◇マジカル★まじかる 第四章「南の国の魔女」編

第一話  招待状



 どこまでも続く青い空には、太陽が燦々と光り輝いている。
 ここは南の魔女国。

「んー、いい気持ち。さわやかだわ〜。南の国って言うから、もっと暑いのかと思っていたけど…。案外、気温が低いのね。」
 クンと両手を高く伸ばしながら、あかねが傍らの乱馬に声をかけた。
「ここはあんまり雨が降らないから、湿度が低いんでい。だから、不快な蒸し暑さはねー。むしろ、カラッとしてっからなー。」
 共々、分厚いマントは脱ぎ棄てて、麻布のシャツ一枚といういでたちで歩いていた。

 東の国の境界線を抜け、迷い込んだ森も何とか脱っすることができ、南の魔女国の国境へ入った。

「で?南の国へ入ったは良いけど…何処へ行く訳?昨日、飛んできた、伝書鳩の…えっと、チコだっけ?あの通信文書と何か関係あるの?」
 あかねがを覗き込みながら問いかけた。
 南の国へ入ると、どこからともなく一羽のハトが乱馬の元へと舞い降りた。前にも一度、文を運んできたことがある。乱馬の母の使いだという伝書鳩。
 乱馬は空を睨みながら、ふっと吐きつけた。
「あー、まーな。親父の名代を勤めなきゃならない案件があってよう、ったく、かったりーったらありゃしねーぜ。」
 しかめっ面をしながら乱馬が答えた。
「名代?お父さんの?」
 乱馬の父は東の国の国王陛下だ。その名代ということは、東の国の国王代理ということだ。
「ああ。ったく、この南の国の王女様の誕生パーティーに出席しろ…だってよー。ほれ、チコを介して、招待状を送ってきやがった。」
 そう言いながら、封筒を取り出した。それは、この国の王家の刻印が押してある真っ白な封筒だった。
「誕生日ねえ…。この国の王女様って、幾つになるの?」
 あかねが興味津々という瞳で乱馬に尋ねた。
「招待状によると…十六歳だそうだ。」
 
 十六歳…という言葉に、あかねの脳裏には何やら良からぬ予感のようなものが走った。
 
 乱馬とこうやって旅をする羽目に陥ったのは、己の十六歳の誕生日のことだった。それを思い出したのだ。
 あかねの生国には、女子は魔女としての資格を問われる試験を受ける。一種の成年式の通過儀礼のようなものだ。そして、それに合格すると同時に、婚約者をあてがわれ、二十歳には結婚するという、不文律があったのだ。
 十六歳の誕生日の儀式。通過儀礼としての魔法試験の実施までは、まあ、許せる。だが、国王陛下の占いによって決められるどこの誰ともわからぬ相手との婚約の成立に、嫌悪感を感じていた彼女は、当然、拒否に走った。紆余曲折の結果、生国を乱馬と共に旅立つことになったのである。
 己の婚約者は乱馬だった。
 一応、乱馬との強制的な婚約は破棄されたようなのだが、一転、何故か当の乱馬に気に入られてしまい、「俺の嫁になれ!」と言い寄られ続けている。
 最初はどうあっても、逃れたかった強制的な結婚相手であったが、一緒に旅を続けるうちに、少しずつ、彼に惹かれ始めている。
 が、父親や姉たち、そして国王陛下夫妻をも紛糾して国を出てきた以上、簡単に彼に靡くのも、悔しい。
 複雑な乙女の心情が、そこにあった。

「十六歳かあ…。」
 己の十六の誕生日の強烈な思い出を頭に思い浮かべながら、ふううっと溜息を吐く。
「で?お呼ばれするってわけね?」
 と確かめる。

「あ、ああ。親父の名代を押しつけられてっからなあ…。パスして南の魔女国と対立するのもまずいだろうから、行くしかねーだろーな。」
 あまり乗り気ではないらしいことが、言動の節々から透けて見える。
「名代…って何するの?」
 あかねが問いかけると、
「別に、その場に居れば事が済むだろーさ。名代やるのも、これが初めてでもねーから、それはそれで良いんだけどよー…。」
 そこまで言うと、口を閉じた。
「あんた、何か、行きたくないって顔してるわねー。」
 とあかねが言った。
「別にそうでもねーが…。」
 明らか、いつもの覇気が感じられなかった。
「行かないと、国際問題になりそうだしねえ…。で?いつなの?その誕生パーティって。」
「明晩。」
 乱馬が答えた。
「明日の晩?」
「ああ。ま、お袋が気を利かせて、招待状は二枚送ってくれてる。」
「はあ?」
 あかねがきびすを返す。
「だから、おめーも一緒にってことだよ。」

