寝相に関する考察
第一話 良牙のつぶやき



 紅葉煌めく昼下がり。
 薪にくべたやかんが、シュンシュンと音をたてて、水蒸気をさかんに上げ始めた。徐に、粉末スープの素をカップ麺容器へと破り入れる。と、はああああ…と、特大の溜息を、吐きかけてくる奴が一人。
 さっき、唐突にテントの前に現れて、どっかと河原の小石の上に腰かけていやがる。

「何だよ…。その、特大の溜息は。ははーん…さては、また、あかねさんと喧嘩でもしたんだろう。」
 俺は、沸き上がった湯をカップ麺に注ぎ入れながら、チラッと、おさげ男を顧みた。
「喧嘩なんが、してねーよ!」
 と、返答を寄越して来た仏頂面。
 早乙女乱馬。それが、そいつの名前だ。
「じゃあ、何、不景気な面(つら)してやがる?そんな、時化(しけ)た面、やめてくれねーかな。不幸を呼びこまれそうだぜ。」
 と、言葉を継ぐと、
「不幸を呼びこまれそうだ…なんて、おめーにだけは、絶対言われたくねー言葉だな。」
 はああ…っとまた、ため息が漏れて来た。
「だったら、何だ?その面は。」
「ちょっと、悩みごとがあってよー。」
 あごに右手をあてて、考える様子をして見せる。
「おまえのような脳天気な奴に、悩みごとなんかあるのか?」
「あるぞ!いっぱい!」
 と力いっぱい叫びやがった。
「ま、おまえの場合は、煩悩の塊だからなあ…。」
 そう吐き出して、俺は、トンと、フタをしたカップ麺容器を乱馬の前に置いてやった。
「えっ?」と言わんばかりの表情を、こちらへと手向けてくる。円らな瞳。
「飲めよ!腹減ってんだろ?」
 ニヤッと笑って、奴の顔を覗き込む。
「あ…ありがとよ。」
 そう言いながら、割り箸とカップ容器を受け取る。

 十一月も末になると、そろそろ昼間でも冷え込んでくる。
 ここは、少し広い河原。吹き抜けてくる風を遮る建物はない。
 暖かいインスタント麺は、最高の馳走になるもんだ。
 俺は、もう一個、カップ麺をリュックから取り出して、今度は自分用に粉末スープの銀紙をはがし、お湯を注ぐ。

「どーぜ、おまえのことだ。あかねさんの手料理から逃げてきたんだろー?」
 そう俺が言い放つと、ウップッとスープを口からこぼしそうになった。
 図星か!
「わかるか?」
 スープが滴った口を、右手で拭いながら、言葉を投げてきやがった。
「わかるぜ。おめーとは、結構長い付き合いになったからな。」
 そう、声をかけると、奴め、フッと再び小さな溜息を、また、吐きだしやがった。
「あいつの手料理より、インスタントに何も手を加えないで、お湯を注ぐだけのカップ麺の方が、よっぽどうめーや。」
 と小さく呟く。
「ちょっと、そいつはひどい言い方だな!あかねさんだって、家事修行をしているんだろ?」
 俺は、ジト目で奴を見やった。
「ああ。一応な…。でも、全く進歩しねー!」
 そう言いながら、カップ容器を手で回して、暖を取ってやがる。
「もうちょっと、何とかしてもらいたいぜ…。たく…。」
「入籍しちまったんだろ?籍を抜いたらバツが付くぜ。」
 少し意地悪く言い放った。
「いや…。うーん…。あー…。」
 訳のわからねー、唸り声を上げながら、真剣に考え込み始めやがった。
「たく…やっと、永い春に終止符を打ったんじゃねーのかよ。」
「…まー、そーなんだが…。入籍したはいいが…、二つほど、おおっきな、問題があってよー。」
「大きな問題?」
「ああ。まあ、今に始まったこっちゃねーんだが…。」
 そう言って、頭を抱える。

 ここに、「般若湯(お酒のこと)」でもあれば、良かったのかもしれねーが、二十歳をとっくに越していても、俺は今のところ、酒はたしなまねえ。格闘家にとって、酒とタバコは身を亡ぼす事態にもなりかねねーから、摂生している。
 乱馬もそうだ。基本、摂生してやがった。…というより、こいつは、下戸だ。酒が一滴でも胃袋に入れば、大虎に変化しちまう。俺よりずっと、性質(たち)が悪い。
 酒ではなく、暖かいカップスープ一杯でも、グチグチ言い始めやがった。
 まあ、もう少し、年齢が上がっていけば、酒もそこそこ強くなって、俺もこいつと一緒に、お猪口(ちょこ)を酌み交わすようになるのだろーが。

