マジカル★まじかる2〜境界線の魔女
第四話 シンクロナイズ

 夕闇が辺りを覆い尽くす。
 魔空から解き放たれた二人は、境界線の魔女の棲み家に入った。

「ほんに、ぼんとこうして対面するのは久しぶりじゃなあ…。」
 ケイル婆さんは暖炉の火を前に、話し掛けた。くべられたなべの中ではスープが煮え立っている。
「そうだなあ…。久しく境界を越えてねえからな。」
 乱馬はふっと顔をほころばせた。
「で、本当に修行の旅に出るのか?」
 婆さんはカップを勧めながら尋ねた。
「ああ。」
「その魔女っ子と一緒にか?」
「そうだ…。」
 乱馬はスープの入ったマグカップを受け取りながら答えた。
「おまえさんの許婚と言ったな。」
 婆さんはにっと笑って見せた。
「まあな。こいつは承諾してねえけどな…。いずれは俺の嫁にするつもりだ。」
「ということはまだ、手は出していないか…。おまえさんらしいのう…。」
「俺もまだ十六になったばかりだからな。それに、こいつは大事にしてやりてえんだ。」
「十六か…。若い若い。ヒヨッコじゃ。」
 婆さんはからりと笑う。積み重ねてきた年輪がその皺となって顔中を走っている。
「なるほどなあ…。この少女、かなり魔力を秘めておるな。まだその使い方が全然わかっていないようじゃが。」
「だろ?危なっかしくて見てられねえし…。気だけは強いけどな。」
 傍に横たえたあかねを静かに見入る。
 闘いが果ててから、彼女は身じろきもせずに眠り続けていた。
 魔法使いは力を使い果たすと、死んだように眠る。眠ることによって再び力を回復させるのである。  
「こやつ 見てくれ以上に「超力(ちから)」持っておるな。正直言って、ここまでやるとは思わなんだわい。まだまだ荒削りじゃが、いい魔女になるだろう。育て方によったらな。」
 婆さんは乱馬を見やりながらにこっと笑った。
「ああ。こいつの能力はまだまだ未知数だ。…だから修行するんだ。一緒にな。」
「なるほどのう…。一目惚れというわけか。ほーっほっほ。」
 乱馬は顔をほのかに赤らめた。
「気力と魔力の底を尽くまで闘い抜く旅人など、ワシが知る限りでは居らんかったからのう…。この破天荒さはぼんに似合っておるかものう…。案外、ぼんと「シンクロナイズ」できるかもしれぬぞ…。この少女は。」
「シンクロナイズ…。」
 乱馬は反芻した。
「どうじゃな、試してみる価値はあるとは思うがのう…。」
 婆さんは目を細めた。

 魔法力の回復は食べる、飲む、休む。この三つから成り立つ。他にもいくつか方法があった。回復魔法を使うこと、それから回復アイテムを使うことが代表的だ。そしてもう一つ、もう一つ方法があった。「回復」という概念から少し離れるが、シンクロナイズ(同調)させることだ。
 このシンクロナイズ。気の同調と交歓を行う高等魔法だ。
 実は誰もが気を交歓できるものではない。魔族にはいくつかの適合体があって、その相性が良いほどシンクロ(同調)能力が上がるのである。そう、シンクロ波の浸透する程度は相性によって変わってくる。
 シンクロナイズが成功するのは、互いの気の種類と性格、相性、潜在能力の大きさに微妙に影響されると言われている。殆ど同調できない個体同士もあれば、思った以上に同調できる個体同士もある。こればかりは実際にシンクロ波を仕掛けてみないとわからないのだ。
 また、同調は互いに交歓できる双方向性のこともあれば、片一方だけの片方向性ということもある。この値は生涯相変わる事無く、双方向を持つ相性は稀有に等しい。
 親子場合は親から子への片方向のシンクロであることが多い。
 シンクロナイズの適合パターンはとても複雑で謎に包まれている。
 勿論、理想は双方向性を持つ完全同調できる相手に恵まれることだ。だがそれは、不可能に近い。

