◇らせつ

第二話  起動


一、


「あんたたち、乱馬に何を、何をしたのっ!」
 今見た光景が信じられず、あかねは銀髪の青年へと食って掛かった。

「大丈夫…。彼は死んだわけじゃない。ちょっと異世界へ取り込まれただけだよ。」
 青年は冷徹な光の目をあかねへと転じながら言った。
「取り込まれた?…。あなたたち何なのよ。」
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はルナ。そして、あちらはアルテミスだ。」
「ルナとアルテミス…。で、あんたたちは乱馬をどうしようっていうの?彼はどこへ消えたのよ。目的は何?」
 矢継ぎ早に繰り出される疑問をルナはせせら笑うように答えた。
「彼にはある場所へ出向いて貰った。どうしても、僕らの目的を果たすためには、君たちの力が必要なんでね。」
「目的?」
「まあ、それは置いておいて…。安心おしよ、彼を取り返すことはちゃんとできるんだよ、あかねさん。ただ君にその気と力があるかどうか次第だけれどね…。」
 ルナはそう言ってあかねを見下ろした。冷たい瞳だった。
「それってどういうこと?」
「簡単だよ。君が彼を取り込んだ世界へ出向いて救い出せば良いんだ。」
「救い出すって…。」
 ルナの瞳の輝きに、気圧(けお)される自分を奮い立たせながら、あかねはきっと視線を投げ返す。真っ直ぐな彼女の瞳がルナを睨みあげる。
「ふふ、勝気そうな瞳をしている。…いい光だ。その分なら彼を助けられるな。」
「ちょっと、はぐらかさないでちゃんと説明なさいよっ!」
 あかねは語気を荒げた。
「簡単なことさ。文字通り、彼を取り込んだ異世界へ、直接君が行って、彼を見つけ出し、そしてこちらへ連れ帰れば良いんだよ。」
 ルナはじっとあかねを見据えながら答えた。
「今、君の彼は彼女が作り出した異空間に居る。魂ごと肉体も飲み込まれたんだ。異次元のパラレルワールドへ。」
「パラレルワールド?」
「そう…。君たちの世界で言うと、電脳的バーチャル世界とでも言うのかな。一種のゲーム世界だよ。これからゲームが始まるんだ。君がゲームの主人公になって、敵を倒しながら異世界を旅して彼を見つけ出して救い出す。どう?楽しそうだろ?」
 にっとルナは笑った。
「何を訳がわからないことを!」
 要領を得ないルナの説明にあかねはますます激しく言葉を吐き出していた。
「まあ、尤も、君はこのゲームを拒否できないんだけれどね。」

 そして、一呼吸、わざと置いて、あかねに説明する。

「何故なら君がこのゲームへの参加を拒否することは、彼の死を意味するからね。」

「死っ!?」
 唐突な言葉に、あかねは思わずきびすを返してしまった。
「そうだよ…。異世界へ取り込まれた彼は自分の力だけではこちらへは戻っては来られない。君の手で取り戻すしか術はない…そう言えばわかるだろう?」
 ルナはポンっとあかねの肩に手を置いた。ぐいっと手先があかねの肩に食い込む。
 冷たい。
 その手は首筋から震え上がるほど冷たかった。
 このゲームから君は逃れはできない。
 無言でそう語りかけてくるほど冷たい。

「わかったわ…。あたしには選択の余地はないってことね…。あたしが行かなければ、乱馬はこちらへは戻ってこられない。」
「そう、物分りが良い子は好きだよ。」
 そう言いながら青年は吐息を吹きかける。やはりぞくっとするほど冷たい息だ。

 あかねは自分の背中にまわされかけたルナの手を払いのけると、きっと見据えた。

「いいわ、付き合ってあげる。乱馬を取り戻す術(すべ)がそれ以外にないのなら。」

「決まったっ!」
 にこっと青年はあかねに微笑んだ。

「アルテミスッ!」
 青年はさっきまで乱馬と対峙していた女を見上げて呼びかけた。
「彼女が了解してくれたよ…。さっきの乱馬とかいう少年を取り込んだ世界へ行く決心をしてくれた。」
 そう語りかけた。

 その言葉を受けると、女はにっこりとモニター越しに微笑みかけてきた。
『勇敢なお嬢さんが承知してくれて良かったわね、ルナ。』

 と、あかねの立っていた場所が急に広がり始めた。

「え?」

 今まで取り囲んでいた壁が綺麗さっぱりと取り払われていく。それだけではなく、目の前に巨大な機械が現われた。一昔前のSF漫画に出てきそうな大掛かりな機械がそこにドンっと姿を現したのだ。

