◇らせつ

第七話 木石を求めて



一、

 何とか、火石(ひいし)をクノウ国の帯刀国王から預かり受け、あかねたち一行は、再び旅の途に就いた。名残惜しげに見送る帯刀国王の傍には、キリキリとハンケチを咥えながら、小太刀が悔しがっているのが見える。
 だが、この国の信仰する、月の神に仕える巫女、「月波」に、あかねは本当の勇者だと断言されると、さすがのワガママ王女も、従わざるを得ない。

 あかねはちらっと横を振り返った。
 そこには、女乱馬然とした、巫女が居る。
 背負っているのは、赤子の男乱馬。そして、その脇には、「月波」と名乗る女乱馬が歩いている。思えば、不思議な光景だった。
 見れば見るほど、月波は、女に変化した乱馬に似ていた。少し赤みがかかった髪の毛も、だらりと垂らしたお下げ髪も同じならば、瞳の色も背丈も、あかねの知っている、女乱馬そのものである。勿論、声も喋り方も、そっくりそのままだ。
 違うと言えば、身にまとったコスチュームくらいのものだろう。
 あかねの知っている女乱馬は、男のときと変わらぬ「チャイナ服」を愛用している。無造作に男と女が入れ替わるだけの体質なので、特に着替える必要もないのかもしれないのだが、艶っぽい服は基本的には着ない。女に変化したからといって、スカートをはくわけでもなければ、身を整えるわけでもない。姿形が女に変化しただけで、少年の心はそのままであったから、そのまま、チャイナ服で過ごしている。男乱馬が女の子の服を着るのは勘弁だが、女乱馬が男の子の服を着ていても違和感はない。少し、だぼっとするくらいだろう。
 今、隣りをずかずかと歩いている「女乱馬」の服装は、そんな見慣れたものとは明らかに違う。この世界の巫女の衣装なのか、白い絹でできた、ゆったりとした服を着ていた。スカートではなく、短めのズボンだ。一昔前の絵本の中の、アラビア風衣装の感じである。頭にもサリーのような透明の布をつけていた。耳の少し上で、黄金色の花形の髪飾りで、それを止めている。女を強調した服ではないが、それでもどこと無く艶っぽく見えるのは、服が女性用だからだろう。
 また、化粧とまではいかないまでも、うっすらと青系のシャドウを瞼に引いていた。それが、くっきりとした瞳を、更に大きく見せている。
 コスプレをした女乱馬。そんな表現が、しっくりときそうで、違和感を持った。
 なびきも、自分も、現世の様相とはかなり違っている。でも、乱馬の衣装はそれ以上に「微妙」だった。
 あかねは、再び、歩きやすい、中世風味なパンツルックへと戻っていた。腰には短剣、手にはクノウ国王から預かった王杖。勿論、赤い火石が先っぽで輝いている。背中には笈を背負い、その上には赤子の乱馬をおんぶ紐で結わえている。子持ちスタイルは変わらない。
 なびきもあかねに近いスタイル。彼女も自分の荷物が入っているらしい小さめの笈を背負っている。その脇を、スライムのルシが、ぴょこたん、ぴょこたんと、ご機嫌で歩いている。
 見るからに、「変なパーティー」であった。
 女ばかりの御一行様である。


 
 クノウ国を出て、暫く行くと、別の国境線が見えてくる。
 くっきりとした「点」で地面に書かれた、あの「国境線」である。
 何度見ても、見慣れぬ、変な国境線であった。

「国境を越えたら、ナニワ国よ。」
 なびきが、地図を広げながら説明してくれた。
「ナニワ国?」
 思わず問い返すあかね。
「ええ…。エキゾチックな雰囲気に満ちた、ちょっと不思議な国家なんだけどね。…食べ物は美味しいから、楽しみなんだけど…。」
 となびきが笑った。
「そうだな。旅の醍醐味は、その土地の美味しいものと出会うことにもあるしな。」
 月波もコクンと頷いている。
「ナニワ国は活気溢れた、レジャー産業の国家だからね…。」
「そだな…。案外、お目当ての品物はナニワ国ご自慢の「クイーンズギャンブル」に賭けられるかもしれねーからな…。おあつらえ向きに、クイーンズギャンブルはこの週末に開催されるんだろ?」
 と月波がにっと笑った。
「クイーンズギャンブル?」
 あかねは、きょとんと月波を見返した。

「ふふふ。さすがにレジャー産業の中心地だけあってね、カジノやら、オークションなんかもある国家なの。中には危ない賭け事もあるわ。クイーンズギャンブルはその中でも、飛び切りの珍品が出てくるっていう、曰く付きの賭場よ。三か月に一回の割りで開かれてるわ。」
「ああ…。かなり臭い部分もあるでっけえ賭け事だがな…。えっと、確か、明後日の夜だっけ?今度のクイーンズギャンブルは。」
 月波の瞳がなびきを捉えた。
「ギャンブルねえ…。」
 あかねには興味のない事であったが、どうやら、なびきは違うらしい。なびきの瞳が、妖しげに光るのを、あかねは見逃していなかった。

