◇らせつ

第四話 七曜石



一、


「これって人間の卵だったの…。」
 そう言いながら、あかねは、生まれたての赤ん坊を見た。
 見れば見るほど、乱馬に面影が重なる。不思議な赤ん坊だった。

 赤ん坊は親しげに、あかねの顔を見上げて、にこっと笑った。

「あら、この子、もう笑ってるわ。」
 なびきが物珍しげに覗き込んで言った。
「なかなか成長の早い子だこと。」
 そう言いながら赤ん坊を抱き上げてみた。
 と、赤ん坊は、自分が持ち上げられたことが不本意だったのか、火の付いたように泣き出す。

「おぎゃあ、おぎゃあ…。」
 顔を真っ赤にして、なびきの腕でしゃくりあげた。

「あらららら…。この子ったら、あたしじゃあ、役不足とでも言いたげね。」
 そう言うと、なびきは、はいっとあかねに赤ん坊を差し出した。
「え?えええ?」
 あかねが呆気にとられていると、
「ほら、あんたが抱っこしてあげなさいな。」
 そう言いながらなびきはにっと笑った。
「で、でも、あ、あたし、赤ん坊なんて。」
 扱ったこともなければ抱き上げたこともない。そう言い終わらないうちに、さっさとあかねの腕に赤ん坊を抱かせた。
 と、ぴたっと赤ん坊の泣き声が止んだ。そればかりか、泣き出したのが嘘のように、きゃっきゃと笑い声までたてている。
 家庭科の授業で、育児のことを少し学んだことがあるが、教科書によると、赤ん坊が表情を作り出すのは早くても生まれてからひと月を過ぎた頃からだという。いきなりは笑わない。たとえ笑っていても、己の感情を表現するために笑っているのではないという。
 生まれたての赤ん坊の無垢なる微笑を「エンジェルスマイル」と言う。誰が呼び出したのか知らないが、生まれたての赤ん坊は、「笑う」という感情の概念を知って笑っているわけではないのらしいのだ。
 なのに、この子は生まれてすぐにあかねを見て笑った。どう見ても、喜んで笑っているとしか考えられない。
 いや、奇妙なのはそれだけではない。
 これも教科書からの押し売りだが、生まれたての赤ん坊は、首もすわっていないものだという。なのに、この子の首はしっかりとすわっていて、長時間抱っこしていても、問題はなさそうなのだ。おまけに、おさげを結わえたまま生まれでた。これも常識では考えられない奇怪なことに違いなかった。
 赤ん坊を育てたことはないので、詳細はわからないが、体重もかなりあり、生まれて半年、六ヶ月くらいの赤ん坊のように思えた。
 さすがに、はいはいなど、まだ自分で動くことはかなわないようで、じっとあかねの腕に抱かれてご満悦だった。


「ほお…。なかなか意志が強そうな顔をしておる子ではないか。」
 早雲が目を細めた。
「ほら、やっぱり、この子、あんたの方がいいのね。もしかして、この子のお母さんってあんただったりして。」
 なびきはにやっと笑った。
「そ、そんな訳、ないでしょうっ!!あたしは国王様から卵を預けられて育ててくれって頼まれただけなんだから。」
 真っ赤になって否定に走る。
「ふふふ、どっちだっていいじゃない。生んでなくったって育ての親になるんだもの。一緒よ。」
「一緒じゃないわっ!!」
 ぶんぶんぶんと首を横に振った。
 第一、この赤ん坊は、不気味なほど乱馬の面影がある。いや、恐らくは、自分がこの世界に導かれてしまったのと何らかの関わりがあると直感した。

「でも、これからどうしよう…。」
 あかねははあっと溜息を吐いた。
 そうなのだ。卵が生まれたのは良いとして、まだもう一個残っている。いや、問題はそれだけではない。この先、どうやって育てていくべきかも皆目見当がつかなかったからだ。勿論、己に子育ての経験は無い。あるのは、期末試験のために、必死で覚えた家庭科の教科書とノートによる基礎的な知識だけ。

「あんたさあ、この子を育てるように、国王様にお願いされたって言ってたわよね。」
 なびきがあかねを覗き込みながら言った。
「え、ええ…。それが聖なる勇者の務めだって、王妃様がおっしゃいました。」
 困った顔を手向けながら、あかねが答えた。
「この子の出てきた卵には、この国の未来が詰まってるって…、そんなことも…。」
 それを聞いたかすみが、にっこりと微笑みながら話しかけた。

