後編
カボチャ頭が、乱馬をおびき出すために、最初にやったこと。
それは、男乱馬に仮装するということだった。カボチャ頭が本来の姿なので、人の姿を借りれば、立派な仮装になるということ。
唐突に現れた乱馬に、喜んだのが、珊璞、右京、小太刀の三人娘だ。
「あー、乱ちゃん見いっけ!」
最初に気付いたのは、右京だった。
「乱馬様!お待ちしておりましたわ。」
「乱馬、私をエスコートするよろし。」
それぞれ、黄色い声を上げながら、どっと乱馬へと群がって来る。
カボチャ頭は乱馬のまま、にやっと笑った。
もてる男というのも、悪くは無い。いや、むしろ、女に群がられる気持ちよさが、彼を支配し始めていた。
(さて…。この中の誰が、奴のお気に入りだろうな?…どこかで見てるんだろ?おさげの乱馬とかいう少年よ。とっとと出て来ないと、さもないと、三人とも吾輩がかっさらっちゃうぜ。)
と、カボチャ頭目掛けて、木刀が飛んできた。
「早乙女乱馬!貴様、あかね君とおさげの女はどこへやった?さきから、探しているが、どこにもおらんではないかーっ!貴様がとこかへ隠したのかあ?」
九能が叫びながら、木刀を打ちつけて来る。
「ふん!吾輩を狼藉するなど、良い根性してやがる!今夜は昨夜と違って、魔力も強い。こーんな、木刀!」
すっと手をかざし、九能へ向けて、気合いを入れた。
ドン!
音がして、九能の木刀が、バラバラになった。微塵の欠片も無くだ。
「乱ちゃん、凄い!」
「何ある?今の技。」
「ああ、乱馬様。お兄様をいとも簡単に玉砕するなんて。素晴らしいですわ。」
やんや、やんやと三人娘ははやしたてる。
「へっ!どうだっ!」
乱馬に扮したカボチャ頭は、フンと鼻息を吐きだした。
「なあ、乱ちゃん。その調子で、昨日のカボチャ頭から、うちらを守ってくれるんやろ?」
右京が言った。
「そうある。今の技、カボチャ頭に食らわせれば、イチコロね。」
「あのカボチャ頭にひと泡、吹かせてやってくださいまし。」
眼前の乱馬に化けたカボチャ頭は、己のことを話題にされて、一瞬、ムカッときた。が、ここは我慢のしどころだと、グッとこらえた。
「ははは、大丈夫だよ。ベイビー。皆を守ってやるぜ。」
などと、吹き笑いしていた。
と、背後から、コンとクッキーが一つ、飛んできた。
乱馬に化けたカボチャ頭が、無視して、笑っていると、コン、コンと続けざまにクッキーが投げつけられる。
「誰だ?吾輩…いや、俺に、クッキーを投げつけてくるのは!食べ物は投げちゃダメって母ちゃんから言われてないのか?」
そう、カボチャ乱馬が振り返ると、海賊船長姿が、はっしとこちらを睨みつけているのと視線がかちあった。
(海賊の仮装……女の子…だよな。)
ちらっと、カボチャ乱馬は見返した。
「何だよ…。てめーは。」
カボチャ頭は、はっしと海賊を睨みかえした。海賊は、もちろん、あかねである。あかねの後ろ側には、あちゃーという顔をした本物の女乱馬が、固唾を飲んで見守っていた。
「あんたこそ、誰よ!」
おもむろに、あかねがカボチャ乱馬目掛けて、声を荒げた。その声で、あかねに気付いた三人娘が、キョトンとあかねへ問いかける。
「あかね、何言い出すん?」
「天道あかね、あなた、ボケてしまわれました?」
「目の前に居る、これ、乱馬あるね。」
「そうだ。俺様は乱馬だ。」
がっはっはと腰に手をあてたカボチャ乱馬を、更に睨みつけながら、あかねは吐きつける。
「あんたは、乱馬じゃないわ。」
その言葉に、三人娘は、顔を突き合わせて、首を傾げた。
