第六話に引き続き、第七話も内容的にどきついですので、閲覧にはご注意を。
そちら方面の描写が苦手な方は読み飛ばしてください。


第七話 闇への誘い


一、

 嵐がまだ、外を吹き荒れている。
 カタカタと風が外から、窓硝子を叩く音が、聴こえてくる。
 煌々と天井から照らす灯りは、明るさに満ちてはいるが、どことなく、冷たい光を放っていた。
 夜もだんだんに更けてくる。時計はないので、詳細な時間はわからないが、そろそろ、「真夜中」と言っても差し支えない時間に差し掛かっているだろう。
 
 ホテルの従業員たちの姿はなく、不気味なほど静まり返っている。
 その分、ラウンジは怪談話にはもってこいの舞台だったろう。

「ここからは、比丘尼の話やら、お七の話よりは、もっと現実味を帯びた話になりますから、気味悪がらないで聞いてくださいよ。」
 次郎太は、聞き込む皆を一瞥してから、ゆっくりと語り始めた。

「お七が囲われた妾屋敷は、お七が本妻や数居た使用人たちともども、行方をくらませて以来、ずっと空き家になっていたそうな。
 一応、華族の持ち物だったから、それなりに定期的に人の手が入って、きれいに掃除したり、補修されたりしていたので、崩壊することなく、館は残っていたそうだ。だが、それも、太平洋戦争までの間。
 あの戦争時は国民総動員だったから誰も、この島のことなど忘れていたそうな。戦後、華族という特権階級は崩落して、ますます人々の記憶から削げ落ちる。
 その館に再び、人の手が入ったのは、今から五十年ばかり前のこと。
 たかだか五十年前の事だから、地元でも、未だに鮮明に覚えている爺さんや婆さんが地元にはたくさん居るのでね。俺も、この地へ来て、親しくなった年寄りたちに、この話を聞かされたんだ。」

 次郎太は、ゆっくりと話を進めた。
 
「お七が囲われていた忌まわしい古い館を改装し、再び、ここを別荘地として使いはじめたのは、神武景気でいささかの財を作った、どこかの製造業の創業社長だったそうな。
 神武景気とは 昭和三十年頃の好景気。この国が高度成長の輝きを放ち始めたきっかけとなった景気でもあります。あの、悲惨な太平洋戦争の記憶も、十年が経ち、そろそろ、薄れ掛けていた。
 その頃には、お七を追い詰めた華族の手を離れて、流島は館諸共、その社長へと所有権が移っていたそうな。
 その社長には息子が一人居て、いずれ、彼に後を継がせようと思っていたらしい。が、その息子、三十歳近くなっても、なかなか縁談が決まらない。当時は今よりも結婚適齢期が男女とも低く、また、社会的信用度も結婚しているかいないかで、かなり世間からの目が違っていたのでね、当然、男たるもの、結婚して家庭を構えていない独身男は軽く見られていた。御曹司自身は、そんなこと、小指の先も思っちゃいなかったんだろうけれど、親としては、いい加減で身を固めてくれなければ、肝心な会社を任せて楽隠居できない。
 御曹司も決して女に晩熟(おくて)だった訳では無い。実際は逆だったそうだ。身を固めると、一人の女に束縛される。浮気は男の甲斐性とは言えども、法律的には重婚は認められていない。まだまだ、若くて遊び盛り。一人に縛り付けられるのは、嫌だったのだろう。

 で、両親は一計を案じた。
 別荘へ若い人たちを一同に会させ、その中から、気に入った娘を宛がおうと。
 夏休みを利用して別荘入りさせることにした。別荘地なら、解放的になる。その事も手伝って、誰でもよいから、その場に居る娘に手を出しさえしたら、即、現場を押さえ、結婚させようと、目論んでいたそうだ。もっとも、両親とて、己の息子の性格や行状は知り尽くしている。ましてや、呼び寄せたのは、いずれ劣らぬ深窓の年頃の娘ばかり。誰をツマミ食いしても、将来、御曹司の嫁として、満足いく経歴の持ち主ばかりだった。
 娘の親たちも、この会社の御曹司ならばと、旅行を快諾した…ってんだから、結構、前衛的な考え方の持ち主ばかりだったようだ。中には、落ちぶれ貴族の娘も居たようで、それぞれ、御曹司のお目に留まり、結婚へと漕ぎつけられるように、と娘に発破をかけていた親も存在していたかもしれない。ま、これは想像だけどな…。

 勿論、御曹司の親が居たんじゃ、羽も伸ばせない。手を出してもらわねば、ただの仲良しリゾート大会だ。
 執事や給仕のメイドなど、僅かな人員だけを派遣して、後は、御曹司の自由にやらせることにした。僅かな人員とはいえ、スパイ行為はばっちり。御曹司がベッドインしようものなら、現場に踏み込んで写真撮影して、取り押さえる…そんな手筈は整えられていたそうだ。ま、考えたら滑稽なんだけど、一般人には録画機械なんて殆どないような時代だから、カメラ撮影が関の山だったんだろうな…。

