マジカル★まじかる 
第三話 東の門番

 あかねは、東の魔女国から出るための通行札を貰い受けるために、境界線の魔女の召喚獣、ケルベロスと闘い始めた。
 ケルベロスはあかねの数倍もあろうかという巨大な猛獣だった。
 召喚獣の能力はマスターの魔力をそのまま反映している。勿論、弱いものも居れば、強いものも居る。だが、概ね、マスターの力が増大であればあるほど、優秀で力も魔力も強い。

 あかねは何迷う事無く、召喚獣の真正面からだっと突っ込んで行った。
「ふん!向こう見ずな奴じゃな。」
 ケイルは嘲笑った。
「かもな…。でも、あいつらしい攻撃の仕方だぜ。」
 乱馬は腕を組みながら見ていた。
「わかっておるとは思うが、手助けはしてはならぬぞ。」
 ケイルは乱馬に声を掛けた。
「あったりめえだ。ここで踏ん張る踏ん張られねえは、あいつ次第だからな。」
「あの子が負けたらどうするつもりじゃ?修行でもつけやって再挑戦させるのかな?」
 ケイルはちらりと乱馬を見やった。
「いや…。負けることはねえ…。あいつはケルベロスに勝つさ。」
 じっと瞬きもしないであかねの闘いを凝視しながら答える。
「たいした自信じゃなあ。だが、わしにはそうは思えんがのう…。あやつ、そう強い魔女ではなかろう。見よ。魔法の出し方が中途半端じゃ。」
 ケイルはそう舌打した。彼女くらいの古参魔女になってくると、相手の出す魔法の様子で力具合も手に取るようにわかるのである。
「いや…。あいつの強さも俺と同じように、底なしなんだ。俺にはわかる。」
 乱馬はぼそっと答える。
「そうかのう…。」
 ケイルは首を傾げながら答えた。
「見てればわかるさ。」

 あかねは、真正面から杖を振りかざして、まずは先制攻撃を食らわせた。
「爆裂火炎っ!(ファイヤーボンブ)」
 杖から魔法が迸る。
 ぼおっと音がして、炎が瞬時に上がった。
「うおおおーん!」
 ケルベロスは一声嘶くと、あかねの炎に向かって飛び出した。
「きゃあっ!」
 あかねはその風圧で思わず横へと飛ばされかけた。
「くっ!」
 杖を突き立て辛うじて体を支えた。
 と、彼女の頭の上を、ケルベロスの巨体がごおっと音を立てながら飛びぬけた。ケルベロスには黒い羽が生えていた。
 まずはケルベロスの力勝ちである。
「火炎魔法は利かないみたいね。」
 あかねはケルベロスをちらっと見た。
「じゃあ…。」
 あかねは今度は逆手に杖を持ち替える。
「凍結(フリーズ)!」
 杖から氷の刃が飛び出し、ケルベロスを包み込む。
 ケルベロスの動きは封じ込められた。
「どお?動けないでしょ?」
 あかねは前に出ると、杖を翳す。

「甘いわっ!」

 ケイルが叫ぶ。

 と、ケルベロスを包んでいた氷にビリッとひびが入った。
「な?」
 あかねが構えた瞬間、氷が飛び散り、ケルベロスが中から現れる。氷の欠片は美しく魔空を舞った。と、ケルベロスが唸る。弱るどころか、ますます血気盛んだ。
「何、こいつ。魔力の氷に包まれても平気なの?」
 驚くのはあかねの方だった。

「おぬし、何も知らんようじゃのう…。」

 ケイルが顔中を皺だらけにして笑った。
「ケルベロスは闘っている者から放たれた魔法を身体に取り込むことが出来るんじゃ。ふふ。おまえの魔法力を取り込んで、更に力が増したのじゃよ…。ほーっほっほ。」

(魔力を取り込む怪獣…。)

 あかねは杖を握り返した。

 実際あかねには不利な闘いだった。
 魔力を吸い取る召喚獣など今まで相手にしてきたことはない。
 いや、力をぶつけて凌ぎあう闘いをしたことは、誕生日に大魔女ルナと乱馬の召喚獣とのあの闘いしかかつて経験した事がないのである。

「そんな弱い魔法力で南へ下ろうとは…。とんだ、命知らずよのう…。ほうれ、まごまごしておると、ケルベロスの餌食になるぞ。」

 ケイルは鼻先であかねをあしらった。

バオーンッ!!

