マジカル★まじかる2〜境界線の魔女
第一話 結界
何時の間にか日が暮れた。
秋の日は短い。
だだっ広い川原で野宿の準備だ。向こう岸が夕闇の中に沈んで見える。星が満天を照らし出していた。
「その境界からこっちへは入って来ないでよね!」
あかねはいつものように、一声掛けた。
地面には今しがた彼女が魔法の杖で引いた線がくっきりと浮かび上がる。
「わかってるって…。たく、毎晩毎晩、何だよ。これみよがしに結界、張りやがって。」
ぶうっと膨れっ面視ながら乱馬は答えた。
「だって…。あんた、男でしょ?いつ、主義をひっくり返して、あたしを襲うとも限らないし。念のためよ、念のため。」
あかねはそう言うと、砂地に書かれた線の上に金の粉を振り掛けた。それから何やら呪文を唱える。ばあっと真っ赤な図形が一旦浮き上がって、地面へと溶け込んだ。
「これでいいわ…。結界はばっちりね。じゃあ、おやすみなさい。」
そう言って魔法の杖を大事に抱えると、さっさと寝袋へと転がり込んだ。
今日もたくさん、歩いた。途中で修業もした。
疲れ切っていたのだろう。すぐに寝息が漏れてくる。
「ちぇっ!俺がその気になりゃ、こんなチンケな結界なんか、すぐに破れるってものを…。」
ブツクサと言うと、彼もまた寝床の準備に入る。
あかねの誕生日に魔法界の都を出て、そろそろ半月になろうとしていた。
最初の日だけは、乱馬の召喚獣、ヒュウマと空を駆けた。だが、それでは修業にはならない。己の足で歩いてこその魔界修業。その日からずっと歩き通しでここまで来た。
空には美しい星々が二人の姿を見守るようにさんざめいている。
乱馬は手枕でじっと空を見上げて横になる。その落ちてきそうなシンとした輝きを眺めながら、ほおっと溜息を吐いた。
あかねと一緒に旅に出たものの、二人の間には何も進展もない。あかねは一向に乱馬に歩み寄ろうという気配はなかった。乱馬とてあかねに無理強いだけはしないと心に誓っていたので、強引に男と女の関係になろうとはしなかった。
『俺はいつか、おまえの方から、嫁にしてくださいって言うまでは、手は出さねえ!』
最初にあかねと約束したことだった。
『いいわ、信じてあげても。』
あかねは最初にそう応じたものの、完全に乱馬を信用しきっている訳ではないようだ。ない知恵を搾って散々考えたのが、この、「結界」。魔女は、いろいろな結界を作ることができる。大魔女になると、結界を張るだけで、己の姿を隠してしまうことも可能だ。
「たく…。どんな結界を張ってるのやら…。」
寝入ってしまったあかねの方をちらりと横流しに見ながら、乱馬は舌打ちをする。
おそらく、落ち零れ魔女のあかねのことだ。張ってあるだろう結界などたかが知れたものだ。己の手にかかれば、いとも簡単に結界は破れるだろう。あかねの不器用さは想像以上のものだということを、ここ数日過ごした結果、乱馬は知り尽くしていた。
だが、約束した手前、乱馬は、結界に触れようともしなかった。
「男の約束」。彼なりに頑なに守ろうと思っていた。あかねと一緒に旅をしようと決意した日からずっと。
そう易々と、あかねが己に惚れることはないだろう。
それは充分予想ができた。
別に毛嫌いしている訳でもないのだろうが、修業時間以外は、実にあっさりとしたものであった。男として意識されていない。そんな感じだ。
(別にいいさ…。困難であれば有るほど、きっと、得られたときは大きい喜びになるんだから。)
なずむような笑顔を、あちら側の寝袋へ向ける。
初めて会った日から、あかねが欲しいと思った。
