マジカル★まじかる  

中編 魔女テスト



 あっという間にひと月が流れた。

 そう、とうとうあかねの十六歳の誕生日がやってきてしまったのだ。
 夜陰に紛れて集まってくるあかねの一族と由来のある魔族と魔女たち。
 一種独特なパーティーの始まりである。

 その日は朝から準備におおわらわだった。
 当のあかねはぼんやりと窓辺へ立っていた。
「ほらほら…、日が暮れるわよ。そろそろ支度なさい。」
 見兼ねてかすみが声を掛けに来た。
「あ、はい…。」
 あかねは力なく返事した。



 昨日、乱馬と別れた。
 ひと月間、彼女は良く相手をしてくれた。
 何処から来て、何処へ帰るのか、結局彼女のことは何も分からず終いだった。そう、最後の日になってそれにふっと気付いたのである。
「ねえ…。乱馬。あなたは何処から来てるの?」
 仕上げの日にあかねは尋ねてみた。
「そんなのどうでもいいじゃねえか…。」
「だって…。ずっと付き合ってくれたじゃない。あたし、お礼がしたいな…。ねえ、明後日の誕生日、勿論来てくれるでしょ?」
 揺れるおさげは黙ってそれを見返した。
「後はおまえが頑張ればいい。俺の役目はもう終わったから…。」
「そんなことないわ。乱馬が来てくれたらあたし、百人力よ。第二テストだって…。」
 勝てるわ…。そう言おうとして遮られた。
「この先はおまえ自身の力を信じるんだな…。俺が教えられるのはここまでだ…。」
「何処へ行くの?」
「帰るんだよ…。多分、明日は来れねえ。」
「どうして?何か用でもあるの?」
「俺がここへ来られるのは今日までだよ…。明日はせいぜい頑張んな…。己の力を信じて。せめて第一テストくらいは受かれよ。じゃねえと、俺が来た理由がなくなるからな…。」
「来た理由?」
 あかねは思わず聞き返した。
 乱馬は、必然性があってここへ現れたとでもいうのだろうか。
「乱馬?」
 見渡したがもう気配はなかった。
 消えてしまうように居なくなった。
「乱馬ーっ!?」
 返事もない。
 風に揺られて木立が揺れているだけだった。


「乱馬…。あんた、一体…。」




 夕べ、乱馬と別れてから、ずっと心に何かが引っかかっていた。
 乱馬は何故自分の元へ来たのか。ただの物好きコーチとは少し違う。
 時々見せる寂しげな瞳と優しい瞳。
 不思議な少女だった。

「もう会えないのかな…。」
 あかねはふうっと溜息を吐いた。
 

「あかね。」

 姉のなびきがひょいっと部屋に現れた。
「何?お姉ちゃん…。」
「まだ支度してないんだ。」
「支度って言ったって…。下へ魔法の薄絹を着る以外は特に何も無いじゃない…。」
 あかねはそう言いながら見上げた。
「ま、そうだけどね…。それよりさあ、よかったね。あかね。」
 なびきは笑いながら言った。
「何が?」
「あら、まだお父さまから何も聞いてないの?」
 きょとんとして見返す。
「聞いてないって?」
「あんたの相手のこと。」
「相手?」
「そ…。婚約者。」
「!」
 あかねはみるみる顔が熱くなるのを感じた。
「あかね…。お父さまがお呼びですよ…。」
 階下からかすみの声がした。
「ほら、おいでなすった…。さ、早く行って、行って。」
 追い立てられるように階段を下った。

「あかね…。喜べっ!相手が決まったぞ。」
 父がニコニコしながら笑っていた。
「相手って…。」
「婚約者だよ。」
 そう言いながら笑っている。
「お父さまったらご機嫌なのよ。何でも、卜占で言われた相手はね、大魔王さまの御曹司なんですって…。」
「大魔王さまの御曹司?」
 きょとんとしているあかねに父の早雲は上機嫌で答えた。
「そうなんだよ。大魔王さまの一人息子さまだよ。これほどの名誉はないじゃないか…。わっはっは。」
 
 じ、冗談じゃない!

