◇らせつ

第六話 赤い火の石


一、

「おお、貴様たちが、サオトメ国から来た、旅の者とは。」

 一際高い、上座とも言うべく上段部には、九能帯刀が、真っ赤なマントを翻して、偉そうに座っている。そして、じっと、あかねたち一行を見下ろしていた。





 小太刀と、赤ん坊争奪戦を繰り広げた次の日、太陽が天上に高く上りきってから、クノウ国の城へと謁見にやって来たのだ。
 朝目覚めると、なびきが、まだ寝ぼけ眼で、疲れが取れ切れぬあかねを急かしつけて、引っ張るように、城へと入った。

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん!いきなり、クノウ国の国王陛下と会うって…どういうことよ!」
 準備に余念ないなびきに、怪訝な顔を差し向ける。
 赤ん坊には「疲れ」という言葉など無いのか、作りたてのミルクを我武者羅に頬張る乱馬を抱きあやしながら、あかねははあっと溜息を吐き出す。
「どういうことって、決まってるじゃないの。火石は帯刀陛下がお持ちなんだから…。」
「まさかと思うけど、行って事情を話して、それを貰おうとか、駄目だったら盗んじゃえとか…そんな短絡的なこと、考えてるんじゃないでしょうね…。」
 あかねはつっとなびきを見返した。
「まあ、そう言うことになるかしらん。」
「そう言うことになるって…。お姉ちゃん!」
「あら、仕方が無いじゃないの。七曜石を集めなきゃ、この旅は終わんないんだし…。当たって砕けろよ。」
「当たって砕けろって…。」
「ま、良いから、良いから。謁見はあたしに任せなさいっと…。」
 なびきは、ガサガサと、持って来た荷物を紐解いている。どうやら、何を着ていこうかと着飾ることを考えているらしい。
 その横では、ルシがぴょんぴょんと跳ねている。朝の体操でもしているのだろうか。
「これは、地味かしらねえ…。こっちも何だか田舎風でパッとしないか。」
 なびきは、スーツケースから、色とりどりの着物を引っ張り出しては、考えにふける。
「お姉ちゃん…。そんな派手な衣装、どっから持ち込んだのよ…。」
「あはは…。あんたが眠りこけてる昨夜のうちに、弱っちいゼニモンを何頭か倒して、朝市で換金してリサイクルショップで見繕って来たのよ。」
「い、いつの間に…。」
「あら、言うじゃない?時は金なりってね。あ、あんたがこの前倒したゼニモンの分も換金して、あたしの取り分は使わせて貰ったから。」
 ふふんと鼻歌まで出ている。
 やっぱり、己が知っている「姉」とこの世界の姉も、共通点はある。
「んっと…。これが良いかな。」
 そう言いながら、金色に光り輝く衣装をすっとあかねの方へと差し出した。

「何…。これ…。」
 ミルクを飲み干した乱馬に、ゲップをさせながら、あかねが見返した。

「何って…。これはあんたの分。」
 そう言いながらにっこりと笑った。

「えええっ!こ、こんなド派手な衣装、あたしに着ろって言うの?」
 乱馬を抱えたまま、円らな瞳で見返した。

「あら、目立たなきゃ、損よ。それに、帯刀陛下に気に入られないと、元も子もないもの。」
 そう言いながら、微笑みかける。
「でも…。これって…。」
 趣味が悪いわよと言いたげに、なびきを流し見る。
「つべこべ言わないの。帯刀陛下の好みとか、いろいろ調べ上げて選んであげたんだから。それとも、何?火石を手に入れるのは諦める?」
 そこまで言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
「わかったわよ、着れば良いんでしょ!着ればっ!」
「はいはい。そういうことよ。あっちの木陰で着てらっしゃいな。装飾品を選んどいてあげるわ。」
 なびきはそう言いながら、きらびやかな黄金色の衣装をあかねに託した。ジャラッと金属の音がする衣装だ。

「ちょっと、お姉ちゃん!これって…。」
 暫くして、着替え終わったあかねが、怒声を上げながら、木陰から飛び出してきた。
 鎧をそのままビキニタイプの水着に仕立てたような衣装だったからだ。早い話、手や足の露出度が高い。細やかな鎖のような金属の糸で編み上げられたような衣装。胸の谷間がちらりと見えている。
 それから、お尻の形まで良くわかるショートパンツだけの衣装。V字型に股に向かって湾曲していて、勿論、オヘソもばっちりと見えている。ワンポイントにあしらった、金色の鎖が、レッグリングのように右の太股に巻き付いている。手首と足首には、これまた金色のバンド。
 
「これの何処が、謁見用の衣装なのよっ!!思いっきりラフじゃないのっ!」
 真っ赤になったあかねが、思わず叫んでいる。
 彼女の周りを、ルシがぴょこたんぴょこたんと、はしゃぐように跳ね回る。似合っているとでも言いたげだ。
「失礼ね。結構良い値段したのよ、これ…。まあ、使ってるのは純金じゃないけどね。」
「あったり前よ、純金だったら重くって羽織れないわよ。」
 あかねは苦言する。
「あら、純金じゃないけど、金の新素材使ってるのよ。だから、かなり動き易い服だと思うわよ。」
「でも、限度ってのがあるでしょうっ!限度がっ!これじゃあ、あたしの趣味が疑われちゃうわよ!肌は露出しているし、キンキラ金だし。」
 思わずテンションが上がるあかねに、なびきはふふっと鼻先で笑った。
「このくらい刺激的で丁度良いのよ、帯刀陛下を口説き落とすにはね。」
「なっ!」
 とんでもない言葉がなびきの口から漏れた。
「口説くって、九能先輩を?…嫌よ、冗談じゃないわよ…。」
 身震いしながらあかねが後ろへと下がる。
「ま、それが嫌なら、闘えば良いだけだし…。」
「闘うの?」
「そうよ。闘って強い者が勝つ。それで、願いも叶うってね。この世界の常識かしらね。ほら、かすみお姉ちゃんと闘って勝ったから、あんただって、こうやってあたしと旅できてるんだし。」
「まあ、確かにそうかもしれないけど…。」
「ま、闘うにしても、謁見が叶わなかったら、それすら実現が危ういわよ。お城の警備は厳重だもの。忍び込むったってねえ…。」
 と、また振り出しに戻る会話。
「ここは、肝を据えて貰って…。その格好でお城へ出向いて貰うのが一番なの。それとも火石は諦めて、サオトメ国へ引き返す?あかね。」

