ハロウィンパーティーのさあさ始まり!
いなばRANA家にお邪魔して
楽しく、賑やかに、てちてちと。





カボチャ女王
前編
   
一、


 十月三十一日。
 これが何の日か知っているだろうか。俺はついこの前まで、この日が何たるかを全くもって知らなかった。
 この日が「ハロウィン」だということを知っている日本人はどのくらい居るのだろう。
 俺は生粋の江戸っ子だから、そんな、あちらさんのイベントに、興味はなかった。十七年生きてきて、知らないでいても何の障りもなかったからな。


 で、この日を前にして、クラスメイトのミオが雑談に高じていたあかねたちを前にこんなことを言い出した。


「ねえ、あかね、ゆか、さゆり、月末の晩は、我が家でパーティーをするから予定を開けておいてね。」
 と。
「へえ、パーティーって何の?」
 ゆかやさゆりが好奇心丸出しでミオをふり返る。
「我が家では毎年、ハロウィンにはパーティーをして祝うのよ。はい、これが招待状。」
 すっと何か封筒をミオが差し出す。
 ハロウィン。
 俺には聴き慣れぬその言葉。
「わあ、ミオん家のハロウィンパーティーって本格的なんでしょう?」
 さゆりの問い掛けに
「ええ、うちは占い稼業の家だから、まあ、他の家庭よりは盛大にパーティーして万聖節 の前夜、ハロウィンを祝うわよ。そうね…クリスマスイブよりも盛大かもしれないわね。」
 と言っていた。
「あたしたちも呼んでもらえるの?」
 女どもは一斉に浮き立つ。
 横から目線をあわさないように観察していたら、案の定、あかねも好奇心の目でミオを捉えていた。
「あたしまでお呼ばれしていいの?」
「勿論よ。」
 ちらっと俺を見返す。とミオと目が合っちまった。
「あなたのナイトさんも勿論一緒にね。」
 ミオが俺に向かってウインク。


 いっ!


 乱馬も訊いてたの、と言わんばかりのあかねの視線を流してくる。
 慌ててすいっと顔を外す。ちょっと、いや、かなりわざとらしい素振り。


「ほら、だって、ハロウィンのパーティーは夜通しやるのよ。朝まで許婚を一人にしておくなんて、出来ないでしょう?ね、乱馬君。」
 にこっと笑ってこっちへ来る。
 一緒に居た、大介やひろしがヒューッと口笛で茶化しだす。
 俺はむすっと口を真一文字。
「だからあっ!あたしと乱馬はそんな関係じゃ…。」
 先にムキになったのはあかねの方。そうだそうだと首を縦に相槌を打つ。
「ふふふ…。あたしの目は誤魔化せないの。だって、いろいろな占いから見ても、あなたたちが互いに思いあってることは一目瞭然よ。」
 ミオは鋭い目で俺とあかねを見比べる。…たく、占い師と言う奴は…。
「大介君もひろし君もどう?賑やかな方が楽しいわ。」
 と余裕を見せる。
「いいのか?」
「俺たちも?」
 ぱっと明るくなる友人たち。
「決まりね。」


 ミオは俺の方向を見てふっと笑った。


 その笑い。何か気になる、すげえ気になる、メチャクチャ気になる。


 差し出された招待状。ちゃんと、最初から俺たちを呼ぶ気だったようで、「早乙女乱馬様」と印字されてあった。


「ハロウィンだから、ちゃんと色んな仮装してきてね。相談してくれたらいろんなコスプレの衣装もあるから…。せいぜい楽しく「万聖節 」を迎えましょうね。」




 何だか良くわからねえが、ハロウィンパーティーのご招待を受けちまった、俺とあかね。







二、


「へえ、ミオさんのハロウィンパーティーねえ。」
 なびきが肘を突きながらじろっと俺たちを見比べる。
「あの子の家って名うての占い師一家なんでしょ?となると、ハロウィンパーティーも本家本元のアメリカ辺りを凌ぐくらい面白いものになるかもしれないわねえ…。」
 とにっと笑う。
「良かったわね、あかねちゃん。楽しんでいらっしゃいな。」
 かすみさんも夕食後の食卓を片付けながら微笑む。
「ほお…。何だか良くわからんが、良かったな、あかね、乱馬君。」
 早雲おじさんはコクンコクンと頷く。
『ぱふぉふぉ…。』
 一緒にパンダ親父も頷いている。