「あかね…。大丈夫か?」
「ほほほ、何を言い出すかと思えば…天道あかね。」
「沐絲の眼鏡かけるあるか?」
ざわざわと、人垣が出来始めた。中には、招かれた乱馬とあかねのクラスメイトも混じっている。口々に、さまざまなことを言い始めた。
「あかねが、変な事言い出してるぞー。」
「あんたは乱馬じゃないとか、言ってるわ。」
「許婚の顔を見間違える筈ないでしょう?」
「じゃあ、あの乱馬はどう説明できるんだ?」
「どっから見ても乱馬君よねえ…。」
だが、周りの困惑をよそに、一向にあかねは、カボチャ乱馬に手向けた攻撃的な瞳を、緩めようとはしなかった。はっしと、真正面からカボチャ頭を睨みつける。
「あんた、何のつもりで乱馬に扮してるのよ!」
と食い下がる。
「ほう…。何故、俺様が乱馬でないと言い張るのだ?」
あかねの言動に興味を持ったカボチャ頭は、そう問いかけた。
「あんたが、三人娘から逃げないことはないもの。それに…あたしが乱馬を見間違える筈はないわ。乱馬はあたしの許婚よ。」
「許婚…。」
その言葉に、カボチャ乱馬の顔が一瞬笑ったように見えた。
(まずいっ!この状況は、思い切りまずいぜ!)
二人のやりとりに、乱馬は焦った。
「じゃあ、許婚の君には、本物の乱馬がどこにいるか、わかるのかい?」
カボチャ乱馬は、あかねにそうたたみかけた。
「ええわかるわ。」
あかねは頷く。
「じゃあ、出してみなよ。」
「わかったわ。」
とうの女乱馬は、いたたまれなくなり、その場から一旦、退散を決め込んだ。そして、そっと抜けようとした瞬間、あかねに呼びとめられた。
「乱馬、どこへ行くのよ!」
「いや、その…。」
ギクリとしながらも、どう切り抜けようか、冷や汗が流れ始めた。
「ほら、乱馬はここよ。偽乱馬さん。」
そう言って、あかねは、傍に置いてあったポットを手に取ると、背中を見せて逃げようとしていた本物の女乱馬の頭へと、ぶっかけた。
びしゃっ!
お湯の滴る音と共に、横に居た妖精少女の背がみるみる伸びあがる。
「わたっ!何しやがるっ!あかねっ!」
乱馬は慌てたが、既に後の祭り。
妖精姿の変態少年のお出ましだ。
「乱ちゃん?」
「乱馬様?」
「乱馬が二人?」
いきなりの乱馬の出現に、三人娘は顔を見合わせた。
「くぉら、あかね!不用意にお湯なんか、ぶっかけやがって!これじゃあ、まんま、変態男子じゃねーかあっ!」
乱馬は妖精の衣装のまま、怒鳴り散らした。カツラもとれて、おさげが露わになった。
正体を暴かれたことよりも、変態然している己の姿に、思わず、心を乱してしまった。
辺りは、おさげの変態妖精少年の出現に、明らか、引いている。
クスクスとクラスメイトや御近所の人たちの笑い声が響く。
珊璞や右京まで、笑いをこらえているのがわかった。
「あたしのクッキーを食べてくれないバツよ。」
あかねは勝ち誇ったように、本物の乱馬へ向かって言った。
「うるせー!着替えてくるから、待ってろっ!」
そう投げかけた乱馬の背後に、カボチャ乱馬が笑いながら、言った。
「その必要はないさ。おまえの一番大事な女子もわかったからねえ…。さて、約束通り、君の大事な女子は吾輩が貰う。そして、おまえには、最大の屈辱を!」
カボチャ頭の言と共に、ぱあっと辺りが一瞬、白んだ。爆発したかのような煙がカボチャ頭の辺りから発せられた。
「しまったっ!」
そう、乱馬が身構えたが、それこそ、一呼吸、遅かった。
爆発の硝煙を、思いっきり、吸い込んだ。粉っぽく、むせてしまった。
すると、乱馬はふわっと己の身体が、宙に浮いたのを感じた。
