◇らせつ

第十話 クイーンズギャンブル 


一、

 なびきと渋々別れた後、再び、月波とあかねは連れ立って、賭場が行われる会場へと急いだ。
 長い回廊はやがて、長い階段となった。上るだけでも息切れしそうな、だらだら階段だ。この世界に、エスカレーターという便利な機械はないのか、己の足で上がっていかなければならない。
 が、不思議なことに、あれだけ階段を上っているのに、息は切れなかった。どうやら、電脳世界では、疲れることがあまり無いのかもしれない。

「なびきお姉ちゃんは、ギャンブル観覧はできるのよね?」
 あかねは月波に尋ねた。賭場の経験者であるらしい、月波に、少しでも情報を聞き出したかったのだ。
「まあ、この場合、選ばれない方が幸せだったかもしれねーぜ…。なびきの奴、ここの風景を目の当たりにしているんだったら、今頃ホッとしてんじゃねーのかな。」
 月波がため息とともに、そんな言葉を吐き出した。
「ちょっと、それってどういう意味?まさか…命を賭けるとか言うんじゃあ…。」
「それよか、ほら、出口だ。」
 あかねの言葉を遮るように、月波は光が漏れてくる場所を指さした。長い階段の果て、出口がぽっかりと開け、その向こう側が白く光っていた。
 まぶしさは太陽光ではなく、天井から照りつける、スポットライトのに居る光であった。
 きらびやかな会場は、絢爛豪華な王宮の大広間。お伽噺の宮廷晩餐会のように、きらびやかで華やいで見えた。居並ぶ人々も、どこか、貴族然としている。身につけている宝石も、きらきらと輝いている。
 
「ちょっとしたパーティ会場よねえ…。あんまり、賭場にいるような雰囲気じゃないわ。」
 思わず、溜息がもれたくらいだ。
 ちょっとした立食もテーブルに準備されていて、喉やお腹を潤すこともできた。
 いったい、こんな会場で、どんな賭け事が行われるというのだろうか。

「まだ、ちょっと、時間もあるし、教えておいてやろーか。ナニワ国の実情をさ。」
 月波は立食の皿を受け取りながら、あかねに声をかけた。
「え、ええ。そうしてもらえるとありがたいわ。」
 何分、情報不足である。この先、何が行われるのか、さっきから気になって仕方がなかった。
 
「なびきたちは、ほら、あそこに居るぜ。」
 月波が上を見上げた。
 遥か上の方に、ガラスで張り巡らされた客席が数多並んでいて、ここに入ることを許されなかった人々が、恨めしそうにこちらを覗きこんでいた。
「あはは、何か、動物園の檻を見下ろされているみたいねえ、あたしたち。」
 あかねが苦笑いしたほどだ。
「動物園にしちゃあ、遠すぎらあ…。まあ、良いさ。とにかく、ここの女王陛下にはちょっとした性癖があるんだよ。」
 意味深な言葉を月波はあかねに投げかけて来た。
「性癖?」
 不思議そうに、きびすを返した。
「ああ。周りを見渡してみな。何か、気がつかないか?」
 そう促されて、周囲を見た。周りには、上品そうな貴族や王族、金持ちたちがうろうろしている。皆、それぞれ従者を伴っている。その従者も、端正な顔立ちをした美男美女が多かった。まるで、己の従者までをも競い合わせているような華やかな雰囲気だった。
「何か、綺麗な人が、やったら多いわねえ…。」
「まーな。それから、赤い仮面の眼鏡をかけているのが、王室の家来たちなんだが…どうだ?何か、感じねーか?」
 促されて、また周りを一瞥する。
 赤い眼鏡型の仮面をつけている従者、一人ひとりを見回ってみたが、いずれも、ハイレベルな美男子、及び、美女であった。
「いっぱいいかがですか?マドモワゼル。」
 と二人に近寄って来た従者など、ぞっとするほど色が白く、上品であった。

「何か…絵空事の世界みたいに、美しすぎて、気味が悪いくらいだわ。」
 青年が去った後、ポツンとそんな言葉を投げかける。
「だろ?こいつは、女王陛下の差し金なんだ。っていうか、趣味だな。」
「はああ?」
 月波が何を言わんとしているのか、良く飲み込めなかったあかねが聞き返していた。

