◇らせつ

第九話 不細工鳥と一緒


一、


「この鳥、よっぽど、あんたのこと、気に入ったのね…。」
 あかねは、箸を動かしながら、月波を見やった。
 
 月波の頭には、黄色い怪鳥が陣取っている。
「何なんだよ、こいつ。俺の頭は鳥の巣じゃねーつーのっ!」
 ぶすっとした表情で、月波が受け答えた。

 結局、宿まで来ても、怪鳥は飛び立とうとはしなかった。それどころか、月波の頭に乗っかったまま、離れる気配もない。
 湯浴みするのも一緒、眠るのも一緒。
 片時も離れようとしないのだ。

「お客さん、珍しい鳥を連れたはるなあ…。これは、極楽鳥、いわゆる幸福の鳥やね。」
 宿屋の飯盛り女中にそう声をかけられた。
「幸福の鳥だあ?不幸の鳥の間違いじゃねーのか?」
 月波が、うんざりとした顔を女中に手向けた。
「何言うてはりますねん。これは、街を取り囲む草原にわずかに数匹だけ生息する貴重な鳥や。気に入った人や動物の頭に巣を営んで、巣立つ時は、何がし、贈り物を置いて行ってくれはる、そういう鳥や。」
 女中は真顔で答えた。どうやら、からかっている訳でもなさそうだ。
「贈り物をくれる鳥なの?ラッキーじゃん。ねえ。」
 なびきが笑った。
「おまいらなあ…。他人事だと思って。重いんだぜ、このデブ鳥。」
 月波は、むすっとした表情を崩さない。
「で?どのくらいの期間で巣立つんです?」
 あかねが興味深げに、女中に訊ねた。
「さあ…。わかりまへん。」
 女中はあっさりと言った。
「わ、わからないだあ?」
 月波が素っ頓狂な声を張り上げた。
「ええ、人によって乗っかる年数が違いますさかい、皆目。」
 女中が片付けながら、返答した。
「いつ巣立つかわからない、きまぐれ鳥ねえ…。」
 なびきはくすっと笑った。
「確か…うちのお爺はんの知り合いには、五十年乗ってはったって聞いたことがありますわ。それで、巣立ちの時に、人の頭ほどの黄金の卵を産み付けて去って行ったって言う話でしたわ。」
「黄金の卵ですってえ?」
 なびきの瞳がきらきらと輝いた。
「換金したら数億になったいうてはりましたわ。他に、宝石で散りばめられた卵を産んで巣立った鳥もいはったそうです。」

「宝石…。ますますもって、ラッキーじゃん。しっかり世話なさい。」
 なびきは、月波の背中を一つ、ポンと叩いた。

「何がラッキーだ!五十年も乗っかられてたまるかあ…。」
 月波はそう叫びながら、鳥を頭から引きはがしにかかる。
 クエーッ!ククククク!
 鳥は、何をするかという勢いで、月波の手をつつき始めた。
「てててて、痛えっ!何しやがるーっ!」
 
「ダメどすえ。無理やり引き離そうとしたら、逆に不幸になると言われておりますえ。」
 女中が慌てて、間に入った。

「もう、十分、不幸でいーっ!」

 上を下への大騒ぎだ。

 スライムのルシファールは不思議そうに鳥を見上げていた。と、何を思ったのか、あかねの頭の上に、プリンと乗っかった。
「ちょっと、ルシちゃんまで、乗っからないでよ。」
 あかねが笑いながら、それを制する。
 プルルンと冷やっこいスライムの感触が、あかねの頭皮を刺激する。

「あんたら…、どっちも、小動物には好かれるタイプみたいねえ。」
 なびきが二人の様子をみて、ゲタゲタと笑いだした。
「おめーは根性がひん曲がってるから、小動物には好かれねーだけだよ。」
 月波が口を尖らせた。
「あたしは、お金に好かれれば、それで良いの。他は何ものぞまないわ。」

 脇で、赤ん坊も哺乳瓶を抱えながら、笑っていた。
 平和な朝の光景だった。

 食事が終ると、女中に頼んで、蒲団を敷いてもらい、それぞれ、寝床へと入った。夜に備えて、睡眠時間を摂っておく必要があったからだ。
 その間、赤ん坊の世話は、ルシファールと女中さんたちに頼んだ。
 幸い、まだ赤ん坊は自力で動かないし、お腹とお尻さえ満たされていれば、泣きわめくこともなかった。不思議なくらい、手がかからない赤ん坊だと、面倒をみてくれた女中たちが、口を揃えて褒め称えてくれた程だ。


