パンプキン☆パニック
前編
   


 十月晦日。ハロウィンだ。
 そもそも、ハロウィンは、ヨーロッパのカトリックの「諸聖人の日(オール・ハロウズ)」の前の晩に行われる行事だ。「ハロウズイブ」それがなまって、ハロウィンとなったらしい。
 ハロウィンの大元になったのは、ケルト人の収穫感謝祭だったと言われている。
 ケルト人の一年の終わり、つまり、「大晦日」は十月三十一日であった。ケル人にとって、新年のはじまりは暗くて寒い冬のはじまりでもあった。その頃になると、この世とあの世との境界に目に見えない「門」ができ、そこを通って、死者の霊や魔女、悪霊たちが人間界へと入り込んでくると信じられていた。
 死者の霊が生者を脅かさないように、人々は自ら悪霊に仮装し、「門」を通って人間界へ入り込んできた悪霊をやり過ごす。ハロウィンの仮装には、そんな意味合いがあるという。

 死霊や悪霊が入り込んでくる「門」はどこにできるのだろうか?
 それは、誰も知らない。
 あなたのすぐ近くかもしれないし、そうでないかもしれない。
 
 ほら、悪霊たちが群がる。人間界へと通じる門へ。




前編

 十月も終わりの声を聞く頃合。この頃の東京は、日没が午後五時を切り、早く感じられてくる。人々の足も、日没と共にせわしなくなり、家路を急がせる。

 大都会東京の上空に、ぽっかりと門が出現した。門の足はスカイツリーよりも遥かに高く、しかも、空中に浮いている。一目で人造物ではないことは明らかだった。
 そして、閉じられた黄土色の門扉には、何やら怪しい横文字が刻まれていた。
 「THE PUMPKIN GATE」。日本語にストレートに訳すと「カボチャ門」。
 
 ギシシシシィ…

 重たい音がして、中から門扉がゆっくりと開いた。土煙ならぬ雲煙が舞い上がり、中では、怪しい影がザワザワと動く。

 パンパンと音がして、女性の声が響き渡る。頭にはピエロがかぶるような三角帽子、衣服もそれに近い。鼻は黄色くなかったけれど、化粧は歌舞伎にも勝るとも劣らない白塗りが基本。口は大きく横へと裂けている。一見して人間ではないことがわかる。
 それを取り巻くように、ハロウィンの「ジャック・オー・ランタン」的な目鼻立ちをしたカボチャたちが、真剣にピエロ女性を見上げている。緑色、オレンジ色、黄土色、深緑、黒…様々な色のカボチャ頭が並んでいる。しかも、カボチャ頭の下には、ご丁寧に、人間と同じような胴体がくっついている。
 ちょうど、頭にカボチャランタンをかぶったような怪しい者たちばかりだった。
 ある者は青白く、また、ある者はオレンジ色に、顔の中をランタンのように輝かせている。不気味を通り越して、一種、滑稽に見えた。

 と、中央に立っていた、ピエロ姿が、咳払いをした。やおら、マイクを片手に持つと、一声を張り上げた。

「ハーイ、カボチャ魔族のご子息の皆さん。お待ちかね、今年の昇級試験の始まりですよ。」
 そのハイテンションな声に、ざわついていた辺りが、シーンと水を打ったように静かになった。
 それを、一瞥すると、ピエロ姿が、ゆっくりと話し始めた。

「試験内容とルールは、研修中に、再三説明してきたとおりです。
 好きなだけ、人間を惑わしたり、驚かしたり、怖がらせたりしてくださいね。点数は、皆さんの手元から送られて、自動的に加算されていきます。しくじったら減点になりますので気をつけてくださいね。
 研修中に獲得した点数は、あらかじめ、持ち点として計上されていますよ。
 皆さんに渡してある、懐中時計型装置にて、現在得点と詳細を確認することができます。装置が正常に作動しているかどうか、念のため、確認してください。」
 その声に、カボチャ頭たちは、己の手にはめられている、時計のような懐中時計を、服の下から取り出して、確認に取りかかる。