「君の意思がなければ、この機械は動かせないんだ。君は異世界へアクセスして彼を救い出すと決意してくれた。だから、これから君をこの機械でバーチャル世界へとアクセスさせられる。君はこのゲームの主人公となって、さっきの乱馬という少年を探す旅に出るんだ。」

「ゲームの主人公ですって?」

「ああ…。君らの世界じゃあ、ロール・プレーイング・ゲーム、RPGとでも言うんじゃないかな。主人公は経験値に基づいて戦闘能力を上げて戦い抜く。あれさ…。」
「ロールプレーイングゲーム…。DQやFFみたいなものかしら…。やったことないからわからないけど…。」
「詳細はゲームの中に入れば追々わかるだろうよ…。勿論、お助けキャラもたくさん登場するから心配はない。君はこのゲームで勇者を演じるんだ。」
 そう言いながら青年はヘルメットのような被り物をあかねへと差し出した。
「これ。」
「これを装備することによって、バーチャル世界へとアクセスできる。これを被った時点でゲーム開始だ。どう?理解できた?」

「半分もわかんないけど…。まあいいわ。とにかく、これを被って始めればいいんでしょう?それに…。あたしには選択の余地はない。」
「そういうこと…。」
「乱馬を救い出せれば、また、戻れるんでしょうね?元の世界へ…。」
「ああ、それは僕が保証する。」
 ルナはポンと胸を叩いた。
「信じるしかない…か。じゃあ、行くわ。あたし。」
「幸運を祈るよ。お嬢さん。」

 あかねは青年に促されるままに機械につながれたコードが絡む椅子に腰深くかけると、差し出されたヘルメットを装着した。

『接続!(アクセス)』

 機械の声と共に、目の前の景色が歪み始めた。

「乱馬…。待ってて。必ずあたしが助けてあげる!」

 身体に軽い電極が走って、だんだんと意識が遠のき始めた。
 と、虹色の光が差し込めあかねの姿が椅子からふっと消えてしまった。


「行ったか…。」

 と、モニター画面が現われて、文字が打電され始めた。
「TENDO AKANE AGE17」
 そう文字が読み取れた。

「アクセスは成功したようだわルナ。」
 アルテミスがそう言って笑った。
「あの子なら見つけ出せると思う?」
「ああ、多分な…。」
「あなたもまどろっこしいことをするわね。」
「羅刹(らせつ)を蘇らせるためには手段は選べない。そうだろう?」
「そうね…。」
「さて…。あの子がどんな風に闘っていくのか。俺たちもモニターで楽しませてもらおうじゃないか。」
「高みの見物ってわけね。」
「今度こそ…。羅刹を蘇らせることに成功したいからな。」
「やっと見つけ出せた雌雄同体の人間と女神ですものね。」
「そうだ。今度こそ羅刹が喰らい付いてくれるだろうさ。あの「あかね」という少女ならば…。」

 あかねと乱馬を飲み込んだ機械はウインっと一つ音を上げると、何やら躍動を始めた。

「アクセス成功か…。さて、始まるぞ。」
 二人は肩を寄せ合うと、モニター画面を食い入るように見詰めた。

「・・・WELCOME TO OUR WORLD・・・」
 モニターへ赤い血の色の文字が光り始めていた。



二、


 はあ…。


 あかねは思わず大きな溜息を吐き出した。

 天空に浮かぶのは、ほんわか白い雲。そよ吹く風は春のように柔らかだ。どこからともなく、小鳥のさえずる声まで聞こえてくる。
 着ているのは、中世ヨーロッパの騎士を思わせるベージュ色のコスチューム。パンツルックスタイルだ。ボーイッシュな雰囲気がショートカットヘアーのあかねには良く似合っている。

「一体全体、何なのよ、この世界は。」
 辺りを見回しながら、吐き出した。

 機械とアクセスした途端、眩いばかりの光に包まれ、物凄い勢いで、落ちていくような感覚に襲われた。その中で、脳内にたくさんの情報が洪水のように押し込まれて来た。この世界の簡単な成り立ち、そして、自分が何をしなければならないのか。
 いわゆる、ゲームのプレリュードのような情報だった。
 空間を落ちながら、その音無き声はあかねにこれからの世界を示唆したように思った。 とにかく、乱馬を探さなければならない。
 最初に行くべき場所は「小さな城下町」。そう、脳へと暗示された。

