天高く、馬肥ゆる秋。収穫の秋だ。
ここ、天道家でも、かすみが縁側や庭先に蒲団を広げ、天日干しをしている。そろそろ厚いセーターや炬燵(こたつ)なども欲しくなる季節。衣替えも順に行わねばならず、案外主婦には忙しいシーズンでもある。
そんな、うららかな秋の休日に、「それ」は持ち込まれた。
それは、古びた正方形の箱だった。
バースデーやクリスマスのケーキが入るくらいの二十センチ四方くらいの大きさの木の箱。黒光りしていて、それなりの古さを感じさせる。しかも、その蓋にはこれみよがしに、何か封印の札のようなものが貼り付けてあった。
何か曰くつきの箱であることは、一目瞭然。
その場に居合わせた天道家の住人達、主の天道早雲、かすみ、なびき、あかねの天道三姉妹、それから居候の早乙女玄馬、乱馬父子が雁首並べて、じっと、その箱と持ち込み主に、視線を集中させていた。
「これは…?」
座卓の上に差し出された箱を見据えながら、早雲が客人へと視線を流した。
南瓜(みなみうり)と名乗った客人は、早雲と同じ年頃の黒いスーツの紳士であった。
スーツはちゃんとベストまで着用し、黒い蝶ネクタイ、それからお約束のように生やした鼻ヒゲ。早雲のものより長く、唇の横で上に跳ね上がっている。黒い丸い眼鏡まで着用している。
ただ、この紳士、山高帽を深くかぶり、家の中に招かれても、取ろうとはしなかった。
「これは、我が南瓜(みなみうり)家に伝わるもので、バテレンの妖(あやかし)を封じ込めたものです。」
そう切り出した。
「バテレンの妖(あやかし)ですと?何故、そのような箱が貴殿の家に伝わっているのです?」
当然抱く疑問を早雲は南瓜氏へと問い返した。
「我が家はいわゆる隠れキリシタンでして…江戸期よりずっと信仰してまいったのですが…何でも、バテレンから船に揺られて舞い込んで来たそうです。我が御先祖様がこの箱へと封印なさったとのことなのですが…。」
そう言ったところで、ガサガサガサ…っと箱から音が響き始めた。何か、生き物が中に居る…そんな不気味な音だった。
その場に居た者は、皆、その音に驚いて、じっと固唾を飲んで箱を見守る。
「数日前から、時折こうやって中から音がするようになりまして…。」
「ほう…確かに、何かが中で蠢いているような音ですな。」
玄馬が箱を眺めながら頷いた。
「当家に伝わる、家伝などをヒモ解いて調べたところ、この中には語るもおぞましい妖を封印してあると…。」
そう言いながら、南瓜氏は古い冊子をすっと早雲の前に差し出した。そして、おもむろに、頁をめくる。と、墨で書かれた化け物の絵が、そこに現われた。
吊り上った目が二つ、それからニッと笑ったような大口、顔は醜くヒビ割れている頭だけの化け物の絵が描かれてあった。
「あら、ホント。確かに化け物っぽい絵だわ。」
なびきが後ろから覗きこみながら、頷いた。
「ほんとだ…。邪悪そうな化け物ね。」
あかねも相槌(あいづち)を打つ。
「まあ、怖い…。」
本当に怖がっているかは不明だが、かすみがおっとりと声をかけた。
「何でも、邪悪王ランタンとかいう化け物だそうです。」
南瓜氏はそう答えた。
「ランタン…と名前がつくだけあって、頭一つの妖怪だね。身体は無いんだ。」
早雲がボソッと評した。
確かに、絵には胴体が見当たらない。
「何か…胡散臭い名前だな…。」
乱馬がそれに答えた。
「あんまり強そうな名前じゃないわね。」
乱馬とあかねが感じたままを口にした。
「いや、名前だけで判断しちゃいけないよ…。可愛らしい名前でも、凶悪な化け物は数多(あまた)居よう…。」
玄馬は二人をたしなめるように言った。
「で?何故、天道家にこれを持ちこまれたのでありますかな?」
早雲が尋ねると、南瓜氏は頭を下げながら言った。
「この箱の封印を張り直すに当たって、是非、ご協力願いたく、こうやって、足を運んで参りました。」
「協力…ですか?」
「ええ…。以前、私の古い友人が、この道場に化け物退治を依頼したことがあったそうで。」
「友人?」
早雲がきびすを返した。
「ええ…。友人はさる神社の神主をしていまして…何でも邪悪の鬼を退治して貰ったとか。」
『邪悪の鬼!』
