カボチャ女王
後編
   
 
五、


「もしかして、おまえ…。」
 俺はカボチャ頭を見上げて言葉を飲み込んだ。


「ええ、私はカボチャ女王だもの。あなたの考えくらいは読めるわよ。」


 じ、冗談きついぜっ!


 俺はだっと彼女の手を叩き落として逃げようと試みた。


「駄目よ、これから楽しくなるんだから。カボチャカタブラ〜。」
 カボチャ頭はそう呪文を唱えた。ひゅんっと彼女の指先から橙色の気が俺に向かって飛んできた。


「う…動けねえ…。」
 その気と共に俺はその場に固定されてしまった。


「乱馬っ!!」
 あかねが叫んだのを、カボチャ頭は手を出して制した。
「大丈夫よ、何も「あなたの許婚」を取って食おうとは思ってないわ。」
 カボチャ頭はにんまりと笑っている。




「こらっ!カボチャババアっ、何しやがんでーっ!!動けねーじゃねーかっ!!」
 俺は声を張り上げる。


「あのね、レディーに対してオバサンは失礼でしょう…?」
 何が失礼なもんかとじろっと睨みつけてやったら、ウサギがすすすっと俺の傍に来た。
「そうですよ。あなた。この方ははからずしも大魔女の称号を持たれる御方なんですからねえ…。」
「大魔女だか何だか知らねーが、何なんだっ!この扱いはっ!!」
 俺はがなりたてた。当然だわな。


「だから、恩返ししてあげるのよ…。」


「恩返しぃ?これのどこが恩返しなんでーっ!!」


「ふふふ…。折角だからあなたのお望みの仮装にしてあげようかと思ったのよ。」
 何だか知らないがカボチャ頭は楽しそうに言った。
「望みどおりの仮装だあっ?」
 思いっきり言葉を叩きつけるように言い放つ。
「せっかくのハロウィンだもの。このくらいの余興がないとね…。丁度、わたくしも退屈していたところなの…。ラナウサギ。」


 ひとしきり話し込んだ後、カボチャ頭は傍らのウサギになにやら目配せした。
「はい、女王様。」
 ウサギはさっき俺が見つけたポーチをすいっとカボチャ頭に渡した。 
「あかねさん。」
 カボチャ頭は、言葉を失ったまま立ち尽くすあかねに声を掛けた。
「これから、この少年の頭の中を覗くから…。」
「はい?」
 唐突な言葉にあかねは詰まった。
「あなたもちょっと興味あるでしょう?この子の考え、ね?」
「え、ええまあ…。」
 もじっとしたあかねにカボチャ頭はにっこりと言った。
「じゃあ、協力してね。」と。


「じ、冗談じゃねーぞっ!くぉらっ!!頭ン中覗くって、どういう意味だあっ?」
 ジタバタすれど、全然動かない身体。もしかして「魔法」って奴なのか?


 カボチャ頭もウサギもあかねも、俺の事なんか等閑(なおざり)だ。ひそひそと何か話してる。これからやらかそうとしていることでも説明でもしてるんだろう。
 あかねの顔がくすっと笑った。
 おいおい。何余裕ぶって楽しげに笑ってやがんでいっ!俺は大ピンチなんだぞーっ!!


「えっと…。映し身の鏡は…。」
 と言いながらごそごそとカボチャポーチを漁りだしたカボチャ頭。
「あった、あったわ。これ。」
 取り出だしたのは両手一抱えほどの鏡。
 何でそんなでっけえもんが、その小さなポーチに入ってるんだ?まるでドラ○もんの四次元ポケットのような構造にでもなってるのか?
 カボチャ頭はそれを俺の傍にそっと置いた。上向きにだ。


 それから、周りをきょろきょろ見渡す。


「丁度いいわね、ここはカボチャ畑ね。ラナウサギ。頼んだわよ。」
「はい。女王様。」


 ウサギがとととっと畑の中に消える。
 ラナウサギって言ってたな。まるでどっかの英会話教室のピンクウサギみてえに、つととととっと腰を振りながら走っていく。くちばし付いてピンク色にしたら、まんまあのノ○ウサギかもしんねえ。


 暫くしてラナウサギは帰ってきた。手には小さなカボチャが一つ。
 おいっ、これって盗みになんねーか?人様ン畑の作物だろう?