「あー、ほんと、良牙、てめーが羨ましいぜ。」
 と、箸で縮れた麺をすくいあげながら、チラッと俺の方を見た。
「あかりさんは、普通の女の子だもんなぁ。」
 そうしみじみ言われて、今度はこっちがウップッとなった。
「藪から棒に何言い出すんだ?まさか、あかりさん相手に浮気しようだなんて…。」
「思う訳ねーだろ!バカ!」
 と、強く言い返して来る。
 ま、それもそうか。こいつ…俺がこの街に、来た時、既に、あかねさんに心を持って行かれてやがったからな。
「あかねさんだって、普通の女の子じゃねーか。」
 と俺が切り返すと、
「本当にそう思うか?」
 という疑問の言葉が、すぐさま返ってきた。
「ああ、おまえには、勿体ないほど、可愛いし、優しいじゃねーか。」
 言い返してやると、
「それ…心の底から言ってるか?」
 としつこく、絡んできやがる。
「本心から言ってるぜ!あかねさんは、力持ちだし、腕力もある。それから、度胸だってある。格闘家の嫁にするなら、逸品だと思うぜ。」
「それって、裏返せば、がさつで馬鹿力だってことだろーが!」
 と、怒鳴り返された。
「いや、そんなつもりはないんだが…。それに、スタイルだって抜群じゃないか!しなるような手足、それから、そこそこ張りがある身体(ボディー)。いい身体してるぜ、あかねさんは。」
 そこまで言って、ハッとした。乱馬の瞳が急に鋭くなったからだ。
「良牙…おめー、何で、あかねの身体のこと…そこまで知ってる?」
 ググッと勢いよく、胸倉を掴まれた。
「だから、俺はあかねさんのペットだったろーが。知っていたって不思議じゃねーぞ!」
 そう吐きだすと。
「あ…そっか。おまえ、水を被(かぶ)るとP公になるんだもんな。」
 と、一旦納得しかかったが、
「…って毎度、P公になったとき、あかねの裸体を、ガン見してやがったのか?」
 思いなおしたように、突っかかってきた。
「あのなあ!俺は節操無じゃねーぞ!着替えは極力、見ねーよーにしてたぜ。」
「極力ってことは、たまに見てたんだろ?」
「アングルによっては見えちまうから仕方ねーだろが!」
「いや、良くねえ!」
 この、ヤキモチ妬きめ!
「もう、過去の話だ。いちいち、掘り返すな!」
「ほんとに過去の話なのかよー。おめー、まだ、水を被ったらP公になるじゃねーか!」
「てめーだって、まだ、女の身体引きずってるから同じだろー?」
「しゃーねーだろ?学生やりつつ、プロ格闘家やってるから、中国大陸まで行く暇がねーんだよっ!」
 と、吐き出した。そして、ようやく、俺の胸倉から手を離した。
「よく、その身体を治さないうちに、あかねさんと入籍する気になったな…。」
 乱れた襟元を整えながら、そんな言葉を投げつける。
「おまえだって、年が明けたら、あかりさんと、所帯持つんだろ?なのに、変身体質、治してねーじゃんかよ!」
「俺の場合は、あかりさんが、豚になる身体を治さなくていいから、むしろ、そのままで居てって…言ってくれたんだよ!豚の俺も好きだって正面切って言ってくれたし…だから…この体質のままでいいんだよ!」
 と、言ってやった。
「あー、のろけやがったな、この野郎!」
 バシバシと背中を叩かれた。
「おめーだって、とどのつまり、のろけてるじゃねーか!」
「んなことはねーぞ…。」

 顔を真っ赤にして、フイッとそっぽを向く。何なんだ、こいつは!