「はい、大丈夫ですかあ?もし、大丈夫じゃない方は、後で門戸に居る番人に申し出てくださいね。
 今晩と明晩、ふた晩あります。できるだけたくさんの人間たちを恐怖のどん底に突き落としてさしあげなさいね。
 うまい具合に、明晩は「ハロウィン」です。仮装パーティなんかもあって、それに乗じて、入り込み易いでしょうから、せいぜい、頑張ってください。
 それから、人間の女の子を種床(嫁)としてゲットした方には、もれなく、高得点を差し上げます。略奪、かどわかし、勧誘など、それぞれの状況に応じて特典配備されますから、我こそと思う方は、チャレンジしてくださいね。
 たくさん、連れ帰っちゃって、種床にしてみてください。
 では、各々、研修中に配った区割りに従って、順次、下界へ降りてください。
 検討を祈ってますよ。」

 そう言い終ると、ピエロ姿は、ニッと笑った。そして、何時の間に出したのか、左手に大きな銅鑼(どら)を持つと、
「さあ、皆さん、準備はよろしいですね?では、いってらっしゃいっ!」
 そう言い終ると、右手のバチで思い切り、銅鑼を叩きつけた。

 ジャーンンンンン

 空を震わせて、銅鑼が鳴り響くと、カボチャ頭たちは、我先にと。いっせいに門戸へと群がった。
 そこから、吐き出されたカボチャ頭たちは、それぞれの目的地へと散って行く。

「皆さん、健闘を祈りますわ。アデュー!」
 そう言いながら、ピエロ姿は、ハンカチを振りながら、ゆっくりと門戸を閉じて行く。



 
 練馬の天道道場の辺りにも、もちろん、カボチャ頭の魔族が下りて来た。
 頭はごく一般的な「ジャック・オー・ランタン」仕様。色はオレンジ。
 大きさは人間よりも少し大きめの、スイカの大玉くらいだ。

「ふっふっふ、吾輩の名前は、ジャック三十六世。カボチャ魔族ハイスクールの優等生さ。現在の持ち点は、もちろん、最高点。試験クリアの五百点まで、あと、三十点。
 二日で三十点なんて、楽勝、楽勝。ついでだから、もっと点数を稼いで、最高得点でクリアしてやるんだ。るんるん。」
 鼻歌交じりに、空を飛ぶ、烏立ち相手に、そんな言葉を話しかける。
 視覚からのイメージとは似つかわしくなく、声は高めの青年声だ。しゃがれてもおらず、どちらかといえば、美少年…いや、高めの美声の類になるだろう。

『カア、カア、カア。』
 ジャックの言葉を理解できるのか、烏は元気に、啼きわめく。

「何々、この街は変な連中が多いから気をつけなって?誰に向かって言ってるんだい。この、カボチャ魔族若手のエリートのジャック様に向かって、失敬な奴だなあ。」

『カア、カア、カアーッ、カカカカカアーッ!』
 烏は、そう叫ぶと、さっさとどこかへ飛んで行ってしまった。

「油断せずに、頑張れよってか?ふん、おまえに言われなくても、最高得点目指して頑張るさ。
 さて、いいあんばいに、日も暮れた。日さえ暮れれば、魔力が上がるが…。明日の方が魔力の通りが良いから、今日は、この姿でいくとするかな…。あんまり魔法も使うまい。
 それに、あまり目立っても、いけないから、明かりは消しておくかな…。」
 ふっと、彼の顔から、火の気が消える。消えると、ただの顔くり抜きカボチャになる。
 
 おちゃめな誰かがカボチャを頭からすっぽりとかぶっている。そんな具合に見えた。


「手始めに…、誰に悪さをしてやろうかなあ…。」
 黒いマントに身を包み、見るからに怪しい風体だった。
 スーパーマンのように、マントをひらめかせて、舐めるように地上を眺めるながら、ゆっくりと、地上へと近づいて行った。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 