 どのくらい空間を落ち続けたのか。終わらないほど奈落へと突き落とされたような気もする。一切は謎であった。







 そして、気が付くと、このだだっ広い野原の真ん中に放り出されていたのだ。
 どうやら、ここがスタート地点らしい。

 周りを見ても何の変哲もない青草。
 天上にはちゃんと太陽もある。
 美しい田舎の風景には違いなかったが、確かに、何かしら「違和感」はある。
 それがどこから来るのか、あかねは辺りを見回して理解した。
 草や木や花は確かに普通に存在するのだが、どこかよそよそしく見えたのは「生き物」の姿が見受けられないことに気がついたのだ。
 普通、このような草むらに一歩足を踏み入れれば、虫だの小動物などの気配があるはずだが、ここには全然ない。草花は確かに良く見かけるタンポポや野アザミ、芝草といったどこにでもあるごく普通の雑草であったにも関わらず、全ての葉や茎が理路整然と天空へと伸び上がっていた。
 そう、葉っぱには虫食い痕一つ見つけられないのだ。

「何か異質なのよね…。作り物の世界のようで。」

 あかねは困惑しながらも、次に向かうべき城がどこにあるのか考えあぐねていた。

 と、ザザザザと草むらの向こう側から気配が漂ってきた。
 思わず、腰に結わえてあった小さなナイフを握り締める。彼女に与えられた武器は今のところこれだけだ。
 キラッと何かが目と鼻の先で光った。
 と、そいつが、にゅっと顔を出した。

「きゃあっ!!」

 ぼよよんと何かが身体に体当たりしてきた。枕ぐらいの空色の物体。

「ええ?」
 と思ったときだ。そいつと視線がかち合った。

「きゅうん!」
 そいつは視線が合うと、にっと笑ったように見えた。
「きゅううん!」
 攻撃されると思って手にナイフを握り締めた。だが、そいつは、攻撃してこず、何やらピョンピョンとあかねの周りを回り始めた。

「この子…。スライム…。」
 初めてあかねはそいつの全形を目の当たりにした。枕くらいの大きな水の塊といった感じのそいつには、大きな目が二つと、両側に避けた口が一つあった。頭の先が心なしか尖がっている。
「敵意はなさそうよね…。」
 あかねはおそるおそるそいつにタッチしてみた。ぬるんとした独特の肌触り。あかねに撫でられて、そいつはにっとまた笑ったような気がした。それから、がさがさと身体をあかねの腰辺りへと傾けてくる。それから、また何かを乞うような瞳をあかねに差し向けた。
「え?なあに…。これ?この巾着袋に用があるのかしら?」
 あかねはスライムが懸命にまさぐろうとしている、巾着袋を手に取ってみた。ゴツンとした感覚。何かが入っている。
 スライムはあかねの手にした巾着に、キラキラとした視線を投げかけている。
「これを開けろって、言いたいのかしらね。あんたは。」
 あかねは、苦笑いしながら、巾着袋の紐を解いた。と、中には胡桃のような木の実が入っている。
「これ…。木の実?」
 あかねが胡桃くらいの丸い木の実を人差し指と親指でつまみあげると、横からパクンっとスライムがそいつに喰らい付いた。
 ぬるんとした感触が手をすり抜ける。
 スライムは木の実をあかねから咥え取ると、ぽよよん、ぽよよんと嬉しそうに跳ね上がった。見ると口が動いて、もごもごとやっている。

「た、食べちゃった?」

 あかねは半ば呆気に取られてその様子を見ていた。
 ひとしきり、もごもごやった後、スライムはそいつを飲み込んだようだ。と、それからあかねの頬へ自分のでっかい顔を近づけてすりすりし始めた。
「く、くすぐったいわ!」
 あかねが笑い転げると、スライムは、ぴょこっと脇に立った。それから、あかねをじっと見上げると、とある方向に向かってぴょこたん、ぴょこたんと動き出した。
 ちょっと進んでは、あかねの方を振り返る。
 まるでついて来いと言わんばかりの動作をしたのだった。

「え?こっちへ来いって?」
 あかねが目を差し向けると、またぴょこたん、ぴょこたんと進む。そしてふり返る動作を続ける。

「わかったわ。ずっとここに居ても埒が明かないから、ついて行ってあげる。」
 あかねはズボンについた草を払うと、スライムの道案内について行った。
 案外、スライムというのは早く進む生き物だった。一回の跳躍で二、三メートルは飛べるのではないかと思った。
「あんた、結構、足が速いのね。って、足はないか。」
 ともすれば、あかねの方が遅れがちになる。いつしか辺りの風景は野原から森の中へと変化していた。
 木々が鬱蒼と、辺りを覆い尽くす。やはりどこか、わざとらしい風景でもあった。枝葉がこれまた整然と上空へ延び上がる。
 あかねは辺りをきょろきょろと見渡しながら進み続ける。
 どのくらいスライムの道先案内について歩いただろうか。小一時間、いや、もっとかもしれなかった。
 スライムは時々確かめるようにあかねをふり返ると、また、ぴょこたんと先に行く。