「あ、あたしがあ?」
「っつー、ことで、普段着で出席するわけにもいかねーから、買い物に行こうぜ。」
 と、乱馬があかねの袖を引っ張った。
「何であたしも一緒に行かなきゃならないわけ?」
「おめー、一応、俺の許婚だからなー。」
「って、許婚だから、一緒に行かなきゃならないってことはないでしょうが!」
「おっと、許婚って認めたな♪よしよし、今からおまえは俺の正式な許婚ってことでよろしく。」
 トンと乱馬に肩を叩かれた。
「あんたさー、からかってるの?」
 あかねの顔が怒りで歪む。
「ま、いいからいいから。お互い、こんな格好で国王代理は勤まらないから…まずは着る物、買いに行こうぜ。」
 乱馬はあかねの手を握ると、ぐんぐんとひっぱり始めた。
「どさくさに紛れて、手を繋がないでよ!」
「迷子になったら大変だからよー、おめードン臭いし。」


 あかねの怒りなど、乱馬には無用の長物のようであった。


 南の魔女国のダウンタウン。
 いかにも南国の木や草で立てられた小屋が立ち並ぶ賑やかな場所。
 南国特有の、赤や緑や黄色といった原色のフルーツが軒を飾り、串刺しにした肉や魚を焼いて売る店もある。そして、色とりどりのショール風の布服を扱う店も建ち並ぶ。
 冬という季節がない、常夏の国。人々の肌の露出度もかなり高い。そして、身体を冷やすためにつけているのか、胸元にはチャラチャラと、金属や貝殻で作った飾りを垂らしている。

「へええ…。風土が変わると、着る物も変わるのねえ。」
 あかねが目を丸くしながら、洋服や装飾品を見た。
 そして、一軒のちょっとしたブティック風な店へと入って行った。

「好きなの買っていいぜ。おふくろが結構な額の洋服代を一緒に送ってくれてっからな…。んーっと。こんなのどーだ?」
 乱馬は露出度が高い服、というより「ひもパンツ」を手に取って見せる。
「あんたねー、一回、ぶん殴られたい?」
 あかねはその場で拳を作って見せた。
「んー、俺としては、こんなの着て、誘惑して欲しいなー。」
「しません!」
 あかねは真っ赤な顔をして怒鳴った。
「こんくらいのを着てくれると、脱がせ甲斐があるんだけどなー。」
「やっぱ、一回ぶん殴る!」
 あかねは乱馬へ襲い掛かる。
「こらこら、売り場でじゃれるなって。ランジェリーは後回しにすっから…。ほら、ドレス見ようぜ。」
 ひょいひょいとあかねの攻撃を避けながら、乱馬はドレスが並べられたウィンドウへと誘い込んだ。

「おー。こんなのが良いなあ…。」
 パッと彼が手にしたのは、超ミニスカのドレスだった。
「あんたねー、顔の形変えてあげましょーか?」
「あ、こっちのも良いかも…。パンチラってのが気に入ったぜ。どーだ?」
「やっぱ、いっぺん、死んでこい!」
 思い切り拳を引き上げたが、一瞬早く、乱馬はそれをかわした。
「フリル付きのミニドレスもいいけど、こういうシックなのもいいかもなあ…。んーでも、やっぱ、可愛い系の方が、俺好みかも…。」
 
 どこまでが冗談でどこからが本気なのか、ちょろちょろと、服を手に取ってみては、あかねに見せて喜んでいる。
 あかねは彼のそぶりを無視して、自分で服を物色し始めていた。彼の言うとおりにしていると、どんな露出度の高いドレスを身にまとわされるかわかったものではない。そう思ったのだ。

「うわっ、何、ここの服!どれをとっても、短いのばっかじゃない!」
 さすがに南国のブティックだ。ロングドレスなど置いていないようだった。程よい長さのもなくて、何故か、すべて、ミニスカートばかりだった。しかも、原色が多い。