 あかねが立ち止まると、たちどころにケルベロスは攻撃を仕掛けてくる。
 ケルベロスの大口から砲撃が容赦なく彼女目掛けて飛んでくるのだ。赤い炎が立ち昇る。炎系の技が得意なようだった。

「くっ!」

 あかねは飛んでそれらを避ける。

 と、飛んだ先に乱馬を見い出した。
 彼は静かにダークグレイの瞳を称えて、あかねを見詰めている。
(乱馬は子供の頃、この召喚獣と闘って勝てたって言ってたわね。)
 乱馬とケイルのやりとりを思い出した。
 ケルベロスはあかねを見下すように見下ろした。
(ケルベロスって、原型はどんな生き物だったっけ…。)
 あかねは思考を巡らせた。召喚獣は元になる生き物の形がどこかに現われる。魔法学校で学んだ知識を洗いざらい思い出していた。魔族は十五歳まで、村々の学校で魔法律や魔法技法などの基本的な教育を受けるのが常であった。所謂、魔族の義務教育のようなものだ。
 あかねは決して魔法に於いては優等生ではなかったが、記憶力だけは他の魔女っ子たちよりも少しは秀でていたつもりだ。学校で書物で習った事。それを記憶の引き出しから思い出してみる。
 確かに、境界線の魔女とその召喚獣のことも習っている。
 あの頃は己が境界線を越えてゆくという意識は薄かった。外の世界に憧れは抱いてはいたが、ただの憧憬にしか過ぎなかった。だから、真剣に学ぼうとは思わなかったし、魔法に於いては味噌っかすだった。

 あかねが考えをめぐらせる間も、ケルベロスは情け容赦なく攻撃を加えてくる。

「ほうら!逃げてばかりじゃケルベロスは倒せやしないよ!」
 
 ケイルはあかねを煽るようにたたみかける。
 だが、あかねは攻撃を避けながらも、活路を見い出そうと必死で考えた。
 ケルベロスの鋭い獣の口から打ち出されてくる炎をあかねは身一つで交わしてゆく。魔法は不得意だがあかねは動きだけは良い。それは乱馬も認めていた。
(放っておいたら、魔力じゃなくて腕力で勝ちをさらっちまうタイプかもしれねえな、あいつは…。)
 修行をつけながらそんなことを考えたこともあるほどだ。
 
(あの子、無意識にケルベロスの攻撃を見切って動いているのか?まさかな…。)
 ケルンも何となくあかねに薄ら寒いものを感じ始めていた。

(ケルベロス…。確か、原型は「犬」だったわね…。)
 あかねは攻撃を交わしながら必死で考える。
(犬…。だったら犬の弱点を攻撃すれば…。)
 だがそう簡単にはゆくまい。
 ケルベロスの魔力は底なしのようだ。いや、あかねから時々放たれる魔法をさっと嬉しそうに身体の中に取り込んでゆくのだった。
 色々試してみた。 
 水系も火系も風系も氷系も全部ダメ。どんな魔法を試みても、魔法という魔法の魔力を自身の中へと取り込んでゆくのだ。多分、奴はそれをエネルギー源として攻撃を加えてくるのだろう。そろそろあかねの魔力は尽きかけていた。それはなんとなくわかる。魔法に切れが無くなりつつある。あと二発くらいしか大きな魔法は打てないだろう。
 こっちの魔力が尽きると奴に容赦なく力で捻じ伏せられ、この闘いは「ジ・エンド」だ。
 ちらっと乱馬を見た。
 彼は腕を組んだまま、黙ってこちらを見詰めていた。目は鋭く光っている。
 まるでおまえの力はその程度かと上から見下ろされているような輝きだった。
(負けないわっ!あたし、ぜったい勝って、境界線を越えてやる!)
 あかねの闘争心は煮え立ち始める。
「ようし…。一か八か。」
 あかねは決意を固めた。

 彼女は手を握り締めると、気を溜め出した。
 そう、己の気の力を高めて一気にエネルギーへと転化させる。これが即ち魔力となって出るのだ。その折に唱える呪文にも力は篭められる。「言霊の力」だ。気の力と言霊の力が上手く融合した時に魔法が迸るのである。