 とまれ、あっという間に、時間は経ち、再び夕闇が降りてくる。



「馬子にも衣装…だわねえ。似合ってるわよ。」
 なびきが、あかねと月波を見比べながら笑った。
「たく…。いつも思うけど、セントラルパレスへ行くのに、このがんじがらめな正装は何なんだよ…。」
 きらびやかな衣装をまとった美女が三人、準備に余念ない。
「月波も、セントラルパレスへ行くのは初めてじゃないんだ。」
 なびきが問いかける。
「あ、ああ…。何度か行ったぜ。親父の名代でオークションや賭場にも顔を出したことがある。」
「親父?お父さん?月波のお父さんって何をやってるの?」
 なびきが興味深げに尋ねた。
「いろいろ事業に幅広く手ぇ出してたからなあ。」
「ふーん、良いところのお嬢様か何かなんだ…。あんた。それなのに巫女なのねえ…。不思議。」
 なびきが笑いながら問いかけた。
「まー、いろいろな事情があらーな。大きなオークションにも参加していろんなものを競り取った経験もあるぜ。」
「特別オークションに出るなんて…そんなに若いのにたいしたものねえ…。じゃあ、クイーンズオークションは?」
「まあ、何度か顔を出したな。…で?そういう、おまえはどうなんだよ?なびき。見たところ、おめーも初参加って風じゃねーぞ。」
 月波がたたみかける。
「ええ。この街は人間の欲望が渦巻くところだからねえ…。欲望が渦巻くところには、大きな額のお金が必ず動くわ。だから、幼い頃から何度か足を運んでるわ。クイーンズギャンブルも二度目よ。」
「てめーは、幼い頃から、こんな、ろくでもねー街をうろついてんのかあ?確か、十五歳以下は賭け事に参加できねーんじゃなかったっけ?」
「賭け事だけが楽しみじゃないわ。賭けなくても、いろいろ駆け引きとか勉強になるもの。オークションも賭場も見学するだけでも、結構楽しいものよ。」
 となびきが笑った。

(やっぱり、月波もなびきも、得体の知れないところがあるわ。)
 あかねは二人の会話を流し聞きしながら、そう思った。
 
「あかね、おめーは初めてだよな?」
 月波があかねに問いかけた。
「え、ええ。この世界に来て、まだ数日しか経っていないもの。初めてで当然でしょ。」
「あかね、あんたの世界に賭場はあるの?」
 なびきが問いかけた。
「あるわよ…。」
「じゃあ、あんた、経験は?」
「ある訳ないじゃない。天道道場(うち)は一般家庭よ。ラスベガスとかマカオとか、賭け事には無縁よ、無縁。」
 と否定にかかった。
「賭け事と無縁の人生なんて、つまらないわあ。そんな世界、願い下げだわよ。」
 なびきがうそぶいた。
 現世での姉も、賭け事や大勝負は好きそうである。親姉妹に隠れて、変なところへ出入りしているのではないかと思えるくらい、度胸もすわっていた。博打王Kや火車王金之介とやりあったときも、動じることなく相手の上を行った姉だ。
 姉が本気を出せば、怖い人も寄せ付けない程の実力の持ち主なのではないかと、冗談抜きで思うことがある。

