第六話  異次元での死闘



 乱馬が再び部屋へ戻ると、入口のドアは閉じられた。
 パタンと音がして辺りは再び暗闇へと飲み込まれて行く。


「馬鹿だね…。せっかく命からがら逃げ遂せたのに、また舞い戻って来るなんてさあ…。」
 暗闇の先で五寸釘が笑っている。

「てめえをこのままほったらかしにしておく手はないんでな…。五寸釘…。いや、五寸釘に取り憑いた魔物め。」

 乱馬はそう言って身構えた。

「戻ってきて貰えるなら、さっきの少女の方が都合が良かったんだけどな…。きみよりもずっと可愛いもの。」

「へっ!戻って来たのが俺のほうで悪かったな。」
 乱馬はすっくと身構えた。
「まあいいさ。さっさと君を始末して、それからゆっくりとさっきの少女を上に迎えに行くさ…。ふふふ。」
「けっ!絶対におまえにあかねは渡さねえからな。」
 乱馬はそう吐き棄てると、手に持っていたポッとの蓋を回して開いた。そして、やおら、その中身をドボドボと己の頭に注ぎ込んだ。
 さあっと湯煙が上がった。もくもくと立ち上る湯煙の向こう側に、一人の少年が姿を現した。男に戻った早乙女乱馬だ。
 ポタポタと湯が乱馬のおさげから滴り落ちる。

「おまえ…。男だったのか…。それにその顔。制多迦そっくりじゃないか。」

「へへへ、どうだ?これが俺の本当の姿だ。…先に言っとくが俺は制多迦とは別人だからな。似てるみたいだけどよ。俺は早乙女乱馬。人間だ。」

「ふっ!いささか驚きはしたが、ただの人間か。男に変化(へんげ)したところで、人間は人間。大人しく我が手にかかって滅びるがいい!」

 互いに睨み合う。

「来いよ!決着をつけようぜ。」
 乱馬の方が先に蘇曽を誘った。

「生憎、俺はそっちへ行くことができないんだ。結界を張ってあるんでな。」
 蘇曽は五寸釘には似合わないぎらぎらとした瞳を輝かせて乱馬を見据えた。
「結界?」
「ああ、そうだよ。だから決着をつけたかったら、こっちへ来いよ、乱馬。」

「そっちへ?俺がか?」
 乱馬はじっと蘇曽を見詰めた。

「ああ、その結界を越えて、俺の立っている方へ来い。でないと闘えないからね…。まあ、闘いたくなければ、こっちへ来なくてもかまわないよ。その代わり、君は死ぬまでここを出られないし、金加羅も助けられない。ふふふ、好きなようにしたまえ。」
 どうやら、彼が立つ場所と乱馬の立つ場所の間に「結界」が張り巡らされているようだ。

『気をつけろ…。俺には罠っぽく聞こえやがる。』
 制多迦が乱馬の内側から久々に声を放った。
(やっと寝覚めやがったか…。)
『ああ…おまえが男に戻ってくれたおかげで、またこうやっておまえと交信できるようになったぜ。だが、奴のことだ。きっと結界を越えさせるのはおまえをおびき寄せる魂胆だぞ。乱馬。』
(ああ、わかってる。でも、行かないと金加羅は助け出せねえだろう?)
 乱馬は己の心のフンドシをしめ直した。「結界」を越えて行くのだ。蘇曽の罠だということがわかっていても、越えて行くしかあるまい。自分の力を信じて。

