制多迦乱馬は、左手をゆっくりと動かしはじめた。
「ちょっと、乱馬…。」
さすがのあかねも危惧を感じたのか、慌てて言葉を継ごうとした。身体を動かそうにも、乱馬の右手はしっかりと腰辺りを押さえていて、微動だにしない。
制多迦乱馬はくすっと笑うと、やめるどころか、右耳への刺激を強める。
「やだ…。乱馬っ!」
今まで捕らわれたことのない新しい刺激に、あかねの身体は泡立ち始める。
『こらっ!!制多迦っ!!てめえっ!!あかねに何してやがるーっ!!』
尋常でない制多迦の絡み方に、さすがの乱馬も危機感を覚えたのだろう。このままあかねを玩具にされるような気がして、必死で抑止しようと、意識の下から叫びまわった。
(邪魔すんなって…。悪いようにはしねえから。)
制多迦は乱馬の焦りを楽しむように、上から乱馬を押さえつける。
『やめろーっ!俺のあかねに手を出すなあっ!!』
と、その時だった。
ふと横から人の気配がした。
はっとして振り返ると、そこに、こちらを好奇の目でじっと見ているいくつかの円らな瞳にかち合った。
『でえっ!親父にオフクロ、早雲おじさんになびきまで…。』
乱馬は意識下で吐き出した。
「あ、いや、いいから、続けてくれたまえ。」
コホンと早雲が咳払いを一つ。玄馬はパンダになって、ハンディビデオでこちらを撮っている。
「家の前で大胆ねえ…あんたたち。」
なびきはにやにやと腕組みしている。
「乱馬…。なんて男らしい。」
とんちんかんな言葉を吐きながら、のどかなどは目頭に手を当てている。
いつの間にか天道家の前まで帰って来ていたようだ。見慣れた門戸がそこにある。
たまらないのはあかねの方であったろう。
顔を真っ赤に染め上げて、乱馬を後ろにドンと突き放すと、だっと家の方へと駆け出していった。
その後、乱馬もあかねも、無言で時を過ごした。
乱馬に成り代わっていた制多迦も、この後すぐに意識下へと引っ込んで、再び乱馬が表に浮上していた。
皆で囲む食卓でも、ずっと無言のまま、気まずい状態で箸を動かす。
言い訳しようにも、どういうふうに説明すれば良いかも乱馬にはわからない。制多迦の存在など、天道家の面々に説明するのも、それはそれですこぶる面倒なことに違いなかったからだ。第一、誰が、憑依などという非科学的現象を信じられるだろう。「下手な言い訳よね!」と笑い飛ばされるのが関の山だ。
「ごっそさん!」
すっかり気落ちした乱馬は、いつもより早めに食卓を切り上げた。
あれから、あかねは、あからさまに怒りをぶつけてはこなかったが、どう、乱馬に対処してよいのやら、明らかに迷っている感じが見受けられた。
二人とも口数が無い。
「たく…。要らぬお節介やきやがって。ますますあかねと気まずくなったじゃねえかっ!」
階段を上りながら、乱馬は制多迦へと文句を垂れた。
『そうかなあ…。』
制多迦は悪びれる風もなく、乱馬へと言葉を返す。
「あかね、お風呂が沸いたから、さっさと入ってしまってね。」
「あ、はあい。」
階下からかすみとあかねの会話が聞こえてくる。
と、途端、乱馬の足が止った。
「こらっ!てめえ…。」
乱馬はぎゅっと握りこぶしを作って、脳内の制多迦に言った。
『あん?』
「その物欲しそうな感じは何なんだっ!」
乱馬は階段の中ほどに止ったまま制多迦に話しかける。
「てめえ…。まさかと思うが…。」
『いやあ…。折角だから、あかねちゃんの綺麗な身体を鑑賞したいなあ…なんてよっ!』
「ば、馬鹿言うなっ!!」
やっぱりと言わんばかりに乱馬は制多迦へと牽制の言葉を投げる。
「んなもん、見たところで何にもならねーだろうがっ!」
『そんなことはねえぞ。…金加羅よりあかねちゃんの方が、肌の色がずっと白いからな。…仄かに香る綺麗な女の湯浴み風景を見たいと思うのは、男の本能じゃねえのか?』
「あ、あのなあ…。てめえ、修行中なんだろ?」
『ああ。』
「だったら、女の色香なんかに溺れている暇はねえだろうがっ!」