「もしかして…。お姉ちゃん、そのクイーンズギャンブルに行く気なんじゃあ…。」
 と問いかける。
「あったり前じゃない。せっかく、ナニワ国へ行くんですもの。クイーンズギャンブルへ行かないで何とするの!それに…。賭け事やオークションが公然と行われる場所は、人間の様々な欲望が渦巻くところでもあるわ。あかねが探している、七曜石の情報が、ゴロゴロと転がり込んでくるかもしれないわよ。」
 とにっこりと微笑んだ。
「そうだな…。案外、ナニワ国で、現物が手に入るかもしれねーな…。」

 賭け事には縁の無い、生真面目なあかねには、ギャンブルなどには、近寄りたくない場所のひとつだった。だが、探し求めている七曜石の情報が手に入るとなれば、話は別だ。多少のリスクは覚悟で、乗り込むのも有効な手段だろう。

「ねえ、月波、あんた、巫女なのに、ギャンブルなんかに興味示していて良いのかしらん?」
 なびきが、ふふふと月波に対峙した。
「ま、巫女ったって、生身の人間だからな、俺は。…それなりに興味ってものはあるさ。」
 とうそぶく月波。妖しげな巫女に見えた。

「じゃ、決まりね…。ナニワ国のセントラルパレスを目指すってことは。」
 と、なびきが笑った。
「セントラルパレス?」
「ええ、ナニワ国の中央にある王宮よ。かの国の公設の賭場は王族直営なの。クイーンズギャンブルは、王宮の大広間で行われるの。」
 あかねの問いに、なびきはすんなりと答えた。
 何故か、あかねは、姉の瞳の輝きを見て、ぞくっとしたほどだ。
(やっぱり、現世のお姉ちゃんと、性格は変わらないかも…。)
 と思った。
 現世のなびきは、まだ未成年なので、当然、賭け事は禁止されているが、ここは別世界だ。合法的に賭け事を楽しむ術があるのかもしれない。とにかく、何が飛び出してくるか、わからない異世界なのだ。

「その前に…。先立つ物がねえと、賭場があるセントラルパレスには入れねーぜ。」
 月波がにっと笑った。
「先立つ物って?」
 と、問い返したあかねに、なびきは言い放った。
「あら、金品に決まってるじゃない。」
 となびきが、それに答えた。
「純情な、勇者様には縁のねえ世界かもしれねえけどな。」
 
 何故だろう、そううそぶく月波を見て、思わず、ぞくっとしたあかねであった。




二、

 とまれ、ナニワ国の王都へ入る前に、その手前にある川沿いの温泉街へと、泊まることになった。川沿いの小さなひなびた温泉街だった。

「明日から忙しくなるからね。今のうちにゆっくり、身体を休めておかないとね。野宿ばっかりじゃ辛いわ。」
 となびきはにこにこと笑った。
「そうだな…。明晩あたり、赤い月が照りそうだしな…。それに、クノウ国の王様に貰って来た路銀だってあるし。」
 月波が暮れなずむ空を眺めて、そんな言葉を吐き出した。
「あの宿にしましょうか…。」
「ああ、中くらいの格の宿ってところが、俺たちには向いてるようだしな。」
 なびきと月波は頷きあって決めた。
 この二人、気があったのか、クノウ国を出てから、仲たがいする事もなく、歩調が合っている。その様子に、何か腑に落ちない感じがしたが、この世界の事が良くわからないあかねだ。素直に従う他はないだろう。
 それに、月波が己の知る乱馬と同じなのか、確かめる機会も持てるというもの。温泉地なら、尚更都合が良い。

「部屋は一つで良いわよね…。」
 と、宿屋のフロントでなびきが言った。
「良いわよ、別に個室が欲しいなんて、贅沢言わないわ。」
 あかねが渋々頷く。本当は傍らの月波が相部屋になるのはどうかと、内心ドキッとしたのである。彼が乱馬と何か繋がりがあるのならば、湯を浴びれば男に戻る事も有り得ると思ったからだ。だが、なびきも同室ということで、その事には触れずに置いた。なびきは、月波を完全に「女巫女」として扱っている様子だったからだ。横から口を挟むのも躊躇われて、結局は承諾したのである。
「じゃ、決まりっと。この部屋で良いわ。」
 なびきが、上手く、フロントと交渉する。聞き耳を立ててみると、どうやら、なびきは、フロント相手に宿賃を値切りにかかっているようだった。

「あら、こっちは子連れなんだし、人数ったって女ばかりなんだから、三人分で良いじゃない。」
「でも、そちら様はモンスターのお連れもいらっしゃるではないですか。」
「モンスターって言ったって、こんなに小さいのよ。蒲団に寝るわけじゃないんだから、四人分も払うのは何かとねえ…。一人分はサービスでいいじゃない。サービスで!」
「と、言われましても…。」
「ここを足がかりに活動するから、何泊かする予定なのよ…。けちけちしないで。」

 と、己のペースに巻き込みながら、フロントと宿賃の折衝をしている。

「良ござんしょ。その代わり、蒲団は三つしか使用できませんが…。それでよろしいのでしたら三人分で…。」
「良いわよ。じゃ、決まりね。あ、食事は並で良いわ。」
 とまあ、こんな具合である。

「おめえの連れ、結構しっかりしてんじゃねえか。」
 月波はあかねに感心して言ったほどだ。
「え、ええ、まあね。」
 あかねもコクンと頷いた。

 宿賃が三人ということで折衝できて、なびきはご機嫌である。
 宿の仲居に、奥の部屋へと通される。
 十畳といったところだろうか。これなら、子連れ、モンスター連れの三人で丁度良い広さだろう。奥には川を臨める、板張りの縁側が付いていた。勿論、トイレと洗面付きだ。

