◇らせつ
第十一話 勝敗の行方
一、
束の間のインターバル。
久しぶりに、博打王キング自らが、相手することもあいまってか、そこに居並んだ人々は、右京の目論見どおり、世紀の勝負に、たくさん持ち金を注いで賭けをした。
粗方はキングに投じた。もちろん、彼の実力を知りつくした常連客が多かった。
「たく…俺たちにはほとんど賭けられず…か…。」
配当が発表されると、月波の顔が不機嫌になった。
「って、あたちたちに賭けてくれたのは…。四人かあ…。」
中央に映し出された、電光掲示板を見て、あかねも一緒にため息を吐き出す。
「一人は多分、なびきだな。」
月波は、上階に居る、なびきをちらっと見やった。なびきはこちらに向かってピースをしている。
「じゃあ、あと三人は?赤ん坊は賭けられないでしょうから…。」
「阿呆、しゃべれねー奴が、賭けに手を出すか!」
月波が冗談言うなという顔をあかねに手向けた。
「そのうちの二つは私たちですわ。」
傍で声がした。先ほど、あかねが声をかけた、マントをすっぽりとかぶった青年の連れの若い女性であった。
「あ、あなたたちは…さっきの。」
あかねが声をかけた。
「これも何かの縁ということで、若があなたたちに賭けると申されたものですから。」
「あ、あのう…。がんばって下さい。僕、応援していますから。」
もじもじしながら、若と呼ばれた若者が声をかけた。
「あ、ありがとう。」
あかねはにっこりと微笑みかけた。
「私も賭けた以上は、猛烈に応援させていただきますわ。がんばってくださいませね。」
女性がそういうと、月波がそれに応えて言った。
「まあ、俺たちに賭けて正解だと思うぜ。絶対に負けねーからな…。」
「えっと、賭けてくれたのが、この人たちとなびきお姉ちゃんだったら…。もう一人は…。」
指を折りながら、あかねが言うと、
「多分、女王陛下でしょうね。」
女が間髪入れずに言った。
「女王陛下ですってえ?それはあり得ないでしょう…。」
あかねがびっくりしたように女を見返した。
「いいえ、そのくらい用意周到な方ですわよ、右京様は。」
女はさらっと言って退けた。
「あり得る話だろうな。あいつなら。」
月波がそれを受けて、頷いた。
「何で?女王陛下にとって、あたしたちは、敵じゃないの!」
「石を賭けた勝負ではな…。でも、金を賭けるとなると、また、別の話になるんだろうぜ。」
「言ってる意味が良くわからないんだけど…。」
あかねの頭にはクレッションマークが点灯していた。
「大方の連中、いや、ほとんどの連中が、キングに賭けちまっている。だから、キングに賭けたところで儲けはねー。
配当金はこの四人の賭けた額からしか支払われないんだしよー。たとえ、合わせて百万あったところでみんなで割ったら、ごく少数な金額にしかなんねー。
この場合、金は、大きい方へ賭けるに限る。そうすれば、俺たちが勝って木石を持っていかれたとしても、俺たちに賭けておけば、女王陛下の元へ、がっぽりと配当が入るって寸法さ…。」
噛み砕いて月波が説明してくれた。
「なるほど、そっかあ…保険って訳ね。あたしたちに賭けておけば、損はしないって事…。」
抜け目のない右京なら、確かにそうするだろうと、あかねは頷いた。
「そんくれーしたたかでねーと、ギャンブルで立国なんか、できねーよ。おめーみたいな甘ちゃんには、ギャンブル国家は運営できねーな。」
月波がぼそっと吐きつけた。あかねはその言動に、また、カチンときたが、ここはグッと押さえた。これがもし、本当の乱馬だったら、容赦なく、一発、お見舞いしていたことだろう。
「私たちはあなたがたに賭けましたから、全霊をかけて、応援いたしますわ。ですから、がんばって勝ってくださいませね。それから、若…。」
女性が若者の方へ向きなおり、彼を前へと押し出した。
「若があなたにおっしゃりたいことがあるそうですの。」