「あなたが聖なる勇者なのなら、やるべきことは一つね。」

「やるべきこと?」
 あかねがその言葉に疑問を投げかけると、かすみは続けた。
「ええ。この子が聖なる勇者に育てられるべき子供なのであれば、「七曜石」を集めなければならないでしょうね。」
「シチヨウセキ?」
 聴き慣れぬ言葉にあかねは戸惑った。
「七曜石ねえ…。お姉ちゃん。それをこの子に求めるのは酷かもしれないわよ。」
 なびきがやれやれと言わんばかりに言葉を返してきた。
「そうだよ。第一、非力な娘さんじゃあなあ…。」
 早雲が同じく頷き返した。
「あら、そうとも限らないわ。少なくとも、国王様やお妃様はこの子が聖なる勇者だって思われているからこそ、卵をお預けになったのでしょう?それに、力は強かったじゃないの。」
 かすみは動じずに、にこにこと言葉を返してきた。
「そりゃあまあ、そうだけどね…。」
「育てる見込みの無い者に、聖なる御子の卵は預けない。そうでしょう?」
 かすみはマイペースでのんびりと言葉を進めていく。
「あかねさんっておっしゃいましたっけ?」
「あ、はい…。」
 良く見知った姉と同じ顔、同じ声の人物に、他人行儀に話しかけるのには、やはりどこか違和感があった。
「あなたのやるべきことは一つ。七曜石をきちんと集めて、この子に与えることですわ。」
「七曜石…。この子を育てるのに必要ならば、集めますけど…。どんなものなんです?その、シチヨウセキって。」

「この世界に散らばった「七つの聖なる石」の総称よ。月石(つきいし)、火石(ひいし)、水石(みずいし)、木石(もくいし)、金石(きんいし)、土石(つちいし)、そして、太陽石(たいよういし)。そう呼ばれる七つの聖なる石、聖石(せいせき)よ。」
 かすみはにこやかに説明してくれた。七曜という言葉どおり、カレンダーの七つの曜日と関連がある名前だったので、覚え易かった。
「その石はどこにあるんです?」
「この世界の方々に散らばっています。権力者が持つことがあれば、聖職者が持つことも、或いは魔物が持つこともあるでしょうね。」
 かすみが抑揚無くさらっと言った。
「ってことは…。所在も良くわからないってことじゃあ…。」
「言い換えればそうなるかもしれないわね。」
 あかねの問い掛けに、かすみはまた、にっこりと微笑みながら答えた。その言い方が、あまりにもかすみらしかったので、思いっきり力が抜けそうになった。
「でも、この七曜石がなければ、赤ん坊は育たないわ。この子が聖なる勇者が育てなければならない御子であるとするならばね。」

「どっちにしても、その七曜石を探すしか、術がないってわけね。」
 ふと目を落すと、腕に抱き上げた赤ん坊は、すこやかに眠っていた。
 何の心配事もないのか、寝顔にはかすかに笑みもこぼれさえしている。何だか変な気持ちだった。
「七曜石を集めたら、この子は恐らく、本来の姿を取り戻すでしょう。」
 かすみが言った。
「本来の姿…。」
「ええ、恐らく、呪いか何かで無理矢理赤子にされているんでしょうね。だって、人間は卵生ではなく、母親の胎内から直接生まれてくるものですもの、そうでしょう?」
 確かに彼女の言うとおりだ。
「呪いか何か…。」
 やっぱり、この子は乱馬なのだろうか。ふとそんな疑問が過ぎる。

「ま、どっちにしたって、七曜石を見つけ出して、育ててみるしかないんじゃないの?で、時にあなた。子育て道具持ってる?」
 なびきがにたりと笑った。
 その微笑に、何故かしら背筋が凍えた。こういう笑い方をするとき、姉のなびきはいつも「金儲け」を企んでいる。この世界のなびきは、姉ではないらしいものの、彼女の背後からは「守銭奴」のオーラが解き放たれているように感じられた。
「子育てに必要な道具なんて、持ってるわけ無いわ。」
 あかねは警戒しながら返事した。
「何ならこの子を育てるのに必要なものを何ならあたしが貸し出してあげるけど…。」
 そう持ちかけられた。

(そら来た!)
 内心あかねは思ったが、御くびにも出さす、交渉へと入った。
 この先、旅をするには、どう足掻いても、道具がなければ、あがったりだ。何もないまま、赤子連れで旅ができるわけではない。

「赤ん坊用の洋服やら、オムツ、それから抱っこ紐に食料など…。」
 そう言いながらそろばんを弾いていた。どうやら、この世界には電卓はないらしい。パチパチと景気良くそろばんの音が鳴る。
「レンタル料は、そうね、一日一万円ってところでどうかしら?」
「い、一万円?た、高いわっ!!」
 思わず主婦的感覚が芽生える。
 一日一万円と言えば、十日で十万円。そんな大金、持っているわけは無い。
「現金じゃなくっても良いわよ。あんた、どうせこの世界のお金、一円も持ってないんでしょう?」
「う…。」
 思わず返答に詰まる。なびきの言うとおり、お金を払おうにも、先立つ物を持っていないのもまた事実であったのだ。
 まさか、赤ん坊の乱馬をそのまま放り出して、飢え死にさせる訳にもいかず、どうしようかと途方に暮れる。