「前の国王の時代からそうだったんだけどよー。ここの国の統治者は、中世という時代を好みやがる、でついでに、中性と忠誠も好きなんだよ。つまり、「チュウセイ通」ってわけ。」
「ちゅうせい通?」 
 ますます訳がわからないと、あかねが小首をかしげた。
「百聞より一見か…。えっとだな…。」
 月波は「中世」と「中性」それから「忠誠」という言葉を紙に書いてみせた。
「中世と中性と忠誠…。何か、語呂あわせみたいね。」
 思わず、苦笑いがこぼれた。
「まーな。言葉繋がりってーのかな。」
「で?そのチュウセイ通ってのは具体的には何なのよ?」
「ま、城の細かい作りとか調度品とか、従者が着ている衣服を見ればわかると思うけどよー、まずは、中世という時代が好きときている。見な、調度品とか衣装の雰囲気とか、雰囲気あるだろー?」
「ふんふん。確かに、少女マンガから飛び出してきたような華やかさがあるわ。宝塚歌劇団みたいにも思えるし…。」
「中世といえば、騎士に代表されるように、忠義に溢れた家来だわなあ…。」
「まあね…。」
「だから、忠誠心を誓わせる、忠実な家来が好き…。」
「で?最後の中性っていうのは何?中性洗剤か何か?」
「阿呆、ノンセクシャル。つまり、性をあんまり感じさせない中性的な男や女が好みだって意味だよ。」
「はあ?何よ、それ。」
「文字の通りだよ。見ろ。」
 そう言いながら、闊歩する家来たちを見比べる。
「男性を彷彿とさせる、ガタイの良い兵士はほとんど、居ないだろ?」
 月波に促されて、じっくりと見渡してみると、確かに、槍や剣をつがえている兵士も、どこか女性を思わせるような感じであった。
「実際、男装の麗人も幾人か居るって噂もあるぜ。」

「あはは…。そういう趣味嗜好を持ってるのね、ここの女王陛下って。」
 語呂あわせが好きなのかと、思わんばかりの言葉志向の羅列に、苦笑いがこみ上げてくる。

「おまけに、前王以上に、徹底したお耽美(たんび)主義ときているんだ。」
「お耽美主義ぃ?」

 またぞろ、聞き慣れない言葉だった。
「一定以上の美意識があるってーのかな。ほら、見てみろよ。あからさまに王族とか貴族とかと一緒に来ている従者も、きれーな顔立ちの中性的な奴が多いだろ?」
 月波に言われて、改めて見渡すと、確かに、王族や貴族の家来として付き従う者たちは、押し並べて、端正な顔つきをしていた。そして、良く見ないと、男か女かわからないような人間ばかりであった。
「確かに、お耽美な感じの人が多いけど…それと賭け事と、どんな関係あるのよ?」
 と尋ねた。
「だああ…鈍いなあ、おまえって。わかんねーのか?これだけお耽美な奴が揃ってんのによー。」
 また、馬鹿にしてくる。
「わかんないものは、わかんないわよ。」
 鼻息荒く、あかねは叩きつける。
「あいつらは、皆、賭け代だよ。つまり、賭けの代金さ。」
「ちょっと、まさか、賭けの代金って人間なの?」
 あかねは驚きの瞳を向けた。
「ああ。…まあ、体よく言うと、人身売買だわな。」
「じ、人身売買?」

「…っと声がでかいぜ。」
 月波は慌てて、あかねの口を押さえた。

「そう興奮すんなって。
 ここに来る連中は、ろくな奴や居ないってことさ。己の欲望を満たすのに、手飼いの家来を差し出すことなんか、これっぽっちも罪悪感を持っちゃいねー。荒廃した心が羅刹鬼復活の手助けをしているなんてことにも、気づいちゃいねーのさ。」
 淡々と月波は続けた。
「まあ、おめーみたいな、賭け事もやんねー純朴なお嬢様には、わかんねー世界かもしれねーけどよー。
 好みの人間を確保するために、女王陛下はクイーンズギャンブルを開催しているって訳さ。
 女王陛下自らが選んだ人間しか、賭け事に参加できねー訳も、わかるだろ?つまり、王族や貴族みてーに、家来を差し出せねえ人間は、己自身を賭けるしかねーんだよ。だから、女王陛下のお眼鏡にかなわなかった人間は、ギャンブルに参加する資格すら与えられねーのさ。
 まあ、俺とおまえは選ばれちまったって訳だから、ちょっとは美的価値があるんだろーぜ。誇ってもいいかもな。」
 自嘲気味に、月波は笑った。