「で、「ハロウィン」って何なんだ?」


 俺は疑問符が飛び交う頭をめぐらせて、あかねの方へ視線を流す。


「何だ、乱馬君知らないの。」
 と口を割ったのはなびきだった。
「まあ、一種のコスプレね、そう、仮装大会よ。」
「仮装大会?」
 ますますもってわからねえという顔を手向けると、なびきが懇切丁寧に説明してくれた。
「ハロウィンってね、一説によると紀元前5世紀のアイルランド のケルト族のお祭りが原型と言われてるらしいわ。このケルト族の暦では、一年の終わり、大晦日が十月三十一日になっててね、その日は夜になると、 前の年に亡くなった死者の霊が甦ってくると信じられてたの。死者の魂を甦らせないために、人々はわざと恐ろしい格好をして皆で大騒ぎして年越ししたんだってさ。」


 さすがに天道家の知恵袋は、こういう雑学には長けている。


「で、キリスト教が台頭して以降、十一月一日の万聖節の前日の祭りがこのケルト族のお祭りとが合体してしまったらしいわ。で、時が流れ、アメリカでそれが形骸化して、子供たちのお祭りとして盛んに行われるようになったってわけ。」


「ほお、アメリカさんのお祭りかね。」
 早雲おじさんが感心して言うと、お袋がふっと言葉を吐いた。
「子供たちのお祭りなら、京都で言う地蔵盆みたいなものかしら…。」
 何でお袋が京都の地蔵盆を知っているのかはこの際置いておいて、何だ、アメリカのお祭りか。どおりで知らなかったと納得した俺。


 なびきは続けて知識を披露。
「アメリカではこのハロウィンの晩、どの家の子供たちも、皆、かぼちゃのランタンを持って魔女や魔王、好きなヒーローやヒロインに仮装して「Trick or treat!」って家々を巡るんだってさ。」
「「Trick or treat!」何だそりゃ。」
 俺の問い掛けになびきは直ぐに答えを返した。
「文字通り、「悪戯がいいか、お菓子が良いか!」ってね。それを玄関先で言って、お菓子やオモチャを貰って歩くのよ。一晩で袋いっぱい貰って、子供たちは厄払いするんですってよ。」
「まあ、やっぱり地蔵盆みたいなお祭りね。」
 納得するオフクロ。地蔵盆ってコスプレや悪戯の祭りだっけかあ?
「いや、奥さん、ナマハゲみたいなお祭りかもしれませんよ。大晦日に鬼に扮装して家々を巡るのと同じような…。こういう風に「悪い子は居ねえが…。」って。」
 おじさんはいきなり巨顔化してヒュードロドロやってみせた。


 おじさん、すっごく怖えぞ!それ。


 思わず一同、たじっと後ずさる。


「ナマハゲは、大人が子供を驚かすんだから根本的に違うんじゃないの?天道君。」
 いつの間に人間に戻ったのか親父も口を挟む。
「いやあ〜さ〜お〜と〜め〜く〜ん!大晦日に行うものだから根本は同じゃあ…。」


 だからやめろっ!その巨顔をめぐらせるのはっ!!


