◇ミラージュ  〜ふたりのあかねの物語〜


第五話 料理勝負(SIDE A)


一、

 さて、こちらは、もう一つの世界。
 満を持して、料理勝負が始まろうとしている。
 その緊張感に包まれて、壇上に並ぶ、美少女たち。
 特別キッチンを設えたのは、九能帯刀だ。金に物言わせて、調達したようだ。この神社の氏子の代表的な九能家であると同時に、壇上に小太刀が居る。その辺りで巨額な資金を提供したのかと思いきや、実はそうではないらしい。
 九能帯刀の後ろでは、天道家の次女、なびきが控えているところをみても、何か別の裏がありそうだ。
「たく…。貴様という女は!」
 憎々しげに九能は吐き出す。
「人の資金で金儲けしようという魂胆なのか?」
 と手厳しい。
「あら、あたしは、発案者よ。どうせなら、ちゃんとお膳立てして、こうやってイベント化したら、良いって、かっちり、プランを組んであげたんですからねえ。発案者として当然、何某かの報酬を得るのは当たり前でしょうが。」
 と、飄々と答える。
「何がプランの発案者だ!そもそも、我が九能家の後ろ盾がなければ、何もできなかったのではあるまいか?」
「あら、九能家も案外ケチなのねえ…。このくらい「はした金」でしょうが。」
 鼻息が荒い、九能を他所に、なびきはふふんと軽くあしらう。
「人のフンドシを使って、商売とは何事だと、尋ねておるのだ!」
「あんまり、細かい事にこだわってると、女の子に嫌われちゃうわようっ!」
 なびきは、電卓を弾きながら答えた。
「貴様という女は…。」
 グググッと九能の手に力が入る。

「たく…。九能の言うとおり、ろくなもんじゃねえな。おめえは…。」
 乱馬はぼそぼそっとなびきに吐き出した。
「あら、随分な言い方ねえ。あたしがこんな金儲けの大チャンスを逃すとでも思ってるの?」
 といけしゃあしゃあとしたものだ。
「巫女を決める勝負を、こんな大々的なイベントにしちまうのかよう。てめえは…。」
 乱馬は設えられた舞台を恨めしそうに眺めながら吐き出す。当事者として、九能でなくても、苦言の一つは言いたくなるというものだ。
「あら、随分ねえ。元はというと、あんたが悪いんじゃない。」
 なびきはそう切り出した。
「あんたがさあ、煮え切らないで、さっさとあかねをパートナーに選ばないからこうなってるんでしょうが。」
「う…。そんなこたあ、関係ねえ!」
 乱馬は返答に詰まる。
「関係あるわよ。あんたがそんなだから、バリバリにもつれてるんじゃないのさ。…。
 ま、いいわ。おかげで、あたしにも久々に大きな金儲けのチャンスが巡ってきたんだものね。」
 なびきはふふふと笑った。
「おまえなあ…。仮にも御神事に関わることを決める勝負だぞ!そんな、私利私欲を追求して、神罰が下らねえか?」
 やれやれと乱馬は言った。
「あら、神事にだって資金は必要でしょう?こうやって、盛り上げてあげてるんだから、神様に文句を言われる筋合いなんて無いわ。」
「たく…おめえという奴は…。」
 神をも冒涜する気かと思ったが、今更、何を言っても無駄だと悟った乱馬。これ以上追求するのも止めた。

(にしても…。大丈夫だろうなあ…。あいつ。)
 壇上で、準備に余念ないあかねを見ながら、はああっと大きな溜息を吐き出した。
 そう。乱馬には、あかねの正体がわかっていた。