「ま、あかねさんの料理の腕だって、いつかは上がると思うぜ。」
 と、慰めの言葉らしきものを、投げてやる。一応、俺たちは、「好敵手」と書いて、「ともだち」と読む間柄だからな。
「無責任なことを言うなよなー。おふくろやかすみさんが、二人がかりで教えて、あれなんだぜ。」
「あれねえ…。」
 もわもわっと浮かんでくる、あかねさん謹製手料理の図。いや、それ以上、浮かべるなと、脳が警告を発して、思考が止まった。
「ったく、不器用はいいんだ。見てくれは悪くてもいい…でも、あの味覚音痴だけでも、何とかして欲しいぜ。」
 そう言いながら、ズズズ―っと麺スープを飲み干す。箸で、底に溜まった、ナルトの欠片を引っ張り出して、意地汚く口へ放り込む。
「乱馬…。そういや、あかねさんには、二つほど大きな問題があるって、言ったよな。一つは、あかねさんの作る手料理だってことはわかるが、もう一つはなんだ?」
「寝相だよ。」
 俺の問いかけに、ポツンと一言。
 それを聞いて、思わず、飲みかけた、麺スープをブッと吹き出しそうになった。
「ね…ねぞうだぁ?」
 思わず、きびすを返しちまった。
「ああ。知らねーとは言わせねーぞ!Pちゃん!」
 再び、グッと俺に捩りかかってきやがった。
「誰がPちゃんだ!誰が!」
 俺は、箸を握りなおして、乱馬へ視線を投げ返した。
「だからあ、あいつの寝相の悪さは、P公の時、何度かおめーも、目の当たりにしたんじゃねーのか?あん?」
 そう言われて、今度は脳裏に、Pちゃんの日々が甦って来た。
 時たま、思い出したように天道家に行っては、Pちゃんと可愛がられた日々。
 あかねさんは、確かに寝相が悪い。八宝斎の爺さんが、あかねさんの睡眠時を襲ってこなくなったのも、あの、驚異的な寝相が苦手だからに違いない。
 いやはや、毎度、修行をつけてもらって居たような感じだったからなあ…。
 ビュンビュン、拳や蹴りが、俺の小さな身体に向けて、繰り出されたもんなあ…。
 あかねさんの拳や蹴りは、並みの男だったら、吹き飛ばされる。いや、あばらの一本や二本は軽く折られるだろう。いわんや、小さいPちゃんの身体だったら、目も当てられない。寝ぼけたあかねさんが、俺のスカーフを手に持って、床に放り投げたことも、一度や二度ではない。本能的に、本当は響良牙だと見抜いていたのではないかと、思ったこともある。凄まじい、剛力だった。

「確かに、あかねさんの寝相は、凄まじかったが…。やっと、懇(ねんご)ろになったんだ。多少は目をつぶらねーとな。」
 と煽ってやる。
「たく、俺の身にもなってみろ。毎晩、あれだぞ!修行つけてもらっているみてーなんだぞ!寝不足が溜まっちまって、大変なんだぞ!」
 と吐きだした。

 寝相の悪い嫁は、ある意味、夫には辛いものだ。いびきなら、耳栓をすればいいし、治療法もあるというが。寝相は治療などできないらしい…。
 あかねさんの寝相は、激しいのは、俺も良く知っている。俺の場合、過去の話になるが、苦労した。あの寝相の悪さは、年月が経ったからと、穏やかになるものではなかろう。
 乱馬が言う通り、あかねさんの肘や膝攻撃は、唐突に襲ってくる。しかも…馬鹿力。…おっと、これ以上悪くは言えねえが…。恐らく、寝床を共にして以降、乱馬め、苦労しているようだ。
 睡眠の質が悪いと、自然、人間の身体は寝がえりを打つ間隔が短くなると言う。寝相の悪さが睡眠の質を下げ、もっと寝相が悪くなるという悪循環が起こっているのかもしれない。
 あかねさんの場合、恐らく、子供の頃から寝相が悪かったのを、そのまんま、引きずったような気もする。
 子供の頃寝相が悪いのは、その体温を効率的に身体から逃がしてやるための副作用だと言う。つまり、子供は熱を上手く発散できないから、動いて、手足を布団から放り出し、体温の調節を計っているがため、寝相が悪くなるそうなのだ。