 天空から、獲物を見渡すに、ふと、竹刀を振りながら裸足で素振りする、変な青年が目に入った。
「やっとおっ、やっとおっ!やっとおっ!ハイハイハイハイ。」
 自分で掛け声を張り上げながら、懸命に竹刀を振り回している。

「ケケケ、まずはあいつが良いな。オーソドックスに、真正面から驚かしてやろうかな。」

 カボチャ頭はにんまりと笑うと、下りて行く。

「トリック・オア・トリート?」
 ハロウィンには一日早いが、ジャックはそう叫びながら、ばああっっと、竹刀男の前に立ちはだかった。
 普通の人間なら、唐突にカボチャ頭が現れて、ベロベロバアなぞされただけで、飛び上るほど驚くだろう。
 が、竹刀男は、全く驚かなかった。驚くどころか、視界の中に入らないようだ。

「おいおい、無視かあ?じゃあ、これでどうだ?」
 カボチャ頭は、顔を、赤や青、黄色と不気味に点灯させて見せた。

「やややや?何奴?見るからに怪しい奴だ。貴様、名を名乗れっ!
 いや、人に問う前に、僕から名乗ろってやろう。
 人呼んで風林館高校の青い雷(いかずち)、九能帯刀とはこの僕のことだ。」

「げ…。ひょっとして、人選を見誤ったかな…。頭が変な奴に当たっちまったか…。」
 唐突に名乗られて、カボチャ頭が怯むと、その隙を逃さず、竹刀を打ちこんで来た。
「逃げるかっ!僕の竹刀を受けて見よっ!突ーき、突き突き突き突きっ!」
「わたたっ!いきなり、何だ?」
 カボチャ男は、切っ先を己へ向けて来た竹刀を、ブンブンと交わす。
 が、竹刀男は、それなりの剣術の使い手。
「面っ!一本っ!」
 そう言うと、ズバッとカボチャ頭の脳天へ一発、竹刀が入った。

「痛ーっ!な、何だ?こいつっ!お、おぼえてろーっ!」
 これ以上ここにいて、頭を割られては大変だ。
 カボチャ頭は、たまらず、逃げ出した。
『ピコン、ピコン、襲撃失敗、三十点減点。』
 懐中時計が唸りだす。
「減点…うっ!」
 グッとなったカボチャ頭だったが、ふっと頬を緩めた。

「まあ、最初は失敗もあるさ。ここでめげたら、優等生の名に傷がつく。減点されたら、取り戻せば良いんだ…。さあ、次、いってみよーっ!」
 このカボチャ男、どうやら、かなり、脳天気らしい。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、カモにできそうな人間を探した。

「ようし、今度はあいつにしよう。」
 次に彼の目に入ったのは、暗がりを行く、一人の少女らしき人影。
「髪は長いから、女だろう。」
 顔面を確かめずに、見切り発車した。

「トリック・オア・トリート?」
 再び、ばああっと長髪の前に立ちはだかった。

「おおおっ!珊璞だかあ?おらとデートする気になっただかあ?」
 いきなりジャックは、抱きつかれた。
「げ…女じゃなくて、男!」
 ジャックの顔が凍りついたのは言うまでも無く。
 そう、カボチャ頭が襲ったのは、少女などではなく、少年だった。
「珊璞、オラがそんなにええだかあ?オラ嬉しいだ!」
 すりすりと長髪が顔をすりよせてくる。ど近眼の彼には、カボチャ頭が珊璞という少女に見えたらしい。周りを歩いていた人たちは、カボチャ頭に抱きつく長髪少年を見て、どっと、一様に引いて行く。
 視線を合わせないように、見なかったことに…人々は、足早に立ち去る。
 カボチャ頭は、どうにかして逃げようと、足をバタバタさせる。が、長髪少年の抱擁は、そう簡単には引き剥がせない。
「わたっ!やめいっ!吾輩には、男色の趣味はないわっ!」
 居たたまれなくなり、長髪少年へとがなった。