「おまえも一緒に来てもらうぞ、少年!」
カボチャ頭は不気味に笑った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ぐいぐいと己の意志とはかけ離れて、身体がどこかへと引っ張られて行く。良く見ると、首のあたりを、マントが巻き突いて己を引っ張っているではないか。引き離そうと足掻こうとしたが、金縛りにあったように、身体が云う事をきかない。
「一体、どこへ連れて行くつもりだ?」
マントに絡まれて、苦しい息の下、乱馬はカボチャ頭へと声をかけた。
「無論、吾輩とこの娘っ子の愛の畑さ。」
「愛の畑だあ?」
「そう、愛の畑♪特別におまえも招待してやる。そーら、着いた。」
ドサッと乱暴に、マントにぶちまけられた。何かふわっとした物が、背中に当たる。
キイイ、ガッチャン…。
扉が閉まる音がした。
「ててて…。何しやがる、このカボチャ野郎!」
そう言いながら起き上る。乱馬は、天上からつりさげられた筒状の鳥籠の中へと放り込まれていた。鉄格子で張り巡らされていた。
その眼下には、ふわふわのベットが置いてある。カボチャ頭はあかねをそこへ放り投げた。どうやら気を失っているようで、あかねは目を閉じている。
「あかねっ!」
思わず、叫んでいた。まだ、妖精の衣装を着ていたが、そんなこと、今となってはどうでも良かった。
「ほう…この娘っ子、あかねっていう名だか。で、おまえは、乱馬…。ふふふ。名前がわかったら、こっちのもの。」
元の姿に戻っていたカボチャ頭がニヤリと笑った。
「てめー、何企んでやがる…。」
「ケケケ、そんなこと決まってるさ。これから、この娘っ子に吾輩の種を植え付けるのさ。」
「種だあ?」
「我らカボチャ魔人は人間の娘を種床として、子孫を繁栄させてきたんだよ。つまり、人間との交配で魔人が生まれる。
このあかねとかいう娘っ子、なかなかぷりぷりして、見事な苗床っぷり。可愛いし、吾輩の子孫を残すには、最適だ。」
「てめー、言わせておけば…。」
乱馬はがっしと鉄格子をつかんだ。そして、思いっきり引きぬこうと力を入れた。と、ビリっと電撃が走る。
「うわあっ!」
思わず、鉄格子から手を離した。
「無駄だよ。その格子には、吾輩の魔力が施してある。ある一定の力以上がかかると、電撃が流れるんだ。ふふふ、この吾輩を倒さない限り、魔力は消えやしない。
そこから出られなければ、吾輩も倒せまい。したがって、おまえは、そこで地団太を踏んで、吾輩とこの娘っ子が絡み合うのを見ていれば良いのさ。」
「なっ!てめえっ!ざけんなよ!」
「ふざけてなんか居ない…大真面目。ケケケ。しかし、このカボチャ頭では、大真面目でも、あかねちゃんからはふざけて見えるかも…。ってことで…。」
カボチャ頭はぎょろりと乱馬を見やった。
そして、さっと、右手を差し上げた。
「まずは、おまえとあかねちゃんの衣装をとっかえっこ!」
スッポン!と音がすると、あら不思議。あかねの海賊衣装が乱馬へ、乱馬の妖精衣装があかねへと、すり替わる。
「なっ!」
海賊の衣装が乱馬へと来た。それから、己が来ていた青い妖精の衣装があかねへ。
「海賊の衣装より、こっちの妖精の方が、吾輩好みだからな。でーへっへ。」
カボチャ頭が嬉しそうに笑った。
「てめー、変態か!」
「ケッ!妖精の衣装着て、女装していたおまえに言われたくない言葉だなあ。」
カボチャ頭は笑いながら吐き出した。
「うるせーっ!こっちにはこっちの事情ってーのがあったんだよっ!」
