中篇



 さわさわと風が渡っていく。枯葉がかさかさと音をたてながら舞い上がった。
 その中を一人の少女が駆けていた。とても常人とは思えない身の軽さで、ひょいひょいと岩の道を駆け上がっていく。

「金加羅(コンガラ)、何をそんなに急いでる?」
 
 天空から一匹の黒い鳥が彼女へと言葉を投げた。

「迦楼羅(カルラ)か…。不動明王様が呼んでいるの、だから、急いでるのよ。」
 呼びとめられた少女は、振り向きもせずに返答した。
「もしかして、さっきの光のこと?」
 迦楼羅と呼ばれた大きな黒鳥は少女を見下ろした。
「さあ…。多分そうじゃないかとは思うんだけど…。」
「まあ、久々の迷い人みたいだから仕方がないけど。乗ってくかい?そんなに急いでるんなら。」
 迦楼羅はそう言って黒い羽を光らせ金加羅のすぐ上にあわせるように降りてきた。
「いいよ、何で自分の脚で来ないと、小言を喰らうのもシャクだからね。不動明王様はあれで居て厳しいもの。」
 金加羅は走りを止めないで答えた。
「はっはっは。生真面目だなあ、金加羅は。まあ、これも修行の一貫だろうからね…。引き止めて時間を食わせちゃ、もっと小言を言われるかもしれないな…。」
「ええ、あたしは制多迦(セイタカ)にだけは負けたくないからね。彼より先に行けたらいいわ。」
「かかか…。相変わらず金加羅は勝気だな…。じゃ、俺は行くよ。明王様は俺には用がないらしいから。」
 そう言うと迦楼羅はバサバサと羽音をたてて、大空へと舞い上がった。

 金加羅が目的地へとついて見ると、人影は無い。
「制多迦、まだ来てないかな。」
 金加羅はそう言うと、乱れた息を整え始めた。手を前に組み、目を閉じて印を結ぶと、乱れていた脈も息も不思議なくらいに澄み渡っていく。最後にほおっと息を吐き出した。

「金加羅か?」
 野太い声が石洞から響き渡ってきた。
「はい、不動明王様。」
 呼びとめられて少女は答えた。短く切りそろえられた髪がふわっと風に靡く。
「入って来い。」
 野太い声が少女を誘う。
「でも…。制多迦がまだ…。」
「あやつは良い。待っていたら夜が明けてしまう。大方、陽だまりの中で昼寝でもしておるのだろうよ。たく、仕方のない奴じゃ。」
「もう、どこで油を売ってるのかしら。」
「奴の方へはおまえから口伝えで申し付ければ良かろう。とにかく、私の命を言うから良く訊きなさい。金加羅。」
 不動明王は金加羅を奥へと誘った。
「来ない方が悪いんだから、ま、いいか。」
 金加羅はそう言うと、颯爽と顔を上げて、石洞の中へと入っていった。






 と、その頃、おてんとうさまの光を浴びて、のんびりと浮かぶ雲を眺めて空を見上げる少年が居た。制多迦(せいたか)だ。
 のどか過ぎるその光景に、欠伸が一つ溺れる。
 今の今まで惰眠を貪っていた。
 どこかで不動明王様の呼び声が聞こえたような気もしたが、空耳かと疑ったのみで、起き上がろうともせず、また再びまどろんだ。

 と、その時だった、
 ドッカンと何かが落下した音を聴きつけたのは。
 大地が微かに振動した。ズズズズズッと大音量も鳴り響く。

「な、何だあっ?」
 さすがの制多迦もがばっと起き上がった。
 どうやら近くで何かが落下したらしい。
 脇に置いていた金剛棒を持つと、音のしたほうへと近寄った。
 こっそりと草を掻き分けて覗いてみる。

