◇マジカル★まじかる 第三章「迷える森」編


第二話 再会

「きゃああっ!」
 初めて味わう感覚に、あかねは翻弄された。足元に地面は無い。流されるままに、風に乗って、空中を駆け抜ける。息ができないくらいの、向かい風が、容赦なく、吹き付けてくる。
 辺りの景色を見渡す余裕も、あかねにはなかった。どこをどういう風に飛行しているのかも、皆目見当がつかない。
 ただ、乱馬にしがみついたまま、飛ばされていく。そんな感じだった。

「今、東の魔界の結界を抜けてるんだ。」
 乱馬がおさげを後ろに靡かせながら、あかねのすぐ傍で笑っていた。あかねが流されて行かないように、しっかりと、腰へ手をあてがっている。
「東の結界を通り抜けているって?」
「魔法学校で習ったろう?魔界の境界には、それぞれの魔界へ簡単に干渉しあえねえように、魔結界が張り巡らされてるってよ。」
「そうだっけ…。」
「おめえさあ、魔法学校で真面目に勉強してたのかあ?んなことは常識中の常識、基礎中の基礎知識じゃねえのかなあ?」
 乱馬がくすっと笑った。
「…うーん…あたしってば、じっと座って授業を訊くのは苦手なタイプだったから。」
「なるほどね…。知識を蓄えるよか、実戦で鍛えて覚えるタイプだったんだな?おまえ。」
「あはは、端的に言っちゃえば、そういうことになるかしら。机上で知識を学ぶのは苦手だったわ。」
「でもよう、かといって、魔法はというと…、ど下手だぜぇ?おめえさあ、どっちも駄目だった口じゃねえかあ?」
 にんまりと乱馬が笑った。
 出会った当初、乱馬は身分を偽り、あかねの個人教授を買って出たので、あかねの力量は押し測れた。
「うっ、うっさいわねえ!ほっといてよっ!」
「魔法は知識の蓄積も必要になってくっからな。もちろん、理論だけで高等魔法が出せるわけじゃねえが、理論を知らないと、問題になんねえぜ?」
「そういうあんたはどうなのよ!魔法学校の成績はどうだったの?」
「俺か?魔法学校なんかには、てんで縁がなかったよ。」
 乱馬は淡々と言った。
「ええ?魔法学校へ就学するのは、東の国の魔法使いとしての義務じゃあ…。」
「それは庶子の話だろ?」
「あ…そっか。あんた、大魔王様の御曹司だっけ。ってことは、城内に魔法学校みたいなのがあったの?」
「ああ、まあ、そういうところだな。俺の周りには、胡散臭い魔法使いや長老がうじゃうじゃ居たしな。そいつらから直接手ほどき受けられたし、学校なんて所へわざわざ通う必然性ってのがなかったんだよ。魔法の習得に関しちゃあ、城内で十分に事足りてたもんなあ。」
「ふーん…。結構、刺激がない、つまらない子供時代を過ごしてたんだ、乱馬ってば。」
「あん?」
「だってそうでしょう?学校へ行けば、同世代の魔法使い見習いがたくさん居て、賑やかだけどさあ…。鬼ごっこや隠れん坊、石蹴りとか魔球技とか、庶民の遊びなんか、経験ないんじゃないの?」
「うーん…。確かにそういうのは無かったけどよ、城の中には、いろいろな魑魅魍魎(ちみもうりょう)も跋扈(ばっこ)してたからな。退屈して、つまらねえってことはなかったぜ。」
「魑魅魍魎の跋扈?城内には化け物や妖怪でも居たの?」
「ま、そんなところさなあ…。妖怪よりもタチの悪い魔族が、うじゃうじゃ親父に仕えてたからなあ。それより、そろそろ、結界を抜ける頃だぜ。さっきと同じように、今度は南の大門が俺たちを迎えてくれる筈さ。」
「南の大門って…。さっき通り抜けたような、あんな巨人が守る門が南の国境にもあるの?」
「まあな。南には、南の門、西には西の門、北には北の門ってのが、同じようにあるのが道理だろ?」
「ふーん…。そうなんだ。」
「それくらい、一般常識として、教わってた筈なんだがなあ…。」
「仕方ないでしょ?子供の頃は、東の国から出るなんてこと、考えたこともなかったし。真面目に勉強しなかったのよ。知識なんか、一夜漬けで覚えて、試験が終わったら記憶の外…悪い?」
「じゃあ、おめえ、魔法学校の授業中は何やってたんだ?」
「寝てたことが多かったわねえ。」
「ああん?寝てただって?」
「うん。あたし、睡眠時間だけは、人よりかなり多い方だったのよねえ…。」
「何だ?そりゃ。」
「さあ…。とにかく、昼ごはんを食べてからの午後の授業は、殆ど夢の中だったわねえ…。教室の陽だまりって、最高の昼寝ポイントなのよ。先生の教鞭を子守唄に、頬杖ついてこっくりこっくり…。
 魔法の知識やウンチクを垂れる授業は、だいたい、昼過ぎに集中してたからなあ…。」
「なるほど、午前中の実戦授業で粗方の体力を使い切っちまってたのかよ。」
「うーん…。かもしれないわねえ。」
「おまえ、魔法力のセーブ、全然できなかったのかよ。普通は飯食ったら、回復するもんなのによ。」
「小難しいことはわかんないわ。とにかく、魔法学校で居眠りばかりしていて、眠りのあかね…なんて、異名を取ってたくらいなのよ。凄いでしょ?」
「たく。威張ることかよ!おまえが一角獣の召還獣を御している理由が、何となく納得できたぜ。」
「どういう意味よ、それ。」
「大方、夢の中で召還獣を捉えて養成したんじゃねえのかあ?ユニコーンは夢の聖獣だからな。」
「まあ、当たらずしも遠からじ…だけど。」