「子供は寝相が悪いって、言うけどなあ。」
 と、持ったイメージそのままの言葉を放り投げると、
「あかねはお子ちゃまじゃねーぞ!板胸だって、ちゃんと、育ってるぜ!」
 あーあ…。この野郎…何を口走っているやら。
「この、幸せ野郎め!寝相くらいでガタガタ言うな!」
 バシッと一発、乱馬の背中を叩いた。
「痛ってー!だから、その寝相を何とかする対策がねーか、相談してるんだろーが!」
 おお、今度は、居直りやがった。相談だあ?それが人に相談する態度かあ?…まあいい。
「おまえ、今、どこで寝ているんだ?」
「あかねの部屋だよ。」
 ボソッと吐きつけた。
「ほう…あかねさんの部屋を、改装してもらったのか?」
「そんなの、詳しく聞いてどーすんだよ!」
 真っ赤な顔が、目の前で揺れる。まあ、察するに、こいつがあかねさんと入籍したのは、つい、先ごろらしいから、部屋の改装はまだなのは、予測がつく。
「寝ている部屋の現況がわからなきゃ、アドバイスなんてできっこねーだろが!」
 俺はじと目で乱馬を見返した。
「あかねの部屋は、おめーがペットで出入りしていた頃と、変わってねーよ!」
「ってことは。シングルベッドに二人で寝ているのか?」
「あ…いや、ベッドの上はその…。何だ…。寝る前の行為をだな…。」
 真っ赤になって口ごもる。
「そ、そこはいい。詳しくしゃべらんでも。もしかして、自分のシングル蒲団をあかねさんのベッドの下に敷いて寝ているのか?」
「そ…そういうことだ、一応は。」

 真っ赤に熟れた顔を差し向けるところを見れば、恐らく、ベッドで行為に及んで、それから下に移って眠って、そこへ、寝相の悪いあかねさんが落下してきて、寝乍ら修行が始まる……っていう流れかな…。

「あかねさんのベッドの上、もしくは、てめーのシングル蒲団の上で二人、身を寄せ合って眠っているんじゃあ、あかねさんの寝相の餌食になっても、仕方ないんじゃねーか?」
「あん?」
「だから、その様子だと、シングル寝具の中で二人、身を寄せ合って、眠っているんだろ?ほれ、うりうり。羨ましいなあ!」
 肘で乱馬を突っつきながら、問い質す。
「何が羨ましいもんか!狭い空間で奔放に暴れられたら、眠れねーっつーのっ!」
 と、そっぽを向きながら、応えやがった。やっぱり、一つの蒲団に丸まって、仲良くお寝んねか。こいつのことだ、暴れられないように、毎度、抱きしめてやがるな!この幸せ者め!
 まあ、抱きしめて眠ると、確実、眠りの質も悪くなるが…。
「じゃあ、とっとと、ダブルベッドを買うか、それとも、ダブルの布団を買うかしろ!そのくらいは稼いでいるんだろー?」
 と涼し気に言い放った俺。
「あかねの部屋にダブルベッドなんて、置いたら、部屋がいっぱいになっちまうぞ。」
「なら、間取りが広い部屋に換えてもらえ!」
「そんなこと、言ったってよー。居候がそのまま婿に入ったようなもんだから…。中々言いだせねーんだよ。」
 こいつめ、舅の早雲さんに、何、変なところで、気を遣ってやがる?
「チッチッチ!わかってねーな。寝床が狭いから、あかねさんの寝相の餌食になるんだよ。だから、そこを解消しないと、問題は解決しないぞ。」
 と言ってやった。
「じゃあ、何か?寝床が広けりゃ、蹴りや拳が飛んでこなくなるとでも言うのかよ?」
「いや、そういう訳ではないだろうが、少なくとも、逃げ場は広くなるから、少しはマシになるんじゃねーのかな。」
「そ…そーかな?」
「滅多打ちにされるのが嫌だからって、毎晩、がっしり抱いて寝るのも大変だろう?そんな生活が続いたら、寝不足になるぜ。そうしたら、来月始まる全日本無差別トーナメント、あっさりと、負けちまうかもな。」
「あー、それは困る!」
「なら、一緒の部屋に休むのは、もう少し先にしたらどーだ?暫く別々の部屋に休むとかよー。」
「うーん…。入籍したのに、それはそれで辛い!」
 今度は真剣に考え始めやがった。ほんとに、このすっとこどっこいは。何が「辛い!」だ。
 ああ、でも、入籍して、タガが外れてしまったのなら、乱馬(こいつ)が、禁欲生活に我慢できる訳はねーか。あかねさんなしでは、返って眠れなくなるかもな…。
「おい、ちょっと、耳貸せ。妙案が一つ浮かんだ。」
 俺は乱馬に向かって、手招きした。
「妙案?そんなものあるのか?」
「ああ、教えてやるよ。結婚祝いだ!
 戸惑う素振りを見せつつも、聴く気満々で近寄ってくる。その耳元で、思い付いた案を、ぼそぼそと囁きかけてやった。