 彼等の様子を遠眼鏡で見る不穏な瞳があった。皺枯れた婆さんと髪の長い少女だ。
「ねえ、曾ばあちゃん。あれが乱馬か?」
「ああ、そうじゃよ、珊璞。あれが東の国の王子、乱馬じゃ。おまえの夫となる。」
「ふーん…夫ねえ。」
「そうじゃよ。どうじゃ?なかなかの良い男じゃろう?」
「顔は悪くはないね。それより、よい種植えてくれるあるか?ルックスだけの優男やは嫌ね、婆ちゃん。」
「乱馬殿はそりゃあ、魔力もずば抜けておるそうじゃよ。ワシもこの目で確かめ済みじゃ。おまえの相手には誠に相応しい相手じゃ。毛並みも魔力もな。」
「でも、横の女、何あるか?乱馬が気に入っている節が見えるの、気に食わないね。」
 あかねを指さしながら、珊璞が口を尖らせた。
「リサーチによると、乱馬殿の許婚…だという話じゃが…。」
「許婚?」
 珊璞の顔がにわかに強張った。
「不満かの?許婚がある男は…。」
 にんまりと婆さんは笑う。
「別に、許婚の一人や二人、居たってかまわないね。最終的に私が分捕れば、勝ちね…。それに、許婚を蹴散らかして、奪うのも、それはそれで楽しいあるね。」
 珊璞はペロリと舌を出した。
「そうじゃ。強い女こそ強い男と結ばれるべきじゃ。まあ、任せておけ。悪いようにはせん。ちゃんと手は打ってある。」
「ホントね?」
「ああ、乱馬殿のウィークポイントも調査済みじゃ。準備は万端、仕上げはごろうじろ、とな。」
「乱馬の弱点…あるか?」
「ああ、彼には強大な魔力が宿るが故の大きな弱点があるのじゃ。ふふふ、それを利用して、からめ取って見せるわい。さぞかし、面白い事になるじゃろうて。ま、誕生日の余興としては、最高のものになるぞよ。」
 婆さんは笑った。
「楽しみにしてるね。曾婆ちゃん。」
「さ、おまえはその輝く美しさに、磨きをかけておけばよいさ。乱馬殿に気に入られるように…。」
「誕生パーティーが待ち遠しいね…。乱馬、私の婿にするね。」
「ほほほ、彼の血が溶け込めば、わが一族に魔界最高の魔女が生まれること、受け合いじゃわい。」
 
 二人はにんまりと笑うと、遠眼鏡を窓から外した。


 俄かに、入道雲が天上を這い上がって行く。
 渡ってくる風はかすかに湿気を含み始めていた。南国の昼下がりの天気はきまぐれだ。


「うわっ!降ってきやがった。急げっ!傘持ってねーからずく濡れになるぜ。」
 乱馬があかねを促した。
「そんなこと言われても!魔法で傘出したら良いでしょうが!」
「あ、そっか。じゃ、マジョール・アンブレラ!」
 スッポンと音がして、二人の上を、大きなパラソルが開いた。
「何か…これ、傘っていうより、天蓋じゃない。」
 あまりの大きさにあかねが笑い始める。
「こんくれーの大きさじゃねーと、南国のスコールはしのげーの!」

 言っている間に、バラバラと大粒の雨が空から落ちてきた。そして、それは瞬く間に激しくなり、豪雨に。

「すっごい雨…。こんな雨、見たことないわ。」
 傘越しにあかねは、目を丸くしながら、ひっきりなしに天から降り続く滝のような雨に見入っていた。
「南国だからな…。でも、二十分もすれば、青空は戻るぜ。」
 軽く乱馬が言った。
「ええ?空のどこを探しても、青空なんてないわよ。雲は分厚く、どす黒いわよ。」
 信じられないという顔で、あかねは辺りを見回した。
「南の国のスコールは長雨にはなんねーよ。」
 乱馬は余裕で笑ってみせた。

