◇マジカル★まじかる 第三章「迷える森」編
第三話 迷えるの森の死闘
深遠なる森が、ざわざわとざわつき始めた。
この森の「フォレストマスター」が戦いの相手を定めたことに、森全体が反応しているようだ。
乱馬と良牙。この旧友が、はっしと、睨み合って戦いの火蓋が切られる瞬間を、迎えようとしていた。
「たく…。ま、仕方ねえか。」
乱馬はマントを翻した。
迷いの森に足を踏み入れたい嬢、戦いは避けて通れまい。
「俺も、こんなところに、長居するつもりはねーし。良牙、先に言っとくが、どっちが負けても、恨みっこはなしだぜ。」
と吐きつけた。
「勝負するの?」
あかねが心細げに、乱馬に問いかける。
「この場合、あいつと勝負して勝たなきゃ、この森からも抜けられねーしな。あいつも、おまえとは戦う気はねえだろうさ。」
「当たり前だ!紳士たるもの、淑女とは戦わない。」
良牙が言い放った。
「たく…格好つけやがって…。あかねと戦えば楽に勝てたろうに。馬鹿な奴だな。」
乱馬は、にっと笑った。
「なっ!失礼ねっ!いっぺん、負けて来いっ!」
あかねが、勢い良く、乱馬を蹴り上げた。
それが、戦いの始まりの合図となった。
「行くぜっ!乱馬っ!ここが貴様の墓場だっ!爆裂波(ボンバー・ウエーブ)!」
良牙の魔法が唸った。
「おっと!」
乱馬は空中で身を翻して、その魔法を避けた。
バンバンバンと連続して、小石がはじけ翔ぶ。
「へっ!ここに居る間に、結構、魔法の腕を上げたってなっ!良牙っ!」
乱馬が避けながら唸った。
「あたりまえだっ!貴様が婦女子漁りにうつつをぬかしている間に、俺様は一人、この森の中で修行して抜け出す機会を伺っていたのだっ!腑抜けた貴様と同じにするなっ!」
良牙は攻撃の手を緩めなかった。それどころか、ますます、魔法の高度を上げてくる。
「俺は別に婦女子にうつつをぬかしていたわけじゃねーけどよっ!」
「ぬかせっ!」
互いに、はっしと睨み合って、身構える。
不気味な緊張感が、森いっぱいに広がった。
「超爆裂火炎(ファイヤーボンブレスト)!」
「爆裂斬(ボンバーブレイク)!」
バンと波打つように、二人の魔法がぶつかりあった。波動が森中へと戦慄いた。
(すっごい…。二人とも、かなりの使い手だわ。)
あかねが、二人の戦いぶりを、感嘆しながら眺めた。乱馬の本気の戦いを間近に見るのは、これが初めてだった。
乱馬と戦ったことがあるが、あの時は、恐らく、己の魔法力の半分も出していなかったろう。召還獣を使って戦ったので、魔法のぶつかりあいはなかった。もし、素手で戦いを要請されていたら、勝てる可能性は、ゼロだったろう。
辺りが震撼して、風が吹き抜けた。念のため、己で魔法除けのバリアーを張ったあかねの肌にも、ビリビリと魔法波が突き抜けていく。
いずれ劣らぬ、魔法の応酬が続く。
戦いの行方は、予想できないほどの、好魔法合戦が続いている。
良牙という魔法使いも、乱馬と同等に、かなりの使い手のようだ。どの魔法も、あかねには唱えるのも及ばない、高等魔法ばかりだ。それを、難なく避けている乱馬も、かなりの実力の持ち主だ。
どのくらい、二人の拮抗した戦いが続いていたろうか。
じっと、息を呑みながら、二人の戦いを見つめていた、あかねの背後に、「その異変」は、唐突に現れた。
空気の流れが、俄かに変わったと思うと、。何とも、表現しがたい、生臭い物体が、後ろ側からあかねに近寄ってきたのだ。
「なっ?何だ?あれはっ!」
その気配に真っ先に気がついたのは乱馬だった。あかねの背後から近寄る「物体」に気づいたのだ。
が、そこに、一瞬の隙が出来た。
乱馬の気が良牙から削げた。その攻撃の好機を、良牙が、みすみす見逃す訳がない。
「もらったぜっ、乱馬っ!雷同波(サンダービーム)!」