「わああ!畳張り。」
 何よりあかねが目を輝かせた。
 別世界で畳の和風宿に宿泊できるとは思っていなかったからだ。
 ずっと野宿、或いは洋室でベッドという旅を続けていたあかねには、畳の部屋は手足を伸ばせる癒しの空間のように思えた。

「ふふ、あかねは、この部屋が気に入ったようね。」
 となびきが言った。
「さてと、先にあたし、湯をいただいてくるわ。あんたたちは、あたしが戻ってから入りなさいよね。」
 と、いそいそと先に大浴場へと行ってしまった。
 あかねは、赤ん坊乱馬を畳に置くと、慣れてきた手つきで、オムツを替え、ミルクを作り、一息つかせる。赤ん坊乱馬はあかねに構ってもらえて、ご機嫌だ。
 だあだあと手を伸ばしながら、あかねに甘えている。
 柔らかな手が、あかねに伸びてきて、精一杯、自己主張しているようだ。

「その子、おめえの子かあ?」
 乳飲み子が珍しいのか、不思議そうに月波が覗き込む。
「ま、まさか!違うわよっ!」
 とあかねは、激しく否定した。
「違うのか?おめえに、一番、懐いてるみてえに見えるけどよ…。」
 月波は何だと言わんばかりに、あかねに問いかける。
「失礼ねえ!あたしはこれでも「独身」なんだから!第一、赤ん坊を産むんだったら、父親ってのが必要でしょうが!」
 と真っ赤になりながら、否定に走る。
「ふーん、てっきり、どっかの誰かと出来ててさあ、その子を産み落として、で、父親探しの旅でもしてるのかと思ったぜ。」
「なっ!」
 女乱馬の顔でそんなことを言われたものだから、当然、あかねのテンションは上がる。
「だってよう、この子の、おめえへの懐き方は尋常じゃねえぜ。おめえが、母親だから、こんなに懐いてるんじゃねえのか?」
 とまだ続ける。
「ち、違うわよっ!訳あって、あたしはこの子のご両親から預かっただけよっ!この子の本来の姿を取りもどすために、旅してるのっ!」
 あかねは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「へへへ、わかってるって、そんなこと。こいつ、サオトメ国の王子、乱馬なんだろ?」
 と、月波はにっと笑った。

「あんた、あたしをからかったのねっ!」
 あかねはむすっと月波を睨み返した。

「へへへ…まあな。七曜石を求めて旅してるってのも知ってるしな…。大方、赤い月の呪いをかけられたんだろう。こいつ…。」
 月波はじっと乱馬を見やった。
 乱馬はお腹いっぱいになったのか、満足げに笑いながら、寝転がってこちらを見上げている。

「赤い月の呪い?」
 あかねは、きょとんと、問い返した。
「ああ、赤い月の呪いさ。この世界が赤い月の光に覆われ始めてどのくらい経つかなあ…。月が血の色に染まるようになって以来、魔物だとか怪物だとか、闇の世界に生きる生き物たちが、我が者顔で闊歩し始めたんだ。何でも奴らを背後で操っているのは「羅刹(らせつ)」と呼ばれる鬼神らしい。」
「羅刹という鬼神?」
 あかねは怪訝な顔をしながら、月波を見詰め返した。
「ああ、羅刹だ。強大な魔力を操る大魔王だ。この世界の総支配を企む「悪の親玉」ってところかな。」
 と月波は答えを返した。
「もしかして、そいつが「ラスボス」なのかしら…。」
「ラスボス?」
 今度は月波が尋ねてきた。
「ええ、RPGゲームに於いて、最後に倒すボス。ラストボスの事をラスボスって略すのよ。」
 と、あかねは答えた。
「ラスボスねえ…。何か変な言い回しだな。」
 月波はぼそっとそれに対した。
「まあ、いいわ。その羅刹とかいう鬼が、この子に呪いをかけたって、あんたは言いたいのね?」
 と、あかねは尋ね返した。
「ああ。多分な…。ま、旅を続けているうちに、羅刹の事も、呪いの事も、追々、わかってくらあ…。そのために、七曜石を集めてるんだろ?おめえは。」
 月波は少し赤みがかった瞳をあかねに手向けた。その真摯な瞳から視線を思わず外しながら、あかねはコクンと頷く。
 そして、
「そんな事まで、良くわかるわねえ…。あんた。」
 と小さく答えた。
「俺は巫女だからな。ある程度の事を透視する能力ってのがあるのさ。」
 ふっと微笑みかけながら、月波が囁く。
「それって、あたしの事を予測できたって不思議じゃないってこと?」
 あかねは怪訝そうに問いかけたが、それに対する月波の返答は、無かった。
 
 確かに、月波は月の神の巫女だと、九能も言っていた。巫女というのは、常人とは違う能力が備わっていても不思議ではない。この世界が「RPG世界」ならば、立派に月波はキーパーソンになり得る。

「…ってことで、風呂行こうぜ。」
 と月波が話題を変えるように、あかねに誘いの言葉を投げかける。
「え゛?風呂ですって?」
 その場で固まったあかねだ。
「ああ。風呂だよ。この辺りの川湯は疲労回復にはもってこいなんだ。ここへ来て風呂へ入らないなんて、勿体無いぜ。」
 とにこっと笑いかけてくる。
「で、でも…。」
 そう言いながら、あかねはぐっと言葉を切った。