天道家一同の声が一斉に重なり合った。
邪悪の鬼とは、らりほーと啼きながらへろへろと飛びまわり、人へと乗り移って悪さし放題、暴れ回った迷惑な鬼である。
「何か…あの時と同じパターンになるんじゃ…。」
「いつぞやみてーに、箱から抜け出して、誰かに憑依するとかか?」
「かもしれないわよ…。それに、あれって…結局、封印できなかったんじゃあ…。」
「確か、封印した翌日、升の底が抜けて外に出て行ったよな…。」
「あれからどうなったのかしら…。」
「さあ…。」
あかねと乱馬が後ろ側でひそひそと話し出した。
それを、ううんと早雲が一蹴して、南瓜氏へと向き直って、言葉を継いだ。
「あいや、折角、当道場を頼っていらっしゃったんだ。化け物退治は武道家の勤め。快く、協力させていただきますよ。あはははは。それで、具体的に我々は何をすれば…。」
「私が新しい封印を施すまで、箱の見張りをしていただきたいのです。一応、こういうこともあろうかと、この冊子には妖怪の封印の方も書き連ねてありまして…それを、試みようと思うのですが、何ぶん、一人ではいろいろと不安なところもありまして…。」
南瓜氏は早雲へと語りかけた。
「そうでしょうなあ。何、我々に任せてくだされ。大船に乗った気で。で?そのお札とは?」
「これです。」
差し出されたお札には、何かのシンボルマークのような図形が赤く描かれていた。一見リンゴの形にも見える。
「わかりました。では、早速…。封印を解きます…。皆さん、準備はよろしいですね?」
依頼主は、箱へと手を伸ばし、そっと箱に貼られた古いお札を剥がしにかかった。
早雲と玄馬が、両脇から箱の蓋を抑えにかかる。
その様子を見ながら、こそこそと乱馬とあかねが後ろ側で囁き合っていた。
「丸すっぽ、邪悪の鬼の時と同じじゃねーか?」
「そうね…同じ展開を辿ってるわね…。」
「お札を貼り変えようとした時、確か八宝斎のじじいが割り込んで来て…あろうことかお札で鼻をかみやがったんだ…。」
「で、化け物が飛び出してしまって…。」
「騒動になったんだよな…。」
そう、語り終らぬうちに、ガラガラっと窓が開く音がして、おもむろに、八宝斎の爺さんが、庭先から現れた。
「ええいっ!風邪をひいちまったかもしれんっ!鼻が出るわいー!」
そう言いながら、チーンと机の上に置かれたお札で、鼻を思い切りかんだ。
「ああ、すっきりした…。」
鼻をかみ終わると、ぐしゃっとお札を丸めて、いずこかへと走り去る。疾風の大迷惑じじいであった。
「ああーっ!何てことをっ!お札がっ!」
依頼主の南瓜氏の怒号と共に、新しいお札は、哀れ、八宝斎の鼻水まみれになって畳へと転がる。
と、早雲と玄馬の二人がかりで抑え込んでいた蓋から、もわもわと徐に黒い煙が漏れて来た。その煙は、あっという間に、天道家の茶の間へと浸透する。
「な…何だ?この煙は…。」
ケホケホと一同は、その煙にあてられて、咳をし始める。
「ふふふふふ…。」
煙と共に、不気味な笑い声が箱の中から響き渡って来た。
「ふふふふ…ふわっはっはっは…。」
煙の充満共に、だんだんに声が大きくなり始める。
「吾輩を箱に封印せし、愚かな人間どもに復讐を…。」
オドロオドロしい声がはっきりと聞こえる。
「不味いっ!化け物か?」
乱馬は身構える。だが、あまりの煙たさに集中できない。
あかねも早雲も玄馬も、ケホケホ、ゴホゴホと咳こみが激しく、同じく、すぐに反応出来なかった。
ボンッ。
と音をたてて箱の蓋が吹っ飛んだ。
「これで吾輩は自由だあーっ!ふわっはっはっはっはー!」
声と共に、閃光が辺りに弾け飛んだ。
「しまった、邪悪王ランタンが復活してしまったっ!」
頭を抱え込む南瓜氏。
「何のっ!退治すりゃ、良いんだろーがっ!」
乱馬はそう叫んで、煙の方へと向き直った。
そして、はっしと眼光鋭く見開かれたその瞳に、化け物の姿が飛び込んで来た。
「へ?」
乱馬は拳を握ったまま、キョトンとそいつを見上げた。
「か…カボチャ?」
そう呟いていた。
「何?化け物ってあいつのことなの?」
あかねも乱馬の後ろから、覗きこみながら、毒気を抜かれたような顔をした。