「何にしても、面白そうなパーティーね。あかねちゃん。」
 かすみさんがにこにこしながら問いかけた。
「まあね…。仮装して来てくださいって招待状まで貰っちゃった。」
 目を輝かせてあかねが答える。ま、俺も興味がないってわけじゃねえ。
「仮装かあ…。あんたたち、何に仮装するの?」
 なびきが訊いてくる。
「う〜ん…。決めてないわ。乱馬は?」
「俺か?…特に何も…。」
「それって何か賞品でも出るの?仮装が優秀だった人とかに…。」
「そういえばミオさん、仮装大賞をそれぞれ男と女で決めるって言ってたっけ…。賞品は知らないけど…。」
「ふうん…。」
 にっと笑ったなびき。
「乱馬君はい。」
 手をすっと差し出してくる。
「何だよ、この手。」
「だから、情報提供料。今の解説でハロウィンのことよくわかったでしょう?」だから、情報料。」
「こ、こらっ!何でてちっとした会話に情報料払わなきゃならねーんでいっ!!」
 唾を飛ばすと、しゃあしゃあとこの女は言いやがった。
「良質の情報はそれなりの提供料をまかなって然りでしょうが…。あ、賞品の一部をあたしにっていうことでもいいからね…。どうせ、小銭すら持ってないでしょう?月末だから。」


 こ、この女わっ!!足元しっかり見てやがる。


 俺はじと目で思わずなびきをふり返ってしまった。開いた口は塞がらねー。


「賞品はともかく、楽しい仮装考えてみるわ。」
 とあかねが言った。ちょっと嬉しそうに。
「ま、どんな物に仮装しても、俺はおめえよりは上手くやってやらあ。」
 いつもの軽口が出る。
「何よ…それ。」
「だって、おめえ、裁縫とか不得意だろ?「不器用」だし…。ぶっ細工にしか裁断だってできねーだろうが、かっはっは。」


 どっかん!


 やっぱり炸裂するあかねの暴力。こら、いつもいつも、横から俺を殴りつけやがって。
「いってえ…。」
 頭はガンガン、くらくら。
「ま、せいぜい頑張んなさいな。ペアで仮装やらなきゃならないみたいだし…。」
 あかねが見せた招待状をひらりとなびきが返した。
「あん?」「ペア?」
 俺とあかねは取っ組み合ったまま、へっという表情をなびきに手向けた。


「あら、ここに書いてるわよ。仮装は必ず男女のペアでってね…。知らなかったの?」


 わしっと掴む、招待状。


「あなたのペアは早乙女乱馬さんです。お二人で素敵な仮装、期待していますvv」
 ハートマークまでくっ付いてやがる。それもご丁寧に二つもだ。
 後で確かめたら俺のには「あなたのペアは天道あかねさんです。」と明記してやがった。


 もしかして…。はめられたかあ?ミオに。


「情報料忘れないでね。乱馬君。」
 なびきはにっこりと悪魔の微笑み。


 どっちにしても、厄介ごとを抱え込むことになっちまった、俺。
 はああっと思いっきり溜息が漏れた。




三、


 ペア仮装大会。


 決まらないままに過ぎていく時。


 自慢じゃねえが、俺もあかねもこういう性格だから、どちらからともなく歩み寄って、一緒に計画を練るなんてことは絶対にしなかった。…ってか、できるわけねーだろっ!んな「恥ずかしい事」。


「あかねは乱馬君と同じ屋根の下だから、いいよね。」
「そうよね…。もういろいろ計画練ってるんでしょ?二人仲良く、部屋で片寄せながら。」
 ゆかとさゆりが無責任にそんなことを言ってるのが聞こえる。


 しねえ、しねえ、んな事。…してえけど…。


「おい、乱馬。何にコスするんだあ?」
「教えろよ…。」


 教えるも何も、決まってねえっつーのっ!!


「大介やひろしは何に扮装するんだ?」
 逆に訊いてやった。
「ヒミツだヒミツ。」
「んだんだ、わかったら面白くねーだろ?」
 ときた。
「じゃ、俺も同じだろうが…。」
 そう言ったきり黙りこむ。


 正直ほとほと困り果てていた。
 あかねと打ち合わせしなきゃならないことはわかってる。だけど、何をどういう風に切り出して、具体的にどうすればいいのか。
 わからぬままに時だけが過ぎていく。


 はあ、複雑な立場なんだ。俺たちって。
 同じ屋根の下に居るからこそ、親たちが変な期待を抱いているからこそ、自然に歩み寄れねえんだ。


 そうこうしているうちに、パーティーの当日が来てしまいやがった。


 どうすんだ?何にも決めてねえぞ!!