「ふふふ…。怖いのか?乱馬。」
 にやにやと笑いながら、蘇曽は乱馬を誘った。五寸釘の顔をした奴の、不敵な笑いに、少々乱馬はムカッとなった。
「わかった。行ってやらあっ!」
 乱馬はぎゅっと拳を握り締めると、蘇曽の立つ方向へ向かってゆっくりと歩き始めた。
 「結界」の継ぎ目は視覚的にもはっきりとわかった。
 黒い床がどす黒い血の赤色へと変わる場所があったからだ。その向こう側には、何か妖しい文字や図が点々と描かれている。
『異空間だな、これは。』
 制多迦が脳裏で吐き出した。
(異空間か…。)
 乱馬はそれに問い返した。
『ああ、おまえたち人間の時限と違う空間だ。何でこんなところに異空間が拓けて…。あ、そうか。』
(何だよ。)
『こいつはきっと倶利迦羅龍が封印していた箱の世界だ。』
(あん?)
『魔多羅神を封印した蒔絵の箱だよ。太古に不動明王様と大日如来様が魔多羅神を滅ぼしたとき、その亡骸を封印したと言われている蒔絵の箱だ…。そうか。その箱の中なんだな、奴が居るところは。』
(箱の中だってえ?どうやって入るんだ?あの蒔絵の箱は俺も見たことがあるけどよう…。)
『ははは、常人には理解を超えているかもしれんがな、異世界は人間の目から見えれば小さくとも、時限を越えると大きさも変わるんだ。…つまり、結界を越えて時限を飛び越せば、小さな蒔絵の箱の中にだって入れるってことだよ。』
「よくわからねえが…。ま、いいか。」
『金加羅はやっぱりこの結界の向こう側に捕らわれているんだろうな。』
(となると…。行くしかねえって訳か。)
『すまねえな。乱馬。』
(しゃあねえ!今のおまえと俺は一心同体。このまま奴を放っておけば、あかねだって危険に晒される。)


「怖気づいたか?乱馬よ。その結界を越えるのが怖いのか。」

 なかなか結界を越えようとしない乱馬に、蘇曽は誘わんばかりに声を投げかけた。奴にとっては、自分のテリトリーの中に乱馬を誘い込んで倒すしか手がないと考えていたのだろうか。

「怖くなんかねえ、一気に行ってやらあっ!」

 乱馬はそう吐き出すと、結界を越えて、異空間へと足を踏み入れた。

 物凄い邪気と妖気がいっぺんに身体に圧し掛かってくる。そんな雰囲気を一瞬覚えた。
「な、何だ…。この荒(すさ)んだ空気は!」

 少し前に踏み出しただけなのに、体感温度が何度も上がったような感覚だった。真冬の世界から真夏の世界へさ迷いこんだ。そんな感じを受けた。汗がだらだらと額へと浮き上がってくる。

「ふふふ…。馬鹿め。みすみす命を捨てに来るとは。」

「さてと…。せっかく結界を越えてきてやったんだから…。」
 そう言いながら乱馬は身構えた。臨戦態勢に入ったのだ。
「人間の分際で蘇曽様に逆らうとはな…。この手で始末してやろうぞ。」
「生憎、そうや問屋が卸さないぜ。てめえは、この俺様が退治してやる。そのために来たんだからな。」
 乱馬ははっしと睨みすえた。
「ふふふ、それは面妖な…。貴様如き人間に、魔多羅神の第一従者のこの蘇曽様が倒せるとは思えん。せっかくここまできたのだ。褒美として、貴様の髑髏、魔多羅神に捧げてやろうか。そら!」
「けっ!てめえも人間に憑依しているチンケな野郎じゃねえか。行くぜっ!!」

 乱馬はだっと前にのめると、一気に蘇曽へと拳を振り上げる。

「おまえは友人を打てるのか…。」
 ふっと蘇曽が言葉を吐きつけた。
「何?」
 乱馬は振り上げた拳を途中で止めた。
「この五寸釘という奴はおまえの友人なのではないのか?ふふふ、私を倒すということは、この少年の身体を傷つけるということだぞ。」
 乱馬は振り上げた拳を押さえると、だっと横へと飛んだ。蘇曽が懐から何か取り出す動作をしたからだ。案の定乱馬の着ていたチャイナ服の胸元がさっと切れた。熱い何かが胸元を通り過ぎたような気がした。