まさに、人間の頭くらいの大きさの橙色のカボチャが。プカプカと浮き上がっていたのだ。
しかも、ご丁寧に顔がくりぬかれてある。
邪悪王ランタン…いや、どこから見ても、ハロウィンで良く見かける「カボチャランタン」である。
「まあ、これが邪悪王ランタンさん?」
かすみがのほほんと見上げた。
「これって…邪悪王ランタンじゃなくって…まんま、ジャックオーランタンじゃないの…。」
なびきが吐き出す。
「ジャックオーランタン…ジャクオオランタン…邪悪王ランタン…単なるごろ合わせか?」
玄馬が唸る。
邪悪さの微塵の欠片も無いカボチャランタン。いや、邪悪というよりは、愛嬌がある感じだ。
誰も驚かないし、むしろ、小馬鹿にしたような瞳を傾けるものだから、そいつは、ムッとした表情を浮かべて、吐き出した。
「貴様らーっ!怖がれっ!怖がらんかーっ!」
虚空で唾を吐き出しながら叫び回った。顔を真っ赤に点灯させながら、凄んでいる。
「怖がれって言われてもなあ…。」
ボリボリと乱馬は頭を掻きだした。
容姿はカボチャランタンである。昨今では日本でもハロウィンは定着してきている。ハロウィンといえば、カボチャランタンのイラストがそこら中に溢れている。見慣れた容姿だ。
怖がれと命じられても、苦笑いしか浮かばない。
声だけは化け物バリの低いものであったが、容姿がいけない。邪悪というよりもむしろ、滑稽だった。
「わっ…吾輩を馬鹿にしとるのかあっ?」
カボチャランタンは大きな口を真横に開いて、唾を飛ばした。
「南瓜さん…。本当に、こいつが邪悪王なのですかな?」
早雲に至っては、依頼主へと確認する始末だ。
「ええ…家伝に伝わるところでは…。ほら、この絵にも似ているでしょう?」
そう言いながら開く古い冊子。そこに描かれた墨絵も、良く見れば、カボチャランタン然として見えてくるから不思議だ。
「この絵…何か、お化け提灯にも見えるな…。」
乱馬が覗きこんだ。日本妖怪の中でも、有名なお化け提灯だ。
「まあ、ジャックオーランタンも強いて言えば、洋風提灯な訳だから…お化け提灯に似ていても何ら不思議じゃないけどね…。」
と横からあかねが茶々を入れる。
「封印のお札は、じじいが粉々に粉砕しちまったけど…。こいつなら、一発で沈められそうだな。」
パキパキと指を鳴らしながら、乱馬はジャックオーランタンを見上げた。
「フンッ!笑止っ!貴様らに吾輩が倒せるとでも思っているのか?」
「思ってらっ!」
乱馬は一気に拳を振り上げて、ジャックオーランタン目掛けて襲いかかる。
「バーカッ!おまえなんかに捕まってたまるかよっ!」
憎々しげに言い放つと、ふっと乱馬の目の前から消えた。
「え?」
乱馬の拳は空振りに終わった。確かに捕えたと思ったのに、瞬時に姿を消したのだ。
そして、真逆の方向に、にゅっと姿を現した。
「どこ狙ってるんだ?」
不気味ににたあっと笑いを浮かべながら、浮いている。
「こなくそっ!今度こそっ!」
再び乱馬はジャック―オーランタンへと飛びかかったが、そいつも空振りに終わった。
「なかなかすばしっこい奴だな。」
玄馬が捕えられずに苦労する息子を見やりながら、ぽつんと吐き出した。
乱馬が襲いかかると、スッと消え、違う場所からにょっと現れる。そんなことを何度か繰り返した。
本気になればなるほど、からかうようにジャックオーランタンは逃げ惑う。
「クソッ!ちょこまかちょこまか逃げ回りやがって…。」
ハアハアと息が上がり始めた乱馬は、憎々しげにジャックオーランタンを睨みあげる。
「弱っちい奴ほど、逃げ足が速いようだしねえ…。」
うんうんと早雲が傍で頷く。
「誰が弱っちいだと?」
カボチャランタンがはっしと早雲を睨んだ。
「だってそうじゃないかね?さっきから逃げることしかしとらんだろうが…。君は…。」
煽るように早雲はカボチャへと言い含める。
「どいつも、こいつも、吾輩を愚弄しやがって。いいだろうっ!吾輩も本気を出してやろう。」
と叫んだ。
「ああ、本気になってみやがれっ!」
「貴様らっ!後で吠えずらかくなよっ!喰らえー、カボチャ魔術っ!」
ジャックはグルグルグルと回転し始めると、何やら妖しい光がその開いた口元から飛び散った。
ボロロロロローンッ!