叫び声と共に、魔法の牙が、乱馬に向けて放たれた。
「くっ!」
良牙の放った魔法を避けることなく、乱馬はあかねの方へと飛び込んだ。と、同時に、あかねの真横を背後から黒い不気味な影がすり抜けていくのが見えた。
「な、何?」
バリバリッと乾燥した音が、すぐ耳元でうなり、次の瞬間、ドーンと勢い良く、爆裂音が炸裂した。
もうもうと上がる、砂煙。爆裂魔法が突き抜けた後の匂いが、辺りに立ち込める。
「悪いっ!良牙っ!一時休戦だ!」
乱馬が傍らで叫んだ。
「ああ、この場合、仕方がねえな!そのお嬢さんの危機に免じて、聞き入れてやろう。」
煙の向こう側で良牙が応じた。
「ちょっと、乱馬?何?どうしたの?」
そう声をかけて、あかねははっとした。乱馬の右肩辺りに血が滲んでいたからだ。
少し痛そうに、乱馬の顔がゆがんだが、すぐさま、手を宛がった。
「毒消!(ゲドック)!」
そう叫ぶと、乱馬の右手から光が放たれ、傷口がみるみる塞がれる。
一体全体何が起こったというのか。
あかねは、身を起こして驚いた。足元にブスブスとそいつがのた打ち回っていたからだ。木のねっこのような、長くて黒い物体が、焼け焦げても、尚、蠢いている。
「何…これ!」
「触んなっ!」
乱馬がきつくあかねに言い放つ。
「あかねさんだっけ?そいつは、毒楓の根っこだ。下手に触ると、毒にやられるぜ。」
良牙がバッと手を広げて、そいつを焼き切った。
「毒楓ですって?そんな物騒な木が、この森の中に生えてるの?」
あかねの顔が曇る。
「いや…。そんな物騒な木は、この森には一切、生えていないはずだ。魔法使いにとって、人畜無害な草木しか、林立してないぜ。」
良牙の顔が小難しく歪ん。
「じゃ、何でこんなものが…。」
「けっ!そいつは、誰かがこの森の中に、入り込んで、俺たちに攻撃を仕掛けてきたってことだよ。」
乱馬がキッと森の奥の方を見やった。
「そういうことだな。俺たちの神聖なる戦いの間に割り込んで来て、こんな物騒な植物をけしかけて来やがった奴が、居る。」
良牙も同じ方向へと目を手向けた。
「ああ、匂うぜ。別の魔法使いの気配がな。そこだっ!魔光弾っ(マビーム!)」
バンと乱馬が、気弾系の魔法を放った。バリバリッと音がして、木が凪ぎ倒れた。
そこに浮かぶ、人影が一つ。
こちらの様子を、じっと、伺っていた。虎視眈々と獲物を狙う殺気が、そいつの全身から流れ伝わってくる。
尋常な沙汰ではなかった。
「てめえは誰だ?何で、ここへ乱入してきやがった?もしかして、てめえか?俺とあかねをこの森へと追撃しやがったのは。おまけに、真っ先に、あかねを攻撃しやがった。絶対に許さねえ…。」
乱馬の気迫が怒気を帯び始める。明らか、怒っている証拠だ。
「ふっふっふ。」
そいつは不気味な声で笑いながら、近寄ってくる。
乱馬も良牙もあかねも、はっしと睨みつけながら、攻撃態勢へと入っていった。
乱馬と良牙の戦いの中に、割って入った「不逞の輩」。
そいつは、森の奥からゆっくりと、姿を現した。
「ふっふっふっふ。ご両人よ、良く、オラがここに居るとわかっただ。褒めて使わすだ。」
人影は、ゆっくりと姿を現した。長い衣装をまとった、別の魔法使いがそこに現れる。訛りのあるしゃべり方をする男だった。
「てめえ…。誰だ?何で、俺たちの戦いに割って入った?」
良牙が厳しい口調で、そいつをまくしたてた。
「オラは南の国の大魔法使いの卵、沐絲(ムース)様じゃ。」
「南の国の大魔法使いの卵…。何か回りくどい言い方ねえ。」
あかねがこそっと乱馬に耳打ちした。
「つーことは、修行中ってことだな。」
乱馬もうんうんとそれに答える。
「その沐絲が、俺たちに何の用事だ?」
良牙が睨みあげた。