 そこまで、話したところで、乱馬の言葉が途切れた。
 一瞬訪れる、静寂。
「どうしたの?突然、黙っちゃって。」
 傍らの乱馬を見上げて、はっとした。乱馬の眉間が険しくなっていたからだ。

「風の匂いが変わった。」
 乱馬はそう吐きつけた。
「風の匂い?」
 きょとんと、彼を見上げた、その時だった。壮絶な突風が、二人の身体を、揺るがした。二人の身体の安定が崩れた。

「きゃあっ!」
 向かってくる風の強さに、思わず、目を閉じた。

「ちぇっ!簡単に南の大門を通過させてくれねえってか!」
 乱馬は忌々しげに吐き出す。今にも、吹き飛ばされそうになるのを、堪えながら、乱馬は飛空する。
「厄介なところに厄介な空間が現れたぜ。避けられるかな…。」
 と他人事のように呟く。そして、魔法の準備のため、手を組み合わせて印を組む。どうやら、大きな魔法をぶっ放すつもりらしい。
「厄介な空間ですって?」
 あかねが、問い質した時だ。再び、大きな風が吹き荒れた。竜巻のような、激しい気流。さっき流されていたときに感じた強い風よりも、もっと強烈な風だった。
「うわっ!やべえっ!間に合わねえっ!」
 乱馬が叫ぶと同時に、物凄い勢いで、下方へと引っ張られ始めた。何か、見えない力が、作用して、二人を引き込もうとしているような感覚だった。
「ひっ捕まっちまったか!畜生!しくじったぜ!」
 乱馬は必死であかねを己の元へ引き寄せた。
 このままでは、物凄い勢いで地面に叩きつけられる。そう思って、あかねが目を閉じたときだ。

「気包幕(バルーナー)!」

 乱馬の呪声(じゅせい)と共に、ふわっと、何か柔らかい物が背中に当たった。

 ドスン!

 鈍い音がして、落下が止まった。
 どうやら、最終目的地へ到達したらしい。
 恐る恐る目を開いてみると、大きなバルーンが開いていた。こいつが、地面への激突を緩和してくれたようだ。

 咄嗟に乱馬が開いたバルーンのおかげで、助かったようだ。
 ぽよぽよと、クッションの良い風船のゴムな感じが、体中にまとわりついてくる。
 ハッと我に返り、あかねは辺りを見回した。
「乱馬?ねえ、どこ行ったの?乱馬ってば!」
 乱馬が視界に入らなかったので、呼び寄せる。
「うおーい、ここだここ!」
「どこよっ?」
「おめーの下だ!」
 