『おめえ…。誰だ?』
 道場で女の姿に変化して、あかねと対峙したときに発した言葉。
 朝からあかねの様子がいつもと違う事に気がついた彼。同じ顔をしているが、発する気も別人。
 武道家の彼には、あかねの気の区別くらい、簡単にできる。
 一体、彼女の正体は何なのか、確かめようと思ったのだ。道場で対峙して、確認するのが一番良い。そう直感した。
 あかねはそれ相応の武道力を持っていた。気の強さもさることながら、女流武道家としての才も内に秘めている。拳と拳を突き合わせてみれば、得体が知れるかもしれない。そう思ったのだ。
 あかねと組み手するために、女に変身して臨むことを選んだ。男だとどうしても力がこもりすぎて、あかねに怪我をさせてしまうとも限らない。ならば、いっそのことと、男に比べて筋肉が小さくなる分、非力となる女に変身したのだ。
 道場で待つこと数分。現れた彼女は、己が乱馬だということに気付かなかった。
『誰って…。あかねです。』
 予想どおり、そう発したあかね。
『おめえ、あかねじゃねえ!
 あかねなら、俺が乱馬だってことを、知っている筈だからな。
 おめえ、誰だ!?』
 彼はずいっとあかねにつかみかかっていた。
『あなたが、乱馬?』
 あかねの瞳は大きく見開かれる。わからないと言わんばかりにだ。
『ああ、そうだ。俺は乱馬だ!だから、答えによっちゃあ、俺は容赦しねえぞ!偽あかねめっ!』
 と荒々しくあかねにつかみかかった。
 目の前に居るのがあかねではないとわかった以上、容赦はしないつもりだった
 本物のあかねはどこへ行ったのか、何故、偽者がここにこうして立っているのか。問い質さないではいられなかった。
『てめえ、わかってるだろうな!あかねの身に何かあれば、タダではすませねえぞ!』
 凡そ、女の声とは思えぬくらい、ドスをきかせながら、乱馬は激しく偽あかねを見詰めた。

『あ…。あの。…ちゃんと、ちゃんとお話します。しますから、その手を緩めてください。』
 あまりの剣幕に、あかねはたじろいだ。
『お願いします…。あたしはあかねさんと違って、武道的たしなみはありませんから。』
 そう懇願したところで、乱馬は手を放した。

 ぺたりとあかねは道場の床に座り込む。物凄い力で締め付けられた後だ。ケホケホと少し咳き込む。

『話せ!おめえは誰だっ!あかねはどうした?で、何でおまえはあかねの姿をしているっ!返答の仕様によっちゃあ、俺は容赦しえねぜ!』
 乱馬は真摯の瞳を投げつける。

『あたしの名前は、天道あかねです。』
 あかねははっきりと言った。
『おまえ、この期に及んで!』
 乱馬が荒々しく拳を振り上げた。
『あ、落ち着いてください…。このことに関してもちゃんと説明しますから…。』
『説明だと?ふざけてるのかっ!』
『あたしも「天道あかね」って名前なんです。但し、この世界の…ではありませんが。』
 あかねは慌ててそう付け加えた。
『この世界の…じゃねえだと?どういう意味だ?』
 乱馬は拳を振り上げたまま、尋ねた。
『あたしは、異世界から来たんです…。』
『異世界だあ?』
『ええ。異世界の天道あかねです。俄かに信じられないかもしれませんが…。この広い宇宙世界には、ここと同じようなパラレル世界が幾つも折り重なるように存在しているらしいんです。
 あたしは、その中の一つから来ました。』
『し、信じられねえな、そんな話。』
 乱馬は半ば放心したようにあかねを見返した。
『故あって、異次元と異次元の間に存在する空間を司る、亜空間管理人に頼んで、あなたの知るあかねさんと入れかわらせてもらったんです。
 あ、勿論、あなたの許婚のあかねさんの了承の元に。』

 彼女は身の上に起こった事を、懇切丁寧に、乱馬に話し始めた。
 乱馬にとって、彼女の話は、衝撃的だった。

 彼女は己の居住する世界で自信を喪失し、逃げ出そうとしたのだという。彼女の世界では古くから御伽噺として伝わる「亜空間」の話があったらしい。まことしやかに伝えられていた、異次元空間へ逃げ出す方法。ダメで元々と、そいつを試してみたのだという。