 あかねが消極的になるのも、それはそれで当然のことであった。それはそうだ。目の前の巫女は名前こそ「月波」と言ったが、姿形、声色喋り方、全て女乱馬そのものなのである。これが躊躇わずにいられようか。

「ほら…。とっとと行こうぜ。」
 そんなあかねに事など、気にもならないのだろう。月波は、あかねを誘う。
「あの…。あんたも女風呂に入るのよねえ?」
 あかねは小さな声で尋ねた。
「あん?当然だろ!俺が、男風呂になんか入ったら大騒ぎになるぜ。」
「そ、そうだけど…。」
「何恥ずかしがってんだ?おめえ…。はっはあん。チチが俺より小さいの気にしてんのか?」
 躊躇うあかねに対して、月波はとあっけらかんだ。
「なっ!」
 思わず真っ赤になって、月波を睨みつける。
「へっへ…。冗談だよっ!ほら、そこの赤ん坊だって、たまには湯に入れて、きれいに洗ってやらねえと、不潔だぜ。赤ん坊の肌は、俺たち以上に清潔を保ってやらねえといけねえだろ?」
「そ、そうね…。赤ん坊にも湯浴みさせてあげないと…。」
 だあだあと上機嫌で寝転がっている乱馬を見ながら、あかねは重い腰を上げた。

(そうよね…。月波が乱馬と関係あるのか否か、湯に浸らせて見ればわかるかもしれないし…。)
 と思い直した。


三、
 

「何だよ…。さっきから、人の顔ばっか見て…。俺の顔に何かついてるのかよ?」
 廊下を渡って行きながら、月波はあかねに問い返してきた。
「ううん…。べ、別に…。」
 思わず顔を反らすが、また、ちらっと見てしまう。湯浴みの準備をして、二人並んで、長い大浴場への回廊を歩く。
「何なんだよっ!おめえは…。気色悪い奴だなあ…。」
 月波は男言葉であかねへ返す。
「ねえ…。月波さん。」
 あかねは彼女に問いかける。
「月波で良いよ。さん付けで呼ばれるのも、何か落ち着かねーしな。」
 と素っ気無い言葉がすぐに返される。
「じゃあ、月波…。」
 あかねは改めて問いかける。
「何だ?」
「あなた…。その姿、仮初(かりそめ)の姿とかじゃないわよね?」
「あん?」
 あかねが何を言いたいのかわからなかったのだろう。月波は、思いっきり怪訝な顔をして、問い返す。

「何だ?その仮初の姿ってえのは…。」

 あかねにとっては、目の前の月波は女乱馬そのものである。だから、湯を浴びせかければ、元に戻るのかと思えてならない。その疑問を、ストレートに月波にぶつけてみたのだ。

「あは…。気にしないで…。あたしの良く知ってる人に、あんたが、とっても似ていたから訊いてみただけよ。そいつ、変身体質なの。」
「変身体質だあ?」
 ますます、わからないという瞳であかねを見返す月波。
「うん…。あたしの世界には「呪いの泉」があってね、そこへ落っこちた彼が変身すると、あんたとそっくりな顔立ちになるのよ…。だから、あんたも、別の姿があるのかなあ…なんてね。」
 と慌てて説明した。
「ふーん…。おめえ、別世界の人間ってのは、やっぱり本当の事だったんだな。」
 と月波はしげしげとあかねを眺める。
「え、ええ、まあね。」
 あかねはだあだあと好奇心丸出しで身を乗り出して競りあがってくる乱馬を、がっしりと抑えながら答えた。

 「女湯」と書かれたのれんをくぐり、あかねたちは脱衣所へと入った。
 むっとする温泉場特有の空気。
 どこか哀愁を誘う、木の脱衣所がそこにあった。あかねたちの他に人は居ない。
 あかねは、傍らのベビーベッドの上に乱馬を乗せると、衣服を脱ぎ始めた。月波が女の姿をしているとはいえ、やはり気になる。少しドキドキする変な気持ちを持て余しながら、衣服を剥ぎ取っていった。

「おい…。」
 途中まで脱いだところで、月波が声をかけてきた。
「な、何よ…。」
 思わず、持って来たバスタオルで慌てて、身体を包み隠す。
「おめえさあ…。そのまんま、温泉の湯に浸かるつもりじゃねえだろな?」
 と月波が怪訝な瞳を向けてきた。
「え?」
 彼女の言っている言葉の意味がわからずに、あかねはきょとんと顔を上げた。
「だから…おめえさあ、その、何だ。スッポンポンで入る気かって訊いてんだよ。」
 心なしか、月波の目があかねをバカにしたようにも見えた。
「はあ?」
 ますますわからないという顔をして、あかねは月波を見詰めた。