と女は青年を前にポンと押し出した。
「あの…。」
それを受けて、若者の口が静かに開いた。
「もし、ここを無事に出られたら、ぼ…僕の…。僕の…。」
詰まり気味に、声をかける。
「僕の国へ、来て下さい。か。歓迎しますから。」
とても恥ずかしがり屋なのだろう。詰まり気味に、必死で言い切る。
「あなたの国?」
あかねがきびすを返すと、
「ええ、クサバ国ですわ。若がご招待したいようですわ。いかがなものでしょう?」
女が付け加えた。
「い、いきなりご招待されても…。ねえ、月波」
とあかねが困惑気味に振り返ると、
「っと、この話の続きは、この勝負に勝って、ここを無事に出られた時までお預けだな…。ほら、時間になったみてーだ。」
と、月波が遮るように言った。
「お時間です。ルーレット台へどうぞ。」
仮面の青年が、月波とあかねへ、勝負の始まりを示唆しに降りて来たのだ。
「いくぞ、あかね。石を絶対に手に入れるんだ。」
ぐっと拳を握り、月波は気合いを入れる。
「話の途中でごめんなさい。とにかく、あたしたち、行ってきます。ご招待の話は改めて後からゆっくりと…。」
慌てて、あかねはペコンと、青年と女に頭を下げた。そして、仮面の青年と月波と共に、少し高いところに設えてある、ルーレット台へと上がって行った。
「なかなか、良い娘さんですわねえ…。彼女なら、申し分ありませんわね…。」
その背中を見送りながら、女が青年に話しかけた。
「え、ええ…。」
少し恥ずかしげに、若が答えた。
「若が一目惚れなさるのも、わかるような気が致しますわ。」
「でも、肝心な招待状は今一歩というところで…渡せなかったよ。この招待状を…。」
がくりと肩が垂れ、溜息が若の口元からこぼれた。
「そう、がっかりなさいますな。」
にっこりと女は微笑んだ。
「でも、夜が明ける前に、僕らはこの国を出なければならないんだよ…。」
と、東の空を恨めしそうに眺めた。
「勝負がついたあと、彼女へ召喚魔法付きの招待状を渡している暇なんてないよ、きっと…。嗚呼。せっかく、理想の女性とめぐりあえたのに…あきらめなければならないなんて…。僕は…なんて不幸なんだ…。」
若はがっくりと頭を垂れた。そして、おいおいと泣き始めた。
「そう落胆なさいますな。召喚魔法付き招待状がなくても、彼女は必ず我が国へ参られますわ。若。」
女は笑いかけた。
「ほ、本当かい?」
若の瞳に、輝きが少し戻った。
「ええ。あの子たちの目的が、七曜石ならば、我が国へ絶対に来ますわ…。」
女は口元でふっと笑った。
「あ、そうか、七曜石欲しいなら、絶対に我が国へも…。」
コクンと女は頷いた。
「ええ、あの子たちの目的が七曜石ならば、絶対に我が国へ来るでしょう。ですから、召喚魔法をかけた招待状など必要ありませんわ。あの娘は、自分の意思で若の元へ…。」
「うん、そうだね。僕は待つよ…。彼女が僕の国に来るのを…。」
若者は、すっかり立ち直っていた。
「うふふ、彼女なら、若の立派な奥方になられますわね。とても良いお尻をなさっておられましたから、子宝にもたくさん恵まれましょう…。これで王家も安泰ですわ。帰ったら、ご婚礼の準備で忙しくなりますわね。」
「彼女、僕の求愛を受けてくれるだろうか?」
「ええ、そのためにも、おもてなしの準備を万端整えなければなりませんわよ、若。」
「ああ、待ち遠しいよ…。彼女が僕の元へ訪ねてくれる日が…。」
「若、じっくり勝負を拝見いたしましょうよ。面白そうな勝負になりそうですわよ。」
女は若者を促した。
二、
「さて、お待たせ…。では、勝負といこうやないか。」
女王陛下、もとい、右京が、月波とあかね、そして、博打王キングへと声をかけた。
ざわついていた会場が、シーンと静まり返る。
「御意。では、どこへ賭ける?」
「そうだな…。ひとつ提案があるんだが…。」
月波が壇上の右京へと進み出た。
「何や?言ってみぃっ!」