「用事があるのは、乱馬という魔法使いのみじゃ。東の国の王子、乱馬よ!オラとこの場で、正々堂々と戦うだぁっ!」
沐絲はそう言いながら、はっしと、良牙の鼻先を指差した。
「誰が乱馬だ!誰がっ!俺は良牙だ!こんな、色情魔と一緒にするなっ!ボケッ!」
乱馬と間違われたことに、良牙が腹を立て、吐き捨てた。
「これは、失敬しただ。おぬし、乱馬ではなかっただか…。むむむ…。では、乱馬はおぬしか?」
今度はあかねに向き直り、指をさす。
「あんたねえっ!あたしが乱馬なわけないでしょうっ!男と女の区別もつかないのっ?」
あかねが、目の前で怒号を浴びせかけた。
「木が鬱蒼と茂っていて、暗くて良く見えねーだ。どら、眼鏡、眼鏡っと…。」
沐絲は懐をまさぐり始める。
その様子を見ながら、乱馬が苦笑いした。
「こいつ…。相当な、ど近眼だな。」
「あんた、知り合いじゃないの?」
あかねがきょとんと、乱馬を振り返る。
「知らねえ…。多分、今、初めて会った。」
「でも、あの口調じゃあ、良牙君のように、あんたに恨みか何か持ってるみたいよ?」
「んなこと言ったって、会ったことねーし、知らねーもんは知らねーの!」
「前に南の国に行った時に会ってるとかさあ…。」
「あのなあ、俺、南の国には一度も赴いたことねーの。」
「へ?そうなの?」
「ああ。そうだよ。」
「お待たせしただ。どら?どいつが乱馬じゃ?」
眼鏡をかけた沐絲が振り返る。渦巻くような分厚いレンズが入った、黒縁の丸眼鏡だ。
「乱馬は、こいつよ。」
あかねが傍の乱馬を指差した。
「ほうほう…。貴様が乱馬だか。」
沐絲は頭の先からつま先まで、じっと乱馬をなめるように見た。
「こら…。そう、近寄ってじろじろ観るなっつーの!気色悪い。」
乱馬がたじっと後ろに下がる。
「心配するな。オラは男に色目は使わないだ。や○いの気はねえだ!」
「力強く言うことか!で?何だって俺と勝負するってんだ?南の国の大魔法使いの卵さん。」
「決まってるだ!貴様を、南の国へ行かさないためだ!」
「何で俺を南の国へ行かせたくないんだ?理由でもあるのか?」
「決まってるだ!オラの平穏な生活のためだっ!」
「あああ?南の国へ行ったら、おまえの平穏な生活がなくなるとでも言うのか?ったく、何訳のわかんねーこと言ってるんだ?おまえ…。」
話の糸口が見えず、乱馬が、きょとんと沐絲を見返す。
「とにかく、乱馬よ、貴様はここでオラと戦って、負けるだ!いや、死んでくれると、助かるだっ!」
いきなり、乱馬の至近距離で、沐絲の魔法が炸裂した。何の呪文の前触れもなしにだ。
「おっと!」
沐絲から魔法がほとばしる気配を、辛くも感じ取った乱馬は、身を翻して、そいつを避けた。
「良牙っ!あかねを頼むっ!まだ、この周りには、毒楓の根が何本かはびこってやがるっ!あかねはまだ魔法使いとしては駆け出しのペーペーだ。保身もままならねえ。だから、変わりにおまえの結界で、あかねを守ってやってくれっ!」
そう言って、地面から高く飛び上がった。
沐絲の攻撃があかねを強襲するとも限らなかったし、何よりも、地面の下に違和感を感じたからだ。
「あいわかった!ここは共同戦線を張って彼女のことは任されてやるぜっ!せいぜい、沐絲に倒されないように、頑張るんだな!乱馬っ!」
良牙は乱馬の頼みを、二つ返事で聞き入れた。
「誰が駆け出しの、ぺーぺーだってえのよっ!」
乱馬の言動に、あかねが目を吊り上げかけたところへ、良牙が、近寄ってきた。
「あかねさん。俺の傍から離れないでくれ。」
そう言うと、良牙は魔方陣をさっと地面に書き、そこへとあかねを誘った。ぼわんと魔方陣が作動して、防御壁を作りこむ。
「へええ…。あんた、結構、強力な結界を張る魔方陣を書けるんだ。」