「やっぱり、そのつもりだったのかよ…。」
 ふうっ、と月波は思わせぶりな溜息を吐き出してみせる。
「そのつもりも何も…。」
 あかねが反論しかけるのを押し退けて、月波は言った。
「おめえの世界じゃどうか知らねえけど…。ここじゃあ、湯浴み着ってのを着て公衆浴場へ入るもんだぜ。」
 と笑った。
「え?湯浴み着?」
 今度はあかねが目をぱちくりさせる番だった。
「たく…。二つ用意してきて良かったぜ。そらよっ!」
 そう言うと、月波はカプセル状のものをあかねに投げた。ガシャポン人形が入っているような半透明のカプセルだ。
「これ?」
 あかねは受け取りながら、問いかける。
「湯浴みのためのコスチュームが入ってんだ。赤ん坊ならまだしも、それ着てから大衆浴場へ入らないと、つまみ出されるぜ。」
 と月波はにっと笑った。
「う、うん。わかった。」
 あかねはそのカプセルを開いて中身を取り出す。
「これって…。」
 そう言いながら、脇に広げる。

 中から出て来たコスチュームは、白い水着であった。スクール水着をそのまま、白にしたような感じだ。
 正直、裸体にならなくて良いと、ホッとした。いくら、目の前の月波が女の子だとしても、己の知っている乱馬にそっくりだ。湯に浸りながらとはいえ、裸同士の付き合いをするのも、内心、気が引けていた。

「とっととそれに着替えて、汗を流そうぜ。」
 そう言いながら、月波は器用に水着を着用する。

「う、うん。」
 あかねも月波を真似て、その水着を身体に装着した。

「どうだ?着心地は。」
 先に付け終えた月波がすすっとあかねに寄ってきた。
「まあまあね。」
 あかねはくるんと、回りながら、着心地を確かめてみる。
「何とか入ったみてえだな…。でも、この湯浴み着、おまえにはウエスト部はきつくって、胸の部分はゆるゆるだよな。」
 鼻先で月波が笑った。
「なっ!」
 あかねは真っ赤になって、月波を睨み返した。
「ま、俺のだからな。若干サイズが違うのは仕方ねえさ。」
 と、また、けらけらと笑う。
 つまり、おまえは自分よりもプロポーションが悪いとでも言いたかったのだろう。
 きつい指摘をされたあかねは、恥ずかしさ半分、怒り半分といったところだった。こういうデリカシーのなさは、月波も乱馬と引けをとらない。そう思った。

「さて…。入ろうぜ。」
 月波はあかねの前に立つと、ガラリと温泉場の扉を開けた。

 引き戸を開けて入る温泉場。
 湯煙がもわっと広がる。そして、流れる露天風呂が目の前に出現した。

「わあ…。川湯なんだ。」
 あかねが目を光らせた。
 すぐ傍を流れる川の川原に作られた石積みの湯船。川から水を引き、天然の湯船に入れられた温泉である。あかねたちの他にも同じように水着を着て、じっくりと湯に浸る観光客が見えた。
 温泉場の様相に、すっかり気を許したあかねは、ここが異世界という事も忘れて、湯船に浸る。中に溢れる湯は、透明で、特に鉱泉といった匂いもない。さらっとした美しい湯水であった。
 乱馬を腕に抱き上げて、局部をタオルで洗い、きれいにしてやると、一緒に、ざんぶと湯に入る。子供も赤子も、一応、下に布きれを身に付けさせなければならないらしいので、彼にはオムツパンツを履かせていた。
 だあだあだあ、と奇声を上げながら、ご機嫌の乱馬。ぴたぴたっとあかねの肌に手をばたつかせるはしゃぎ様。
「たく…。ご機嫌だな。こいつめ…。」
 傍に居た月波が苦笑いしたほどである。

 あかねに続いて、月波も湯に浸った。

 勿論、あかねの表情が一瞬硬くなる。
 彼女が男へと変化するのではないかと思ったからだ。

 だが、あかねの期待とは裏腹に、月波が湯に浸っても、何の変化も訪れなかった。少し期待はずれのようで、残念ではあったが、月波はあかねの知っている「乱馬」とは根本的に違うという、現実を見せ付けられた瞬間でもあった。

「何だよ…。また、俺の方をしげしげと眺めやがって…。そんなに俺のプロポーションが気になるのか?」
 と月波があかねに問いかけてきた。
「そ、そんなんじゃないわよっ!何であんたのプロポーションを、いちいちあたしが気にしないといけないのよ!」
 あかねはツンと顔を背けた。

 本当のところ、少しは期待していたのだ。
 月波が湯に浸って、男乱馬に変化することを。
 だが、期待が見事に裏切られた。
 女乱馬と同じ姿形をした、月波は、湯を浴びても、変身しなかった。その事実を見て、あかねは、ふうっと、溜息を一つ吐き出した。

 対する、月波の表情が、一瞬、険しくなった。
「どうしたの?」
 その気配を感じて、今度は、あかねは怪訝な瞳を彼女に手向け返した。
「そのまま、湯から上がってみろよ。」
 月波はあかねに支持した。
「上がってみる?」
「いいから、言うとおりに、湯から出てみろよ。」
 彼女が何を言いたいのかわからなかったが、とにかく、言われたとおり、湯から乱馬を抱いたまま、上がった。

「やっぱりな…。こいつも赤い月の呪いを受けてやがったか。」
 あかねが抱きしめる赤ん坊を見て、月波が吐き出すように言った。
「え?」
 あかねはきょとんと、月波を見返した。何を言っているのと言わんばかりに、大きな瞳を瞬かせてだ。
「そら、赤ん坊の左肩、見てみろよ。」
 月波が促すように言った。

「あ…。」
 あかねは、自分の腕の中でじゃれるように無邪気に笑う赤ん坊を少し離して見て驚いた。
 己が抱いた赤ん坊に、左肩から胸にかけて、赤いアザが、見事に肌に浮き上がっているのを認めたのだ。
 そのアザはまるで昇り竜の文様のような形をしていた。