「ま、賭場に関しちゃあ、俺やなびきが先輩だから、いーか、おめーは余計な口出しはすんなよ。全て、俺となびきに任せておけよ。まーた厄介事を背負わされちゃあ、大変だからな。」
 と念を押された。
「そうね…。七曜石が絡まないんだったら、あんたには赤ん坊と、ここで留守番してもらいたいくらいだわ。」
 なびきまでもが、お荷物だ発言をした。
 あかねはそれを聞きながら、少々ムスッとした表情を傾ける。
「何よ、偉そうに。そんな、鳥を頭に乗っけた間抜けな奴に、指図なんかされたかないわよ。」
 と月波の頭上を指さした。
「あんだと?好きで乗っけてる訳じゃねーっ!だいたいだなあ、おめーがこの鳥を助けたから悪いんだろーがっ!」
 月波が怒った。
 不細工鳥を頭上に頂き、盛装した月波の姿は、滑稽を通り越して変人の域に達している。
「そうね…。ちょっと恥ずかしいわね。その頭。」
 なびきが考え込む。
 と、ひょっこりと、ルシがまた、あかねの頭の上にせり上がった。
「こら、ルシちゃん。またあっ!」
 あかねが怒鳴る。
 俺も連れていけと言わんばかりに、ルシはあかねの頭の上でぴょんぴょん跳ねた。
「良いぜ、ルシ。おめーも乗っかってやれ!そしたら、この厄介女も、俺の気持ちがわかるだろ?」
 良い気味だと言わんばかりに、月波が囃したてた。
「ちょっと、ルシちゃんは、ダメだって。連れて行けないから降りなさい。」
 あかねがルシに向かって説得する。だが、ルシは一向に降りようともしなかった。
「そうねえ、事の次第によっちゃあ、すぐにこの国を旅立たなきゃならない…ってこともあり得るから、赤ん坊とルシも連れて行った方が正解かもね。」
 となびきが言い出した。
「つーことは、この宿も、今夜で引き払うってか?」
「ええ、そのつもりよ。泊まりたかったら、また別の宿を探しても良いんじゃない?セントラルパレス周辺にもホテルはあるし。」
「で、でも、赤ん坊やペットを賭場なんかに連れて行っても良いの?教育上、よろしくないんじゃあ…。」
 あかねが口をはさむと、
「赤ん坊だからまだ良いのよ。ねえ、あんた、赤ん坊の時の記憶ってどのくらいある?」
 と、なびきはあかねの鼻先に指を押しつけながら問いかけた。
「うーん…。赤ん坊の時の記憶なんて…ないわね。」
「ほーらみなさい。赤ん坊に教育上どうのこうのたって関係ないわ。物心すらついていないんだもの。それに…連れて行ったって、夜だから、ずっと眠ってるでしょうし。」
「じゃ、決まりだな。」
「それから、ルシちゃん。ペットとして連れて入ってあげるけど、あかねの頭の上で大人しくしてなさいよ。」
「ちょっと、何であたしの頭の上なのよ!」
 あかねが反論する。
「あら、月波だけ頭にペットじゃあ、目立つじゃない。あんたも、付き合ってあげなさいよ。二人で乗っければ、これは立派なお洒落になるわ。」
 となびきは笑いながら言った。
「じ、冗談じゃないわよ。お洒落なんだったら、なびきお姉ちゃんも何か乗っけたら?」
 あかねは反論した。
「あたしはダメよ。あんたたちが目だっている間に、人垣を抜けて、いろいろやっておきたいこともあるし…。」
「やりたいことって?賭場?」
「当り前じゃん。持ち金をもう少し増やしておきたいしさあ。」
「また、勝手なことを…。もういいから、ルシ、下りなさいよ。」
 とルシに怒鳴ってみたが、ルシはどこ吹く風と、下りる気配は見せなかった。
「よう、似合うじゃん。新しい青い帽子をかぶってるみてーだぜ。」
 月波があかねの頭を指をさして笑った。
「不細工鳥を乗っけてるあんたにだけは、言われたかないわっ!」

 こうして、三人と赤ん坊とモンスター二匹は、夜のセントラルパレスへと、意気揚揚と繰り出して行ったのである。



二、

 思っていたより、ナニワ国の王都は、こじんまりとした感じの静かな街であった。
 夕べ、草原から、こうこうと輝くセントラルパレスを見た時は、うすら寒ささえ覚えたのに、街中へ入ってみると、ずいぶん違った印象を受けた。

 賭場とかオークション会場とか、聞くだけで、うす汚れた感じを思い浮かべていたあかねであるが、実際は違った。廊下でフィギュアスケートでもできるのではないかと思うほど、しっかり行き届いた清掃。煙草の吸殻一つ、落ちていない。
 
「きれいな街ねえ。」
 あかねがキョロキョロと見回しながら、感想を述べた。
「ま、賭場の清潔さでいえば、世界一かもな…。ただ、それに反して、行きかう人間の欲望はどす黒いかもしれねーけどな。」
 月波が言った。
 一晩で億万長者が生まれたり、ど貧民が生まれたりする街。しかも、合法的にだ。
 