ハープの音色のような可愛らしい音と共に、弾け飛ぶカボチャ魔法。
バンバンボンッと三連発。爆裂音が響いた。
「きゃっ!」
「何よっ!」
「いやんっ!」
天道家の女性たちがまずは悲鳴をあげた。
彼女たちの頭上で煙が弾けたのだ。
思わず、咳こむ女性たち。
「な…何だ?何だ?何だ?何が始まったんだ?」
乱馬が目を見張る。
と、女性たちの頭の上が、俄かに、騒がしくなった。
「な…何いっ?」
早雲が娘たちを見て、目をヒンむいた。
「なっ!…」
乱馬も大口を開いたまま、絶句してしまった。
ケタケタケタ…
ケラケラケラ…
ケケケケケ…
そいつらは、異様な声を張り上げて、笑い始める。
そう、かすみ、なびき、あかねの頭上に、ソフトボール大ほどの橙色の顔つきカボチャがチョコンと乗っかって、不気味に笑いたてているではないか。
「ちょっと。何よっ!これっ!」
「まあ、どうしましょう…取れないわっ!」
「離れなさいよっ!」
なびき、かすみ、あかねがそれぞれ、頭上に乗っかっか異物を取ろうと必死にあがいている。
「ふふふ…そいつはちょっとやそっとじゃ頭から剥がせんぞっ!吾輩の恐ろしさを思い知れーっ!」
「恐ろしいというより…滑稽なんだが…。」
乱馬がカボチャたちを見て、感想を述べる。
「まだまだこれからじゃーっ!もっと増えろっ!我が子分たちよっ!」
バン、ボンッと音がして、さらにカボチャが弾け飛ぶ。
「うわっ!」
「おおっ!」
続いて、早雲と玄馬の頭にそいつらは乗っかった。しかも、二つずつだ。
ケタケタケタ…
ヘケヘケヘケ…
カカカカカ…
ウシシシシシ…
何とも姦(かしま)しい。
そいつらは、それぞれ頭上でわちゃわちゃと騒ぎ始める。
「そーらそら…。もっとお見舞いしてやろうっ!遠慮はいらぬぞ。ふわっはっはー。」
そう言ってジャックオーランタンは更にカボチャ爆弾を繰り出した。
瞬く間に、一つ、また一つ、ミニカボチャが天道家の面々の頭上にポコポコと増殖する。
「いやああっ!頭が割れそうっ!」
「やめてーっ!」
カボチャたちの不気味な笑い声は、宿主にはたまらなく騒音に聞こえるのだろう。皆一様に頭を抱えてしゃがみ始める。
しかし、一向にカボチャ攻撃に見舞われない者が二人。
何故だか乱馬と南瓜氏にはカボチャたちは取っつこうとしないのである。
「おい…おっさん…。何で俺たち二人に、カボチャは乗ってこねーんだ?」
がはははと笑い転げているジャックオーランタンを横目に、ツンツンと南瓜氏を突いて、乱馬は問いかけた。
「恐らく…これのせいでしょうねえ…。」
そう言って、南瓜氏は乱馬のおさげを指差した。
「あん?おさげのせいだあ?おさげが苦手なのか?」
乱馬は素っ頓狂な声をあげた。
「ええ…おさげ…というより、三つ編みです。当家に古来より伝わるこの家伝書によると…邪悪王ランタンは三つ編み頭には近寄らないと…。」
「あん?」
「だから、ほれ、私にも三つ編みが…。」
そう言って、南瓜氏は山高帽を取った。思わず、ブッと笑いがこみ上げるほど、小さな編みこみが頭の天辺に吊下がっていたのだ。
「当家では男もこうやって三つ編みを編み込んでいるんです…。」
「化け物が十字架に近寄らないなら理解できるが…何で三つ編みなんだ?」
乱馬は不条理さに耳を疑いながら問いかける。
「さあ…理由はわかりませんが、邪悪王ランタンは三つ編み頭には取りつかないそうです。」
「おいっ!皆っ!聞いたか?すぐさま三つ編みを頭に編むんだっ!」
そう言いながら、乱馬は茶ダンスの上にあった輪ゴムを取り出して来て、一同の前にばらまいた。
天道家の人々は、各々、輪ゴム片手に、大急ぎで三つ編みを編み込む。
スポンッ!ゴロンッ!
頭の上に乗っていたカボチャたちは、吸引力を失って、面白いほど頭上から落下する。
アイテテテ……
オ―ノー!
オーマイガッ!
イヤ―ン!
チョべリバー!
各々、言葉を発しながら、床へと転げる。
カボチャ顔の生首が転がり落ちてくる。…その様は、滑稽を通り越して、少し異様に見えた。
「へへっ!三つ編みさえ編み込めば、こっちのもんだっ!」
乱馬は得意満面、ジャックオーランタンへと言葉を発した。
「ケケケ…果たしてそうかな?」
カボチャたちが転げてしまっても、一向に慌てることなく、ジャックオーランタンは余裕の表情を見せながら、笑っている。
「そっちのオヤジにはカボチャが乗ったままだろう?」
ハッとして、視線を流す。
「うーむ…ワシの頭だけ、カボチャが離れんわいっ!」
玄馬は頭のカボチャを引き剥がそう足掻いていたが、がっしりとくっついて離れない。
「うーん…。うーん…。離れんぞっ!」
玄馬は力任せに引っ張ったが、カボチャはビクともしない。
「しまったっ!早乙女君には髪の毛が無いっ!」
早雲が叫んだ。
「ってことは、おじさま、三つ編みを編めないのねっ!」
なびきが指差す。
「まあ、お気の毒に…。」
かすみがのほほんと言葉を投げる。
「おっ親父ッ!」
「そらっ!これから強烈な魔術を食らわせてやろう!」
ジャックは口笛をヒュウ―っと吹いた。と、ポンと玄馬の頭にあったカボチャが一つにまとまった。
「カボチャ魔術、第二弾っ!それえーっ!二倍返しの術っだあっ!」
ポロロロロン…
また、魔法の音が鳴り響く。
「倍返し…倍返し…。」
やがて、玄馬の頭上に乗っかったカボチャは、一斉に叫び始めた。
ポンッ!