 月波が繰り出した話は、あかねの常識では、考えられない言動であった。

「じゃあ、賭けに負けたら、どうなるの?」
 当然な疑問が口からついて出た
「勝負に負けたら、女王陛下の玩具にされる。ま、そんなところだな。」
「そんな…この世界の人間にだって、心はあるんでしょ?それじゃあ、奴隷と一緒じゃないの。人間の尊厳はどうなるのよ。」
「……おめーは本当に汚れた世界を知らないんだな。人間の意思をくじく術はいくらだってある。例えば、麻薬を使って操るとかな。」
「麻薬…。」
「おめーの世界じゃあ、ご法度な方法かもしんねーけどさあ、この世界じゃあ、当たり前のように使うんだぜ。魔草(まそう)と言って、人の心を惑わせる草を栽培する奴らもいる。魔草って一言で言っても、いろんな種類があるんだ…でも、ま、おまえは知らない方が良いだろうな。」
 あかねはゾクッとしてしまった。重い言葉を何故そんなにも軽く口にできるのだろうかと。
 
(やっぱり、あたしの知っている乱馬じゃない…。月波、あんたは。)
 乱馬とは根本的に違う冷たさと凄味が、月波には存在している。己の知る、早乙女乱馬には、絶対にない


「で?どうする?今なら賭けなんか辞めて、引き返せるぜ。」
 と月波はあかねに迫った。後ろにあった白壁に手をついて、真っ直ぐに見詰めてくる激しい瞳。

「あたし、やめないわ!」
 あかねは、月波に反撃するように、強い言葉で言い返した。
「このまま引き下がったら、あたしの負けだもの。乱馬を助け出すには、ここで逃げる訳にはいかない!」
 ぎゅうっと拳を握り締めた。

 静寂が、二人の乙女の上をゆっくりと流れて行く。何事かと、二人の娘を立ち止まって見返す好奇な瞳もあったが、人は無関心で通り過ぎて行く。
 ふっと、月波の頬が緩んだ。
「そう言うと思ったぜ。まあ、そんくらいの覚悟がねーと、この修羅場は抜けられねー。
 忘れるな!最後に勝つのは気迫が押し通せた方だ。弱気になったら、ツキも逃げていくからな。」
 月波はそう言うと、くるりと背を向けた。
「さあ、行くぜ。そろそろ時間だ。」

 そう呟いた月波の上で、定刻を告げる鐘の音が、一斉に賑やかに鳴り始めた。


二、

 賭場の会場は、活気に満ち溢れていた。
 どこか後ろめたさも加わるのか、入口でそれぞれ、素顔を隠す為に眼鏡型の仮面を配られた。中世の仮面舞踏会で良く用いるような、代物だ。あかねも月波も、渡された眼鏡を受け入れて、すぐに装着した。
 共に、頭上に変な生き物をいただいているので、目立つことは請け合いだった。
 くすくすと指をさして笑っている者も居れば、新しいファッションですかと、大真面目に訪ねてくる貴婦人も居た。
「斬新だろ?ちょっといかしてんだろ?」
 と、月波は得意がって見せる。
「あんまり威張らないでよ、恥ずかしいじゃないの。」
 とあかねが袖を引っ張ったくらいだ。

 と、スポットライトが一斉に光り出し、賭場の始まりを告げる。

「女王陛下のお出ましだ。」
 そんなささやき声が、所々で聞こえ出し、派手なファンファーレと共に、少し高いところに設えてあった玉座に女性が座った。

(う…右京。)
 お耽美主義の女王陛下という月波からの前節で、どんな女性が現れるのかと思っていたら、良く見知ったあかねのライバル、乱馬のもう一人の許婚、久遠寺右京と同じ顔が現れた。当然、彼女も仮面をつけてはいたが、あかねにはすぐに判別できた。そして、傍らに居る二人の家来にも、見覚えがあった。
(紅つばさに小夏さん…か。手強そうね。)
 そして、その二人を見つめて、「女王陛下の性癖」にも、少しだけ頷ける部分を見出した。中性的な美男子がお好み…。
 そうなのだ。右京の周りには、圧倒的に、そういう取り巻きが多い。小夏もつばさも、女装癖がある男子だ。共に、最初は女の子と勘違いしたくらい、美少女然としていた。

