◇らせつ

第三話 誕生



一、


「はあ…。」
 思わず溜息が漏れる。
 そして空を見上げた。
 一律に広がる、異様に青い空。どこからともなく流れてくる小鳥のさえずりさえもわざとらしく聞こえる。ここは電脳世界。照らしつけてくるのは人工的な太陽の輝き。
 彼女の傍には、一匹の透明ブルーの変な生命体。一緒になって、やたら青い色をした空を見上げている。

「こっちであってるよね…。」
 あかねは再び不安げに地図を覗き込んだ。
 もと居た世界にはどんな地図を渡されても、目的地へたどり着けない奇妙な友人、良牙がいるが、土地勘もない、ましてや違和感だけが支配する世界では、地図を見ても全くしっくりと来ない。いや、それどころか、本当に目指す目的地があるのかすら疑わしい。
 小難しい顔をしているあかねを覗きこむように、スライムのルシがちょこんと肩の方へとせりあがってくる。
「ルシちゃんって案外、重いのね。」
 あかねがひたっとほっぺに触れてきたルシに言葉を投げかけた。彼はにっと笑って得意げにあかねを見返す。
「体重が重いって褒めてるわけじゃないんだけど…。でも、ちょっと気持ち良いかも。」
 ルシには癒し系の要素があるのだろうか。先行きの不安が少し取れたような気もする。

 気を取り直して、ルシを肩に乗せたまま歩き出す。

「えっと…この先に、一本の大きな木っと…。あ、あれだわ。良かったあってたみたい。」
 あかねは肩の上のルシに目配せすると嬉しそうに大木を目指す。
「そしたら山道に差し掛かる…。筈なんだけど…。」
 だが、目的地へ続く道を見出せなかった。道がふっつりと途切れていたのである。道がある場所には絶壁が広がっている。凡そ道らしきものはない。
「地図には確かにこの脇に道があるのに…。」
 そう言って地図をさかさまにしたり横にしたりしてみた。現在地が合っているかどうかを確かめたのだ。
「大木もあるし、小川もせせらいでるわ…。確かにここで合ってるみたいなのに…。おかしいな、道がないわ。」
 あかねは恨めしそうに絶壁を見上げる。

「まさか…。これによじ登れっていうんじゃないでしょうね?」
 あかねはじっと山を凝らし見た。
 手をかけて登れる余地もない。ただ、切立った絶壁がそこにあるだけだ。これを登るのはまず不可能だろう。
「乱馬なら登っちゃいそうだけど…。」
 ふと漏れる言葉。野生児の彼なら、「へへん!」と言って勢い良く登ってしまいそうだ。だが、己は彼ほどに度胸も腕力もない。瞬発力なら乱馬をしのぐ力があるかもしれないが、この絶壁を登るためには強靭な体力と持続力が必要だろう。ロッククライミングの道具でもあれば、何とかなるかもしれないが、勿論そんな便利な物は持ち合わせていない。あるのは背中にしょい上げた笈(おい)だけだ。

「本当、何であたし、こんなところに居るんだろう…。行き詰っちゃったかなあ…。」
 あかねは絶壁とそれに続く青い空見上げてまた溜息を吐き出した。









「この卵を育てて欲しいのです。」

 そう言いながらのどかがあかねに託した箱。その中に入っていたのは、夏みかんくらいの楕円形の金の卵と銀の卵が二つ。

「これを育てる?あたしがですか?」
 思わず問い返していた。

 こくんと揺れるのどかの頭。

「この卵にはこの世界の未来が詰まっているのです。これを育てるのが、聖なる勇者の務めなのです。」
 穏やかにあかねに言うのどか。
「聖なる勇者の務めねえ…。」
 勿論、困惑した。
 望んでこの世界へ来たわけではない。それに、自分は乱馬を探さなければならないのだ。卵を育てる義理などない。
「大丈夫…。あなたの探し人もこれを育てて旅をする間に、見つかりますわ。」
 のどかは何でもわかっているかのようにあかねに微笑みかけた。
「これを育てながらこの世界を旅する…。」
 反芻しながらも、あかねは怪訝な顔をのどかに向かって手向けた。

「あなた。」
 のどかの穏やかな呼び声と共に、傍に立っていた玄馬が、ごそごそっと何かを取り出してきた。皮紐でそれらしく括られた茶色に褪せた紙。それを広げると、地図が出てきた。
「これをそなたに。」
 玄馬はそう言いながらあかねに手渡す。
「これは?」
「この世界の地図ですわ。」
 のどかが微笑んだ。
「今のあなたに一番必要な物です。これを頼りに、まずは天道道場へ行ってもらいたいのです。」