その呼び声と共に、カボチャが倍になっていく。
と、二つになったカボチャが、今度は「四倍返し…四倍返し…。」と各々叫び始めた。
ポンポンと音がして、今度はカボチャが四つになった。
無論、それで終わる筈が無い。
「八倍返し…八倍返し…八倍返し…八倍返し…。」
ポンポンポンっと勢い良く、今度は八つになる。
「十六倍返し…十六倍返し…。」
延々とカボチャが増え始めた。
「ちょっと、いつの間にか、倍数が増えてってるわよっ!」
あかねが叫んだ。
「あらあら…二進法かしら…。」
「かすみお姉ちゃん…この場合二進法じゃなくて、二の倍数よ…。二進法って、一と二しかないんだから…。」
「それを言うなら、一とゼロよ…あかね。」
数字に強いなびきが、苦笑いしながら姉へと突っ込みを入れる。
「そんな悠長な突っ込みを入れている場合ではないよ。」
早雲が玄馬を指差した。
倍数、倍数で増えていっているミニカボチャに、玄馬が覆い尽くされてしまうまで、そんなに時間は要さなかった。
「きゃっ!何あれ…。」
ミニカボチャがびっしりついたせいで、巨大な橙色の塊が、そこに出来上がっていた。良く見ると、びっしりと貼りついたカボチャで、新たに巨大なカボチャが出来ているようにも見えた。
ひとしきり、増えて、満足したのか、カボチャたちは増殖を辞めた。
と、今度は笑い声が一斉に響きだす。
ケケケケケ…
カカカカカ…
ヒヒヒヒヒ…
ククククク…
キキキキキ…
ケタケタケタ…
ヒョヒョヒョ…
ゲゴゲゴゲゴ…
思い思いに滑稽な笑い声を張り上げながら、大合唱が繰り広げられていく。
「き…気持ち悪ッ!」
思わず、その場に居た者全て、そのおぞましい様子に、我を忘れて見入ってしまった。
ミニカボチャの中に埋もれてしまった玄馬は、暫くは、何やらわめいて叫びまわっていたが、やがて、ふっつりと声が聞こえなくなってしまった。
「ちょっと…おじさま、あのままじゃ不味いんじゃないの?」
なびきが乱馬を促した。
「ふふふ…まだまだ…本当の恐怖はこれからだあっ!それっ!カボチャ魔術、第三弾ッ!」
ジャックオーランタンは完全に調子に乗っていた。
「え?まだ、何かやるのか?」
ジャックオーランタンは、再び、閃光を放った。その光はある一点を目指して飛び盛る。
光に包まれたのはあかねであった。
「え?…あ…きゃああああっ!」
カカッとあかねの身体に閃光が走った。
と思う間もなく、光はあかねの身体へとすっと飲み込まれるように消えてしまった。
シュウシュウとあかねの身体から煙のようなものが昇り始める。
「あかねっ!」
一同、あかねへと視線を流した。そして、驚愕の声を轟かせた。
「あああっ!」
「あれはっ!」
シュウシュウと煙をあげたあかねの頭の上に、ジャックオーランタンが張り付いて、ニヤリと笑っているではないか。
帽子のようにあかねの頭にジャックオーランタンが取り憑いてしまったのである。
「しまった…あかねに憑依しやがったっ!」
乱馬が叫んだ。
「何でだ?三つ編みをすれば、カボチャに取り付かれねえんじゃ無かったのか?」
思わず乱馬は南瓜氏へと食ってかかった。
「あらあら…。あかねちゃん、三つ編みが解けてしまってるわ。」
かすみがのほほんと指差しながら言った。
「っていうか…不器用過ぎてちゃんと編めなかったんじゃない?」
なびきが両手の掌を上方向へ晒しながら、フウッと息を吐き出した。
「きれいに編み込まないと、するっと解けてしまうものね…あかねちゃんは髪の毛が短いから余計に…。」
さもありなん…乱馬はそう思った。
手先が常人外れて不器用なあかねだ。まともな三つ編みが作れなかったに違いない。その隙を乗じて、ジャックオーランタンがあかねへと取り憑いてしまったようだ。
「ケケケ…我が子分どもよ…奴らを蹴散らし、外へ繰り出すのだ…。そして、もっと仲間を増やせ。人間どもの頭という頭にカボチャを植え付け、仲間に引き入れるのだ…。ケケケケケ…。」
「はい…ジャックオーランタン様の思し召すままに…。」
あかねがしっとりと微笑みながら、それに答えた。あかねの瞳から光が消え失せていた。目はすっかり据わってしまっている。
命じられるまま、あかねと玄馬は歩み始めた。
「冗談じゃないわよっ!あんなのを道端へ放りだしたら、大変だわよっ!」
なびきが叫ぶ。
「あらまあ、どうしましょう……近所迷惑だわ…。」
「かすみお姉ちゃん…だから…ただの近所迷惑じゃすまないって…。」
「させるかっ!」