「う…。」

 落ちて来た物は、野原の綿花の中で呻くような声を上げた。綿花がクッションになって、激突は免れた。ここの花は特別だった。

「何だ、人間か…。」
 制多迦はほおっと溜息を吐いた。
 落ちて来た塊は確かに人間だと思った。人間か化け物か動物かは匂いでだいたいわかる。

「てて…。いてて…。」

 落ちてきたそいつはそう言うとむくりと起き上がった。後ろには赤毛のおさげ、来ているのは道着。そう、落ちてきたのは滝つぼに飲まれて女に変化した乱馬であった。

「あれええ?俺は一体…。」
 乱馬は不思議そうに辺りを見回した。
 落ちてきた拍子に記憶が吹き飛んだようで、自分が何処の誰で、そして何故ここに降ったのかすら思い出せない。


「人間…か。」
 制多迦は乱馬を認めるとにっと笑った。
 それだけではない。
「お、いいねえ、若くて可愛いじゃねえか…。」
 品定めすると、彼はさっと草むらから飛び出した。

「おい、おまえ…。」
 さわさわと風が吹き渡っていく。
 制多迦は少女を見下ろして声をかけた。

「おまえって…俺のことか?」
 乱馬は思わず訊きかえしていた。
「ああ、おまえだ。おまえ人間だな。」
 一瞬何とも言えぬ間ができた。
「当然だろ…。」
 制多迦はぐるぐるといろいろな角度から物珍しそうに乱馬を見詰めた。何処と無く嬉しそうな顔を手向ける。
「人間かあ…。それも女かあ、珍しいや。」
「お、おい…。何なんだよ、それ。おまえも人間じゃねえか!」
 珍しいと言われて乱馬は困惑した。だが、逆に自分も見返してやれと思うまでにそう時間はかからなかった。じっと見上げる青年の顔。見覚えがあった。
 いや、見覚えがあって当然だった。
 実は、この制多迦、奇異なことに男の乱馬と背格好ばかりか顔立ち髪型に至るまで、瓜二つであったのだ。男乱馬が胸を肌けた天衣をまとっている、そんな感じであった。

「あれえ?…。」
 乱馬は制多迦を覗き込んだ。

「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
 制多迦は見詰められて逆に問い返した。
「あ、いや…。なあ、おめえ、どっかで俺と会ったことねえか?」

 乱馬はついそう問い返していた。
 見慣れていたはずの自分自身の写しと対面したのだ。得も言えぬみょうちくりんな心持になった。ただ、今の乱馬は記憶がすっかりこそげ落ちていたので、自分の顔すら覚えてはいなかった。記憶は無くとも、十数年間弱付き合ってきた自分の顔だ。そんな言葉を口に出しても、不思議ではあるまい。

「いんや…。ここには滅多に人間は落っこちてこねえからな。おめえと対面するのはこれが初めてだと思うぜ。」
 制多迦はさっと答えていた。
「それとも、女、おめえ、俺を口説いてるのか?」
 制多迦がからかい口調で言った。
「馬鹿、男の俺が男のおまえを口説くなんてこと…。」
 と言いかけた言葉を制多迦が笑い出して制した。
「おまえさあ、男なんかじゃねえぜ。」
 とニヤニヤと笑う。
「何抜かしてやがる。俺は男だ!」
 乱馬は顔を赤く火照らせて制多迦を見返した。

「だって、おめえ、その胸とかさあ、どう見ても女だぜ。」

「な゛っ!」
 慌てて胸元を見た。ばっくりと開いた道着から、赤い乳房がプルリンと除いている。

「わっ!わわわっ!」
 思わず両手で覆い隠す。
 咄嗟に、己の体質のことを思い出せなかった乱馬は、自分の醜態にすっかりと焦ってしまった。
「な?おまえは女だろ?」
 そう言うと制多迦はクククと笑い出した。
「もしかして、結界を突き破った衝撃で現玉(あらたま)を無くしちまったのかもしれねえな…。」
 そう言いながら制多迦は笑い転げている。
「おまえ、名前は?」
「多分、乱馬だ。」
「ほお、名前の記憶はあるのか。で、生国は?」
「東京かな…。」
「名前と生国がわかったら、現玉(あらたま)さえ取り戻せば、全て思い出せるだろうぜ。」
 そう、制多迦の容姿はそのまま、男の乱馬だったのだ。髪はお下げにして後ろに束ねてある。
「俺は制多迦(せいたか)だ。」
「制多迦?」
「ああ、聴いて驚け、不動明王様の八大童子の一人だ。」
「不動明王だって?…あの、仏様の。」
 こくんと揺れる頭。
「で、おまえこれからどうする?現玉(あらたま)でも探しに行くか?」
「現玉って何だよ。」
「多分、おまえは人間界の結界を破ってここまで来たんだろうさ。その結界を突き破ったとき、記憶の玉とも言える「現玉」を弾き飛ばしちまったんだろうな。」
「現玉…。それを飛ばしちまったらどうなるんだ?」
「これだな、これ。現世へは帰れねえ。」
 制多迦は首を手刀でそぎ落とす動作をしてみせる。
「現世へ帰れないとなると。」
「おまえは死ぬな。でおまえは仏界の眷属(けんぞく)じゃねえから、このまま現世とあの世の間の世界をさ迷い続けるって訳だ。」