「さてと、一般客が入れるのは、このエリアまでよ。」
 ひと際高い高層ビルの前庭で、なびきが指さした。
 彼女が指さしたところには、延々とガラスの塀が、とある建物の周りをぐるりと取り巻くように張り巡らされていた。
「この先は、各国の王族、または大臣クラスの官僚、それか、お金でその権利を買えた者だけが入れるセントラルパレスの領域になるわ。」
 なびきが付け加えた。
「もっとも、こっから先は、王宮だからな。警護も厳しくなるぜ。変なことすんなよ。」
 月波が言った。
「王宮?」
 あかねが問いかける。
「ああ、この先は、ナニワ国を統べる女当主、つまり、女王陛下の居城の一部なのさ。そして、この国最大の賭けができるクイーンズギャンブルの会場もこの塀の向こう側にある。」
 月波の瞳が鋭く輝いた。
「この国の女王様って、そんなに博打が好きなの?」
 あかねが目を丸くした。
「ええ、もちろんよ。そして、腕も一級ときているわ。」
 なびきが答えた。
「へええ…。賭場好きの女王陛下かあ…。どんな人なの?」
 あかねが興味深げに尋ねた。
「おめー知ってっか?」
 月波がなびきに問いかけた。
「新女王陛下の顔は拝見したことがないわ。まだ即位して、そんなに日も経っていないし…。」
「そっか、おめーもお初か。実は俺もそうなんだ。ガキの頃なら何度かみかけたことはあるんだけどよー。」
 どうやら、月波もなびきも、女王陛下の今の顔は知らないらしい。
「へえ、あんたたち知らないの?何で?即位したところなら、即位式の写真くらいはマスコミに取り上げられるでしょうに。」
 とあかねが不思議そうに二人を見やった。
「写真…ねえ。本人が望まねーと、写らないぜ。」
 と、月波が言った。
「はあ?」
 事の仔細がよく飲み込めず、あかねが聞き返した。
「姿かたちを衆人に晒すということは、身も危険にさらすのと同じだから、魔力が強い王族や貴族、それから法師なんかは、写真を撮っても、念を入れないと写らないの。これ常識よ。」
 となびきが言った。
「写真に念を入れないと写らない?」
 ますますもって、あかねには理解不能だった。
「何か?おめーの世界じゃあ、ホイホイ、誰でも写真に写るのかあ?」
 と逆に月波が問いかけてきた。
「あ、当たり前でしょ。相当腕が悪いとか、ピンボケとかじゃない限り、写真は写るわよ。」
「ふーん。おめーの世界じゃあ、聖なる力や魔力が無い人間が殆どなんだな。」
「聖なる力や魔力?」
「魔法や法力を使う力よ。ひょっとして、魔法使いとか居ないの?」
「い、居る訳ないでしょ。魔法使いなんて!」
 あかねは全否定した。
「ほんと、つまらない世界ねえ…。」
 なびきが溜息を吐きだした。
「こ、この世界が変なの。あたしの常識じゃあ。」
 とあかねは強く言った。

「えっと、エントリーする人の列はこっちだな。」
 月波が、人が並んでいる場所を指さして言った。
「早く行こうぜ。始まっちまったら、元もこもねーしな。」
 そそくさと、三人、列へと並んだ。
 
 確かに、居並ぶ人々は皆、それぞれ着飾っていた。大きな宝石を所狭しと身にまとったご婦人やら紳士。賭場に出かけるというよりは、社交場やパーティへ行こうとしている人たちの集まりのような感じがした。

「普段着で入るところではない…ってことかあ。」
 あかねは、居並ぶ人々をぼんやり眺めながら、そう思った。周りの様子を見て、ゼニモンを斃して、参加する費用を荒稼ぎすると理由も何となくわかった。

「この先へ入れるってだけでも、選ばれた人間の証だからな。」
 月波がぼそっと言い放った。
「そうね、クイーンズギャンブルに参加資格を与えられるのは、もっと大変なことですものね。」
 なびきも同調する。
「え?所定のお金を払えたら、誰でも参加できる訳じゃないの?」
 あかねは思わず、聞き返していた。
「ああ。俺たちみてーな一般人は、女王陛下自ら、審査して、お眼鏡にかなった人間だけが、賭け事に参加できるんだ。つまり、女王陛下が品定めするって訳。」
 月波が言った。
「ってことは、女王陛下のお眼鏡にかなわなかったら…。」
「ゲームを観覧することはできても、参加はできないわ。だから、みんな、お洒落に気を遣って必死になっているんじゃない。女王陛下の目を引こうってね。」