 とあかねは内心吐き出した。
 当たり前だ。
 大魔王さまの息子なら魔力も精神力も、おそらく超一級だろう。それは容易に想像できる。何しろこの世界を牛耳る魔族の長の血を脈々と引く者。
 得体の知れない戦慄があかねに駆け上がった。
 人間仕様だの化け物仕様など悠長なことは言っていられない。

「言っとくけど、第二テスト受けようだなんて思わないほうがいいわよ…。」
 こそっと見透かしたようになびきが耳打ちする。
「わかってると思うけど…。婚約者が大魔王さまの身内なんだから、第二テストを受けた時の相手って物凄いわよ…。きっと。死を覚悟しないと多分…。そりゃそうよね…。大魔王さまの息子への降嫁を断わったりしたら、当然…。」
 なびきは空で首を切る動作をした。

 最悪のシナリオだ。

(ああ、あたしってなんて不幸なのっ!!)

「さあ、早く支度して。皆さまお待ちかねよ。」
 呆然と立ち尽くすあかねをせっついて、かすみもなびきも急(せ)き立てる。
「良かった、良かった。父は嬉しいぞ。」
 父は一人上機嫌だった。


 誕生日パーティの幕が開く。



 外に設えられた、特設会場は魔族、魔女で満ち溢れていた。
 魔族たちは大のお祭騒ぎ好きだ。老若男女、化け物仕様、人間仕様、獣仕様。様々な魔族たちが入り混じり立ち混じりパーティーの料理や美酒に舌鼓を打つ。
「今日はおめでとうございます。」
「お招きありがとうございます。」
 主催者の早雲父娘たちにそれぞれお祝い事の挨拶が繰り返される。
 それだけでも辟易としそうなのに、姉たちに促されて、不器用なあかねもしどろもどろに挨拶する。
「そちらの娘さんですか?今日の主役は…。」
 にこにこと皆があかねを振り返る。

「おお、これはこれは、あかねくん。今日はまた一段と麗しい。僕に白羽の矢が当たらなかったのが残念だよ。」
 なびきの婚約者の帯刀がにこやかに現れた。
「ど、どうも…。」
 なびきは婚約者が人間仕様でしかも金持ちの魔族だと知ると、第二テストは受けないでそのまま現状を受け入れたのである。
『だって、人間仕様だし、お金持ってるんなら、言う事無いわよ。ちょっと頼りないみたいだけど…。そのくらいの方が牛耳り易いし。』
 超現実主義の姉らしい理屈で婚約を決めた。
「これは、あかねちゃん。今日は一段と綺麗だよ。」
 その後ろには長姉のかすみの相手の東風。彼もまた人間仕様だ。眼鏡の後ろにある優しい瞳はかすみを一辺で恋に陥れるに充分だった。真面目一辺倒の姉に似合ってか、東風も生真面目が服を着ているというタイプの魔族だった。聞くところによると、魔薬関係のスペシャリストらしい。
「まあまあ、東風さん。ようこそいらっしゃいました。」
「はらひろふれ…。かすみさん!」
 もしこの青年魔族、東風に多少でも難があるとすれば、姉のかすみの前に出ると、オオボケに変身してしまうことかもしれない。
 姉たち二人は、それぞれ、婚約者と上手くやっているようだった。
「ほんと、あんた、ちゃんと特訓しておいて良かったわよ。じゃないと、洒落になんないもんね…。大魔王様の御曹司の婚約者になる魔女がテストに失格するなんて。きっと乱馬って子も、テストを合格させるために差し向けられた個人指導者だったのかもね…。」
 なびきが笑いながら妹を見た。
 さもありなん。なびきが言っていることは当らずしも遠からずだろう。誰かが気を回して、乱馬を差し向けたのではないか。そんな疑心暗鬼な心になってくる。

 己は何のために修業したのか。この婚約から逃れるためではなかったのか。

「はあ…。」

 あかねが溜息を吐いた時、空が俄かに明るくなった。
「ほら、大魔王様じきじきにお出ましよ…。」
 天を仰ぐ群衆。

 派手なファンファーレが鳴り響いて雲から何かが降りてきた。雲の上にちょっこりと乗っかった御輿がひとつあった。御簾がかかっていて中までは見通せなかた。
 御輿の御簾を良く見ると美しい女性のシルエットと何やら獣の影が見えた。
「ねえ…。あれ…。」
 あかねはこそっと姉のなびきに耳打ちする。指差す方向には獣のシルエットがくっきりと浮かんでいる。
「大魔王さまよ…。噂によると大魔王さまは普段は獣の格好してるんですって。あまり人前に本当の姿を曝さないそうよ…。まあ、本来の姿が獣ってこともあり得るけどね…。でも、安心なさいな。お后さまは綺麗な方だって聞いてるわ…。」
 何が安心か良くわからなかった。
 返答に困っているあかねを尻目に
「さて…。御曹司さまはどっち似なのかしらねえ…。」
 無責任にもくくっと楽しそうななびきだった。