「ふっ。これで、はっきりしたな。こいつも赤い月の呪いを受けて、こんな格好にされちまったってな…。」
 月波の顔つきが、少し険しくなった。
「あたし、何度かこの子を裸にして着替えさせてるけど、こんなアザ、今始めて見たわよ。」
 あかねは驚いた表情を月波に手向けた。
「そりゃあ、そうだろうな…。禊(みそぎ)に使えるくらい澄んだ水や湯を浴びねえと、このアザは身体に浮き上がらねえからな。」
「でも、これが赤い月の呪いだなんて…あんたにわかるのよ。」
 あかねは、月波に問いかけた。
「何でわかったかって?決まってら…。俺にも同じアザが浮き上がるからな。」
 月波はそう言いながら、ゆっくりと湯から上がった。

「あんた…。それ…。」
 そう、言ったまま、視線を止めたあかねの前に、月波は己の肌を晒した。胸の辺りはしっかりと水着を着込んでいるので、右肩辺りにしか見えなかったが、確かに、赤ん坊と同じ文様が、鮮やかに柔肌に浮き上がっているのが確認できた。
 赤ん坊は左側だったが、月波のは右側にくっきりと浮かび上がっている。

 月波は湯から上がると、脇の冷水へと木桶を汲み、それを肩から浴びた。すると、アザは直ぐに消えてなくなる。同じように、赤ん坊の肩にも冷水をちょろちょろと流しかけた。と、すうっと彼のアザも肌下に沈み、見えなくなった。

「これはナイショだぜ…。俺もこのガキも月の呪いを受けてるってことは、あんまり人に知られたくねえんでな。当然、なびきとかいう、あのお姉ちゃんにもな。」
 月波は人懐っこい笑顔に戻って、あかねへと身を乗り出した。
「う、うん…。あんたが、そう言うんだったら…。」
 あかねは承服した。
「月の呪いを受けた巫女なんて、あんまり悟られたくねえしな…。ま、俺が巫女をやってるのも、その呪いと無関係じゃねえんだけどよ…。」
 何か訳ありなのだろう。月波は、ぼそっと、そんなことを吐き出した。
「でも、不思議ねえ…。あんたも、この子も同じアザが浮き上がるなんて。」
 あかねは、それだけを吐き出すと、ふっと言葉を止めた。

(やっぱり…。月波と赤ん坊乱馬は、何某かの関わりがあるのかもしれないわ…。)
 そう思うのが、自然であった。
 湯を浴びても、男にならない月波。そして、水を浴びせかけても女に変化しない赤ん坊乱馬。「赤い月の呪い」と何か関係があるのではないかと、おぼろげに感じたのである。勿論、根拠はない。

「月波って、その呪いを解くために、あたしたちと一緒に旅をする気になったの?」
 と、問いかけた。
「ああ…。まあ、そんなところだな。おめえが、「火石」を求めてクノウ国へ来たもんだから、ピンと来たんだ。」
「クノウ国の国王様も、あんたの呪いについては知ってるの?」
「薄々気がついてんじゃねえかな…。気まぐれに俺を宮殿巫女に据えたのも、俺が月の神の巫女だって思いこんだせいもあるけどな。」
「月の神の巫女って思い込んだって?あんた、まさか、ホントは月の神の巫女なんかじゃなくって…。」
 そう問いかけたあかねの口を、月波はウインクしながら止めた。

「ま、今は詳しく言えねえけどな。時が満ちればきちんと話してやるさ…。それより…。上がろうぜ。身体もきれいになったことだしよう。」

 肝心なところは、はぐらかされた。そんな感じだった。


四、

 風呂から上がってみると、なびきが部屋に戻っていた。
 部屋には、食事がずらりと用意されていて、すっかりくつろぐムードになっていた。

「あら、あんたたち、川湯を浴びてきたんだ。」
 となびきはあかねと月波に笑いかける。
「お姉ちゃん、風呂に行くって言ってたクセに、どこに行ってたの?」
 あかねが逆に問いかける。
「ここは温泉地よ。湯治場は一つじゃないわ。あたしは市井(しせい)の公衆浴場へ出向いて来たの。ついでに必要な情報も集めてきたわよ。」
 と、にんまりと笑った。

「必要な情報?」

 あかねはきょとんとなびきを見返した。

「ええ。とびっきりの情報をね。…驚くこと無かれ、木石が来週開かれるオークションに出品されるんですってよ。」
 とギラリと目を輝かせた。
「ほお…。そりゃあ、いいぜ。グッドタイミングじゃねえか。」
 月波の瞳も輝いた。
「何でも、ナニワ国の女王陛下がね、明後日開催されるクイーンズギャンブルに賭けるって宣言したそうよ。」
「へえ…。そりゃあ、願ったりかなったりだぜ。勿論、俺たちも競りに参加しねえ手はねえな。」
 月波は身を乗り出しながら、なびきの話を聞き入る。
「で、こいつは幾らくらいかかるんだ?」
 と月波は意味深な手を象り、なびきを見返した。親指と人差し指を丸めた形だ。
「こいつって?」
「今回の大勝負に、一般参加できる金のことだよ。決まってるだろ?」
 怪訝な顔を手向けてきたあかねに、月波が言い返す。
「ここいらのゼニモンを一人、ざっと百匹も片付ければ何とかなるわ。」
 なびきがさらっと言って退けた。
「百匹ですってえ?」
 あかねが声を張り上げると、
「ここら辺はもともと、野生の獣が多いらしいからね…。」
「ゼニモン百匹か…。なら、一晩頑張れば、何とかなりそうだな。ぎりぎり間に合うか。…で、ここら辺の獣の生息情報もつかんで来たのか?」
「あら、あたしを誰だと思ってるの?当然よ、当然。ちゃんと分布状況も調べてきたわ。」
「そりゃあ、心強いぜ。」