 御曹司にしてみれば、見合いなどという意識は全く無く、夏のバカンスに別荘へ来たという軽いノリだったようだ。
 両親が何を考えているかは、彼には、手に取るようにわかっていた。
 このリゾート行きが、見合いの一つ進んだ結婚促進会が真の目的であることも、だ。
 で、両親が、御曹司を見合いさせようと予め集めていた釣書片手に、嫁として、相応しい令嬢たちを選び出し、招いていた。
 御曹司はというと、自分の学生時代の友人を数名、東京から呼び寄せ、一緒にバカンスを楽しみにやってきた。薄々、親が何を意図していたかは、わかっていたろうが、そんなのは無視して適当に遊ぼうと思っていた。
 こういう、時間と金のある奴はろくなこと考えない。
 金で買収して、とっとと、両親が雇ったカメラマンを手懐けてしまった。
 後は、男に免疫の無い娘たちを手懐ければ、適当に遊べる…なんて、とんでもないことを考えていた。もし、本当に気に入った娘が居れば、そのまま結婚すれば良い…という具合に、無責任なこった。
 しかし、ここに集ったのは令嬢ばかり。御曹司のような、チャラチャラした性格の男は、本能的に寄せ付けないモノがあったようだ。何人か連れて来た友人の方に、娘たちの熱い視線は向かって行く。
 で、彼の友人の中に、そんな令嬢の一人と懇意になった奴が居たらしい。
 元々、波長が合う奴、縁が深いっていうのかな…あるだろ?
 互いに一目惚れしたそうだ。
 が、それはそれで、御曹司の機嫌を損ねちまったらしい。
 御曹司の方もその令嬢に目をつけていたらしかったのが、余計に話をややこしくしたようだ。
 元々は己のための集団見合いバカンス。しかも、一番気に入った娘は親友に盗られそう。ま、男の面子に関わるというか、こういうプライドだけが高い男には、それが耐えられなかった。
 そんな御曹司に芽生えた嫉妬心が、とんでもない「事件」を生んでしまった。

 ちょっとした行き違い、言い合いで、カッとした御曹司が親友に手をかけて殺してしまったというんだ。断崖絶壁から親友を突き落として、海に沈めてしまった。
 その前後から、数日間、この岬には嵐が吹き荒れて、海路も陸路も閉鎖され、孤立状態になったそうだ。足踏み台風でもやってきたんだろう。
 陸路があったとはいえ、がけ崩れが起こり、帰る事も出来ない。救援を呼べども、すぐにやって来てもらえる状況ではなかった。
 そういう天候状態が更に悲劇を生む。これも良くあること。

 親友を崖から突き落としてしまった御曹司は、その瞬間から修羅に変わったそうだ。つまり、端的に言うと、精神状態が極限に突き落とされ、キレたんだな。
 いずれ、業罰は免れない。ならば、いっそ、全てを破壊してしまえ…と。片っ端らからその場に居た人間を、追い詰めて殺し始めた。
 成人の男たちも、数人居たようだが、不思議な事に、誰一人、彼の凶行を止めることができなかったそうだ。
 一人、一人、彼の凶行に斃れていき、残ったのは、令嬢ばかり。
 彼は強引に、娘たちのうち、四名を置いてあったクルーザーに乗せ、嵐の海に漕ぎ出し、忽然と行方を絶ってしまったそうだ。

 嵐が収まって、館に来た人々が目にしたもの。それは、血塗られた男たちの死体。曹司と令嬢たちの姿は忽然と消えていた。
 中には助かった娘や男たちも居て、皆、一様に、目の当たりにした凶行に、言葉も無く怯え続けていたそうだ。
 数日経って、無人のクルーザーの残骸がどこぞの海岸に流れ着いたらしいが、娘たちの姿も御曹司の姿も、見つけることはできなかったそうだ。いたたまれなくなって、そのまま、海に身投げしたか、それとも嵐でクルーザーが崩壊してしまったのか…。当時の警察も難解な事件に「遭難事故」と銘打って投げ出してしまったそうな。
 
 以後、この館は、誰も近づかなくない、長い間捨て置かれたって訳だ。
 流島は、別名、神隠しの島とも地元じゃあ言われてるんだ。
 八百比丘尼の話といい、お七の話といい、御曹司の話といい、いずれも、不可解が成せる一種の神隠し譚だからな…。