乱馬はがなる。やはり、妖精のまま男に戻ったダメージは、まだ心に傷になって残っている。そこを突っ込まれると、傷をえぐり取られるようだ。
「ケケッ、ついでだ、吾輩とおまえの顔をとっかえようか。」
また、スッポンと音がして、今度は、カボチャ頭と乱馬の顔がすり替わった。
「え…。な、何だ?こいつは!」
頭が急に重くなって、乱馬は前へとつんのめった。手で顔を触ると、ゴツゴツした感じ。
「か…カボチャになっとる…。」
「ケケケ、案外、似合ってるじゃないか。」
そう吐きだしたカボチャ頭は、再び、己の姿になっていた。
「あ、それから、先に言っとくけど、おまえの声も姿も、あかねちゃんには見えないように魔法をかけるからねー、そらっ!」
パラパラとあかねの上から、青い粉を振りかける。
「あかね。」
カボチャ頭は乱馬のふりをして、眼を開いたあかねに声をかけた。
「乱馬?…あれ?ここは…どこ?」
「俺とおまえの愛の巣さ。」
とにっこりとあかねに微笑みかける。
「愛の巣?」
へっという表情を見せたあかねに、カボチャ乱馬はたたみかける。
「さあ、二人で子作りしよう!」
ガバチョと直情的に襲いかかったカボチャ乱馬の頬に、「バチコーン」と思いっきりあかねの平手打ちが浴びせかけられたことは言うまでもない。
「何、おバカ、言ってるのよ!」
「痛っ。」
思わず頬をかばったカボチャ乱馬だ。
「ざまあみろっ!あかねって言えば、ものすげー凶暴なんだぜ。おまえの手に負えるかよ。」
と背後から、乱馬はカボチャ乱馬へと声をかけた。むろん、あかねには聞こえない。
あかねはあかねで、
「乱馬っ!あんた、おふざけはいい加減にしないと、ボコボコに殴るわよ!」
と鼻息が荒い。
と、カボチャ乱馬の懐から、音声が響く。
『ピピピ、口説き失敗、減点五十点。』
「げ…また、減点…。」
カボチャ乱馬の表情が一瞬曇った。
「何、訳のわかんないことやってるの?ハロウィンだからって、何でもありじゃないでしょうがっ!」
あかねは今にも襲いかかって来そうな勢いだった。
「はああ…。また、減点食らってしまった…。」
そうブツブツ吐き出したカボチャ乱馬を見上げて、あかねは首を傾げる。
「はあ?何言ってるの?あんた、おかしいんじゃないの?」
「確かに、この世界へ来てから、吾輩はおかしい。優等生なのに…減点ばかり…。」
「減点って、何のこと?」
「たく、こうなったら、もっと、高等魔法で高得点を狙うしかない…となれば、悪いが、操られて貰うよ、あかねちゃんとやら。」
カボチャ乱馬の瞳が、真っ赤に光った。
「え?」
あかねの身体を、得体の知れない電撃が走りぬける。
さっきまで勢いよく睨んでいたあかねの瞳から、英気が抜けた…そんなふうに檻の中の乱馬からはそう見えた。
「てめー、あかねに何しやがった!」
思わず、鉄格子を握りしめて、怒鳴っていた。
「できれば、この手は吾輩も使いたくは無いんだよ…。でも、この娘っ子、思った以上に腕っ節も気も強そうだからねえ。
吾輩も痛いのは嫌だから、女子操心術を使わせてもらった。」
カボチャ乱馬が言った。
「操心術だあ?心を操るつもりか?」
「ああそうだ。この術はこの女子を目の前にした男子への思いが強ければ強いほど、深くはまる。つまりだ、おまえへの思いが強ければ吾輩の術は良く効くが、弱ければ、皆目効かない…。ま、一種の博打みたいな術なんだよ。だからこそ、成功すれば配点が高まる。
この娘っ子、確か、おまえの許婚とか言ったよね。だったら、愛情が深いんでないかね?」
