◇幸せの肉まん

 秋晴れの休日。
 あかねは朝から、ロードワークに出ていた。休日の朝は、町内を軽く流して走り込むのを習慣としていたのだった。
 頬を掠める風は冷たくなり始めたが、走り込めば、汗ばむ。
 身体が温まり始めた頃のことだった。

 
「乱馬さまあーっ!お待ちになって。」
「乱ちゃん、今日こそ、ウチとデートしたらんかいっ!」
 小太刀と右京の声が響き渡る。

 ふと、声の方へ瞳を転じると、いつもの風景がそこに広がっていた。

「秋晴れ今日くらいはうちと過ごしてえなっ!」
「何をおっしゃいます。それはこちらの了見ですわ。乱馬さま、私とささ、楽しいデートへでかけましょう!」

「勝手なことばかり言うんじゃねー。勘弁してくれよーっ!」
 全速力であかねの目と鼻の先を駆け抜けて行く乱馬。

「たく…。いつもいつも。だらしがないんだから。」

 あかねはむっと口を結んで、少女たちと乱馬の追いかけっこを見送った。
 あの様子だと、当分、街中を走り回っていることだろう。

「嫌なら嫌とはっきり言えばいいのに…。相変わらず、優柔不断な奴…。」

 誰に向かって言うにでなくあかねはそう吐き出した。それから溜息をつく。ぎゅっと拳を握り締め、道を走り出した。

 と、前方にコロン婆さんが杖を持ってキョロキョロとしているのが見えた。
「おはよーございますーっ!」
 通り際に挨拶すると、
「おお。うちのシャンプーを見かけなかったかね。」
 コロン婆さんはあかねへとぎょろりと大きな瞳を巡らせて、尋ねて来た。

「さあ…。でも、さっき、右京や小太刀が乱馬のことを追っかけてたから、もしかするとシャンプーも合流しているかもしれませんけど。」
 剣がある言い方だと、自分で思いながらも、あかねはコロンに向かってそう答えていた。
「そーか…見かけなんだか…。ううむ…困った…。」
 コロンはそう言って、溜息を一つ、大きく吐き出した。
「シャンプーがいなければ店が開けられん…。ムースも朝から熱を出してくたばっておるし…。困った、困った。」
「珍しいですね…。ムースが体調を崩すだなんて…。」
 あかねはきびすを返した。

「まあな…それより、あかね殿…暇かね?」
 唐突にコロンが尋ねて来た。
「え?ええ、まあ、とり立てて用があるっていう訳じゃないですけど…。」
 とついポロッと言ってしまった。
「丁度良いわい。すまぬが、店を手伝ってはくれぬかのう…。」
 コロン婆さんは懇願するようにあかねに顔を向けた。
「手伝う?あたしが…ですか?」
 キョトンときびすを返すと、
「そろそろお昼時じゃ…。今更、店を休みにするわけにものう…。頼む。バイト料はきちんと払うぞ。」
「え?今からですか?あたし…ロードワークの途中なんですけど…。」
 一瞬、戸惑ったあかねのことなど、気にも留めないマイペースなコロン婆さんだった。
「あかね殿、ほら、来なされ。」
 トントンと器用に杖を付きながら、そのままあかねを店の奥へと引っ張って行った。

 あかねは半ば強引に、猫飯店の臨時アルバイトへと引き入れられてしまった。。
 ロードワーク途中の半袖Tシャツとジャージズボンで接客をする訳にもいかないだろうと、ピンクのスリットなチャイナ服と白いエプロンを貸し与えられる。

「それに、着替えなされ。ほれ、早くっ!」
 とせかされる始末。
「え…あ…はい…。」
 あかねは慌てて、着替え始める。

 時計の針は十二時を回った。
 と、近くの会社が昼休みにでも入ったのだろうか。
 ぞろぞろと申し合わせたように人が猫飯店に集まりだした。

「婆さん、今日はラーメン餃子定食ね。」
 背広姿の中年親父が暖簾をくぐって入って来る。
「こんにちは。今日はレディースランチお願いします。」
「ああ、腹減った。婆さん、チャーハン定食で!」
 次々に馴染み客が入って来る。