右京は月波へ促した。
「いちいち、数字を賭けるのは面倒だから…。ここは半分半分賭けるということでいったらどうだろ?」
「半分半分やて?」
右京が訊き返した。
「ああ。赤と黒、どちらかを選んで、ルーレットの玉が、どっちの色目の数字に止まるかで勝負を競う…。それでどうだ?」
月波が言った。
「おお、それは、良いアイデアじゃ。いちいち、数字を決める手間も省ける。」
キングがその提案を良しとして、大きく頷いた。
「なるほどな…。では、どちらがどの色目で行く?」
右京が二人を見比べた。
「年上のワシから決めさせてもらおう。どうじゃ?」
キングが前に進み出た。
「別に良いぜ…。好きな色目を選べよ。」
月波が言った。
「ならば、ワシは赤だ。」
キングが言った。
「じゃ、俺たちは黒…。それで良いな?」
月波が確かめるように言った。
「ちょっと、月波…。大丈夫なの?」
「さあな…でも、少なくとも、あいつが細工したのは赤い色ってーのはわかった。」
月波が言った。
「細工?」
「ああ。あのキングのことだ。いろいろない頭使って、勝ち方を考えて勝負を挑んでいるに違いねー。」
「では、小娘ども、いざ神妙に、勝負じゃ!」
キングが叫ぶと、壇上に上がってきた美少年が、ルーレットへと手をかけた。
「あかね、おめーは俺の後でじっとしてろ。何があっても、俺が気を散らすような声を出すなよ。良いな?」
月波があかねを見やった。
「え、ええ。わかったわ。あんたを信じる。」
あかねはコクンと頷いた。
いつの間にか、互いの頭の上に居た、変な生き物たち、もとい、極楽鳥とスライムは、すやすやと眠りに落ちていた。回りがざわついているのに、良く寝られるものだと、あかねは感心したが、この際、この変な生き物が月波の集中力を削がないでくれそうなことに、感謝していた。
極楽鳥は四六時中、月波の頭の上でかしましいし、ルシもきょりきょろと、頭の上で好奇心丸出しで見渡す振動が、あかねにも伝わってきていたからだ。
さっきから、寝息をたてている、ルシ。そのぬくもりが、頭の上で柔らかで温かい。
「いざ、勝負やっ!」
右京の声を合図に、小姓がルーレットを回し始めた。
カラカラカラカラ。
ルーレットが勢いよく回り始めた。
一瞬、歓声が観客たちから溢れ、再び、静まり返る。ここに居合わせた人々は、この勝負の行方に、手を握りしめながら、夢中で見入った。
カラカラカラカラ。
ルーレットは、一向に弱まる気配はなかった。
勢いよく周り続け、止まる気配がない。
あかねは、じっと、月波と博打王キングを見比べた。
両人とも、額に汗を浮かべて、ぐっとルーレット盤を見つめ続けていた。
その全身から、物凄い気が流れ出し、ルーレット上でぶつかり合っていることにあかねが気付くのに、そう、時間はかからなかった。彼女とて、一人の武道家。目に見えなくても、気と気の激しいぶつかり合いが、手に取るようにわかった。
(すごい…。二人とも、気合で玉目を競り合ってるんだわ…。)
ルーレットの速度がなかなか緩まないのも、納得がいった。
気を少しでも抜いた方が、負けとなる。
カラカラカラカラ、カラカラカラカラ…。
ルーレットは勢いよく走り続ける。
そのまま、数分ほどの時間が経過した。
が、まだ、玉の速度は衰えない。
両人の顔に、少し疲れが見え始めていた。
「ふわああ。」
壇上の右京の緊張が、切れたのか、あくびをしたその時だった。
玉がバシッと言って、上にはじけ飛んだ。
「玉が…。」
誰もがそう思って玉の行方を見たとき、
「いまだっ!」
月波が瞬間に、物凄い気合いを入れた。
と、その気合いが玉へと向かっていき、バチバチっと音をたてて、玉を急襲した。
誰もが一瞬、その雷鳴と雷光に気を奪われた時、玉がルーレットに吸い寄せられるように落下し、ルーレットの上に叩きつけられるようにして、止まった。
どすっ!