「一万円じゃあ高過ぎるわ!第一、あたしにはこの世界で日銭を稼ぐ術だってないんだもの。アルバイト口はないし、もしあったとしても、この子を育てる旅を続けないとならないし…。」
「あーら、その辺は大丈夫よ。ゼニモンを倒したら、それなりにお金は手に入ってくるじゃない。」
「ゼニモン?」
 聞きなれぬ言葉に、思わずきびすを返していた。
「ゼニモン、銭になるモンスターの略よ。」
「その銭になるモンスターって何なのよ!」
「この世界にはびこるフィールドモンスターは別名「銭モン」と言って、襲い来るモンスターを倒せば、その強さや数に応じて換金できることになってるの。」
「モンスターを倒すわけ?」
「まあ、端的に言えばね。銭モンを倒せば、ざっくざくとお金も入ってくるのよ。それも即金で。だから、結構、ゼニモン退治屋をやって、稼ぐ連中も居るわねえ。」
「そんなこと言われても…。」
「あら、嫌ならあんた、その子共々飢え死によ。」
「飢え死にっ!!」
「ええ、そうなったら、使命を果たせるどころか、あなた、元の世界へ帰る事だってできないんじゃないの?」
 なびきはあかねの表情を伺いながら、淡々と物を言った。この辺りは、あかねの世界のなびきと、そう替わりはない。
「わかった…。とにかく、旅をしながら、モンスターを退治して、お金を稼ぐわ。それをためて、支払えば良いってわけでしょう?」
「そういうこと。えっと、じゃあ、一万円は高いっていうんなら、五千円かしらね。これ以上はまけないわよ。」
 なびきはパチンとそろばんを弾いた。
「はいはい。」
 金銭感覚の鋭さ、商売の上手さ、現世のなびきとタメを張れそうだ。
 更に、この世界のなびきの凄さは、輪が懸かった。
「じゃ、行きましょうか?」
「え?」
「あら、何ぼさっとしてるのよ。あたしが付いて行ってあげるって言ってるんじゃない。」
「付いてくるって、どこへ…。」
「だから、あんたの旅。途中でトンズラこかれたら、旅道具、貸し損じゃない。回収できるように付いて行ってあげるのよ。勿論、経費はあんた持ちでね。」

 あくどい!あくど過ぎる。
 いや彼女ばかりではない。

「それはいいアイデアだ。なびき。」
 早雲がこくんと頷く。
「そうね…。この方に付いて行けば、行方知れずの天道道場の跡目も探せるものね。この子が旅費を出してくれるっていうなら、願っても無いことだわ。気を付けて行ってらっしゃいな。なびきちゃん。」
 かすみまでもが同調している。どうやら、あかねの知るかすみと違って、主婦感覚に長けすぎて、財布の紐も固いようだ。

「あの…。本気で付いてくるんですか?」
 あかねは恐る恐る問いかけた。
「ええ、そのつもりよ。」
「旅先でどんな怖いことが待ち構えているかわからないんですけど…。」
 暗に考え直してはどうかと言わんばかりに、なびきへと言葉をめぐらせる。
「勿論、危険だと思ったら、即、引き返すわ。」
「引き返すって…。」
 できるのかと言おうとしたら、なびきはあっさりと言った。
「大丈夫。あたしには「秘術」があるから。危険だと思ったら、とっとと勝手に逃げ帰るから気にしないでちょうだい。」
「逃げ帰る…。」
「ええ。だから、一緒に行くわ。」

 何だか、腑に落ちないことが多々あったが、結局のところ、なびきを連れて天道家を旅立つことになってしまったのである。



二、


「はああ…。何で、あたし、こんなことやってるんだろう…。」

 なびきを連れて、この世界の天道家を出てきたものの、前途は多難そうだった。

 あかねは大きく溜息を吐き出す。胸元に結わえた「抱っこバンド」。息のかかるほどすぐ傍で、じっとあかねを見上げながら笑っている男の子の赤ん坊が一人。
 子連れの旅だ。
 赤ん坊はどうやら、あかねにしか懐かないようで、彼女が抱っこ紐で結わえて、負ぶさるか抱っこして街道筋を行く。
 
「さて、そろそろミルクの時間じゃないのかしら。お母さん。」
 傍らで話しかける女性。黒いマントを頭からすっぽりとかぶった、見るからに怪しげな姿だ。
「だ、誰がお母さんなのよ、誰がっ!!」
 その言葉に、思わず過剰反応してしまうあかね。
「そお?だって、今はあんたがこの子の母親みたいなものじゃないの。」
 にやにやと女性はあかねを見返した。
「なびきお姉ちゃん!!」
 顔を真っ赤にして、あかねは女性へと声を荒げた。
「ふっふっふ…。また言ったわね。あたしはあんたの姉じゃないわよ。」
「あ…。」
 あかねは思わず目を落とした。

 そうなのだ。
 この世界の天道家には、己の存在はなかった。
 父の早雲も、姉のかすみもなびきも、己に関する記憶は全く欠落している。天道家にもう一人、道場を継ぐべき血縁者が居るということではあったが、だからといって、それがこの世界の「天道あかね」とは考えにくかった。