乱馬が止めようとして回りこんだが、あかねの拳がそれを制した。
シュッと音がして、乱馬の頬をあかねの拳がかすめ飛んだ。
「わっ!」
思わず後ろへと飛び退いた。
「そこを退(ど)いてっ!乱馬ッ!」
激しい怒りの声を浴びせかけて来た。
「嫌だって言ったら?」
「勿論…強行突破あるのみよっ!」
あかねの瞳が鋭く光った。本気で乱馬へと襲いかかって来る。
常日頃も力押しで来る彼女だが、いつもより攻撃が激しかった。
「でやあああっ!」
腹から声を張り上げて、乱馬へと攻撃を加えて来る。
「クッ!」
乱馬は反撃を試みようとするが、隙が見えなかった。反撃どころかかわすのがやっとである。
勿論、早雲もなびきもかすみも、巻き添えを喰らわないように、木陰へと身をかがめる。
「ケケケ…。この姉ちゃん、かなり身体を鍛えこんでいるようだな…。吾輩の憑依体としては申し分がない…。凶暴性もばっちりだ。ケケケ、吾輩の魔力で力はきっちり二倍増しだっ!」
あかねの頭上でジャックオーランタンが嬉しそうに笑った。
「道理で…乱馬君が苦戦している訳だわ…。」
なびきが頷いた。
「まあ…じゃあ、あかねちゃんの凶暴性も倍返しなのね…。」
「倍返し…じゃなくて、倍増しよ…お姉ちゃん。」
かすみとなびきは、まったりと噛みあわない会話を重ねている。
「そらそら、小僧。退かないと彼女のこの倍増しの拳でバラバラにしてやるぞ。ケケケケケ…。」
頭上で妖しく光りながら、あかねを憑き動かしているようだった。
「畜生…。あいつのせいであかねに隙がねえ…。」
流石の乱馬も、手が出せなかった。避けるのがやっとのような状況だった。
しかも、あかねだけではない。玄馬、もとい、カボチャの集合体もあかねと一緒に暴れ始めたから性質が悪かった。
「おい、三つ編みの他にあいつらを引き剥がす術はないのか?」
乱馬は南瓜氏へと問いかけた。
「勿論ありますよ。」
「だったら、早く教えろよッ!このまま外に出られたら、収拾がつかなくなるぜ…。」
「なら、これを使いましょう。」
そう言うと、徐(おもむろ)に南瓜氏は鞄から、赤いハンマーを取り出した。
いわゆるプラスチック製の「ピコピコハンマー」と呼ばれる物だ。
「おい…。何だ?これは…。」
「我が家に代々伝わる、カボチャ封じのハンマーです。」
南瓜氏は真顔で言った。
「これのどこが、代々伝わってるってんだ?」
思わず乱馬の口から苦言が漏れた。
「由緒正しい南瓜家の魔封じ道具にイチャモンつけるおつもりですか?」
南瓜氏が口を尖らせた。
「だからぁ、どこの世の中に、代々伝わるピコピコハンマーなる物があるってんだ?おいっ。」
と憤まんをぶつける如く、乱馬がにじり寄る。
「この先を良く見てください。」
南瓜氏はピコピコハンマーの叩き口を指差した。
「あん?」
乱馬が覗きこむと、丸いシールが貼り付けてある。良く見ると、何やら怪しげな六芒星のような文様が描かれたお札のようにも見えた。
「これは、魔退治のお札をシールに加工して貼り付けたものです。重要なのはこのお札で、決してピコピコハンマーではありませんっ!
魔物に襲われた時は、これで魔物を叩けば、あら不思議。魔物は煙の如く、消え去りますっ!とにかく、これを使って、カボチャたちを撲滅しましょうではありませんか、皆さんっ!」
徐に開いた大きな黒い鞄のチャックを開けると、ここぞとばかりに、真っ赤なピコピコハンマーがぞろぞろと出て来た。
「こんなこともあろうかと、家じゅうのハンマーにお札シールを張って持って来たんですっ!」
南瓜氏はえっへんとふんぞり返りながら、ピコピコハンマーを配り始めた。
「威張れることかっ!」
思わず乱馬は怒鳴っていた。
「まあ、物は試しだ…。えいっ!」
早雲は、背後から襲いかかろうとしていた、玄馬もといカボチャの塊を叩いた。
ピコンッ!
音がして、叩かれたカボチャが一つ、コロンと目を回しながら剥がれ落ちた。
「効き目があるみてーだな…。」
それを見た乱馬は、ギュッとハンマーを握り返し、カボチャの塊と化した玄馬へと叩きにかかった。
ピコッ!ペコッ!ポコッ!
連打されるごとに、一つ、また一つ、カボチャは玄馬から剥がれ落ちて行く。
「ほら、皆さん、ご一緒にッ!」
その様に勇気づけられたのか、南瓜氏がたたみかける。
「面白そうね…。」
なびきもハンマー片手に、カボチャの塊を叩いた。
かすみも一緒になって、ハンマーで懸命に叩き続ける。
ピコン!ペコン!ポコン!