『ちぇっ!堅い奴だなあ…。折角、人間界にまで降りて来たんだ。それに金加羅もいねえ…。』
「って、何であかねなんだよっ!!」
『おめえは見たいとは思わないのかよう…。乱馬。愛する者の全てをよう…。』
「ば、馬鹿っ!んなもの、見たかねえよっ!!あんなあかねの、ぺちゃぱいなんか見たところで、一文の得にもなりゃあしねえよっ!」
と、勢い込んで叫んだ途端、後ろから物凄い気を感じた。
ゴゴゴゴゴと燃え上がる物凄い気。
「でえっ!あかね…。」
「誰がぺちゃぱいですってええっ?」
彼女は荒い鼻息で乱馬を見据えていた。
「あ、いや、これはだなあ…。」
シドロモドロ受けこたえる乱馬に、あかねは容赦しなかった。怒りが頂点に達したようだ。
どがん、がらがら、ゴロゴロ、ゴロン、きゅう…。
あかねに背中を思いっきりしばかれて、階段からそのまま転げ落ちる。
「てててて…。いてえ…。」
「たく、この色魔っ!!ふんっ!!」
そのままあかねは自室へと上がって行ってしまった。
「あらあら…。たく…。ホント、賑やかなんだから、あんたたち。」
なびきが苦笑いしながら乱馬の傍を通り抜ける。
「畜生っ!!俺は何も悪かねえっ!!」
乱馬は階段下で呻きながら思わす虚空へと叫んでいた。
『なあ、あかねちゃんの風呂、覗きに行かねえのかよ…。』
暗がりの部屋に明りを灯したところで制多迦が語りかけた。
「行かねえっ!第一、さっきのおめえとの会話の一部、聴かれちまったから、あかねだって、予防線張ってるだろうよ…。あいつ、着替えと一緒に竹刀も風呂場へ持ってったからな…。下手に風呂場へ近づこうものなら、叩きのめされるぜ。それに、そんなことになってみろ、家族に何言われるかわかったもんじゃねえっ!」
乱馬の鼻息はさっきから荒い。
「制多迦、おめえ…。もしかして、女体が恋しいのかよ…。だったら、俺が女になってやろうか?」
『馬鹿言うな…。俺だってあかねちゃん以外の人間の裸なんて見たかねえよ…。』
「な、何なんだよっ!てめえはっ!」
どっかと畳の上に座しながら乱馬は言葉を巡らせた。
『だって、そうだろう?あかねちゃんは金加羅と同じ容姿同じ性格してるんだぜ…。だから見てみたいと思うだけでよう…。寸分、金加羅と違わないか、調べてみたいじゃねえか。…それに、乱馬、おめえの身体見たところで面白くもおかしくもねえもん。』
「あのなあ…。」
はああっと乱馬は深い溜息を吐いた。
「たく…。どういう神経してんだよう…。てめえは。」
『…なあ乱馬。もしかして、おまえ彼女とはまだ契ってねえのか?』
唐突に制多迦は訊いてきた。
「ああん?」
乱馬は思いっきり怪訝な顔をして制多迦へきびすを返していた。
『だから、あかねちゃんとは親も認めた許婚なんだろう?ってことは、公認で男と女の仲になれるんじゃねえのか?』
だああっと乱馬は思いっきり脱力した。
「あのなあ…。いきなり何言い出すんでえっ!あいつは、勝手に親が決めた許婚であって…。」
『でも、愛してるんだろう?隠したって俺にはわかるぜ。何しろおめえに憑依しちまってるからなあ…。』
「……。突然、何言い出すんでいっ!」
『案外、純情なんだな…。おめえ。』
「なっ!てめえに言われたかねえよっ!!おめえはどうなんだよっ!制多迦。金加羅とはどういう関係なんだ?おめえは、その…契ったことあるのかようっ!」
『あるさ。当然な。』
制多迦の即答に、再び乱馬は大きく脱力した。
「てめえ、修行中の身の上で…。呆れた奴だなあ…。良くお師匠様の不動明王がお許しになられるなあ…。」
『言っとくが、今の身体になって契ったことはねえ…。』
「あん?今の身体あ?」
その問い掛けに制多迦は何も言葉を継がなかった。
『ま、不動尊の眷属になってからこっち、数千年は契ってねえかな…。まだ互いに修行中だしな…。』
「お、おい…おめえってそんなに生きてるのか?」
『まあな…神界と人間界じゃあ流れる年月の速さが違うからな…。千年ったってそんなに長い年月じゃねえぞ。俺たちにはな。』