 ご静聴ありがとうさんよ。」

 語り終えた、次郎太はふううっと大きなため息を吐き出した。いや、彼だけではない。ここに居た誰もが、無口になって黙り込む。

「重い嫌な話だな…。そいつも。」
 乱馬がポツンと口を開いた。
 やっぱり、嫌な話は時代が下っても嫌なままだ。そう思った。

「あ、でも、この島辺りの海って、海流の流れが掴みにくくって、地元でも一人じゃ近づいちゃいけない場所ではあるんだよな…次郎太のおやっさん。」
 と蒼太が付け加えた。
「ああ、そうだな。昔から、海難事故が数多起きてる、曰く付きの海域でもあるな…。」
 次郎太は言った。
「確かに、昨日、船で通った時も、潮の流れが速い海ではあったわね。」
 鈴音婆さんが答えた。

「それに、海竜ってのかなあ…。化け物も出るって噂もあったぜ。なあ、おっさん。」
 蒼太が言った。
「海竜だあ?」
「ああ、ネス湖のネッシーみたいな恐竜を見たとかさあ…。そんな噂を何度か耳にした。」
 蒼太の言葉を補足するように、次郎太が言う。
「俺はクジラやシャチとかいった類の大型の海の哺乳類か、それに近いものじゃないかと思うんだが…。そいつが現れると、溺死体だの海難事故だのが相次ぐとか、囁かれてたな。」

「何だかパッとしない話ねえ…。」
「薄気味悪いわ…。」


「なるほど、そんな話があったのですね。」

 急に背後で紫苑の声がした。
 ぎょっとして、一同、そちらの方向へ視線を定める。
「いやあ、ここをわたくしどもの会社が買い上げた時、地元の方々が、あまり良い顔をなさらなかったし、良い物件なのに、随分格安だと思ったのですよ。
 そうか、そんな、伝説やら因縁話がこの岬には、あったのですか。」
 紫苑は穏やかな顔つきでそこに立っていた。
 だが、目は決して笑ってはいない。余計な昔話を勝手に話さないでくれ、とでも、言いたげな雰囲気だった。次郎太などは、まずったかな、というような顔をしたくらいだ。
「あはははは…。つい、怪談に乗せられて…。いやあ、半分以上は俺の創作、脚色が入ってるんですけどね…。あはははは。」
 今更、笑って誤魔化すのもどうかとは思うが、こうでも言わなければ、紫苑が今にも詰め寄ってくるのではないか、そんな緊張感が次郎太を支配していた。
「脚色入りですか?それはそれで、聞き応えがありましたよ…。次郎太さん。」
 澄んだ声が、余計に鬼気と迫っているような感じだった。
「でも、皆様、ご安心くださいね。ここを改装するに当たって、とても著名な、祈祷師を呼んで、お祓いやお清めもしてあります。
 それに、建物の基礎の部分は昔のものを使ってはいますが、殆ど新建材で新たに建て直したようなものです。
 でも、そんな曰く付きの島だなんて…。ここを売り手から交渉した折には、一言も出てこなかったですからねえ…。」
「あ、いや、俺は別に、営業妨害をしようとして、こんな話をしたわけじゃあ…。」
 汗だらだらで、次郎太が必死で繕っているのが、傍目で見ていて滑稽なくらいだった。
「わかっていますとも。このような嵐の夜には、怪談が似合いますからねえ…。それに、その話、案外、商売に使えるかもしれませんね。」
 と、紫苑はポジティブ思考を口にした。
「商売に使うだあ?」
 乱馬が声をたてると、
「ええ、そうです。こういう伝説が好きなお客様は、少なからずともいらっしゃいますよ。わざわざ霊感スポットと称して、面白おかしく出かけられる方も、いらっしゃるじゃないですか。そうでなければ、遊園地のお化け屋敷も、繁盛しないでしょう?」
 紫苑がつとめて明るく言った。
「まあ、そりゃあそうだけど…。」
「妖怪や怪談だって、上手く利用すれば、立派な商売になります。そうだ、次郎太さん、よろしければ、もう少し詳しく、そのお話を、別室で伺わせていただけませんか?ねえ、立浪。」
 
 いつの間に、そこに居たのか、立浪がこちらを向いて立っていた。

「是非、わたくしも知りとうございますな。伝説は上手く使えば、客を集める呼び水になります。お七饅頭、お七せんべいにお七餅、お七キーホルダーにお七人形…。考えただけでも、ビジネスチャンスは詰まり放題。」
 いつしか、立浪の瞳もぱちくりと見開いて、輝き始めている。

「あれは、真剣に、商売を考えている目だわ。」
 隣の乱馬にあかねが語りかけたほどだ。
 時折こういう目をしてみせる人間を、もう一人、間近で見ている。そう、あかねの姉、なびきだ。なびきは商売のための皮算用をしている時、他の何事をするときよりも瞳がぱちくりと輝くのを、幼い頃から見せ付けられている。時には、なびきの商魂の餌食にされてきた妹の直感とでも言うのだろうか。
 今の立浪には、そんな、なびきと同類の輝きが見える。そう思ったのだ。