あかねは感心して、良牙を見やった。
「ああ。元々俺は、岩石を使った魔法が得意分野なんだ。地面に魔方陣を書いて自在に操ることは得意中の得意。だから、魔楓の根の進入も確実に防げる。」
言っている矢先に、目の前を魔楓の根が動き回った。が、あかねたちの結界へは進入を阻止されて、退く。強力な磁場でも発生しているのか、根っこを一切寄せ付けなかった。その傍らで、良牙が小難しい顔をした。
「この魔楓、あの沐絲とかいう男の傀儡魔法にかけられてるな。」
「傀儡魔法ですって?」
「ああ…。南の国には、傀儡系の魔法を得意とする奴がやたら多いと訊いたことがある。特に南の王家に繋がる者は、傀儡魔法で、動植物を手玉に取るように操って、相手を倒すのが、得意らしいぜ。」
「南の王家に繋がる者?もしかして、沐絲もそうなのかしら。」
「そう考えるのが妥当かもしれねえな。ああやって、魔楓に傀儡魔法をかけて、自在に扱ってるんだ。」
良牙が言うように、魔楓は、乱馬ばかりを狙って、這いずり回っていた。沐絲には一指も触れないところが、傀儡魔法っぽい。
乱馬は、魔楓の根っこの襲撃を避けつつ、動き回っている。もちろん、沐絲も虎視眈々と乱馬への攻撃の隙を伺って、時折、気弾系の魔法をけしかけていた。
「それに…。ちょっと、乱馬には分が悪すぎるな、この戦い…。」
良牙が、呟くように言った。
「どうして?どうして乱馬には分が悪いの?」
良牙の言葉が引っかかったあかねが、食いつくように問いかけた。
「ああ。さっき、魔楓の直撃を、左肩へ喰らったろう?おまえさんを魔楓から守るためにさあ。」
「え、ええ…。そうだったわね。あの根っこが最初に攻撃を仕掛けてきたとき、あたしをかばって、怪我してたわね。」
魔楓は、良牙と乱馬の戦いの最中に、それを遠巻きで見守っていたあかねに向けて、突っ込んで来た。それを思い出した。
ど近眼の沐絲は、恐らく、あかねを乱馬と間違えて襲い掛かってきたのかもしれない。乱馬は良牙との戦いを投げ打って、あかねへと飛び込み、魔楓から身を挺して守ってくれた。
「でも、それが?乱馬はあの後、毒消しの魔法を傷口へ直接かけていたから、毒は消されて、平気だと思うけど…。」
「いや、魔楓の毒は猛毒だ。あれを身体から完全に抜ききるには、かなりの高等毒消し魔法じゃないと…。「毒消(ゲドック)」くらいの魔法じゃあ、毒楓の猛毒は抜ききれない。「回生(リフレクト)」級の回復魔法じゃねえとな…。」
「な、何ですって?」
あかねの顔が驚きに変わった。回生(リフレクト)クラスの魔法は、かなりの魔力を消費する。魔法の分類は「高等魔法」の更に上、「超高等魔法」として分類されている回復系魔法だ。回生(リフレクト)を打てる魔法使いは、そう多くは無い。
現に、魔法技量で劣っているあかねは、まだ回生(リフレクト)の魔法を一度も成功させたことがない。もしかすると、乱馬もまだ完全に取得できていない魔法なのかもしれなかった。
たとえ、乱馬が回生(リフレクト)を打てたとしても、相当な魔力を削るというリスクがある。ケイルやルナ級の大魔女でないと、超高等魔法を繰り返すのは無理だ。
「乱馬の奴だったら、回生(リフレクト)級の魔法を使えるには使えるだろうが…。相手の出方がわからなかったあのときは、リスクが高すぎて、使うこともできなかったろうな。だから、「毒消(ゲドック)」程度の初級魔法で凌いだんだろう。正当な判断だぜ。尤も、あの時、「回生(リフレクト)を使っちまって魔法力を消費していたら、今、この場で戦えなかったかもしれねえからな…。その判断で良かったんだろうが…。」
「ちょっと、待ってよ。ってことは、乱馬の身体に魔楓の毒が消えずに、残存してるってことなの?」
あかねが焦って聞き質した。