 そこまで言われてしまっては、返す言葉も無かった。

「わ、わかったわよ!この格好で城へ行けば良いんでしょう!」
 背に腹は変えられない。
 半ば強引な、なびきの言を受け入れることとなった。抵抗したところで、無駄だろう。己の世界のなびきがそうであるように、ここは、彼女の言に従うのが、得策かもしれない。渋々承知したのである。




 クノウ国の城は中世日本風。いわゆる、天守閣付きの瓦屋根の城だ。
 黒い瓦が青い空に良く映えている。壁は白。黒と白のコントラストが見事だ。
 城壁も巨石を積み上げた石垣。その周りを水をたたえた堀が巡らされている。その周囲には柳の木が植えられている。
「柳かあ…。陰の木だから、あんまりこういう場所には植えないって聞いた事があるんだけど…。」
 あかねは思わず苦笑した。

「さて、ここからが勝負だからね。」
 なびきに促されて、子連れパーティーは、橋を越え、城門を潜った。

 中世ヨーロッパ風だった、サオトメ国の城とは、随分趣が違っていた。
 一応、日本風の外観。だから、建物の中も和風かと思っていたが、そうでもないようだった。
 城の中は金色一色。いわゆる「金ぴかぴん」だったのである。
 それも、延々と続く廊下一面、床も壁も天井も、金箔が張り巡らされている。

「ここまで、金一色だと、グロテスクよね…。」
 辟易するほど、続く金の廊下。その向こう側に見える、中庭の和風的なたたずまいとは逆のこてこての金尽くし。何とも表現し難い対比であった。
 また、金の廊下の端々に、控える兵士たちは、甲冑を着た侍風。彼らが金の中に立っているので、ますます「悪趣味」に思えてくる。

「国王陛下はこちらで謁見でございます。ささ、どうぞ、中へ。」
 大きな襖の前に立った。
 この襖も「金色」だ。
「金閣寺もここまでど派手じゃないわよね…。」
 そんなことを思ってしまったあかねだ。

 ドン!と和太鼓が一つ鳴って、すいっと襖が開いた。
 中から誰かが開いたのかと思ったが、さにあらず。どうやら「自動ドア」の類らしい。それが証拠に、ガガガと微かだが機械音がした。
「うわっ!金の襖の自動ドア…。悪趣味…。」
 思わず、小さく叫んでしまったあかねだ。
 足を踏み入れて、またぎょっとする。畳も金色で光り輝いていたからだ。金色のい草。そんなものがこの世に存在しているのか、目を疑ったほどだ。和室には、人を和ませる装いがあるが、勿論、そんなものは、微塵も感じられない。
 それどころか、迫り来る「金色の嵐」は、落ち着く心も落ち着かせないような威圧感があった。

「なかなか、周りにマッチングしていて、良いじゃないの。その金色のコスチューム。保護色になってるから、目立ちもしないし…。」
 なびきが後ろからクククと笑っている。
 確かに、彼女が言うように、金の中に居れば、目立たない。
 一方なびきは清楚な白を着込んでいる。当たり障りの無い、ふわっとしたワンピースだ。あかねの代わりに、乱馬を抱いている。丁度良い事に、乱馬はすやすやと眠っていた。ルシも何だか眠そうにしていて、乱馬の傍でぐってりしていた。
「何が保護色よ…。もう、一体全体、この悪趣味な装飾は何なのよ。」
「帯刀陛下の趣味よ。」
 なびきはすらっと、言ってのけた。
「九能先輩の趣味ですって?」
 あかねはなびきを見返した。
「ええ、趣味なの。帯刀陛下はね、光り物が好きなのよ。その中でも、今は「金色」にはまってるらしいわ。だから、あんたの、その衣装に目は釘付け。後は、どのくらい悩殺できるかってものよ。せいぜい、色気で迫りなさいよ。」
 他人事のように言う。なびきの無責任な言葉に、少しむっとしながらも、中央に正座して、九能帯刀陛下のご登場を待った。

 と、今度は、雅楽の笙の音が鳴り響いた。

「な、何?今度は何なのよ…。」
 思わず、辺りをキョロキョロと見回す。
「しっ!お出ましよ…。帯刀陛下のね。」
 なびきがぐいっとあかねの腕をつかんだ。落ち着けと言わんばかりに。

「帯刀陛下の御成りぃ。」
 朗々とした声が響き渡り、すいっと正面脇の襖が開いた。
 目が点になっているあかねの頭を、なびきがぐいっと沈めこんだ。
「ほら、一応、一国の主なんだから、敬意を評して平伏なさいっ!」
 ぐぐっと頭を押し込まれて、その場に平伏した。

 確かに、前方を人影が行く。

「苦しゅうない。面(おもて)をあげよ。」
 聞き覚えのある声が響いた。
 ゆっくりと頭を上げてみると、九能帯刀、一人が、ドンと真正面に座っていた。辺りに他の付き人も居ない。
 随分無用心な事だと、あかねは目を丸くした。一人きりで異国の自分たち一行と会うなど、余程腕に自信がなければ、できる芸当ではないだろう。
 おかしいのはそればかりではなかった。それは、目の前の九能のいでたちである。
 江戸時代的な裃(かみしも)姿だ。それも、キンキラ金の金色裃に袴。そればかりではない。キリシタン大名の襟元のような襟輪までつけている。さすがにチョンマゲまでは結っていなかったが、「かなり特異な格好」には違いなかった。
 思わず、くくっと笑いそうになるのを必死で堪えた。