 本格的な中華料理がリーゾナブルに食べられると評判を呼び、ランチ時はいつも一杯になる。外まで行列が出来ることもあるのだ。
 ムースやシャンプーが一度に二人とも欠けるとなれば、確かに鉄の女、コロン婆さんとて困ることは必定だ。

 着替え終わるや否や、すぐさま、店に出た。
 慣れぬ手つきで注文を取り、コロンが作った料理を運ぶ。
 思った以上に客足は早く、入ってきては出てゆき、出て行けば入ってくる。
 当然、ぼんやりとしている暇もない。まさに、戦場であった。

 注文を取り、水を運び、食器を下げ、また、料理を運ぶ。そしておあいそ。

「お姉ちゃん、新顔?」
 とあらたまって聞く客も居れば、
「こっちのチャーハンまだ?時間がないんだからあ…。」
 と殺気立つ者も居る。
 猫飯店は文字通り、大繁盛だ。

 だいたい二時頃で一旦、激忙からは解放される。お昼ご飯時が過ぎ去るからだ。客足もその頃を境にふっつりと途絶える。
 と、一旦、二時半ごろから暖簾が外される。
 夕方の営業まで、暫し、休憩に入るのだ。
 だが、仕事が無くなる訳では無かった。 
 夕方の仕込みがある上に、洗い桶にはまだ洗いきれて居ない食器が山のように積みあがっている。店内を軽く清掃もしなければなるまい。

 一向に、シャンプーは戻ってこなかった。
「ふむ。困ったものじゃのう…。これでは、夕方の仕込みが満足に出来ぬのう…。」
 コロン婆さんは思案にくれている様子だった。


「あのう…。あたし。どうせ今日は何も予定がないから、最後まで手伝いましょうか?」
 このまま帰ってしまうのも気が引けて思わずそう声をかけてしまった。お人よしなあかねらしい。

「そうして貰えるとありがたいのう…。」
 コロン婆さんは頷いた。
 あかねは請われるままに、手伝いの続きを始める。
 己の味音痴は自覚していたので、料理の下準備には一切手を貸さず、ひたすら食器洗いに勤しむ。
 店を回転させるのに無我夢中だったので、洗い物はつい後回しになる。必要最低限の洗い物しか出来なかった故に、客足が引けたとはいえ、かなりの食器が下げられたまま、厨房に積み上がっている。
「洗い場はあかね殿に任せたぞ。」
 そう言って、コロンは厨房へと立った。
 中華料理は脂っこい物が多いので、洗い物も手間がかかる。洗い残しは不衛生ゆえに、注意が必要だ。盛り上がった食器の山に果敢に挑んでいった。
 馬鹿力を入れすぎて割らないように、細心の注意を払いながら、食器を洗ってゆく。洗い終わった後は、丁寧に水気を拭きとり、棚へと仕舞い込まねばならない。
 家でかすみの食器洗いを手伝っているとはいえ、勿論、シャンプーとは比較にならないくらい動作もとろい。だが、コロン婆さんは、文句一つ言うでなく、あかねの作業を見守りながら、横の厨房で夕方の仕込みに入っていた。
 コロンの手つきは、隣で見ていても惚れ惚れするくらいに鮮やかだった。野菜はタタタと切り刻まれるし、横で鍋がぐつぐつ煮立って踊っている。
 

(お昼時のレストランの厨房もある意味、格闘の場ね…)
 作業をしながら、そう思った。
(シャンプーも、ムースも…いつもこんなに働いてるのね。)
 ほとほと感心した。シャンプーは己とそう年が変わらない筈だ。正確な年齢は尋ねたことが無いが、恐らくは十代後半。来日後、学校へ通うでなく、一緒に来日したコロン婆さんと猫飯店を切り盛りして、働いている。勤労少女だ。
 シャンプーは偉いなあ…と感心してしまった。



 夕方の暖簾が上がる頃、ようやくシャンプーが猫飯店へと戻って来た。

「あかね、何やってるか?」
 シャンプーはあかねを認めると、開口一番、そう言った。
「何をって…。お手伝いよ。見てわかんないかしら…。」
 少しムッとした表情を差し向けながら、あかねがそれに答えた。

