マジカル★まじかる
後編 果てしない未来へ
昨日までの友は今日の敵。
あかねは腹を括った。この乱馬という少女の魔力は半端ではない。今までの特訓でそれは身にしみて分かっていた。
その威圧感は、目前に立ち並ぶ大魔女たちのそれとそう変わりないのである。彼女がかなりの手だれということは明らかに良く分かった。こうやって対峙しているだけでも、逃げ出したいような心境に駆られる。
だが、こうなってしまった以上、戦うしか道は無い。
乱馬の満ち溢れる気が痛いほどびしびしと肌を通じて伝わってくる。
だが勝負を受けてしまった以上、引き下がる訳にはいかなかった。
それが、今まで特訓してくれた彼女に報いる最大の礼であることも承知していた。
(悔いが残らないようにやるわっ!乱馬っ!それが今までの私のあなたへの友情の証よ!)
あかねはきっと乱馬を見据えた。乱馬もまた黙ってその気合に激しい気をぶつけて答えた。
「第二テスト、両者は召喚獣で戦うように。では、はじめっ!!」
大魔女の合図に二人は軽く一礼をした。
「召喚っ!一角獣アリス、これへっ!!」
あかねの声に風が舞った。
彼女の振り上げた右手の遥か上空が俄かに騒がしくなった。
気の渦が雲の中で周り始める。
観客たちはしんと静まり渡り、時空の中から現れる召喚獣を待ち詫びた。
灰色に染まりあがった空が一転光り輝いた。と見る間にボコンと何かが弾ける音がした。
音と共に渦巻きから出てきたのは一匹の角が生えた仔馬。
そいつはよたっと一瞬転びかけた。辛うじてそれは避けられ、嬉しそうにヒヒ―ンと一鳴きした仔馬。
どよっとあたりが沸いた。笑い声まで響き渡る。
あかねが召喚したのがあまりにみすぼらしい貧弱な一角獣だったからだ。
「あの子、あんな召喚獣で本気で戦い抜けるって思ってるのかしら…。だったらただの馬鹿ね。」
なびきはふうっと溜息を吐いた。
なびきが言うまでもなく、その貧相さと言ったら誰が見ても一目瞭然だった。
「召喚っ!!飛竜、ヒュウマ、これへっ!」
今度は一際甲高い声で乱馬が天へと手を翳した。
もくもくと湧き立つ雲間。それらしい雰囲気が今度こそは上空へと満ちてゆく。
今度もまた光が煌き、ボコッと音がして召喚獣が姿を現す。
また、どよよと場内が沸き立った。
「あらあら…。可愛らしい竜ね。」
かすみが指差して笑った。
「竜じゃないわよ…。あれはどう見てもタツノオトシゴよ…。」
やれやれと云わんばかりになびきが溜息を吐いた。
「きっと物凄い拮抗したバトルが繰り広げられるわね…。」
にこやかにかすみが言った。
「そうね…。ある意味壮絶なバトルが繰り広げられそうではあるわね…。」
となびきは投槍気味にかすみに応じた。
開いた口が塞がらない人々。苦笑、失笑がそこここから漏れ聞こえてくる。
どんな凄い召喚獣が現れて闘いが始まるのか、人々は固唾を飲んで見守っていたが、出てきたのがあまりに想像から掛け離れた貧相な野獣だったので、皆、一様にがっくりときていたのである。
そんな観客たちの冷ややかな視線には目もくれず、試合に臨む当人たちは至って真剣だった。
「行くぜっ!」
にやっと笑って先に乱馬が動いた。
「風塵(ウィンディー)!!ヒュウマっ!」
彼の掛け声と共に、タツノオトシゴがゆらっと動いた。
と、途端、風がそいつを中心に唸り出した。始めはゆっくりとした空気の流れだったが、みるみるスピードを増してゆく。
観客席からもどよめきがあがる。リング上の物だけではなく、観客席そこここから小物を巻き上げて立つ巻いてゆく。その渦はあかね目掛けて牙を剥く。