「ってことは…。ずっと前には金加羅と夫婦か何かだったとか…。」
『夫婦かあ…まあ、平たく言えばそうなるかな。まだ俺たちが今の身体に分かれる前には何度も睦みあったな。もう古い話だよ。』
「何、急にしんみりしてやがるんでいっ!」
『まあ、俺のカビの生えたような話はどうでもいいさ…。それよか、おまえ、全然、俺たちが前に来た時から進展してねえみてえだなあ…。もっと積極的に攻めてもいいんじゃねえのか?』
「うるせえっ!てめえに指図なんかされたかねえよっ!」
『何なら、背中押してやろうか?』
「絶対に、手出しするなっ!!言っとくが、俺とあかねの間には入り込むな。お節介も焼くなっ!でねえと、とっととてめえを追い出すぞっ、制多迦っ!」
乱馬はきびっと言い放った。
『ちぇっ!わかったよ。もっとも、俺は自分の使命が達せられねえとおめえから抜け出ることはできねえけどよ…。』
「たく、何だって、おめえみたいな訳わかんねえ野郎を、わざわざ俺に憑依させやがったんでいっ!その、不動明王様ってえのはようっ!!」
『まあ、この近辺に探し物の気配はあるみてえだから…。簡単に見つかるとは思うけどよ…。それまでしっかり頼まあ、宿主さんよ。』
「店子(たなこ)の分際で偉そうにっ!」
乱馬はぼそぼそと自室で制多迦と語り合ったが、当然、彼の声以外は他の家族には聞こえない。
乱馬の部屋を通り抜けたなびきが、不思議そうに乱馬の様子を障子の向こう側から垣間見ていた。
「乱馬あっ!!」
翌朝は、あかねの怒声で目が覚めた。
「な、何だ?何だ?何だ?何なんだ?」
怒涛の如く雪崩れ込んできたあかねに、思いっきり往復ビンタを浴びせかけられた。
「い、いってえじゃねえかっ!何しやがるっ!この凶暴女っ!!」
起き抜けにあかねに襲われて、乱馬はあたふたと起き上がると、はっしを彼女を睨み返した。
見ると、あかねは、物凄い怒気を背中に背負って、乱馬を見下ろしていた。
その勢いについ、遅れを取ってしまった。
「お、おい…。訳を話せっ!話してから殴れ…。頼むから…。」
と、あかねは、乱馬を睨みながら言い放った。
「あんたでしょうっ!昨日の晩、あたしの部屋に忍び込んで、ブラジャー盗んで行ったのはあっ!!」
心なしか涙目だ。
「ああん?」
乱馬はきょとんとあかねを見返した。
勿論、身に覚えがなかったからだ。
「しらばっくれないでようっ!なびきお姉ちゃんもかすみお姉ちゃんも、あんたがあたしの部屋でごそごそするの見たっていうんだからあっ!!」
仁王立ちしながらあかねは乱馬を見下ろした。
ぶんぶんぶんと乱馬は首を横に振った。
「し、知らねえっ!んなことしてねえぞ。第一、俺は昨夜はぐっすりとだなあ…。」
「あら、証拠だってあるわよ。」
なびきがひょこっと顔を出した。そして、持っていたデジタルカメラをやおら、二人の前へと取り出し、ぴぴっと画面を出して見せた。
「げっ!!」
確かに、そこには、暗がりの中で乱馬らしいおさげの少年があかねの部屋の洋服ダンスを漁っている様子が写り込んでいる。背景は暗くて、良くわからなかったが、どう見ても乱馬の影に見える。
「ちょっと待てっ!何なんだ。この画像はっ!!」
乱馬はなびきからカメラを取り上げて見入った。
「何ってまんまよ…。昨夜のあんたの様子、ばっちりカメラで収めさせてもらったわ。」
「んなこと言ってもよ、こう暗かったら俺かどうかわかんねえじゃねえかっ!俺を真似たじじいかもしれねえし。」
「あら、デジカメって便利なのよね。パソコンを使えば画像だって簡単に修正できちゃうの。で…。これが画像修正かけてプリントアウトした今の写真。」
なびきはそう言いながら乱馬の目の前に出して見せた。
「でえっ!」
驚いたのは乱馬だ。確かに、画像処理されてすっきりと己の姿が見えている。
「何かの間違いだ…。俺はこんなことやってねえぞっ!!」
「しらばっくれてないで、さっさとあたしのお気に入りのランジェリー返しなさいっ!!」