「何か企んでおるか…。じゃが、所詮は悪あがきよ。」
 ケイルはケルベロスに目配せする。彼女が魔法を放った後、直ぐに打ち返せという合図だった。ケルベロスは承知したと云わんばかりに、空へと一声鳴いた。
 乱馬はじっと二つの塊の闘いを見詰め続けていた。無言でだ。

「いくわよーっ!」

 あかねは高めた全身の気を一点へと集中させてゆく。握った右手の拳へとだ。
 大きく息を吸い込んで、身構える。
「受けてみなさいっ!スメルアップ!(臭気弾っ!)」

「なっ?」
 彼女の拳が差し出されると、異様な匂いが空間に炸裂した。
「こやつ…。」
 鼻がひん曲がるような異臭が漂い始める。
「キャイン、キャイン!」
 ケルベロスはのた打ち回った。犬のような悲鳴を上げて、魔空の地面を暴れ回る。
「サンダーフラッシュッ(雷鳴撃破)!」
 あかねは容赦なく、最大級の気技をケルベロスに浴びせ掛けた。

「あおおーん!!」

 最後に一言、雄叫びを上げると、ぱたっとその動きを止めて、倒れこんでしまった。
 どおっと地面が唸る。倒れ込んだ獣はみるみる縮んでゆく。そう、召喚獣は魔力を失うと、原型になった動物へと姿形を変えるのだ。元の姿に戻るとでも言うのだろうか。
 ケルベロスのあのおどろおどろしい姿は跡形もなく、横たわっているのは一匹の黒い中型犬であった。

「勝負あったな…。」
 乱馬がにっと笑った。
「そうだな…。リフレッ!」
 ケイル婆さんは回復魔法をケルベロスにかけると、召喚空へと戻した。
「変な魔法を使いおってからに。」
 そう言いながら清涼な空間へと戻した。
 ブツブツ言いながら婆さんはあかねを見た。
「あかね、おまえさんの勝ちじゃよ。犬が臭気に弱いことをよく見破ったなあ。じゃがしかし…。臭くてかなわんわいっ!」
 実際、辺り一面、異様な匂いが充満していた。
「クリーン(除去)!」
 乱馬はすかさず魔法を打った。彼も相当鼻にきていたのだろうが、表面上は平静を装っている。
 彼の魔法と共に臭気は消えた。
「ほうれ、約束の通行札じゃ。」
 婆さんは懐から小さな紙切れを取り出した。
「やった…。勝ったわ。」
 あかねは勝利宣言をした。
「これでおめえも南へ下れる切符を手に入れたな。」
 乱馬がつとっとあかねの傍へ歩み寄った。
 彼の問いかけにこくんと頷きながらもあかねは目が虚ろ状態だ。立っているのがやっとという様子だった。
 次の瞬間だった。あかねは枝垂れかかるように、ふうっと意識を緩めた。
「あぶねえっ!」
 咄嗟に乱馬はあかねを支えた。右腕を出して、彼女の崩落を辛うじて防いだのだ。
 あかねはそのまま乱馬の腕の中にどっと倒れこむ。
「あかね?」
 呼びかけても返答はなかった。
 乱馬に抱えられたその時には、既に意識を失っていたのである。やがて、寝息が漏れ聞こえてきた。
「どうやら、魔法力だけではなく、気力も全て使い果たしたようじゃな。普通、起きている気力も無くすほど空っぽになるまで闘い続けるものではないのにのう…。たいした魔女っ子じゃなあ。ほっほっほ。」
 婆さんはふっと顔をほころばせた。
 魔法使いは力を使い果たすと、死んだように眠る。眠ることによって再び力を回復させるのである。空っぽになったあかねは、起きていることもできなかったのだろう。
 己の腕に全てを預けたまま眠ってしまったあかね。その場で倒れ込んで寝入ってしまうまで魔法力を使い果たすとは。あかねらしいと思った。
 この直向さが溜まらなく愛しくなった。
「たく、世話の焼ける奴だなあ…。普通は、最後に気を少しくらい残しておくものだろうが…。全く、無茶な奴だぜ…。」
 そう言いながらも、乱馬は寝入ってしまったあかねを嬉しそうに、ゆっくりと抱き上げた。
 


つづく



東の門番はケルベロス。地獄の門番なんですけどね(笑
カードキャプターさくらにも出てきますが、この作品のイメージはドーベルマンです(ほんまかい)
なお、境界線の魔女は一応私がモデルだったりする(笑


(c)2003 Ichinose Keiko