「じ、冗談じゃねえ!俺はまだ若いんだ。こんなところで死んでたまる…。」

 と乱馬は言葉を止めた。

「どうした?」
 制多迦は乱馬を見返した。
「うん…。すっきり思い出せねえんだけどよ、何か俺、重大なことを忘れているような…。」
 乱馬はすっかりあかねのことを忘れていたのだ。彼女を助けようと無我夢中で滝壺へと身を投じたことすら。
「ま、いいさ。不動明王様が何とかしてくれるだろ…。おめえみたいな半端な人間がこの世界へ居続けるなんて、明王様にとっては迷惑至極だもんな。魂を現世へ帰らせるにしろ冥土へ行かせるにしろ、明王様がちゃんと裁いて下さるさ。」
 と、制多迦はさっと立ち上がった。
「ほら、来いよ。」
「来いって?…おめえまさか、俺に変なこと…。俺が可愛いからって。」
「バーカ!そんなことしたらあいつに何されるかわかったもんじゃねえ。確かに、おめえも可愛いけどよ。」
 制多迦は一瞬苦笑いを浮かべた。
「あいつ?」
「だあ、そんなことは良いんだ。日暮れまでに現玉を見つけ出さないと…。夜になると地の魔物がおまえを喰らいに来るかも知れねえからな。地の魔物はおまえたち人間の魂が好物なんだ。あいつらが出てくる前に、まずは不動明王様のところへ行って…。」

 と、その時だった。

 晴天から霹靂が轟き渡った。上空を黒い鳥が羽ばたいているのが見えた。

「うへっ!間が悪いや。乱馬、おまえ隠れとけ。」
 そう言うと制多迦は乱馬を傍の岩の間にぎゅっと押し込んだ。


「制多迦ーっ!」
 
 霹靂と共に降り立ったのは一人の少女だった。
 乱馬は押し込められた岩の間で、息を潜めた。外の様子を伺いたかったが、身体は動かない。

「制多迦っ!あんた何やってるのよ。こんなところで。」

「あ、いや…別に…俺はいつものように昼寝してただけだぜ。」
 制多迦は金加羅を見返しながら言った。
「ふうん…。昼寝ねえ。」
 金加羅は乗ってきた迦楼羅の背からトンっと降り立つと、ぐるぐると制多迦の周りを回り始めた。
「あんたさあ…。あたしに何か隠してない?」
 ぎくっという音が制多迦の心から聞こえたような気がした。
「隠すって何をだよ…。」
 シドロモドロ。仏界の乱馬に似た少年は、どうやら、誤魔化すのも現世の乱馬と同じく不得意らしい。すぐ顔色に出る、隠し事が出来ないタイプ。

「迦楼羅(かるら)、どう?」
 金加羅は上空を舞う迦楼羅に問いかけた。
「どら…。」
 迦楼羅は金加羅に促されて地面へと降り立った。

「や、やあ。迦楼羅。」
 制多迦は愛想笑いを浮かべてみる。

「人間の匂いがする。」
 迦楼羅はにっと笑った。
「それも女の匂いだ。」

「やっぱり…。」
 じろりと金加羅は制多迦を見た。
「人間?…さあ、ここには俺一人…。」
「嘘付けーっ!あんたのことだから、結界を突き破った人間を見つけて匿ってるんでしょう?違うかーっ!」
 金加羅が声を張り上げた。
「ひいい…。そ、そんなことは。」
 制多迦は金加羅を見返した。明らかに顔は引きつっている。