 暫く考え込んでいた乱馬は、ふっと言葉を吐いた。
「試してみるか…。」と。

「丁度、彼女は無の状態で眠っている。今なら、何気兼ねする事無く試せるじゃろう。駄目元でやってみるがいいさ。さて、ワシは先に休ませて貰うかのう。歳を取ると夜更かしは辛いでな。」
 そう婆さんは乱馬に目配せするとその場から立ち去った。彼女なりに気を遣ったのである。

 トントンと婆さんが階上に消えると、後には乱馬と床に倒れ伏して寝ているあかねが取り残された。
 死んだように眠り続けるあかね。
 乱馬はゆっくりと彼女の方へ歩み寄る。
 それから静かに抱き上げた。
 彼女の頭(こうべ)はカクンと乱馬の方へと傾く。力は抜け切っていた。目を開くこともなく、眠り続ける少女。初めてじっくりと触れる柔らかな身体。
 思わず抱き締めたくなる衝動を堪え、左腕にそっと彼女の後頭部を乗せた。
「たく、向こう見ずな奴だなあ…。こんなになるまで魔力を使い切るなんて…。」
 己の腕に全てを預け、まま眠っているあかね。
「俺の気、おまえに入れて見るよ…。ダメで元々だがな。」
 そう言いながらふっと右掌を挙げた。口ではそう言うものの、どのくらいシンクロできるか興味もあり、また知るのが怖かった。もし、全く気が入っていかなければ。
 掌を開きあかねの心臓辺りに翳す。それから目を静かに閉じて、己の身体の中に血液のように流れる気をゆっくりと掌の一点へと集中させてゆく。
 彼はぐっと息を止め、ゆっくりと目を開いた。そして掌の先を見詰める。
 暖かい橙色の光の輪が、乱馬の掌を中心に広がり始めるのが見えた。彼の身体から発せられた気の発光体である。
 それはクウウンと軽い音をたてて唸りを上げ始めた。
「あかね…。」
 彼は優しくその名を口にすると、上から軽く触れた。福与かな胸の膨らみがふっと掌から伝わってくる。
 それからぐっと掌の気をあかねの胸へと送り出した。
 一瞬静寂が二人の上を通り過ぎた。
 
 と、気を入れた彼女の胸は、蒼白く発光しはじめた。

 やがてその光の波動は眩いばかりにあかねの全身へと迸りはじめた。
 乱馬は息を潜めてその様子を見入った。ひたすらじっと見詰めた。
 あかねの体から発していた輝きは、一瞬激しく瞬いた。そしてとすうっと体内へ飲まれるように吸収されてゆく。
 それは正(まさ)しく、乱馬の気はあかねに同調した印である。乱馬の放った波動はあかねの中に余すところ無く吸い込まれたのである。
 もし、シンクロ出来ない相手なら、気は入ってゆかないし、また、入っても直ぐに抜けてしまう。
 あかねの体からは乱馬の送った気は寸分も出てくる様子が無かった。完全に溶け込むように乱馬の気を取り込んだのである。
 体内に入っても同調できずにいた気はどこからとも無く漏れてくる。そう、普通は取り込めなかった気が少なからずあり、それが表面に出てくるものだ。だが、あかねの体内からは気が抜け出ることが無かった。彼女の身体へと入った気は、全く漏れる事はなかったのだ。
いくら相性が良かったとしても、ここまで適合するのは珍しい。
 
「入ったっ!」
 
 乱馬は思わず声を上げた。

「しかも、パーフェクトシンクロナイズ(完全同調)だ!少なくとも俺からはおまえには完全にシンクロできるんだ。」
 天にも飛び上がりたい気持ちだった。

「後はおまえの気が俺に入れるかどうか…。ま、当面の間は、俺がおまえに同調できれば事が足りるだろうが…。、魔法力も体力も全て、俺の方がおめえより圧倒的にハイレベルだからな。」