「大丈夫よ。ちゃんと使った後は返しますからね。」


 俺の考えをまた読みやがったのか、カボチャ頭が余裕をかましてそう言った。


「何をおっぱじめるんだ?おいっ!!」
 睨み付ける俺にカボチャをぐいっと差し出す。
「カボチャカタブラパンプキン!!」
 そう言うとぱっとカボチャ頭は手を翳す。


「いっ!!」

 と、カボチャが、な、何と三十センチほどの人形になった。ちゃんと手も脚もついてる。


「きゃあ、可愛い。」
 あかねが声を出した。カボチャ頭の人形が一つ、ポンっと現われたのだ。それにそれだけじゃない。この人形、動くんだ。


「さてと…始めましょうか。」
 カボチャ女王は人形を、すいっと鏡の鏡面の上に乗せた。


「これから、彼女にどんな衣装を着せたいのか、あなたの頭の中を具象化してみるわね。」
「なっ!」
「で、それを元に、衣装を決めて、今晩一晩、プレゼントするわ。それを身につけてパーティーへ出席なさい。ね?良い考えでしょう?」


「待ていっ!それのどこが良い考えなんだっ!!」


「乱馬、いいじゃない。せっかく好意で言ってくださってるんだもの。受けましょうよ。」


 こら、あかね。てめえまで、何てこと言い出すんだ!!裏切り者っ!!


「じゃあ、まずは一発目。何でもいいから、あかねちゃんにさせたいコスチュームを考えてみて。」
 いきなりカボチャ女王は俺に言葉を投げてきやがった。


 絶対、考えてなんかやるもんかっ!
 そう思ったね。心を無に保って…何も考えさえしなければ…。


「あら、抵抗できるとでも思ってるの?甘いわね。」
 カボチャ女王は思わせぶりににっと笑いやがった。
「カボチャカタブラ〜ッ!」
 ボンッ!とそれから手に何かまた出した。
 小さなカボチャのついたステッキだ。


「やん、このステッキも可愛いーっ!!」
 あかねがそのステッキを見て反応してやがる。
 こら、てめー、俺がこの状況で何きゃぴきゃぴ黄色い声を…。


「いいでしょう、これ。夢見ステッキって言うのよ。…と、さてと…。まず君ははどんなのがお好みなのかしら、教えてね。」


 トンっとそのステッキのカボチャで俺は頭をコツかれた。


 ポロロン!


 音がして火花が散る。


「な、何っ!!」


 火花がちりちりっと弾けると、何と、人形の姿が変わった。




六、


「これは…。」
「ほおお…。」
「きゃあ。」


 そこに現われたのは、チャイナ服のあかね。それもスリットで、足元から切れてる奴。さっきまでカボチャ頭の人形だったのが嘘みてえだ。


 女王、ウサギ、あかねの三人が人形を覗き込む。
 そこにはもろに俺好みのあかねがくっきりと浮かび上がっていた。実物以上のナイスバディーだ。
 

「乱馬…。こんなの好みなの?」
 あかねが頬を染める。
「あ、いや、これはだなあっ…」


 思わず唾が飛ぶ。


「そうか…。今の君、チャイナ風だものね。…まだまだどんどん行くわよ。えいっ!」


 チャイナあかねに続いて、今度はロシアン風あかね。だぼっとしたロシア衣装を身にまとい…コサックダンスを踊ってる。


「へえ…ダンス付きなのね。」
 女王が愉快そうに笑った。
「乱馬って案外、頭の中脳天気なのねえ…。」


 こら、何だその脳天気っつーやつは。あかねをじろっと睨んだ。
 いや、その。チャイナと来たから次はロシアかなと思っただけでいっ!