「金加羅、居たよ。人間の女の子。」
 迦楼羅はさも得たりという顔つきで、鋭いくちばしを岩の裂け目に入れて、ずるずるっと乱馬を引き釣り出してきた。
 くちばしに突き出されるように乱馬は金加羅の前に出た。道着は少し肌蹴て、白い肌がちらりちらりと見え隠れしている。何が何だかわからずに、乱馬はへちゃんと地面へ腰を下ろした。その仕草が何とも艶かしく見えた。

 とそのさまを見て、みるみる金加羅の顔つきがもっと険しくなった。
「制多迦っ!」
 彼女はつんざくように叫んだ。怒りは収まらぬ。そんな雰囲気に包まれる。
 
「わたっ!他意はねえっ!俺はだなあ、このかわい子ちゃんを現世へ戻してやろうと思ってだなあ…。」
「だったら、何でこんなところへ隠して匿ってるのよっ!助平っ!!」
「だって、おめえに見つかったら…。」
「あたしに見つかったら…何よ。」
「変な誤解するだろうが!」

「もう手遅れですな。制多迦の旦那。」
 迦楼羅がにやにやと笑った。

「こんのっ!浮気者っ!よりによって、こんなかわいい子をあたしや不動明王様に隠れて匿って!あんた一体何しようとしてたのよーっ!」
 持っていた独鈷(どっこ)を振り回して金加羅は制多迦を責め立てた。
「だ、だからっ!何もしてねえっ!不動明王様に伺いたてて、こいつを現世へ戻せたら良いなって思ってただけだっ!」
「嘘よっ!このあたしを差し置いて変なことをしようと思ってたんでしょう!だから隠したんだわっ!」
「差し置いてなんかねえっ!!」

 金加羅はところ構わず打ち続ける。彼女が独鈷を振り下ろすたびに、地面にはボッコボッコと穴が開いた。

「あいつら、一体…何なんだ?」
 乱馬はへなったまま、制多迦と金加羅の激しいやりとりを眺めた。
「ああ、あれねえ…。ああなったら金加羅様は止らないからねえ…。」
 迦楼羅がほおおっと溜息を吐いた。
「ほっときゃ、おさまるさ。…にしても…。制多迦様も罪作りな方だよな。」
 じろりと迦楼羅は乱馬を見た。
「あん?」
「金加羅様の気持ちを知ってて、おまえさんみたいな可愛い子を囲おうとなさるんだから。」
「囲うって?」
「ああ見えて、制多迦様はたいそうおもてなさるからなあ…。今までも何人もの神界、仏界の眷属の女性が言い寄りなさるから…。金加羅様もお心がおさまらないんだろうなあ。」
「何だよ、それ…。」
「複雑な事情があの二人にはおありなさるから…。」
 はあっと迦楼羅が溜息を吐き出した。
「何だかよくわからねえけど…。大変そうだな。」

 目の前で地面に穴が開く様子を乱馬は恐々としながら眺めた。
 制多迦は逃げ惑いながらも、金加羅に向かって、決して手は挙げなかった。
「あいつ…。本当はあの金加羅って女のことが好きなんじゃねえのかな。」
「わかりますかね?」
 迦楼羅が乱馬を見た。
「ああ…。あんだけ打たれても絶対に手を挙げねえからよ。」
「金加羅様ももう少し勝気さを納められれば、制多迦様も優しくできると思うんですがねえ…。」

「でも…。何だろ…。この感じ…懐かしいような変な気持ち…。」
 乱馬はじっと二人の喧嘩を見ながら、心がざわめくのを感じ取っていた。
 そうなのだ。目の前に居る金加羅は、実はあかねに生き写しだったのである。
 怒りの表情も、感情の激しさも、そして啖呵の切り方に至るまで。