「そうかな…。本当にそれだけかな…。」
 乱馬は、あかねの言に懐疑的な言葉を投げた。が、それ以上、言うのはやめておいた。
 


二、

「さて、そろそろお開きにしましょうか。夜もだいぶん、更けてきたみたいだし。」
 橙子が、おもむろに立ち上がった。
「あーあ、明日は晴れるかなあ…。」
 恨めしそうに、千秋が暗い窓の外へ目をやった。
「天気予報も見られないから、どうなるかわからへんやんなあ…。台風でも近づいとんやろか?」
「そんな話、一切聞かなかったけどなあ…。」
「なあ、ちょっと、気持ち悪かったさかい、一緒に寝えへん?千秋ちゃん。」
「いいよ、あたしも、ちょっと次郎太さんの乗り具合に、一人で眠るのはって思ってたから…。」
 大学生の千秋と桃代はそんな会話を続けていた。
 確かに、あの話を聞いた後では、一人になるのは心細いかもしれない。
「安心しろ!俺も添い寝してやっから…。」
 と、乱馬もあかねにぼそっと話しかける。
「う、うん。」
 珍しく、あかねも神妙だ。さすがに、勝っても知らない土地で、あの怪談を立て続けに三本、聴かされて、辟易となっているようだ。
 常のあかねなら、「何、言ってるのよ!すけべっ!」とか言われて。肘鉄の一つも飛んで来る場面にも関わらずだ。

 お開きになった会場から部屋に戻る、廊下で、乱馬はこそっと、鈴音婆さんに袖を引かれた。
「私があげた、お守り、ちゃんと持ってる?」
 と確認するように話しかけられる。
「あ、ああ…。」
 頷くと、婆さんは、こそっと耳打ちした。
「ちゃんと、肌身離さず持っておきなさいよ。今夜辺り、必要になるかもしれないから…。そう、追い詰められたら、迷うことなく、このお守りを発動させなさい。相手目掛けて投げれば、必ず発動する筈だから…。」
 発動とはどういうことかと問い返そうとしたが、それだけを言うと、婆さんはすっと乱馬から離れて行ってしまった。
 返って、気になる、言い方だった。
 
 それぞれ、己の部屋に帰って行く。
 次郎太と蒼太はもう一階下なので、エレベーターで別れた。婆さんと橙子はそれぞれ一人部屋へ。桃代と千秋は一緒の部屋に入っていった。二人身を寄せ合って眠るつもりなのだろう。
 最後に一番奥の部屋に、乱馬とあかねが入って、鍵をかけた。
 灯りをともすと、ぱっと部屋は明るくなった。
 外の嵐はますます、意気揚々となっているようで、雨風が窓を叩きつける音が聞こえてくる。
 湿った空気が、エアコンをかけても、プンと嫌な匂いを孕んでいる。
 こういう、夜は何かが起こるかもしれない。確かに、鈴音婆さんでなくても、そう思わずには居られない。

 あかねは部屋に入っても無口のままだった。
 やはり、次郎太の話は刺激が強すぎたのだろう。

「怖がりだな…。おめー。」
 これみよがしに、ツンと頬っぺたを突付いてみる。
「うるさいわねー!恐がってないわよ!」
 と、大きな声で牽制してくる。が、いつもの活きの良さは、すっかりなりを潜めている。
「何なら、男に戻って添い寝してやろうか?」
 と持ちかけたら、
「莫迦ッ!」
 と拒絶された。あかねも乱馬に、そこまでして欲しくはないようだ。
「ちぇっ!」
 と舌打ちをみせると、
「何なのよ、あんたはっ!やる気?」
 と強気に出て来た。
「ま、それだけ元気がありゃあ…。」
「元気がありゃあ?…何よ。」
「大丈夫だな。…っと、先に風呂へ入れよ。」
 と乱馬が促した。
「わ、わかってるわよ。」
「やっぱ恐いんだろ?一緒に入ってやろうか?」
「もう、いい加減にしなさいよねっ!」
 乱馬の軽口に業を煮やしたのか、あかねはそのまま、バスルームへと消えて行った。

 時間差で湯水を浴び、昨日と同じく、ベッドへと横たわる。すぐに寝入ってしまった昨日とは違って、今日は、どちらも、目が冴えてしまい、なかなか寝付けない。
 大きなベッドとはいえ、ダブルベッドだ。背中合わせに、横たわっている。
 今は乱馬が女の子に変身しているとはいえ、元は健康男児。しかも、互いに、好意を持っていると言えば、意識しないでいられなかった。
 灯りの消えたベッドに横たわっていると、互いの存在が、大きく膨らむのだ。足元はナイトライトで照らされているとはいえ、顔ははっきり見えない。その、薄暗さが、かえって、互いの存在を増長させているようにも思えた。
 互いを牽制しあいながら、ごそごそと寝返りを打つ。寝たふりもできない。
 変な緊張感が漂う、夜のしじま。それでも、昼間の疲れが回りはじめ、いつしか、うとうとと眠りの淵へ誘われ、落ちていく。