「て、天道道場ですって?」
 思わずあかねは問い返していた。
「この世界にも天道道場(うち)があるんですか?」
 そう玄馬に詰め寄っていた。

「ぐ…ぐるじい(苦しい)…そんなに強くワシの襟元をしめんでくれいっ!い、息が出来ぬ。」
 玄馬は顔をしかめながらあかねに懇願した。

「あ…。ごめんなさい。つい力が篭って…。」
 あかねはそう言いながらぱっと玄馬の胸倉から手を離した。

「ふふふ…。そなたは力も強いのですねえ…。なんて頼もしいのかしら。ねえ、あなた。」
 のどかが笑顔をあかねに差し向ける。
「あ、ああ…。物凄い力を持っておるな。喉が絞まって死ぬかと思ったわい。」
 玄馬はふうっと溜息を吐いて見せた。落ち着いたところで玄馬は広げた地図を指で辿りながら、話し始めた。
「この道の先、練馬山の上にある天道道場へまずは行って見るが良い。そこには天道早雲というワシの古くからの友人の仙人が住んでおるでな…。彼が色々とあかね殿に指針を示してくれるはずじゃ。まずは卵をかえさなければ、何事も始まらないからのう…。」
 玄馬が目的地について説明してくれた。
(練馬山の天道道場ねえ…。この世界ではウチって山の上にあるのね…。)
 あかねは思わず苦笑した。それに、父親は「仙人」と来ている。
(ちょっと似合ってるかも…。)そう思った。

「この世界は貴方の知っている世界とはちょっと違っている筈です。あなたに関わっている者との関係や性格など。味方が敵かもしれないし、敵が味方かもしれない。それは追々わかってくるでしょう。だから、決して気を許してはなりません。たとえそれが、現世ではあなたの近習の者だったとしてもです。ここが、あなたの知っている世界の常識では計り知れない世界であることを決して忘れてはなりません!」
 のどかが意味深に言葉を畳み掛けてくる。
「でも、その怪力なら、きっと大丈夫ね。」
 のどかは最後にそう付け加えてにっこりと微笑んだ。
「そうじゃ、そうじゃ!その怪力なら何とでもなろうぞ!」
 玄馬まではしゃいでいる。
「は、はあ…。」
 むすっとしながら生返事した。
 褒められたのか馬鹿にされたのか。
 カチンときたあかねであったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。ここで怒り出してしまっても何の得にもなるまい。そう思って堪えたのだ。

「とにかく、天道道場へ行って、早雲様にお会いなさい。」
 のどかが穏やかに言った。
「それから…。卵はその箱に入っている限りはちょっとやそっとでは壊れないわ。抱えて行くのはきついでしょうから…。」
 そう言うとのどかは、パチンッと指を鳴らした。

「え?」

 あれよあれよと言う間に、箱は形が変わり、背中に背負える仕様になっていた。その様相も山伏が背負う笈(おい)のような感じだ。あまり見栄えが良いとは思えない。
「こ、これを背負うんですか?」
 恐る恐る尋ねて見た。
「ええ…。なかなか良い感じでしょう?これならあかねさんが多少乱暴に動いても大丈夫。卵は割れませんわ。」
 にっこりとのどかが微笑んだ。その笑顔を見ると、無下に拒否もできず、結局は笈を背負っていくことになってしまったのだった。
 今着ている中世風のコスチュームには全然似合わない、変な笈。










「とにかく…。練馬山に登って天道道場へ行かないと、何事も始まらないって…。」
 あかねはまた、溜息を吐いた。
「あーあ。本当にあるのかしら…。練馬山って…。でも、この先は行き止まりだし。戻って王様や王妃様に訊いた方がいいのかしら…。それとも他の道を探しに…。」

 途方に暮れて引き返そうとしたときだった。
「くうん!」
 と、肩のスライムが一声上げた。

『くうん!』
 その声に反応するようにこだまが返ってくる。

「どうしたの?ルシちゃん。」
 何の脈絡もなく啼き始めたルシを見て、あかねはきょとんと目を上げた。

「くうん!くんくん、くうん!」

「え…?」

 その声に反応するように、突然ゴゴゴと目の前の絶壁が裂けはじめる。

「え?えええええっ?」

 あかねが呆気にとられている間に、そこに何と道が拓けた。

「な、何…。絶壁が裂けて、そこに道が?」

 放心しているあかねから、ルシはぱっと飛び降りた。
 早く来いと言わんばかりに、その切立った道へと先に進み出す。
「あ、こうしちゃいられないわ。道が拓けたんだったら、行くっきゃないか。」
 あかねは我に返ると、ルシを追って歩き始めた。

 切立った崖下の道。
 絶壁が裂けて出来た道。
 上を見上げると、ぽっかりと白い雲が空に浮いているのが見えた。
 
 真ん中付近を通り過ぎた頃だろうか。
 前を行っていたルシがいきなりスピードを上げた。ポヨヨンポヨヨンと器用に跳ねながら、全速力で前に行く。
「ちょ、ちょっとルシちゃん…。」
 あかねは追いすがりながら声を出した。
 すると、それと時を同じくして、ゴゴゴゴっと地面が唸り始めた。
「え…。何?」
 立ち止まって辺りを見上げると、広がっていた両岩壁が狭まってくるような感覚を身に受けた。
「ま、まさかと思うけど…。岩壁が閉まってる?」
 そう思って周りを伺う。少しずつ、ゴゴゴと音をたてながら閉じてくる。間違いなかった。