「アリスッ、避けて!」
甲高いあかねの声にヒーンと鳴いて仔馬がタツノオトシゴに向けて角を突き出した。と、その角へと風が集中し始める。タツノオトシゴの発した気渦を、収集しようとでもいうのだろうか。
突き出された角は、巻き上がる風を収めるべく渦を巻き込み始めた。
ビリビリっと空間が激しく揺らいだ。
起ころうとする風と収まろうとする風が共鳴して震えた。どちらも引けを取らない強さだ。
「ヒュウマっ、凍結(フリーズ)!」
タツノオトシゴは乱馬の声に反応して突き出した口から冷気を放ち始めた。みるみる氷が仔馬目掛けて光飛ぶ。
「炎(ファイヤー)よ!アリスっ!」
あかねの声に反応して仔馬は首を一振りした、と、回りに炎の渦が出来始めた。
氷の蒼い冷気と炎の紅い熱気が一度にぶつかり合った。上空で激しく鬩(せめ)ぎあった。繰り出される氷は炎に尽く駆逐されてゆくのだ。美しい蒼と赤の気道のぶつかり合いだった。
「なんて凄い戦いなの!!」
かすみが目を輝かせて叫んだ。
大観衆も激しい技のぶつかり合いに魅了され始めていた。
「ま、いずれにしても…。あの貧弱な召喚獣同士が戦っているようには見えないわね…。物凄いギャップがある戦いだわね…。」
なびきが静かに言った。そう、大技の渦中に居る二匹の野獣は、どう見ても鬩(せめ)ぎあう大技を繰り出すようには見えなかったのだ。
「あかね。おめえ、なかなかやるじゃねえか。そのひん馬でよっ!」
乱馬が嬉しそうに笑った。
「何よっ!そのひん馬って言うのは!アリスは一角獣よっ!」
あかねは怒ったような口調答えた。
「だってよ…。見てくれはどうやってもユニコーンには見えねえぜ、そいつ。」
「あんたのドラゴンだって、チンケなタツノオトシゴにしか見えないじゃないのぉっ!!」
あかねは必死であった。迸っている魔力が何処まで持つか。これほど不明瞭なものは無い。
実は乱馬の繰り出す技を紙一重でかわしているものの、己の限界を感じていた。負けられない、婚約は絶対に阻止したい。ただ、それだけの気持ちが彼女を突き動かしていたのである。
余裕の表情で乱馬はあかねを見た。
「おめえ、やっぱり、すげえ底力持ってるな…。もっと出してみろっ!俺をもっと楽しませてくれよ。」
乱馬は楽しげに笑った。
あかねは黙って見返した。底力と言われても、これ以上の力が存在しているとは自分でも思えなかった。それに反して乱馬は余裕で戦っている。まだまだ底知れぬ不気味な力を隠し持っているのは明確だった。
(ひょっとして、あたしは、とんでもない奴と戦っているのかもしれない…。)
ぼんやりとだが乱馬の気の向こう側にある得体の知れない超力を彼女自身読み取っていた。
「俺、おまえの本当の力を見たいっ!いや、見せてもらうぜっ!!あかねっ!」
乱馬はにやりと笑った。
「本当の力?」
あかねがそう問い返そうとしたときだった。
「解放っ(レリーズッ)!」
乱馬は一際大きい声でそう言い放った。
「おおおおおおおお〜ん。」
それに呼応するように乱馬の召喚獣が一声戦慄(わなな)いた。
「きゃっ!!」
物凄い突風がそこら中に吹き抜ける。目を開けて居られないほどの衝撃が走る。その中でヒュウマは白光し始める。そしてみるみる変化しはじめた。
「何?あれ…。」
「まあ…。凄い…。」
なびきとかすみ、いや会場中の魔族たちが変化する乱馬の召喚獣を見た。
「え?ええええっ!!?」
あかねは目を見張った。