 それが、微笑んだように見えたのだろう。

 帯刀陛下は、機嫌が良くなった。
 元々、美人が好きと来ている。現世の九能が、あかねを狙っているのだから、気に入らない筈もなかろう。

「おお、貴様たちが、サオトメ国から来た、旅の者とは。」
 そう言いながら、問いかけてきた。
 

二、


「初めてお目にかかります。帯刀陛下。」
 まずは、なびきがご機嫌を伺う。あかねに任せていては、どんな失敗をするかわからない。彼女なりに考えた結果だろう。
 何の打ち合わせもしていなかったが、あかねも、この、頼りがいのあるなびきに、全面的に任せようと思った。
(お姉ちゃんはあんな格好で九能先輩が出てこられても、平気なのね…。)
 そう思いながら、笑いを堪え、ただ、じっと、二人のやり取りを聞いていた。
 なびきは帯刀陛下の機嫌を損ねぬよう、美辞麗句を並べ立てて、自分たちの旅の趣旨を、見事に説明してのけた。さすがに、只者では無い「話術」だ。

「ほお、それで、貴殿たちは、サオトメ国の国王陛下の命を受けた勇者の一行、火石を求めて、わが国へ来たというのか。」
 九能は、半ば感心しながら、あかねたちを見た。
「で、そなたがその勇者というのか…。」
 じっとあかねを見詰める。
「勇者とは、こう、骨っぽい野郎(おとこ)を想像していたのだが…。そなたのような美しい女性とはなあ…。美しい…!」
 九能は白い歯をキラッと輝かせて、あかねを見てさわやかに微笑んだ。

(はあ…。九能先輩のこの目、苦手なのよねえ…。)
 思わず背筋に冷たい物が走る。

「火石…。たしかにこの石は、七曜の聖石の一つ。そんな謂れがあったな。」
 九能は、手にしていた王杖の先にある石を撫でた。赤い血の色をした見事な石だ。

「あの…。もしかして、それが、火石にございますか?」
 なびきが下から覗き込むようにその石を見詰めた。

「ああ。そうだ。我が家に古くから伝わる石だ。」
 そう言いながら、じっと石を見詰めた。

「これをそちたちに預けるか否かは…。そうだな。月波(つきなみ)に訊いてみようか。」
 九能は、何かを思いついたらしく、パンパンと手を叩いた。
「誰かある。」
 すぐさま、控えの武人がさっと現れる。今まで人影がないと思われていた部屋に、突如として現れたのだ。

(もしかして、こんな家来たちが、そこら辺の天井や床下、襖の向こう側に控えていたの?)
 明らかに人の気配は感じられなかった。
 それなのに、突然、あかねたちの目前に付き人が現れたのだ。
 思わず、背筋が冷たくなる心地を、覚えていた。

 九能は何かをもそもそと、付き人の耳元で囁いた。

「御意!」
 付き人は、一度返事を返すと、これまたすっと何処かへ消えて、居なくなってしまった。

「今しばらく、お待ちくだされ。美しい娘御たちよ。」
 九能は、すっと扇子を出し、仰ぎながら言った。

 待つこと数分。
 襖の向こう側が、俄かに騒がしくなった。
 何が始まるのかと、そちらへと目を転じる。

「旅の疲れもありましょう。準備が整うまで、少し、管絃と踊りでみも心も、解きほぐされよ。」
 そう言って九能は笑った。
 と、それを合図に、すすっと脇の襖が開いて、きらびやかな衣装に身を包んだ女たちが十人ばかり入ってきた。それと同時に、ゆったりとした管絃のリズムが流れてくる。良く目を凝らすと、あかねたちの目の前の畳がすいっと開き始めた。
 その畳の下から美しい音色が響き始める。さながら、オーケストラボックスとでも言おうか。畳の下に楽隊が待機して、音楽を奏で始めた。
 その、見事な音と共に、入ってきた娘たちが一斉に踊り始めた。
 彼女たちは日本の上代を思わせるような衣装だった。長い色とりどりの「裙(も)」を着込み、「頒布(ひれ)」を肩からかけている。そして、管絃の音にあわせて、優雅に舞い始める。皆、髪は長く、巫女のように後ろに一くくりして、ゆっくりと手足を動かしていた。
 誰でもその美しさに目を奪われるだろう。
 あかねもなびきも、うっとりと、踊りに見惚れた。

 と、少し間を置いて、一人の少女が現れた。
 先に踊っている娘たちと、違ったいでたち。まるで巫女のような装束だ。上は純白の着物、そして、裙ではなく、緋色の袴。右手に鈴を、左手に青く茂った玉串を捧げ持っている。
 何よりも、あかねは、その少女の顔を見て、驚いてしまった。


「ら、乱馬っ!」
 思わず、名前を叫んでしまった。
 そう。確かに、舞い始めたのは「女乱馬」だったからだ。
「あかね?」
 なびきが驚いて、あかねを振り返ったくらいの声だった。
「あんた、あの娘(こ)を知ってるの?」
 小声でなびきが畳み掛けてきた。
「知ってるも何も…。女に変身した乱馬だもの…。サオトメ国の乱馬王子は変身しないの?」
 とポツンと尋ねた。
「女に変身するって?乱馬王子が?まさか…。男が女に変身できるわねないじゃないの。」
 怪訝な顔を差し向けた。どうやら、この世界の、なびきの良く知るサオトメ国の乱馬王子は変身体質ではないらしい。
「あんたの世界の乱馬王子は女に変身するとでも言うの?」
 逆に問われたくらいだ。
「ええ。ちょっと事情があってね、男と女が摩り替われる、変な体質になってるのよ。」
「へえ…。何か気持ち悪い話ね…。」
 そんな会話を、こそこそとやっていた。

 あかねたちの囁きには、眉間一つ動かさずに、女乱馬と瓜二つの少女は踊り始めた。

 それまで鳴っていた、管絃がすっと止まる。
 先に踊っていた娘たちも、ポーズを取って動かなくなった。

 シャリン、シャリンと、女乱馬の動きに合わせて、手にした鈴が涼やかに鳴る。ただそれだけの清楚な踊りだ。
 それより、女乱馬の踊りは美しかった。柔らかな手足は、しなやかに動き、一つ一つに無駄が無い。乱馬に踊りの才があるのかと、見紛う程の美しさだった。
 やがて、彼女は玉串を、高く捧げ、何か念じるようなポーズを見せた。それから、ぱっと両手を開き、葉をむしり取るように、頭上へと散らせた。
 はらはらと枝から千切れて落ちる、常緑の葉。
 それから、乱馬は九能に拝するように身を屈め、ゆっくりと口を開いた。