「何かいっつも目の当たりにしていたような光景…。」
「はあ?」
 迦楼羅は乱馬が何を言い出すのかと覗き込む。

 と、乱馬は立ち上がると、果敢にも金加羅と制多迦の間に割って入った。

「なあ、おめえらさあ、この辺でやめときなよ。」

「いきなり何するのよ、あんたっ。」
 金加羅は乱馬をきっと見返した。
「金加羅、彼女に当たるなよ。彼女には関係ないだろ?俺たちの喧嘩は。」
 制多迦が庇い立てする。と、それがかえって金加羅の怒りを誘う。泥沼だった。
 乱馬はじっと金加羅の瞳を見ていた。不思議な心境だった。
 やっぱり見覚えがあるのだ。感情に任せて突っ走る金加羅の激しさ。そして、何よりもその勝気な瞳の輝き。思わず見惚れた。

「何よ。あんた。あたしに挑発的な視線を送ってきてっ!」
 びょおおっと風が傍の草木を薙ぎながら吹き抜けていく。

「なあ、おめえ…。俺と会ったことねえか?…」
 乱馬はじっと金加羅を見詰めながら率直に疑問をぶつけた。
「会ったことなんか無いわよっ!あんたみたいなふざけた女にっ!」
 怒号が飛ぶ。それだけではなく、金加羅は乱馬目掛けて気を解き放った。

「危ないっ!乱馬!」
 制多迦は思わず乱馬を抱えて横へと飛んだ。
 と、乱馬の立っていた場所に気弾が流れ飛ぶ。

「こら、金加羅っ!てめえ、やって良いことと悪いことがあんだろっ!この子は人間なんだぜっ!そんなことしたら、魂ごと冥界へ吹き飛んじまうだろうがっ!!」
 乱馬を抱きかかえて避けた制多迦が金加羅を制した。
「ふん!本性をあらわしたわね!制多迦。やっぱり、その子!気に入って自分の物にしようなんて企んでたでしょうっ!」
「なっ!訳のわからねえこと言うなっ!」
 ずいっと制多迦が身をせり出した。

 と、金加羅がすっと仁王立ちになった。
 そして制多迦を睨みつける。
「いいわ、わかったわ。」
 金加羅は言葉を吐き付けた。

「不動明王様がおっしゃったように、この件に関して、あたしの思うようにさせて貰うわ。結界を突き破ってきた人間たちが居るって言ってたけど、きっとこの娘のことよね。」
 乱馬をびしっと指差した。
「いいこと、あんたの現玉は私の持ってるこの袋の中にあるわ。」
 金加羅はそう言って巾着袋を手に取った。

「な…。それを早く言え、金加羅。」
 制多迦が下から唾を飛ばした。
「その現玉をこの娘に返せば、全て思い出し、現世へと帰すことができるじゃねえか!」
 制多迦がそう言おうとしたのを制して金加羅は叫んだ。
「制多迦。あんたが、あたしに勝てたらこの玉はその娘に返してあげるわ。あんたが負けたらこの玉は返さない。」
「お、おい、何言い出すんだ?金加羅っ!」
 制多迦はますます焦った声を張り上げた。
「勝負よっ!制多迦っ!この娘に現玉を返してあげたければ、あたしに勝ってみなさいよっ!最も、第八童子のあんたが、第七童女のあたしに勝てればっ、だけどね!」

「金加羅…。おまえ…。」

 制多迦の動きが止った。

「娘。首を洗って待ってなさい。制多迦を倒したら、あんたのこの現玉、あたしがこの手で握りつぶして冥土へと送ってあげるから。迦楼羅っ!勝負の間これを預かっていて。」
 金加羅は持っていた巾着を迦楼羅へと投げた。

「たく…。一度口にしたら金加羅様も制多迦様も後には引かないからなあ…。娘、おまえもとばっちりをう喰らうと、玉を返される前に冥土へと行っちまうぞ。こっちへ来いよ。」
 金加羅が投げてきた巾着袋を口にくわえたまま、迦楼羅は乱馬を手招きした。

 何が何だかわからぬうちに、目の前の乱馬とあかねの顔をした童子二人がはっしとにらみ合った。

 乱馬の運命の鍵を握る闘いが幕を開ける。



つづく



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