さっきまでの小さなタツノオトシゴは数百倍もあろうかという飛竜に変身していた。
「ちょっと…。あれ…。あの額の印は…。」
なびきは現れた飛竜の額を指差した。
「王竜の刻印みたいね…。」
かすみは相変らずのテンポで答えた。
指差された飛竜の眉間あたりに、「王」という文字に見える赤い文様が浮き上がっていた。
「王竜って…。あの子…。まさか。」
「大魔王様一族さんのようだわね…。」
そんな地上での会話など勿論あかねに届く筈は無かった。
「乱馬っ!あんた、何よ…。その子の変化。今まで隠してたの?」
あかねは半ば悲鳴声になりながら乱馬へ問い掛けた。
「手の内は最初は見せないもんだろ?さあ、おまえのひん馬も変身させてみな…。」
「変身って…。」
「まだ未進化の不完全体だろ?そのひん馬。」
あかねには乱馬の言っていることが理解できないで居た。
「何訳わからないこと言ってるのよ…。」
「そいつ、おめえの力に呼応して変化したいって言ってるぜ…。」
乱馬に促されてアリスを見た。アリスの目は光り輝きあかねに何か言いたげだった。
「それとも、もう終わりにしたいのか?親父たちの言いなりになるの嫌だって言ってたのは単なる強がりだったのかよ。」
煽るように乱馬は言葉を投げ続けた。
あかねはぎゅっと拳を握り締めた。
「嫌よっ!絶対っ!あたしは…。あたしは自分の足で生きたいのよーっ!!」
あかねの気が大地を揺るがすくらいに振動し始めた。
「いいぞっ!その調子だ。その気を全部、俺にぶつけてみやがれーっ!それ、雷鳴(サンダーッ)!」 激しい閃光と雷鳴が轟いた。
乱馬のヒュウマが天地を駆け上がる。
「こうなったらやけくそよっ!何でも好いわ、アリスっ!好きにやって!!あたしの魔力、全部上げるから。」
あかねは身をせり出して、雷鳴の只中へと駆け出した。
「あかねっ!危ないっ!!」
「あかねちゃんーっ!!」
二人の姉が悲鳴を上げたとき、あかねの身体が稲妻をまともに受けて弾けたように見えた。
ドオーンッ!!
激しい雷鳴が鳴り響いた。
会場のざわつきと共に、乱馬とその召喚獣ヒュウマ、そして、あかねとその召喚獣アリスの気配がその場からぷつりと消え果たのである。
「へへっ!やっぱやるじゃねえか…。そいつ…。力を解放して本来の在るべき姿に戻りやがったな。やっと…。」
乱馬の声がした。
「ここは?」
白んだ世界を見てあかねは己が何処に投げ出されたのか一瞬わからないで居た。
「ここは、おめえの召喚獣が作り出した亜空間だ。そんなこともわからねえのか?たく…。たいした魔女だよ。おまえは…。」
「亜空間?」
「そうだ。一角獣は夢を司る聖獣だ。見ろ、そいつの姿を。」
「アリス…。あんた。」
アリスはあかねに寄り添いながらヒヒ―ンと一鳴きした。
さっきまでのチンケなひん馬ではなく、何処から見ても立派な蒼い一角獣だった。
「その背中…。アリス…。」
背中には今まで生えてもいなかった羽根も生えている。
(勝てるかもしれない…。)
かすかだがあかねは希望を感じた。己とアリスにこんな力が眠っていたとは。勿論今までここまで力を駆使したことはない。
「勝負…。続けるか?」
乱馬が笑った。
「当然よっ!あたし、絶対あんたに勝つわっ!!」
「へへっ!そうこなくっちゃ!まだまだ楽しませてもらうぜっ!ヒュウマッ、爆裂火炎(ファイヤーボンブッ)!」
ヒュウマが口から烈火を吹いた。
「アリスっ!避けてっ!」
ひゅんっとアリスがそれを避けた。