「月の神は、神前で闘い、クノウ国のタケルに勝てば、その娘に火石を与えよとお告げしてございます。」

 しっかりとした、意志の声だ。声色も確かに、女乱馬のものである。

「ほう…。神前で闘えとな。」
 九能はにっと笑った。

「その娘が勝てば火石を捧げれば良いでしょう。陛下。」
 きりっとした顔は、九能を真正面から見上げる。物怖じしない様だ。
「して、対戦相手は誰と出た?」
 九能は、更に尋ねた。
「陛下の赴くがままに…。」
 女乱馬はそれだけを告げると、ふっとその場に倒れ伏す。崩れるように足から沈んだ。

「ご苦労であった。月波。」
 九能はポンと倒れている女乱馬の肩を叩く。
 と、倒れ伏していた乙女に、意識が戻った。

「さて、勇者殿。月の神の御神託は下った。聞いた如く、今年の巫女を務める、月波の占いで、月の神殿にて我が国のタケルと闘えと出た。そして、それに勝てば、喜んで、この火石は差し出そう。どうじゃ?我が挑戦、受けて立つ勇気はあるかな?」
 あかねを見ながら、九能が真っ直ぐにあかねを見詰めた。

「わかりました。火石を手に入れる術が他にないのなら、喜んで闘いましょう。」
 あかねはすっくと立ち上がる。

「ほほう…。なかなかはっきり意志を示す娘だな。はっはっは。気に入ったぞ。」
 九能はポンと膝を叩いた。
「ならば、こうしよう。この勝負、おまえが勝てば火石は渡そう。が、おまえが負ければ、我が妃となれ。」

「なっ!」
 唐突な九能の申し入れだった。

「ひゅうっ!あんた、凄いじゃない。クノウ国の陛下直々に求愛までされるなんて。」
 なびきが、にっと笑った。
「ねえ。この際だから、七曜石のことなんか諦めて、とっとと負けて「一生この地で左ウチワ」なんてどう?」
 こそっと囁かれる耳元。
「じ、冗談じゃないわっ!あたしは戦いますっ!」
 あかねは、憤慨するように、なびきに言ってのけた。
「ま、あんたにこの国の妃になる気がないなら、仕方がないかしら。損する話じゃないと思うけど…。」
 はあっと溜息を吐き出した姉を、じろりと見返す不機嫌な顔。

「何をさっきから、こそこそやっておるのだ?」
 九能が怪訝に見詰めてくる。少し離れた場所に居るので、二人のやり取りは聞こえなかったようだ。
「あは、いえ、別に…。ところで、国王陛下。この国のタケルとおっしゃっていましたが、彼女の対戦相手は誰に?」
 口を濁して、なびきが問いかけた。

 とその時だ。

「おーっほっほっほっほ。」
 何処からとも無く響く、不気味な笑い声。それだけではない。風も無いのに、ひらひらと舞い降りてくる、黒い薔薇の花びら。

(この笑い声…。それに、この黒い薔薇。…まさか。)
 あかねに嫌な予感が走った。

「私が引き受けますわ。お兄様!」
 天井から声がして、しゅたっと降り立った、一人の娘。

(やっぱり…。)
 あかねは、思いっきり嫌な顔を、降り立った娘に差し向けた。

 黒薔薇の小太刀。
 昨夜、赤ん坊乱馬を盗み去ろうとした、あの小太刀が、すっくと彼女の前に立ちはだかったのだ。羽織った黒いマントが、更なる場違いを誇示している。

「おお、小太刀姫。この国の王女自ら、この勇者と闘うと言うのか?」
 九能の目がぱあっと見開いた。

「ええ、わたくしが、対戦いたしますわ。」
 小太刀は高慢な態度であかねに対峙した。
 そして、さっと、あかねに指差しながら言った。
「そこの、あなたっ!サオトメ国王を誑かし、勇者の真似事をして回っていらっしゃるそうですわねっ!」
 きつい声が飛ぶ。
「サオトメ国の国王やお兄様を騙せても、このわたくしは騙せませんことよっ!」

「だ、騙すって、何よっ!」
 その言い方が、あまりにゾンザイだったので、カチンときたあかねが言い返す。

「ほほほ、さる方がわたくしに忠告してくださったのよ。あなたは勇者などではなく、本当は「悪魔の化身」だということをね。」
 小太刀はふんぞり返りながら、あかねを流し見た。腰に手を当てて、いかにも偉そうにだ。

「はあ?悪魔あ?」
 あかねは思いっきり、弾き返していた。

「そうよ。あなたは異世界から来た、羅刹鬼だっていうことは、わたくしにはわかっておりますの!」

「な、なんと…。本当か?小太刀姫。」
 九能までもが、身を乗り出してくる。

「ええ、お兄様。乱馬様が教えてくださいましたわ。」
 小太刀は鼻息を荒く吐き出す。

「乱馬が教えたですってえ?赤子の乱馬がどうやって…。」
 あかねが目を丸くすると、小太刀は叩きつけるように言った。
「乱馬様はおっしゃいましたわ。私は羅刹鬼に呪いをかけられているとね。そう、あなたでしょう?乱馬様に呪いをかけたのは!」
 ビシッとあかねを指差した。

「な、何を言い出すのよ。あんたっ!冗談も大概にしなさいよねっ!」
 勿論身に覚えが無いあかね。小太刀の言に猛然と反発した。

「冗談などではありませぬ。」
 小太刀も一歩も譲らない。
 二人、真正面から睨み合いになった。

「まあまあまあ…。月の神の神前で闘えば、どちらの言が正しいか、自ずと明らかになろう。」
 九能が二人の間に割って入った。

「お兄様はお甘いですわっ!悪魔の肩をお持ちになりますの?負ければこの娘を娶るなどとは、とても、尋常な沙汰ではありませんわっ!」
 小太刀は兄にまでも食って掛かる剣幕だ。
「落ち着けっ!小太刀。わかった、この娘が負けても、娶るのは辞めにしよう。だったら良いだろ?」
 九能はあまりの剣幕に、前言を撤回に回る。
「いいえ、私が勝ちましたら、この娘の血を一滴残らず搾り出し、私の乱馬様を助けるのに使わせていただきますわ!」