 と、木々のトンネルの向こうに、明るい世界が見えた。日が差し込めているのが確認できた。
 スライムに誘導されるがままに、あかねはそのトンネルを抜け出て、驚いた。
 きらっと光る太陽はともかくとして、その向こう側に、中世ヨーロッパ風の城が聳(そび)え立っていたからだ。小高い丘を背景にして、城壁が張り巡らされている。その城壁を取り囲むように、その町はあった。

「城下町…。」

 ゲームを始めたときに、脳内に予め刷り込まれていたのだろうか。懐かしいような、見たことがあるような風景に思えた。

「既視体験(デジャウ)…。」

 一瞬立ち止まったあかねに、スライムは更に付いて来いと言わんばかりに歩いていく。

「ちょっと、待ちなさいってっ!!スラちゃん!」
 思わず、彼にそう吐き出していた。勝手につけた名前である。
 スライムは慣れたもので、全然気にすることも無く、城下町の門戸を通り抜けようとした。

「待てっ!!」
 門を守っていた兵士に案の定呼びとめられた。両側から二人のでかい男があかねたちを睨みすえた。
「どこへ行く?」
 当然のことながら、兵士はあかねに行き先を訪ねてきた。
「えっと…。」
 勿論、行き先などないあかねは答えに窮した。
 だが、スライムの方は、人間のやりとりなどお構い無しで、ずんずんと先に行こうとした。
「こらっ!スラちゃんっ!!駄目よ勝手に…。」
 あかねが慌てて声をかけた。
「この、スライムめ!ここから先は行かせぬっ!!」
 構えた兵士が、スライムへと槍先を向けた。
 慌てたのはあかねだ。このままだと、あの槍に串刺しにされる。
 どうしようかと迷った時だった。
 パアアっとスライムの身体が乳発色に光りだしたのだ。
 それはそれは美しい光だった。

「おお…。これはルシファールさまっ。」
「失礼いたしました。」
 兵士たちの語気が和らいだ。いやそれだけではない。

「え?」
 きょとんとしているあかねの目の前で、兵士たちが、スライムに最敬礼しているではないか。よほど、高貴なスライムなのだろうか?
 スライムは発光させた身体をあかねに差し向けると、またにいっと笑った。

「この女はもしや…。」
 兵士はさっとあかねに対して敬礼した。
「これは、失礼つかまつりました。ルシファール様が選ばれし勇者様とは知らず…。」

「勇者?」

 聴き慣れぬ言葉にあかねは怪訝な目を兵士たちに差し向けた。

「ええ、あなた様はきっと国王様が待ち受けておられた、異世界から召喚された勇者様でございましょうや。」

「まあ、異世界から来たと言えばあたってるかもしれないけれど…。」
 完全に困惑したままあかねが答えた。

「おお、やはり…。」
 二人の兵士の顔が明るくなった。
「ささ、どうぞ、お通りください。行き先はこのルシファール様が知っておられます。」
「国王陛下が首を長くしてお待ちになっておいででしょう。」

「通してくれるって言うのなら…。行きます。」
 あかねはすうっと胸の前で息を吐き出すと、スライムへと目を転じた。
 ルシファールと呼ばれたスライムは、乳白色に光っていた身体を再び元の空色へと戻していた。彼はあかねを一度だけ振り返ると、また先へと進み始めた。

「ついて行けばいいのよね…。」

 あかねは意を決すると、スライムに従った。



三、

 門壁の中の城下町はそこそこの賑わいだった。
 映画のセットのような、レンガ造りの建物が立ち並び、土の道を人や牛馬が行き交う。本当に中世世界に足を踏み入れたような光景だった。それぞれ西洋系、東洋系、中東系と顔立ちは違うものの、聞こえてくる言葉は「日本語」という、不思議な世界であった。
 スライムは何の違和感も無く、城下町の風景へと溶け込み、あかねを城へと誘って前を歩いていた。城下町の賑わいを通り抜け、真っ直ぐに中央の通りを城へと突き進む。
 人々はスライムとあかねを見ると、耳元で何か囁いている。しかも、その声は離れているのに、嫌にはっきりと耳に響いてくるのだ。

「ほら、あの子かしら。」
「国王様が待ち焦がれていたという女の子は。」
「へえ…。可愛いじゃないか。」
「あんなので本当に魔王が倒せるのかねえ…。」
「ルシファール様がお連れしたんですもの、きっとあの子なのよ、勇者は…。」