 いったい、どのくらいまどろんでいたのか。

 嫌な気配を感じた乱馬が、パッと目を見開いた。
 さすがに、武道家の端くれだけのことはある。陰気を孕んだ思い空気が、こちらに向けて近づいている気配を読み取ったのだ。
「なっ!何だ?こいつは…。」
 蒲団の中で気を研ぎ澄ます。
 
 何かが、廊下に居る。
 扉の向こう側から、こちらを伺っているようだ。
 
 あかねも、その気配に気付いたのか、ガバッと起き上がろうとした。
「しっ!」
 乱馬はそのまま、彼女を蒲団の中に引き止めた。
 共に、武道の達人。それぞれ、顔を見合わせて、黙ったまま、外の気配を探る。あかねはまだ、上手く気を探れないらしいが、乱馬はあかねよりも気の探り方が上手い。
(何か嫌なものが来る…。)
 咄嗟に判断していた。
「この場合、こっちが起きているって思わせないほうが良いぜ…。相手に隙を作らせて置いたほうが、処し易い。ここは俺に任せておけ。」
 と、小声で言った。いつもなら、あたしもと凄んでくるくせに、この晩のあかねは、珍しく大人しかった。
「うん。」
 と小さく頷くと、息を潜めた。
(どうやら、宵の口の話が相当、効いてるみたいだな…。こいつがこれだけ素直になるなんて。)
 乱馬は暗闇の中、ふっと笑みを漏らした。
 こういう修羅場は、数多く、こなしてきている。ある程度、相手を撃退させる自信はあった。
「俺が惹きつけて、奴を倒すか追っ払う。おめーは、そのまま、防御しながら、じっとしてろ。」
 と小声で囁いた。ぎゅっと、あかねの細い手が乱馬の黒タンクトップの脇辺りを握ってきた。彼女なりに、不安を感じているのだろう。
「大丈夫…任せとけ…。」
 乱馬は右手に握り拳を作ると、ぐっと体内から気をそこへ集めた。武器になるものを探す余裕はない。このままの方が相手に対して奇襲しやすい。となると、最大の武器は気弾だ。

(いいか、惹きつけるまで、絶対に動くな!)
 乱馬はあかねにそう念じた。テレパシーが使えるわけではないが、彼女とは以心伝心だと思っている。乱馬の気配から、心を読み取ってくれるだろう。
 あかねの動きが固まったまま、止まった。寝たふりを決め込むつもりだろう。
(よっし、そのまま動くなよ…。)
 乱馬は蒲団を大きく被った下で、ぐぐぐっと拳を握り締めて、そいつが入ってくるのを待った。

 ほんの一瞬の時の流れが、随分、長くに思える。
 そいつは、乱馬とあかねの部屋の前で、扉に佇み、中の様子を伺っているようだ。発する気が尋常ではないことは、乱馬にはわかっていた。何か、陰湿なものだ。
 鍵がかけられているにも関わらず、カチャッと扉が開く音がした。
 静かに息を殺しながら、何かが入ってきた。ズズズと足元で何かを引きずる音も聴こえてくる。何か長い物を後ろに引っ張っているような音だった。

(まだだ、もっと奴を惹きつけてからだ…。)
 はやる気持ちをグッと抑えて、乱馬は蒲団の下から、その時を謀っていた。

 奴は、二人のベッドの脇に立った。
 そして、乱馬の寝ている蒲団へと手をかけた、その時だ。
「いまだっ!食らえっ!」
 乱馬の右手から、気弾がはじけ飛ぶ。
 びくっとして後ろに下がる、訪問者。その姿を見て、乱馬は愕然とした。
 「長い尾を引いた四足の化け物」がそこにのけぞっていたからだ。部屋は足元にしかライトが無かったので、容姿ははっきり見えない。でも、その影から、人間ではないことだけは明らかだった。
 大きさも、馬くらいあろうか。人間よりは大きかった。見ようによっては、恐竜のようにも見える。海から上がってきた化け物なのか、水が滴り落ちているようにも思えた。しかも、磯臭い香がする。
「なっ!何だ?こいつっ!」
 一瞬、躊躇いかけたが、まごついている暇はない。
 乱馬は、気を体内からすくい上げると、再び、化け物目掛けて、気弾を打った。

「でやああっ!おとといきやがれっ!」
 男言葉で、そいつを牽制しながら、薙ぎ払う。
「ウモオオオーッ」
 そいつは、人間とは違う雄叫びを上げて、乱馬の攻撃から後ずさる。まさか、抵抗されるとは思っても居なかったのだろう。
 乱馬とて、傍にあかねが居る。それなり、必死だった。
 とにかく、彼女を護らねばならない。相手を倒すことよりも、退散させる攻撃方を選んだ。
「でやああったったったったあっ!」
 乱馬は、気弾を連打した。天津甘栗拳のスピードに乗せて、気を解き放ったのだ。大きな気弾ではなかったが、怪物には効いたようだ。
 敵わぬと見てとったのだろう。
 怪物は、くるりと背を向けると、大慌てでその場を立ち去ろうと、部屋の入口方向へと向き直る。
「これでも、食らえっ!」
 乱馬は最後っ屁よろしく、後ろから化け物目掛けて、鋭い気弾を一発、打った。