「はああ?」

 あかねは思いっきり、吐き出してしまった。

「ほれ、次は俺たちの番だぜ。」
 月波が横から促してきた。
「いよいよね。お互い、選ばれると良いわね。」
 なびきも同調した。

 受付ゲートで、まずは所定の参加料を払う。いわば、ここへの入場料のようなものだろう。まあ、入場料と簡単に言ってのけられる金額ではないが。

「あの…赤ん坊とペットの分は必要なんでしょうか?」
 あかねは恐る恐る、受付嬢に尋ねた。
「赤ん坊はエントリー料を必要としません、が、賭場への立ち入りは禁止されています。十五歳以下ですから。」
 と受付嬢は事務的に言い放った。
「賭場へ入れなかった方が奴が居たら、そいつが赤ん坊の面倒を見るってことで良いだろう?」
 受付嬢の話を受けて、月波が提案した。
「皆入れたらどうするの?」
「その時は、金払って、ベビーシッターでも雇うさ。ま、まずは、賭場へ入れるか否か、決めてもらうさ。それ、行くぜ。」
 月波が先に立って歩き出した。
「では、お一人様、参加料は百万円、三人で三百万円です。」

 いともあっさりと告げられるが、一人、百万の参加費は決して安いものではない。金額が金額だから、あかねは緊張してしまった。
 だが、意外なことに、なびきは所定の金額をケチるでもなく、気前よく、受付嬢へと現ナマを渡していた。二人とも、大金を手にするのは慣れているようだ。すごくこ慣れている。

「あ、待って、待ってったら。」
 あかねは必死で二人に追いすがった。


三、

 中は思ったよりも狭かった。女王陛下の審査を受けるための小さな行列ができていた。
 王族や貴族はフリーパスらしく、簡単な手続きをすると、あかねたちの横を通り過ぎて、さっさとゲートをくぐり、奥の方へと消えていく。 
 あかねたちのような、一般参加者の列も、人が溢れているかというと、そうでもない。さすがに、一人、百万円の参加費を払ってまでここへ来るのは限られた人間だけなのだろう。ただの物見遊山では出せない金額だ。
 一般参加者は、王族たちとは別のゲートへ案内されていた。それも、人数制限があるようで、二人か三人一組で中へと入って行く。この先で賭場に参加できるか見学だけかのコースが決まるようであった。


「やっぱり、一般参加者って少ないのね。」
 あかねが二人に話しかける。
「まーな。賭け事やオークションだけなら、王宮まで来なくても、充分楽しめる施設はあるからな。」
「こんなところまで来るのは、金と暇を持て余した各国の王族とか貴族とか、他の賭場でしこたま儲けられた連中とか、どうしても落としたい品物がある訳ありの連中だけだわよ。」
「さてと、俺たちの番だぜ。」

 呼び子の兵士が、三人に見極めの間に入るように促した。

 月波は頭に極楽鳥を、あかねはルシファールを共に頭に頂いている。赤子はあかねの胸にしっかりと抱かれていた。

 ギイイッと金属の音がして、天井まである、大きな重い鉄の扉が、ゆっくりと向こう側へ開いた。

 三人は兵士に促されるまま、中へと足を踏み入れた。


「こちらへお進みください。審査はこの通路を渡っている間に行われます。」
 兵士は先導しながら、松明を片手に、その廊下をゆっくりと歩いていく。その後を追うように、三人は歩き始めた。

 コツコツと履いているヒールが鳴り響く。

 廊下は、延々とまっすぐに続いていた。壁と天井は真白。床に敷かれた赤い絨毯が眩かった。
 両壁の少し目線より高い位置に、ずらりと蝋人形が整然と並んでいた。いずれも、美しい衣装を着て、今にも動き出しそうなくらい、精巧な人形だった。

「何か、不気味ねえ…。今にも動き出しそうなくらい、精巧に作られているわ。」
 あかねが近くへ寄ろうとしたのを、月波が制した。
「やめとけ。ここの女王の、悪趣味なコレクションだよ。」
 月波が吐き出した。
「そうね、下手に触って、壊したら、法外なお金を要求されるかもよ。」
 となびきが言った。
「コレクションねえ…。確かに、こういうの好きな人も居るんだろうけど…。東京タワーにある人形の方が、楽しいかも…。」
「それより、急いだ方が良いぜ。時間は止まっちゃくれねーからな。」