 耳元に声が届く。
 あかねは聞こえないふりをして、とにかく先を急いだ。

「ルシファール…。あんたの名前はそう言うの?」
 あかねは先に行くスライムに問いかけた。そうだと言わんばかりに、スライムはぽわぽわと身体を光らせて見せた。
「へえ。素敵な名前ね。でも、ちょっと呼ぶのには長いわね。ルシちゃんでいいかしら?」
 あかねはそう話しかけた。
 ルシファールはいいよと言わんばかりに、ぼよよんっと一つ大きく跳ね上がった。
「じゃ、あたしはルシちゃんって呼ばせてもらうわ。さて…。で、あたしをどこへ連れて行くの?ルシちゃん。」
 ルシはこっちこっちと言わんばかりに、中央の大門へと跳ね上がった。
「閉じてるわよ…。門は。」
 あかねは苦笑しながらルシを見下ろした。大きな鉄の城門はピタリと閉じられていた。

 ルシはぽよよんっと一跳ねすると、ぽわあああっとまた光り始めた。今度は赤い光を発した。
 と、その光に鉄門が反応した。
「え…。」
 
 ギギギギギっと軋んだ音をたてながら、門戸が開いた。

「嘘…。」

 あっという間だった。城門が開くと、またルシはぽよよんと跳ねながら、中へと入って行く。

「お邪魔しまあす…。」
 こくんっと頭を下げて、そう問い掛けながらあかねも城門の中へと足を踏み入れた。
 中は手入れが行き届いた庭があった。花壇が花をたくさん揺らせていた。やはり、どことなく「わざとらしい」風景だ。
 ルシは構わずどんどんと城の奥へと入っていく。
「待ってよ…。勝手に入っちゃって良いの?」
 あかねは追いつくのがやっとであった。
 どんどん進むルシは、あかねを城の中へと導いた。
 大きな柱を抜けて、一歩中へ踏み込むと、赤い絨毯がこれ見よがしに敷き詰められていた。天井は吹き抜けかと思われるくらいに高い。城の中はずっと真っ直ぐに回廊が続いている。真ん中に一本通った絨毯の道の両脇に、ずらりと鎧が並んでいる。
「あんまり気持ちの良い景色じゃないわよね…。」
 立ち並ぶ鎧たちを見上げながらあかねは言った。
 と、ガシャッと入ってきた城門が閉ざされる音が響いた。
「あちゃー。閉まっちゃったわ…。ってことは、戻れない。先に進むしかないってこと…よね。」
 さすがに心細くなったあかねだった。だが、ここで立ち止まってもしかたがあるまい。ぐっと握りこぶしを作ると、先を跳ねるルシを追った。程なく行くと、階段があった。そこに掲げられている大きな油絵。それを見て、あかねは仰天した。

「ら、乱馬?」

 正面に掲げられた数メートルはあろうかという油絵。そこには、見慣れたおさげの青年が鮮やかに描き出されている。それも、いつも見る彼よりも数段に良い男だ。いや、正確には、ちょっと大人になった感じだった。
 あかねは呆気に取られながら、それを見詰めた。いつものチャイナ服でも道着でもない。そこに描かれた乱馬は、中世風の騎士の鎧を着込み、兜を手に携えて微笑んでいる。

「何よ…。気取っちゃって。」
 思わず声が漏れた。
 本当は暫し見惚れてしまったのだが、それをわざと大きく打ち消してみた。
 と、階段の上から人の気配がした。それも一人ではない。
 はっとして見上げると、兵士たちが、こちらを見下ろしているのが見えた。

「ようこそ、早乙女城へ。」

 聞き覚えのある低い声が響いた。

「さ、早乙女のおじさま…。」
 あかねは目を見開いた。
 居並ぶ兵士のその向こう側に、キングのマントを羽織った中肉中背の中年男性の姿を認めたからだ。頭にはすっぽりと王冠をかぶっている。だが、良く見ると、あかねが見知っている玄馬とは少し様子が違っていた。
 まず、大きく違うのは、鼻先に立派な髭があることと、髪の毛が生えていたことだろう。しかも黒い髪ではなく、茶系の髪だったからたまらない。思わず噴出しそうになるのを必死で堪えて、あかねは彼を見上げた。

「おお、ルシファール。やっと勇者様を連れて来てくれたか。長かったのう…。」
 そう言うと、ルシの頭をぽよぽよと撫でた。
「ぬしが勇者、あかね・天道か。」
 そう言って玄馬はあかねを見下ろした。
「ええ、まあ…。そうみたいですが。」
 あかねは自信なさげに答えた。
「これはこれは、ようこそおいでになられました。」
 玄馬の脇から、上品な女性が現われた。