「さて、お次は?」


 今度出てきたのは、遊牧民風な衣装。チベット高原にでも居そうな感じかな。


 女王が俺を見返して笑ってる。
「どんどん行くわよ…。えい、えい、えいっ!」
 その声に呼応してポンポンポンっとカボチャ人形が分離していっぱい衣装を身にまとって現われた。
 サリーをまとったインド風あかね、アメリカ原住民風の羽のついた衣装のあかね、チマチョゴリあかねにカスタネットを持ったフラメンコあかね、それからアルプスの少女風チロルあかね。


「あんたさあ、民族衣装風味のコスが好きなのね…。」
 あかねの視線が少し冷ややかだった。
 うるせーっ!おめえにさせたいコスチュームだから、何となく脳内にポッと世界各地の民族衣装が浮かんだだけでいっ!
 おめえは可愛いからどんな衣装でも似合うんだぞーっ!…っとそれはいい。


「そろそろ深層部へも入ってみましょうか。」
 女王は意味深に笑う。


「深層部?」
 あかねがきょとんと見上げた。
「本能的な部分に近いところも見てみたいでしょう?ほら、えいっ!!」


 ポンと現われたのは、薄手の衣装を身にまとったあかね。ギリシャ神話の女神風だった。ふくよかな身体の線が綺麗に見える。
 確かに、こういうの好みだぜ。思わず見惚れちまったさ。


「あかねちゃんは君の女神かあ…。」
 女王がケタケタ笑ってやがる。
「乱馬ったらあっ!!」
 あかねが真っ赤になって照れてる。おいっ!これはあくまで、俺の妄想だぞっ!


「ふふ、まだまだいくわよ。えいっ!」
 今度はアラビアン王女風なあかね。アラビア風な何とも妖艶な雰囲気がかもし出されている。確かに…こういうのも好きかな。
 ちょっと色グロな肌がエロティックな雰囲気。
 あかねがシェエラザードなら俺はターバン巻いてスルタン風もいいな。そんなコスチュームで決めてみてえ。


「あら、乱馬君もコス妄想し始めてるみたいねえ。」
 カボチャ女王はにっと笑った。そう、すっかり俺は油断しちまったわけ。


「ほら、まだまだ妄想してるでしょう?えいっ!」


 ボンっと今度は露出度がかなり高い南国風な衣装。腰蓑風な衣装、ヘソがちらりと見えるビキニ。で、出てきたあかねは腰を振り振り悩ましげにフラダンスを踊ってる。


 ほおお…。
 俺は傍に居たラナウサギ共々、覗き込んでつばを飲み込んだ。


「乱馬のえっち!」


 気付いたらあかねが真っ赤になってこちらを睨んでいた。


「何がエッチでいっ!おまえが脱いだわけじゃねえだろうが…。脱いでるのは人形な訳で…。」
 と変な言い訳。
「でも、元はあんたの妄想でしょうっ!!」
 まあ、そう言われたらミもフタもねえんだけど。


「うふふ、この辺からは彼の男の本能かもしれないけどね…。ほらっ!」


 次々出てくる煩悩コスチューム。
 セーラー服美少女戦士風あかね。最近実写版でやってる番組の奴。超ミニのスカートがひらひらひら。胸元の赤いリボンが何とも色っぽい。
 それから、レオタードあかね。これまたひらひらと妖精のように踊っている。
 くの一あかねも妙に艶かしい。鎖帷子から胸元がちろっと覗いている。
 天使あかねなんていうのも居た。こいつも脚線がそのまま楽しめるミニスカートで羽が何とも美しい。
 お色気攻勢だ。
 これだけずらっとコスプレのあかね人形が並んだら、壮観だぜ。
 こら、ここを読んでる奴らは妄想するなよっ!特にそこのにちゃけた眼鏡野郎っ!




「あんた、ひょっとして変態?」
 あかねの目がだんだんと冷たくなってくる。


 ちがわー!ここに並んでるのはさせたいコスチュームなだけでいっ!!その…男の願望っつーか何つーか…その。


「なあ、もういいだろう?」
 俺も真っ赤になりながら動かない身体を差し向ける。


「ま〜だだよ。」
 女王はいたぶるように俺を見る。
 なあ、そろそろやめてくれねえか…。


「次は…。」


 ボンッ!