「ん?」
 その声に反応した長髪少年は、右手でぐるぐる眼鏡を持ちながら、じっとカボチャ頭を見つめながら、
「あ…スイカ頭。」
 そうぼそっと吐き出した。
「吾輩は、スイカとちゃうわーっ!カボチャじゃーっ!」
 カボチャ頭が叫ぶと、長髪少年は暗器を懐から取り出して、カボチャ頭目掛けて、打ち放った。
「おのれ、スイカ頭っ!珊璞をどこへやっただか?」
 鎖の先についたカマや砲丸が、容赦なくカボチャ頭へと襲いかかる。

「わわわっ!ぼ、暴力反対ーっ!」
 半泣きになりながら、カボチャ頭は長髪少年から逃れた。

『ピコン、ピコン、襲撃失敗、三十点減点。』
 懐で時計が鳴り響く。
「クソーッ!また、減点だーっ!」
 涙目になりながら、カボチャ頭はほうほうの体で長髪少年から逃れた。幸いこの少年はど近眼だったようで、視界から消えれば、目では追って来れない。
 一目散に駆けだして、電柱の傍で、土塀に手をつけながら、ハアハアとカボチャ頭は息を吐きだした。
「たく…。また、失敗したぜ。まさか、長髪の男がいようとは…。今度は顔も確かめないと、ダメだな。」


 と、今度は、前から、わっせわっせと走って来る人影を見つけた。

 カボチャ頭は、そのまま土塀の上へと浮かび上がり、じっと、近づいてくる人影を確認した。
「お…誰か来る。今度は誰だ?」

 と目を凝らす。そのくり抜かれた瞳に映ったのは、中年男性二人連れ。
 一人は長髪の作務衣、一人は手ぬぐい頭の白い道着。ガタイのよさから見て、武道家に見える。
 えっほえっほと二人、一緒に走って来る。その後ろ側には、夕陽が真っ赤に浮かび上がる。
「何か、修業でもしてるのかな…。それに、確か、武道家を驚かせると、配点が高かったよな…。ってことは、今までの失敗を、取り戻せるかもしれないな…。」
 暫く、考え込んでいたカボチャ頭だが、何かを決意したように、身構えた。
「よっしゃ、あの二人は、背後から驚かしてやろうかな。真正面から行って、蹴りなんか食らったら洒落になんねーしな。」
 カボチャ頭は、やおら、浮かび上がると、二人の背後へと立ちまわった。

「早乙女君、遅れ気味じゃないかい?」
「天道君こそ、最近、さぼってたから、息上がってんじゃないの?」
 中年オヤジーずは、荒い息を漏らしながら走っている。このところ、修業をさぼっていたせいで、二人とも、すぐ息が上がってしまったようだ。
 そんな二人の背後から忍び寄る、怪しい、カボチャ頭。

「トリック・オア・トリート?」
 カボチャ頭は、背後から、ばああっと二人に声をかけた。しかも、身体は浮いている。明らか、人間ではない。

 ちらっと横目でカボチャ頭を見つめると、作務衣の親父が言った
「早乙女君、ちと、頑張りすりたかなあ…幻が見えるよ。」
「幻ってどんな幻?もしかして、カボチャ頭の幻かい?天道君。」
 道着の親父が答える。
「ああ、そうだよ。カボチャ頭が並走して走ってるように見えるのだが…。」
「わっはっは、カボチャ頭が町内を走っていたところで、うちの町内なら、珍しくもないじゃろう?天道君。」
「そうかい?」
「そうだよ。だって、パンダだって走ってるんだよ。」
 そう言うと、道着親父は、道端に置いてあった防火用バケツへと手を延ばし、そいつを頭からザンブとかぶって見せた。と、みるみる、道着親父はジャイアントパンダへと変身を遂げる。
「パッフォーッ!」
 どや顔で、パンダは作務衣親父を顧みる。