「さ、早乙女のおばさま。」
 
 そう。今度はのどかの出現だった。彼女も若干、あかねが知っている女性ではなかった。何より、和服ではなく、これまた中世風のドレスを身にまとっていたからだ。彼女の髪も少し茶系がかっていた。

「そなたは異世界からここへ参られたのですな?」
 玄馬は確かめるようなことを口にした。
「ええ…。こことは全く違う世界から来たことには間違いはありませんが…。」
 玄馬は何やらひそひそとのどかと話し合った。耳元でひとしきり囁きあったようだ。数分して、玄馬はあかねに言った。
「悪いが、余はまだ、全面的にそなたを異世界の人間だと信じてはおらぬ。」
「は、はあ…。」
 一体何を言いたいのかと、あかねは玄馬を見返した。
「そこでだ…。そなたの力を試させてもらおうと思う。」
 玄馬は藪から棒にそう言った。
「試す?力をですか?」
 あかねは溜まらず聞き返した。
「ああ、これからワシと勝負していただく。」
「し、勝負ですってえ?」
「競技は異種格闘技。」
「異種格闘技…。」
「そう。肉体と肉体だけではなく、武器を持っても良しという激しい肉弾戦じゃよ。ほっほっほ。こう見えてもワシはこの地の武道の免許皆伝だからな。王自ら試してやろうというのだ。勿論、手加減はせぬぞ。」
 玄馬は兵士たちを横に、そう言って笑った。

「あかねさんとやら。とにかく、国王陛下と一勝負お願いいたしますわ。これであなたの力を試せますし、この国の先を、術者の予言どおり、あなたに託して良いものか、まだ考えあぐねておりますの。」
 のどかもそう言った。

「わかりました…。」
 
 あかねは静かにそう言った。
 ここで考え込んでも仕方があるまい。とにかく、前に進まなければ、乱馬を救い出すという命題は達成することができないだろう。
 あかねはいつもより数段ポジティブに考えたのだ。

「おお、久しぶりに腕が鳴るわい。妃よ、判定を頼むぞ。」 
 そう言うとのどかへと笑顔を差し向けた。




四、


「えええ?こんなところで勝負ですかあ?」
 あかねは驚いてのどかを見上げた。

「ええ、ここが我が国の正式な競技場ですの。」
 そう言ってのどかが笑いながら答えた。
 でっかいプールがあって、その上にリングがある。そう、周りはあかねの苦手な水なのだ。泳げないあかねは水にはトラウマがある。だから勿論、あまり良い気分はしない。
「武器はなし。素手で戦ってもらいますわ。そして、リングの上から水の中へ落ちた方は負け。至って単純なルールですの。素手ならどんな攻撃でも可能です。それではよろしいかしら。」
「ええ…。(仕方がないか、乗りかかった船だもの。)」
 あかねはほおっと溜息を吐いた。
「で、どうやってあの中央まで?」
 あかねが問いかけると、妃は言った。
「勿論、泳いでですわ。」

「えええーっ!!」

 思わず声を荒げた。リングの中央までは数十メートルはある。
 おまけに自分は泳げない。名うてのカナヅチ女だ。

「あの…。つかぬ事をお尋ねしますけど…。このプール、足届きますか?」
 恐る恐る尋ねてみた。
「いいえ、十メートルくらい水深がありますから、あなたの身長では無理でしょうね。」
 にこやかにのどかが言ってのけた。
「あは…あははは。」
 あかねはというと、その返事で全身から汗が滲み出した。当たり前である。足が立てばまだしも、届かないとなっては、泳いで渡るしかない。
 このままだと辿りつく前に土左衛門(どざえもん)だ。

(どうしよう…。今更勝負できないなんて言えっこないわよね。)

 明らかに狼狽しながらプールサイトに立った。わああっと周りから歓声。国中の人が見物に集っているようで、水際から向こう側までびっしりと人で埋め尽くされている。

「さあ、レディーファーストじゃ。先に渡られよ。」
 玄馬がにっこりと笑った。いつの間にか、動きやすそうな戦闘服に着替えていた。
 あかねは苦笑いを浮かべながら水際に立った。怖いというわけではなかったが、泳げない事実には変わりなかった。
 ほとほと困り果てて、じっと水面を見詰めていると、底からぶくぶくと泡が立ち始めた。目を凝らして見ると、何だか水面がゆらゆらと揺れた。いや、それだけではない、水の中にはっきりと二つの目がこちらを向いている。そいつはあかねを見詰めてにっと笑ったように見えた。