「それよかさー。おめー、もうちょっと、冷静になることを覚えた方が良いぜー。」
 乱馬は雨の中でのよもやま話に、あかねに話しかけてきた。
「何?藪から棒に。」
 あかねはムスッとしてのぞき返す。
「おめーってさー、素直なのは良いんだけどよー、その…頭に血が上ると、冷静に分析する力が削げ落ちるだろー?」
「はあ?」
「そのさー、これから旅を続けていく中でよー、どんな敵に遭遇すっかわかんねーから、ちょっと忠告ってか、アドバイスしてやっとくけどよー、もっと頭冷やして、物事の本質ってーのを見極める能力を養った方が良いぜ。頭に血が昇ったら、まず目を閉じて呼吸を整えてみるとかさー。
 五感を働かせないと、見えない敵だった居るかもしれねーんだしさー。ただ、一つ覚えに単純攻撃加えてりゃ良いってもんじゃねーぞ。」
「それって、あたしが単純馬鹿って言いたいわけ?」
 あかねの表情がきつくなった。
「ほら、それだ、それ!そうやってすぐ熱くなるだろー?熱くなるのは構わねーけど…も少し冷静に考える余裕を持てって言いたいんだよ。」
 ツンと乱馬はあかねの額を押した。
「なっ!馬鹿にするのもいい加減にしてよねっ!」
 ブンと振り上げた拳を、乱馬はひょいっと簡単に避けた。
「へっへっへ。冷静になると、相手の拳を見切るのも容易いんだぜー。」
「こんのーっ!」
 ブンブンとあかねの拳は乱馬の目と鼻の先で空振りする。
「冷静に、冷静に。相手の気を探らないと拳だって当たらないぜー。」
 空を切る音ばかりがあかねの前で弾ける。やがて、ハアハアとあかねの息が切れ始めた。悔しいが、彼の言うことにも一理ある。そんな考えがぼんやりと脳裏に浮かぶ。
「ほら、そうこうしているうちに、空、晴れて来たぜー。」
 乱馬が空を見上げた。

 はたして、彼の言ったとおり、二十分もしない間に、雲間は途切れ始め、青空が見えて来たかと思うと、あれほどに降り注いでいた雨は、さっさと上がってしまった。と、再び、太陽が上から燦々と照らし始める。
 少し涼しくなったようだが、すぐに貯まった水は蒸発し始める。陽炎がゆらゆらと地面辺りを蠢いていた。

「な?短時間で、雨、あがったろ?」
 得意げに乱馬が言った。
「あんた、お天気魔法とか、使ってないでしょうね?」
 あかねが信じられないという口調で乱馬を見返した。
「あのなー、そんな無駄な魔法の浪費はしねーっつーの!ただでさえ、朔の日が近づいてんだ。」
 と、ぼろっと乱馬の口から漏れた言葉。

「朔?」
 その言葉じりを捕らえて、すかさず、あかねが聞き返す。
 一瞬、しまったという顔を見せたが、
「いや、別にたいしたこっちゃねー。それよか、そろそろ宿屋を探すぜ。」
 とさらりと受け流した。
「宿屋?野宿はしないの?」
 いつもは草枕で野宿して旅を続けていたあかねは、キョトンと乱馬を見つめ返した。もうすっかり、乱馬の放った言葉など忘れてしまっていた。
「今夜くれーは、ちゃんとした屋根の下、寝とかねーとなあ…。国王様の名代が、野宿先からご入城なんて、洒落にもなんねーぜ。ってことで、もちろん、相部屋で、ダブルベッドな?」
「何考えてんのよー!」
「宿賃の節約。」
「国王陛下の名代が、ケチくさいこと、言わないでよ!」
「それから、互いの親愛を深めたい!」
「親愛を深めるのに、何故、ダブルベッドなの!このどスケベ!」

 当然のことながら、あかねの抵抗は続き、宿屋では別々の部屋へと泊まることになった。

「ちぇっ!冷たいよなー。あかねちゃんは。せめて、ツインベッドで相部屋で良いじゃん!」
「あんたみたいな危険な男とひと夜を同じ部屋で過ごせますかってーの!バカッ!
 良いこと?絶対、あたしの部屋へ忍び込まないでよ!」
 バタンと勢い良く、あかねはホテルのドアを閉めた。ガチャリと鍵をかける音も、ちゃんと聞こえてくる。それから、何やら、ドアの向こう側で音がする。おそらく、部屋のドアから乱馬が侵入しないように、何がしかのトラップ魔法をかけているのだろう。

「たく…。そこまでしなくても、良いのに…。」
 ドアに向かって、やわらかな微笑みを投げかけると、乱馬は己の部屋へと引き籠る。
「ま、元々、別の部屋へ泊るつもりだったんだからよ。」
 そうつぶやくと、ベッドの上に倒れ込んだ。
「朔かあ…。ま、何とか乗り切るしかねーか…。」
 乱馬はぐっと手を握り締めた。




つづく





波乱必至の南の魔女国編…開幕です♪


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