ピコピコハンマーでカボチャをそう殴りだ。多勢に無勢。武道の嗜みは無かったが、かすみもなびきもそれなり懸命に殴り続ける。
気がつくと、庭中にカボチャが転げ落ちて目を回していた。
いや、カボチャだけではない。玄馬はいつの間にか身体に貼りついていたカボチャが剥がれ落ち、素の身体に戻っていた。しかも、天道家の面々に無我夢中、タコ殴りされてしまい、ボコボコになってふらふらと足元が覚束ない。
お札の威力なのか、眼鏡は割れ、道着もボロボロになり見る影も無い。
「はらひれほろ…。」
意味不明の言葉を投げると、そのままドッと地面へと倒れ込んだ。
「悪鬼、滅びたり…。」
どうだとばかりに、あかねとその頭上のジャックオーランタンへと瞳を返す。
「あとはてめーだけだ…。お化けカボチャめっ!」
はっしとジャックオーランタンを睨みつける。
「ムムムム…こしゃくな…。だが、これで勝ったと思うなよ…。我が最大のカボチャ魔術…。魔チラシをお見舞いしてやるーっ!」
眼光激しく睨みつけると、天道家の各々が手にしていたピコピコハンマーが弾け飛んだ。
「きゃっ!」
「わっ!」
「いやんっ!」
それぞれの悲鳴と共に、ハンマーは打ち壊れ、地面へとバラバラに落ちた。
「しまった…ハンマーが…。」
乱馬が唸ると、横からスッと南瓜氏が話かけた。
「大丈夫…もう一本あります…。」
「最後の一本?」
「はい。最後の特別製のハンマーです。」
そう言いながら、南瓜氏は乱馬へと真新しいハンマーを手渡した。しかも、ただのピコピコハンマーでは無い。ハンマーの部分は人の顔の倍ほどはあろうかという巨大なピコピコハンマーであった。
「これは…。」
「我が家伝来の巨大ピコピコハンマーです。これ以上の物は恐らく無いでしょう…。」
「大きさを聞いてるんじゃなくって…これをどうしたら良いんだ?まさかと思うが…。」
コクンと頷きながら、南瓜氏は言い切った。
「後は、あのお嬢さんの頭にのさばっている化けカボチャへ一発、このハンマーを打ち込めば、全てが解決します。但し、一発で決めなければなりません。でなければ、ハンマーは灰塵と化し、ジャックオーランタンはあのお嬢さんの頭の上で固定されてしまいます。」
「固定されるってことは…。」
「一生、あのまま、ジャックオーランタンが頭の上にのさばり続けます。それが、奴の真の恐ろしさ…邪悪さなのです。」
「まさに、邪悪。」
早雲が叫んだ。
「あらら…。カボチャ付きであかねを嫁に貰わないといけないってこと?」
なびきがクスッと笑いながら乱馬へと畳みかけた。
「まあ、大変ね…乱馬君。」
かすみに至っては完全に他人事モードだ。
「じょ、冗談じゃねーぞっ!」
乱馬は吐きつけた。
「乱馬…あたしをそのふざけたハンマーで殴ろうってーの?」
あかねが睨みつけながら叫んだ。
「そっか…。このままじゃ、あかねを殴るってことにもなるものね…。できる?乱馬君…。」
「できるも…できねーも…やらねーとあかねの上にあいつがのさばり続けるってことになるんだろ?」
「しかも、外せない…。一発で決めなきゃならないってきてるし…。」
「何、プレッシャーかけてやがる…。」
乱馬はギロッとなびきを睨みかえした。
「だから、とびきりの作戦を授けてあげるんじゃないの…。」
「作戦だあ?」
「はい…。」
「はいっててめー…何だこの手は…。」
「だから、情報料よ。」
「おまえなあ…妹のピンチに金を要求するつもりかあ?」
呆れた表情を思わずなびきへと返していた。
「それはそれ、これはこれよ…。ビジネスに私情は禁物よ。」
「何、好き放題言ってやがる…。」
「どうするの?作戦、聞くの聞かないの?」
「でええっ!わかったよ…。後払いで良いな?」
「勿論、分割払いも可よ。」
「どんだけ、吹っ掛けるつもりだ?てめーは…。」
「ほんの片手…。」
「五百円か?」
「まさか、その十倍よ。」
「高いっ!まけろっ!」
「ん…じゃ、三本。これ以上まけないからね。」
「わかったよ…。さっさと聞かせろっ!」
ボソボソッとなびきは乱馬の耳元に、とっておきという作戦を授けた。
「それを…俺にやれってか?」
乱馬はボソッと答えた。
「ええ…。これが一番良い方法だと思うわよ。後はあんたの頑張り次第ってね…。何、心配しなくても良いわよ。…一応、妹の未来がかかってるから、協力してあげるわ。サービスよ…。」
そう言い終ると、なびきは天道家の面々へと声をかけた。
「お父さん、お姉ちゃん…それから、南瓜さん…。後は乱馬君に任せて、あたしたちはこの場から退散するわよ。」
「退散って…最後まで戦いを見届けないのかね?」
キョトンと早雲が声をかけた。