「ま、いいわよ。別に血縁関係がなくたって、年上は「姉さん」って呼ばれ方するから。…これくらい、呼ばせてあげるわ。」
 なびきはすかさず、そろばんを出した。
「ちょっと…。それって…。また、上乗せ請求するんじゃあ…。」
「あら、当たり前じゃない。」
「じ、冗談じゃないわよ。何で呼び方一つで、お金を請求されなきゃならないのよ。」
「いいじゃない、ケチ臭いわねえ。」
「そりゃあそうよ。幾らあたしに請求したら、気が済むのよ!この子を育てる道具のレンタルとか、道案内料金だとか…。」
「そんなこと言ったって、世の中はお金。ただで、卵を孵化させてもらって、それで、何でもかんでも借りられるなんて、そんなこと思うあなたの方が甘いんじゃないのかしらん?何かを得ようとするときは、それに替わる代価が必要なのは、これ、社会の基本ルールじゃないの。」
「う…。」
 そう言いながら迫るなびきに、何も言い返せないあかねだった。
「ま、いいわ。呼び名使用料はサービスということで、無料に…。」
 なびきのその言葉に、はああっと思い切り脱力しながら溜息を吐く。


 先をとっとと歩いていたルシが、立ち止まったあかねたちを不思議そうに見返していた。

「とにかく、ミルクとオムツタイムね。そろそろぐずりそうだもの。その子。」
 赤ん坊を見ると、確かに、お腹がすいたのだろう。しゅぱしゅぱと、おくるみの布を吸うような動作を始めていた。
 なびきの言葉に、大慌てで、背負っていた笈を傍らに下ろすと、哺乳瓶を取り出した。
 頼みもしないのに、ミルクがどっどと湧き出てくる。それも人肌に丁度良く温まった新鮮なミルク。あかねには理解しがたい便利な哺乳瓶であった。
「ミルクのみ人形じゃああるまいし…。」
 最初はそう思ったものの、ミルク缶を背負って旅行くのも不便なことこの上ないので、ありがたい道具はそのまま納得して使わせてもらうことにした。
 赤ん坊にその哺乳瓶を持たせると、待っていましたとばかりに、せっついて飲み始める。
 シュパシュパと物凄い勢いでミルクが減っていく。
 生まれてまだ三日も経たないのに、哺乳瓶をがっしと持って、口にしっかりと咥(くわ)えてミルクをがぶ飲みしている。なかなか逞しい子であった。

「良い飲みっぷり。ホント、元気な子よねえ…。」
 なびきがにっと笑った。

 赤ん坊はミルクを飲み干すと、あかねに抱き上げられて、げっぷを吐き出す。
 つい最近の家庭科の授業で、赤ん坊の胃は真っ直ぐなので、こうやってミルクを飲んだ後は、背中をさすってわざとゲップをさせないといけないと習った。等身大の赤ちゃん人形を使って、オムツを替えたり、扱い方を覚えたり。と、進んだ学校教育を思わせる内容だった。
 学校教育法が変わって、男女共に、技術家庭を教わるようになって久しい。昔は女子が家庭科、男子は技術科と分かれて勉学していたのだが、今は一緒に、調理実習や育児実習などの授業を受ける。いずれ、子育てに関わることになる若者たちに、育児実習は結構刺激的だった。
 許婚の居るあかねなどは、
「卒業したら、あかねが真っ先に、この授業の恩恵を受けるかもしれないわねえ…。」
「うふふ、乱馬君もほら、からかわれてる。」
 と友人たちに、半ばからかわれながら、実習をこなした。そんな記憶が駆け抜ける。
 ほんの数日前の出来事の筈なのに、今は遠くなってしまった学校での記憶。
 学校では、授乳の後には必ずオムツを替えることと習っていたので、その通りに広げる。
 と、オムツを外されて、気持ちよかったのか、いきなり、乱馬のオムツの中から、勢い良く水が飛び出してきた。

「ひゃあっ!」

 悲鳴とも歓声ともわからぬ声を張り上げてしまった。
 
「あらら。本当に元気が良い赤ん坊だこと。思いっきりひっかけられちゃったのね。」
 なびきがくすくすと笑っている。
「笑ってる場合じゃないわよぅ!!もおっ!何で我慢してくれないのよ!!」
 思わず赤ん坊に向かって吐きつけてみたが、水鉄砲を解き放った張本人は、きゃっきゃとあかねを見て笑い転げている。相手にしてもらえたとでも思ったのであろうか。
 その表情を見て、ほっと溜息を吐きつつも、可愛いと思う自分が居た。
 前から思いっきりひかっけられたのに、不思議と「汚い」とも思わなかった。
 手がかかる子ほど可愛いものだと世間では言うのだが、どこに眠っていたのか、己の母性本能がフツフツと湧き上がってくるのがわかる。
「もう、ダメでちゅよ!そんなことちてたら…。」
 と、思わず、幼児語のような言葉をかけてしまう。すると、また赤ん坊がきゃっきゃと笑う。柔らかくてぷくぷくした肌が、たまらなく愛しかった。
 この子が自分の子であるような、そんな錯覚まで覚える。乱馬に似ているのだから、さしずめ、乱馬との子というような気分にさせられるのだ。傍に彼が居て、微笑みながら、赤ん坊を一緒に見守る。そんな構図が頭にぽっと浮かんだ。

