制多迦と金加羅とは?


 制多迦と金加羅は、共に不動明王の童子のうちの代表的な二人です。

 不動明王とは俗に「お不動さん」と言われる、とっても恐持ての顔を持った明王様です。
 元々はヒンズー教のシバ神が仏教に習合されて、大日如来の使いになったと言われています。また、大日如来の変化した形が不動明王だと言う信仰もあります。
 あの恐持ての憤怒の形相は仏教に対し攻撃する者を排するためだとも言われています。仏(大日如来)の言うことを聞かなかったり攻撃する者に対して、剣で牽制し、羂索で縛り、正しい道に導くという姿を現しているのだそうです。

 また、古くから修験者を保護する仏として信仰を集めました。そのために、険しい山野や大きな寺の山脇に、良く石像などが彫られたとも。
 「平家物語」では文覚上人が熊野で荒行をする段に、不動明王が八大童子を遣わし、上人の修行を助けたという逸話も編入されています。

 不動明王の眷属には三十六童子が居るそうですが、そのうちの代表的な童子を八大童子と呼びます。

慧光童子(えこうどうじ)
慧喜童子(えきどうじ)
阿耨達童子(あのくたどうじ)
指徳童子(しとくどうじ)
烏倶婆伽童子(うくばかどうじ)
清浄童子(しょうじょうどうじ) ・・・又は清浄比丘(せいじょうびく)・・・童子の中で唯一剃髪した僧形です。
そして金加羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)です。


 何故新年早々にこんな妄想を?

 実家から借りてきた本の中に「優しい仏像の見方」という本がありまして、この本が、妙にはまってしまいました。如来や菩薩、明王や天部の仏像のこそあどが書いてあるばかりでなく、着付けなどが写真入で紹介された入門書的な本で、いずれここから拝借してイラストを描きたいと思っていた私。
 年末、紅白を見ながらごそごそと本を片手にスケッチブックに描いてみたのが新年画像の不動明王的乱馬。
 不動明王というのは、怒りの形相ではありますが、実は「おさげ」なのだそうです。
 いくつか家にある歴史書や美術書を紐解いて、不動明王の装束を調べているうちに、制多迦童子と金加羅童子のことを改めて認識しなおしたのです。
 不動明王と金加羅童子と制多迦童子を並べて安置された仏像や図絵が多いのです。これは不動明王三尊形式と俗に呼ばれるそうです。
 実家から前に借りてきた密教の本を紐解くうちに(私の母は密教に興味があって密教系の某大学に在籍しているのでこの関係の本は実家に山済みになっています)、こりゃ乱馬とあかねにマッチングするな・・・という阿呆な妄想を持つにいたってしまったのが何よりの創作の源。
 金加羅童子は色白でおかっぱのような頭をしていて温厚、知恵と慈悲を持って不動明王に仕え、制多迦童子は赤い肌でまげを結んでいて精悍、福徳と方便で不動明王に仕えるというのです。
 これって乱馬とあかねみたい・・・。そう思い始めると、どんどん深みにはまっておりました。

 このTOPにあるイラストが制多迦(乱馬)と金加羅(あかね)のイメージになっています。
 制多迦は金剛棒を、金加羅は独鈷(どっこ)を持っていることになっているんですが。独鈷が微妙に五鈷鈴(ごこれい)や三鈷(さんこ)に見えますが、気にしないでください(滝汗)。独鈷は先っちょが尖がっています。


 また、勿論、童子は元々男をあらわす言葉ですので、あかねが女体として表れるのはおかしいことだというのは百も承知です。が、妄想作品なのでその辺りは突っ込みご遠慮くださいませ。作中では「金加羅童女」と表記しています。

 この作品の二童子は、不動明王に仕えながら修行しているという設定です。

 また、「セイタカ」「コンガラ」の字はいくつかありますが、使いたかった字体「矜羯羅」は当時のパソコンでは入力できなかったので、あまり使わない「制多迦」と「金加羅」を使わせていただいております。





 参考書
「優しい仏像の見方」西村公朝 著(新潮社)
「密教の本 驚くべき秘儀・修法の世界」(学研)
「弘法大師と密教美術 1983〜1984」(京都国立博物館でも行われた展覧会の冊子)


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