「ほら、何ぼんやりしてんだよ。始まるぜ。」
 月波に言われて我に返った。

「勝負はルーレット。親元はうちや。最初の賭けに乗る者は、賭け金を前に出して、思ったところへ張りや。」
 女王陛下になっても、関西弁は変わらない。

「あかねはどうする?」
 月波が問いかけてきた。
「うーん、最初だから様子見。パスするわ。」
 と言った。
「まあ、やっぱ、おめーは、実際に賭けるのは辞めておいた方が良いよな…。賭けは俺が全部面倒見てやらあ…。っと、じゃあ、俺は…っと、ここだ。」
 そう言って、赤の32番へドンと、札束の入った革袋を張った。
「ちょっと、あんた、それ…。」
 あかねが目を丸くした。
「持ち金の半分。五十万ってとこかな。」
 とさらりと言って退けた。
「最初っから、そんなに張るの?それも一点張り?バッカじゃないの?」
「へっ、まあ良いから見ててみな。」
 月波はぺろりと舌を出した。
 最初の賭けだから、誰も、人間ははって来なかった。現金が、指定の革袋に入れられて、ポンポンと賭けられていく。その金額も、さすがに、半端ではなかった。
 札束がごっそり入っている革袋が、ドン、ドンと景気良く積み上げられて行く。

「さあ、いくで!」
 右京の声を合図に、そばに居た小夏が、ルーレットを操作し始めた。


 ガラガラと音がして、ルーレットが回り始める。
 親元のなびきは、黒の十五の一点を賭けていた。もちろん、現金でだ。
 あかねは生きた心地もしないで、ルーレットがどこで止まるか、見つめ続けた。
 と、カランと音をたてて、玉がゆっくりと赤の32番を指して止まった。

 息をのんで見ていたギャラリーから、一斉に、歓声がわき上がる。
「へへへ、最初の勝負は、俺が貰いーっ!」
 あかねの全身から力がこそげ落ちた。
 何という幸運か。月波が一発目で大当たりを引いたのであった。

「すごいな、あんた、やるやんか。うちのディーラーを出し抜くやなんて。」
 上段から右京が声をかけてきた。
「まーな。女王陛下のディラーが弱っちいだけじゃねーのかあ?」
 月波はニヤリと笑った。
「じゃあ、今度はつばさ、あんた行き。負けたらあかんで。」
 右京の目くばせと共に、つばさが前に出て来た。

「俺は、今度はひとつ、様子伺いといくぜ。」
 と、乱馬はポンとひとつだけ、小銭だけで占められた革袋を投げ出した。チャリンと音がして、黒の12番へと張った。隣は、つばさが張ったところだ。
 小銭とはいえ、かなり攻撃的な貼り方だった。