「あかねは親が勝手に決めた許婚だ!そんな訳ねーだろっ!」
焦った乱馬ががなりたてる。
動きを止めたあかねを見ながら、カボチャ乱馬が吐き出した。
「ほら、あかねちゃんが目を覚ます…どら、術の効き目は…。」
ゆっくりと目を見開いたあかねは、闘気をすっかり失っていた。乱馬を目の前に、ポッと頬を染めている。
「ケケケ、良かった…。思っていた以上に、おまえへの愛情があるようだな…。かなり深いところまで、吾輩の魔力が浸透しているぞ。」
にんまりと、後ろの乱馬へとカボチャ乱馬が語るように言った。
「あかねー!目を覚ませ!そんな、カボチャ野郎の術なんかにはまんなーっ!」
「叫んでも無駄だよ…。ケケケ。吾輩とあかねちゃんのラブシーン、たっぷりと見せつけて絶望の淵へ、おまえを落としてやる。」
ひひ親父さながらに、カボチャ乱馬はあかねへと迫った。
「さて、あかねちゃん、吾輩と子作りしよう!」
何とストレートな愛の掛け声。
「はい…旦那様。」
もじもじしながら、あかねはカボチャ乱馬を見上げた。
「くっそー!あかねの奴、俺にあんなに可愛らしいところなんか、見せた事無いくせに…。」
鉄格子の向こう側で、何故か本物の乱馬は、苛立ちを募らせ始めた。それが、静かな闘気に変わるまで、そう時間はかからなかった。
「あかねちゃん、まずはそのめんこい妖精の衣装…脱いでもらおうかねえ…。」
凡そ、本物の乱馬がしそうにない命令を、平気でカボチャ頭は焚きつける。
その言葉に、あかねの頬はますます真っ赤に染まる…。
「あの…旦那様…。」
ちらりと見上げる瞳が、これまた可愛らしい。
「吾輩の言うことがきけない…とでも言うのかね?」
端から見ていて、カボチャ乱馬とあかねの会話は、主人とメイドのようだった。
一方、檻の中の乱馬は、ふつふつとわき上がって来る、固い氷のような冷えたエネルギーを、一点集中で、右掌へと集め始めていた。怒りに熱された頭を、必死で鎮めようとして、結果的に、飛竜昇天破を打つときみたいな氷の怒りが、胎内から湧き上がってきたのだ。
彼の本能が、そういう変化へと導いたのかもしれない。
目の前に鉄格子があろうとも、気砲の攻撃は打てる…。格闘家の本能が、そう悟らせた。後は、最大限に力を蓄えて、解放させるだけだ。
乱馬が怒りに震えている目の前で、あかねはあかねで、カボチャ乱馬へと、うるうる瞳を手向けていた。
「あの…その前に、あかねのささやかなお願いを聞いて欲しいの…。」
「ささやかな願い?」
「ええ…。あたしの作ったカボチャクッキー…これを食べて欲しいの…。」
そう言いながら、さりげに、カボチャ乱馬の目の前に、まだ、後生大事に持っていた手作りクッキー入りの宝箱をすっと差し出した。
「この…墨の塊を…吾輩が食べるのか?」
宝箱から覗いている、黒い塊を見ながら、カボチャ乱馬があかねへと問いかける。その問いかけに、コクンと頷きながら、あかねは言った。
「このクッキー、乱馬のために作ったのよ…。作ってくれないとあたし…。泣いちゃうかも…。」
瞳が涙で潤み始めた。
「わわわ、泣くなっ!泣くなってば。わかった、食べれば良いのだな?」
カボチャ乱馬はあかねへと声をかけた。こいつも女の扱いは、決して慣れてはいないようだ。
「ええ、これを、全部食べてから、あたしを食べて。」
耳の奥で、今、あかねが吐き出した言葉が、エコーのようにこだまする。
「わ、わかった。」
すっかり興奮して、イエスマンになってしまった。鼻息も荒いし、スケベ心もますますヒートアップしてくる。変な熱気が、カボチャ乱馬の周りに渦巻き始めていた。