「血を一滴残らず搾り出すだって?小太刀姫。貴様、正気か?」
 過激な言葉に驚いた九能が、目を大きく見開いて妹を見た。

「この娘の汚れた血を注げば、乱馬様は元のお体に戻られるそうですわ。火石とこの娘の生き血と。勝負を賭するに丁度良い釣り合いではないですかっ、お兄様。」

「ちょっと、何だか、尋常な話じゃなくなってきたわね…。あかね。大丈夫?」
 なびきがぼそっと、耳打ちした。
「大丈夫よ。勝てば問題はないわ。」
 元来の勝気さが、小太刀に煽られて、もこもこっと盛り上がってきたのだろう。あかねは臆することなく、そう答えた。

「どうだ?あかね殿。小太刀はああ、申しておるが…。嫌ならこの勝負、行わんでも良いぞ。」
 明らかに、九能は困惑しているようだった。彼とて、あまり過激には走りたくないのだろう。

「結構です!どのみち、私も、火石を譲り受けなければ、先には進めません。それに…。一度、言い出した勝負を、途中で投げ出すような、卑怯者ではありませんから。」

 凛としたあかねの声が響き渡った。
 さすがに、あかねも、激しやすい武道家の血を、その中にたぎらせている娘であった。

「良かろう…。この勝負。双方、思うが存分に、やるが良い。」

 九能はそう言うと、パンッと大きく一つ、手を打った。

 と、ゴゴゴゴと大広間が振動し始める。

「な。何よこれっ!」
 足元が急に揺らぎ始めたので、あかねがだっと下半身に力を入れた。
 その様子に、眠っていたルシが目を見開く。それから、傍でまだ眠っている乱馬を、自分の身体に乗せると、ぷくうっと膨らみ始めた。なびきも、思わず彼の背中に競りあがる。


 バリバリッと音がして、あかねの立っていた床が、上部へと盛り上がった。いや、性格には畳、数畳分の床面が、一気に、上に競りあがったと言った方が正確だろうか。
 その他の床や天井は、まるで、何かに突き動かされるように、ウイーン、ウイーンと音を立てると、動き出す。勝手に自動形成され、変化していくではないか。
 それが、立派な「闘技場」になるまでは、さほど、時間を要さなかった。数分で、試合ができる立派な闘技場が、目の前にできあがったのである。


三、

「良いの?本当に始めちゃって。」
 なびきが念を押すようにあかねに問いかけた。
「うん。構わないわ。一度受けた以上、闘うわ。それが、格闘家というものだもの…。」
 あかねははっしと小太刀を睨みながら言った。
「ま、いずれにしても、勝たないと、先へは進めないからね。」
 なびきも仕方が無いかと諦め顔だ。
「それより、お姉ちゃん。乱馬とルシを頼むわ。」
 あかねは脇で眠り続けている赤ん坊と、心配げなルシを見比べながら言った。
「わかった。あの二人のことは任せなさい。それより、小太刀って結構「狡(こす)い手を使ってくると思うから…。」
 こくんと揺れるあかねの頭。
「油断しないようにするわ。」

 そうだ。
 あかねの良く知る小太刀も、かなりセコイ性格をしている。平気で人を落としいれ、傷口に塩をタップリと塗りこみ、それを見るのが大好きというような性質をしている。パラレルワールドとは言え、そう、性格そのものは変わるものではないだろう。

 いつの間に出来上がったのか、闘技場の中央部には、三日月の形をした、シンボリックな巨石が据えられていた。おそらくこれが、「月の神」なのだろう。
 九能の脇にはさっき、踊っていた美女たちが、囲うように座っていた。皆それぞれ、見物を決め込むらしい。踊り子となって宣託をした女乱馬も、その輪の中にポツンと座している。じっと見下ろしてくる視線が、あかねには気になった。
 自分の知っている乱馬なのか、それとも、この世界に住む別の乱馬なのか。昨夜、自分を導いてくれた女乱馬のことも、思い出されて、気になったのである。

(とにかく、この勝負に勝ってからね。勝たなきゃ、火石も手に入れられないし、あの子が乱馬なのかどうかも確かめられない。)
 そう思いながら、自分へと「喝」を入れる。

 時は熟した。

「では、この勝負、どちらかが参ったと言うまで…。勝者、前へ。」

 九能の声が響き渡る。

「始めっ!」
 いよいよ闘いが宣言された。

 その声にあわせて、小太刀がマントを後ろにひらめかせた。
 そのまま、スーパーマンのように、ひらひらと背中でひらついている。
 それから、にっと笑った。

「お覚悟なさいませっ!」
 小太刀が先に動いた。
「でやあっ!」
 あかねも身軽に飛び跳ねる。マントの下から、細長い棒状のものが伸び上がってくる。新体操のリボンだ。
 予め、予測していたのだろう。あかねは、さっと飛び退いた。
 シュルシュルッと音がして、リボンの先が地面を這いながら舞う。と、ガリガリっと音をたてて、床がめくれ上がった。

「ふん!逃げ足だけはすばしっこいようですわねっ!」
 小太刀が憎々しげに言った。

「さっそく、武器を使ってくるとはっ!」
 あかねが吐き出す。
「あら、武器の使用事項に関しては、ノーコメントでしたわよ。従って、使ってはいけないというルールは、ありませんわっ!」
 そういいながら、次の武器を仕込みにかかる。
 今度はリング状の物が、マントの影から幾つか飛び出してきた。