 ガラガラと音がして、つばさがディーラーを務める。ルーレットの回し目は、すべて彼の腕一本にかかっている。

 息をもつかせぬ駆け引きに、会場はシンと水を打ったように静かになった。

 カラカラと玉は文字盤の上を滑って行き、月波の数字を通り越して、つばさの張ったところへと、ピタリと止まった。

 おおおっと、また、会場全体から声が漏れ聞こえた。
 上階の観覧席には、大きなモニターで、玉目が映し出されている。だから、遠くても、ちゃんと数字の目が読めた。

 どんなもんだいと言わんばかりに、つばさが胸を張って見せた。

「まあまあだな。こんくれえできねーと、クイーンズギャンブルも面白くねーや。」
 と月波が笑った。

「次は玉、二つや。さあ、はったりー!」
 右京が叫んだ。

「じゃあ、今度は大きくはるぜ。」
 再び、月波がドンと置いた。
 他の王族たちも、ここぞとばかりに、好き勝手に置いていく。
 月波は再び、一点張りに大きく出た。
「ちょっと、あんなにはって、大丈夫なの?」
 あかねが横から声をかけた。
「ああ、平気さ。今の勝負で、あいつの魔力はだいたい読めたからな。あのくらいだったら、俺の方が強い。」
「魔力?」
 こそっとあかねは耳打ちした。
「あんた、それって…いかさまじゃあ…。」
「人聞きの悪いこと言うなよ。魔力を使って、玉筋を己の有意な方へと導くのは、合法的なやり方なんだぜ。ここではよー。」
「はああ?」
 あかねにはわからないことだらけであった。
「おめーさあ、まさか、これを普通のルーレットだなんて、思っちゃいねーよな?」
 月波が呆れたと言わんばかりの顔を、あかねに手向けた。
「ち、違うの?」
「あったりめーだ。玉が回り出したら、周りを観察してろ。どいつもこいつも、持ち得る己の能力を駆使して、戦ってるんだぜ。」
 あかねにはさっぱりと解せなかった。ここに居る、皆が、いかさまをやっていることになる。

「さて、三本目、いくでー、ええか?」
 右京の声と共に、ディーラーのつばさが、再び、ルーレットを回し出した。
 月波に促されて、改めて周りを見回してみる。と、どの顔も、真剣にじっと玉を見据えてがんばっているように思えた。あからさまに両手を広げて、念力を送っている御仁も数人居た。
(魔力と魔力が競り合ってるってーの?)
 カタカタと音がして、コロンと玉が二つを指示した。ひとつは右京のディーラーつばさがはったところに、そして、もう一つは、月波がはったところに。それぞれ落ち着いて止まった。

「これじゃあ、賭けっていうよりは、魔力勝負じゃないの。」
 あかねが呆れ顔を月波へと手向けた。
「まーな。でも、それがここのルールなんだ。誰も、己の運を天に任せるなんて、そんなリスクの高いこと、考えちゃいねーし、やらねーよ。賭場だって弱肉強食の世界だ。魔力を駆使して、強い者が勝ち、弱い者が負ける。」

「せや、弱い者は強い者に従う…。そんだけのことや。」
 高みの上から右京が続けた。

「ま、おめーはやっぱ、勝負するのは、やめた方が無難だな。魔力なんか、ほとんど、ねーんだろ?」
 月波が笑った。
「ある訳ないじゃないの、そんなもの!」
 首をブンブンと横に振った。

「あんた、ええ、魔力してるねえー。どや?うちの国へ来えへん?高給でつこたるで。」
 右京が月波に声をかけてきた。

「いや、遠慮しとく。俺は誰の配下にもつきたくねーからな。」

「そうか…。でも、あんたの意志には関係なく、ここに留まってもらうことになりそうやけど…。」
 にんまりと右京が笑った。

「そんなに良いディーラーじゃねーのか?この二人。」
 月波は挑発的な言葉を発した。
「まあな。まだ修業中やさかいにな。」

「前国王のトップディーラー、えっと何て言ったっけ。あいつはどうした?」

「へええ、あいつを知ってるんか、あんた。」
 にやりと右京が笑った。
「せやったら話が早いわ。丁度ええ。あんたには小夏もつばさも歯がたたんようやさかいにな…。お望みどおり、ナニワ国一番のディーラーと勝負させたるわ。
 ちょっと、容姿があれやから、うちはあんまり好かんのやけど、あんたという獲物がかかるんやったら、話は別や。」

 パチンと右京の右手が鳴った。

 その合図と共に、右京の後ろ側にあった扉が、すっと開いた。
 中からゆっくりと出てくる人影。トランプのキングに似たいでたちの男。

「ば、博打王キング…。」
 あかねの口から、名前がこぼれた。


「ふふふ、このワシが出たからには…そちの負けじゃ。そこの小娘。」
 ど派手な中世風衣装は、右京の趣味なのだろうか?あかねの世界のキングの格好も大概であったが、金ぴかのマントをは羽織って出てきたキングは、もっとインパクトが強かった。衣装で強そうに見えるのも確かである。

「へへへ、博打王キングが出てきやがったか。おもしれー。」
 月波の瞳が妖しく光った。

「ねえ…。あのキングって人、強いの?」
 こそっとあかねは背後の青年をつかまえて、尋ねてみた。
 お忍びで来ているのだろうか、青年は仮面の眼鏡だけではなく、すっぽりとマントをかぶって、その容姿が全く知れないように、完全武装していた。
「え…?あの…?僕に尋ねたんですか?」
 気弱そうな声がマントの下から漏れた。
「いいから、教えて頂戴よ。」
 あかねは勢いよく、そいつにたたみかけた。