「てめえ、卑怯な。」
 乱馬はぐっと蘇曽を睨み据えた。

「惜しかったな。もう少しでおまえの心臓を突き刺せたものを…。」
 五寸釘の手には独鈷が握られていた。
『あれは…。金加羅の独鈷だ!』
(独鈷って、てめえが神界で金加羅とやりあってたときに使ってたあの危なっかしい武器か?)
 乱馬は一瞬、前に見た、金加羅と制多迦の夫婦喧嘩さながらの「闘い」を思い出していた。金加羅は独鈷を手に、地面に穴をあけまくっていたのだ。独鈷から発せられる気に、地面がえぐられ、ボコボコになったことを瞬時に思い出す。

「武器を使うなんて卑怯じゃねえのか?」
 乱馬はきっと睨み返した。
「ふん…。この五寸釘とかいう男の身体の素手では敵いそうにないからな。卑怯も何も、闘いは勝たなければ意味がないからな。」
「言ったな、だったら俺も容赦はしねえっ!」
 乱馬ははああっと気を溜め始めた。

『止せっ!乱馬っ!気は溜めるなっ!!』
 制多迦が再び警鐘を鳴らした。

「ふん、気か。ならば…。」
 蘇曽は独鈷を前へと差し出した。

「え?」
 独鈷へと乱馬が吐き出した気が飲み込まれて行く。
「な、何っ!」
 
『独鈷は相手の気を吸い取り、エネルギーに変えて攻撃することができるんだっ!』
「そんなこと訊いてねえぞっ!…うわっ!やべえっ!!」

 蘇曽の持っていた独鈷から青白い気が乱馬目掛けて飛んできた。

 ドオン。

 独鈷から火花が飛び、乱馬目掛けて気が襲いかかった。
「でえっ!!」
 乱馬はその波動に吹っ飛ばされる。

「はっはっは、ざまあないな。自分の出した気にやられるとは。」

「くそう…。何て他力本願な奴なんでい…。あれじゃあ五寸釘よりも性質が悪いや!」
『大丈夫か?…。手、貸してやろうか?』
「いや、いい。俺だけの力で倒してやる…。」

「何を一人でごちゃごちゃ言ってるんだ?ふふふ…。そろそろおまえに沈んで貰おうか…。」
 蘇曽は余裕で乱馬を見た。
「けっ!おまえ如きに倒される早乙女乱馬様じゃねえや。」
「強がるのは、これを見てからにして貰おうかな…。」

 蘇曽は乱馬に笑いかけた。不敵な笑みだ。
 そして、何か印を結んで、呪文を唱えた。
 ゴゴゴゴゴっと音がして、空間全体が歪み始めた。
「な、何だ?何が始まるんだ?」
 乱馬は辺りを伺いながら立ち尽くした。
『乱馬、あれだっ!』
 制多迦が声を上げた。
「あれは…。」

 歪んだ空間が元に戻ると当時に、新たな世界が前に広がった。地面から浮き上がるように現われたのは、一人の女性の姿だった。あかねと同じ顔をしている。

『金加羅!!』

 内なる制多迦の声に乱馬ははっとして彼女を見上げた。

 一段高まったところに縛られた金加羅を見つけたのだ。壁を背に、大の字に縛り付けられていた。気を失っているのか、目は閉じられている。彼女が固定された壁には何か妖しげな絵文字が描かれている。仏のように見える不気味な神仏の書画である。丁度曼荼羅を見ているような風だった。その中央に金加羅は貼り付けられるように鎖で繋がれている。
 彼女の上方に設えられた祭壇には、髑髏が一つ。おどろおどろしげにこちらを見据えて恨めしそうに置かれている。その上には赤いロウソクが立てられ、灯火が妖しげに揺らめいていた。