「うわっ!何や、こいつっ!」
 急に目の前に現れた、野生のパンダに、驚かそうとしていたカボチャ野郎の方が驚いて、ビクンとした。
 その動きに反応したようで、また、懐で懐中時計が鳴った。

『ピコン、ピコン、襲撃失敗、六十点減点。二人分減点。』

「う…また、減点だとーっ?」
 カボチャ頭は、頭を抱えながら、がっくりとうなだれる。

「どうしましたかな?カボチャの御仁?」
「パフォ?」
 急にうなだれたカボチャ頭を気遣うように、作務衣親父とパンダ親父が、後ろから覗きこむ。
「ほっといてくれ。」
 涙目になりながら、カボチャ頭がポツンと囁く。
 と、作務衣親父は、カボチャ頭の肩をトントンと叩きながら言った。
「人生、いろいろあります。悪いことがあれば、良いこともきっと…、ねえ、早乙女君?」
「パフォ、パフォ。」
 揺れるパンダ頭。
「ここは、笑って、人生を豊かにしてくだされ、カボチャの御仁。わっはっはっは。」
 腰に手を当てて、パンダ親父と作務衣親父が笑いだす。
「そやな…。そのとおりや。笑ってんとツキが逃げるな…。」
 カボチャ頭も納得したのか、一緒に笑い出す。

「わっはっは、わっはっは!」
 カボチャ頭と、作務衣の長髪と、パンダ頭が、道中で、カラカラと笑い声を挙げている光景は、嫌でも人目につく。ひそひそと囁きながら、関わりになるまいと、都会人たちが知らん顔で通り過ぎていくのも、仕方がないことかもしれない。
 もっとも、パンダの出現は、日常風景の一部と化している、天道道場周辺の住民には、別に、珍しくも無いことではあった。が、往来のど真ん中で、パンダとカボチャ頭マントと中年オヤジ三人が、高らかに笑っているザマは、滑稽を通り越して、異様だった。


 散々笑った後、作務衣親父とパンダ親父は、じゃっ、と片手をあげて、そこから立ち去って行った。

 

 ★  ★  ★  ★  ★

「何か、釈然としないが…。ま、良いか…。」
 中年オヤジずと分かれたカボチャ頭は、気を取り直すと、次なる獲物を求めて、彷徨い始めた。
 そろそろ日没が近い。
 夕陽の照り返しで、川沿いの道は、辺りが赤く染まり始めていた。

「ターゲットにするなら、やっぱりおとなしそうな娘っ子だな…。」
 カボチャ頭は、再び、獲物を漁り始めた。
「どっかに、一人歩きの、おとなしそうな娘っ子は、いねーかな?」
 ぶつぶつ呟きながら、柳の木のたもとへと身を隠して、物色を始める。

 と、一人の女性の姿が目に入った。
 買い物籠を下げ、こちらの方向へと歩いてくるではないか。
 カボチャ頭はじっと目を凝らして、女性の顔を見つめた。
 栗色の髪を白いシュシュで束ねている。のほほんとした雰囲気からは、凶暴性の欠片も感じられなかったし、何より、美人だった。

「しめしめ、やっぱり、驚かすのは、おとなしそうなおねーさんに限るよな。高得点狙うぜ!」
 にんまりと笑ったカボチャ頭は、ゆっくりと電柱の陰から出て、女性へと近づいて行く。
 今度こそ。
 強い決意と期待に、胸をときめかせ、わくわくしながら、カボチャ頭は、女性の前へと躍り出た、と、その瞬間だった。

 ドカッ!

 目から火が出るのではないかというほど、誰かに背後から、思い切り蹴りを食らわされた。

 バタッ!