「もう一発!超爆裂火炎(ファイヤーボンブレストッ!)」
「アリスっ!!」
二匹の戦いは熾烈を極める。手慣れた乱馬の掛け声にどう対処したら分からない目くら滅法で戦うあかね。
必死のあかねに対して、戦うことが楽しくて仕方が無いという表情の乱馬。嬉々として挑んでくる魔法。アリスはそれを良く避けた。
「さすがにそいつが作り出した亜空間だけあるな。マスターのあかねが分からなくてもしっかりと戦い抜いてるじゃねえか、そのひん馬。」
「煩(うるさ)いわねっ!ひん馬じゃないわよ!!アリス、たまにはあいつを攻撃して。」
「ヒ―ン!」
合い分かったというようにアリスはあかねの命令に従った。きっとヒュウマを睨むと、翼を広げて鋭敏な羽をお見舞いした。
「おっと…。」
針のように鋭い羽を辛うじて避けるヒュウマ。
(そうか…。ここってアリスが作った亜空間って言ってたわよね…。確か一角獣は相手を自分の夢に飲み込むことが出来る筈…。だったら、一か八か…。)
あかねの瞳がきらりと輝いた。
(まだ試したことは無いけれど…。呪文は…。確か…。)
「幻想魔法攻撃破(マジカルイリュージョン★アタック)!」
「何?」
あかねの声と共に、アリスが一際大きくゆり動いた。そしてたっと羽を広げて眩いばかりの光を繰り出す。立っていられないほどの衝撃を乱馬は感じ取っていた。アリスはここぞとばかりに渾身の力を振り絞って攻撃した。
「うわーっ!!」
乱馬は悲鳴と共にその光へと呑みこまれる。ヒュウマと共に光に包まれ駆逐されてゆく。
ごごごごごご…。
音と共に光に飲み込まれ消えてゆく乱馬とヒュウマ。
「やったっ!!」
あかねがそう叫んだときだった。
「たく…。俺としたことが油断したぜ…。」
「え?」
耳元に聞こえたのは少年の声。
そしてにょっと伸びてきたのは太い筋肉質な腕。
「あんた…誰よ?」
見知らぬ少年にあかねは驚いて振り返った。
「ちぇっ!あいつの魔法力で変身が解除されちまったか…。乱馬だよ。これが俺の本来の姿さ…。あかね。」
と言って背後でにっこりと微笑む。
「乱馬?」
見上げる顔は少年のもの。だが、見覚えのあるおさげ髪が揺れていた。いや、それだけではない。見覚えのある瞳があかねを見詰めていた。
「良くやったな…。あかね。だけど…。勝負は俺の勝ちだ。」
にやっと笑った。
「何故なら…。俺に背後握られたからな…。」
「アリスッ!召喚!!」
あかねは召喚獣を呼んだ。だが、返答はない。
「無駄だったら…。アリスもヒュウマももうこの空間には居ないぜ。さっきの大技で二匹とも召喚空へと戻っちまったよ。暫く戻ってこれねよ…。」
「嘘…。」
「嘘なんか言わねーよ…。良くやったが勝負はここまでだよ…。」
「まだ勝負はついてないわっ!力なら誰にも負けないわよっ!!」
あかねは乱馬の腕を解こうともがいた。持ち前の馬鹿力を出そうと渾身へ力を入れた。だが、乱馬の腕はがっしりと自分を抱きすくめていて、動こうにも動けない。
「無駄だったら。たく、しょうがねえじゃじゃ馬だな…。あかねは。」
そう言って乱馬は更に強く抱き締めた。
「嫌よ!あたし!負けてないっ!!」
「回帰(リターン)!」
乱馬が一声上げると、亜空間は崩れ出し、元居た儀式のリングへと立ち戻った。
わあ、わあと会場がざわめいていた。
「この勝負!挑戦者あかねの負け!!」
大魔女がそう高らかに宣言した。
「そんなあ…。」
がっくりとうな垂れるあかね。
「あたし…負けちゃったの?」