父親の占いで彼女が許婚と決まった日に、わざわざ出向いて様子を見に行った。単なる好奇心からだったのだが、つい、不器用な魔法に助け舟を出していた。己から女へと姿形を変え、コーチを願い出ていた。
彼女となら一緒に強くなれると思った。何故か分らないが、最初にそう直感したのだ。
彼女を鍛え、共に修業し、気と気をぶつけ合ううちに、それが確信へと変わっていった。
(いつかは、おめえのその唇から、俺の嫁になりたいって、絶対に言わせてやるさ…。特に焦ることもねえし…。時間はまだ、たっぷりある。)
柔らかな眠りへと誘われてゆく。
隣りに彼女が居るという、ただそれだけで、満ち足りた。たとえ結界がはってあろうとなかろうろが、旅立ってからの眠りは、いつも健やかで心地良い。
浅くもなく深くもなく。適度な睡眠。
「クルックルー。」
うつらうつらとしていた時に、そいつは乱馬の元へと飛んできた。
「クルックルー。」
そいつはまっしぐらに乱馬を見つけると舞い降りた。そして、そいつは乱馬を起こそうと、尖った嘴をコツコツと眠ってる彼の傍で鳴きながら地面を突付き始めた
一匹の真っ白な鳩である。鳥は普通は夜の闇の中では飛べないが、魔界の鳥は特別な訓練を受ければ、飛べるようになる。
そいつからは殺気も何も感じなかった。
五感を研ぎ澄ませて眠って居る筈の乱馬は、全く反応しようとしない。
先に気がついたのは、結界を張って寝ていたあかね。
「ねえ、乱馬っ!乱馬ったら!」
あかねは寝床から呼んで見た。
結界が張ってあるので上手く乱馬の方へは行けないらしく、声で珍客の到来を告げようとした。だが、乱馬は構わず高いびき。
「もおっ!熟睡しちゃってっ!無用心なんだからあっ!!」
仕方がないかとあかねは、手元に持っていた杖を取り出してツンと地面の線を突いた。
「解除!(レリーズ!)」
と、赤い光が地面の線の上を走り、じゅっと土が焦げるような匂いがした。
「こら、乱馬っ!乱馬ったらあ!」
結界を解いたあかねが乱馬の耳元で怒鳴った時、真っ直ぐに彼の逞しい腕が伸びてきた。
「きゃあっ!」
あかねは勢い込んで彼の胸の中へ引っ張り込まれる。バランスを崩して倒れこむ。
「ちょっとっ!」
あかねは乱馬の腕に納められてジタバタ。でも、上手く声にならない。
そこへやっと彼の目が開いた。
「あれ?…。あかね?」
ちょっと意外そうで、それでいて嬉しそうな乱馬の声。
「なあんだ…。おめえ、結界張るっていっときながら…。もしかして…。その気になった?」
舐めるような視線で彼女を見上げる。
「馬鹿なこと言わないでよっ!」
あかねは真っ赤になって言い返した。
「いいから放してって!あたしは、あの鳥があんたのところに来たから、教えてあげようと結界を外しただけなのっ!!」
「無理しなくてもいいんだぜ〜!」
「馬鹿っ!」
パチンとパンチは乱馬の頬に入った。
「ってえ〜っ!痛いじゃねえかっ!たくぅ…。冗談がわからねえ奴だな。俺が気配を読めないはずがねえだろ…。寝た振りしてたんだよ。」
どうやら、からかっていたようだ。
「もおっ!わかってるなら、とっとと起きなさいってっ!」
乱馬はにこっと笑うとあかねをすっと放した。
それから、小首を傾げて突っ立て居る鳩をちらりと一瞥した。
「チコか…。」
どうやら知り合いのようだった。
「何?その鳩。」
あかねはきょとんと覗きこむ。
「オフクロの伝書鳩さ。」
乱馬はそう言うと、足に結び付けてある、紙を外した。
「伝書鳩?」
「ああ…。こうやって鳩を訓練して、魔界の通信に使うんだよ。」
「ふうん…。原始的ね。」