『この子は俺に似て逞しくなるぜ。』
『そうね。おさげも似合ってるわ。』
『なあ、あかね、今度は女の子産んでくれよな。』
『どうして?』
『俺、おまえに似た子供を抱きたい。』
『もう、乱馬ったら、何言い出すのよ!』
 照れる己に延びてくる優しい手。
『あかね、さくさく子作り。』
『ああん、駄目だったら、こんなところで。』
『あかねっ!』
『乱馬っ!』

 思いを巡らせたところで、はっと我にかえる。不思議そうにあかねを見上げる、赤ん坊の瞳と真正面からぶつかった。

(いけない!あたしったら、何て妄想を…!)

 ブンブンブンと頭を横に振ると、慌てて妄想をかき消し、現実へと立ち戻った。
 あたふたとオムツを丸めると、新しいのを出す。コンパクトな紙オムツ。使い終わった物は、たたみ終えると、笈からぶら下がっている巾着袋へと入れる。ここへ入れておくと、自然に分解されて土にかえるというのだ。非現実的な現象。この辺りにも、異世界らしさを覗かせた。
 たどたどしい手つきで、オムツをはかせると、ベビー服を着せる。赤ん坊はじっとあかねのなすがままになりつつ、嬉しそうにあかねを見詰めていた。
 その瞳の輝き。
「ら、乱馬?」
 はっと吸い込まれそうになる錯覚を覚えた。
 見覚えのあるダークグレイの輝き。姿形は赤子だが、やはり彼なのだろうと、思った。
 複雑な思いと共に、あかねはベビー服のボタンを丁寧に留めた。

「ねえ、なびきさん。」
「お姉ちゃんで良いわよ。タダで呼ばせてあげるって決めたんだから。」
「はあ、まあ、それは良いとして…。あたしたち、何処へ向かってるんです?」
 あかねは木陰に腰を下ろして、太陽光を避けながら、赤ん坊を横にさせた。たまにはこうやって、手足を伸ばしてやらなければ、赤ん坊だってたまらないだろう。
 お腹いっぱいになった彼は、満足したのか、また眠り始める。うららかな人工的太陽光が天上からあかねたちを照らし出す。
「あら、あんた。行き場所も判らず歩いてたわけ?」
 なびきが自分たちの携帯食を出しながら答えた。赤ん坊が眠っている間に、昼食を摂ってしまおうという魂胆だ。
「だって…。この世界のこと、全く知らないんですもの…。」
「これだからねえ…。あんた、ラッキーよ。あたしと同行してて。」
「はあ…。そうかしら。」
「そうよ。七曜石って訊いて、粗方見当は付けて道案内してあげてるんだから。少しは感謝してもらわないと。」
「ほ、本当に?」
「まあね…。」
 なびきはうふふっと笑った。
「で、何処へ向かっているんです?」
 あかねは、再び本題へと立ち戻った。

「クノウ国。」

「クノウ国?」
 その言葉に、あかねは一瞬、嫌なものを思い浮かべた。
 そう。あかねの良く知る、九能兄妹、そして、風林館の脳天気校長だ。

「クノウ国はここから一番近い、公国なの。それに、若き国王陛下は「火石」を持っているって噂があるものでね。」
 なびきはつろっと言ってのけた。
「あのう…。余計なことかもしれないんですけど、その若き国王陛下のお名前って「九能帯刀」って言うんじゃありません?」
 あかねは恐る恐る尋ねてみた。
「あら、良く知ってるわねえ…。その通りよ、帯刀陛下っていう名前なの。ふふふ、結構良い男って評判もあるわねえ。」

「良い男ですってえ?」
 思わず、声を荒げてしまった。
 脳裏に浮かんだのは、あの、九能帯刀だ。いつもいつも、懲りずに、あかねに抱き着いてくる、あのどこでも道着のマイペース男。ぞわぞわっとサブイボまでもがそそり上がる。確かに、あの性格と喋りがなければ、「良い男」の部類に入るだろうが、生理的に受け付けない。

「あくまでも噂よ。なかなかの美男子で、そろそろお嫁さんを求めてるって噂も聴いたわねえ。」
「お嫁さんねえ…。」
 思わず苦笑いしてしまった。
「クノウ国ってねえ、金持ちの国なのよ。そこの妃になれたら、一生遊んで暮らせるわよう…。あたしも立候補しようかしらねえ。」
 なびきは半分真顔で言い出した。
「あんたもどう?チンケな異世界へ帰らないで、国王陛下のお嫁さんにでもなって、この世界に骨を埋めるってのは。」