「ああ、そういうことになるな。魔楓の毒は、そう簡単には消えないし、時間経過と共に、再び、血液内で増殖する。あれだけ、動きまわされてんだ。そろそろ、毒のダメージが出てくる頃じゃねえのか?」
「乱馬…。」
「おっと。下手な手出しはできねーぜ。」
あかねが動きかけたのを、良牙が制した。
「俺の結界魔法は、攻撃を受け付けないが、同時に、こちらからの攻撃も吸収しちまう。つまり、助太刀はできねえ。
沐絲は最初っから狙っていたんだろうよ。楓の毒で乱馬の動きを制して、そこを叩く事をさ。いかにも、狡猾な南の魔法使いが考え付きそうな陰湿な戦法だな。」
「じゃあ、あたしたちは、ここから見ているしか術がないの?」
「ああ、俺たちは黙って戦いの行く末を見守るしかねえ。下手に結界を解いちまったら、今度はおまえさんが毒楓の餌食になっちまうかもしれねえ。
それに、乱馬は、誰の手助けも望んじゃいねーだろうさ。
ここで負けるようなら、奴はそれだけの器の魔法使いだったってことさ。」
その返答に、あかねは、ぎゅっと拳を握った。
己に回生魔法が打てたら、乱馬の身体から毒を消すことが簡単に出来たはずだ。何より、回生魔法でないと毒が抜けないという、基本的な事項をも知らなかった。いや、きっと習っていたのだろうが、きっちり記憶から消え去っていた。
このときほど、己の非力と、魔法学校での体たらくを悔やんだことはない。
だんだんと、乱馬の動きが鈍くなってきた。
平気そうなそぶりを見せてはいるが、あかねの目にも、その気の衰えが、明らかにわかるようになってきた。
「ふふふ。おあつらえ向きに、毒楓の猛毒が、効いてきたようじゃな。」
沐絲が、にっとほくそ笑んだ。
「ちぇっ!不正な手段を使いやがって。そうやって、俺の足止めをして、狙い撃ちにするつもりだな?」
乱馬が語りかけた。
「不正なんかじゃねえだっ!勝負っつうのは勝った者が正義じゃ。」
「どういう道理だよっ!ったく。」
乱馬は忌々しげに吐き捨てた。
「そーりゃ、そりゃそりゃあっ!おたおたしていたら、楓の根っこに捕らえられてしまうぞよ。もっとも、楓の根に捕らえられて身体をぶち抜かれるか、オラの爆裂魔法にやられるか、二者択一の道しか、おめーには残ってねえだがなっ!」
沐絲は調子に乗り始めたようだ。
まるで、乱馬をいたぶるように、毒楓と己の魔法で、追い詰めていく。
「畜生!毒が回りだしたな。目がかすんできやがったぜ。」
乱馬の額から、脂汗が流れ始めた。身体がかすかに熱を帯び、足がおぼつかなくなってきた。ハアハアと息遣いも荒くなり始めている。
「ちっ!この手しかねえかな。持ってくれ、俺の魔力っ!」
乱馬は懐をまさぐると、魔法巾着袋を引っ張り出す。そして、その中へ手を突っ込み、何やら白い紙束を取り出した。そいつは人型をした薄い紙だ。
そいつに、ふうっと息を吹き付けると、追いすがってくる、楓の根に向けて、投げ飛ばした。
「魔分身っ(ディビジッ)!」
そう言葉を解き放つと、白い紙が一斉に、乱馬へと変化を遂げた。その数、二十名ほど。
「分身魔法か。考えたな、乱馬。」
良牙がにやっと笑った。
「す、凄い…。あんな大勢の魔人形を、いっぺんに動かせるだなんて…。」
あかねが、唸った。分身の術も、高等魔法に属する。魔人形の紙切れを使い、魔法をかけて操るのだが、通常は、一人か二人を動かすのが関の山だ。
それを、いっぺんに二十人ほど、一斉に動かして見せた乱馬の手腕に、感心したのだ。
「奴の魔力なら、なら、このくらいの数、造作はないだろうが…。毒を受けた身体だ。人間の動力となっている、魔力がどこまで持つか…。魔力が尽きれば、それまでだからな。」
良牙が腕組みしながら、乱馬の反撃を見守る。