まだ納得がいかないという顔をしながら乱馬だと主張した背後の少年を振り返る。
「そおいうこと…。」
乱馬はからっとした顔つきでそう言った。
「さて…。敗者には裁きを下さねばならぬ。」
大魔女ルナは静かにあかねに向き直った。
あかねはすっかり戦意を消失させて、がっくりとうな垂れた。
「大魔王様、いかがなされます?この者、魔王様の命をないがしろにいたした罪、償わせなければなりませぬ。魔法界追放か、はたまた、幽閉か処刑か…。」
シンとあたりは静まり返る。
敗者には厳罰を。というのがこの魔法界での掟だった。
「だからやめときゃ良かったのよ…。あかねの馬鹿!」
なびきが溜息を吐いた。
絶体絶命、大ピンチ。分かってはいたが、この場合どうやっても妹を助けることは出来ないだろう。
ゆっくりと御輿の御簾が上がった。
「大魔王様のお出ましだっ!!」
口々に言いながら魔族たちはそちらへと視線を集中させた。
「ぱふぉ〜。」
現れ出でたるは一匹の大パンダ。
「アレが大魔王様ってわけ?」
「そうみたいね…。」
なびきとかすみがこそっと話し合った。
「ぱふぉ〜、ぱふぉふぉふぉふぉ〜、ぱふぉっ!!」
パンダが懸命に喋りだす。が、如何せん、言葉が分からない。
「人間仕様に戻りやがれっ!このクソ親父っ!!」
あかねを捕えたままの少年が叫んで魔法を放った。
と、パンダの身体がはじけて、でかいマントを被った人間タイプの親父が現れた。
「くおらっ!馬鹿息子っ!何をするっ!!」
手にしていた玉杖を振りかざしながら怒鳴った。
「馬鹿息子って…。まさか…あんた。大魔王様の御曹司?」
あかねは目を瞬かせて乱馬を振り返った。
「ああ、そうだよ…。あいつの息子さ…。おめえの婚約者候補だった。」
そう言って笑った。
「嘘…。」
何が何だかわからなくなった。彼は本当にあの少女、乱馬と同一人物なのか。なら何故、女に変化していたのか。そして己の前に姿を現したのか。
「では、先ほど后と話し合った、あかねに対する処遇を発表する。そやつ、この大魔王一族の結婚の申し出を断わりし罪、万死に値する。極刑は免れられぬと心得よっ!そこへなおれっ!ワシがじきじき処刑してやろうぞっ!!」
「ちょっと待ったぁッ!」
乱馬が奇声を上げた。
「意義ありっ!」
そしてさっと叫んだ。
「何を申すか?この馬鹿息子!勝手にひょいひょいとひと月前から婚約者に会いに出掛けよって。その結果、婚約を破棄されて。ワシが何も知らぬと思うたか?このどら息子!」
苦虫を潰したように唸る大魔王。
「ああ…。確かに俺は、変化(へんげ)してあかねに会いに行ったさ。俺だってどんな奴を押し付けられたのか気になるのは当たり前だろが…。どんなじゃじゃ馬宛がわれるか。てめえが選ぶんだ。無理ねえだろが!」
「何ですって?聞き捨てならないわねっ!」
あかねはきっと後ろを振り返った。
「会いに行ってみたらよ、この味噌っかす。魔法もろくに使いこなせねえじゃねえか。余りに危なかしくって見てられなくなって、面倒みてやってたんだ、俺は。」
「ちょっと!味噌っかすって…。」
「おめえは黙ってろ。」
「黙ってられないわよ!!」
「沈黙!(サイレント!)」
口を挟んでくる勝気な娘に乱馬は目にも止まらぬ速さで魔法をかけた。そして、黙らせた。
声を失って何やら恨めしげに乱馬を見上げるあかね。
「会いに行って、魔法を教えて、その結果がこのふしだらか?おまえも、魔王族のとんだ笑われ者ではないか。婚約を破棄に持ち込まれよって。前代未聞じゃ、このオオバカ息子っ!おまえも厳罰に処してやろうぞっ!そこへなおれっ!!」