「じ、冗談じゃないわよっ!!!こんなところで閉じられたら、ぺっしゃんこになるわっ!!」

 その後は全力疾走。とにかく前に向かって駆けた。猛スピードで手足を動かした。
 その間にも岩壁は閉じてくる。

「いやあっ!!こんなわけの分からないところで死んでしまってたまるものですかあっ!!!」

 無我夢中で駆け抜ける。
 一目散にただ、ひたすら前を向いて駆けた。

「岩壁を出られたっ!!」

 そう思った時だ。ゴゴゴゴゴっと音がして、岩壁がピタリと閉じる音が後ろでした。
 はあはあと荒い息が漏れてくる。もう動けないほどに駆け抜けた。心臓はバクバク。もうこれ以上は疾走できない。腰が抜けるようにあかねは抜け出したところで佇んだ。何とか閉まる前に岩を通り抜けられたようだった。

「も、もう…。一体全体何なのよおっ!この世界はあっ!!」

 そう叫んだあかねの袂で、ルシがぴょこたんぴょこたんっと跳躍をしていた。まるで前を見ろと言わんばかりにだ。

 あかねは彼の方を見て、更に驚いた。
 石段が果てることなく、目の前に続いていたからである。

「もしかして…。これを登れっていうのっ?」

 あかねはその場に思わずへたりこんでしまった。




二、


 行けども行けども石段は続く。
 前を向いても上が一向に見えない。
 気が遠くなるような石段が真っ直ぐ上に続く。
 一緒に登り始めたルシも途中でへばったのか、あかねの肩にチョコンと乗ってきた。

「ルシちゃん…。」
 右肩が重くなって思わずあかねは苦笑した。
 ベロンっとルシは舌を出してにっと笑う。
「へばっちゃったのね…。しょうがないか…。かといって引き返すわけにもいかないし…。」
 あかねは止らずに必死で登り続ける。こういう場合、途中で止れば、先に行く気力がなくなる。歩みをのろくしても、とにかく足を動かし続けないと、思った。歩みを止めれば、動きたくなくなるのは必定。
「ねえ、ルシちゃん、悪いけど、右肩に乗られたら、片側だけ重くってやりきれないわ。乗っかるなら笈の上にしてくれないかしら?」
 あかねの問い掛けに、わかったと言わんばかりに、ルシはこくんと頷くと、ひょいっと今度は笈の上に乗っかった。そして暢気にも口笛を吹き始める。
「ルシちゃんはいいわねえ…。奔放と言うか、何も考えていないというか…。」
 そのあかねの言葉にルシはにっと笑いかける。
「別に褒めてるわけじゃないんだけど…。」
 苦笑しながらもあかねはまた自分の歩みを続けた。
 延々と続く階段地獄。先端は雲に隠れてどこまで続くかもわからない。
「まさか、天道道場のある天辺は「天国」だなんてことはないでしょうね…。シャレにもならないわよね。」
 汗はだらだらと流れてくる。ルシは眠ってしまったのか、口笛も止みピクリとも動かずに笈の上で大人しい。
 空気がだんだんに薄くなっているのか、疲れが万延し始めたのか、だんだんに息が荒くなっていく。
 太陽も、輝きを失い西の端へと沈み始める。

「もう駄目、これ以上歩けないわ…。今日はここらで野宿かしら。」

 あかねらしくなくそう根を上げそうになった時、天辺に何か建物らしきものが見えた。

「もしかして、天道道場?」

 棒になりかけていた足の疲れも忘れ、あかねはもうちょっとを登り始める。
 我も忘れて、無心で登りつめる。

 登りきった時に、雲間から現われた建物。
「天道道場」と書かれた懐かしい文字。但し、「無差別格闘流」という文字は欠落していたが。
 そこにそびえていたのは見慣れた道場の門戸であった。


「頼もう!!」
 あかねは閉ざされた門の前に仁王立ちになり、思いっきり声を振り絞って、叫んだ。

 ややあって、ギイイと音がし、門戸が開かれた。
 見慣れた建物が門戸の向こう側に拓ける。
 確かに、自分の生まれ育った道場と家が、寸分違わすにそこの建っていた。


「どなたかな?」
 門扉の向こう側から聞き慣れた懐かしい声が響いてきた。天道早雲。この道場の主、己の父親であった。

「お父さん。」
 思わず言葉をかけたあかね。
 いつの間にか起き上がったのか、ルシが笈から降りて、元気に飛び跳ねていた。

「私にはおまえのような子供は居らぬぞ…。」
 早雲が真顔であかねに接した。

「どうしたの?」
 パタパタと音がして、女性が一人、顔を覗かせた。
「なびきお姉ちゃん。」
 あかねは懐かしさのあまり、また言葉が出た。
「なびきお姉ちゃんですって?あたしには妹なんて居ないわよ…。」
 とジロッとあかねを見返した。
「ははーん…。もしかして。お父さん、他所の女に子供でも産ませた?」
 父親の早雲を振り返って言った。
 ぶるるんと早雲は首を横に振る。
「いや、身に覚えはない!私は潔白だ!!」
 