「えっと…、そうですね。強いです。」
 青年は、蚊の鳴くようなか細い声で答えた。
 あかねの知っているキングは、そうたいして強くはなかった。いかさまを得意とし、己より弱い者しか相手にしないというせこさで勝負を続けていた。
「どのくらい強いの?」
 あかねが尋ねると、青年は
「えっと…その…。」
 ともごもごと口ごもる。それを見かねたのか、彼の背後から別の女性が声をかけてきた。
「まあ、あなた、キングを知らずにここへいらっしゃいましたの?キング様は強いのなんのって。今まで殆ど、負けたことはないですわよ。」
 同じようにすっぽりとマントをかぶっていたので、青年の連れのようであった。声からして、二十代半ばくらいだろうか。
「勝負を挑んだお嬢さんも、これで終わりですわね。右京様にたてつくだなんて…。お気の毒ですが、勝負に負けて、右京様のコレクションにされてしまいますわね。」
 と気の毒そうに呟いた。
「女王陛下のコレクション?」
 あかねが問い返した。
「あらあら、それもご存じでいらっしゃらないの?」
 女はマントの下から、ちらりとあかねを見やった。
「女王陛下は、美しい物をお好みですの。それは、ご自分のご家来衆にも言えることでしてね。こうやって、賭場を開いて、各国から選りすぐりの美少年や美少女を賭けさせ、ご勝負なさるのですわ。そうして、ご自分が目をつけた美少年や美少女を賭けの戦利品として確保なさいますの。」
「集めた美少年たちを、自分の周りに侍らせるってこと?じゃあ、女王陛下の傍に居るのはそういう少年たちばかりって訳?」
 仮面をつけ、着飾った家来たちが、右京の傍らで、無表情でうつろげな瞳を漂わせていた。それを指さしてあかねが問いかけた。
「いいえ、ああやって右京様の傍に侍らせてもらえる方々は、まだ幸せですわ。あらかたはもっとお気の毒なことになられます。」
「ってどういうことよ…。」
「ここへ来る回廊の途中でご覧になりませんでした?たくさんのお人形たちを。」

 そう言われて、思い当った。
 ここへ来る途中にあった、長い廊下の両側に、整然と並んでいた、蝋人形たちのことを。

「ま、まさか…あれって…。」
 
「お美しい方々ばかりでございましたでしょ?彼らは皆、賭けに負けたか、もしくは、負けたご主人様から差し出された哀れな方々、そう、女王陛下に生きたまま、お人形にされたコレクションですのよ。
 女王陛下はコレクションを誇示なさるために、ああやって、回廊や城の至る所に、お飾りになって、愛でられますの。ほら、この会場にも、たくさんのコレクションたちが、じっと控えて勝負を見守っておいででしょう?」

 見渡して、ゾッとなった。この大広間の壁や柱前の至る所に、少年や少女たちの像がたくさん居並んでいることを、発見したのだ。いや、今の今まで、彼らは従者としてそこに立っているのかと思っていた。が、よくよく見渡すと、確かに誰一人、動いていない。じっとうつろげな瞳が、瞬きもせずに、賭けに参加している人々を見つめていた。

『勝負に負けたら、女王陛下の玩具にされる。ま、そんなところだな。』
 月波が、ここへ入る前に言っていた言葉が、あかねの脳裏へと蘇る。

「女王陛下は、賭けで勝って得られた美少年や美少女たちに、人形草を与えますの。人形草は魔草の一種で、人の身体を蝋人形化させ、ほぼ永遠に保存できる効力がありますの。」
 虫唾が走る解説だった。
「つまり、生きたまま、人形にされてしまうってことね…。」
 女の頭がコクンと縦に揺れた。
「お気の毒に、明日の朝には、あの娘さんも、コレクションとなって城の壁に飾られるんでしょうね。あなたも、気をつけないと、人形にされてしまいますわよ。可愛いお嬢さん。」

「あ、悪趣味過ぎるわ。」
 ぞわぞわっと、鳥肌がたってきた。


三、


「なあ、この勝負の賭け品は何だ?博打王キングが出てきたってことは、大きな物を賭けてくれるんだよな?…俺は、木石が欲しい。そんくらいじゃねーと、俺の体を賭けるに値しないぜ。」
 強い声で月波が要求を突きつける。