『そしたら、本当に亜空間が開いてしまったんです。気がついたら、亜空間へと迷い込んでしまっていました。
 その亜空間の中で、次元管理人と呼ばれる案内人と行き会ったんです。』
『次元管理人ねえ…。』
『ええ。猫の姿をしていました。』
『ね、猫…。』
 思わず、猫嫌いの乱馬が、たじろいだ。
『猫と言ってもちゃんと人語を話していましたわ。あたしの紛れ込んだ事情を淡々と訊いてくれて、彼が提案をしてくれたんです。
 異次元でもあたしと同じように自信を消失して、別次元へ逃げ出したいって思う、「天道あかね」が居るかもしれないって。
 その娘と交流し、すりかわることも可能だって。
 探してみるかと問われた時に、思わず、「はい。」って返事をしていました。そんな事が可能なのか、半信半疑でしたが、すぐさま、彼は、あなたの知るあかねさんを探し当ててくれたんです。』

 更にあかねは話を続けた。
 共に、現世で悩みを抱えていたあかね同士、試しに入れ替わってみようという結論に達するまでの経緯(いきさつ)をだ。

『あいわかった…。おめえがあかねと同じ顔をしながら、違う人間だっていうことがな。それから、あかねに命の危険がないってこともだ。』
『信じてもらえましたか?』
 あかねは心配げに覗き込む。
『ああ。嘘をついてるようには見えねえからな…。』
 乱馬は、そう言いながらも、複雑な表情を浮かべた。
『あかねの奴が望んでそっちの世界へ出かけたことも、良くわかった。』
 乱馬は静かに言い放った。
 彼にしてみれば、そこの部分に、大きなひっかかりを産んでいたのだろう。亜空間管理人があかねを見つけ出したことはもとより、彼女が承知して入れ替わったことに、彼なり大きな衝撃を受けたのだった。
 だが、そんな心の葛藤は、表には出さず、乱馬は続ける。
『なあ、おまえの居た世界にも、俺は…早乙女乱馬は居るのか?』
 そう尋ねた。
『早乙女乱馬さんは居ます。但しあなたと全てが同じじゃありませんが…。』
 あかねは力なく笑った。
『俺とは違う、早乙女乱馬、か…。どんな奴だ?』
『男のあなたと同じ顔形をしています。武道家を目指す紳士的な素敵な方ですわ。』
 ちょっとはにかみながらあかねが言った。
『おめえとの関係は?』
『許婚です。』
 あかねはきっぱりと言った。
『許婚…か。おまえの世界でも、俺たちは関係は似たような境遇か。』
『ええ。』
 あかねは頷く。