 その反動で、前のめりに、頭から、地面へ激突した。蛙の轢死体の如く、這いつくばる。

「あ、悪い、悪い!そんなところに、人が居るなんて、思わなかったもんだから。」
 と少年の声が響いた。
「こらー貴様、何すんねんーっ!」
 土埃をつけたカボチャ頭が火を噴くように身を起こした。
「だからあ、謝ってんじゃねーか。」
 赤いチャイナ服を着たおさげの少年が正面でふんぞり返っている。
「それが、人に謝る態度かあ?おのれは、どんな、教育、受けとんねんっ!親連れて来い!」

 その怒声の後ろから、さっき別れたパンダがにゅうっ顔を出す。
『私が、こいつの父親ですが…。』
 そう手書きの看板を、カボチャ頭へと差し出した。
「どあほーっ!どこの世界に、パンダが父親っていう人間がおるんじゃっー!」
 カボチャ頭はますます、紅潮しながら、叫び倒す。と、その頭上から、カボチャ頭目掛けて、飛んできた、新体操用のボール、クラブ、リング。

 バン、ボン、キン。

 次々と容赦なく、カボチャ頭の顔面を直撃、命中していく。
 そして、留めは、リボン。ひゅるひゅると飛んできて、カボチャ頭の身体に巻き付いた。

 ドテッ。

 手足の自由が奪われ、哀れ、みの虫のように、カボチャ頭は、再び地面へと投げ出された。

「ほーっほっほっほっほ。乱馬様。今日こそ逃しませんわよっ!」
 甲高い声と共に、新体操着を着たポニーテールの少女が颯爽と現れた。

「げっ!小太刀…。」
 おさげ少年は逃げ腰になる。

「どあほーっ!この状況をほっといて、おのれだけ逃げるんかーっ!」
 リボンに巻き付いて、ジタバタしながら、カボチャ頭が、怒鳴り散らす。

「悪いっ!小太刀だけは苦手なんだ!後で助けてやっから!」

「待ていっ!後でって、いつ助けてくれるねんっ!」
 リボンに巻き突いたまま、地面でバタバタするカボチャ頭を無視して、おさげ少年は駆けだそうとした。
 と、彼の側面から、今度は、ママチャリが飛び込んでくる。

「ニーハオ!乱馬。デートするある。」
 チャイナ服の少女が、チリンチリンと鈴を鳴らしながら、自転車で乗り入れて来る。その前輪が、リボンに絡まったカボチャ頭の胴体へと乗り上げた。
 
「グエーッ!」
 前輪の轍(わだち)が、カボチャ頭のマントへとくっきり浮き上がる。

「待ちやー、乱ちゃんとデートするんは、ウチやーっ!」
 キラリと天空が光った。シュシュシュと音がして、何かが飛来し、チャイナ少女へと襲いかかる。
「何するあるっ!」
 もちろん、チャイナ少女は、その攻撃を身軽にかわした。
 が、地面にリボンが絡まって倒れているカボチャ頭は動けないから、悲惨だった。

 ズバッ、ズバッ、ズバッ、ドスッ!

 シルバー色の飛来物は、お好み焼きのコテ。カボチャ頭の肢体へと容赦無く命中し、最後の一本がカボチャ頭の脳天へと突き刺さった。

 新体操着、チャイナ服、コテ投げ少女。三人の少女に囲まれて、少年は逃げるに逃げられない状態。カボチャ頭が倒れこんでいる傍で、右往左往していた。
 その周囲で、三人娘は、それぞれの武器を持って、睨みあう。新体操の小物、双錘、巨大ゴテ。
「今日こそ、決着をおつけいたしましょう!」
「良いね!」
「望むところや!」
 それぞれ、物凄い形相で、闘志満々と向かい合う。

「行きますわよっ!」
 新体操着の娘の掛け声よろしく、三つの影が、激しくぶつかり合った。
 
 その足元には、カボチャ頭が、リボンに絡まったまま倒れていた。
 当然のことながら、彼女たちの繰り出す攻撃に、無惨にも翻弄されていく。
 やられるたびに、彼の懐から、ピコンピコンと機械音が、途切れることなく鳴り響いた。

 傍にいたおさげ少年は、少女たちがいさかいを始めたのを良いことに、その隙を狙って、そおっと、その場を退散しようと、後ずさり始める。
 その様子を、脇目で捕えたカボチャ男が、少年へと声を出した。