あかねがきびっと乱馬を睨み付けた。
「んなこと言われても…盗ってねえもん、どうやって返すんだよっ!!」
乱馬も必死で言い返した。身に覚えがないのだから仕方がない。
と、脇からかすみがにこやかに微笑みながら、乱馬の前に立った。それから、不気味な笑みを浮かべながら、乱馬のパジャマの裾を引っ張った。
「これ、じゃないのかしら?あかねちゃん…。」
そう言いながら、パジャマの下にあった何やら白い物を引っ張りあげる。
「でっ!」
固まる乱馬の脇腹辺りから、それはずずずっと出てきた。正真正銘のブラジャーだった。それも、色鮮やかなピンク色のレースの小花がレースでちりばめられている、今はやりのニューモードのブラだった。
「やっぱりっ!!」
あかねの鼻息が荒くなり、目が釣りあがった。
「知らねえっ!誰かの陰謀だ…。第一、俺がこんなもの持っていたって…。」
「変態っ!!」
あかねのビンタがまた、乱馬の頬へと入った。
「たく、畜生!!何だってんだよ…。」
朝のブラジャー騒動で、一日分の体力と気力を根こそぎ持っていかれた乱馬は、はああっと教室の机の上で果ててしまった。まだひりひりとほっぺの辺りが痛い。
『本当に、気が強いなあ…。あかねちゃんは…。』
制多迦が浮き上がってきた。朝からずっと気配を絶っていた制多迦が、ひょっこりと現われたのだ。
「!!」
その時乱馬は、ピンと来た。
「おい、制多迦…てめえ…。今まで何してやがった…。」
『あん?おまえの声を聴きながら、眠りに入ってたけど…。』
「眠り…。はっはーん…。やっぱ、てめえか?」
『何が?』
「だから、あかねの部屋へ夜中に忍び込んでブラジャー漁ってったのは…。」
『ブラジャー?』
「ああ…下着のことだよ。しらばっくれるなよ…。てめえならやりかねねえからな。」
『ブラジャーなどというものは知らん…。確かに、彼女の部屋で、綺麗な衣服があったから、金加羅に似合うかなあって思ってつい、懐へ入れたような記憶もあるが…。』
「それだ…。」
一気に全身が脱力していく。
『前に来た折に、あかねちゃんが付けていた胸だけの衣服に、金加羅がいたく感動してなあ…。神界の太陽は冬でも暑いくらいだからな。有難く使用させてもらってんだよ…。で、今回も一着、おみやげに貰って帰ろうかと思って…。』
「て、てめえは…そりゃあ、泥棒だろうがっ!!」
「早乙女っ!!」
教壇で教鞭をたれていた、数学の教師が、はっしと乱馬を睨みあげた。
「独り言なら、廊下でやれっ!!授業の妨げになるっ!!」
そう言って、バンッと出席簿で彼の机の上を叩いた。
くすくすとあちこちから笑いが漏れてくる。あかねはツンっと冷たい視線をこちらへと手向けてくる。
名指しで注意された乱馬は、すごすごと教室を後にした。
「たく…。おめえは絶対疫病神だな。」
つい言葉が漏れた。
「とにかく…夜中に勝手に起き上がって、俺の身体のままあかねの部屋へ忍んで行くなよっ!」
『何でだ?寝顔可愛かったぜ…。寝相は物凄かったけどよ…。』
「だあ、だから、それがいけねえっつーってんだよっ!あらぬ誤解をされる身にもなれっつってんだあっ!!」
ついつい叫んでいた。
と、ガラガラっと教室の引き戸が開き、一斉に避難の視線がこちらへ寄って来る。
「早乙女っ!独り言言いながら廊下へ立つなっ!」
「静かにしなさいっ!!勉強の邪魔でしょうがっ!!」
そこここの教室から先生が顔を出して乱馬を咎めたのだ。
「くっそお…。やっぱ、疫病神だーっ。」
乱馬の雄叫びが廊下中を響き渡った。
つづく
一之瀬的戯言
弐の章でのブラ騒動の犯人は制多迦だったようです。
制多迦があかねちゃんのブラを持ち帰っていたという(笑
…制多迦が金加羅にランジェリーをつけさせて喜んでるのモノクロらくがきを、サイト内から見つけられた方、どのくらいいらっしゃるんでしょうか?
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