 その言葉を聴きながらあかねは思わず苦笑する。

(そっか…。この世界の天道道場にはあたしは居ないんだ…。パラレルワールドだものね。)

 そうなのだ。ここはあかねの知った世界とは全く違う。居並ぶ人たちは同じ顔、同じ声を発していても、微妙に違うのだ。王妃ののどかもそんなことを言っていた。
 自分が居ないのに不可解はあったが、居たら居たで、これまた一悶着あるに違いない。ならば、いっそのこと存在がない方が気楽かもしれない。
 そんな風に思うことにした。

「あのう…。あたし、あかねと言います。」
 あかねはピョコンと頭を下げた。ややこしくなるだろうから、上の姓はわざと言わなかった。

「ほお…。あかねさん。で、ワシに何か用かね?…あ、言っておくが、お父さんといわれてもワシには全く身に覚えがないことで…。」
 早雲はあかねをじろりと見た。
「失礼しました…。あたしの父や姉にあまりにも似ていたものですから、つい…。」
 あかねはそう言って取り繕った。事実そうなのだから仕方があるまい。
「ほうらみろ、ワシの子ではないではないか。わっは、ははは。」
 早雲は怪訝な顔を差し向けるなびきに笑いかけた。
「ま、いいわ…。で、ここまで上がってきたからには、何か用があるんでしょう?」
 なびきはあかねを見返して言った。
「国王の玄馬様に言われてここまで登ってきました。」
 そう言いながらあかねは背に背負っていた笈を下ろし、結わえてあった文包みを取り出した。
「これを…。これに詳しいことが書かれてあります。
 そう言ってあかねは書状を取り出した。書状はそれらしくペンで走り書きがしてあった。玄馬がこれを早雲に渡せとあかねに託してくれたものだった。あかねがいちいち説明するよりも、これを読んでもらえと彼は出発間際に沙汰してくれたのだった。

「どれ…。」

 そう言いながら、あかねに手渡された書状に目を通した。
 小難しい顔をしながら、読み進めていく。その顔はどの角度から見ても、あかねの知る、父、早雲とそっくり同じであった。口ひげも、身構え方もだ。

「あい分かった。あかねさんとやらは、その卵を育てなければならぬのだな。それで、我が天道道場へ来たというのか。」
 早雲は読み終わると、あかねの方を見た。
「卵はその笈の箱の中にあるのだな?」
 こくんと揺れるあかねの頭。
「確かに、この卵をかえすためには、我が一族の力が必要だろうな。」
「卵をかえす?」
 あかねは驚いたような顔を手向けた。
「ああ、育てろと王妃様はおっしゃったのだろう?ならば、まず、かえさねばならぬだろう。このまま卵で腐らせるわけには行かぬ。育てようと思うなら、まずは孵化(ふか)させなければならない。当たり前のことから始めねばな。」
 早雲の言うことはもっともなことだった。

「孵化させるのにはどうしたら良いのでしょう…。まさか、ずっと抱え込んであたためるなんてこと…。」

 あかねがそう口にすると、なびきが笑った。
「バッカねえ、あんた。鳥じゃあるまいし…。それに、卵をかえしたいからここへ来たんでしょう?違うの?」
 と流し見た。

「え?ここで卵が孵化できるんですか?」
 あかねは不思議そうに見上げた。

「たく…。肝心なことは何も言ってないのかねえ…。早乙女王は。」
 早雲が苦笑いしながらあかねを見た。
「ま、宜しい。こっちへ来たまえ。卵をかえすための勝負をしてあげようじゃないか。」

「勝負?」
 あかねは小首を傾げた。

「あら、卵をかえすにはそれなりに手続きが必要なのよ。ただでかえしてもらえるなんて思ったら大きな間違い。」
 なびきがあかねを嗜めた。
「ただじゃ駄目なんですか?」
「もう…。素人はこれだから…。何においても「代償」は必要不可欠なの。それ相応の代償がないと何事も先には進まない。これは何処の世界でも常識でしょう?」
 ときた。この世界でも姉は姉だ。がめつさにおいては変わらない様子だ。
「じゃあ、金品か何かを差し出すとでも?」
 あかねが問いかけると、
「お金なら、そうね、一個、一千万円ってところかしら…。そのくらいの代償が欲しいわね。」
「い、一千万円?」
 あかねは思わず声を荒げてしまった。
「それでも割安だと思うけど?」
 なびきはにっと笑った。