と鈍い音と共に煙が立ち上がる。
見ると、シュウシュウと音をたてて、玉が黒色の文字盤へと、止まっているのが見えた。
「おおおおっ。」
誰もが唸り声をたてた。
「勝負あり、月波様の勝ち。」
ルーレット台の審判を務めていた美少年が、月波の勝ちを宣言した。
「へへ、まずは一本…俺の勝ちだ。」
月波の肩は、激しく上下していた。今ので、相当、力を使った様子だった。
「ほおお…。なかなかやるではないか。小娘。加減してやったとはいえ、このキング様の無敗伝説をここで止めよるとは!」
息が荒い月波とは対照的に、キングはさらりと答えた。
「な、何が無敗伝説でい…。きっちり、前に、負けたことがあるクセによー…。」
ぼそっと月波が不機嫌そうに吐き出した。
「何をたわけたことを言うか!このキング様、前王陛下から久遠寺家にお仕えして十数年。公式戦では負けはなしじゃ!」
月波の言葉に、キングがブリブリと怒り始めた。
「へっ!一度、大負けこいたくせに…。」
月波が大きな瞳を見開いて、キングを睨みかえした。
「むむむ…。聞き捨てならぬな。いつ、ワシが負けたというのじゃ?」
キングがむきになって問い返した。
「一年ほど前、この場所でな…。俺は見てたんだぜ、この会場で。おまえの負けっぷりをな…。」
キングの顔が不機嫌に歪んだ。
「もしかして、小娘。あの、サオトメ国の乱馬王子と競ったあの勝負のことを言っておるのか?」
(サオトメ国…。乱馬王子…。)
あかねの心が、ドキンと波打った。
(乱馬王子がキングと勝負した…。)
ドキドキと心音がはね始めた。その様子に驚いたのか、頭の上で眠っていたルシファールが、ぷるるんとあかねの頭を揺らせた。
「ああ。あれだって立派な勝負だったんじゃなかったっけかあ?」
月波が叩きつけた。
「あの、若造との勝負のことか…。」
「へええ…。キング、あの賭けに負けたって話は、やっぱ、ホンマやったんかいな。」
右京が後ろから話しかけてきた。
「何を戯言を、あれは、勝ちを譲ってやっただけじゃ。一応、一国の王子だったでなあ。」
キングはムスッと答えた。
「そんな、勝ちを譲ってやったとかいうレベルの戦いじゃなかったぜ〜。てめーの完敗だったって記憶してっけどよー。」
月波がさらりと言った。
「ねえ、あんた、その勝負をこの場で見ていた訳?そのー、サオトメ国の王子、乱馬の勝負を…。」
あかねがこそっと耳打ちしながら尋ねた。
「ああ、まあな。」
月波はそれ以上は何も語らなかった。そんな余裕などなかったのか、それとも、あかねに話す必要性を感じていなかったのか、わからないが、彼女の肩の息もようやく、落ち付きを取り戻しつつあった。
「ふん、昔の話など、どーでも良いわい!それよりも、小娘、とっとと勝負じゃ。」
キングが月波を促した。
「そうだな。さっさと次の勝負を、始めようか。」
再び、二人、壇上へと上がる。
「玉目はさっきので良いか?それとも、取り換えるか?」
月波が尋ねると、
「今と同じで差支えない。とっとと始めようではないか。」
「そうか。取り換えねーか。じゃあ、おめーが赤で俺が黒だな。」
己に言い聞かせるように、月波が承諾した。
三、
「いくで、二回戦。勝負っ!」
右京の合図と共に。再び、ルーレットが回り始める。
カラカラカラカラ。
今度は勢いよく周り始めた。
と、月波の体が、ふらっと傾いた気がした。
「月波?」
あかねがハッとして、彼女をみやると、バランスを崩して、あかねの方へと身体を傾けてきた。
「ちょっと、月波!」
あかねの声にハッと我に返ったようだが、その一瞬の気の緩みが、ルーレットの勝敗を分けてしまった。
「そちの負けじゃ!」
得意満面、キングが叫んだ。
わあああーっ。と大歓声が上がる。玉の目は赤色の数字の枠に滑り込んで止まっていた。
「この勝負は、キングの勝ちや。」
右京が高らかに宣言した。
「ちょっと、月波、あんた、今の…。」
あかねが心配げに月波を見やった。
「ちぇっ!油断したぜ。」
そう強がる月波ではあったが、明らか、様子が変だ。
声に張りが落ちていたような気がしたし、何より、英気がなくなりつつあった。
「あんた、まさか。」
あかねの声を振り切るように、月波が言った。
「大丈夫だ…。と言いたいところだが、ちょっとやばいかもな。」
月波がこそっとあかねに耳打ちしてきた。
「キング、やっぱり、何か、仕掛けてやがったぜ。でないと、この魔力の減り方は異常だぜ。ちぇっ!予想以上に力が出なかった。」