 と、朝方、かすみさんが俺とあかねを目の前に、何か衣装を出してくれた。


「乱馬君、あかねちゃん…。何か用意はできたのかしら?」
 俺もあかねも黙って俯く。リミットが近いというのに、まだ、何にも決めていなかったし、反目ばっかやりあってて、肝心な打ち合わせはやってない。
 やっぱりねというような顔を差し向けたかすみさんは、
「これになさいな…。」
 そう言ってにっこりと微笑んだ。


「お姉ちゃん。これって…。」
「あ、もしかして…。」


 あかねと二人して顔を見合わせた。見覚えのある衣装だったからだ。


「何だか捨ててしまうのも勿体無いから、取っておいたのよ…。今から用意するって言ったって、時間的にも無理でしょう?再利用だけど、何もしないよりはましかしらと思ってね。他に考えてあるのならいいんだけれど…。」


 考えてません!自慢じゃねえけど、なあんにも。


 渡りに船って奴だった。
 かすみさんがタンスの奥から出して来てくれたのは「ロミオとジュリエット」と演じたときの舞台衣装。あの、演劇大会の時のだ。小悪魔あかねが俺を騙して、ガムテープ越しにキスしたという曰く付きの。…まあ、この際、それはいい。


「お姉ちゃん、ありがとう。」
 塩らしく礼を言うあかね。
「そうだな…。今から準備するったって、何にもできねーだろうから…。この衣装でいいか。」
 ちらりとあかねを見やる。
「そうだね…。乱馬も何にも考えてなかったろうし…。」
 その言い方にカチンと来た俺。
「じゃあ、おめえはどうなんだよ!やりたい仮装とかあったのかよ…。」
 思わず嫌味ともとれる物言いになる。
「あんたとペアじゃあね、特にないわよ。何やっても一緒だろうし…。」
 と投げやりな言い方。
 たくうっ!可愛くねー返事だな。それ。


 まあ、責められても仕方がねえんだけどよ。あんまり浮き足立って、仮装大会の準備なんかしてたら、大介やひろしたちに何言われるかわかったもんじゃねーし、それに、たかだかハロウィンだからってーんで、あの三人娘の邪魔も今のところ入っていないわけで。これが、あかねと準備に勤しんでたら、またあの連中のことだ、何ちょっかいかんできやがるとも限らねえ。
 幸い、シャンプーも小太刀もうっちゃんも、ハロウィンとは無縁な人種の人間だった。クリスマスみてえに、ロマンティックとはかけ離れた行事でもあるし。それで何も言い寄っては来なかったんだろうとは思うけれどな。
 ま、シャンプーはチャイナ服、うっちゃんはお好み焼き装束(って言うのか?)、小太刀はレオタード。ある意味、三人とも、毎日がコスプレやってるようなものではあるが。


 他にプランもなかったから、ありがたく俺たちはその衣装を付けることにした。あかねはワインカラーの俺は濃い紺色のあの衣装だ。
 まさか、家からそんな格好して出て行くわけにもいかねーから。紙袋にがさっと突っ込んで、二人並んで家を出る。
 夕暮れまでには少し間があった。
 並んで歩くと言っても、決してくっついては歩かない。微妙にいつも距離があった。手を伸ばせばあかねに届くかもしれねえが…。あかねより少しだけ後ろ、一呼吸分くらい置いて、ポケットに手を突っ込んで、肩をいからせて淡々と歩く。俺はミオの家を知らねーから、無口で付いて行ってる。そんな感じ。