 がめつい。がめつすぎる。
 異世界において、ますます姉のなびきのがめつさが特化しているような気がした。

「これこれ、なびき。そんな大金をこの娘さんが持ってるわけがなかろう?」
 話を横から聞いていた早雲が口を挟んだ。見かねてそう言ったのだろう。
「あら、お城から来たんだったら持ってるかもしれないじゃないの。お父さん。」
「あのなあ…。あの早乙女王がそんなお金をこの娘さんに持たせるとでも思うのかい?なびきは。」
 早雲は苦笑いしながら娘を嗜めた。
「それもそうねえ…。王妃に財布の紐をしっかりと握られたあのパンダ親父じゃあ、びた一文出さないかな。」
 とっても失礼なことを、なびきは平気で口にしている。
「ま、お金が払えないのなら…。もう一つの方法ね。」
 なびきはじっとあかねを見詰めた。

「もう一つの方法?」
 あかねは顔をなびきの方へと手向けた。
「ええ、お金がないのなら、もう一つの方法へ挑戦することね。この天道道場の師範代と試合してそれに勝てば無条件で卵はかえしてあげるわ。」

「本当ですか?」
 あかねの目が輝いた。

「あたしだってここの道場の娘よ。嘘は言わない。ねっ、お父さん。」
「あ、ああ、まあな。」
 早雲が腕組みする。
「だが、うちの師範代にそう簡単に勝てるかな。」
 ちらっとあかねを見やった。
「やります!勝負させてください!それしか方法がないのなら、喜んでその勝負に臨みます!」
 あかねの格闘少女としての血がうずき始めた。別世界の天道道場。ここの師範代と勝負する。その言葉は刺激的だったのだ。

「まあ、良かろう…。早乙女君も鼻からそのつもりだったらしいし…。だが、先に言っておくが、我が道場の師範代は強いぞ。」

「構いません。私も武道家の端くれ。強い相手とやりあえるのは、願ってもないことです。」




三、


 こうして、卵の孵化をかけて、格闘勝負に臨むことになったあかね。早雲に連れられて、道場へと入った。
 己の知っている天道道場と寸分、違うことない道場がそこへ建っていた。板の間のオンボロ道場だ。ちゃんと壁には「はろい」の書の額がある。その傍には神棚も祀ってある。
 この世界のコスチュームだと、何だかしっくりこないからと、なびきにお願いして、道着を用意してもらった。

「ほお…。ちゃんと道着の着こなしも様になっているではないか。」
 早雲が感心して見せた。
 当たり前である。本来の世界では、日々欠かすことなく、乱馬や父たちと修行を積んでいる。
 ぎゅっと黒帯を締めると、体中に力が満ち溢れてくるように思った。

(やっぱ、このコスチュームよね…。格闘は。)

「では、師範代もこちらへ…。」
 早雲が奥へと声をかけた。

 ややあって、師範代がそこへと現われた。その姿を見て、あかねははっと息を飲んだ。

 真っ白な道着を着て現われたのは、何と、天道家の長女、かすみだったのである。

「かすみ…お姉ちゃん。」
 あかねの口が微かに動いた。

「はじめまして。天道かすみです。」
 そう言ってゆっくりと一礼した。

「あの…。もしかして、あなたが…。」
 あかねが驚いて声をかけると、
「天道道場の師範代です。」
 そう言ってかすみはにっこりと微笑み返した。おっとりとした微笑は、己の知る姉と寸分違わない。だが、かすみも道着を着込んでいた。
 意外だった。まさか、姉のかすみが師範代などとは。
 やはり、自分の知る世界とは違うのだと、改めて思ったあかねであった。

「かすみお姉ちゃんは、お父さんよりもずっと強いのよ…。見てくれはおっとりしていて優しいけれど、一度勝負に入ったら、人格も変わるからね。」
 なびきがあかねにそう説明してくれた。
 いや、確かにその説明どおりかもしれない。己の世界のかすみは、武道などには目もくれず、只ひたすら、主婦稼業をこなしている。それが己の義務とでも言いたげにだ。従って、天道家の稼業でもある格闘技はからっきしだ。元々興味もないことも手伝ってか、勿論、道着に袖を通した姉を見たことはない。幼い頃にも父に手ほどきを受けたこともないらしく、写真一枚だって残っていないのだ。
 それだけに、かすみの道着姿は新鮮だった。

「さて…勝負しましょうね。」
 おっとりとかすみが微笑みかけた。
「よ、よろしくお願いいたします。」
 思わずあかねが頭を下げた。
「はい、こちらこそよろしく、お願いします。」

 武道をしていても、その、独特なテンポはそのままだ。さっと身構えるあかねに対して、動作そのものがゆっくりだった。
(…テンポが遅すぎて何だか調子が狂っちゃうわ…。)
 最初にそう感じたくらいである。