月波が声を落として言った。周りに聞こえないくらいの小さな呟き。
「何かって、何を?」
あかねもこそっと訊き返した。
「さあな。でも、ルーレットに仕掛けがありそうだ。今の立ち上がりでわかったぜ。ルーレットが回り始めると、魔力が一気にそげ出していきやがった。」
「それじゃあ、いかさまじゃないの。」
あかねの表情が険しくなる。
「おい、やめとけ。抗議なんて、したところで、無駄だ。勝負は始まってる。始まる前に見抜けなかった、俺が悪い。」
ぐっと、あかねの細腕を引っ張って、行動を起こしかけた彼女を制した。
「でも…。」
「大丈夫…。俺の魔力は消えかかってるけど、おめーの魔力が残ってる。」
「あたしの魔力?あたしに、そんな力は無いわよ。」
あかねの瞳が開かれ、月波を見返した。
「いや、ある。この世界に召喚された時点で、幾許かの魔力は持っている筈だ。おめーは、勇者だからな。」
月波が言いきった。
「じゃあ、この次の勝負、あたしに任せるつもり?」
あかねがきびすを返す。
「いや。いくらおめーでも、この勝負にまんま挑むのは無理だ。頼む、俺に、おまえの魔力、少し分けてくんねーか?」
「分ける?どうやって?」
当然の疑問を、あかねは月波にぶつけた。
「俺と繋がっててくれ。」
「繋がるって?」
「おめーの手を俺の…そうだな、背中に当てて、支えててくれねーか?掌をくっつけて、おめーは、俺に向かって、気をと飛ばしてくれれば良い。気の飛ばし方くれーわかるだろ?」
「え、ええ…。まあ、何となくは…。」
武道家として、気の飛ばし方くらいは、心得ているが、それが果たして、月波が望んでいるものかどうかは、自信はない。
「俺の丹田に向けて気を集中させてくれ。丹田…わかるよな?」
「オヘソの下あたりよね…。」
「ああ、そうだ。」
「わかったわ。やってみる。他に方法がないんでしょ?」
「まあな…。」
「何をさっきから、ごそごそと相談しておるのだ?逃げる算段でもしておるのか?小娘ども!」
キングが余裕綽綽で、月波とあかねを見つめてくる。
「早く、勝負じゃ!今度でわしの勝ちが決まるがな。わっはっは。」
「すげえ、余裕じゃねーか、博打王キングのおっさん。」
月波が言い返した。
「当り前じゃ。おぬしに勝ち目はない。今の勝負を見ていてわかったろう?」
キングが不気味な笑みを浮かべていた。もとい、トランプのキングと同じ顔をしているから、笑おうが笑うまいが、不気味ではあったが、それにしても、余裕がありすぎる。
(やっぱり、月波の言ったとおり、何か仕掛けてるわね。こいつ。肌の色つやが良過くなって、プルンプルンだし…。)
と、あかねはキングの顔を見ながら、思った。
「さっさと、勝負や。位置につき。」
右京も、しびれを切らして、声をかけてきた。
「いくで、これが最後の勝負や!」
右京の合図に、ルーレットが回り始めた。
カラカラカラカラ。
「月波、頼んだわよ!」
「お、おう!」
あかねは、言われた通り、月波の体を後ろから支え、彼女の丹田目がけて、気を送り始める。
(月波!頑張って!)
そう、心音に吐き出しながら、呼吸を整えながら、気を籠める。
あかねの、心尽くしの気を、背後から受け取りながら、月波は玉へと気を集中させた。
この勝負に負ければ、右京のコレクションとして、召し上げられる。月波だけではなく、背後のあかねも一緒にだ。それだけはどうしても避けねばならない。月波とて必死であった。
と、その時であった。
あかねの掌が添えられている、月波の背中が一瞬、戦慄いたように見えた。
「え?」
ぶわっと、一瞬、白んだ世界が目の前が開け、ルーレット台とキングが浮き上がったように見えた。女王陛下や観客たちが、一斉に、あかねの視界から消え去った。
『ほう…。貴様、ワシのからくりを見切るだけの魔力が、まだ、残っているのか?』
からかうように、キングがあかねと月波の頭の中に話しかけてきた。
『馬脚を現しやがったな、キング。』
月波が睨みつけながら応戦した。
『ここは…。』
『キングが張った幻術の結界の中だ。俺の魔術で、具現化して飛び込んだ。』
月波が答えた。
『幻術の中?』
『ああ。外から遮断された世界だ。だから、外の連中からは、一切見えねー。』
『ふははははは、そうじゃ!愚民ども!ここへワシの作りし世界。ここへ入ったからには、ワシの思う壺。もはや、勝負はついたも同然。』
『るせー!俺たちは負けねー!』
ブンっと月波が気合いを入れた。