 
 出たっ!水着のあかね。あ、言っとくがスクール水着じゃねーぞ。スクール水着も嫌いじゃねえが、色気って部分じゃあちょっと劣るからな。
 Tバックっぽい露出の高いビキニだ。勿論。あかね人形の小麦色の肌が何とも眩しい嬉しい一体。


「もうっ!あんたねーっ!」
 バコッとあかねの鉄拳が一発。
「こらっ!痛じゃねーかっ!俺は動けねーんだぞっ!暴力振るうなっ!!」


「はいはい、喧嘩はやめておきましょうね。お二人さん。もう、一つ二つ…。出してみようかしら…。」


 こら、まだ妄想させるのか?
 無意識の妄想くらい恐ろしいものはねえ。


 次に出たのはウサ耳あかね。あ、ウサギの着ぐるみ着てるわけじゃねーぞ。あれだあれ、男の願望その一。一回、このコスチュームを強要されたあかねを見たことがあるが(35巻参照)、その実物以上に人形が色っぽかったのは、もろに俺の願望かもしんねー。
 たはは…。案の定、あかねの目がだんだん呆れを通り越し始めてる。怒気満ちてきたかあ?


「ここまで来たらお次は…。えいっ!」


 ボンッ!


「乱馬のバカーッ!!」
 あかねの怒声が飛ぶ。
 間の前に現われたのは「裸エプロンあかね」だったから。あ、ちゃんと胸は隠れて見えてねえぞ。まあ、その、素肌の上に、ピンク色のエプロンであかねが立っているだけで…。あっはっはー。


「もう、あんたって信じられないっ!!不潔っ!」
 真っ赤な顔をこちらへ向ける。
「あんなあっ!言っとくが、裸エプロンは男の願望だっ!不潔でも何でもねえのっ!おめえも男になったらわからあーっ!!」
 こっちも動揺しちまっていて、何を口走っていたかわからねー。もう、支離滅裂だ。


「乱馬なんか…乱馬なんかあっ!大ッ嫌いっ!!」


 どっから持ち出したのか、あかねに思いっきり「水」を引っ掛けられた。
 当然女に変化していく俺。
 いや、あかねの怒りはそれだけで留まらず。結局動かないことを良いことにぼこぼこにされちまった情けねえ俺。


『まあ、妄想探索はこの辺にしておくかね…。ふふふ…、楽しませてくれてありがとう。これ以上の究極のコス妄想はお預けってことでね…。せっかくだから、君のその体質、使わせて貰うわ。彼女と楽しんでね。ハロウィンを!』


 何が楽しませてくれてありがとうだ…。こんの、カボチャババアめ。おかげで俺の沽券はすっかりなくなっちまったじゃねえかっ!!それどころか、あかねの奴に嫌われたらどうしてくれるんでーっ!
 それに、究極の願望的コスプレってアレに決まってるだろ?このまま終わったら、俺はタダの助平親父じゃねえかーっ!!




 虚空へ俺の言の葉がこだまする。
 だんだん遠のく意識の向こうで、あかねがくすっと笑ったような気もするが…。





六、


「ねえ、乱馬ってばあっ!」


 あかねの揺さぶりで目が覚めた。


 あれ…。ここは、どこだ?
 ふと見上げると、賑やかな周り。様々なカボチャのランタンがそこここで照り輝いている。不思議な光景だった。
 いや、そればかりではない。居る居る。周りに。色んな趣向を凝らした仮装衣装の連中が。
 魔女だのお化けだの、アニメのヒーローヒロインのペアだの、勘違い甚だしい連中がわんさかわんさか山のように…。


 でも、あれえ?俺たち、確かカボチャ畑のど真ん中で、カボチャ女王やラナウサギとてちてちやってたんじゃなかったっけえ?