「そうじゃ、あかね殿は、おまえの穴を埋めてくれたんじゃぞ。」
 コロン婆さんが鍋越しにシャンプーに話し掛けた。
 死角になって良くわからなかったが、シャンプーは流し台の下に何かを隠している風にも見えた。何となくそわそわと落ち着きが無い。
「それは、ありがとね。でも、夕方の手伝いはもういいね。この先は私の仕事。あかね、もう帰っていいね。」
 素っ気無い物の言い方で、邪険に言われた。
 その心無い言葉に、少しカチンときたあかねは、
「じゃあ、あとは宜しくね。やっぱり、あたしより、シャンプーの方が器用だし、慣れているものね。」
 と少し棘を籠めて、言い返した。
「そうそう…。あとは私がやるから、あかねは、とっとと、帰るよろし。」
 シャンプーは無表情で言い切る。その手元で、何かごそごそやり始めた。
 良く見ると、ランチの残飯で、まかない食を作っているようだった。

 それにしても彼女はどこへ行っていたのだろうか?あかねは率直にぶつけてみた。

「ねえ、シャンプー。あんた、どこへ行ってたのよ。大事なお店の手伝いを放りっぱなしにして。」
 カランと何か落ちる音がした。落ちたのは蓮華。慌ててそれを拾い上げると、
「私、店サボる、全て乱馬のためね。これ以外、ない。今日いい天気、だから、乱馬誘いに行ってた。」
 と無愛想に返された。
 
「やっぱり、あんたも右京や小太刀たちと乱馬を追いかけていた訳?ほんっと、あんな優柔不断な奴のどこがいいんだか。」
 少しやっかみを籠めて、あかねはシャンプーへと言葉を継ぐ。

「乱馬は優しいね。乱馬へ決して強いだけの男では無い。」
「優しい?乱馬が?」
「そーある…乱馬の良いところ、あかねにはわからないあるか?」
「べ…別に、わかりたいとも思わないけど…。」
 少しムッとしてそれに答える。

「さて、私お腹すいた。ちょっと食べてくるあるね。じゃないと、夕方の店、勤まらない。十時過ぎの閉店まで持たないある…。」
 そう言うと、お盆に自分で用意したまかない食を持って、店の奥へと消えてしまった。 

(散々人にピンチヒッターをやらせておいて、あの無神経でぶしつけな態度は何?)
 と、内心、不快感で一杯だったが、グッと堪えた。

「じゃあ、あたし、帰ります。シャンプーが帰って来たから、もういいですよね?」
 エプロンを外しながら、あかねはコロンへとそう声をかけた。

 と、厨房の奥から、コロンがひょいっと顔を出した。
「ほら、今日のあるバイト料じゃ。それから、肉まんを蒸かしたから持って行け。忙し過ぎて、昼ご飯もまともに食せなかったからのう…。
 あ、それから、婿殿によろしくな。どうやら、あの態度から見ると、シャンプーは婿殿に相手にされなかったようじゃのう。シャンプーもまだ機嫌が面に出るようでは、修業が足りぬのう…ほっほっほ。」
 孫娘の機嫌はコロンでも手に取るようにわかるのだろうか。シャンプーも勝気な部分が多々ある少女なので、機嫌の良し悪しは顔色一つでわかるというものなのだろう。

(確かに…シャンプーの機嫌、かなり悪かったわね…。ということは…乱馬を捕まえられなかったのかな…。)
 あかねはそんな感を受けたが、自分には関係ないとそれ以上は考えるのを止めた。

 エプロンを外し、チャイナ服を脱ぐと、Tシャツへと着替えた。

「じゃ、遠慮なくいただいていきます。」
 あかねは肉まん入りの箱と給金の入った茶封筒をコロンから受け取ると、ちょこんとお辞儀をして、猫飯店を辞した。




 引き戸を開いて、外へ出ると、ヒュウッと風があかねの肌を掠め取って吹き抜けて行った。半袖のTシャツだ。その冷たさに、思わず身を竦めると、胸元に温かい肉まんの香りがふんと立ち上がった。
「さっさと帰って、肉まんを食べよう…。お腹空いちゃった。」
 そう独りごちながら家路に就く。
 外はすっかりと夕泥む頃合になっていた。
 秋の夕日はつるべ落とし。そろそろ夕闇が迫っていた。天気が崩れかけているようだった。今にも時雨れて泣き出しそうなどんよりとした曇り空が垂れ込めている。だから、余計に、暗くなるのが早かった。
 足早にあかねは家路を急いだ。