 ぬっと、乱馬の手が、あかねのおっぱい辺りを無造作に掴んだ。
「きゃっ!何するのよっ!エッチ!」
 パアンと勢い良く、あかねの肘鉄が乱馬のみぞおちへと入った。

「痛っ!痛いじゃねえかあ!何すんだよーっ!」
 ぬぼっと風船のクッションの間から、乱馬が顔を出した。
「それは、こっちのセリフよ!何いきなり、あたしの胸、触ってんのよ!ドサクサに紛れてえっ!」

「おっ!今の、おめえの乳だったのかあ?そういや、柔らかかったな。」
 にやっと乱馬が笑った。手の感触をなぞるように、手の指を動かしてみせる。
「あの感触からすると、思ったより、胸もでけえかな。」
「なっ!いやらしいわねえっ!」
「おっと!」
 再び、乱馬を強襲するあかねの肘を、乱馬は器用に避けた。
「何、怒ってるんだよ!結婚したら、おめえの胸は俺にゃあ、さわり放題になるんだぜ?」
 と、からかい口調であかねをはやしたてる。
「いい加減にしてよね!何で、結婚したら、あたしの胸がさわり放題になるのよっ!」
「だって、スキンシップは大切な夫婦の営みじゃねえか!おまえの胸やケツは、悉(ことごと)く、俺のもんだ!だから、さわり放題!」
「じ、冗談じゃないわよ!そんな、こと、絶対させてやんないんだからっ!」
 ひょいひょいっと、あかねの攻撃を避けながら、乱馬が笑った。
 その笑顔を見ていると、だんだん、力が抜けてくる。はああっと、あかねはため息を一つ吐き出して、握り締めていた拳を、開いた。

「もう…。あんたと居たら、調子が狂っちゃうわ。」

 どっと、気疲れしたところで、膨らんでいた風船が、跡形も無く消えてしまった。魔法が消えてしまったのだろう。

「で?ここはどこよ。南の大門の近くなの?」
 あかねは、次に来る、疑問を、乱馬に投げかけた。
「いや、てんで、見当違いの場所に落とされてしまったみてえだな。俺たち…。」
 パンパンと埃を払いながら、乱馬が答えた。
「落とされてしまったって?何?他の誰かの力が作用したとでも言いたいの?」
「確信はねえが、多分、誰かが、魔力を使って、俺たちの落ちる位置をコントロールしたんだろうよ。」
「はあ?誰かって誰よ。」
「さてねえ…。俺たちを南の国へ行かせたくねえ連中かもな。」
「何よ、それ。あんた、誰かに恨みでも買われてるの?」
「敵はたくさん居るからなあ…。いちいち気にもしてねえけどな。とにかく、何かの魔力みてえなのが、急激に作用しやがった。それだけは確かだ。」
 と、乱馬は言い切った。
「何でそんなことがわかるのよ。」
「風の匂いが、一瞬、変わったからな。」
「風の匂い?」
「ああ…。大きな魔力が作用するときは、必ず、何らかの変化が辺りに現れるものなんだ。俺くらいの能力になると、その「変化」が何となくわかるのさ。」
「ふーん。…良くわからないけど、いいわ。で?ここはどこか、見当がついてるの?」
「ああ。出来れば関わりたくねえ場所…ってのは確かだよ。」
「どこなのよ。もったいぶらないで、教えなさいよ。」
 乱馬は辺りを見回しながら、言った。
「これだからなあ…。結界の中を浮遊する亜空間っつうたら、こいつしかねえだろうに…。結界の常識だぜ?」
「結界の中の亜空間?って、何?」
「だああっ!てめえ、やっぱ、魔法学校、も一回やり直して来たらどうだ?結界の中に浮遊する亜空間って言えば「迷える森」しかねーだろうが!」
 やれやれと言わんばかりに、乱馬があかねを見返した。
「迷える森…って、もしかして、結界の中を彷徨って、魔法使いを招き入れるっていう森のこと?」
「ああ、そいつだよ。結界を彷徨うように漂っている森だ。通称「迷える森」。」
「ちょっと、何でそんなところに、落とされちゃったのよ?」
 あかねが、乱馬に詰め寄った。
「知らねーよ!んなこと。でも、面倒だぜ、ここから脱出するには…。ほら、どう習ったか、覚えてるかあ?迷いの森についての基礎知識。知ってることを、簡単に言ってみろ。」
 魔法学校の先生のように、乱馬はあかねに問いかける。
「えっと、確か、「迷える森」に捕まったときは、そこの森の「フォレスト・マスター」と勝負して勝たなきゃならないって…。違ったっけ?」
「ご名答!勝った暁には無事に森の外へ出られるが、負けると、そいつが「フォレスト・マスター」となって、ここに留まらなきゃならねえ。だったよな?」
「馬鹿にしないでよ!そんくらいは知ってるわよ!「フォレスト・マスター」になったら、次に彷徨い入る旅人に戦いを挑み、勝つまでは出られない…。「迷える森」って「別称、「非情の森」とも言われている魔の空間…だったわよね?」
 あかねが怒ったように答えた。
「ああ、そういうことだ。」
「ってことは、この森の中のどこかに、「フォレストマスター」が居るってことよね?まずは、マスターを捜さないと、話にならないんじゃあ?」
「いや、捜さなくても、奴はすぐそこに居るぜっ!」
 乱馬はいきなりあかねを抱きかかえると、その場から飛び退いた。