「くっ!」
 乱馬は彼女を助けるべく、だっと駆け出す。
 
「おっと…。勝手に手出しされても困るんでな。おまえの相手は別に用意してあるぜ、乱馬よ。」
 にやっと蘇曽が笑った。背後でオオンと一声唸り声を上げる物体が蠢いていた。
 一匹の龍だった。そいつは、ゆらゆらと揺らめいて、乱馬を睨み据えていた。
「どんなに力んでも、人間のおまえはこの龍には敵(かな)うまい。こやつ、神界で制多迦童子をも薙ぎ倒した奴だからな。ククク。人間には過ぎた相手だぜ。」

「制多迦、おまえ、あんな龍にやられたのか?」
『うるせえっ!たまたま油断してたんでいっ!最初闘ったときは不意打ち喰らったんで、あいつが倶利迦羅龍だってこと、全然気がつかなかったんでいっ。』
「じゃあ、今やりあったら勝てる自身はあるのかよ。」
『勿論、あるさっ!!』


「行けっ!倶利迦羅龍よっ!!」
 その言葉に、背後に侍っていた倶利迦羅龍がオオンと一声唸り声を上げると、乱馬目掛けて襲いかかった。
「ふふふ、せいぜい頑張って倒すのだぞ。さもなくば、刻一刻、金加羅の身体から美しき正気が抜けて行くぞっ!」

 
「させるかっ!」
 乱馬はだっと駆け出した。
 倶利迦羅龍はぐねぐねとウロコをたたえた胴体をうねらせながら、乱馬目掛けて襲い掛かる。
「畜生っ!」
 乱馬は拳を握り締めて気を集める。
「おっと、気は使わせない!」
 蘇曽は持っていた独鈷をフルに使って、乱馬から溜め込んだ気を吸い上げる。
「おまえが気を出せば出すほど、この独鈷で吸い上げてやる。…ふふふ、そして、こちらに気が溜まったら攻撃だっ!」

 ドンと煙が上がって、蘇曽が乱馬目掛けて独鈷から彼から奪った気を浴びせかける。

「畜生!あの独鈷に吸い取られるんじゃ、下手に気は使えねえっ!!かといって、素手でやり合える相手じゃねえしっ!!」
 前門の虎、後門の狼、いや、前門の倶利迦羅龍、後門の蘇曽だった。乱馬はだんだんとピンチへ立たされていた。
 五寸釘の部屋は、いつしか広い空間へと様相を変えていた。
 倶利迦羅龍の攻撃は激しさを極めた。
 焔が天を焦がさんとばかりに乱馬目掛けて降りて来る。そんな感じだったのである。また、動きも予想以上に速く、逃げ惑うのが精一杯だった。

「どうだ?これでは手も脚も出まい…。」
 憎々しげに蘇曽が嘲る。

「くそっ!これじゃあらちがあかねえ!!」
 はあはあと肩で息をする乱馬を見て、にやっと蘇曽が笑った。


「さあて、そろそろ儀式が始まる時間だ。」

「儀式?」
 乱馬は蘇曽を見上げた。

「くくく、まあ見ているが良い。」
 蘇曽がそう声を張り上げると、金加羅を吊るした壁の天井部に、天窓のような空間がぽっかりと開いた。
 その上空には星々が煌めく。まだ夕暮れまでには時間が早いのにだ。