(決めたわ!あたし、絶対に第二テストまで受ける!!)

 その瞬間、あかねはそう決意した。
 化け物だろうと人間だろうと、望まない相手とは婚姻を結びたくなかった。
 大魔王だの大魔族だの、そんな親の威を借りたような御曹司はロクなのが居ない。周りがどんなことを言おうと、嫌なものは嫌だ。
 そんな己の気持ちを大事にしたいと思った。

「さあ、ぼちぼちあかねはリングにあがる用意をしなさい。」
 父親が促した。
 中央に設えた特設ステージのようなリング。
 この上で成年式とも言える、魔女の儀式とそれに付随するテストを受けるのである。満場の目前でそれは行われるのである。
 招かれた人々はご馳走を片手に、今か今かとその瞬間を待ち侘びる。
 あかねはいつもの魔女見習のマントを上から被ると、つっと前へと進んでいった。
 満場から拍手が沸きあがる。やんややんやと声援も上がる。
 厳粛な面持ちで中央へと足を進めた。ぶるぶると足が震えるような感覚をあかねは覚えていた。
 逃げ出したいほどの緊張感が全身を駆け巡ってゆく。

(落ち着くのよ、あかね…。)

 ぎゅっと握り締める拳。
 
 と、檀上からふと目を落とすと、見たことがある顔が一つ。おさげ髪を揺らせながら前に座っている少女が目に入った。
(乱馬。)
 あかねの緊張した顔に安堵が走った。
 いつの間に来たのだろうか。彼女は腕を組んでリングの直ぐ前であかねを見上げていた。
 其処に居るだけで心地良い存在感。乱馬はじっと静かにあかねを見た。何か言いたげな瞳が清涼とあかねを捕える。ダークグレイの淡い輝き。
(来てくれたのね…。)
 あかねは心持ち、嬉しそうな笑みを乱馬へと返した。
 さっき浮かんだ猜疑心も忘れていた。
 乱馬は少しだけ閉ざした唇を上に上げて、それに答えた。だが、それ以上笑いもしなかったし、何も言わなかった。

 檀上では儀式と称して、いろいろなことが繰り広げられる。
 何やら聖水を掛けられ、呪文を唱えられ。
 前に居るのは大魔女のルナとかいう婆さんだ。魔女の中の魔女。人々はその魔力に畏敬し崇拝した。いったいどのくらいの年輪を生きているのか。一説には何百年という単位だという。刻まれた皺は無数にあった。
 一通りの儀式が終わると大衆は待ち侘びるように大歓声を上げる。
 そう、いよいよメインイベントに移行する。第一テストの幕がしめやかに上がるのだ。

「さて、汝、魔女になる資格があるや否や…。これからのテストで判断する。出(い)でよ、魔獣!」

 ごごごごごご…。

 大魔女ルナの召喚で地響きを上げながら姿を現す魔獣が居た。
 猪のような毛むくじゃらの体毛、そしてウサギのような長い耳と大きな身体。目は二つ、身体の中央に赤く輝いている。そして猪のようなキバが口からにゅっと上へ伸び上がる。四足の赤い太い足をどっしりと大地につけてそそり立つ。
「な、何。こいつ…。こんな召喚獣見たことない…。」
 あかねは思わず悲鳴に近い声を上げた。
「お姉ちゃんたちの時は、こんな強そうな召喚獣じゃなかったじゃない!」
 前に見た、二人の姉の時は、確か、こいつの二分の一くらいの猫のような召喚獣だった。手で組み合えるくらいの獣だったのである。なのに、今目の前に立つこいつは…。見るからに強そうで獰猛で目付きも性格も悪そうだった。
「当たり前じゃっ!お主の婚約者は大魔王様の御曹司であらせられるのだぞ!第一テストの相手、このくらいで丁度良いわ!」
 からからと大魔女ルナが笑っていた。
「そ、そんなの…聞いてないっ!!」
「つべこべ言わす…。さあ、始めるとしようかな…。」