 観客は早雲となびき、そしてルシの二人と一匹。なびきは何故かハンディビデオまで持ち出してきて観戦している。ビデオカメラに対戦をおさめようとでも言うのだろうか。
 
「先に参ったといった方が負けだ。良いな!両者!一本勝負。はじめっ!」
 早雲が格闘勝負の開始を宣言した。

「でやあああっ!!」
 あかねは、開始一番、かすみ目掛けて突進していった。
 ここは様子を見るためにも、先に仕掛けようと思ったのだ。
 目の前に立ち塞がるかすみは、あかねの突進にも微笑みながらじっとしている。
「貰ったあっ!!」
 あかねの蹴りがいきなり彼女の目の前で炸裂した。
「え?」
 次の瞬間だった。かすみはふわっと空へと飛び上がり、難なくあかねのとび蹴りを避けたではないか。そして、音もなく着地する。

「で、出来るっ!!」

 あかねは着地ざまにそう直感した。
 
「さあ、どんどん、いらっしゃいな。」
 かすみはおっとりとだが、しっかりと煽る。

「じゃあ、遠慮なく、行かせてもらうわっ!!」
 あかねは身体を翻すと、再びかすみ目掛けて突進した。
(今度は外さない。)
 そう思った彼女は柔軟な身体を翻して、かすみへと襲い掛かった。
「はっ!ほっ!だあっ!やーっ!!」
 右手も左手も右足も左足も、四本全てを使って、果敢にかすみに攻めかかる。
 だが、あかねの全ての攻撃をかすみは難なく避けてしまう。当たったと思った瞬間、そこにはかすみの実体がなく、あかねの蹴りや拳が、虚しく空を切るのだ。

「あ、当たらないっ!!」

 そうなのだ。どれだけスピードをあげても、かすみの体にかすりもしなかった。
 かすみは余裕があるのか、ずっと微笑を絶やさない。かえってそれが不気味に思えたほどだ。
 ぞくっとするほど、かすみは強かったのである。
 もし、己の世界でも、かすみが本気で格闘修行すれば、こうなるのではないかと本気で思ったほどだ。

 あかねの額から汗が滴り落ちてきた。
 だが、目の前のかすみは、汗一つかくことなく、アルカイックスマイルの如く、かすみスマイルでにっこりと微笑み続けていた。
 その崩れない微笑が、あかねにはかえって恐ろしく思えた。
 紗江彩かなえ笑顔なのに得体の知れぬ恐怖が襲い掛かる。

(気…。気技を使うしかないわね。)
 咄嗟にそう思った。

 乱馬との修行の日々の中で、あかねも気の技を習得していた。まだ、彼の放つ「飛竜昇天破」ほどの大技は打てなかったが、それでも、ある程度の破壊力はある。
 ここで通用するか否か、試してみる価値はあろう。

 ぐっと拳を握り締めた。
「はあああっ!」
 そして、丹田から全身へと気を張り巡らせる。己の中の気を一気に上昇させ、握り締めた拳へと集中させていく。
 その間もかすみはにこにこと笑顔を手向けていた。

「行くわよっ!今度こそ、外さないっ!」
 あかねはきびっとかすみを見上げた。

「はい、いらっしゃいな。」
 おっとりとかすみが言葉をかけた。

「この勝負、勝たせてもらうわっ!」
 あかねはぎゅっと気を溜め込んで握り締めていた拳を、繰り出しざまに、ぱっと開けた。
「でやああああっ!!」
 大いなる掛け声と共に、あかねの闘気が掌から発せられた。

 ドオン!

 爆裂するようにあかねの気が一気にかすみ目掛けて弾け飛ぶ。
 
 もうもうと上がる、白い煙。

「やった!」

 そう思っていた。
 確かに気はかすみに命中した。あの気をまともに受けては只ではいられまい。

 だが、消え始めた煙の向こう側に、かすみの影を認めたあかねは、はっとしてそのまま立ち尽くした。
 そうだ。かすみはにっこりと微笑んだまま、あかねをじっと見詰めていたからだ。

「な…。何故?あたしの気はまともにお姉ちゃんに当たったはずっ!!」

 だが、現実、かすみは倒れるどころか、そのまま、何事もなかったかのように佇んでいるのだった。
 
「あなたのその気技は、私には通用しませんよ。あかねさん。」
 かすみはそう語りかけた。
「だって、私はかすみ…。その名の通り、気がすり抜けて行くんですもの。」

「な、何ですって?」

 あかねは苦し紛れに、もう一発かすみに気弾を打ってみた。さっきよりも数段小さな気弾だ。
 その気はかすみの身体を確かに通り抜けて行く。確かにそこにかすみの体が存在するにも関わらずだ。

「ま、まさか…。あたしが相手しているのは…霞。に、人間じゃないっ!!」

 そうだった。ここは異世界。相手にしているのが、何も血が通った人間とは限るまい。どんな生体が居るか、未知の世界だった。
 のどか王妃が「あなたの世界の常識では計り知れない世界であることを決して忘れてはなりません!」と投げかけたことを、俄かに思い出したのである。
 あかねの目が恐怖に見開かれていく。冷たい汗が背筋を伝っていくような気がした。