「き、きやあっ!!」
 あかねの悲鳴と水飛沫は一緒に上がった。
 と、気がつくと、何か大きな物体の上に自分の身体が乗っかっていた。えっと思って見ると、自分は巨大スライムの上に乗っかっていた。
「あらら、ルシファールはよほど、そのお嬢さんが気に入った様子ね。」
 すぐ後ろで妃の声がした。
「ルシファール?ルシちゃん?」
 明らかに己が見知っているサイズよりも数倍でかくなっている。だが、そいつはお構い無しにあかねを背に乗せたまま、真っ直ぐにリングへと向かっていた。
「あたしを助けてくれたのね。」
 あかねはそっと問いかけてみた。ルシはぴょーんっと一つ大きく跳ね上がると、水の上を思いっきり弾んだ。そしてあかねをリングの上へと追い遣ると、再び水へともぐりこむ。まるで頑張れよと言わんばかりに。それからまたぶくぶくと水の下へと沈んでいった。

「ほお、ルシファールめ!若い女子だからと、えこひいきしよって。まあよいわ。あかねとやら、ワシがそちらへ渡ったら勝負開始じゃぞ。」

「ええ、いいわよ!」
 あかねは身構えた。

 と、玄馬はどっぶんと水飛沫を上げて、水へと飛び込んだ。

「え…。ええええええっ!!」
 あかねは水に飛び込んだ玄馬を見て、思わず大声を張り上げていた。
 多分にもれず、玄馬は水に浸った途端、ジャイアントパンダへと変化していたからだ。
「う、うっそ…。この世界でもおじさまは、半分、パンダなの?」
 水に浸ったパンダは、すーいすいと泳ぎながらこっちへと向かってくる。
 やがて、パンダは水から上がり、のたのたと這い上がった。彼の毛皮からは水が滴り落ちる。

「ぱふぉふぉふぉふぉ!」

 やっぱり口が利けなくなっていた玄馬が、そうがなった。大方「かかって来い。」とでも言いたいのだろう。暫し開いた口は塞がらなかったあかねが、その声にはっと我に返った。
(どっちにしても、闘うしかないわよね…。考えたらパンダになったおじさまと、元の世界でもまともにやりあったことはないけど…。)
 だっと身構えたあかねは、瞬時に格闘家の目へと転じていた。元々、無差別格闘天道流を受け継ぐこの少女。やはり、身体の中に、格闘家としての熱い血が流れている。
「でやああーっ!!」 
 あかねは先に動いた。
 誘われるままにパンダへと蹴りを向ける。
「ばっふぉふぉー。」
 パンダはすらりとあかねの攻撃をかわした。あかねはトンっと左足からリングへと着地した。そこを狙って玄馬が太く黒い獣の腕を凪ぎ下ろす。
「くっ!」
 あかねはさっと動いた。と、玄馬は予想していたように向きを変えた。
(おじさま、向こうの世界のおじさまよりも、数段スピードが速いわ!)
 あかねは紙一重で攻撃をかわしていく。パンダの目も留まらぬ速さの攻撃。決してずんぐりむっくりではない攻撃だった。
 あかねと玄馬が動くたびに、大歓声が湧き上がる。
(このままじゃ、体重が軽い分、あたしには不利ね。体当たりしても、真正面からじゃあ、かわされてしまうわ。)
 あかねは必死でパンダの攻撃を避けながら、考えをめぐらせた。
(一か八か…。)

 あかねはくるりと向き直ると、拳を握り締めた。
「敵前大逃亡!!」
 突然そう叫ぶと、パンダの前から逃げ出した。

「ぱふぉ?」
 
 パンダは突然あかねが身を翻したのに、小首を傾げてじっと見た。だが、すぐに、あかねを追い始めた。
 
「捕まってたまるものですか!」

 いつもより、数段にも早い玄馬の動き。それから逃れるには必死で足を動かさなければならない。捕まったら水へ投げ入れられてあっという間に負けてしまう。
 あかねは小さな身体をフルに生かして、リング上を逃げ惑った。パンダもムキになってあかねを追いかけ続ける。どちらが先にスタミナを切らせるか。その勝負だと誰もが思った。
 あかねは必死でパンダの攻撃をかわしながら、逃げた。そして、だんだんにパンダをある場所へと導くように動き回っていた。
 そう、あかねは考え無しに逃げ惑っているように見えて、実はリングサイドへとパンダを誘い込んでいたのだ。
 体重が重い分、パンダはリングサイドに寄ると、足が遅くなった。足を滑らせれば、水に落ちてしまうからだ。勿論、あかねも水へ落ちるリスクも高いのだが、その辺りは持ち前のバランス感覚で上手く避けた。
 と、リングのぐるりを駆けているうち、パンダの足が少しだけもつれた。角を曲がりそびれてふらついたのだ。