 ガランとした廊下が延々と奥へ続いている。そこに今にも動きそうに並ぶ、美少年や美少女の人形の数々。その不気味さは、あかねの心に強い印象を与えた。

「ちぇっ、人形のせいか、すげえ、嫌な視線を感じやがるぜ…。」
 月波が苦虫をつぶしたように言った。
「大方、あちこちに隠しカメラでも仕込んであって、俺たちをじっと観察して審査してるんでしょうよ。」
となびきが答える。
「どこかで観察しているの?何だか、ゾッとしないわねえ。」
 きょろきょろと視線を動かしながら、あかねが言った。
「謁見の間だから、どこか開けたところへ案内されて、あれこれ面接官に聞かれると思ってたぜ。」
 と月波がそれに続ける。
「ふーん、月波、あんた、やっぱり王族かそれに関係する一族の人間なんだ。それとも貴族かしらねえ。」
 なびきがにやっと笑った。
「あん?」
「だって、この回廊を知らないってことは、一般参加でここへ来たことがないってことでしょう?一般参加者はここを通らないと入れないもの…。前に来たことがあるのなら、王族特権を使ったことになりわよねえ…。違う?」
 月波は、押し黙ってしまった。
「月波って、どっかの国の王女様か何かなのね。」
 あかねが続けると、
「んなんじゃねーよ。」
 とあからさまに不機嫌な顔つきになった。
「まあ、良いわ。ここで詮索したって始まらないし、あたしたちの目的は、唯一つだから。」

 それ以降、月波もなびきも押し黙ってしまった。
 そんな彼女たち三人の様子を、じっと窺う怪しい瞳が壁の向こう側に存在していたのも、また、事実だ。あんまり多くを語って、正体を探られるのも、都合が悪いと考えたのだろう。




「どうです?右京様。この三人組は。」
 モニターに様々な角度から映し出される映像。
「へええ…。王族や聖人並みの魔力の持ち主が、こうやって揃って一般回廊を、揃って渡ってくるのんも、珍しいこっちゃないかあ。」
 様々な宝石で散りばめられた玉座に腰掛けながら、右京が答えた。
 彼女の名前は久遠寺右京。このナニワ国の女王であった。
 とはいえ、ドレスを着飾っているのではなく、ふりふりがあしらわれた絹の白いブラウスに白いロングパンツ。腰には紫の布をベルト状に巻き、長い黒髪を後ろ側になびかせている。宝塚の男役にぴったりはまりそうな、オスカル風なスタイル。それが、とても似合っていた。
 ワイングラスを片手に、じっとモニターを見つめている。グラスの中には、白いロゼが光っていた。
 控える家来たちも、どこか中世フランス風な騎士的ないでたち。

「よっぽど訳ありで手に入れたい物があるんやな…例えば、この、木石とか。」
 そう言いながら、右京は玉座の横に置かれた、小さな石を透かして見る。

「では、やはり、あの者たちが噂の「勇者様御一行」なので?」
 従者が右京に問いかけた。
「さあな。世間では偽勇者も横行していると言うさかいな。……もっとも、真の勇者様御一行ならば、木石自ら、あの者の手の中に収まるやろう。それより、うちらは、いつものように楽しんだらええんやさかい。気楽にいくわ。」
「そうですわね。…で?右京様、あの者たちはクイーンズギャンブルへお導きになられるので?」
「ちょっと、待ちい。それにふわさしいかどうか見極めるには、もっと画像解析度を上げて、顔を良く見んとなあ…。」
 くいっと手を上に持ち上げると、モニター操作をしていた家来が、スイッチをひねった。
 ギュインとモーターの回転数が上がって、前方のモニター画像が切り替わった。さっきよりも拡大されて、あかねたちの顔が鮮明に画像へと映し出される。