『もう一つ、込み入った事を訊くが、てめえは何で、亜空間へ逃げ出したいと思ったんだ?』
 その問い掛けに、あかねは暫く間を置いた。
『あたしは、近日中に乱馬さんと祝言を挙げることになっていたんです。』
『祝言…ってことは結婚か。』
 コクンと揺れるあかねの頭。
『もしかして、そいつとの祝言が嫌で逃げ出して来た…。』
 その言葉には、ブンブンと首を横に振った。
『祝言が嫌だなんて…。そんなことは思ったことありません。』
 食って掛からん程に、あかねは打ち消した。
『親が決めた縁談を破談にしたくて、逃げ出したんじゃなかったのか?』
 ちょっと意地悪く、尋ねてみた。
『いいえ…。あたしは、乱馬さんと許婚だってことを疑ったり疎んだりしたことなんて、一度もありませんわ。…。』
 と、少し頬を染めた。
『じゃあ、何で、逃げ出したんだ?祝言が嫌じゃなかったら逃げ出す必要性なんて、ねえじゃねえか!』
 思わず、声を荒げた。
『だって、乱馬さんは、あたしには出来すぎた男性(ひと)ですもの。…こんな、武道も出来ない、あたしが、乱馬さんと祝言を挙げて、二人して幸せになれるかどうか…自信がないんですもの。』
 弱気な言葉だった。
『何でだ?おめえの世界の乱馬は、おまえを疎んでいるとか…。愛しちゃあいねえとか?』
『いいえ、乱馬さんもあたしのこと、大切にしてくださっています。こんな弱気なあたしでも、包もうとしてくださる…。
 でも、彼が余りに優しくて、…。大きすぎて…あたしは…。』
 何か心に大きく触る部分があるのだろう。つい、あかねの目に涙が光る。
『お、おい…こんなところで泣くなよ!』
 慣れない少女の涙に、すっかりと動揺し始める乱馬。
『あたし…。ダメなんです。このまま、乱馬さんと祝言を挙げて良いのか、迷ってしまって。』
『何で迷うんだよ?』
『乱馬さんには、彼と結婚したいと懇願する女の子が多いんです。』
『あん?…もてるのか?』
 コクンと頷くあかね。
『彼女たちが言うには、あたしは弱すぎて乱馬さんとの子孫を遺すには相応しくないと。
 武道家の家に生まれながら、あたしはその素養が全くありません。そんな弱い娘と結婚しても、格闘家として一流の子孫は遺せないってね。
 …あたしもそう思います。』
『お、おい、結婚ってのは、子孫を遺すためだけにするものなのかよ…。』
 あかねの言葉に困惑した乱馬は、思わず尋ねていた。
『少なくとも、私の世界ではそうです…。少しでも優秀な子孫を遺す事、それが、結婚の重要な条件でもあるんです。
 だからこそ、祝言を挙げるカップルに対して、まわりから異議申し立てできる制度があるんです。』
『祝言に異議申し立ての制度だとお?な、何だそりゃあっ!』
『まわりが二人の祝言を否とした時、制度にのっとって、異議を申し立て「通過儀礼」を行う、そういう風習が古くからわが国に伝わっているんですよ。
 で、あたしと乱馬さんの祝言にとがを立てた人々が、たっくさん居たんです…。』
『乱暴な話だな、そりゃ。』
 世界が違うと価値観も替わってしまう、そう言ってしまえばそれまでだが、随分乱暴な話だと乱馬は思った。
『多くの場合は、ただの慣習として残っているのですが…。あたしと乱馬さんの間にとが立てした面々は、とうてい一筋縄でいける相手ではなく…。』
『例えばシャンプーや右京、小太刀とかいった面々が、おめえの世界でも幅を利かせている、っつうわけかよ。』
 その名前に心当たりがあったのだろう。あかねはコクンと頷いて見せた。

『あたしみたいなのが…。乱馬さんと祝言を挙げても、良いのかどうか…。あまりにも異議の数が多くって、正直面食らいました。
 そんなこともあって、乱馬さんと祝言を挙げて良いのか、迷ってしまって…。』

『それで、こうやって逃げ出して来たって訳か…。逃げてどうとでもなることじゃねえだろうに…。』
 あかねは否定しなかった。そのとおりだったからだ。
『まあ、良いや…。この世界のあかねも、現実逃避したことには変わりねえんだし…。』
 小さな声で呟くように乱馬は言った。

『よっし…。こうやって、考えていたって、こちらの世界はこちらの世界で時を刻んでるんだ…。あっちの世界は、あっちへ出向いたあかねに任せて…、おめえは、こちらの世界のあかねとして、やるべきことはやってもらうぜ…。』
 そう言って、あかねをじろりと流し見た。



二、

 こちらの世界で、やらねばならぬ事。
 それは、三人娘たちとの「料理勝負」であった。

 こうやって、乱馬は異世界から来たあかねを、その勝負へと誘(いざな)ったのである。
 乱馬に言われたから、ここに立っているのではない。
 もう一人のあかねがあちらの世界に立っているということは、彼女が己の代わりを務めてくれているということ。だったら、自分は、この世界のあかねとして、彼女に代わって、やるべきことをやるだけだ。そう思っていた。
 訊けば勝負は、格闘ではなく、料理だという。
 料理ならば、何とかなる。そう思った。