 と、後ろで気配がした。
 その人影は、己と等距離を保ちながら背後から付いて来る。あかねが急げば同じように急ぎ、緩めれば同じように緩める。

 この気はもしかして…。

「誰?」

 わざと大きく振り返った。
 居ない。風が通り過ぎるだけ。

「変ね…。」
 
 あかねはまた歩き出す。と、やはり気配。
 今度は無言で振り返る。
 だが、居ない。

 でも、居る。確かに誰かすぐそこに。

「もおっ!居るんならさっさと出てきなさいな。乱馬っ!」

 こういうことを器用にやってのける相手はただ独り。

「ちぇっ!わかっちまったか。気配を断ったつもりなのによー。」
 ふわっと塀の上から下りて来た人影。
「どこ行ってたんだよ…。お昼ご飯にも帰らなかったって、みんな心配してたぜ。」
 そう言いながら次の瞬間にはあかねの真横に立っていた。
「何で、ここに居るの?」
 あかねはわざときつく言い放つ。
「たく、遅いからわざわざ出迎えに来てやったんだろが…。」
 とでかい態度で返された。
「迎えなんて頼んでないわよ。」
 あかねも慣れたもので、そうあしらう。
「たくう…。可愛くねえな。」
 乱馬はそう言い返しながら余裕で笑っている。

「可愛くなくて悪かったわね。もてる誰かさんとは違うのよ。」
 と横を向いた。
「おっ!いいもの持ってるじゃん。これは、猫飯店の肉まんだな。」
 目敏くあかねの肉まんに気が付く。
「あげないわよ。」
 ちょっと意地悪く言い放つ。
「ケチ…。いいじゃんか。俺もいろいろあってよー…昼飯、食いはぐれて小腹がすいてたんだ。なあ、一個、食わせてくれよ。」
「もお…。食いしん坊なんだからあ。言っとくけどこれ、あたしのアルバイト代の一部なんだからね。ちゃんと感謝してから食べてよね。」
 と恩着せがましく言う。
「アルバイト?おめー、猫飯店手伝ってたのか?まさか、この肉まん…おめーが作ったなんて恐ろしい代物じゃあ…。」
「給仕を手伝ってたのよっ!それはお婆さん謹製の肉まんよ。文句言うなら返してよ。」
「やーだね。返さねえ…。おめーが作ったんじゃなかったら、食うっ。」
 乱馬は受け取った肉まんへと、ガブリと食らいついた。
「あー…うめえ…。」
 すぐさま美味しそうに頬張る。
「もう…失礼なやつね…。」
 あかねは乱馬を睨みつけた。
「で?何でおめーが猫飯店を手伝ってたんだ?」
 あかねの睨みつける顔など気にせず、乱馬は問いかけた。
「人手が無かったのよ。お婆さん一人で店を切り盛りしてたんだから…。シャンプーは店の手伝い放ったらかして、あんたを追っかけてたらしいから…あんたにも責任あるのよ。わかってんの?」
 あかねはじろっと乱馬を見上げた。責めるような瞳を彼へと手向けたのだ。

「あん?シャンプーとは一緒じゃなかったぜ。」
 と怪訝な顔をあかねへと返した。
「え?シャンプーはあんたを追いかけてたって自分で言ってたけど…。」
「…んなこたあねえぞ。確かに昼間っぱらから小太刀と右京には追いまわされて散々だったけど、今日はシャンプーは居なかったぜ。うん。」
「そんな筈は…。じゃあ、シャンプーはどこへ行ってたのよ…。」