「今頃気付いたのね。」
 目の前のかすみはにっと笑った。
 と、周りから白い煙がもうもうと上がり始めた。

「秘儀!霞の舞い!」
 かすみの澄んだ声が響き渡る。
 と同時にどこからともなく、かすみの攻撃が始まる。
 それからだ。今まで全く攻撃してこなかったかすみの反撃が始まったのは。
 彼女の蹴りも拳も威力はなかったが、だが、確実に外さないようにあかねに仕掛けてくる。それも、白んだ煙のせいでどこから飛んでくるか皆目見当がつかないのだ。
 いや、これは実体からの攻撃ではなかった。何処からともなく、気が飛んでくる。それも一方向ではない。確かに煙はあるものの、かすみは目の前に居る筈なのに、後頭部から飛んできたり、足を薙ぎ払われたり。

 威力はなかったが、予想だにつかない攻撃に、だんだんとあかねは追い込まれ、翻弄されていった。




四、


(あたしは負ける?)
 その恐怖に捕らわれた時だった。

『そんな弱気でいいのか?ここで諦めちまうなんておめえらしくもねえ!』

 どこかで声が聞こえた。
 厳しいけれど懐かしい声。

(乱馬…。)

『そんなことじゃあ、俺を助け出すどころか、生きて元の世界には帰れねえぜ!それでいいのかよう!』

 声の主は畳み掛けて来た。

(嫌だ…。このまま負けて終わるなんて、絶対に嫌だっ!!)

『じゃあ、底力出せ。冷静になって考えろっ!全身を目にするんだ!戦いに勝つために!』

 あかねはその言葉に耳を傾けると、じっと目を閉じてその場へ佇んだ。
(冷静になって、全身を目にして…。)
 全身を研ぎ澄ませ、道場中のあらゆる所へと感覚を飛ばした。

「勝負を投げたのかしら?ふふふ。」
 かすみの声が響く。

(感じる!目の前に居るのは実体じゃない…。そして、この感じ…)
 全身を研ぎ澄ませ、かすかに伝わってくる「気配」をあかねはとらえた。

(背後に誰か居る!)
 勝負を見つめている早雲でも、なびきでもないその気配は、一所に留まらないで、ゆっくり移動しながらあかねを見つめてる。
(これってもしかして…。)
 あかねは唐突に悟ったのだ。そして道場中を見渡した。
(一か八か仕掛けてみよう…。)

 あかねはくわっと目を見開いた。そして、全身の気を一点に集中させ、再び気弾を打つ構えを取った。

「無駄です。私には気弾は効かないの。」
 かすみが笑った。

「そんなこと、わかってるわよっ!」
 あかねは目の前のかすみに言葉を吐きつけると、さっと後ろへと向いた。
 そして、全く明後日の方向へと、気弾を打ちつけたのだ。

「なっ!!」

 その気砲は、あらぬことか、なびきの持っていたハンディビデオを貫いて弾けた。
 バキッ!
 ビデオは粉々に砕け飛ぶ。
「きゃあっ!」
 その反動でなびきは後ろに吹っ飛ばされた。
 と、目の前のかすみの姿がブンっと音をたてて崩れ去るように消えてなくなった。

「ちょっと、何てことするのよっ!」
 なびきが怒鳴ったのを受けてあかねは吐き出した。
「それはこっちの台詞よ!!」
 あかねはきびっとなびきを睨み付けた。
「そのビデオはかすみお姉ちゃんを映し出す投影機。そう、あたしが相手していたのはかすみお姉ちゃんの本体じゃない。あたしはずっと虚像相手に格闘していた。違うかしら?」
「そんなことどんな証拠があって…。」
 あかねの強い言葉にしらを切ろうとしたなびきの背後で声がした。

「やめなさい、なびきちゃん。もう勝負はついたわ。」

 道場の脇からかすみが姿を現した。

「かすみお姉ちゃん。」
 なびきが姉を振り返った。

「もういいのよ、なびき。」
 そう言いながらかすみはあかねに向かい合った。

「ごめんなさいね。あなたの言うとおり、映像を通して私は戦っていました。虚像にあなたの相手をさせていたの。わからないように煙幕も張って。」
「やっぱり…。だからいくら戦っても攻撃はかすりもしなかったし、攻撃がどこから飛んでくるかさえも見当が付けられなかった。危うく騙されて負けるところだったわ。」
 
「おまえたち…。そんなことをして今までずっと戦ってきたのか?」
 呆気にとられた顔で早雲が声をかけてきた。

「あら…。お父さん。今まで全然気がつかなかったの?鈍いのね。」
 悪びれる風でもなく、なびきがごく当然よと言わんばかりに言葉を吐いた。
「おまえたち…。」
 心なしか早雲の目が涙目に潤んでいる。
「だって、仕方がないでしょう?この世界は今、訳の分からない邪気に満ち溢れているし、この道場を本当に継ぐべき御方は行方不明になってるんだから…。」

