ここは小惑星群の中にある小さな星屑。
ダークエンジェルの二人のハロウィンをのぞいて見ましょう。





幸せのパンプキンパイ
ダークエンジェルの二人の場合
   




 「Trick or treat!」


 カボチャがにたにたと笑いながら問いかける。
 あれはハロウィンのカボチャランタン?それともカボチャの悪魔?
 まあ似たようなものだが…。


 「Trick or treat!」


 またカボチャが問いかける。


 どうしよう…。
 決まらぬままに時が過ぎる。















 ガタン、ゴトン。


 どこからともなく音がする。


「えいっ!やーっ!!たああっ!!」


 それと呼応するように娘の声も響いてくる。




「おいっ!さっきから何やってんだよーっ!!」
 矢も盾たまらず、乱馬がにょっと顔を出した。


 ここは小惑星群の中にある、とある宇宙基地。その居住区にある台所だ。
 流し台の上で、あかねが何かと格闘している模様。
 それもどうやら、場所が場所だけに食材らしい。


「話しかけないでっ!気が散っちゃうっ!!」


 ごねごねしているあかねが言った。


 乱馬は好奇心の目でじっとそれを見守っている。どうやら、お菓子でも作ろうとしているらしい。


「何珍しいことやってんだよ…、流星の雨が降るぜ。そんなことしてたらよう…。」
「うるっさいっ!!」


 その背後で、あかねの姉のかすみが、おいでおいでと手をこまねいているのが見えた。


「乱馬君…。ちゃんと味のあるものが食べたかったら、あかねちゃんを刺激しないでね。」
 唐突、かすみが言った。
「あん?」
 かすみはどうやら事情を知っているらしく、もそもそっと耳元で囁いてくれた。
「今日はね…。ハロウィンだからって、あかねちゃんがパンプキンパイを焼いてくれるんですて…。」
 それだけで事情が鵜呑みに出来た。
「げえ…。あいつ、また差し出がましい真似を…。」


 あかねの料理は天下一品、いや宇宙一不味いかもしれない。
 乱馬はそれを知っていた。
 あかねがまた変なものを作っているとなると…第一の犠牲者は自分。それも良くわかっていた。
 できれば係わり合いにはなりたくない、それがあかねの料理だ。


「乱馬君…。わかってると思うけれど…。」
 かすみさんがにんまりと笑った。普段大人しいだけに、何故かかすみさんには逆らえないオーラがある。
「逃げちゃ駄目よ…。」
 にいいっとなびきも顔を出した。
「乱馬君…。悪いが、一手に引き受けてくれたまえっ!!」
 ポンポンと肩を叩く早雲。
「隊長自らがああ言いなさってる。後で胃腸薬を処方しとくから…。」
 東風までもが目を細めた。
 がんじがらめと周りを囲まれて、乱馬は逃げたくても逃げられなくなった。


 チンっとレンジが上がる音。


「さあ、出来たかなあ…。」


 取り出されたのは、何とも異様な匂いの物体。


「あら…。皆、待っててくれたの?」
 あかねがにっこりと微笑んだ。


「あ、いや…。乱馬君がね、是非あかねのその特大餃子を食べたいと…。」
 早雲が言った。
「やーね、お父さん。これはパンプキンパイよ。特製のハロウィンパンプキンパイ!」
 あかねがにっこりと笑った。


「あれのどこがパンプキンパイなのかしらね…。」
「しっ!なびきちゃん、あかねちゃんを刺激しないで。後は乱馬君に任せましょう。」


「後はよろしく、乱馬君。」


 ずいっと背中を押されてあかねの前に押し出された乱馬。


「ははは…。緊急指令が入ったようだ。あとはよろしく、乱馬君。」
「ぼ、僕も、メディカル機械の整備しておかなきゃ。」
 そそくさと早雲と東風がまず抜ける。


「あたしも資料整理っと…。」
「洗濯物、たたんでおかなきゃ…。」
 なびきとかすみもとっとと退散。


「こらっ!てめえらっ!待ていっ!俺一人に…。」

 そう言い掛けてくいっと肩をつかまれた。いつもなら嬉しいシチュエーションも、今ばかりは嬉しくない。
「乱馬…味見してね。」
 と天使の微笑み。いや、悪魔かも。


 恐る恐る伸びる手。手先は震えてまともに握れないナイフとフォーク。


「あたしたち、パートナーよね…。一心同体よね…。」
 今日ばかりは脅しに取れるその文句。
「わかったよ!食うよ!!」
 意を決すると、乱馬はがっと、あかねがパンプキンパイと主張してやまない「物体」を口へと運び入れた。