「くっ!」
 思わず、横に飛ぶあかね。彼女の居た床に、トトトンとリングが次々に突き刺さっていった。

「物騒なものを投げてくるのねっ!」
 あかねは飛び退きながら言った。

「まだまだ、序の口ですわっ!」
 小太刀は、今度はボールをあかね目掛けて投げつけてくる。
 ボンッと鈍い音がして、あかねの目の前でそれは炸裂した。
 中から漏れてくる煙。

「うっ!その手には乗らないわっ!」
 間一髪、あかねは煙から逃れるように空へと飛び上がった。小太刀の常套手段、痺れ薬入りのボール爆弾だったのだろう。
「ふふふ。逃しませんことよっ!」
 小太刀は飛び上がったあかねに向かって、リボンをシュルシュルっと巻きつけた。避けようとしたが、ここは空中。自由に身動きができない。案の定、小太刀のリボンがあかねの利き腕に絡まりついた。
「そうれっ!」
 小太刀は、力いっぱい、リボンを引いた。
「ぐっ!」
 いきなり引き戻され、地面へと落下するあかね。間一髪のところで、巻き付いていない腕を突き出し、掌で地面を付き、それをクッションにして、直撃は免れた。
 だが、まだ絡まりついたリボンは外れていない。
「ふふふ…。覚悟なさい。」
 巻き付いたリボンを、自分の方へ手繰りながら、小太刀が引っ張る。

「でいやあっ!」

 と、あかねは、逆に、小太刀に向けて、猛然とダッシュした。今まで後ろ側に引っ張っていた力を、今度は逆に、小太刀へと強襲してのけたのだ。急に、方向転換をして、己に向かってくるとは思っていなかったらしく、今度は小太刀が焦った。
「でやったああっ!」
 あかねの拳が、見事に小太刀の懐へと滑り込んで行った。今度は、リボンで繋がっていることが、かえって小太刀の仇となったのである。見事に小太刀は吹き飛ばされて尻餅を付いた。

「おおおっ!」
 見物人たちは、双方のバトルに、身を乗り出した。

「くっ!わたくしとしたことが、油断しましたわ。」
 はからずしも、後ろに飛ばされて、大きな尻餅を合えなくついてしまった小太刀が、はっしとあかねを睨みあげた。いつの間にか、彼女がまきつけていたリボンは、千切れ、あかねと身体が離れていた。
「わたくしに尻餅をつかせたこと、後悔させてあげますわよっ!」
 そう言うと、小太刀は、羽織っていたマントを、あかねに向かって、思いっきり投げつけた。いや、それだけではない。腰元に刺していた短剣を、マント目掛けて、投げ上げる。
 小太刀が投げつけた短剣は、ものの見事にマントに命中した。

 と、マントが空中でブワンと横に伸びたような気がした。

「え?」
 思う間もなく、マントはぱあっと光を輝かせた。
 一瞬の眩い閃光が、あかねの視界を遮った。
「今よっ!毒牙の舞っ!」
 小太刀は、胸元から取り出した小さなボール球を、怯んだあかね目掛けて、思いっきり投げつけた。閃光で目を眩まされたあかねは、咄嗟にその球を避けることができなかった。

 ブワンと鈍い音がして、あかねの目と鼻の先で球は弾けとんだ。中から、もわっと黒い煙がたちこめ、あかねの顔周りに張り付くように襲い掛かって来た。

「何、この煙っ!自分の意志があるの?」

 いや、煙だと思った黒い物は気体ではなく、個体だったのだ。ガムのように伸縮自由な粘ついた物体だったのだ。ねばねばとそいつは、あかねの顔に、張り付くようにまとわり付いてきた。

「もう一発、お食らいなさいっ!」
 にやっと笑った小太刀は、再び別のボール球をあかねに投げつけ、頭上で炸裂させた。
 今度は白い粉が、パラパラと球から舞い降りてくる。

「か、身体が…。う、動かない…。」

 手足が瞬く間に痺れ始めた。

「ふふふ…。二発目は即効性の痺れ薬よ。」
 小太刀がにやりと笑った。
「どう?もう動けないでしょう?それに…。アメーバーちゃんがあなたの闘気も吸い取って行くの。その子の好物は、人間の闘気。くくく…力が抜けてきたでしょう?」

「う…。ん…。」

 あかねは顔面をアメーバ覆われ、また、全身に痺れ薬が回り、がくがくと膝から崩れ落ちるように地面へとへたりこんでしまった。

「さて…。約束どおり、あなたの血を一滴残らず、いただきますわ。乱馬様のためにね。」
 小太刀はゆっくりとあかねの前に立ちはだかった。
 それから、どこから取り出したのか、針のように細い刀剣を身構えた。
「身体のどの部分を切れば、たくさんの血が一度に流れ出て来るかしら…。」
 そう言いながら切っ先をあかねに手向けた。
 そして、ゆっくりと振りかぶって、あかね目掛けて、突き刺そうと身体を動かした。


「でやあああっ!」
 その時だ。
 倒れ掛かっていたあかねが、最後の気焔を吐きつけていた。
 そう、痺れて動かない全身の「気」を右手に一心に集中させたのだ。張り付いたアメーバーへ吸い上げられた気も多かったが、ぐっと堪え、体内中の気を右手へと集中させ、それを、飛び掛ってきた小太刀目掛けて、最後の力で撃ち放ったのだ。
 至近距離から撃たれた気の爆弾。
 それは、あかねの掌を飛び出し、真っ直ぐに、小太刀の身体を突き抜けた。
「ぎゃあああっ!」
 小太刀の切っ先は、僅かにあかねに届かず、気に吹き飛ばされるように、再び、小太刀はどおっと後ろ向きに尻餅をついて転がった。気砲そのものに、耐性がなかったのだろう。そのまま、小太刀は仰向けに倒れ、意識を失っていた。