「木石やて?そうか、あんたの欲しいものは、木石か。ええで。うちが負けたら、好きに持って行き。」
 右京は、大きく頷いた。
「でも、あんたが負けたら、せやな…。横に居る、小娘ともども、うちのコレクションになってもらうで。」
 そう言って、あかねをバシッと指さした。

「なっ!」
 月波の表情が変わった。
「おい、こいつは関係ねーだろ!」
 とあせった声を張り上げる。
「あかんあかん。あんたの身、ひとつだけやったら、木石賭けるのに割にあわんわ。それと、この勝負、もう降りることはできへんで。うちにたてついたんや。きっちりおとしまえつけて貰わんと…。」
 パチンとまた指を鳴らす。と、月波とあかねの両脇に、仮面の兵士が取り囲むように現れた。
 
「ちぇっ!勝負を投げたら、速効、反逆罪で捕えるってか。」
 月波は右京を睨みあげた。

「ここに居並ぶ、王族貴族、それからギャラリーの皆さんも、大勝負を見たいやろうしな。それに、うちも、狙った獲物は逃さへん。腹くくって、勝負しいや!」

「あかね…。悪ぃな。結果的におまえまで巻き込んじまったな。」
 と月波がポロリと言った。
「べ、別に。仕方ないわよ。それに、あんた言ってたじゃない。弱気になったら、ツキも逃げていくって。あたしも一蓮托生よ。それに…。あんたの腕を信じるわ。」
 まっすぐに、月波を見返した。


「じゃあ、この勝負、受けるんやな?」
 右京は、月波とあかねを見比べた。
「ああ、受けてやるぜ。」
 月波が答えた。
「せやなー、勝負は先に二本勝った方を勝ちにしようか。どや?異存はないな?」
 月波と博打王キングに確かめる。
「いいぜ。それで。」
「ワシもじゃ。」
 コクンと二人は頷き合う。

 ざわついていた会場が、次第に静かになる。
 久しぶりに、博打王キングの大勝負が見られると、一斉に色めきだっている。

「それより、せっかくの機会や。会場のみんなも、賭けしよかー?どっちがこの勝負に勝つか。今から三十分間インターバルを取るから、その間に、賭けたい者は、登録カードに書き込んで、うちの家来を回らせるから、手渡ししてくれるか?」
 さすがに、抜け目がない。月波と博打王キングとの勝負ですら、女王陛下は賭け事へとすり替えてしまった。

(女王は、なびきお姉ちゃん真っ青なくらいの商売根性だわ…その辺は、私の知ってる右京と同じね…。)
 思わず、あかねは苦笑いを浮かべた。

「三十分間のインターバルか…。まあ、キングがルーレット台に細工するにはちょうど良い時間なんだろうな。」
「はあ?」
 あかねが月波を見返した。
「あのキングって男は、けっこう、えげつない手を使ってきやがんだ。あいつが強いのは、そのせいもあるんだけどよー。」
「どういうことよ?魔力の他にも細工があるわけ?」
「ああ。魔力がより優位に、己に働くように、細工するのさ。さっきから、俺の勝負をじっと見て、俺の魔力の波動を計って分析もしていただろうしな。」
「何よ、それ。」
「一流のディーラーっていうのは、確かなデーターの裏付けを取るのも、また、上手だってことかな。俺だって、最初、様子見でつばさの魔力を計って、次に大きくかけてたろ?」
「え、ええ。」
 あかねには月波の言葉がよく飲み込めなかった。が、キングが勝負に勝つために、何かをしていることは確かなようだった。
 さっきから、ルーレットの周りを、行ったり来たりして、しきりに、チェックをしている。
「で?あんた、勝算はあるの?」
「さあな…。キングがどこまで腕をあげたか、いや、上げられなかったかによるけどな…。」
「何?あんた、前にあいつと対戦したことがあるとか…。」
「まーな。一年くらい前の話かな。」
 と、月波はあっさりと言った。
「その時は、どうだったの?勝ったの?」
「負けてたら、今頃、俺は、あのコレクションの中に居たぜ。」
 にやっと月波が笑った。
「にしては…。キングも女王陛下もあんたのこと、覚えてないみたいだったけど…。」
「女王陛下はまだ即位してなかったから、この会場には来てなかったな…。」
「え?」
「前王がまだ、現役でバリバリやってたからなー。あんときの俺は変装してたからな。気がつかなくて当然だろうさ。」
「前王ってあの女王の父君?」
「ああ。半年ほど前に、突然の病に倒れて、おっ死んだ…。今思うと、あれも、羅刹王の計略の一部だったのかもしんねーけどな。前王が亡くなって、今の女王陛下が誕生したんだが…。あいつは、前王以上のやり手でもあるが…前王のお耽美趣味をそれ以上に受け継いでやがる。これも、羅刹王のせいかもしれねーがな…。」