毒楓は方々へ散った、乱馬たちを追って、右往左往し始める。奴らはどうやら、乱馬の気を追って、襲撃をしてきているらしい。乱馬が息を吹きつけた人形たちは、すべて、乱馬の気を含んでいる。
「魔人形を使って、魔楓の動きを足止めさせるつもりだな?なかなか、味な真似をするだ!じゃが…オラには通用せんのじゃっ!さあ、魔楓よ、乱馬を一人残らず、捕えるだ!」
地面を這うように伝う、魔楓の根っこが、沐絲の命ずるままに、動き回る乱馬たちを捕縛し始める。
「くくく。乱馬よ。本体の動きと紙人形の動きは連動するものだ。毒で鈍ったおまえの動きじゃあ、何人人形が居たところで、同じことじゃ。一人残らず、絡め取ってくれるだ!」
沐絲が魔根っこを、逃げ惑う乱馬へと駆り立てた。魔楓は沐絲の思い通りに、次々と乱馬人形たちを捕えていく。乱馬人形たちは、魔楓の根に胴体や手足を絡め取られていく。
沐絲がすぐ目の前の毒楓の根っこを、無造作に持った。そして、呪文を唱える。
「傀儡変化ッ!爆弾様!」
沐絲の言葉と同時に、沐絲の手に触れているところから、みるみる魔楓の根っこが赤く変化し始めた。土色の根っこが、赤い不気味な根っこへと、変化が伝わる。その根っこの変化と同じく、捕えられた乱馬も、一体化して不気味に赤くただれ始めた。
根っこに絡んだ、乱馬人形たちは、一つ一つ、ジジジと不気味な音をたてはじめる。
「いかんっ!奴めっ、楓の根に捕えた乱馬人形たちも、己の手駒として、武器化するつもりだっ!」
「な、何ですって?」
「奴め、乱馬人形を爆弾化させて、乱馬の本体目掛けて、炸裂させる気だっ!」
「乱馬よ、そこに居るのはわかってるだっ!」
沐絲は、ただ一人、まだ逃げ惑う乱馬の背中に向かって叫んだ。そいつは、簡単に捕まった他の人形たちと違って、何とか、魔楓の追撃をかわして、逃げ続けていた。魔力も人形たちより、一回り大きい感じもする。恐らく、乱馬本人だろう。
「これで最後じゃっ!己の放った人形の爆弾で、地面にバラバラに転がるが良いだっ!作動するだ!人形爆弾!爆裂波(ボンバーウエーブ)!でやああっ!」
バリバリと沐絲が、握っていた魔楓へと、魔法波を解き放った。と同時に、ゴゴゴと根っこが凄まじい音を張り上げて、振動し始めた。
「乱馬あーっ!逃げてえーっ!」
絶体絶命の乱馬のピンチに、あかねは思わず、叫んでいたっ!
「引っかかったなっ!沐絲っ!」
沐絲のすぐ頭上で、乱馬の声がした。乱馬だと思って、沐絲が標的にしていた人影は、乱馬ではなかったのだ。標的にされた、乱馬人形は、両手を広げると、十字架をかたどるように、沐絲の前に立ちはだかった。
「俺は、この時を待ってたんだっ!沐絲、この魔法、そっくりそのまま、てめえに返してやるっ。魔返却雷光(リターンフラッシュ)!でやあああっ!」
乱馬のがなり声と共に、十字架となって立っていた、人形目掛けて、天上から雷光がとどろき渡った。そして、そこから、激しい光がほとぼり出す。根っこ捕えていた人形たちへとその光は伝達され、みるみる、根幹を通じて、沐絲へと逆流した。
沐絲は、己の魔法を使うため、根っこをしっかりと押さえていたから堪らない。
ドンドン、パパパンと激しい音が鳴り響いて、根っことともに、沐絲の身体が、弾き飛ばされた。
ただし、沐絲の身体が引きちぎられるような爆裂ではなかったが。
「うわああああっ!畜生!オラは…オラは諦めないだっ!必ず、乱馬、おまえを倒して、南の魔国の大魔王になるだああっ!」
意味深な言葉を残して、沐絲の声が途切れた。
と、森全体が唸り声を上げたような気がした。
また、再び、大きな力が、あかねたちの上に、圧し掛かってくる。そんな、気配を感じたのだった。
「ふん、沐絲はやっぱり、東の魔国の王子を越える器の男ではなかったか。」