 ボンッ!と気弾は、そいつの右足あたりに命中する。
「グエエエエ!」
 一声、痛そうに戦慄いた。乱馬の攻撃で、怪物の右の後ろ足に傷がついた。皮膚に張り付いていたウロコが一枚、ポロッと落ちた。五センチ四方ほどの大きな魚のウロコのような皮膚が、乱馬の一撃で剥がれ落ちる。そこから、血が滴り落ちた。
 だが、そいつは、傷ついた足を引きずりながら、廊下へと出て行く。
「待てっ!逃がすかっ!」
 こうなると、形勢は逆転する。乱馬は奴が逃げる方向を見定めようと廊下へ出た。

 バタバタとうるさい乱馬たちの部屋の騒音を聞きつけて、何事かと、目を覚まして、廊下へと顔を出した凛華が、そいつを真正面から見てのけぞった。

「きゃあああっ!」

 そいつは、立ち尽くす凛華を、そのまま突き飛ばして、ずんずん逃げていく。
 廊下の明かりが落とされていたので、これまた、はっきりは見えなかったが、黒い、四足動物の塊が一目散、なりふり構わずに奥へと消えていった。

「だ、大丈夫か?」
 思わず、乱馬は飛ばされた凛華を抱き寄せに走る。一応、危険は去った。化け物は乱馬の奇襲に大慌てで逃げてしまったようだ。。
「う、うん…。お姉ちゃん、今の何?」
 声がすっかりと怯えて震えている。
「さ、さあ…。お姉ちゃんにもわかんねー。が、あんまり気持ちの良いもんじゃねーよな…。」
 凛華を落ち着かせようと、膝をついて近寄る。
「恐い…。」
 ひしっと凛華が身を寄せて来た。
「大丈夫だ…。奴は逃げた。落ち着け。」
 乱馬はトントンと、怯えきっている凛華の背中を叩いてやった。

「もう…。夜中に何なのよ!美容に悪いわ。」
 目をこすりながら、橙子が部屋から出て来た。
「化け物が出たんだよ。」
 そう乱馬がいうと、
「寝ぼけてたんじゃないのぉ?」
 と冷たい一言。
「寝ぼけてて、こんな痕が残るのかよ…。」
 乱馬が吐きつける。
「あら…。ホントだ。何か這いずった痕よねえ、これって。」
 驚く訳でもなく、平坦に橙子が言った。

「な、何?何かあったの?」
「うるさくて、寝られないわよ…。」
 目をこすりながら、遅れて出て来た大学生ペアも、廊下の有様を見て、愕然としていた。滴り落ちる水に濡れたように、ぬめっと廊下が光っていたからだ。化け物のシッポの痕なのだろうか。それに混じって、傷ついた右足から滴り落ちたのか、血痕も点々と続いていた。
「な、何よ…これ…。きもいわあっ!」
 桃代が、ぬめった廊下の痕を見て言った。
「何かを引き摺った痕なの?」
 大学生たちの顔が強張る。

「化け物が、俺たちの部屋を襲ったんだ。で、そいつは、あっち方向へ逃げた。」
 乱馬がそう声をかけた。
「化け物ですって?」
「うげえっ、これって生物の何かなんかあ?」
 二人とも、顔をしかめながら乱馬を見返した。
「ああ…。四足の長い尾がある、化け物だったぜ。俺もあんなのは見たことがねー。」
 乱馬は声を落として言った。
「気色悪う…。ほんま、ナメクジが滑って行った痕のような、糸引いてるやん、これ。」
 スリッパの上から、その、ぬるぬるを桃代が足で確認する。
「それから…。攻撃した時、皮膚からウロコが剥がれ落ちたぜ。」
 乱馬は化け物が落として言ったウロコを指でつまんで見せた。キラキラと不気味な輝きを放つウロコがそこにあった。
「魚のウロコなん?」
「…にしては、大きいわ。」
「人間じゃなかったのね…。」
 口々に感想を言い合う。
 

 危急を聴いて、部屋から次々と宿泊客の顔が現れる。階下から、何だ何だと、次郎太と蒼太も、駆け上がってきた。

「そっちへ化け物が行かなかったか?」
 乱馬が尋ねると、
「いや、何かが這いずり通った痕はあったが、姿は拝んでねえなー。」
 と次郎太が返答した。
「逃げた痕がずっと階段下へ続いていたぜ。」
 と次郎太は階段の方向を指差して言った。
「そうか…。地下へと逃げやがったか。」
 と乱馬が忌々しげに言った。
「ま、逃げたってことは、当面の難は去ったわけだが…。」
 悠長に物言う、次郎太。
「その場しのぎかもしれねーぜ。相手は得体が知れねー化け物だ。」
 乱馬が顔をしかめる。