 だが、その前に、乱馬には、こそっと耳打ちしたことがあった。
 それは、この世界のあかねは、物凄く不器用だという事だ。

『最初に断っとくが、まともに料理すんなよ!』
 唐突に乱馬は切り出した。
『はあ?』
『見たところ、おめえは、まともに料理の腕があるみてえだからな…。』
『ええ…。一応、これでも花嫁修業はしていますから、おさんどん、何でも人並みにはこなせます…。』
 格闘技が全くダメな分、女性としての一通りは出来るというのだ。
『そいつは、ダメだ。』
『ダメ…?なんですか?』
『ああ。おめえと違って、この世界のあかねは、どうしようもねえくらい「不器用」で「粗忽者」なんだ。』
『は、はあ…。』
 わかったようなわからないような声を返すあかねに、乱馬は懇切丁寧に説明してやった。
『俺の許婚のあかねは、材料を切らせれば、まな板を刻んで飛ばすくれえに力ずくでやるし、皮なんかも身の方が多いんじゃねえかと思うくらい不細工に剥く。そればかりか、物凄く大雑把なんだ。
 で、炒めたり、煮たりするのはともかく、味付けはいい加減。「隠し味」と称して、とんでもねえ調味料を手当たり次第に加えていく…。
 出来上がった料理は、とてもじゃねえが、この俺でもまともに食える代物にはならねえ…。』
 毎度、あかねの料理には煮え湯を飲まされている分、説明の身振り手振りも大袈裟になる。
『あの…。もしかして、あたしにそうしろと…。』
 そう言いかけたあかねの肩をポンと一つ叩く。
『食えねえ料理を作れとまでは言わんが…。とにかく、器用に作るな。そうじゃねえと、怪しまれる。それから、凝った料理を作るのもダメだ。普通の家庭料理で良いぜ。そうだな…。肉じゃがと味噌汁。それで充分だな。』
 と、指図する。
『できるだけ、時間をかけて、不器用に料理すれば、良いんですね?』
 あかねは、そう念を押した。
『ああ…。この世界のあかねは、食える料理が作れるだけで「奇跡」だからな…。それ以上は望まねえ、いや、望んじゃいけねーんだ。』
『わかりました…。乱馬さんの言うとおりやってみます。』
『頼んだぜ。くれぐれも、馬脚をあらわすなよ。』


 そう、何度も打ち合わせし、頼み込んだ。


 時が熟し、料理勝負本番。

 場所は神社の境内。
 九能が持ち込んだ、解放キッチンに並ぶと、四人娘はそれぞれ、思い思いの材料と道具を手に、勝負に臨んだ。

「各者、一斉にスタート!さあ、手に汗握る、料理勝負。さて、軍配は誰に上がるか?」
 壇上に上がった、なびきが、マイクを持って、高らかに司会進行していく。
 周りには、いつの間に集めたのか、野次馬もとい、観客たちが群がって、少女たちの立ち居振る舞いを熱心に見ていた。
「本日の審査員は、この神社の神主様はじめ、氏子代表の五名の皆さんです。
 さあ、彼らの舌をうならせる事ができるのは、一体誰か。
 あ、まずは右京が物凄い勢いでキャベツを刻みに入ります。
 小太刀は鍋に、ぐつぐつ、いろんな調味料を放り込んでいます。
 シャンプーは材料の選定に余念なく。あかねはマイペースであります。」
 
 あかねは、乱馬に指示されたとおり、わざとゆっくりと事を進めた。彼女の頭の中には、肉じゃがも味噌汁も作り方が鮮明に記憶されている。
 だが、この世界のあかねに迷惑をかけないように、それなり、器用に「不器用」をこなそうとしていた。


「やっぱり、あかねちゃん、いつもよりも相当丁寧に、包丁を扱っているわ。」
 乱馬の後ろ側で、かすみがそう評した。
 ゆっくりとやっているが、いつものあかねのように、皮も身もボロボロというそこまでのえぐさは、なりを潜めている。
(やべえ!身内にばれたら終わりだぜ…。)
 あかねの正体をただ一人知る、乱馬は、ハラハラしながら、あかねを見やった。
 確かに、ゆっくりと丁寧に作業を進めるあかねは、いつもよりもかなり器用に見えた。
 それぞれ、料理に自信がある三人娘は、そんなあかねを目にも暮れずに、己の世界に没頭している。
 各人、火花を散らしながら、料理を続けているのだ。
 幸い、あかねなど、頭から相手にしていない。そんな風だから、ある程度は誤魔化せそうだ。
 あかねは黙々と、己の作業を確実にゆっくりとこなしていく。
 肉じゃがの作り方も、きちんとした手順通りだ。
 本来なら、味噌汁も一緒に作れたが、そこは、乱馬の忠告が身に染みているのだろう。肉じゃがが完成間近になってから、だしを取り、作りに入った。
 コトコト、ごとごと。
 少女たちの調理代は、色とりどりの料理が出来上がっていく。