「へええ、まあまあ…ってところやねえ。どの子も中性的やないか。特に、極楽鳥を乗っけた子なんか、うちの好みやで。」
 右京はニッと笑った。
「で?性別反応はどないや?小夏。」
 と先ほどの家来へと尋ねた。
「えっと…、女性が二名、不詳が一名。」
 小夏はモニターに併設された機械の波動を見ながら即座に答えた。
「不詳やて?どういうことや?」
 右京が問いただす。
「女性とも男性とも、どちらとも取れそうな波動をしていますが…いずれも決定打に欠けますわ。非常に珍しいパターンですわね。」
 と小夏が答える。
「へええ、おもろいやないか。どいつや?その、不詳っつー奴は。」
「えっと、この極楽鳥を頭に乗っけた人ですわ。」
「なるほど…確かに、性別不詳のシグナルが出てるわ。」
 にっと右京が笑った。
「ということは、いきなりの私や小夏のライバル候補出現ってことですか?右京様。」
 後ろ側でまた一つ、声が響いた。
 そこには、巨大なドラム缶が突っ立っていた。

「こら、また、つばさはーっ!もっとマシなコスチュームしいって、言ってるやろう?」
 右京が苦笑いしながら、そいつを見つめた。
「あーら、右京様。これくらいインパクトがあった方が、面白いですわ。」
 スコンと音がして、ドラム缶の上部が開いた。中から出てきたのは、ポニーテールの美少女。
「ほんま、あんたは、この趣味が無かったら、もっとええ男やのになあ。」
 ふううっと右京がため息を吐き出した。
「まあ、右京様ったら人が悪い!もし、私にこの趣味が無かったら、とっくにコレクションに加えていらっしゃったでしょうに。もっとも、私から見たら、何で小夏みたいなのも、同じ扱いなのか、解せないんですけどねえ。」
 つばさはもう一人をじろりと見据えた。
「小夏には護衛が務まるやんか。あんたの細腕では、うちの護衛は無理やろ?せいぜい阿呆みたいなコスチュームで楽しませるくらいしか、脳がないやないか。」
 右京が笑った。
「もう、右京様ったら、つばさを褒めすぎですわ。」
 ポッと頬を赤らめて、つばさがドラム缶へと顔を隠した。
「褒めてへん、褒めてへん…たく。あんたをコレクションに加えへんのは、その変態的コスプレがネックになっとるだけや!」

「それより、右京様。あまりお時間もないですから、どうなさいます?この三人、落とします?それとも通します?」
 小夏が急かした。

 再び、ひょいっと、つばさがドラム缶から頭を突き出してくると、画面を指さして言った。

「あーっ!この小娘、昨夜の!」
 つばさが指さしたのは、なびきであった。
「あんた、また、街抜けだして、赤い月見にいっとったんか!アホッ!」
 スカンとハリ扇で右京はつばさをどついた。
「右京様。この女は駄目ですわ。コレクションが腐りますわ!この女、命の恩人に向かって、平気で屁をたれるような女ですもの。」
 やはり、昨夜、草原でなびきとやりあったのは、つばさのようであった。
 つばさは、とうとうと右京に、なびきの悪言を投げつける。
「あんたの言には、多少なりとも歪曲が入ってるようにも思うけど…。まあ、ええわ。この娘は進入禁止っと…他の二人は?この性別不詳な奴は、コレクションまたはそれ以上の境遇に加えたいと思ってるんやけど…。」
 右京はつばさと小夏問いかけた。
「右京様がそうおっしゃるなら、私は協力は惜しみませんわ。」
 小夏が頷いた。
「右京様、こんなちんくしゃが好みですの?…でも、まあ、良いですわ。この欲張女をぎゃふんとも言わせたいですし…ついでに、こっちの女の方もコレクションにしちゃいましょうよ。この欲張女を一人ぼっちでパレスから放り出すのも楽しいですわ…。」
「じゃあ、決まりやな…。それから、この赤ん坊。」
 右京が目を光らせた。
「…サオトメ国の乱馬王子が羅刹に呪いをかけられて赤ん坊になって、諸国を放浪してるって話を耳にしたんやけど…。どや、彼に似てへんか?」
 右京が二人を見やった。
「乱馬王子って、先代からの上客の…。」
 ポンと小夏が手を叩いた。
「乱馬王子だったら、どうするおつもりですの?」
 つばさが問いかけた。
「決まってるやん。光源氏の藤壺のように、この手でうち好みに育て上げて、結婚するねん!子供の頃から狙っててん。乱馬王子って結構、ええ男やねんでー!」
「け…結婚?」
「きゃー、やめてくださいよー!右京様、私という者がありながら!」