『そうか、もう一人の小娘の気をもらっているのか、姑息な手段を使いよるわい!』
キングが月波を見ながら、言った。
『どっちが姑息だよ!人の魔力を横取りしやがって!』
月波はキングを睨みつけた。
『横取り?はて…。』
『とぼけるな!おまえの中にほとばしっている魔力は、まんま、俺んだろーが!』
月波が指をさす方向には、青い光がバチバチと音をたてながら、溢れ出しているのが見えた。
『あれは、ワシの気じゃが…はて…。』
キングはすっとボケた顔を見せる。
『俺と同じ蒼色の魔力を持つ奴なんか、早々にいねーんだよ!』
『そうとも限らぬぞ。小娘。』
『いーや。てめーの魔力はどこにでもある透明色じゃなかったっけ?キング!』
月波はキングを睨みつけた。
『魔力の色って?』
あかねが月波の袖を引いた。
『魔力には各人、それぞれ、属性によって、色があるんだ。それぞれ、色で区分けできるってーいうか。魔力の元になっている気に色があって、透明、つまり色は無いのが一般的なんだ。だが、俺の魔力は清爽な蒼色をしてる。月の属性だからな…。』
『月の属性…。』
『ふふふ、いかにも、ワシの魔力の色は透明じゃ。ということは、いかなる気も受け入れ可能ということ…。』
キングが笑った。
『けっ!やっぱり、俺の気を丸ごと横取りしてやがったって訳かよ。』
月波が吐きつけた。
『クイーンズルーレットは、強い者が勝ち、弱い者が負ける。魔力の横領などがあったとしても、盗られる方が悪いのじゃ。違うかの?』
キングがにたりと笑った。
『けっ!やっぱりな…!しかし、キング、てめーは人の魔力を横取りする魔術をこうじられるほど高くはなかったしよー、変だとは思ってたんだが…。元凶はあの機械か!』
魔結界の中というのに、カラカラと不気味に動くルーレット。それを横に睨みながら、月波がたたみかけた。
『ふん。そうじゃ!この魔機械で、貴様の魔力を根こそぎ吸い上げておるのじゃ。わっはっは。己の魔力アップにも繋がって、一石二鳥じゃ。』
キングは勝ち誇ったように、魔横に見える、ルーレットを視線を送った。
『けっ!馬脚を現しやがったか。』
強い言葉とは裏腹に、だんだんと月波の息は荒く上がり始める。
『そうか、ズルしてたのね!』
あかねも一緒に、キングを睨みつけた。
『そんな顔しても、怖くないぞよ。第一、魔力を盗っちゃいけないというルールなど、どこにも存在せぬのじゃ!』
『だからって、何をやっても良いって訳じゃあ、ないでしょーがっ!』
怒りの言葉を吐きつけるあかねを、月波が手をのばして制した。
『いや、キングの言う通りだ。この勝負にルールはねえー。勝った者が全てを律する。』
『でも…。』
『それが、クーイーンズルーレットだ!』
月波の言葉が冷たく響いた。
『そんな…。』
あかねの声が震え始めた。
『ふふふ、そろそろ覚悟を決めるのじゃな…。どもう、反撃する力も残っていまいて…。』
憎々しげに、キングが笑った。
『最後の引導はワシ自らが、渡してやろう。』
ゴゴゴゴゴ…と魔結界が揺れ始めた。
『あかね…。俺を信じて、何が起ころうと、最後まで、気を送り続けてくれ…。』
月波があかねに、こそっと耳打ちした。
コクンと頭を縦に振ったものの、この勝負はこれまでかと、覚悟を決めた。月波の息は、荒く激しく乱れていたし、相反して、キングは憎らしいくらいに、かすめ取った月波の気で満ちていた。
『わかったわ…。月波…。』
あかねは静かに、己が気を掌にこめ、月波の背中目がけて送り込んだ。
『おめーの気…あったけー…。』
そう言いながら、月波が一瞬、気合を込めた。
ズンッ、と重たい音がして、立っていた魔結界が、弾けたように、あかねには見えた。
『な、何?』
月波の背中から意識が離れかけた時、月波が叫んだ。
『いいから、集中して、気を送り続けろっ!あかねっ!』
離れかけた手を再び、月波の背中に押し付けた。
『くっ!』
一瞬、それかけた気を再び、集中させる。すると、明らかに、周りの様子が変わり始めた。
ガラガラとルーレットが激しく回り始める音がした。何かが変わり始めている。そう、思った。
『気をそらすなよ、とにかく、俺に気を送り続けろーっ!』
目の前の月波が、声を限りにあかねに指図してくる。
『わかってるわよっ!』
そう言い返すあかねにも、ガラガラと大きな音をたててるルーレットの異音が耳についた。
ルーレットの異常な音と、月波が関係しているのは、明らかだ。
『おのれーっ!まだ足掻くか!愚民どもーっ!』
キングの声が荒ららいだ。