「さあ、制限時間いっぱいです!各人、手を止めてください!」
 なびきが壇上へ向けて叫んだ。

 異様な熱気が壇上の少女たちに注がれる。

「それでは、見て行きましょうか…。
 まずは久遠寺右京。これは、お好み焼きの変形料理ですか?」
「そや!浪花のお好み焼きをちょっとお洒落に意識して、フランス風に作ってみてん。色とりどりで綺麗やろ?」
 と自信ありげになびきに対した。
「それの何処がフランス料理ですの?ほっほっほ。」
 横から小太刀が口を挟む。
「何やて?」
 ギロリと小太刀が睨み返す。
「おフランス料理というのは、こういうのを言うのですわ。」
 そう言いながら、ドンとテーブルに小太刀が料理を置いた。
 鮮やかなオードブルとメインディッシュが、これでもかと並びたてられる。
「ほほほ…。おフランス料理は目でも楽しんで食べる、これが基本ですのよ。」
 勝ち誇ったように、高笑いする。
「フン!見た目より、味で勝負せんかい!うちのは、あんたのとちがって、十年熟成の秘伝ソースがバックにあるねん!負けへんで!」
 右京も負けては居ない。
「十年やそこらじゃあ、自慢にはならないあるね。」
 今度はシャンプーが口を挟んだ。
「私は中国三千年の料理秘儀を披露するね。」
 そう自慢げに切り出しながら出したのは、これまた見事な色合いの中華料理だった。
「北京ダックね。それからフカヒレスープね。で、こっちが付け合せのサラダある。」

 会場全体が、おおおっと、少女たちの料理を、見ながら、一斉に唸った。

「さあそれぞれ、お好み焼き風、フランス料理、中華料理と、お得意で攻めてきた挑戦者。それを受けて立つ、天道あかねは如何に?」

 会場の熱い視線が、一斉にあかねの料理に注がれる。

 そこに並んでいたのは、肉じゃがとホウレン草のおひたしと味噌汁。他の少女たちと比べると、何とも地味な家庭料理だった。
 湯気がほこほこと立ち上がり、ほっこりと出来上がった肉じゃが。それから、緑が美しいホウレン草と、味噌汁。

「代わり映えしない料理あるね。」
 横から覗き込んだシャンプーが、嘲るように笑った。
「比べるまでもありませんわ。」
 小太刀もそれに同調した。

「さあ、各人の丹精込めた手料理を、審査員の皆さんはどう評されますか?」

 審査員たちは、それぞれ、思い思いにテーブル上の料理を口へと運び込む。
 乱馬も、じっと少女たちの行く末を見詰めていた。
 一斉に少女たちが、審査員たちの口元に食い入る。