 もう後へは引けなかった。
 兎に角、第二テストまで突き進むには、まず、目の前の現実から片付けなければならない。
 まずい事に第一テストは挑戦者は召喚獣を使えない。そう、素手と魔力で戦うしか許されていのだ。魔力の技量を試されるのである。せめて手飼いの召喚獣が使えたら、少しは状況も見通しも明るいのだろうが…。目の前の野獣は到底素手で倒せるような相手ではあるまい。

「もう、こうなったらやけくそよっ!!」

 あかねは頭に掛かっていたマントをがばっと後ろへと引き倒した。
 
 オオオオオオ―――ン

 雄叫びが上がった。
 バトルが始まる。




「はじめっ!」
 高らかな宣言と共に始まる戦い。

 あかねはきっと化け物を見た。
「さあ、ポロンちゃん!相手しておあげなさい!」
 大魔女ルナがそう叫ぶと、召喚獣がわおんと一鳴きした。
 前足を一本地面から離すと軽く足踏みする。光る目はあかねをじっと捕えた。
(来るっ!)
 あかねが身構えたとき、そいつは行動を起こした。
(早いっ!!)
 閃光のように掛けてくる。
(くっ!)
 かわすのが精一杯だった。
 最初は外すつもりだったのだろう。余裕でゆっくりと振り返る。ごくんと飲み込む生唾。
 にたあっと笑うような気持ちの悪い目を召喚獣ポロンはあかねに向けた。
 かっ、かっ、かっ…。
 前足を再び揺らめかせて、またそいつは襲い来る。
 今度は身体が左右に揺れた。
(えいっ!)
 あかねはそいつを紙一重で上に飛越えた。
 ドドンと音がして後ろにあった岩に激突する。と岩は真っ二つに割れた。
(つ、強い…。)
 あかねは肩をいからせながらそいつを見上げた。またゆっくりと振り向く。そして襲い来る。
 動きが速いのだ。あかねは相手の攻撃をかわすのがやっとの状態だった。己から攻撃を仕掛ける余裕は彼女にはなかった。
 何度もそれを繰り返す相手の攻撃を避け続ける。そのうち、あかねの体力は消耗してゆくだろう。どこかで見切りをつけて、相手の懐に飛び込んで攻撃しなければ、負けは確実に見えている。

 あかねは思わず、視界の先に黙して座っている乱馬を見た。

(逃げてばっかりじゃやられるぞ!教えたとおりにどうしてやらねえんだ?)
 彼女の目は厳しくそう光り輝いていた。
(何故、思い切った攻撃に転じねえ…!どんな相手にも弱点の一つや二つはあるものだ。それを冷静に捉えるのは、研ぎ澄まされた感覚だ。おまえは何を修業してきたんだ!)
 あかねの耳にはそう聞こえた。

(そうね…。逃げてるだけじゃ、いつかはつかまるわ。何処か、奴に弱点はないのかしら。一撃で倒せるくらいの…。)
 あかねは滴る汗を拭いながら召喚獣ポロンを見上げた。
 心の目を皿にして相手の動きを観察した。
 だんだんと動きを早めるその塊。
 だが、あかねは攻撃の糸口を摘めずに居た。相手の弱点が掴めない。 
 だんだんと上がる息。

(このまま、一指も触れずに沈む気か?)

 乱馬の激しい視線があかねを射るように迫ってくる。どうしたと云わんばかりに。
 遠くで雷が鳴り始めた。
 ピカピカと暗闇に浮き上がる雷光。
 一度だけ激しく閃光が光った。
 ピクンとポロンが一瞬怯んだような気がした。

(あいつ…。ひょっとして、弱点は…。)
 あかねはその様子を見逃さなかった。


「さあ、ポロンちゃん、そろそろ仕上げといくかい?」
 大魔女が微笑んだ。
 ごおおおん。
 召喚獣は大魔女の魔力を受けて共鳴し始めた。

(一か八か、やってみる価値はあるわね…。このままじゃ埒があかないから。)

 あかねは右手の一指し指を高く上げた。
 そして夜気の中にある、雷電のエネルギーを集め始めた。じりじりと二人の間に流れる緊張感に、群集も固唾を飲んだ。
「行け―っ!!」
 大魔女が叫んで召喚獣ポロンが動いたとき、あかねは同時に下ろしていた左手を前へ突き出した。

「閃光っ(マホピカッ)!!」
 そう叫ぶと、彼女の左手から閃光が飛び散った。
 眩しいほどの光がで辺りが一瞬白んだ。
 ぱふぉぱふぉふぉーっ!
 