『けっ!なりふりかまわずに、魔力を吸い上げ過ぎた、てめーの、負けだあーっ!』
月波の声が高らかに響き渡った。
『うわあああああああーっ!何故じゃ?何故、魔力が暴走する?』
キングの声が真正面で、炸裂した。
その声と共に、覆っていた魔結界の壁や天井が、メキメキと音をたてて、崩れ落ち始めた。崩れ落ちる瓦礫は、あかねの頭上で、空気に飲み込まれるように、目の前から消滅する。崩壊する音は激しく響き渡ったが、決して己の体に当たる気配はない。衝撃も痛みも、もちろんない。
やがて、天井と壁が全て、剥がれ落ちると、急に目の前の視界が開けた。
わああっと耳に響き渡る、大観衆の声。
引き戻されるように、元の世界へと立ち戻っていた。
「勝負、あったぜ。俺たちの勝ちだ…。」
月波が、あかねの前で、そう雄叫びをあげる。
「え?」
彼女の言葉がよく理解できず、あかねは、きょとんと、辺りを見回した。
と、キングの巨体が、ドオオっと、床に崩れおちるのを目の当たりにする。どうやら、正気を失ってしまったようで、前のめりに倒れ込んだまま、ピクリともしない。
「ざまあみろ!俺の気は食えても、あかねの気は食えなかったろ…。」
よろっと、月波の体も今にも崩れ落ちそうだ。相変わらず、息も荒い。
「この勝負、引き分けやっ!」
場内で女王の声が響き渡る。
「何だって?それはねーんじゃねーのか?女王様ようっ!」
月波が、キッと右京の方を見上げた。
「ええいっ!うちが引き分けや言うたら、引き分けやっ!ルーレットごと、崩壊してもうたがなっ!」
怒った口調で、女王の右京が叫んだ。
その声に、再び、歓声が轟く。
確かに、目の前のルーレットは、その場から無惨にも、崩れて玉も転げ落ちていた。当然、盤の目がどこを指していたかもわからないままだ。いや、止まる前に、ルーレット台からこぼれ落ちてしまったようだ。
場内のあちこちから、座布団やら、ハンカチやら、紙屑やら、様々な遺物が、投げ込まれてくる。勝負がつかなかったことへの、不満がブーイングへと変わっているのだろう。
「けっ!この場合、最後まで、立っていた方が勝ちじゃなかったのか?」
月波が不服そうに、女王を見やった。
「前王やったら、そう言ったやろうけどな…。あかん!うちは、そういうあいまいな勝利は嫌いや!…それとも、両者敗けとして扱ったろか?」
と付け加える。
「まあ、この場合、仕方ねーか…。俺も、もう、延長戦を戦うだけの、魔力は残っちゃいねーし…。」
「じゃあ、月波は、七曜石を諦めるの?」
予想に反して、あっさりと、女王の引き分け宣言を受け入れる月波の言動に、あかねは驚いて見つめ返した。
「ああ、今回は諦めるしかねーさ。おめーだって、女王のコレクションにはなりたかねーだろ?」
と、月波は諦めたようにそうに吐き出した。
「ちょっと、そんなんで、あんたは納得できる訳?」
おさまらないのは、あかねの方だった。
「ふふ、賢明な選択やな。これ以上、うちの采配に逆らうんやったら、負けにして、コレクションにしたるっていうのもありなんやで。」
月波の言動に、首を縦に振りながら、右京が見下ろしていた。
あかねの知る右京は、ここまで陰湿ではない。負けは負けとして、あっさりと認めるタイプだ。だが、目の前の右京は、現世の右京を踏襲してはいない様子だった。また、あかねの知る、乱馬とて同じだ。どんな手段をこうじても、勝ち勝負にこだわるのが彼のモットーであるはず。月波があっさりと、勝ちを投げ出してしまったことに、訝しさを隠しきれなかった。
「ま、機会があったら、また、ここまで勝負しに来たらええわ。今夜はこの辺でお開きや。」
くるりと背を向けて、右京は緞帳の向こう側に消えて行く。それを追って、つばさと小夏も姿を消した。
取り囲んでいたギャラリーたちも、帰り支度を始める。
そんな中に、若と女も居た。
「ざ、残念でしたね、あかねさん。」
若がどもりながら、声をかけてきた。
「ええ。あとちょっとだったんですけどね…。」
はああっとあかねはため息を吐き出した。
「勝負は残念ながら、流れましたけれど…。月波様の判断は正しかったと思いますわよ。」
と女はまだ、不服そうなあかねにそう話しかけてきた。
「でも、また、ふりだしってことでしょう?」
あかねはふううっと長いため息を吐き出した。
勝負がつかなかったということは、七曜石が手に入らなかったことになる。
「もしかして、あなたたち目的は、あの石だったのでしょうか?」
女が問いかけた。