「か、勝ったわ!」
 あかねは、小さく言葉を吐きつけると、ふうっとそのまま、前のめりに倒れ伏した。



四、

「こ、小太刀様っ!」

 あかねが倒れ伏すと同時くらいに、そう叫びながら、一人の男が、闘技場へと雪崩れ込んできた。
 佐助であった。

 彼は、後先顧みずに、だっと飛び出して、一目散、小太刀の傍へと駆け寄った。
「小太刀様、しっかりしてくださいませっ!それ、気付け薬でございまする。」
 佐助は手馴れた手つきでぐぐぐっと小太刀に、持っていた薬を押し流した。
 その薬に、はっと正気を取りもどした小太刀。
「佐助っ!でかした。」
 薬が効いたのだろう。すぐさま、正気を取りもどした。いや、それだけではない。
 倒れ伏したあかねの前に、小太刀は立ちはだかった。
「ふふふ。他愛の無い…。やっぱり、正義が最後は勝ちますのよ。」
 そう言って凄んでみせる。

「ちょっと、あんたっ!さっきので決着がついたでしょうがっ!」
 たまらず、観客席のなびきが、たしなめに入った。
 倒れる寸前のあかねの渾身の一撃に、のされて先に沈みこんだのは小太刀の方である。しかも、佐助の介抱によって、再び目覚めたのだ。
「あんたじゃなくって、あかねの勝ちじゃあないの?」
 九能に向かってもそう声をかけた。
 だが、意外にも、九能は押し黙ったままだ。
「ちょっと、国王陛下、何か言いなさいよっ!あかねの勝利宣言とか!」

「まだ勝負はついてはいませんわ!」
 小太刀がきっとなびきを睨み返した。

「何言ってるのよ!あんた、一度、気を失ったでしょうがっ!」
「いいえ、私は気など失っておりません!佐助は私に気付けの水を持って来てくれただけです!」
 きっぱりと言ってのけたのである。

「なっ!それじゃあ、ずるじゃないのっ!あんた、さっき、きっちり寝ていたじゃない!」
 さすがのなびきもテンションが上がっていく。

「お黙りなさいっ!この娘、悪魔の癖に、のうのうとクノウ国へ参って、お兄様まで騙そうとした極悪人。ここで成敗せずになんといたしますっ!ねえ、お兄様っ!」
 猛然となびきに反論してみせる小太刀だった。

「あ、いや…。その、何だ。小太刀は気を失っていないと言い張るのだったら…。まだ、試合は続行中だ。従って、今のは有効。小太刀の勝ちかな…。」
 何故か歯切れの悪い帯刀陛下であった。

「幾ら国王陛下の身内だって言っても、それじゃあ、あんまりじゃないの?ふざけないでっ!」

 怒り心頭のなびきに、小太刀は笑った。

「あら、国王陛下にお逆らいになるとでも?」
 小太刀はにっと笑った。
 だが、この国の連中は、誰一人、異を唱えるものが居ない。

「不味いわね…。」
 なびきが苦笑いをしたその時だった。


 ドドドドドドド…。

 どこからともなく、闘技場に近づいてくる物音が聞こえた。

「な、何?」
 目を転じると、遥か前方から、砂煙があがって、こちらに近づいてくるのが見えた。
 その場に居た者は、一斉に音の方へと目を手向ける。
 そいつは猛スピードで一目散にやって来る。良く見ると小さな黒い点とそれよりも何百倍もあろうかという塊の二つだった。
 黒いのはどうやら、追われているようで、必死で逃げながら近づいてくる。

「ピイイイイイッ!!」

 手前の黒い小さいのは、そう雄叫びを上げると、ざあああっと小太刀の横を走り抜けた。

「な、何?今の…。子豚?」
 小太刀がそれを見送ると、今度は、佐助がトントンと背中を叩いた。

「こ、小太刀様、あれ…。」
 顔面蒼白になっている佐助が声をかけてきた。
「何事?」
 そう言って、視線を返した小太刀はそのまま、固まった。

「いっ!も、モンスターっ?」

 そうだった。小太刀のすぐ目と鼻の先。そいつは赤い怒り目を差し向けながら、小太刀と佐助を見下ろしていた。

「ぎ、ぎええええっ!」
「く、来るなっ!!」
 佐助も小太刀も、我先にと逃げ惑い始めた。
 巨大なモンスターは、ターゲットを黒い子豚から変更したようだった。
 ズシンズシンと音を立てながら、逃げ回り始めた小太刀と佐助を追い回し始めた。
 あかねはすっかり気を失っていたので、モンスターも「生きた獲物」とは認識しなかったようだ。

「佐助っ!そなた、あっちへ行けっ!こっちへ来るなっ!」
「そ、そんなこと言われましても…。小太刀様こそ、大いなる技で、あんなモンスター倒してくださいませよぅ。」
 ひいひい言いながら逃げ惑う。
「お黙りっ!さっきの試合で仕込み武器は全部使ってしまいましたわっ!」
「そ、そんなあっ!」

「このままじゃ不味いな…。」
 なびきの直ぐ後ろで声がした。見上げると、巫女として踊っていた女乱馬少女が、すぐ脇に立っていた。
「しゃあねえ…。助けてやっか。」
 彼女はそう吐きつけると、懐から横笛を取り出した。そして、やおら、吹きはじめる。

 ピー、ヒョロヒョロー、ピー。

 笛は不思議な音楽を奏で始めた。
 と、そのメロディーに打たれたのか、モンスターは急に大人しくなった。
 彼女は辞めることなく、しゅたっと闘技場の真ん中へと降り立った。そして、そのまま、一心不乱に笛を吹き続ける。
 その笛の音色に力があったのか、それとも、この少女の力なのか。
 やがて、モンスターはよろめいて、そのまま、眠り始めてしまった。

「あら…。あたし…。」

 逆に、あかねには気付けになったのか、美しい笛の音色に、はっと目が見開いた。

「や…。勇者様はお目覚めってわけか。」
 そう言いながら、少女はあかねにふっと微笑みかけた。


五、

「で、国王陛下…。この勝負は一体、どっちが勝ったんです?」
 なびきは、まだ、憤慨が収まらないという勢いで、九能に向かって苦言を呈していた。
 結局、モンスターの乱入で、何がなんだかわけがわからなくなったのである。