「きゃっ!何すんのよーっ!」
 あかねの叫び声と共に、どこからともなく、雷のように、激しい気弾が地面へと突き刺さった。
「フォレスト・マスターのお出ましだぜ。ったく。もうちっと、おとなしい歓迎をしやがれっつーんだっ!良牙っ!」
 にやにやと乱馬が気弾砲が放たれた方を見やった。

「ほおお。乱馬、貴様、俺様だとすぐさま、わかったか?」
 森の木陰から、そいつは、にゅっと顔を出した。
 同じ年頃の青年が、そこに立って、自分たちを見つめているのが、あかねの目に入った。

「わかるもわからねーも…。久しぶりだな。良牙。」
 どうやら、知り合いだったらしく、乱馬はフォレストマスターに向かって、親しげに話しかけた。

「ああ、結界を突き抜けて、惑い入って来た奴が、乱馬、貴様だったとはな。ここで会ったが百年目だ。今までの数々の恨み、晴らしてやるぜ。」
 バキバキと指の関節を鳴らしながら、良牙と呼ばれたそいつは乱馬を睨み返した。
 見た感じ、乱馬と同じ背格好、年頃の青年であった。額に黒ぶち模様の黄色いバンダナを巻いている。服装も、全体的に黄ばんだ感じだった。

「百年も経っちゃいねーぞ。たかだか一年くらいだと思うが…。それに、おまえに恨まれるようなこと、俺は心当たりねーぞ!」
 乱馬が苦笑いしながら良牙に対した。
 どうやら、乱馬の知り合いらしく、ため口でそいつに話しかけた。
「…それよか、良牙、おめえ、まだこの森の中に居たのかよ。ひょっとして、あれから、誰にも勝てなかったのかあ?おまえくらい、腕が立ったら、この森からは、簡単に出られたと思ってたんだが…。」

「ねえ、乱馬。あんた、あいつと、知り合いなの?」
 あかねが口を挟んだ。
「ああ。まあな。あいつ、良牙っていう、ジプシーの魔法使いだ。」
「ジプシーの魔法使い?」
「ああ。どこの魔国にも属さないで、旅から旅へ魔国を渡り歩いている、放浪種族さ。」
「何で、そんな人と知り合いなのよ。」
「手短に話すとよう、今から一年ほど前かなあ…。俺が東の魔国から西の魔国へ親父の代理で、親善交流に行った時に知り合ったのさ。奴も、西の国へ来ていてよう、共に修行中の身の上、意気投合したんだ。」

「意気投合なんかしてねーぞ!ただ単に、泊まっていた場所に貴様が居ただけだろう?」
 良牙が口を挟んだ。

「何だよ。西の大門を出たいが、どこに大門があるか、わからねーっつーて、俺を頼りにしてたのはおまえの方だったんじゃねーのか?」
「はあ?」
 首をかしげるあかねに、乱馬が説明した。
「こいつ、物凄え方向音痴なんだぜ。」