 小太刀の料理を最初に含んだ審査員が、ばったりと倒れた。
「うっ!」
 と言ったきり、動かなくなったのだ。

「こ、これは…。小太刀選手。もしや、毒を盛ったか?」
 なびきが叫んだ。

「し、失礼な!隠し味に痺れ薬を使っただけですわっ!」
 小太刀が叫んだ。

「普通、んなもん、隠し味にも使わねーだろがっ!」
 思わず、乱馬は苦言を呈した。

「小太刀選手!痺れ薬を使用したことにより、失格!」
 なびきが宣言した。

「な、何ですってえっ?」
 小太刀が目をひん剥いた。

「あたりまえや!これは料理やでっ!毒使ってどないすんねん!」
 右京が笑った。
「毒じゃなくて、痺れ薬ですわ!」
「だから、それが毒やっちゅうねん!」

 壇上の雲行きが妖しくなってくる。

「では、気を取り直して、審査員の皆様、お気に召した料理をどうぞ!」

 壇上では、小太刀の毒にやられた一人をのぞいて、一斉に、札を上げる。そこには、「天道あかね」という名前が記名されていた。

「なっ、なんやてっ!?」
「どうしてある!」
 収まらないのは右京とシャンプー。
「あかねの料理が選ばれるやなんて、何でやねん!」
 右京はそう言うと、あかねの肉じゃがを一つ口に含む。
「た、食べられる。…」
 思わず唸った。あかねの料理は食べられない物。それが相場の筈だった。だが、ここにあるあかねの料理は、まったりとした味具合、ジャガイモのほっこり感が絶妙だった。

「審査員はご高齢の方々ばかりだからねえ…。珍しさをてらった豪華料理より、やっぱり、和食の家庭料理が一番、口に馴染んだようです!それが勝因なのでしょう。」
 と、壇上の司会者、なびきが分析してみせる。

「乱ちゃん!乱ちゃんはどう思うねん?」
「そうある。乱馬はどの料理を選ぶあるか?」
 少女たちは、ずいっと前に身を乗り出した。

「俺は…。」
 乱馬はあかねをちらっと見やりながら言った。
「当事者に近いからな…。元々審査員から外されてっから…決定権はねえ。審査員があかねの料理を選んだんなら、それに従うまでさ。」
 と言い切った。優柔不断な乱馬にとっては珍しいことかもしれない。

「でーは…。この勝負、審査員の公明正大な判定により、勝者は…、天道…。」
 となびきが勝者宣言しようとしたのを、三人娘は阻止に走った。

「認めないあるね!」
「そや!あかねの料理なんか、ただの家庭料理やないか!」
「オリジナリティー、ゼロですわ!」
 三人娘が立ちはだかる。
「こうなったら、力ずくや!」
「そうあるね。強い者が乱馬の相手となるある!」
「異存ありませんわ!」

 一斉攻撃に走った。

「きゃあああっ!」
 たまらないのは、壇上のあかねである。
 彼女はこの世界のあかねと違い、武道の心得は一切無い。

「や、やべえっ!」
 横から乱馬が飛び出した。
 そして、あかねを腕に抱え挙げると、少女たちの攻撃をかわした。

「乱ちゃん!退(ど)きっ!」
「そうある。これは女の闘いね!」
「容赦しませんことですわよ!」
 三人娘はいきり立っている。

「そ、そんなこと、させてたまるかよっ!」
 乱馬はそう言い捨てると、あかねを抱えたまま、人垣をかき分けて逃げ始めた。
 当たり前だ。武道の心得が無い以上、あかねを危険には晒せられない。このままだと、あかねは大怪我をしてしまう。
 そう判断したのだ。

「のがさへん!」
「乱馬っ!」
「乱馬さまっ!」

 三人娘は、逃げた乱馬とあかねを追う。
 神社の境内は修羅場と化した。

「乱馬さん…。どうして?あたしを庇うんです?」
 あかねが乱馬にしがみ付きながら尋ねた。
「庇うも何も、おめえに怪我はさせられねえだろがっ!」
 そう切り返していた。
「どうして?あたしはこの世界のあかねさんではないのに…。」
「この世界のあかねだろうが、なかろうが、おめえは「早乙女乱馬の許婚」なんだろ?だったら、傷つけるわけにはいかねえんだっ!
 じゃねえと、おめえの世界の俺に、早乙女乱馬に、あわせる顔がねえだろがっ!」
 そう叫ぶと、乱馬は懸命に走り出した。



つづく




一之瀬的戯言
 A面もB面も、それぞれ盛り上がっとります。
 いずれの世界も、あかねの大ピンチであることには変わりなく。
 さて…。それぞれの世界の騒動は、どう収拾がつけられるのでありましょうか?
 さて、次はB面へ行ってみよう!(邪悪すぎ。)


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