「え、ええ。ちょっと事情があって、あたしたちにはあの木石が必要なんです。」
そう言いかけたあかねの横っぱらを月波が突いた。
「あんまり余計なこと、べらべら喋るなっ。」
ぼそっと月波があかねに吐き出した。
「何で?別にいいじゃない。」
「敵だったらどーすんだよ。」
ムスッとした表情で月波が言い返す。
「それでしたら、尚更、勝負をおやめになって正解でしたわ。」
女がにっこりと布の下から微笑みかけた。
「え?」
女の言葉の意味が良く飲み込めず、あかねと月波は女をじっと見つめ返した。
「だって…あれは、七曜石の木石ではありませんもの。」
とポツンと女は吐き出した。
「え?」
あかねと月波は顔を見合わせた。
「木石じゃない…ですって?」
あかねがきびすを返した。
「ええ、あれは、良くできたレプリカですわ。」
女はさらりと言った。
「レ、レプリカだってえ?な、何を根拠に!」
今度は月波が声を荒げた。
「な、何を根拠に…。」
月波も女を睨みつけた。いい加減なことを言うんじゃねーと言わんばかりに。
「あら、あれが、本物の木石だという根拠だって、どこにありますの?」
女は落ち着き払った声で言った。
「て、てめー、いい加減なことを言いやがると…。」
月波の言葉が荒くなったのを受けて、あかねが、割って入った。
「ちょっと、やめなさいよ!月波っ。乱暴はっ!」
口よりも手が先に出るところは、乱馬とそう変りない。
「いい加減も何も…。木石なら、我が国にありますから。ねえ、若。」
そう言って、女は若者を振り返る。
「え、ええ…。確かに、木石は我が国にあります。」
小さな声で、若が答えた。
「ほ、本当か!そいつはっ!」
月波が若の胸倉をつかみにかかった。
「え…ええ。た、確かに。」
若は月波の勢いに怖気づいたようで、一歩、後ろへと下がりながら、答えた。
「おめーの国…そいつはどこだ?」
そう詰め寄った時だった。
トキを告げる、鶏の声が、高らかに響き渡った。
「あいにく、時間でございますわ。私たち、そろそろ、お暇しなければなりません。」
そう言うと、女は若者の腕をさっと取る。そして、それと同時に、空へと浮き上がった。
「う、浮いた?」
あかねは驚いて、二人を見た。
「飛翔魔法か…。」
月波が睨みあげた。
「ご一緒にお連れしてあげたいのは山々なのですが…。こちらにもいろいろと事情がございますの。詳細はそちらから訪ねて参りませ。我が、ネクラ国へ。」
女はそう言うと、さっと、黒い羽を差し上げた。
「ネクラ国?」
あかねが空を見上げながら問い返した。
「ええ、ネクラ国を訪ねなさいませ。これをそなたに…。」
女は上から黒い羽をあかね目がけて投げおろした。
「それは通行証ですわ。ご招待の証。では、失礼いたします。」
「また、お会いしましょう、ネクラ国で、お、お待ちしています。」
黒色のマントを翻すと、二人の姿は、忽然と上空から消え失せた。まるで、マジックを見ているように。
「き、消えた…。」
あかねの手元に、ひらひらと、女が投げた黒い羽が舞い降りてくる。
「ネクラ国か…。」
月波がぼそっと呟いた。
「ねえ、本当に、木石は、その国にあって、ナニワ国にあるのはレプリカなのかしら…。」
あかねは呟いた。
「さーな。」
「本当に、ナニワ国の木石は偽物なのかしら…。確かめる術は…。」
と、あかねが言葉を区切った時だった。
月波の体がふわっと一瞬、戦慄いたように見えた。と、崩れおちるように、地面へと倒れ込んだ。
「月波っ!」
慌てたあかねは、彼女の体を助け起こそうと、しゃがみ込んだ。
「月波っ!しっかりしてよ、月波っ!」
彼女の体に手をかけて、さらに驚いた。
「凄い熱…。」
ハアハアと荒い息と共に、あかねの腕の中に身をゆだねた月波の異変。
「ちょっと、月波っ!月波ってばあっ!」
叫ぶあかねの頬へ、朝日がゆっくりと、光をさしこめて来た。
つづく
えっと、ネクラ国の若者…感の良い方は、だいたいの察しはもうついていると思います…。あかねちゃんに横恋慕のあの五寸釘くんです。はい。
あ、もちろん、女キャラもらんまキャラです。若干(かなり)しゃべり口調は原作キャラとはかけ離れていますけど…。彼女はネクラ国の話の折に言及します。一応この作品は、いろんな原作キャラを勝手にデフォルメして登場させていくのをモットーに創作しておりますので…。
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