「遠慮しときます!」

 思わず断る声に力が入った。

 と、なびきの表情が硬くなった。
「しっ!!何か来るわ!」
 そう言ってあかねを咎める。

「へ?」
 思わずあかねは、なびきを見返した。



三、


「聞こえない?異様な足音が…。」

 あかねは促されて耳をすました。


 ドッドッドッドッドッド…。

 微かだが、動物の足音みたいなのがする。

 傍らで跳ね回っていたルシが、落ち着かずに跳ね始めた。

「言ってる先に、ゼニモンの登場らしいわね。」
 なびきはにいっと笑うと、眠っていた赤ん坊をさっと抱き上げた。
「ゼニモン…。」
「さて、どのくらい稼げるかしらん…。この子はあたしが引き受けてあげるから、あんたは、存分に頑張んなさいね。」
 そう言うと、なびきはすいっと木の上に飛び上がった。

「ちょっと、お姉ちゃん?」
 その余りにも見事な早業のような跳躍振りに、あかねは目を見張ったくらいだ。現世のなびきは、そんな芸当、どう転んだって出来るわけはない。いや、あかねでもそこまではできないだろう。乱馬なら平気でやってのけるかもしれないが。
 赤ん坊はまだ、眠りの中に居て、なびきに抱えられても泣き声一つ発しなかった。
「ほら、頑張らないと、やばいわよ。」
 木の上から声が漏れてくる。

 ドッドッドッドッドッドッドッド

 足音はだんだんと近づいてくる。
 音から察するに、四足の動物だと思った。

 その音の方にはっしと目を手向けた。
 確かに、こちらに近づいてくる物体がある。
 砂煙を上げながら、一目散にやって来るのが見えた。凄い勢いであかねの方目掛けて突進してくる。
 良く目を凝らすと、二頭居るのが見えた。
 手前に小さな黒いのが、後ろはそれの何倍もある巨大な生き物だった。
 黒いのはどうやら、追われているようで、必死で逃げているように見えた。

「ピイイイイイッ!!」

 手前の物体は、そう雄叫びを上げると、さっとあかねの後ろに隠れた。

「え?Pちゃん?」
 思わず叫んだ。
 見覚えのある物体だったのだ。そう、黒豚のPちゃん。
 Pちゃんはぶるぶる震えながら、尻ごみした。
 と、その前に立ちはだかるのは、象のような、サイのような獣。
 いや、大きさが問題だ。恐竜くらいあるのではないかと思った。

「なっ!…。何よ、この獣!!」

 Pちゃんに気を取られてしまって、思わず身構えるのが遅れてしまった。
 元々たいした武器もない。持っているのは、玄馬に貰った貧相な刀剣だけ。とても、そんなチンケな武器で倒せる相手には見えなかった。

「パーオーン!」
 そうの雄叫びとも似た鳴き声を、そいつは張り上げた。

「ちょっと…。マジ?こんなのと闘えって?」

 いきなり、そいつはあかねへと襲い掛かって来た。

「いやーっ!!」
 さすがのあかねも、大きさが違い過ぎるので、真正面からぶつかることはできない。大きさに違いが無ければ、素手で襲い掛かっても良かったろうが、あまりにも体格が違いすぎた。
 だが、避けようにも、Pちゃんに気を取られて、機会を逸してしまっている。
「ええいっ!一か八かよっ!!」
 無我夢中で剣を握って、飛び掛ってきた奴の鼻先を薙ぎ払った。
 ピッシュと音がして、獣の鼻先が切れた。

「パ、パオーン!!」

 中途半端な攻撃は、かえって相手の怒気を誘う。猛獣を相手するときの鉄則だろう。乱馬のように威力のある気技を撃てれば、良かったが、まだ、小さな気しか扱うことができなかったのだ。

「どうしよう…。闘う術がない。」

 逃げようにも、完全に機を逸している。無我夢中で剣を振り回したとしても、細腕で敵うような大きさではない。
 怒りに燃えた、獣は、ぎらぎらと瞳を輝かせてあかねに襲い来る。

「万事休す!!」
 もうだめかと思ったときだ。

 どーん!!

 目の前に何か巨大な物体が落下した。

 べしゃっ!!

 怒りに燃えていた獣が、一瞬のうちに、そいつの下敷きになってべシャンコになった。
 一撃だった。

 にいっと上から落ちてきた物体は、あかねを見て笑った。

「ルシちゃん?」
 おそるおそる見上げると、確かに、獣の上にのし上がっている、ルシファールが居た。それも、見たことが無いくらいに大きく膨れ上がった、巨体のルシだ。大きいばかりではなく、どうやら重量もあったようで、硬化していた。瞬間冷却したように硬くなっている。これに押しつぶされれば、獰猛な獣とて一たまりも無かろう。
 と、突然、押し潰したと思われる、ルシのでっかい腹の下の土が光ったように見えた。
「え?えええ?」
 パシン!と音と共に、発する光。
 光が失せると、今度は、何かが下から盛り上がってくる。ジャラジャラと音を立て、アブクのように見えた。