「あほっ!王族と家来が結婚できる訳ないやろーっ!」
 バシッとまた、ハリ扇がつばさと小夏、双方の頭上に入った。
「乱馬王子やったら、サオトメ国の王位継承者やしぃ。うちとつりあうやん。もー、踏んだり蹴ったり…やのうて、至れり尽くせり…ちょっとちゃうか。」
 バシッバシッと、ハリ扇でつばさを叩きまくる。
「美男美女の王室になるでえ!それに、あんたらみたいな、美青年が従者やし、衛兵も宮中女官もコレクションからの選りすぐりやし…。うちの理想国家に近づけるやないのぉ!」

「釈然としませんけど…。まあ、仕方ないですわ。右京様に協力しますからあ…。もっと叩いてくださいませ。ー!」
「右京様、つばさばかりひいきですわ!小夏も苛めてくださいなーっ!」

 良くわからないが、どうやら、右京も小夏も、マゾっ気がありそうだった。

「阿呆してんと…。準備しいや!他にも、コレクション候補がたくさん来るから、忙しなるでー!」
 右京はすっくと立ち上がった。

「お待ちください、右京様ーっ!」
「右京様ーっ!」




「で、何であたしだけ、蚊帳の外なのよ…。」
 ぶすっとした表情で、なびきが岐路へと立った。
「仕方ねーじゃん。女王陛下のお眼鏡にかからなかったんだからよー。」
 月波がなびきへと声をかけた。
「お姉ちゃん、一人じゃないわよ。赤ん坊の面倒を見るっていう、大切な任務もあるんだからさー。」
「慰めにも何にもなんないわよ!たく、何であたしだけ選ばないのよ、女王様は。」
「おまえ、前に、何かしでかしてブラックリストに載ってるとかじゃねーの?」
「そんなことないわよ。たいして儲けてないわよ。それに、あれから国王陛下も変わってるし。」
 と、まだ納得いかなげだった。

「ま、そんなことだからよー、賭け事は俺たちに任せておけって。」

「あんたたちだから頼りないんじゃないのぉー。……まあ良いわ。新しい女王陛下って、結構、あくどいって噂もあるから、ちょっと、後方へ回って、いろいろ調べてみるわ。
 それからっと…これを念のために渡しておくわ。あたしと離れるんだし。」
 ごそごそっと懐を漁って、白い羽を二本、月波とあかねの前に差し出した。
「これって?」
「こいつは…飛翔の羽根じゃねーか。」
 解せない顔つきのあかねと違って、月波の瞳がキラリと輝いた。
「月波は知ってるみたいねー。ってことは使い方もわかるわよね?」
 となびきが問いかけた。
「まあな。飛翔呪文を唱えたら良いんだろ?」
 懐に収めながら、月波が答えた。
「飛翔呪文?」
「おめーなら、ルシが居るからそいつが媒体になって、飛ばしてくれるから、覚えなくても良いぜ。って、この世界の人間じゃねーから、教えても使えないだろーけどさ。」
 とにべもない。
「そういうこと。あんたの羽根には、一応、あたしの魔力を少し詰めておいたから、一人分なら、この国の結界くらいは超えられるわよ。但し、どこへ飛ばされるかは、予測できないけどねー。まあ、お守り程度に思って持っておいてちょうだい。」
 と、なびきは言った。
「あ、お代は、使ったらってことで、つけといてあげるから。」
 と付け加えることも忘れなかった。
 そして、なびきはくるりと背を向けると、「グッドラック!」と言って立ち去っていった。

「たーく、確かに、天道家の関係者なら、飛翔魔法くれえは、使えるか…。」
 月波は懐の奥深くへと、羽根をしまいこんだ。

「さて、行くぜ。気合入れろよ。」
 月波はあかねの前に立って、歩き始めた。

(やっぱり…月波って、天道家を知ってるんだ。)
 その言動を聞いて、あかねは複雑な顔を彼女へと手向けた。



つづく






 再開でおます…。でも、まだまだかかりそうです(滝汗)
 …眠ったまま行方不明だった作品を、この度、数年ぶりに見つけました♪
 書きなおすしか術がないと思っていただけに、見つけられて嬉しいです。やったね♪

 どーしようか、迷いつつもプロットも一緒に、ポンコツパソコンの奥底で見つけ出せたので頑張って書き進めて参ります…。


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