 何だかなあ…。この違和感。この距離。何とかならねえものかなあ…。


 前で揺れるあかねの肩を見ながら心の奥ではそんなことを思いながら足を動かしていた。
 勇気があれば、俺だってあかねの肩を抱いて颯爽と歩いてみたいさ。
 でも、まだ一歩を踏み込むことを躊躇ってる。そんな俺たちだった。
 町行くカップルが眩しくて羨ましい。そんな俺たちだった。






四、


 商店街を抜けて、川沿いを真っ直ぐ行って。住宅街が立ち並ぶ中、ずんずんと歩いて行く。着替えは会場でできるらしいから、言わずもがな普段着の俺たち。
 途中、都会には珍しく、畑がちょこんと残っている場所を通り抜ける。すぐ傍には神社でもあるのか、気が鬱蒼と茂っているのが見える。
 昼間だからいいけど、夜に通るのは気が引けるかもしれねえ。
 そう思ったときだった。


「あ…。」
 前を行くあかねが突然声を上げて、止まった。
 それにぶつかりそうになって、俺もまた歩みを止める。
「何だ?どうした?」
 問いかける間もなくあかねが指を差した。
「あれ…。」
「ん?」
 あかねの指す方向をじっと目を凝らす。
「なっ…。」


 紛れもないそれはウサギだった。それも、ウサギらしくない大きさだ。で、良く見ると二足歩行で洋服まで着てやがる。何て非現実的な。


「ないっ、ないない!困った、困った。」


 良く聞くとそんな言葉を吐いてやがる。


「おい…。」
「あれって…ウサギだよね。」
「だろうな…。」
 二人して顔を見合わせる。


「ないっ!ないないないないなーいっ!」


 そいつはそう言いながら、畑の中をうろちょろと何かを探しているようだった。


「仮装大会の衣装を着けたガキかよう…。」
「にしては、目鼻の辺りが妙に生っぽいわよ…。」


 あかねの指すとおりだ。最初は着ぐるみか何かかと思ったのだが、良く見ると、目も耳も毛並みもリアルだ。何より、鼻のひげの辺りがヒクヒクと動いてやがる。


「ねえ、あなた、何か探してるの?」
 あかねはそう問いかけた。
「おい…。かかわり合いになっても大丈夫なのかあ?」
 俺は心配げに傍から見たが、そんなことはお構い無しのあかね。人が良すぎるというのか、向こう見ずというのか。
 はっとしてウサギはこっちを見据えた。


「おやおや、これは珍しい。私の姿が見える人間が居たとは…。」
 そう言ってこっちへ近寄ってきた。


 お、おい。いきなりやばくねえか?


「ねえ、君たちも一緒に探してくれませんか?」
 ウサギは真っ赤な目をこちらへ向けると、そう誘いかけてきた。
「一緒に探すって、何を?」
「カボチャ女王様の化粧ポーチだよ…。」
 ウサギは答えた。
「カボチャ女王様の化粧ポーチ?」
 あかねが目を輝かせた。
「この辺り上を飛んでいて、落としてしまわれたらしくって…。あれがないと、今夜のハロウィンを楽しめなくなるってそりゃあ、女王様はお困りなんです。」
 ウサギはほとほと困ったという顔を差し向けた。
「それはお気の毒ねえ…。探してあげましょうよ、乱馬。」


 あーあ、やっぱ、お人よしだな、こいつは。もうそろそろ約束の時間が近づいてるってーのに、困った奴をほっておけない性分なんだよな。
 はあっと一つ溜息を吐いた。俺も付き合ってやるかという決意表明みてえなものさ。


「わかったよ…。付き合えばいいんだろ…。で、その化粧ポーチってどんななんだ?」
 俺が手向けると
「カボチャの形をしてます。オレンジがかった…。で、このくらい。」
 ウサギは両手をそれらしく広げて見せた。
「随分大きなポーチなのね…。」
「ええ、化粧道具一式入ってますから…。」
 ウサギはまた地面をがさがさと掻き分けながら探し始めた。
「あっち、お願いできます?」
 だあ…。こっちがもう協力するものと踏んで、指示してやがるな。このウサ公。