「馬鹿馬鹿ってさっきから!言っとくがな、こいつの魔力、まだてんで未進化だぜ。俺が睨んだところ、その大魔女ルナに匹敵するほどの超魔力が潜んでやがる。さっき、対戦してよく分かったよ。じゃねえと、俺の婚約者としての白羽の矢が占いでだって簡単に当たる訳ねえじゃねえかっ!それに…。俺は真っ向からこいつに否定された訳じゃねえしな…。」
乱馬はにっと笑った。
「どういうことだ?」
「前々から思ってたんだが…。俺もこの魔法界を出ようと思うんだ。」
「何だと?今なんと…。」
「だから、このまま俺ものうのうとしていたくねえんだ。ここが嫌いだってわけじゃねえ…。でも、俺も強くなりてえんだ。いろんな世界を見ておきてえ…。そこでだ…。こいつ、あかねを俺にくれ。」
あかねが口をぱくぱくさせて乱馬を見上げた。何を言い出すと云わんばかりに。
「俺はさっきの勝負に勝ったんだ。褒美くらい貰いたいさ。当然の権利だろ?」
「おまえ、正気か?己が言っていることがわかっているのか?」
大魔王が聞き返した。
「ああ。勿論。俺が広い世界へ出るためには、こいつが必要不可欠なんだ。今日戦ってよく分かったよ。上手く言えないけど…。俺はこいつと一緒ならもっと強くなれる。こいつだってそうだろう。このひと月の俺の特訓で大魔女ルナの召喚獣ポロンを倒せるまでに成長できた。俺、こいつと一緒に広い世界へ出たい。」
「だがそやつはおまえを拒否したではないか…。」
「それは、押し付けられた婚約者だからだろ…。俺なら自信あるぜ…。いつかこいつの方から嫁になるって言わせるだけの…。」
「なかなか言うわね…あの御曹司。」
愉快そうになびきが笑った。
「そうね…。破天荒なあかねちゃんにお似合いの相手かもしれないわね。」
「お姉ちゃん、だからそれってフォローになってないって…。」
互いに爆笑する二人の姉。
「いいでしょう!行きなさいっ!乱馬。その娘と一緒に。ねえ、いいわよね?あなた…。」
と、ずっと黙っていた后が口を開いた。
「男子たるもの、広い世界へ修業に出ることは必要です。また、その旅に伴侶が居れば尚いいじゃありませぬか…。あかねとやら、意義はありませぬね…。」
にっこりと微笑む美しい乱馬の母だった。
たまらないのはあかね当人で、本当は「否」と高らかに叫びたかったが、如何せん、乱馬に沈黙魔法をかけられており、返事も何も出来ずに、もごもごと口ごもっているだけであった。
「行きなさいっ!あかねっ!願ったり叶ったりだよ。それだけ御曹司さまに思われるとは。幸せな奴め!」
早雲も嬉しそうに進言した。
「良かろう…。おまえたちがそこまで決意しているのなら…。但し、今よりもっと強くなってここへ戻って来いっ。当分はその顔を見ることもないだろう。鉄は熱いうちに打つものだ。さあ、旅立て。どら息子よ!!」
わあっと歓声が上がる。
「ありがとう…。親父。お袋。俺、もっともっと強くなって戻ってくるからな。飛翔!(フライッ!)」
乱馬は父や母、観衆に手を振りながら、あかねを抱えてたっと白み始めた天へと舞い上がった。
「召喚ッ!」
飛びながら乱馬が声を張り上げると、つっとっと飛竜が降りてきた。ヒュウマだ。
乱馬はその背中へとたっと駆け上がった。あかねを抱えたままで。
みるみる小さくなる魔女の里。人々の姿と歓声が遠ざかる。
「ちょっとっ!何てこと言うのよ!あたしは承服してないのよっ!!」