怪しげな光がこもれる玉をじっと見つめながら、婆さんが呟いた。
「ふふふ、どうだ?これでやっと決心がついたのではあるまいかね?可崘(コロン)ちゃんや。」
「ふむ。あの王子殿ならば孫娘の珊璞にぴったりじゃな。年頃も魔力も、なかなかのもの。」
「じゃろう?あの王子なら、極上の魔法使いの血をこの国の王家に混ぜてくれるのは間違いない。どうじゃ?ワシの目には狂いはなかろう?」
「で?おぬし、目的は何じゃ?極悪非道とうたわれた怪人八宝斎が、南の魔国の御ためだけに、婿候補を教唆してくれたとは思えぬが…。おぬし、この契りが制約しし後、報酬には何が望みじゃ?大金か?それとも魔法具か?」
「何、報酬は至ってシンプルじゃ。珊璞と無事にあの王子と契りを交わし、無事に南の魔国の種つけを終えた後、あの乱馬をこちらに引き渡してくれれば良いだけじゃ。」
「ほう…。おまえさんもあの乱馬に用があるのか?」
「ああ。まあな。我が主がお望みなのでな…。」
にやっと八宝斎と呼ばれた爺さんが笑った。
「おぬしの主とな?八宝斎、おぬし、いつの間に宮仕えしたのじゃ?一匹狼を気取っておたのではないか?」
「何、ワシも年を取ったでな。そろそろ、安穏とした隠居生活に備えようと思ってな。」
八宝斎が言った。
「最近では世界の果て辺りが騒々しいと聞き及ぶが…。それと関係があるのではないのかえ?」
「さすが、可崘ちゃんじゃ。ま、当たらずしも遠からじじゃよ。」
「おぬしの主とやらが、この南の国に禍をもたらさないと、約定してくれるのであれば、珊璞と床入りを終え、跡取りが備わったのを確認できれば、婿殿をおぬしにくれてやろう。」
「ほお…。そこまで読んでおるか。さすがじゃのう。可崘ちゃんは。」
「茶化すな。その件はどうなんじゃ?」
「良かろう。我が主に伝えておこう。その代わり…。」
「目的が達すれば、婿殿はおぬしにくれてやる。」
「この国の王家に来た婿は気の毒よのう…。普通、夫婦となったら、末永く添い遂げるものを、姫に種だけ植え付ければ御用済み。か。悲哀よのう……ところで、その肝心な珊璞ちゃんの姿が見えないようじゃが…。」
「ふふふ、あの娘なら、ほら、そこじゃ。」
そう言いながら、隣の部屋に目を転じた。そこには、大きな白い卵が横たわっている。
「珊璞ちゃんがこの中に?」
目を丸くして八宝斎が問い返す。
「ああ…。我らが王族の娘は、こうやって身を清めるのじゃ。」
「身を清めるねえ…。なるほど。」
「こりゃ、汚れた手で触るでない!」
可崘が喝を入れる。八宝斎はビクンと卵から手を放した。そして、暇乞いをした。
「相変わらず、厳しいのう…。可崘ちゃんは。」
そう言いながら、呪文を唱え始めた。
「おぬし…。見届けぬのかえ?」
可崘が尋ねた。
「人の恋路など見ても面白うも何ともないわい。それに、ワシはワシで忙しい身の上なんでな…。ま、事が成る頃に迎えの使い魔をよこすから、手順に従って、乱馬を引き渡してくれれば良い。ゆめゆめ、しくじること無きようにな。可崘ちゃん。」
そう言い残すと、八宝斎はふうっと消えてしまった。
「東の魔国の王子か…。血統に不満はない。八宝斎も、なかなか、面白い婿候補を見つけて教えてくれたものじゃ。…にしても…婿殿も、しこたま、沐絲にしてやられて、瀕死のようじゃが…。まあ、あの程度の毒に殺される弱者なら、珊璞の婿にはできぬ。毒を克服して、無事に南の国に足を踏み入れた時は、逃さぬ…。」
にんまりと、婆さんは笑った。
「さてと…。ワシも婚儀に備えて、力を蓄えておくかのう…。」
そう言いながら、乱馬を映し出していた玉に布切れをかぶせた。
つづく
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