 なびきと月波だけで、話はどんどんと進んでいく。
 あかねは完全にカヤの外に置かれてしまった。
 それはそれで仕方が無かった。この世界についての全てが飲み込めているわけでは無いあかねには、何の事を話しているのか、口を挟む機会が得られなかったからだ。
 いや、それよりも、モンスターを百匹、一晩で斃すという、月波やなびきの言葉に毒気を抜かれてしまったのだった。

 月波となびき。二人。それぞれ、頷きあいながら、話を進めていく。
 傍らでは、疲れきったのか、ルシと赤ん坊が眠りこけている。
 平和な図絵をぼんやりと眺めながら、なびきと月波の会話を流し聞く。

「じゃ、それで決まりだな。飯にしようぜ。」
 と、一際高く月波が答えた。
「そうね…。お腹いっぱい食べておかないと、力出ないものね。あかね。」
 不意に呼びかけられて、我に返る。
「冷めないうちに、ご馳走いただきましょう。」
 にこっとなびきは笑いかけた。
「え、ええ…。」

 ひなびた温泉地の宿料理。見事なまでに和食だ。
 鮎の姿焼きまで添えてある。現世で食せば、かなりの値段になろうか。
 黙々と月波もなびきも箸を進める。
 乱馬にはミルク。
 ルシにはどこで仕入れてきたのか、なびきがモンスター専用のエサを与える。「ドッグフード」や「キャットフード」ののりだろうか。ルシは同じ物を食したいようにも見えたが、「あんたは、こっちよ!」となびきにあしらわれ、仕方なく、そちらを食べ始める。仕方なさげに、ルシはもぐもぐと、口を動かし始めた。

 食べ終わると、一行は直ぐに食器を下げて、蒲団を敷いて貰った。
 あっさり眠ってしまうのだなあと、不思議に感じたが、テレビも何も無い宿の部屋。明日に備えて、さっさと休もうとでも言うのだろう。
 するりと寝床へもぐりこむ。
 あかねの蒲団には、赤ん坊乱馬とルシが寄り添うように入って来た。

「たく…。おめえは、子供と動物には慕われてるみてえだな…。」
 月波がけらけらと笑ったくらいだ。

「うっさいわねーっ!」
 ぶつっとあかねが言ったが、蒲団にもぐりこむと、そのまま瞼が閉じてしまった。ここのところ、野宿が続いていたし、慣れぬ世界で緊張していたのが、程なく解けたのだろう。久々の畳の上を満喫して、深い眠りに落ちていった。


 どのくらい、眠ったのだろうか。
 ゆさゆさと身体を揺り動かされて、起された。

「う…うん。」
 目を見開いてみると、まだ、辺りは暗い。
 朝までにはまだまだ、間があるようだ。なのに、起された。

「さてと…。支度しろよ、あかね。」
 月波は先に起き上がって支度したらしく、寝巻きに使った浴衣から、巫女服へと着替えていた。
 その向こう側にはなびき。彼女もすっかり支度が出来上がっているようで、いつでも外へ出られる様相だった。

「ちょっと…。こんな夜中にどこへ行くのよ。」
 あかねは、眠い眼を擦りながら、二人を見比べる。そのまま、まだ蒲団に張り付いていたいような心境だった。頭がまだ回らない。

「たく…。おめえ、夕方の話、訊いてなかったのかよ。」
 月波が苦笑いを投げかけた。

「夕方の話って?」
 あかねは、要領を得ないという顔を差し向ける。

「もう、これだもんなあ…。なびき。」
「これから計画を始動するの。あんたも、用意しなさい。」
 なびきは、まだ寝ぼけ眼のあかねをたき付けた。
「用意って言われても…。」
「あたしの荷物の中に、防護服があるから、それに着替えて、それから、武器はこの前、クノウ国で貰った王杖と長剣を持って行きなさいよ。」
「この夜中に武器を持ってどこへ行くつもりよ…。」
 あかねは、やっと回り始めた頭で、二人を見比べた。