 急には止まれない召喚獣ポロンは目が眩んだまま激しく突進してきた。

「やあーっ!!」
 あかねはずんと前へせり出して、猪突猛進してくるポロン目掛けて魔法気弾を集中砲火させた。

 グエー!!オオ―ン!!

 苦しそうにポロンがのた打ち回った。
「慙気弾(シュレッダーッ)!たあーっ!!」
 すかさずあかねは両手で乱馬に教わった断刀気魔法を上から浴びせた。

 ガアー!!!

 ポロンは苦しそうに一声上げると、ダンっと地面に崩れ落ちた。途端しゅるると召喚獣は音を立てながら縮んでゆく。みると小さなウサギになった。目を回して倒れていた。
「ご苦労であった、ポロンちゃん。」
 大魔女ルナはそう声を掛けると、「再起(リフレッ)!」と回復魔法をかけた。
 虹色の光がウサギに降り注ぎ、再びさっきの獰猛な召喚獣へと変化する。
 召喚獣は元々、野山に居る獣たちを魔法力によって変化させてゆくのだ。この大魔女くらいのレベルになると、召喚獣は数十匹くらい居ると言われている。

 わあーっ!!

 歓声が其処ここから上がった。

「勝者!挑戦者、あかね!!」

 拍手が沸き起こる。

「勝った…。」
 あかねはどおっと床へとへたり込んだ。

「良くやったっ!あかねっ!!見事な勝利じゃ。」
 大魔女ルナは檀上から降りてくると、勝利を収めたあかねへと手を伸ばした。
「おぬしを魔女族の後継者の一人として認めようぞ…。」
「あたし…。やったあっ!!」
 あかねは思わずガッツポーズを振り上げた。

「さて…。これから汝に問う。第二テストを受けるか、否か…。婚約者を受け入れ、このまま儀式を終えるか…。」

 決まりごとなのだろう。大魔女はあかねへと静かに問い掛けた。

「受けます!」

 彼女の凛とした声が会場に響き渡る。
 一瞬、しんと静寂が漂った後、群集の声が沸き上がった。
「あかねっ!」
 早雲や姉たちの悲鳴は、群衆の驚愕の声にかき消された。

「汝、もう一度問う、第二テストを受ける意志は有るか?」

「はい!」

 天地を波打つような大騒ぎに包まれた観衆はじっと檀上の少女を見上げた。
 誰しもが耳を疑いたくなるような言葉。
 そう、普通ならここで「否」を告げ、婚約者の招致によって儀式は終わり、果てない大宴会へと移ろうのが慣例となっていた。そこへ「是」の投石を投げ入れたのだ。動揺しない訳が無い。

 またゴロゴロと頭上で雷が鳴った。
 さっきよりも近くに聞こえ始める。雨の匂いが俄かに立ち上がり始めた。
「良いのだな?」
 ぎろりと大魔女の目があかねを捕えた。
 あかねは迷う事無い真っ直ぐな瞳の光でそれに答えた。

「ならば、何も申す事は無い。この勝負、敗れたるときは、命もないと覚悟せよ…。」
 
 大魔女はそう言い終ると、すっと手を前へ差し出した。

「対戦者、乱馬前へ…。」

(え?)

 あかねの目を遮るように、乱馬がすくっとそこへ立ち上がった。
 真摯な瞳からはいつもの優しさが消え、戦いへ赴く者の鋭敏な光に満ち溢れていた。

 生温かい風が雷名と共に、二人の上を吹き荒ぶ。

「来い!俺は容赦しねえ…。」

 小さな乱馬の肢体がくっきりとそこへ立ち上がった。



(c)2003 Ichinose Keiko