「こら!そこのおさげ男!逃げるんか?ええ?このまま逃げるんか?あの娘っ子らと、ワシをほっらたかしにして、逃げるんか?こら、兄ちゃん!」
 へろっていたカボチャ頭は、むっくりと起き上がった。巻き突いていたリボンは、少女たちの攻撃で、いつの間にか、切り刻まれて、手足が自由に動くようになっていた。
「逃げたら悪いのかよ。」
 おさげ少年は、ボソッとそんな言葉を吐きだした。その言葉が、カボチャ頭の怒りに火をつけた。
「吾輩を散々な目にあわせておいて、詫びもなしで、逃げるのか?おのれはあっ!
 おのれのせいで、あほほど、減点くろうてしもうたやんけーっ!
 見てみいっ!百点こっきりになってもたやんけーっ!
 どないしてくれるんやーっ?」

 怒りで、涙目になっている。

「そんなこと、言われてもよー…。」
 おさげの少年は、カボチャ頭が、何故、興奮しているのか、意味がわからない。減点と言われても、何が減点されているのか、理解出来なかった。
「おまえのせいで、ワシ、優等生から、一気に劣等生になってもうとるやんけっ!
 どう落とし前つけてくれるんや?」
 ハアハアと、カボチャ頭は興奮している。今にもおさげの少年に襲いかからんばかりの勢いだ。

「あのー…。」
 カボチャ頭、少年の両者の脇から、おっとりとした女性が声をかけた。カボチャ頭が最初に驚かそうとした、白いシュシュの女性だった。
「何や?」
 と、女性に対して凄んだカボチャ頭だったが、女性は、怖がりもせず、にっこりと微笑みながら、何かピンクの封筒をカボチャ頭の前に差し出した。そして、まったりと話しだす。

「うちの乱馬君が御迷惑をかけちゃったみたいなので…これを。」
 とカボチャ頭へと差し出した。
「何や?これ…。」
 唐突に渡された封筒を前に、カボチャ頭は困惑下に女性を見返した。
「仮装パーティーのご招待状です。明日の夕方、我が家で、ハロウィンの仮装パーティーをしますから、是非いらしてくださいな。
 カボチャ頭の仮装…お似合いですわ。ハロウィンは明日だから、是非、そのままで、いらしてくださいな。」
 と、ニコニコ笑いながら、カボチャ頭をパーティーへと誘った。

「お、おい、かすみさん。こんな訳のわかんねーやつ、招いちゃって大丈夫なのかよ?」
 おさげ少年が横から、口を挟んだ。

「だって、このままじゃ、お気の毒すぎるわ。それに、仮装パーティーは、一人でも多い方が、楽しいじゃない。ね?」
 と女性は微笑んだ。

「よっしゃあっ…御招待を素直に受けて、パーティーとやらに行くわ。」
 とカボチャ頭は、封筒を受け取る。と、懐の懐中時計がピコンと鳴った。

『パーティー券ゲット。チャンス到来につき、二十点加算。』
 
 その声に、カボチャ頭の顔が、ぱああっと明るくなった。
「ううう…待望の加点や…。そうか、仮装パーティーなら、高得点ゲットのチャンスが生まれる…。渡りに船だな。運気が上がってきたわ。
 姉ちゃん、ありがとう…。あんたは、幸運の女神様や!」
 カボチャ頭は、シュシュの女性の手を握った。と、その時だった。
 
 ピン!