「やかましい!ちょっと、人より、方向感覚が鈍いだけだ!」
 良牙が顔を真っ赤にして、怒鳴った。

「それを、世間じゃあ「方向音痴」っつーんだ。で、西の大門を探して、長い間、西の国の中をさ迷い歩いてるって言うからよう…。俺も大門から出るついでに、案内してやったんじゃねえか。それを恨んでるのかあ?」
 乱馬がにやにやと良牙に対した。

「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!何が西の大門へ案内してやるだ!」
 良牙がさらに激高した。
「しゃあねーだろ?この「迷える森」は神出鬼没なんだしよう!最初から「迷える森」に遭遇するって事がわかってたら、旅立つ日をずらすとかできたろうがよ…。」

「もしかして、あんたたち、その西の大門を出た途端に、この「迷える森」に遭遇して、迷い込んだのかしら?」
 あかねが問いかけた。

「そういうこと。西の大門を潜り抜けた途端、この森の中に迷い込んでいたんだ。こいつと二人な。」
 乱馬がすいっと流すように言った。

「ってことは…。乱馬、あんた、この森に捕まるの二度目なんだ。滅多に捕まることはないって森なのに、不運よねえ…。」
 あかねが感心しながら、乱馬を見上げた。
「好きで捕まる奴なんていねえよ。おめえだって、その不運の片棒担いでんだぜ?現に、今、こうやって迷い込んじまったしよう。」
 ちらっと、乱馬はあかねを見やった。
「で?じゃあ、あんたは、ここのマスターと戦って勝ったから出られたの?」
「いいや、俺はマスターとは戦ってねえよ。」
「はあ?だったら、何であんたは外に出られた訳?」
「おまえなあ…。ちゃんと習わなかったのか?それとも授業中に眠り込んで説明を聞きそびれていたのかあ?「迷える森」に同時に迷い入ったら、どちらか一方がフォレストマスターと戦えば良いってことになってるんだぜ。」
「そ、そうだっけ?」
 あかねが首を傾げる。
「ああ。選ぶのは、フォレストマスターだ。つまり、入った者が複数なら、そのまま複数と戦うか一人を選んで戦うか。決するのは「フォレストマスター」なんだよ。闘いの土俵は、フォレストマスターが選出できる。」
「その時のフォレストマスターは、あの良牙って人と戦うことを選んだのね?で、戦って負けたんだ。」
 あかねは良牙をちらっと見た。
「そう。だから、フォレストマスターを交代して、あいつがこの迷いの森へ拘束されちまったって寸法さ。なあ、良牙。」
 乱馬が背後の良牙に声をかけた。

「うるさいっ!あの時、おまえがマスターと戦っていたら、今頃、この森の中に取り残されたのは、乱馬、おまえだった筈だ!」
 良牙が怒鳴った。
「しゃあねえだろ?戦いの全権を握ってたのは、フォレストマスターなんだしよう…。俺じゃなくっておまえを選んで戦ったのも、おめえの方が弱いと踏まれたからじゃねえのかあ?」
 乱馬がくすくす笑いながら答えた。
「やかましいっ!」
「で、あれから一年くらい経つけどよう…。おめえ、その間、一度も、森の侵入者に勝てなかったのかあ?」
「違うわい!あれから、誰も、この森へと入って来なかったから、出るに出られなかっただけだわいっ!」
 良牙が顔を真っ赤にして、激しい勢いで答えた。
「ふーん…。ってことは、この森自体、魔法使いの居る方へと向かって行かなかったのか。」
「何度か、強い魔力を捕らえかけたが、俺様がたどり着くと、誰も居ないことばかりが続いて、戦う機会がなかっただけだ!誰か入って来ていたら、勝つ自信はあったんだ!」
 良牙が悔しそうに言った。

「この森の、旅人束縛力は、マスターの力量次第ってのは、本当のことだったか。」
 乱馬がにやにやと笑った。
「マスターの力量って?何よ、それ。」
「マスターの魔法力や行動習性によって、この森の捕縛能力が変わるって説もあるんだよ。」
「へええ…。」
「あいつ、物凄い方向音痴だからなあ…。方向見定まらず、結界を行き交う、旅人を誰一人、捕縛できなかったんじゃあねえのかな。」
 ちらりと、乱馬が良牙を見上げた。