「カボチャの形のポーチねえ…(趣味悪いぜ!)」
 心の声を押し殺して、俺は一緒に地面を探し出したあかねに同調した。
「そろそろ、暗くなって来るし、早く見つけ出さないと…。」
 ウサギは懸命に枯れ草を掻き分ける。
「で、探してるのはおめえだけなのか?」
「ええ…。今夜はお忍びで下界へ下りて来たもので…。」
 ウサギは熱心に探しながら俺の問いに答えた。
 確かにそろそろ足元が暗くなり始めている。秋の夕暮れはつるべ落とし。太陽が一気に傾いてしまうと、途端、夜が迫ってくる。夕焼けがやたらに赤いのは、この季節の特有かもしれなかったが…。


 何が嬉しゅうて、夕暮れの畑で物探しに高じなければならんのか…。そう思ってはっと空を仰ぐ。カラスがカアカア言いながらネグラヘ飛んでいくのが見えた。


「ん?」


 俺は頭上を見上げてはっとした。
 何か傍の柿の木の上からつら下がってるのが見えたからだ。
 柿と同じ橙色をしていたが、明らかに大きさが違う。人の頭三つ分くらいありそうな巨大な柿…。いや違う。よく見ると…げっ!顔つきのカボチャだっ!!
 目や鼻や口がくりぬかれていて、にっとこっちを見て笑いやがった。


「あ、あれ…。」
 思わず俺はそいつを指差していた。
「わあーっ!あった、あった、ありましたーっ!!」
 ウサギがピョンピョンと飛び跳ねた。


 もしかして…あの異様なカボチャの形をしたものが、探し物だったっつーのかあっ?


 ウサギは目の前をピョンピョン飛び跳ねて、その異様なドテカボチャを取ろうと試みたが、いかんせん、奴の背には持て余す高さだった。


「ほらよっ!」


 おれはダッと木を駆け上がり、ポンっとそいつをキャッチする。
 カボチャの目とあい、思わずその不気味さにドキッとして苦笑い。そして、ウサギに差し出してやった。


「わあっ!これです、これっ!!助かりましたっ!!」
 耳をピンと立てながら、ウサギがにっこりと笑った。
「乱馬、良く見つけたわね。」
 あかねも後ろから覗き込む。


「女王様、見つかりましたよ、ここにありましたーっ!!」
 その時だった。俺とあかねの直ぐ後ろ、モコッと盛り土が持ち上がって、そいつがにゅっと顔を出したのだ。いや、盛り土と思っていたのが、実は人影だったというのが正解だろう。


「やれやれ、やっと見つかったのね。」
 女の声がした。


 人影を見て、俺はもっとおったまげたね。
「きゃっ!」
 あかねも小さく悲鳴を上げて、思わず俺に抱きついてきやがった。
 一抱えもあるくらいの大きなカボチャがにゅっとこっちを向き直ったんだ。くりぬいた目鼻口付きのカボチャ顔だぜ。驚かない方が不思議だぜ。
 いわば巨大なカボチャの着ぐるみが動いた…そんな感じだった。カボチャ頭の下は黒いマントみたいな衣装を身にまとっていた。こっちの大きさは普通の人間くらいだったから、カボチャ頭の異様な大きさが余計に目立った。どう表現したらいいだろう。「油すまし」という妖怪の絵をガキの頃見たことがあるが、丁度そんな感じだった。
 とにかく、頭にでっかいカボチャを被(かづ)いた女がそこに転がってる。そんな信じられない風景が目の前に展開している。