 と、カボチャ頭の頭脳に、良い考えが浮かび上がった。

「そや、そこの兄ちゃん、兄ちゃんも仮装パーティーに参加するのか?」
 とにんまり笑いながら、おさげ少年へと声をかけた。
「ああ…。一応、天道家の居候だしよ…。」
 と少年は頷いた。
 それを聞くなり、にやーっとカボチャ頭は笑った。

「ちょうどええ。ちんたらやっとったら、高得点ゲットは難しいからな…。」
 そう言いながら、ビシッと少年へ向けて、人差指をさした。
「少年、おまえの一番大事な女子を、明晩のパーティーで、吾輩が奪ったる!」

「はあ?」
 少年は、カボチャ頭をまざまざと見つめ返した。
 何言ってんだ?こいつ? 的な顔を、カボチャ頭へと手向けた。

「吾輩は、かのカボチャ大魔王ジャックの孫の孫の孫の…えっと、数えて三十六代目。
 そう、次代のカボチャ大魔王候補のジャック三十六世様だ。
 少年。貴様、見るからに、女ったらし。数多の女を手玉に取る、不埒な野郎と見受けた。それに、数々の吾輩に対する非礼。
 ここで、勝負だ!
 貴様が一番大事にしている女を、吾輩が奪い取ったる!唇奪って、心奪って、最後に吾輩の嫁にしたる!
 明晩のパーティー。楽しみに待っとけ!
 ケケケケケ…明日の吾輩の魔力は、今日の比にならんで。明日陽が落ちれば、闇の魔力が一年で最大に強まるハロウィンだからな。
 ケケケケケ、カカカカカ、ギャハハハハ。」
 笑いながら、カボチャ頭は、ボロボロになったマントを、くるりと翻した。

 すると、跡形も無く、姿が煙と共に消え去った。

「な…何だ?あいつ…。変質者か?」
 カボチャ頭が忽然と消えてもなお、おさげ年は憶ともせず、首を傾げている。

「乱ちゃん。」
「乱馬っ!」
「乱馬様!」
 一部始終を見ていた三人娘が、さっと、彼の傍へと近寄って来た。

「乱ちゃんが一番大事にしている女子っていうのはウチやろう?守ってくれるやんな?」
「何言うか!乱馬、守るはこの私あるね。」
「乱馬様、いの一番にわたくしを守ってくださいますわよね。」
「いや、ウチや!」
「私ある!」
「わたくしですわっ!」
 また、三人娘の雲行きが怪しくなり、互いをけん制し合う。

「たく、襲われるのが嫌だったら、明日のパーティーに来なきゃ、問題ねーだろーが。」
 少年は吐き出した。

「いや、明日襲われるのが誰かで、誰が乱ちゃんにとって、一番良い女子なんか、勝負するわ!」
「そうあるね。パーティー、参加するある。」
「わたくしも行きますわよ。ほーっほっほっほ。」

「まあ、嬉しい。これから、皆さんにも招待状を持って行こうと思っていたのよ。」
 話をどう聞いていたのか、シュシュの娘が招待状を三人娘へと手渡した。
「ちょっと…かすみさん?」
「パーティーは一人でも多い方が、賑やかで良いでしょ?ね?乱馬君。」

「よっしゃあ!一世一代の仮装して、乱ちゃんのハートはうちが貰う。」
「私、精一杯、おめかしするある。」
「ほほほほほ、わたくしにかなう女性など、居ませんわ。」
 ボボボと燃え上がる、少女たちの女心の闘志。

「こうしてはいられないわね。明日はたくさん、御馳走を作らなきゃ。乱馬君、お買い物、つきあってね。荷物をたくさん持って帰らなきゃね。」
「は…はい。かすみさん。」
「じゃ、皆さん、明日の晩を楽しみにしていますからね。」
 シュシュの娘は軽く会釈すると、少年を伴って、商店街の方へと、歩き出した。



 その遥か上空では、カボチャ頭が、高笑いをしながら飛んでいた。

「ふふふ、あのむかつく少年の女をゲットして、種床にしてやるんだ。それがかなえば、再び、高得点が吾輩の物。無事に、卒業できるってもんだ。
 げへへへへ、明晩は、種床ゲットして、あーんなことやこーんなこと…夢のランデブーさあ、るんるんるん。」



 明日は、ハロウィン。
 魔の力が強まる、特別な夜。
 パーティーは波乱必至。

 



つづく


 

 復帰第一号作品…作文時間、三日。
   

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