「しめたっ!!」

 あかねはこの時を待っていたのだ。そして、電光直下、ぐらついたパンダへと目掛けてくるりと方向を変えた。
 その動きに合わせるように、パンダもまた足を踏ん張った。あかねが向かってくるのが見え、それを真正面から受け止めようとでも思ったのであろう。
 パンダは思いっきり足を踏ん張ると、あかね目掛けて、黒い上腕をせり出した。飛び込んでくるあかねを正面から捕まえて、水へと叩き込もうとで思ったのだろう。
 だが、あかねの身体は、彼が予想していた間合いには入って来なかった。
 パンダの視界からあかねの身体が、ふわりと消えた。
 そう、彼女はパンダとの間合いに入る前に、ダンッと地面を蹴って、上に舞い上がったのである。
 パンダの上腕が空をひっかいた時だった。
 あかねの指先がパンダの後頭部へをツンっと突いた。
 人差し指と中指だけを突き出したのだ。その反動を利用して、更にぐっと上空へとせり上がった。
 そして…。

 ドンッっと鈍い衝撃が、パンダの脳天を貫いた。
 あかねは指先で突付いた反動でくるりと空中で回転して身体の向きを変え、すかさず「蹴り」をパンダの後頭部へ入れていたのだ。
 予めあかねを捕まえようと、前にせり出していたから溜まらない。
「パフォフォ!」
 パンダは、頭を蹴られて、とととっと前につんのめった。

「えいっ!」

 あかねは着地すると、今度はパンダの大きな背中へ、思い切り蹴りを入れた。

「パフォーッ!」
 雄叫びと一緒に、どばしゃんっと、水飛沫が上がった。パンダは両手を広げて、そのまま水へとまっしぐら。






「あかねさんの勝ちですわっ!」

 審判をしていた妃ののどかが、高らかに宣言した。
 と同時に沸き起こる大歓声。

「勝った…。」
 はあはあと肩で息をしながら、あかねは水へ落ちたパンダを見詰めた。パンダはずぶ濡れになった身体をどっこいせっとリングへよじ登ってくる。

「ぱふぉ、ぱふぉふぉふぉ、ぱふぉ、ぱふぉ…。」

「あなた、人間に戻ってからお話なさいな。それじゃあ、何を言ってるかわかりませんわよ。」
 バシャバシャと妃ののどかが、パンダの頭から湯を浴びせかけた。


「よくぞワシを見事に倒せた。やはり、そなたは預言者の言う、聖なる乙女の力を持った勇者なのだろう…。」

「聖なる乙女の力?勇者?」

 あかねには疑問だらけの形容だったが、あまり深く考えないことにした。

「王妃あれを。」
 玄馬の言葉にコクンと頷くと、のどかは脇に置いていた箱を大事そうに持ち出した。

「これをあなたに託します。あかねさん。」
 そう言いながらのどかは手にしていた箱をあかねに手渡した。それは広辞苑くらいの大きさの本型の箱だった。
「これは…?」
 あかねは受け取ると、王妃に向かって問いかけていた。
 持った感じでは、重くはない。だが、何か大切な物が入っている。そんな感覚だった。

「開いて御覧なさい。あなたなら開けられる筈。」
 のどかは柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、遠慮なく…。」
 あかねは手をかけようとした。すると、箱は手をかけるまでもなく、自然に開いたのだ。

「こ、これは…。」
 中身を見て、目を見開いたあかねに、のどかは静かに言った。

「この国の、いえ、この世界の未来です…。」

「この世界の未来…。」

「ええ、この卵にはこの世界の未来が詰まっているのです。」

 そうだった。箱の中には夏みかんくらいの楕円形の金の卵と銀の卵が一つずつ、二つ仲良く並んで入っていたのである。

「これを、あなたに育てて欲しいのです。」
 のどかはそういうと、真っ直ぐにあかねを見詰めて微笑みかけた。



つづく




戯言その2
 卵〜たまご、たまごぉ〜これは何の卵かって?勘の良い方はわかってらっしゃるとおりです(笑
 生まれてくるものは…です。ふふふ、母性愛溢れるあかねちゃんの描写も書きたいと思ってます。(私の本性は乱馬書き(男限定)なんですけどねえ…。)
 大まかなストーリーの骨子(プロット)と配役は決めたんですが、細部とラストはまだこれからです。ラストまだ決めてません…。流されるままに再開しております。多分、ラストは一応決めてのぞんでいたんでしょうが、脳内からすーっかり消滅しております(わああ!)
 らんまキャラてんこ盛りでいっぱい出して、書き足しています♪



(c)Copyright 2000-2014 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。