「大丈夫、ちゃんとカボチャ女王がコスプレさせてここまで送ってくれたから。」
 あかねがくすくす笑ってる。


 身体を起こして目を見張った。


「な、なんじゃこりゃーっ!!」


 自分の着せられた衣装に目をひん剥いた。
 何でそんなに驚いたかって?そりゃあ、誰でもおったまげるぜ。俺、何と花嫁衣裳を身にまとってるんだぞ。それも、女に変化して。
 それから目の前のあかねを見て、もう一回驚いたね。彼女、俺とペアだったんだ。
 ペアだったって言ったって、彼女と花嫁衣裳ペアじゃねえぞ。
 何と、あかねはタキシード。立派な花婿の衣装だってんだ。で、悔しいが似合ってるんだな、これが。
 元々あかねはボーイッシュな雰囲気を持っているから、その何だ…。まるで宝塚の歌劇団の男役みてえに。颯爽と立ってやがる。否が応でも気を引くって訳だ。


「おい…。何で俺たちがこんな格好してんだ?で、あのカボチャ女王はどうしたんだ?説明しろ、せつめえっ!」


 俺はあかねに声を荒げてたたみかけた。


 あかねは笑いながらそれに答えた。それによるとだな、あのまま、俺はカボチャ女王の魔法で眠らされたんだと。
『このまま意識があったら、この坊や、私の魔法は受け入れないだろうからね…。』
 あかねに面と向かってそう言いやがったらしい。
 あかねはあかねで、「俺の身勝手なコスプレ妄想」にたじたじになっていたらしいが、さすがに最後の「裸エプロンあかね妄想権化(ごんげ)人形」にはぶち切れたらしい。


「だって、乱馬があんな妄想するなんて思わなかったから。」
 そう言いながら笑ってる。えらくすっきりと笑うじゃねえか。あの時は思いっきり怒ってたクセによう。
「でも、良く考えると、前にも乱馬さあ、鏡乱馬にそんな格好させてたもんね…。」(コミックス35巻参照)
「あん?」
「ほら、鏡から出てきた女乱馬よ。彼女、元は乱馬自身の映し身だから、乱馬の嗜好知ってて当たり前じゃない。彼女がいきなり裸エプロンで街中走ってたものねえ…。」
 何を今更、んな古いこと持ち出してるんだ?こいつは…。
「あのなあ…俺は変態じゃねえぞ!健康な日本男児だ。そのくらいの野望的妄想、俺だけじゃなくて日本中の男連中は皆持っとるわいっ!」
「あー、そうやって居直るんだから。…たく。人の人形にあんなあられもない格好させておいてさあ。」


 だから…おめえだからするんだよ。他の奴なんか絶対、想像もしねえ…。


 そう言いたいのをぐっと堪えた。こんなこと、うっかり声に出しちまったら、やっぱり変態ってことになりかねねーからな。


「で、あのカボチャ変態女王がこんな格好させて、ここへ放り出してくれたわけだ…。」
 俺はさり気に本題に戻した。
「ま、そういうことになるわね…。乱馬の究極の願望的コスプレを覗けたって女王様は言ってたけど…。」
「あん?究極の願望的コスプレだあ?」
 何を言い出すかと俺は目を剥いた。だってそうだろう?俺、今、情けねえことに女の格好でウエディングドレスだぜっ!何が嬉しゅうて、女の格好して、純白なウエディングドレスに身を包まなきゃならねーんだよっ!!
「うん…あの女王はそんな風に言ってたなあ…。でも、あんたさあ、それ似合ってるわよ。」


 おいおい、勘弁してくれいっ!タダでさえ女になるのは嫌なのに。


「で、何でおめえは承服したんだ?こんな格好。」
 俺は文句ぶつぶつとそう言い放った。
「だって…。どうせなら、究極の仮装してみたいじゃない。それだけのことよ。」
 とあっさり言いやがった。おめえ、最近、姉のなびきみてえに感情のベクトルが達観してきてねえか。それも、淡白な方向に。