「これを全部、一気に食べたら、遠慮なく、あかねちゃんを食べるからね。」
ピー、ポッポッポと、カボチャ乱馬の頭から、湯気が舞い上がるくらい、高揚してきていた。
カボチャ乱馬は、あかねの手から、引きはがす如く、宝箱を取りあげた。そして、中に入っているクッキーとおぼしき物体を両手で鷲づかみにすると、一気に、口の中へと、放り込んだ。
もぐもぐ、バリバリ…。
クッキーを一度にたくさん口へ放り込んだカボチャ乱馬は、「うっ!」と一言吐き出したまま、白目をむいてしまった。
あかねの料理の腕は、逆天下一品。つまり、殺人的まずさは計り難し。これまで、どれだけ多くの人を、一口で壊滅させてきたろうか。それを、一度に口に頬張ったのだ。結果は目に見えていた。
「な、何だ…これ…。ち、超まずいっ!」
そう吐き出しながら、カボチャ乱馬は仰向けに倒れていった。
ブワン!
と音がして、乱馬の目の前の鉄格子が、一瞬、揺らいだように見えた。
「しめたっ!魔力がゆるんだぜっ!」
乱馬が力を入れると、鉄格子が弾け飛んだ。カボチャ乱馬の頭も、いつの間にか、元のカボチャへと戻っていた。
「けっ!魔法がとけたら、こっちのもんでいっ!」
パキパキと手の関節を鳴らしながら、ゆっくりと乱馬は、白目をむいて倒れているカボチャ頭へと近づいていった。そして、ぐわっしと、胸倉をつかむと、思い切り、上へと放り投げた。
「もう、二度と、俺たちの前に現れんなー!この、どてカボチャー野郎っ!」
カボチャ乱馬の発したスケベ熱を原動力に、乱馬は氷の拳を突き上げた。飛竜昇天破をぶっ放したのだ。
カボチャ頭は、冷気を含んだグーと共に湧き起った「飛竜昇天破」の渦風に乗って、一気に上空へと押し上げられ、吹っ飛んだ。
飛竜昇天破の巻き起こした竜巻は、周りにあった、いろいろな調度品も一緒に吹きあげて行く。きょとんとするあかねを、ぐっと腕に抱きよせると、乱馬は自分の作った波動をぐっと耐えた。ともすれば、一緒に吹き上がりそうになるのを、渦の中心で耐えた。
その波動に巻き上げられて、いつの間にか、ベッドルームは消え去ってしまった。何もなくなった天上には、満点の星々が光り輝いている。そのお星さまとなって、カボチャ野郎は、何処かへと消えて行ってしまった。
「あれ?あたし…一体…。」
風止むと、乱馬の腕の中で、あかねが意識を取り戻した。
「魔界から迷い出て来た、カボチャの怪人に、惑わされてたんだよ…。俺も、おまえも…。」
乱馬はふうっと息を吐きだしながら、言った。
「カボチャの怪人?」
あかねが不思議そうに乱馬を見上げた。
「ああ…。おぼえてねーなら、別にそれでも良いけどな。」
「えっと、確か、仮装パーティーで、乱馬に変装した変な人がいて…で、不審に思って声をかけて…。うーん…そこまでしか、思い出せないわ。」
「いーよ、別に思い出さなくても…。」
「ひょっとして、乱馬が助けてくれたの?」
「ひょっとしてじゃなくって、俺が助けたんだよ。」
「ホントに?」
「俺以外の誰が、おまえを助けだせるってんだよ!」
と怒鳴りかけた乱馬は、あかねの唇に、不意打ちを食らってしまった。
「ありがと、乱馬…。」
小さな声と共に、柔らかな唇が、一瞬、乱馬の唇をふわっと撫でた。
「え…?」
ぎしっ。
という音と共に、身体中の関節が固まったような気がした。いや、時も止まったように、思えた。
あかねは、ふっと微笑みながら、軽やかに彼の腕からすり抜けた。
トンと下りたところは、瓦屋根の上。