 その言葉を聞き終えると、
「試してみる価値はあるかもしれねーな…。」
 と呟いた。

 乱馬の口から、あかねさんのことを聴かされるのは、俺にとっては、あまり面白い話ではねー。
 収まるところに収まったとはいえ、俺も一度は惚れた女性だ。出会った頃は、真剣に、乱馬から奪ってやろうと思っていたこともある。
 もう、とっくに、あかねさんへの想いは、心から追い出してしまったさ。今の俺には、あかりさんが居る。
 だけど、Pちゃんとして、ずっと、あかねさんの傍に居たからわかるんだ。
 あかねさんは、乱馬(こいつ)のことを、心底から愛しているってな。悔しいけどな…。
 年を重ねるにつれ、あかねさんの乱馬への情愛が募っていったことも、もちろん、知っている。
 あかねさんは、乱馬への鬱憤が溜まると、よく俺に愚痴っていたし、悩むこともあったみてーだから。
 だから、乱馬があかねさんに、ぎゃふんと言わされるのは、俺からしたら、ちょっと胸がスッとする。
 乱馬(こいつ)は、あかねさんのこと大事にしねーし、口は悪いし、態度も横柄だし…。浮気者だし、女にだらしねーし!ほんとに、許婚なのかと疑うようなことも、一杯してきたからな!
 なので、あかねさんの寝相で悩む乱馬を見て、心のどこかで「ざまあみろ!」って舌を出している、俺。今まで散々、あかねさんを悩ませて来たんだ。おまえも少しは悩め!この野郎!

「ま、あかねさんを大切にするんだな。寝相とか手料理みてーな、小さなことで、ガタガタぬかしてあかねさんを泣かせたら、凹殴(ぼこなぐ)りにするぜ。」
 と言って、笑ってやった。
「寝相も手料理も、夫婦の基本だから、小さなことじゃねーぞ!」
 と、まだ、むくれてやがる。
「だったら、おまえがしっかりと、治してやることだな。寝相も、不器用さも。」
「治すのも苦労しそーだぜ。下手したら一生かかるかもな。」
「いいじゃねーか。一生かかったって。あかねさんを手放すなよ。」
「うー…惚れた者負けだなー、ちくしょーっめ!ま、おめーの妙案、試して見るぜ…。」
 そう言って、腰を上げた。
「ま、せいぜい、頑張れよ!」
 くるりと向けた背中へと、エールを送る、俺。
「じゃ、またな!カップ麺、ごっそさん!」
 そう後ろ向きに言って、立ち去って往く。

 結局、のろけに来ただけじゃねーか!

 そう、グッと言葉を飲み込んだ。
 すっかり、秋も深まって、公園の広葉樹は葉が落ちてしまった。
 今夜も冷えるだろう。ってことは、乱馬は、あかねさんと一緒にシングル蒲団の中か。今日は、妙案も試せないだろうから、寝相の餌食になるのは、火を見るより明らかだ。でも、何やかんや言っても、きっと、あいつのことだ。あかねさんを抱きしめて眠るんだろうな…。
 たまにはPちゃんになって、邪魔しに行ってやろーか…などと、思った俺。でも、それは、辞めにしとこう。二人の熱気に中てられたら、俺が立ち直れなくなっちまう。
「あー、何だかんだっつっても、羨ましいぜ。乱馬め!」
 何だか無性に、あかりさんの顔が見たくなった。
 確か…次のデートは今度の日曜日。そろそろここを出発しなきゃ、間に合わねえ…。
 徐に、俺はテントを畳む。

 ふと見上げた青い空に、ぽっかり白い月が浮かんでいた。
 季節は今、人恋しい、晩秋。


あかね編へつづく



17周年用に書き始めたコミカルな作品。間に合わなかった(汗
なお、良牙視点で書いたのは、この作品が初めてです。


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