 互いが完全に同調できる相手に巡り合うのは、殆ど無に等しいと言われている。血の繋がりがある親兄弟姉妹でも、双方向の完全同調は出来ない。

(ま、いいか。双方向かどうか、そのうち明らかになるさ。)

 乱馬は穏やかに微笑んだ。彼は己から片方向で交歓できた結果に、今は満足していた。
 と、あかねの目が開いた。
「あれ、乱馬?」
 きょとんとして辺りを見回す。
「やあ、目覚めたか。」
 直ぐ上で目が合った。
「ちょっと、何であんたの腕枕であたしが寝てるのよっ!」
 周りの状況に気がついて、あかねが真っ赤になる。自分は乱馬に抱かかえられるようにして眠っていたようだ。
「あのよう…。誤解すんなよ!おめえが意識を失って倒れ込んだんだからな。床じゃあ冷たいだろうと思って、抱き上げてやっただけだぜ。俺は。」
 乱馬は微笑みながらあかねに言った。完全同調できた事実に、心ごと舞い上がっていたのだ。
「馴れ馴れしくしないでよ。気持ち悪い!」
 あかねは、乱馬によってシンクロナイズされ、彼の生きのいい気が己の中に送り込まれたことは知らない。乱馬が面白がって己の腕に抱え込んだとでも思ったのだろう。つい悪態が出た。
「そこまで回復したんだったらいいか。飯も食えよ。ケイル婆さんが用意してくれた特製スープだせ。食べないと身体は完全に回復しねえぞ!」
 乱馬は乱馬で始終ニコニコしている。あかねのこの回復は、己の気があかねの体内に入り、身体の底から彼女に活力を与えた結果なのである。乱馬はそれを知っていた。それが証拠にあかねは容易く目覚めたではないか。
 だが、あかねにしてみれば、乱馬のその、柔らかな微笑み方が気に食わなかったようだ。彼が何かを企んで己を腕にのせたのではないかと、一瞬、そう思考が頭を巡ったのだ。
「あん、もういいわよ…。あたし、このまま、朝まで寝るわ!あんたとの間にいつものように結界張るから、離れてて。」
 と立ち上がる。
「おい…。まだ俺、食事中なんだけど…。」
 そう言い終わるか終わらないかのうちに、あかねは懐から取り出した魔法の杖をクンと突き立てた。

 ぐんと、光が籠れる。

 と、鉄鍋をくべていた囲炉裏の炎がボンっと大きくなった。

「バカッ!やめろ、こんなところで結界を張るのはっ!!」
 と乱馬の雄叫び。
「きゃあーっ!いやーん!火があ…。」
 あかねのマントに火が燃え移る。ほっておいたら火達磨だ。
「ウオーター!(水!)」
 慌てて叫んだ乱馬の手から水が飛び出た。
 難は避けられた。が、水浸し。乱馬も水浸し。
 自分の張った結界に、目を白黒させながら杖を持つあかね。
「あーあ…。まだ食べ物が残ってたのに…。ドジ。」
 しょうがねえなと言わんばかりの口ぶりだった。