「でもねえぞ。飼い主の魔力が強ければ強いほど、優秀な鳩を飛ばせるからな。…。おめえには無理か。」
「もおっ!」
あかねが膨れっ面を向けたのを笑い飛ばしながら、乱馬は結ばれていた手紙を持った。
「何よ、白紙じゃない。」
あかねは覗きこむ。
「あんなあ…。ありめえのことだが、誰もが易々と読めるような字は、大事な伝書には書かないんだよ。魔文字だよ。聞いた事あるだろ?」
「魔文字?」
「ここに書いてある文字は、書いた本人と伝えたい相手しか読めねえように細工してあるんだよ。それも、伝えたい相手が一定レベルの魔力を持ってないと読めねえ。…。ま。おめえには無理だろうな。」
散々な言い方である。
「一言多いのよっ!あんたはっ!」
が、書に目を通した途端、顔つきが厳しくなった。
「どうしたの?」
あかねはふっと彼を覗きこんだ。
「親父の野郎…。変な約束をしやがってっ!」
そう言うと、ぐしゃっと文を握り潰した。
「乱馬?」
彼はあかねの問いにはそれ以上は答えなかった。
「ご苦労だったな。チコ。帰っていいぜ。」
返信もせずに、乱馬はチコを掌に乗せた。それからふっと息を吹きかける。
と、鳩は目の前から消えた。
「え?」
鳩が消えたのを見てあかねは驚きの声を出した。
「あ、魔法で、城に向かって飛ばしたんだ。ここはまだ親父の領地内だからな。俺の魔力は強くて有効なんだ。」
そう言って笑う。
「あ、でも、あの河の向こう側は違うぜ。あそこからは南の魔界だからな。」
「南の魔界…。そっか、魔界の境界の河なんだ。これ。」
「ちぇっ!今頃気がつきやがって…。」
乱馬は苦笑した。
彼等が暮らす、魔界は、実は4つに区切られている。東西南北。それで呼ばれている。乱馬の父が支配しているのは東の魔界。
魔界と魔界の間には河が流れていて、それが境界になっている。そして、それら魔界の真ん中には天界と地界へ繋がる柱が聳え立っている。彼等の暮らす世界は、球状ではなく、平坦な横のつながりと立体的な上下のつながりが時空を越えて存在する、そんな不思議な空間であった。
「ま、いいか。考えていても寝不足になるだけだ…。」
あっさりとしたもので、彼はそう言うと、また、ゴロンと横になった。
「乱馬?寝ちゃうの?」
「ああ。起きていたって仕方ないし。夜はしっかり寝ておかないと、明日、太陽が昇ったら困るからな。」
「大后さまからのお手紙、何書いてあったの?」
「おめえには、直接は関係ねえさ…。俺の問題だからな。」
と気になることを言い残すと、黙り込んだ。
「何よ…。秘密にしちゃってさ。感じ悪い…。」
あかねが口を尖らせると
「おめえも寝なよ…。何なら、ここで一緒に寝るかあ?いくらでも添い寝してやるぜ。」
そう言いながら、自分の寝袋を右手でぱっと開く。
何処まで本気なのか、目がからかうように笑っている。
「自分の陣地で寝ますっ!」
あかねはきっと乱馬を睨みつけると、だっと起き上がる。そして再び、杖で結界を張る。
「こっち入ってこないでよっ!!」
鼻息が荒そうだった。
「そんなに邪見にしなくったって…。ちぇっ!こっち来たら可愛がってやるのに…。」
「要りませんっ!!」
東の魔界の小夜は更けてゆく。
つづく
ターゲット、いなばRANA家…ParallelTwin。そうです。パラレル乱あ専門サイトです。
前から約束してたのに、開設には間に合いませんでした。(懺悔)
この作品、おそらく、長編シリーズになるでしょう。
しかも、乱馬の性格が原作と全然ちゃうし…一之瀬の好みの乱馬くんということで突っ走ります。