ようやく口を利けるようになったあかねが乱馬を見て怒鳴った。風が空を切ってゆく。
「たく…。助けてやったんだろうが…。あのままほっておいたらおめえ、火あぶりの刑だったぜ。親父の野郎、ああ見えて性格悪いからなあ…。」
「何が助けてやったよ!あたしを一体どうするつもりよ!」
「決まってるだろ。一緒に連れて行く。」
「何処へ?」
「さあな…。風任せだ。いいじゃねえか…。一緒に旅しながら修業しようぜ。おまえだってもっと強くなりたいだろ?それに、もっと自由に生きたいって言ってたじゃねえか…。」
「あんた、本当にあの乱馬なの?あたしに魔法を教えてくれた。」
「ああ、そうさ…。」
「だったら、変化(へんげ)してみせてよ!」
「嫌だね…。」
「何で?」
「もう、変化する必要ないから…。人目だって忍ばないでいいし…。それに変身魔法は結構魔力使うんだぜ。」
悪戯っぽい笑顔。
「最初に言っとくが、俺は絶対おまえを離すつもりはねえからな…。決めてたんだ。魔法を教えに行き始めたときから。一緒に生きるって…。」
「ちょっと…。」
「大丈夫だよ…。俺はこれでも紳士だから、承諾なしにおめえを襲ったりしないから。」
「な…。」
「だから言ったろ?いつかおめえから嫁になりたいって言わせてやるって…。それまで待つさ。俺は辛抱強いんだ。」
何てことを平気で口にするのだろう。その自信や前向きな明るさは何処からくるのか…。暫く黙って彼を見詰めた後、あかねはふっと表情を緩めた。少女乱馬とのこの一月間。見違えるほどに成長した己。それを我が事のように一緒に喜んだ彼女と、今目の前に居る彼の輝く横顔が重なったのだ。
「信用できないわね…。でも、ま、いいわ。つきあったげる…。後戻りもできそうにないしね…。」
そう言ってから、静かにあかねから差し出された右手。
「へへ…。じゃあ決まりだな。ほら…。よろしく、相棒!」
そっと握り返して乱馬は笑った。太陽の光を受けて笑顔が輝く。
その瞳を覗きながらあかねは極上の笑顔で微笑み返した。
「よしっ!飛ばすぜっ!しっかり俺に捕まってろよっ!」
「うんっ!!」
東の空はすっかり明るく、また新しい太陽の輝きを出迎える。
飛竜は二人の若者を乗せて、悠々堂々ととどこまでも飛んでゆく。
雲の道は二人を導くように、遥か彼方まで繋がっていた。
空の向こうにはまだ見知らぬ、真新しい明日。
完
魔法使いあかねちゃん…
私はあかねよりちょっと達観した乱馬を描くのが一番好きです。
原作の彼はかなりガキっぽい感じなのですが…やっぱりあかねから見て頼れる存在であって欲しいという願望が強いです。
生まれてくる妄想が、そういうものが多いのも「乱馬至上主義乱あ愛好者」だからかもしれません。
乱馬の描写に浸りきっているとき、至上の充実感が…。(危ないぞ…)
己の方向性は他作品でも判ると思いますが…原作より少しだけ進んだ、原作世界のシリアスストーリーに近い世界の描写を追及してることが多いです。
パラレルは実はあまり得意ではありません。
でも、この作品は書いていて物凄く楽しかったです。息子が受験で苦しんでいる時に傍らで母は…ってやつでした。
続編書くかもしれません…ラブコールが強ければ…というか、結構好評だったので書いております…。まだ未完ですが(汗
実際にメールもいただきましたし、同人イベント会場などでもたくさんの方々から続きを懇願されたのを覚えております。
よろしければ、引き続き、お楽しみくださいませ〜。
(c)2003 Ichinose Keiko