 と、白んだ淡い光が、その天井の穴を通して差し込めてきた。

「光?」

 その一縷の光は、さあっと金加羅を照らし出す。
 と、金加羅の身体が光り始めた。すると、金加羅の目がすっと開いた。いや、異変はそれだけではなかった。

「ああああああああああっ!」

 金加羅が苦しげに声を張り上げ始めたのだ。

「なっ!てめえ、彼女に一体何をしたっ!」
 乱馬はきっと蘇曽へと食って掛かった。

「ふふふ…。天上から照らしつけてくる満月の月明かりを浴びせかけて、金加羅の美しき生体エネルギーを吸い出しているんだ。」

「な、何だって?」

「気位の高い、女の生体エネルギーは、我ら魔多羅神の本体の復活を促してくるのでな…。満月の月の魔力を使って、必要なエネルギーを吸い出しているのだ。案ずるな、彼女の気は有効に余すところなく使わせてもらうぞっ!」
「ふ、ふざけるなっ!そんなことしたら、彼女は…。」 
 迸る白い月光に、金加羅は身悶え始める。すると、金加羅の身体から抜き出された「生気」が少しずつ、髑髏の乗っかった大きな水晶玉へと注がれ始めたようだ。鈍い光を放ちながら、水晶玉が光り始める。
「いやああああああっ!」
 鎖につながれたまま金加羅は、精一杯身を捩じらせて、抵抗を試みていたが、動かぬ手や足ではどうしようもなかった。
 頭上から照らしつけてくる満月の光は、容赦なく金加羅の美しき気を体内から吸い上げていく。




「余所見をしている暇などないぞっ!倶利迦羅龍、奴を貫けっ!!容赦するなっ!」
 
 オオオオーン!

 蘇曽の命に一声わななくと、倶利迦羅龍は乱馬目掛けて大口を開いた。
 口から発せられる烈火の焔。
 乱馬を容赦なく飲み込んでいくように見えた。

「ふふふ、滅んだか…。」
 炎々と吹き上がる焔に、にやっと蘇曽が笑いかけたときだった。

「俺は滅びはしねえぜ。」
 蘇曽の背後で声がした。焔が立ち向かう一瞬の隙に、
「な、何?」
 いつの間に後ろ側に回ったのか、乱馬が仁王立ちして立っていた。いや、それだけではない。すぐさま蘇曽に攻撃を仕掛けた。
 瞬時に蘇曽の傍を通り抜け、彼の手から独鈷を奪い返す。

「し、しまったっ!!」
 蘇曽が叫ぶ。

「へへへ、独鈷は返して貰ったぞっ!蘇曽っ!!」
 乱馬はにっと笑いながら蘇曽を見上げた。
「おまえいつの間に…。」
「俺の中に巣食う力が助けてくれたんだよ。」
「おまえの中に巣食う力だと?」
 蘇曽はじっと乱馬を見据えた。

 そう、焔が飛んできた一瞬、制多迦が乱馬に結界を施して助けてくれたのである。

「ふっ!それで勝ったと思うなよっ!!」
 蘇曽は手を前に組むと、さっと何かの呪文を唱えた。
「セイラマイジュ・ヤット・ソワカッ!」
 そう吐き出して、バンっと地面を両掌で叩いた。
 瞬時に乱馬の足元が赤黒く光りだす。
「わっ!な。何だ?」
 何やら妖しい絵文字が浮かび上がったと思うと、乱馬の動きが瞬時に止った。
「地面から足が離れねえっ!」
 ぐっぐっと足を引っ張ろうとするが、ぴたりと地面に張り付いて動かないではないか。

「ふふふ、動けまい。呪縛の呪文を唱えたからな。…この空間は私が支配する空間だ。だから、床の隅々、壁の隅々まで私の言うことなら何でも聞くのだ。」

「くっ!どこまでも姑息な手を使いやがって…。」

「さあ、お遊びはそこまでだ。小僧!倶利迦羅龍。今度こそあの小僧を灰燼に帰せ!おまえのその灼熱の焔で骨まで溶かしてしまえっ!」

 ドクン!!

 乱馬の中で何かが弾けたような感じがした。
「て、てめえっ!制多迦何を…。」
 ただならぬ気配に、乱馬が言葉を吐き出す。
『悪いな、乱馬。この場は、俺と変わってくれっ!!今度のはさっきみたいなチンケな結界で防げるとは思わないんでな…。』
 体中の血と毛穴が、一度に戦慄きだしたような感覚に捕らわれる。
「制多迦、何しやがるっ!!わああっ!!」
 ガクンっと乱馬の身体から力が抜け落ちた。
『乱馬、暫く、おまえの身体借り受けるぜっ!』
 乱馬は最後にその声を無言で脳内から聴いていた。