「うっ!」


「ねえ、美味しい?」
 目の前の天使の微笑み。いや、やっぱり悪魔かも。


(そのキラキラ輝く瞳にうるうる見詰められては、後へは引けない!早乙女乱馬は男だろーっ!!)


 訳のわからない心の声に叱咤激励されながら、何とも度し難い味の物体を次々と口中へ放り込む。


 だが、結局、乱馬の身体がその異様な物体を拒否するのに、そうは時間はかからなかった。
 異様な味のパンプキンパイのせいで、乱馬の心はトリップしはじめる。
 そして、遂に、歯車はぶっ飛んだ。













 「Trick or treat!」


 カボチャがにたにたと笑いながら問いかける。


 「Trick or treat!」


 またカボチャが問いかける。


「もう、食い物は要らねー!特に、お菓子やカボチャは見たくねー!」
 思いっきり心で叫んでいた。
「まだ悪戯の方がましだーっ!!」








「乱馬っ!」
 はっと浮き上がる意識。
 背中はぐっしょり脂汗。
 見覚えのある空間。己の居住区だった。


「…俺…。確か、あかねのカボチャパイで…。」


 そう言えば胃の辺りがやたら重たい。あんまり気分も優れない。


「ホント、だらしないんだから。」
 傍らで響くあかねの声。
「何だよう…なら、もっと美味い物作れよぅ…。あんな不味いカボチャパイだなんて…。」
 そう言って顔を上げてぎょっとした。


「何ですってえーっ!!」


「わたっ!カ、カボチャーっ!!」


 あかねと思っていた人影の上に乗っかっていたでっかいカボチャ頭。くるりと振り向いて乱馬を睨んだ。


「うーん…。」


 そのまま、再びホワイトアウト。








「もう!だらしないんだから…。」
 すぽっとかぶっていたカボチャ頭の被り物を脱ぎながらあかねが笑った。
 これはあかねの悪戯だった。いつもいつも、彼にはやられっぱなし。せっかく作ったパンプキンパイを食べてる途中で意識を失った彼に、ちょっと懲らしめのつもりで驚かせようと、かぶってみたのだった。
「カボチャ頭くらいで…。いつも、修羅場を潜り抜けてる、エリートエージェントが情けないわっ!でも…。」


 本当に、気を失ってしまったのかと、上から覗き込む。


 と、ぐいっと伸びてきた腕。
「きゃっ!!」
 そのまんまベッドに倒れこむ。手足はジタバタ。


「たく…。人をおちょくってくれてよう…。この小悪魔っ!!」
 精悍な目がこちらをすっと見つめていた。


「だ、騙したのねっ!!」
「けっ!俺を陥れようなんざ、数年早いんだよーっ!」
「は、放してよっ!」
「だーめっ!不味いパンプキンパイとカボチャ頭の仕返し…。朝まで放してやんねーっ!!」












「Trick or treat!」


 カボチャがまた、にたにたと笑いながら問いかける。


「悪戯よりお菓子…。いいや甘い物。甘い物より・・・やっぱりあかね!」







 かくして哀れ小悪魔は大魔王の手に堕ちた。
 重なる彼らの傍らには、転がったカボチャ頭の被り物がにんまりと笑っていた。











この作品の二人ならこういう展開もありそうな・・・。これも三十分くらいでたったか書気殴る。
私が描く、乱馬とあかねの中では一番、いちゃつきたがる二人。


いや、正しくは、乱馬がいちゃつきたがるだけで、あかねちゃんはそうではないのかも。


2003年秋作品
   

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