 しかし、俺たちのこの逆転的発想コスプレは、案の定話題を振りまいたわけだ。特に、俺の正体を知ってる、クラスメイトたちにはバカ受け。
「乱馬…遂にあかねのところへ嫁入りかあ?」
「結構似合ってるぜ、花嫁衣裳。」
 ニヤニヤ笑ってからかいやがる。
「でも、発想の勝利よねえ…。乱馬君は女に変身できるけど…あかねの男衣装も似合ってる。」
「あかねはどんな格好も似合うもんね…。」
 確かにな…。あかねは男の格好してても似合うわけだ。それに、どこに居ても目立つ。
 周りのコスプレの中でも一際目を引いてやがる。悔しいけどな。
 俺は半ばヤケ気味ではあったが、カボチャ女王の先見にはちょっと嫉妬だった。
 せっかく受けたご招待だからそれなりに、あかねと楽しく過ごしたさ。まあ、何処かのボケが俺が女だと思って、モーションかけてきたこともあったが。勿論、あかねへのアプローチは全部シャットアウト。その辺は抜かりなし。
 ご馳走もたらふく食ったし、優勝は逃しちまったが、それなりに賞品もせしめた。ドンちゃん騒ぎにも加わった。
 それはそれで有意義な夜だったと思う。


「そう言えば言ってたな…。女王様。」
 あかねがふっと言葉を吐いた。
「この魔法はシンデレラドリーム。だから、十二時の鐘と共に元に戻るって…。その瞬間も楽しみなさいって…。」
「何じゃそら…。」
「さあ…良くわからなかったけれど、乱馬のコスプレ妄想を見て悟ったんだってさ。今夜のお礼はこれに限るって。だから乱馬が花嫁であたしが花婿だって魔法をかけてくれたみたいよ。乱馬が眠っているうちにね。」
 まあな。俺は眠らされてたみたいだからな…。いや待てよ、もしかして、俺の究極の願望を覗かれたってことは…。
 そう思ったときだった。ミオに声をかけられた。
「乱馬君もあかねも楽しんでもらえて嬉しいわ。」
 このパーティーの主催者でもあるミオもご機嫌だった。
「きっと魔界からのお客様もご満悦ね…今夜は。」
 そっか…。今夜は魔物の夜なんだっけ…。だからあんな得体の知れないカボチャ女王なんかも飛来してきたのかな…。
 いや、ミオのことだから本当はあの女王の飛来を予感していたのかもしれねえ。



 星が天上からさざめく夜更け。夜通しのこのパーティーもたけなわになった頃、ミオの家の柱時計が十二時を告げようとしていた。
 これは昔の新年のお祭り騒ぎ。
 カウントダウンだって始めちまう。


「さて、そろそろカウントダウンが始まったわ…。」
 ミオがウインクして言った。
「カウントダウンの後は新年よろしく、誰にキスしてもいいんだからね…。しっかりやんなさいよ。お二人さん。」
 うふふって笑って去って行きやがった。
「カウントダウンのキスって…。」
「あら、本当のNew Year゜s Dayならやるじゃない。新年の瞬間に祝うキスを。」
 あかねがコロコロ笑ってる。
 
 あのさあ…、ミオにあかね。肝心なこと忘れてねえか。俺、今、思いっきり女なんだけど。畜生っ!このまんまあかねとキスしたら、危ない世界の人間になっちまうだろうがっ!!


 周りの人々のカウントダウンの声が響き出す。万聖節の日が明ける。
 人々の声が、だんだんと一点に向かって高まっていく。


『ほら、魔法が解ける時間だよ…。お二人さん。』


 どこからとも無く、聞き覚えのあるカボチャ女王の声が俺たちの傍でした。


「え?」
 俺ははっとして周りを見渡した。
 と、浮かび上がるカボチャのランタン。その向こう側に確かに女王の気配を感じた。ラナウサギが懐中時計を持って佇んでいるのも見えた気がする。