「小僧、観念したか?ふふふ、倶利迦羅龍、やれっ!!」

 再び焔の龍が乱馬目掛けて襲い掛かった。今度はさっきの数倍も激しい焔が、動かない乱馬を貫いていく。

「今度こそ、灰燼に帰したか…。」

『無駄なことだぜ、ったく…。』
 焔の向こう側から声がした。

「何?」
 蘇曽の顔色が変わった。
「何故だっ!その焔で焦がされて平気な人間など…。」

 焔が通り過ぎた後、独鈷を持った少年が険しい瞳をたたえて、はっしと蘇曽を睨み返していた。

「おまえ…。独鈷を扱えるのか?」 
 蘇曽の驚いた顔に、少年は静かに言った。

『てめえだけは許さねえ…。金加羅をさらって苦しめたこと、その身を持って調伏(じょうぶく)させてやる!』
 鋭い視線が蘇曽を貫いた。

「制多迦…。制多迦ね…。この気は…。」
 苦しげに金加羅が下方の少年を見て問いかけた。
 月の光を浴びて、気を吸われながらも、必死で耐えながら声をかけた。


『金加羅…。案ずるな。こいつらを始末したら助けてやる…。』


「やっぱり…。制多迦。」
 金加羅はにっと笑うと、コクンと頷いた。だが、容赦なく、彼女の上に鎮座する赤い髑髏は金加羅の生気を吸いとりながらと不気味に月に反応して輝きを増していた。


「おまえ…。制多迦か。」
 蘇曽ははっと見上げて言った。
『ああ…。乱馬の身体を借りてここまで来た。こいつと俺は交流できるようだからな。…俺の童女に手出ししたこと、後悔させてやる…。』
 
「くそっ!倶利迦羅龍、こいつを滅せよ!息の根を止めてしまえっ!」
 蘇曽は倶利迦羅龍の影に隠れながら叫んだ。
『来いっ!倶利迦羅龍。今度は負けねえっ!』
 
 ぐるぐると上空を回っていた倶利迦羅龍は、再び乱馬の姿を借りた制多迦目掛けて攻撃をしかけてきた。今度は体当たりで粉々に制多迦を砕くつもりなのだろう。
 激しい焔を体中から発しながら、乱馬目掛けて急降下してくる。

 静かに身構えながら、制多迦は呪文を唱え始めた。
『オン・バザラダト・ダン…バザラダト・ダン…』
 そして最後に吐き捨てるように握りこぶしを開き、一気に技を解き放った。
『飛竜昇天…破ーっ!!』

「な、何っ!!」

 ドオオン!!

 激しい爆裂音と共に、蒼い気が金加羅の掌から真っ直ぐに飛び出していた。
 そう、「飛竜昇天破」だ。彼は倶利迦羅龍の気炎から発する熱気を利用し、飛竜昇天破を解き放ったのである。

 オオオオン!ガオオオン!!

 倶利迦羅龍がのたうちながら、苦しみ始めた。奴自身が気炎の塊のようなものだ。そのどてっぱらを、容赦なく飛竜昇天破の蒼い冷気が貫いていく。

 アオオオン!オオオン!


 苦しがる倶利迦羅龍目掛けて、制多迦は再び別の気砲を解き放った。真っ直ぐに眉間を貫く気弾の光。

 ガアアアアッ!!

 眉間を打ち抜かれると共に、倶利迦羅龍は後ろへと倒れこんだ。真っ赤に燃え上がっていた倶利迦羅龍のウロコはしだいに赤い焔を失い、いつしか蒼い色へと変色していく。荒れ狂っていた恐持ての瞳は真っ赤な輝きを納め、乳白色へ変化しはじめる。やがて、倶利迦羅龍はしゅるしゅると音をたてながら、小さく小さく縮み始める。そして、大きさも数十メートルから二メートルくらいにと小さくなり、大人しく地面へと腹ばいしてしまった。



つづく



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