「え?」

 あかねは思わずなびきに向かって驚きの目を差し向けた。

「悪かったわね。あかねさんとやら。今言ったとおり、本当はもう一人この道場に子供が居たらしくって、その子が本来ならこの天道道場を仕切っている筈なの。」
 かすみが説明しだした。
「居たらしくってって…。」
 どういうことかとあかねはきびすを返した。
「居たらしいというそんな曖昧な表現しかとれないのよ…。私たち家族の間から、その子の痕跡も記憶も忽然と消えてしまったの…。どんな顔だったのか、名前すら思い出せないの。兄だったのか妹だったのかも…。ただ、もう一人居たという忽然とした事実だけが記憶の片鱗に残っているの。」
「はあ…。」
 良く飲み込めずにあかねは生返事を返した。

「あたしたちはその子の代わりに、とにかくこの道場を守らなければならないの。ここにはね、あんたみたいに、挑戦者は時々やってきては聖なる力を求めて来るのよ。」
「聖なる力?」
「ええ。聖卵や魔卵をかえす能力とでもいうのかな…。あなたが持っているような聖卵をかえすことができるのはかすみお姉ちゃんだけの力なの。私たちの一族の選ばれた者だけが受け継ぐ聖なる力ね。時に聖なる卵だけではなく悪しき卵もかえることがある。それを防ぐ意味でも、そう容易く卵をかえすことはできない。」
 なびきが一気に喋った。
「それで、こうやって二人、協力して勝負をして、その者の英知と力を試しているの。邪悪なるものは、邪悪な手で勝負を挑んでくるわ。あたしが持っていたカメラはかすみおねえちゃんを写す役割だけではなく、相手の邪心を吸い上げてしまう、そんな力を持っていたのよ。」

「知らなかった…。」
 早雲が真顔で二人の姉妹を見詰めていた。この父親は本当に知らなかったらしい。

「なびきちゃん…。もういいわ。確かにこの子からは何の邪心も感じられなかったし、多分、国王様からの手紙も本当のことでしょうから…。」
「そうね…。こんな間抜けな悪人も居ないか。」
「それってどういう意味よ!!」
 あかねが真っ赤になって怒ると
「まあ、いいから、いいから。」
 と調子よくなびきがとりなした。

「国王様からの手紙には、この卵にはこの世界の未来が詰まっているって言ってたわね…。」
「ええ、じゃあもしかしたら、ここの道場の本来の跡継ぎの子の記憶にも繋がるかもしれない…。いいわ、お姉ちゃん。この子の聖卵、かえしてみましょうよ。」

 いとも簡単に事が決まった。


 あかねは促されて、笈から卵の箱を取り出した。

「わあ、金と銀、二つもあるのね。」
 なびきの目がきらりと光った。
「じゃあ、始めましょうか。」

 かすみはにっこりと微笑むと、胸の前で両掌をピタリと合わせた。そして、何か祈りのような言葉を熱心に唱え始める。
 かすみの体がぱああっと光り輝き始める。長く後ろに垂らされた髪がゆらゆらと空へと舞い上がり始める。
 物凄い気が彼女の体から湧き上がってくるのがあかねにもわかった。思わずごくりと唾を飲む。

 ひとしきり祈りを込めたあとで、かすみはあわせていた手を卵の箱へと差し出した。と、彼女の手の先からキラキラと砂塵のような光が流れて行く。それは真っ直ぐに金の卵の方へと入っていった。
 卵は光に共鳴するかのように、金色の光を解き放ち始める。

 ピキピキピキッ!
 
 卵の表面に、一気に割れ目が入った。

「生まれるわ!!」
 そうなびきが言った時だった。

「オギャアーッ!!」
 中から一人の男の子が生まれ出た。凡そその卵とは大きさが違うその子は、金の卵から出たと同時に、人間の赤子と同じ大きさへと膨張したように見えた。
 勢い良く泣き叫ぶ男の子。

「え…。」
 あかねはその顔や姿を見てぎょっとした。
 生まれたばかりなのに、目鼻立ちが随分しっかりとしている。いわゆる普通の赤子ではなかったからだ。
 しかも、男の子の後ろには、きちんとおさげまで編みこまれている。
 素っ裸ではあったが、生まれた時から首も据わり、おさげがある。常識では考えられないことだった。

「ら、乱馬?」

 思わず口を吐いて出た名前。

 その名前を呼ばれて、赤子は、泣き止み、じっとあかねの方を見詰めた。そして、にっこりと笑いかけた。
 天使の微笑み。

「これって…。乱馬の卵だったの?」
 あかねの目は驚きで大きく見開かれていった。



つづく




戯言 その3
かすみさんとあかねちゃんとを一度闘わせてみたくって書いてみました。かすみさんって本当は強いんじゃないかなあと勝手に思っています。あの笑顔で挑んでこられたら、やっぱり怖いと思いませんか?
さて、ついに生まれてしまったのは金の卵。本当に乱馬なのでしょうか?
次は是非、あかねちゃんの子育て奮闘記をお送りしたいと思っています(こらこら)。
あ、いや、別に育成ゲーム調へ話を持っていこうというのではありません。
でも、育成してみたい…。鎖骨麗し乱馬君。(やめいっ!!)

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