「なかなかやるじゃん、その、スライム。」
 いつの間に木から下りてきたのか、なびきが傍らに立っていた。
「それに、ほら…。」
 なびきは、下から盛り上がってきたアブクを一つ掴んで見せた。
 それは、紛れも無い、貨幣であった。
「な。何?それ…。お金?」
 思わず声が漏れる。
「そ、お金。ゼニモンを倒したんだもの、当然の報酬よ。」

 と、しるるるるっと音がして、ルシの身体が元の大きさと柔らかさに戻ったようだ。
 ルシの下にはぎっしりと貨幣が並んでいる。不可解なことに、コインだけではなく、紙幣までもが現われたではないか。
「ゼニモンって…。退治したらお金に化けるの?」
「文字通り、血肉が果てる時に換金される、この世界特有のモンスターよ。」
 なびきは、お金を掻き集めながら言った。
「ほら、あんたも、ぼさっとしてないで、集めなさいな。結構上のレベルのモンスターだったみたいだから、ほうら、こんなに有るわよ。これだからゼニモン退治は辞められないってね。」
 とにっこりと微笑む。

「倒されたらお金に変わるモンスターだなんて…。そ、即物的過ぎるわ…。こんなの…。」
 あかねは思わず呟いていた。
 ロールプレイングゲームでは、確かにモンスターを倒す度に倒したモンスターに見合うお金が手元に入るが、まさかそれが、この世界ではような仕組みになっているとは。退治されたモンスターが金に変化する。
 驚きを通り越して呆れ果ててしまった。


「全部集めらたら一万五千円もあったわ。これで三日分のあたしのお手当てはゲットっと…。」

 なびきは小銭を数えながら嬉しそうに微笑んだ。
 現実世界の姉と同じく、この世界のなびきも「守銭奴」に違いない。
 もし、己の知るすぐ上の姉がこの世界へ来たら、迷うことなく、ゼニモンを倒して回るだろう。いや、適当な手下を見つけて、倒させて回るだろう。
 あかねは、無益にゼニモンを倒すのはやめようと心に誓っていた。無益な殺生をしたくないというより、ゼニモンの哀れな末路に、何某かの同情的な感情を持ったからだ。

「ま、いいか…。今回はPちゃんを助けたんだし…。あれ?Pちゃんは?」
 確かにゼニモンの前を必死で駆けていた黒い子豚は、あかねのペット、Pちゃんであった。だが、何処を探しても、怯えていた黒子豚の影も形も無かった。
「Pちゃん?」
 ゼニモンが倒されると、さっさと何処かへ行ってしまったのだろうか。
「ま、いいか…。あたしには赤ん坊とルシちゃんが居るし。これ以上、小さな同行者が増えたところで。」
 いともあっさりと諦めた。
 もし、Pちゃんなら、どこかで行き会うこともあるかもしれない。そう思ったからだ。
 あかねはまだ、Pちゃんの本当の姿を知らない。Pちゃんが呪泉郷で溺れた、乱馬のライバル、響良牙だという事実に気が付いていないのだった。

「で、クノウ国ってどっちなの?」
 今の戦いですっかり道を見失ってしまったあかねはなびきに問いかけた。
「あの山の向こう側よ。この国境線を越えたら、早乙女国ではなくクノウ国になるって訳。法律が変わるから気をつけなさいよ。」
 なびきが言った。彼女は何度かクノウ国を行き来したことがあるらしく、詳しかった。
「国境線?」
 あかねはなびきを見返した。
「あら、見えない?あの点線。」
 すいっとなびきが差し出す長い指。

「え゛!」

 確かにある。地図上にある、国境や県境を仕切る、点線が、向こう側からずっと反対側に向かって真っ直ぐに地平を伸びていた。

「何で地面に点線が…。」
 開いた口が塞がらなかった。
「草むらだろうが、山だろうが、川だろが、そんなことはお構い無しに、国境線は大地に書き込まれてあるのよ。当然でしょう?」
「と、当然?」
 明らかにあかねの持つ「常識」からは逸脱していた。黒々と浮き上がるように地面に書かれた国境線など、見たことが無い。第一、そんなもの、「不気味」以外の何物でもない。
 当然、あかねたちが目指していた道の上にも、横に点々が伸びていた。
「運動会のライン引きじゃあるまいし…。誰がこんなもの地面に描いたのよ…。」
 思わず苦笑が漏れた。

「さて、国境を越えるわよ?良い?」
 なびきがあかねを振り返った。
「え、ええ…。」
 赤子を抱く手に、思わず力が入った。
「いっせえのせいっ!」
 掛け声よろしく、あかねはなびきやルシと共に、黒々と書かれた国境線を越えた。
 とその時だ。
 ふわっと風の匂いが変わったような気がした。今まで心地良かった風に、嫌な湿気が混じった。いや、違和感はそれだけではなかった。

(な、何?この感じ…。)