「決まってますわ。わたくしの勝ちです。」
 小太刀が己の勝利を主張する。

「だから、あんたは、あかねに吹っ飛ばされて、一度、意識を失っていたじゃないの!あれは、ズルよ。ズルッ!」
 あかね当人よりも、なびきの方が喧嘩腰だった。

「あはははは…。実はあの時、急に、眠り虫に襲われてなあ…。意識が朦朧としとったので、私は勝敗を見極めてはおらんかったのだよ。」
 九能は悪びれることも無く、そんなことを言い始めた。
「眠り虫ですって?」
 なびきが呆れ果てたように問いかえす。
「ああ、…宮中で飼っている珍しい南の女傑国の虫だよ。そいつが逃げ出してしまったようでなあ…。ちくりとやられて、気がついたらこの有様だったんだ。すまん!許せよ、二人とも。」
 と屈託が無い。正直を通り越して「バカ正直」だ。
「お兄様!それはありませんことよっ!本気で闘いましたのに。」
「再試合というのも、無粋だしなあ…。」
 ううむと少し考えてから、九能は一同を見渡して言った。
「何はともあれ、月波。おまえの意見を訊こうか。訊くところに寄ると、おまえが、あの凶暴な乱入モンスターを倒し、妹やあかね嬢を護ってくれたそうではないか。…何なら、月の神のご神託をもう一度訊いてみてくれても…っと、ご神託はそう、常にきけるものではなかったかな。」

 と、女乱馬は進み出て言った。

「結果だったら、訊くまでもねえさ。もう出ちまってると思うけどよ。」
 ご神託の踊りの時とは一転した、男言葉を九能陛下に投げつける。まるで、乱馬がそこに立っているような感じであった。
「なんだか、随分、陛下に対して馴れ馴れしい言葉で喋ってるけど、あの子…。」
 なびきがちらっと、傍に居た佐助に尋ねたほどだ。
「あ、月波様なら、普段はああいう風に男勝りな娘さんなのでござるよ。」
 佐助がこそっと説明してくれた。
「それに、巫女姫という立場でござるから、陛下も細々としたところまではお咎めにならぬでござる。」


「月波よ、その、出ている結果とは如何なるものだ?」
 九能が不思議そうに言葉を返した。

「えっと…。そこの金色姉ちゃん、こっちへ来いっ!」
 と俄かにあかねを呼んだ。
「金色姉ちゃんって…。あたしのこと?」
 自分で自分を指差す。
「ああ、おめえだ。キンキラ金の衣装着てるからな…。」
「ちょ、ちょっと、何よそれ。失礼しちゃうわねえ!」
 乱馬に言われたようで、むっときたあかねが、反発しかかった。
「いいから…。おめえ、この杖持ってみな。」
 そう言いながら、杖を手に取った。

「あ、こらっ!大事な王杖を!」
 佐助が慌てたが、九能が差し止めた。好きにさせてみろと言わんばかりにだ。

「これを、持つの?あたしが?」
 あかねは、渡されるままに、杖を手に持ってみた。

 と、その時だ。


 先に埋められていた石が俄かにひかりを放ち始めたではないか。
 キラキラと鈍い光が、だんだんに強くだ。

「おお、これは面妖な!火石が光を放ち始めた。」
 九能自身も驚いて杖を見詰めた。

「へへ、この火石自体が、こいつを持ち主って定めた証拠だよ。人間の目は誤魔化せても、聖石は誤魔化せねえ…。」

「ちょっと、お貸しなさいませ!」
 そう言って、今度は小太刀が横から杖を剥ぎ取った。
 と、光っていた石は、シュンとするかのごとく、光を失う。

「駄目だ、駄目だ。おめえじゃ、石は光らねえ…。こいつが持ち主と思っていねえからな。」
 そう言いながら乱馬は小太刀から杖を取り返した。

「なるほど…。ということは、この娘が「勇者」であるというのは本当のことなのだな?月波よ。」

 こくんと揺れた乱馬の頭。

「ああ、多分な…。選ばれし者であることには間違いねえ。」

「ならば、この杖、あかね嬢。そなたに預けておこう。」
 九能はすっとそう言い渡した。

「え?…良いんですか?」
 あかねは驚いて九能を見返した。
「ああ、この石が望むのなら、それが真理だ。巫女の月波が言うことだからな。」
 と柔らかく答えた。
「なあ…。陛下。俺も、こいつらに付いて行ってもいいかな?」
 唐突な言葉が月波から漏れた。
「ちょ、ちょっと、月波様。」
 佐助が何を言い出すかと女乱馬を見返した。

「まあ、仕方あるまい。止めても、おまえのことだ。有無も言わずに付いて行くのだろう?」
 九能はふふふっと寂しげに笑った。
「それに、これも、月の神の意志ならば…。」

「へへへ。話せるじゃねえか。帯刀陛下。」
「当たり前だ。これでも、この国を治める主だからな。私が許す。勇者様に付いて、しっかりと働くが良い。」

「ちょ、ちょっと勝手に決めちゃって…。」
 あかねが横から口を挟みかけたが、なびきがそれを制した。
「良いじゃないの。クノウ国の陛下じきじきにお供をつけてくださるってことは、この後の旅の旅費の心配がないってことなんだから。」
 と、やはり、目先に金の事しかないらしい。

「んじゃ、決まり。ってことでヨロシクな。」

 こうして、女乱馬と瓜二つのパラレル世界の少女、月波が、あかねたちの一行に加わる事になった。
 あかねとなびき。そして月波と赤ん坊とスライムのルシ。
 クノウ国の陛下に見送られながら、城を旅立ったのは、翌日の朝の事であった。




つづく




戯言6
 なんだか、九能ちゃんが、原作より「良い男」モードになってるようです。なびき姉さんを書いて動かすのが割と好きなので、彼女との絡みで九能ちゃんの登場は、他の乱あの書き手の方よりは多いかもしれません。
 パラレルで書く九能は決まって原作よりも良い男になってしまうのは何故だろうと、思いつつ、キーボードを叩いていました。その分、小太刀は原作モードではありましたが。

 連載は多分、ここでスッパリ切れていたと思います。本人も忘れていますので。
 年数置いて、再開していますので、ちょっくら文章の調子が変わっているかもしれません。ご了承を!


(c)Copyright 2000-2014 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。