 あかねがぎゅっと俺の肩を掴む。緊張を忘れるくらいに俺もまた、目を見開いた。


「さあ、早く、ポーチを開いておくれ。ラナウサギ。」
 どてカボチャ頭の女性はウサギに語りかけた。
「はいな…女王様。」
 ウサギはわかっていますと言わんばかりに、さっとカボチャポーチを二つに引き裂いた。良く見ると、ご丁寧にもポーチの頭にファスナーが付いていて、それを引っ張って開いただけのことだったが。
 ぽわっと何か気のようなものが飛び出してきて、カボチャ頭の女性目掛けてすいっと吸い込まれていった。


「はあ…。これで動けるわ。」


 女性のカボチャ頭が少し小さくなったようだった。そう、一抱えもあったカボチャの頭が、人の頭くらいに縮んじまったんだ。でもカボチャ頭はカボチャ頭。
 それはそれで、気持ちの悪い話ではある。


「ありがとう、お二人さん。」
 カボチャ頭はにっと笑って俺たちを見比べた。
「い、いえ…。どういたしまして。」
 思い切り後ずさりしながらお愛想を言う。


「私はカボチャ女王。この上空を飛んでいて、うっかりと落としてしまってね。この中に、魔法の源を入れておいたものだから、身動きも取れなくなってほとほと困っていたのです。本当にありがとうございました。」
 ちょっと癖のあるハスキーな声でカボチャ頭はそう言った。
「カボチャ女王?」
 あかねの好奇心がまたふっと頭をもたげたようだ。まあ、どっちにしても、この異様な風体。人間じゃねえことだけは確かだ。
「何かお礼を差し上げなくてはね…。」
 カボチャ女王はそう言って俺たちを見比べる。


「お礼だなんて…。そんなこと俺たち。」
 やっぱり異様な雰囲気なのも手伝って、俺は辞退しにかかった。
「パーティーの時間にも遅れちまってるし…。」
 と口実付きで。
 結果的にはそれがいけなかったらしい。


「パーティ?」
 そう言ってカボチャ女王が目を文字通り赤く光らせたんだ。目の玉は無いから、くりぬいた目に光がともったというか、そりゃあ、筆舌しがたいほど、不気味な光景だった。もしかして、このカボチャ女王っつーのは「悪霊」の一種かと思いたくなったくらいに。おまけに目だけじゃなくて、鼻や口まで光りだした。
 こうなりゃ、カボチャランタン頭だ。
 辺りも暗くなってしまったので、浮き上がるように女王の顔が見えた。


 ひええ…。やっぱり気持ち悪いぜ…。


 あかねもいつになく、素直に俺にくっ付いてきた。こいつは俺以上に、こういうのは苦手だからな。


「ちょっと失礼。」
 カボチャ頭はにゅきっと俺の方へとその不気味な顔を突き出して、すっと手を俺の頭に翳した。あまりに唐突だったのと、気持ちが悪いのとで、俺としたことが、反応できなかった。


「なるほど…。二人して、ハロウィンのパーティーへ出向く途中と言うわけだったの。……。で、なかなか仮装が決まらずに、ちょっと行くのが億劫になってるって言うわけね。」


 は?仮装が決まらなくって億劫になってる?…まあ、そう言われりゃそうだけど…。ロミオとジュリエットならできるんだぜ。優勝は狙えねえだろうが…。


「ロミオとジュリエット…。でも、一度この仮装はやっているから…。優勝は狙えない…ってね。」


 げえ…こいつ。俺の考え読んでやがる…。


 それが証拠ににんまりとカボチャ頭は俺を見て笑った。


 いったい何がおっぱじまろうってんだ。
 俺は喧々諤々(けんけんがくがく)とそいつを見上げた。








 邪悪に後編(ぉ











注/ナマハゲは地域によっては小正月に行われることもあるようです。
民間には大晦日に年神を迎える行事が多く、ナマハゲもその一つという説もあります。
昔話の「かさこ地蔵」も年神伝承の一形態です。
一之瀬私観ですが、ハロウィンも年神伝承の一つの類型のような気がします。家を訪れる年神は断れば悪戯を仕返すところなども似ているような…。



   

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