「……。」
 月波には、やっぱり、得体が知れないところが多かった。
 巫女と称している割には、生臭過ぎた。

「で?巫女のあんたが、何用があって、こんな危ない場所で勝負したの?」
 あかねは思い切って尋ねた。

「…あ、そうだな。俺は巫女だったな。」
 月波は、一転、言葉を翻して、激しさをひっこめた。我に返った、いや、咄嗟に取りつくろった。そんな感じであった。
「いや、正確には、俺は、大勝負を傍で見てたんだけどよー。」

「バカ親父のせいだよ。あいつが、国宝級の宝物を盗まれて…あ、儀式に使う宝物だぜ…で、それを取り戻しにある男のお伴をして、一緒にこの国へ遣わされたっつーわけ。」
「はあ?盗まれた物を取り返しに、何でこんな所まで来たてーのよ?」
「いろいろ巡り巡って、盗人がこの国に売り飛ばしたようでさー、クイーンズオークションに賭けられるって話が回ってきたから、取り戻して来いってよー。自分の失敗は自分で埋めろっつーの、ついていくなら、子供じゃなくて、自分で行けっつーの、あのクソ親父。くそっ!今思い出しても、虫唾が走るぜ。」

「あ…そう。」

 月波が言っていること全てが本当かどうか、確かめる術があかねにはなかった。が、キングと勝負をしたのは、月波自身だったのではないかと、思った。

「旅の途中で、いろいろあったんだ。」
「お、おう…。まあ、そういうことだ。」
 月波がふうっと、大きくため息を吐き出した。

「勝負の前に軽食などいかがですか?」
 あかねと月波の背後に、右京の家来が、食べ物を盆の上にのせて、声をかけてきた。
「あ、要らねーよ。」
「では、お飲物などは…。」
「それも要らねー。」
 月波はさっさと断ってしまった。

「せっかく美味しそうなのを持ってきてくれたのに…。良いの?」
 あかねが惜しそうに尋ねると、
「たくー、おめーは人を疑うことを知らねーんだな…。ここは、女王陛下のテリトリーだぜ。しかも、家来ときている…。何か変なものを混ぜられてたら、どうするつもりだ?」
「そこまで疑わなくても…。」
「いーや!女王陛下はともかく、あの博打王キングは、やりかねねー。平気で毒を盛ったりするぜ。あいつなら。」
「そ、そういうものかしら?」
「だから…。人から食べ物をいただくくれえなら…自分の物だ。ほら。」
 そう言って、懐をガサガサとまさぐり、固形のパンを取り出した。
「おめーも食っとけ。もっとも、魔法が使えないおめーには、ただの腹満たしくれえしかなんねーだろうけどな。」
 月波が笑った。
「何…これ。」
 あかねは一つ、受け取りながら、月波に尋ねた。
「魔力のパンだ。キングが相手だからな…。魔力を蓄えとくに、越したことねーからな。」

 そう言いながら、もぐもぐとやり始めた。
 もらった欠片をじっと眺めていたあかねだが、月波がおいしそうにもぐもぐやるのを見て、自分も食べてみようと、口へ含んだ。
「なっ…何。これ。」
 異様な味だった。薬臭いというか、焦げくさいというか…。己が作る料理以上に、まともに食べられた代物ではない。
「ちゃんと残さず、食えよ。そしたら、おめーも、初等魔法くれえ、使えるかもしれねーし。」
 
 これ以上食べるのを遠慮したいほど不味かったが、捨てるわけにもいくまい。仕方なく、無理やり口へと入れて、頬ばったあかねであった。


つづく









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