 あかねがきょとんと見返すと、前から東風先生が歩いてきた。

「あかねちゃん。乱馬くん、ごきげんよう。今帰りかい?」
 相変らずニコニコ顔だ。
「あ…東風先生。どこか行かれるんですか?」
「ああ、シャンプーちゃんが接骨院に忘れ物をしたから、届けてあげようかと思って…。」
「接骨院?シャンプーがですか?」
 あかねはつい、聞き返していた。

「ああ、ムース君を連れて、来ていたんだよ。」
「ムースと接骨院へ来ていたんですか?」
 目を丸くしながら、あかねは問いかけていた。
「ムース君が熱を出してしまったらしくてね…。どこか良い医者はないかなって、日本の医者は良くわからないからって…二人で、僕のところへ訊きに来たんだよ。
 ほら、シャンプーちゃん、看護婦見習で一時うちに居たことがあったろ?」

「あ…そう言えば、コロンのお婆さんも言ってたわ。ムースが熱を出して寝込んでるって…。」

「結構、高熱だったからね…。きっと、シャンプーちゃんは心配で放っておけなかったんだろうね…。」


 謎は解けた。
 シャンプーは乱馬を追いかけていたのではなく、ムースの世話をずっと妬いていたのだ。そう思うと、彼女のぎこちない態度や、昼間の不在が頷けるというもの。
 勝気な彼女は、自分がムースのために動いていることを知られたくなかったのだろう。だから、乱馬を追いかけていたなどという「嘘」を言ったに違いない。
 さっきも、自分が食べるためだけではなく、きっとムースの分の食事を奥へと運んでいたのだろう。 不機嫌そうな物言いも、むしろ、照れ隠しだったのかもしれない。


「じゃ、僕はこれで…。あかねちゃんたちも風邪をひかないようにね…。そろそろ冷えて来るから…。」
 そう言って、東風は猫飯店の方へと歩いて行ってしまった。


 まだ、十月とはいえ、夕方はそろそろ冷えて来る。
 半袖のTシャツ一枚ではさすがにうすら寒い。
 冷たい風に吹かれて、クチュンとクシャミが漏れた。

「薄着じゃ風邪ひくぜ…ほら…。」
 ふわっと肩にかけられた上着。
 乱馬の赤いチャイナ服だ。

「上着をあたしにかけてくれたら、乱馬が薄着になるじゃない…。」
 上着の下は黒いランニングシャツ一枚の彼を、戸惑い気味に見上げながらあかねは言った。
「俺は、おめーとは鍛え方が違うの。それに、あったけー肉まんを御馳走になったからな…。」
 と笑っている。
 
「じゃあ、二人で走って帰る?」
 あかねは乱馬へと提案してみた。
 乱馬はじっとあかねを見据えながら、その提案を受けるかどうか思案する。そして、一言。
「いや…やめとくぜ…。」
 と言い置いた。
「どうして?走ったら温まるじゃない…。」
 怪訝に問いかける。
「走ったら、あっという間に家に着いちまうもんな…。勿体ねーからいいや…。」
 そう言って、あかねの肩に、回された右手。

「俺は…むしろ…遠回りして帰りたいくらいなんだけど…。」
 頬を染めながら、吐き出された言の葉。
 一つ屋根に暮らしていても、二人きりの時間は短い。だからこそ、一時でも長く触れあっていたい…。それが、乱馬のささやかな望みなのだろう。

 その想いに応えるかのように、あかねは乱馬の方へと身を寄せた。
 長い影が一つに重なる。


 今は…もう少し、このままで…。


 少し素直になった二人の傍を、バタバタと音をたてながら、バイクが横を通り過ぎて行った。










一之瀬的戯言
2002年に書きかけて放り出していた作文に手を入れて完成させてみました。
多分、上にあるイラストを描きつつ妄想した内容から起こした話だろうと思うのですが…。(記憶があいまい…)

 原作にはあかねちゃんが乱馬の服を着ているシーンがいくつかあります。大好きなシーンでもあります。(抗水せっけん編や飛龍昇天破編)。乱馬があかねちゃんの服を着るのは、どうかと思うのですが、あかねちゃんが乱馬の服を羽織っている姿には、妄想がかきたてられるものがありまして…。
 元になったイラストはペアルックなのですが、そういうシーンで話をしめたくて、冬から秋へと季節を変えてみました。




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