「やかましい!ほっとけっ!」
 良牙が怒鳴った。

「何か、複雑な事情ってのがありそうねえ…。」
 あかねがしげしげと、良牙を見つめた。

「ところで、乱馬よ。おまえ、また、親善旅行でも決め込んでるのか?時に、隣に居る、素敵な淑女は誰なんだ?」
 良牙はあかねを見て、問いかけた。

「ああ、こいつね。東の国の見習い魔女、あかね…俺の許婚だ。」
 さらりと、乱馬はその問いに答えた。
「違うわっ!あたしとこいつは…。」
 あかねが慌てて否定しにかかるよりも早く、良牙が叫んだ。

「なっ!い、「いいなずけ」だあああっ?」
 怒りに燃えるような瞳になる。明らか、何か、彼の逆鱗に触れたようだ。
「貴様あっ!俺がこの森の中に取り残されて、苦労している間に…のうのうと…。そんな、可愛らしい女性をたらしこんで嫁にしようというのかああっ?」
 何故か、涙目になっている。

「だから、違うんだってばあっ!許婚の件は乱馬が勝手に言ってるだけで、あたしは、承諾してないのよ!」
 あかねが、慌てて、言い訳じみたことを突っ込んだ。その、突っ込みが、かえって、話をややこしくした。

「何だと?このお嬢さんは認めてないだと?それなら、何か?乱馬!貴様、東の魔国の王子という立場を利用して、見初めたこのお嬢さんを、無理やり東の国へ連行して結婚を強要しようとしていたのかあ?」
 良牙が一人で納得して盛り上がり始めた。あかねの一言で、物語が彼の脳裏に広がる。物凄い妄想力だった。

「ちょっと待ていっ!何でそういう、ことになるっ!」
 乱馬が苦笑いしながら、良牙に返した。

「このお嬢さん、今しがた確かに「あたしは承諾していないのよっ!」って、許婚の件を否定したじゃないかあっ!
 さては、貴様、嫌がるお嬢さんを、無理やり、どこかの国許から連れ出して、己の恋の奴隷にしようと企んでやがるなっ!この、ど変態っ!」

「たく…。一人妄想して盛り上がりやがって…。俺とあかねはそんなんじゃねえっつーのっ!」
 乱馬は良牙に向き合った。
「ま、良いや。おめーに説明したところで、この状況は変わらねーな。おめえ、この森のマスターの座を賭して、俺と勝負する気だろ?」
 と、問いかける。

「当たり前だ!乱馬っ!俺はおまえと戦って、このお嬢さんを助け出してあげるんだっ!君っ!安心して。この色情魔は俺が退治して、恋の奴隷の身から解放してあげるからね。」
 と、あかねの手を取った。
「は、はあ…。」
 この場合、どんな返事を返せばよいのか、あかねは苦笑しながら、良牙を見返す。二の句がつげなかった。

「誰が色情魔だ!誰がっ!」
 乱馬が苦笑いしながら叫ぶ。

「てめえだ!こんな可愛い娘っ子をたらしこもうとしやがってっ!許せんっ!貴様を倒して、俺が貰ってやるっ!乱馬に傷物にされていても、俺は全然、気にしないからね、お嬢さん!」
「なっ!」
 良牙の暴言に、今度はあかねが呆気にとられた。
「ちょっと、待ってよ、何でそうなるのよ。」
「乱馬から解放されたら、僕と付き合って下さい。好みだ。君は可愛い!」
 良牙の瞳が燃え上がる。話が、ややこしくなってきた。

「何で、そこまで話を持って行くんだっ!それじゃあ、おめーも、色情魔と同じだろうがっ!このど変態野郎っ!」
 思わず乱馬が怒鳴った。
「そうよ!あたしの立場はどうなるのよっ!」
 あかねも顔を真っ赤にして怒鳴った。

「とにかく、俺と勝負だっ!乱馬っ!強い者がこのお嬢さんと森から出て、二人揃ってラブラブのランデブーだ!」
 良牙の瞳が、めらめらと燃えていた。



つづく







(c)Copyright 2000-2006 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。