「おやおや、どうしたというんだい?」
 階下の騒動を聞きつけた婆さんがひょっこりと階段を下りてきた。
「こいつが、ドジ踏んじまったから、おかげで水浸しだぜ…。」
 苦笑している乱馬は、それでもご機嫌だった。
(ほお…。シンクロできたと見える。それも…完全にか。)
 婆さんはあかねの様子を見て、即座に状況を判断していた。
「何よ!あんたがいけないんでしょ?」
 乱馬の傍でぷんすかしているあかねは、元気そのものだ。
「まあそれだけ回復したら良いだろう。また明日の朝、新しいスープを作ってやるさ。はっはっは!」
 ケイル婆さんは大声を出して笑った。
「今日はゆっくりと休むがいい。明日からは境界線の向こう側だろ?しっかり体力と魔力を回復させなければ、辛くなるぞ。」
 婆さんはあかねを促した。
「それに…。結界は必要ないじゃろうよ。」
 と付け加えた。
「え?」
「もう、ぼんも寝てしまったしな。たく…。おまえさん以上にぼんも体力を消耗したんじゃろうよ。」
 さっきまであかねとやりあっていた乱馬は、暖炉の傍ですうすうと寝息をたてていた。
「乱馬?」
「一日、おまえさんの闘いぶりを見るためにワシの作った魔空へ居たんじゃ。人の作った魔空へ招かれぬ客は相当な気力を使うじゃろうが…。当事者として闘っていたおまえさんとは違ってな。その上に、おまえさんに残った気を与えたんじゃから。おっと、これ以上は要らぬお節介かな…。」
 婆さんは口を抑えた。
「残った気をあたしに?」
 あかねは婆さんが言いたかったことを飲み込むことができなかった。彼女は「シンクロナイズ」という魔法をまだ知る由もなかったのだ。それほど特殊な魔法だったのである。彼が己の気を自分に分け与えたということなど、想像もつかなかった。婆さんは言葉を濁すように続けた。
「おまえさんの意志はまだこれからかもしれぬが…。ぼんは相当おまえさんに入れ込んでおるようじゃな。追々、おまえもぼんの存在の大切さに気がつくじゃろうて…。」
 あかねは黙って彼を見詰めた。
 何か良くわからないが、己のことに絡んで相当な魔力を消費し、起きていられないほど疲労したのだろう。
「しかし…。魔力を使い果たして眠るとは…。おまえさんもぼんも、破天荒には違いないわい…。ほっほっほ。さてと、ワシもちゃんと寝ようかのう…。」
 婆さんはにっこりと微笑むと、また階段を上がっていった。

「乱馬…。何があったかは良くわからないけど…ありがとう。」
 あかねは一言眠ってしまった彼にそう告げると、冷えないようにと彼にブランケットをかけてやった。そして再び己も寝袋へと転がり込んだ。
 明日は境界線を越える。
 今まで見たこともない世界が拓けてゆくのだろう。どんなわくわくが待ち受けているのだろうか。
 明日へと思いを馳せながら、あかねは目を閉じた。

 東の魔界の夜は更けてゆく。




マジカル★まじかる2 完




言い訳
 この作品の乱馬とあかねは原作とは随分違う性格をしています。
 特に乱馬はもろ私好みに改編してあります。原作では絶対に言わなかった台詞をバンバン言わせていまっすし、彼は、あかねに惚れていると正面切って告白していますし、絶対に嫁にして欲しいと言わせると宣言までしています。
 ナルシストで自信家である基本は抑えてはありますが…。

 最初に前作を書いたときは続きを書く気持ちは全くありませんでした。
 でも、時が経つと共に沸々とイメージが膨らみ出して脳内で暴走してきました。私の場合、長編を書く時はだいたいに於いて、ノートやパソコン内にプロットを組み立てます。それを柱にして細部を創作してゆくのがパターン化しています。
でも、この作品はその作業をせずに書き出しました。プロットを組まずに好き放題書くのも、長編では珍しいパターンかもしれません。そのせいか、最初に予定していた内容とかなり変わってしまった第二部です。本当は、南の魔女国へ入ってそこで繰り広げられる魔法バトルを描く予定だったのですが…。
 シンクロナイズ…半さんが呪泉洞に投稿してくださった「昇竜覇闘」の中で使ったのが乱あ物では最初かと思います。その後、「創元記」でもこれを使う予定ですが、マジカルでは少し設定が変わります。読み進めていただくとその謎も解けるかも。(まだ頭の中にあるので、どう展開してゆくか責任は持てません。)
 パラレル風味の典型作品として楽しんでいただければ嬉しいです。

 さて、この先は、また頭の中です。次がいつになるかは責任は持てません。気が向けばまたパソコンに向かって叩き始めるかと…。
 次章ではシャンプーが登場する予定です。大波乱は必至かな。
 乱馬にどのようにあかねが心を寄せるようになるのか、そしてそれを見守る乱馬はどうなるのか…。私もワクワクしながら書かせていただきます。
 不定期連載になると思いますが、お付き合いくださいませ。


(c)2003 Ichinose Keiko