(何かが起きようとしている…。)
 武道家の直感が、物凄い勢いで警告してくる。
 化け物はどこかへ去ってしまったが、退治した訳では無い。いや、むしろ、見えない恐怖が、一同の上に募り始めるかもしれない。一種のパニック症候群に見舞われ、冷静な判断も失われる可能性もある。

「他の部屋の連中は?婆さんや碧さんは起きてこねえな…。」
 乱馬が言った。
 凛華も桃代と千秋も、橙子も、それから、階下に寝ていた次郎太と蒼太さえも、起き出してきたのに、鈴音婆さんと碧は出てこない。ノーリアクションだった。
 それどころか、二つの扉は、やけにシンと静まり返っている。

「婆さん?」
 不審に思った乱馬が、部屋のドアをドンドンと叩いた。だが、返答はない。ドンドンドンと何度かやっているうちに、弾みでドアが開いた。どうやら、元々、鍵は外れていたようだ。
「婆さん?どうした?何で起きてこねえ?」
 真っ暗な室内に、灯りのスイッチをひねりながら、入った。
 中へ足を入れて、驚いた。
 ぬめった化け物の痕が、入口から部屋の奥にかけて、くっきりと付いていたからだ。
「怪物にやられちまったのか?婆さんっ!」
 忽然と婆さんの姿が消えている。寝ていた痕跡はあったが、気配はなかった。
「どうしたの?乱子ちゃん。」
 橙子が一緒に覗き込んだ。
「婆さんが居ねえ…。どこにも…。おまけに、さっきの化け物の痕跡が、くっきりと部屋についてやがる…。」
 乱馬は愕然としながら言った。状況から察するに、婆さんはさっきの化け物に襲われたともいえるが、果たして…。
 
「ねえねえ、碧さんも居ないわ!」
 考える暇もなく、千秋が慌てふためいて駆け込んできた。
「化け物の痕跡は?ぬめった痕は残ってっか?」
 乱馬が問い質すと、
「ううん、ぬめった痕はなかったわ。ただ、忽然と、姿だけがみえないの。」
 と千秋が答えた。
「ぬめった痕がないだってえ?ってことは、自分から部屋を抜け出したってことか?」
「さあ…。わからないけど、夕方まで、ここで眠っていたわ。それは私たち確認しているわ。」
 千秋が桃代に同意を求める。
「夕方?いつ頃までだ?」
「ええ、食事を誘いに行ったら、部屋の鍵が開いてて、悪いなあと思ったんだけど、入ってみたのよ。その時は、碧さん、ぐっすりと眠っていたわ。ねえ、桃代さん。」
 千秋と桃代はそれぞれ確認しあった。
「千秋さんの言うとおりや。うちも一緒に入ったんやけど、ぐっすり寝むっとったから、悪い思て、そのままにして部屋を出たんは…夕食前や。」
「夕飯か…。七時ごろだったな。…あれから悠に数時間経ってるから、今しがた行方不明になったのか、ずっと前にどっかへ出ていったのか…判別できねーな。」
 乱馬は考え込んだ。そして、尋ねる。
「その間、誰も碧さんのことは見てねえのか…。」
 一同、コクリと頷く。誰も、碧の姿を見て居ないようだ。

 と、その時だ。
「どうか、なされましたかな?」
 背後から立浪の声がした。薄暗い廊下の端っこに立って静かにこちらを見ていた。
 真夜中だというのに、寝巻き姿ではなく、ちゃんと背広の執事姿で、立浪はそこに現れたのだ。
 立浪の向こう側には、メイドが数名、後ろ側に四人、着き従っている。昨日倒れたさくらはそこには居なかった。
 彼女たちもまた、ちゃんとメイド服を着用していた。誰もが口を閉ざしたままで、不気味に見えた。

「ああ、執事さん。さっき、ここへ変な化け物が現われて…。」
 とあかねが言いかけたのを、乱馬が制した。

「何の用だ?」
 と、声を荒げて乱馬があかねの前に立ち、立浪に対峙した。
 明らかに乱馬の様子が変だ。顔が強張っている。
「ちょっと…乱子ちゃん…。そんな乱暴な言い方しなくったって…。」
 失礼にならないか、ヒヤヒヤしながら、あかねは乱馬を止めにかかった。
「おまえは黙ってろ…。」
 乱馬はあかねが前に出ようとするのを、手を差し伸べて拒んだ。