「あかねー、乱馬君ー。無事ぃ?」
下で、聞き覚えのある声がした。見渡すと、そこは、天道道場の屋根の上だった。あの、カボチャ頭の怪人は、どうやら、道場の屋根の上に、愛の巣を作っていたようだ。
「あ、なびきお姉ちゃん。あたしたちなら、無事よー。乱馬が助けてくれたからー。」
階下に向かって、あかねが言った。
「なら、早く下りて来なさいよー。じゃないと、御馳走が無くなっちゃうわよー。」
父親の早雲がかけてくれた梯子を伝って、ゆっくりと下へ降りた。
「あれ…?あんた、その衣装…。」
「あ…。その…。せっかくだから、乱馬と交換しちゃった。」
咄嗟に言い訳する。あかねも、今気がついたのだ。乱馬と自分の衣装が、入れ替わっていることに。やっぱり、何かすったもんだがあったのだろう。その渦中に自分が居て、乱馬が助けてくれたようだ。
「ふーん。交換ねえ…。ま、良いわ。何があったのかは、あえて、聞かないでおくわ。」
「べ、別に、何もないわよ、あたしたち…。」
「そう?じゃ、これは?今撮れたての写真だけど…。」
なびきは笑いながら、衝撃的瞬間をとらえたインスタントカメラの写真を、あかねの目の前にひらつかせた。あかねと乱馬のキスシーン。
「お姉ちゃん…何時の間に…。」
「あんたにあげるわ。もちろん、ロハでね。」
なびきはそう言いながら、何事もなかったかのように、その場から立ち去った。
あかねはそっと写真を懐へとしまうと、ふうっと溜め息を吐きだした。本当は少し覚えている。乱馬が助けだしてくれたこと。細かいことはわからないけれど、乱馬が本気でカボチャの魔人を飛竜昇天破でぶっ飛ばしてくれたことを…。
「…さあ、御馳走食べなきゃ…。あー何かお腹空いちゃった!」
あかねは、そう言いながら、仮装パーティーの輪の中へと入って行く。
道場の屋根の上には、固まったままの乱馬。
その乱馬の上から、お月さまが笑いながら、淡い光を輝かせていた。
完
2011.10.29
(c)Copyright 2011 Keiko Ichinose All rights reserved.
プチ復活、久々に、一本、リハビリに書いてみました。
カボチャ頭の怪人。
すんません。
丸一年半ぶりに、作品書いたら、こんな強烈なキャラクターが、脳内から湧き出てしまいました。
だんだん、関西チックなしゃべり方になっていくし…。
イメージは、「境界のRINNE」に登場したカボチャ頭のだまし神みたいな奴です。
らんまにも、こんなキャラが、絡んできそうでしょう?
なんやかんやあって…本当に、なんやかんやゴチャゴチャあって…ネットから隠遁しとりました。
人間、五十年もやってると、いろいろ身体にもガタがくるもので…。
何もかも、投げっぱですいませんでした。
こんな私を心配してくださった皆さん、本当にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。
やっと、復帰へのゴーサインが出ましたので、「呪泉洞サイトデーター」を古パソコンからマイノートへ移植し、本腰あげて復活作業を開始しました…。
ここまで放置したのだから、ゆっくりやります。
で、2011年内か次年度に持ち越すかわかりませんけど、このカボチャ頭が再び登場する続きの話も脳内にプロットとして存在していますので、いずれ、書こうと思っています。(書かないかもしれませんけど…)
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