「テン、ナイン、エイト、セブン…。」


 ほらそこここでカウントダウンの声が響く。仮装した人々のうねり。それが会場を取り巻く。


「シックス。ファイブ、フォー…。」


 老いも若きもカップルたちが手を取り合ってる。
 俺は諦め顔であかねを見上げた。


「スリー、ツー、ワン…。」




「ゼロッ!」
 と共に鳴り出す鐘の音。


「え…。ええ…。えええーっ!」
 ぐんぐん見上げていたあかねが低くなる。いや、俺の方が背が高くなったんだ。
 それだけじゃねえ。
 あかねがその時を逃さずに、俺の左頬に軽く口を当ててきた。
 と、一瞬、光に身体が包まれて、白んだ。と、さっきまで花嫁衣裳だった俺はすらっとしたタキシード姿。で、あかねに白い衣装がふわりと浮かび上がる。
 俺たちが逆転した瞬間だった。


『魔法は解けたよ、お二人さん…あとは上手くおやり…、ね。』


 そっか、女王は俺の究極の願望がわかってたんだ。粋なはからいだぜ。
 俺の究極のコスチューム願望。それはあかねの花嫁衣裳…。これに勝るものはねえからな。一度だけ結婚しそびれたとき、真正面から捕らえたことがある、あの可愛さ。可憐さだ。
 男だったら誰だって、自分の愛する者の花嫁姿にはノックアウトされるだろう。
 今目の前に居るあかねも、ほんのりと頬を染めてる。
 はあ、やっぱり、見惚れちまった。





 さてと…これからこの花嫁とどうしようかと思ったときだった。せっかくだからキスの一つでも…。ふわっと触れるあかねの柔らかい頬。


「ひゅーっ!そういうの狙ってたのかようっ!」
「乱馬君あかね、なかなかやるじゃんっ!」
 いつの間にか、クラスメイトたちが俺とあかねを囲んでいた。


 い゛っ!


「いや、これはその…。」
 思いっきり紅潮してしまい、その後はしどろもどろ。頬に唇を寄せた、俺の花嫁も真っ赤に俯いている。
「せっかくだから、結婚披露宴の予行演習でもいきますかあ?」
「ほらほら…まだまだ夜は続くんだから。」
 周りの熱気にほだされて、俺たちは仮装パーティーの輪の中へ投じられた。そこここで踊りだす楽しげな仮装の人々。
 ま、いいか。こんなのも。
 俺はそっとあかねの手を取った。


 花嫁衣裳はコスプレとは言い難いだろうが、いつかはきっとこの仮装を現実に…。


 俺は固くそう決意した…。




『もう、女王様は悪戯好きなんだから…。あの二人、照れちゃって困ってますよ。』
 ラナウサギの声がする。
『ふふふ…。いいの、いいの。今宵はハロウィンナイトよ。こういう悪戯もなくっちゃね。』
 今度はカボチャ女王だ。
『それより、すっかり日付も変わっちゃいましたよ。万聖節。そろそろ私たちも行かないと…。半さまや夢さまや月さまが待ちくたびれて怒ってますよ。』
『それもそうね…。』
『そうそう。あんまり待たせると、後で何を言われるかわかったもんじゃないですよ…。』
『そろそろお暇しようかしらね…。』
『はい…。じゃあ、カボチャカタブラ〜ランランルラー。』

『また来年のハロウィンナイトにお会いしましょう、素敵なカップルさんたち!』

 そんな声がどこかで聞こえたような気がした。


 ハロウィンの夜は更けていく。

 でも、もう二度と、カボチャの女王やラナウサギには会いたくねえな…。
 そう思ったことは俺だけのナイショだ。















 わあい・・・やっちまった〜い!
 なお、この作品を仕込むに当たって、あかねちゃんにさせた人形コスプレは、いなばRANAさん、半官半民さんの好みが殆どです。(暴露)
 どれが誰のお好みなのか、それは内緒ではありますが・・・どうぞご想像くださいませ。
 え?一之瀬の好みって?・・・そりゃあ、乱馬君の鎖骨が栄えるコスならどんなのでも(やめいっ!)


 楽しいネタ振り、RANAさんありがとうございました。(ぺこん!)


  

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