「どうしたの?」
 表情が一瞬、険しくなったあかねに、なびきは思わず声をかけた。
 あかねは黙って、辺りの気配に探りを入れた。
「あかね?」
 なびきに何度か声をかけられて、我に返った。
「う、ううん。何でもないわ。ちょっと、嫌な感じがしたものだから。」
 あかねはふっと笑いながら言った。
「嫌な感じ?」
 なびきが怪訝にあかねを見返す。
「うーん…。どう言ったらいいのかなあ。何か妖しい気配を感じたとでも言うか…。」
「ああ、風の匂いが変わったことね。」
 すいっとなびきは言ってのける。
「風の匂いが変わる?」
 きょとんと見返してあかねが問いかけた。
「国境線を越えたんですもの。当然のことよ。気にしなくて良いわ。」
 なびきは慣れたものなのか、さらっと言い流した。
「当然のことって…。」
「だって、結界が変わるんですもの。」
「結界?」
 ますますわからなくなったあかねが、なびきへと言葉を投げつけた。
「ええ。この世界ではね、国境ごとに「結界」が張られているの。張っているのはその国々の一番偉い人。国王だったり、僧侶だったり、立場はいろいろだけどね。」
「結界を張る人が支配者ってこと?」
「まあ、そういう見方もできるわね。…今まであたしたちが居た「早乙女国」は早乙女玄馬様が結界を張ってたの。それに対して、この国境線を越えたんだから、この先は、ほら、あそこに見える「九能城」の主、九能帯刀様が結界を張ってるってわけ。わかる?」
「わかるような、わからないような…。そもそも結界って…。」
「そのうちわかってくるわ。そんなことより、急がないと、日があるうちに宿屋が林立している城下町へ着くことができないわよ。話は歩きながらでもできるわ。」
「え、あ、はい。」
 なびきにせかされて、あかねは歩き始出した。
「こっち、この棘(いばら)の道を抜ければ、城下町はすぐそこなんだから。」
 そう言いながら、さっさとなびきは前に向かって歩き出した。ルシもその脇で、早く来いと言わんばかりにぴょんぴょんと跳ね上がる。
 見ると、同じように城下町を目指す人たちが、足早に城への道を真っ直ぐに向かうのが前に見えた。旅人だろうか。それぞれに、黙々と先を目指す。
「ほら、あたしたちも続くわよ。」
 なびきはあかねに促した。


 彼女たちの遥か先方。
 少し高台の見張屋から、じっとその様子を眺める妖しい瞳があった。

「来た…。来たわ。」

 妖しい声が遠眼鏡を見ながら響いた。
 その主は、一人の娘だった。黒い衣装に身をまとい、ポニーテイル風に結わえられた髪には、黒いバラの飾りが芳しい匂いを放ちながら一輪。仇花のように輝いて見えた。

「ふっふっふ…。早乙女国からの旅人がこちらの結界を越えて来た。」

 女は満面の笑みを浮かべた。

「佐助…。あの者達の抱える赤子が、乱馬様と言うのは、確かな情報でありましょうね?」
 きつい視線を巡らせて、傍に控える侍従へと女はきつめの言葉をかけた。
「間違いないでござる。みどもの子飼いの忍びが、早乙女国の国王陛下直々、乱馬殿を封じた卵をあの娘に託したという確たる情報も手に入れておりまする。それに、御覧なされ。あの娘、赤子を抱いているではありませぬか。」
「遠くて良く顔が見えぬわ!本当にあれが、乱馬様なのかえ?」
「恐らく。」
「まあ良い、捕まえてみればわかると言うもの。」
「つ、捕まえるのでござるか?小太刀様。」
「当たり前のことをお言いでない。赤子になってしまわれたのなら、これは千載一遇のチャンス。あの、勇猛果敢なハンサムボーイの乱馬様を、この手で育てあげてしまえば宜しいのよ。そうすれば、乱馬様は私好みの殿方に再教育できるではありませぬか。」
 声を潜めて女が言った。
「再教育って…。小太刀様はまだ、乱馬様のことをお諦めになってはいらっしゃらなかったので?」
「何故、この美しい私が諦めねばならぬのです?ずっと隣国からお慕い申し上げていたあの乱馬様を手に入れるチャンスなのですよ!それも、赤子で。その子をこの手で育てれば、私好みの殿方として育てられますわ。」
「で、でも…。相手は赤子になられたんでございますよ。今の年の差では、まるで母者と御子。成長を待たれてはそれこそ、二十年くらいの年月が必要になりまする。そうすれば、小太刀様はもう四十前の大年増…。」
 そう言ったところで、小太刀の鉄拳が飛んだ。吹っ飛ばされる佐助に小太刀は凄んだ。
「お黙りっ!!誰も、二十年も育つのを待つなんて言ってませんわ!ちゃんと手筈は整えておりますのよ。」
「手筈はと言いますと?」
「ふっふっふ…。それは…とってもよい秘策。」
「秘策。それは…。」

 小太刀は声を落とし、己の計略をゆっくりと話し始めた。



つづく




戯言 その4
 次は小太刀さんとあかねちゃんの対決モードへ。どんな対決にさせようか、妄想を楽しみながら書かせていただきます。
 赤ん坊風味乱馬君、万歳(笑


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