「どうなされましたかな?乱子さん。」
 立浪の顔が、曇った。
 乱馬は立浪と間合いを取りながら、静かに言った。

「おめーら、客人の安否を気遣って出てくるにしちゃあ、ちょっとばかり、登場が遅いんじゃねーか?」
 と乱馬は口を開いた。

「何かあったのですか?大きな音がしましたので、気になって慌てて眠っていた部屋からここへ直行したのですが…。」
 立浪は言い訳しようとした。だが、乱馬は言い訳を良しとはしない様子だった。

「だったら、これは何と説明してくれる?」
 そう言って、バンッと気弾を放出した。執事の右足目掛けて、気弾がはじけとび、着ていたズボンがボロボロになって裂けた。
「な、何をなさいます!いきなりっ!」
 執事がわなないた。

「ちょっと、乱馬、何てことするのよっ!」
 執事に攻撃を加えた乱馬を振り返り、あかねが焦って声をあげた。
 乱馬はすっと指を指して、声をますます荒げた。
「見ろっ!奴の右足を!」

 言われて、執事の右足を見て、あかねの顔が引きつった。
 右足にウロコ型の傷がくっきりと浮き上がっているのが見える。乱馬が気弾を浴びせて化け物から剥ぎ取ったウロコと、同じ形の傷だ。
 
「一体、何なんです?」
 立浪が、そう言いかけたのを、乱馬は更に制した。

「こいつは、さっきの化け物から剥がれ落ちたウロコだ。…てめえの、その傷と寸分違わねえ相似形をしてねえか…。」
 はっしと睨みつける乱馬の顔。
「確かに、さっき見せてもろたウロコと、同じ形してるやん、その傷…。」
 背後から恐る恐る覗き込んで、桃代が返答した。
「これでも、まだ、すっとぼけるつもりか?」
 
 乱馬の問い掛けに、立浪がふっと、口元に笑みを浮かべた。不気味な微笑み。

「ククク…。そこまで見通されたら、否定は出来ませんねえ…。」
 バリバリッと音がして、立浪の洋服が弾けた。そのまま、破けて肉体がむき出しになる。腕や足、胴体にびっしりとウロコが張り巡らされている。人の肌ではなかった。まるで魚人のような魚肌がそこにあった。
 そればかりか、立浪の肉体が、モコモコッと盛り上がる。みるみる、人の三倍ほどの大きさに膨らみ、胴体の重みに耐え切れずに、四つんばいになる。

「きゃあああっ!」
「ば、化け物っ!」
 女性たちの悲鳴が背後から上がる。

「けっ!正体を現しやがったな?化け物め!」
 乱馬は怯むどころか、ますます闘魂が燃え上がる。
「やっぱり、さっきの化け物の正体はてめえだったか…。」
 はっしと睨みつける乱馬。
「何で、わかったの?」
 あかねが隣から尋ねる。
「気だよ。さっきの化け物から発していた気と、執事のおっさんの気とがダブったんだ。人間とは違う、妖気がムンムン漂ってきやがったぜ。」

「ククク…まとった気を読まれるとは…。あなた方に接する時は、人間の気を背負うように努力していたのですが…。さっきの傷でそこまでコントロールしきれなかったのが露呈の原因でしたか。」
 余裕があるのか、立浪、もとい化け物が語りかける。
「ああ、気分が悪いほどの妖気が、たっぷりとてめえから発せられてたぜ。他の皆は騙せても、俺は騙せねえ…。」
 ジリジリと間合いを詰めながら、乱馬が答えた。
 手には婆さんから貰ったお守り袋が握り締められている。一体何が入っているかわからなかったが、使うなら今だろう…。そう渡りをつけていた。
 婆さんが味方とは限らないが、この際、ダメ元だ、信用してみよう。そう判断したのだ。
 ダメならダメで次の一手を考えれば良い。
 とりあえず、逃げるための活路を見出す。それが、己に課された命題だと、乱馬は理解していた。

 乱馬は宿泊客たちの先頭に立って、化け物たちと対峙した。
 ゆらりと、化け物の影が揺らいだ。
 一同、固唾を飲んで、乱馬と化け物のやりとりと見ている。逃げたいが腰が抜けて逃げることもできない様子だ。

「もうちょっと、余裕を持って、あなた方を狩ろうと思っていたのですが…。正体がばれてしまったら、致し方ありますまい。」
 ハラワタから響き渡る嫌な声で、立浪が語りかける。
「狩る?どういうことだ?」
 乱馬はジリジリと間合いの様子を見ながら、尋ねた。

「それは…、あなた方を狩った後で、じっくりと説明させていただきましょう…。まだ、時間はたっぷりとありますから。ふふふふ、ふふぁぅふぁっふぁっ!」
 それは不気味な笑い声だった。
 化け物は満を持して、乱馬たちへと襲いかかろうと、姿勢を整えにかかった。

 このままではやられるっ!

 だが、どこを見ても逃げ場はなかろう。ここは化け物の棲家。下手に逃げられない。

(どうする?)
 乱馬はぎゅうっと拳を握り締めた。
 






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