「決まってるじゃない!モンスター退治よ。」
 なびきは、するっと言ってのけた。

「モンスター退治ぃ?」

「こらこら、あんまり大声出すと、こいつが起きちまうぜ。」
 月波がにっと笑った。
「もう、ちゃんと、夕方に言って置いたはずなのに、何訊いてたのよ、この子は…。オークションの参加料を稼ぎに行くの。そのためには、ゼニモンを倒しまくってお金を得るのが一番手っ取り早いのよ。」
「ゼニモンを百匹…斃しに行くのよね?」
「そうよ。」
「これから?」
 あかねは、まだ、目がよく覚めず、寝ぼけ眼を擦りながら訪ねた。
「おらおら、ぐずぐずしてると、夜が明けちまうぜ…。ほら、着替えた、着替えたっ!」
 月波があかねを焚きつけながら、己の衣装をガバッと脱ぎ始めた。
「あんたも、ここで着替えるつもり?」
 あかねが目を白黒させて叫んだ。そう、女の形をしていても、元は男だという、あかねの知る乱馬を思い出したからだ。
「あったりめーだろ?女同士、何、遠慮してんだ?」
 月波は放漫な胸をそのまま放り出しながら、あかねを見やった。こういう、デリカシーの無さは、やはり、乱馬と通じる部分があった。
「ほら、おめーも脱げっ!」
 月波が荒々しく、あかねの寝間着を脱がしにかかった。
「ちょっと、何すんのよー!バカっ。」
 思わず、大声を張り上げていた。あかねにしてみればごく当然のリアクションであった。
「胸が小せーからって言って、恥ずかしがるなっつーの!」
「あたしも手伝おっか?」
 くすくす笑いながら、なびきも割り込んできた。そして、月波と一緒になって、あかねの寝巻きを脱がしにかかる。

 姉と乱馬にからかわれながら、襲われているような感じだった。

「あー、もう嫌ーっ!こんな世界っ!いいわよ、手伝わなくて。自分で服くらい、着られるわ!」

「あはは、冗談、冗談よ。今ので目も覚めたでしょう?適当な戦闘タイプの服を調達してきたから、さっさと着替えなさいな。さもないと…。」
 ゲラゲラ笑い転げながら、なびきは紙袋から衣装を取り出した。

「もう、お願い!後生だから、二人ともあっち、向いてて。」
「ぺちゃパイを俺たちに見られたくねーのか?」
「もー、いいから、あっち向いててっ!さもないと、頬面引っ叩くわよ!」

 喧嘩腰になりながら、何とかあかねも着替えを終えた。
 戦闘タイプの服という通り、鎖帷子(くさりかたびら)状の着衣に道着のような上着。そして、ズボンだ。忍者風コスチュームだった。

「でも、赤ん坊をここへ残して入って大丈夫かしら…。」
 あかねは自分の蒲団の中ですやすや寝息をたてている乱馬を心配げに見下ろした。
「大丈夫よ…。ルシちゃんがちゃんとやってくれるわ。」
 なびきがふっと微笑んだ。
「ルシちゃんが?」
 もぞもぞっと蒲団の中から、スライムのルシファールが顔を覗かせた。にっと笑って見せる。
「この子、思ったよりも賢いわよ…。赤ん坊の番くらい平気よ。」
 となびきが言った。
「そ、そうかしら…。」
 保護者として当然、不安げにルシとなびきを見比べる。ルシは任せておけとでも言うように、長いベロをすりっと出して、あかねの頬を舐めた。
「とにかく、早く行こうぜ…。俺たちの使命は、ギャンブルの参加料を稼ぐ事にあるんだろ。一発、大山当てて、明日の締め切りまでに、一人、百万円は稼がないとな…。一匹一万円として、百匹だ。」
 と月波が言った。

「ひ、百万円ですってえ?」
 あかねは再び目をむいて飛び上がった。
 見た感じ、この世界も、現世の貨幣価値とそう変わりないようだ。
「ギャンブルの参加費用ってそんなにかかるの?」
 少し泡を食ったような顔を手向ける。
「ああ…。誰彼もってわけにもいかないんだ。この先も旅を続けないといけねえからな…。今持ってる金掻き集めても、その半分にも満たねえだろ?だったら、手っ取り早くゼニモンのたくさん集まるポイントへ行って、退治しまくるしかないわけ。」
 と月波はあっさりしたものだ。
「金稼ぎのためだけに、モンスターを狩るっていうの?」
 あかねは少し厳しい顔を手向ける。
「あんたは、不必要な殺生はしたくないって思ってるんでしょうけどね。この辺りの草原では、ゼニモンが跋扈する赤い月の照りつける夜には必ず、一人二人の村人の死傷者が出るんですってよ。その退治を一手に請け負うだけなんだから、人助けも兼ねてるの。」
 とにんまり笑った。
「とにかく、里の人々のためにもなるんだ。ここまでお膳立てして、嫌だとは言わせないぜ。それとも、何か?てめえは、ゼニモンが怖いのかよ。強そうなのは、みてくれだけかあ?」
 月波のその一声で、あかねの腹が決まった。

「わかったわよ!退治すれば良いのね。」
 乱馬に対して、ライバル意識を持つように、同じ顔立ちの月波に対して、つい、強きの言葉を吐き付けた。
 ここは、ゲーム世界。殺生といっても、本当に命のある生き物を殺すわけではない。そんなことよりも、早くゲームをクリアして、乱馬を現世へ連れて帰らねばならない。はたと、自分の使命の根幹を思い出したのである。

「まあ、三人、組みになってかかれば、大丈夫だろうよ…。たくさん倒して、明日の期限までには、きっちり、百万円稼いでやろうぜ。」
 頼もしい言葉を、月波が吐き出した。

 あかねたちは、赤ん坊をルシに託し、そっと宿を出た。
 



つづく




戯言7
 連載の当初はクイーンズギャンブルという名称ではなく、ナミハヤーオークションだったのですが、話の進行上、オークションからギャンブルという設定に変更させていただきました。予め、ご了承くださいませ。…って、この項は連載には上がってなかったっけかな?



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