「この場は乱馬君と妖怪だけにしてあげないと…。元の鞘に戻せなくなるかもよ…。一発で決めなきゃならないんだから、乱馬君だって集中したいだろうし。あ、こらこら、南瓜さんも、残っちゃダメよ。」
「責任者としては戦いを最後まで見守りたいのですが…。」
困惑気味に南瓜氏が答える。
「乱馬君の気が散ってやり損ねたら、責任取れます?」
なびきにそこまで言われたら、すごすごと退散するしかない。
「お父さんは早乙女のおじさまを連れて来てね。」
と、玄馬の回収を指示することも忘れない。さすがに目敏い天道家の次女だ。
いや、目敏いのはなびきだけではない。かすみもかなりな手腕であった。両腕一杯に、玄馬の身体から転げ落ちたミニカボチャを拾いあげていた。
「お姉ちゃん…何…それ…。」
「お夕食に焚いてみようかなって…。だって、このままゴミにしちゃうのは勿体ないでしょ?」
あっぱれな主婦根性であった。
すごすごと皆は母屋の奥へと退散して行くと、その場は乱馬とカボチャ付きのあかねの二人きりになった。
「これで邪魔者は居なくなった…。」
乱馬ははっしと身構えた。
「ケケケ…存分に勝負できるって訳か…面白い。」
「化けカボチャっ!てめーは黙ってろっ!こっから先は俺とあかねの勝負だ。おめーは口出しするな。」
乱馬は一括、そう制した。
「なるほど…この娘っ子と勝負したいのか。良かろう。吾輩は高みの見物といくかな。」
そう言うと、カボチャはニッと笑った。
「なびきお姉ちゃんにどんな作戦を授けて貰ったかは知らないけど…あたしは容赦しないわよ。」
キッとあかねは乱馬を睨みかえした。鬼気とした怒気が彼女から溢れかえって来る。
「ああ…。俺だって躊躇しねえ…。そのふざけたカボチャを一発で沈めてやる。」
そう言いながら、巨大ピコピコハンマーを身構える。
ヒュウッと一陣の風が、カサカサと枯れ葉を巻き込みながら、二人の間を吹き抜けて行った。
乱馬もあかねも、一介の格闘家の瞳へと転じる。
共に、真剣な表情を浮かべていた。
「勝負だっ!」
「望むところよっ!」
二つの塊が同時に弾け飛んだ。
あかねはジャックオーランタンのせいで凶暴化、かつ、スピードも腕力も倍増している。
乱馬と力も技も拮抗している。
当然、簡単に打ち込める隙を見せてはくれない。それでも、乱馬は懸命に駆けながら、あかねへと果敢に攻め入り、挑み続けた。
天道家の庭先を、縦横無尽に走り回る。
「くっ!」
「でやああっ!」
あかねも容赦は無い。カボチャを頭にかづきながらも懸命に動き続ける。
(やっぱ、簡単には隙は見せねえか…。)
動き回りながら、乱馬はそう吐き出した。
(…一発で当てるのは至難の技だな…。)
ギュッとハンマーを握りしめる。もし、渾身の一撃を外してしまったら…あかねの頭上にぶざけたカボチャが一生居座り続けるという。勿論、そんなのは御免こうむりたかった。
(この際…手段は選んでられねーか…。)
なびきの授けた妙案を受け入れるしかない…そう心に決めた。
『一発で決めるには、あかねの気を逸らすこと…これに限るわ。』
そう言いながらなびきが授けた奥の手。
(よっし…俺も男だ…一発で決めてやろうじゃねーか…。)
ギュッと握りしめるハンマー。
腹を決めてしまえば、案外、肝はすぐに据わった。
乱馬はニッと笑うと、ダッと母屋の屋根の上へと駆けあがった。
ついて来いと言わんばかりに、あかねへと眼を飛ばす。あかねもそれに従った。
「屋根の上で決しようとでも言うの?」
そう問いかけていた。
「ああ…。一世一代の大勝負だ…。存分にやらせてもらうぜ…。」
「どうあっても、あたしの脳天を一発殴りたい訳ね?」
「そうしねーと、そのふざけたどてカボチャを引き剥がせねえなら…俺は鬼にだってなってやる。」
瓦の上で、二人、対峙しながら睨みあった。
「正真正銘の一発勝負だっ!心してかかってきなっ!あかねっ!」
乱馬はそうあかねを煽りたてた。
「わかったわ…。でも、あたしだって負けない…。」
この場合、あかねが勝つと、一生、どてカボチャがあかねの頭上について回るのだが、カボチャの魔術のせいで何ら重大さの欠片も感じていないようだった。
「行くぜっ!覚悟しなっ!あかねーっ!」
そう叫んで、ダッと乱馬はあかね目掛けて、瓦を蹴った。
「のぞむところよっ!」
あかねも負けじと瓦を蹴った。
カタカタと瓦が鳴り響く。二人、夕焼けの中、屋根の上。
あかねの拳が乱馬のすぐ横で弾けた。そいつをスッと避け、乱馬はあかねへと飛び込んだ。下りて来たのはハンマーの影では無く、乱馬の強靭な肉体だった。
「え…?」
フワッとあかねの身体が空を浮いた。その刹那…ギュッと抱きすくめられる。
否、それだけではない。不意に重ねられた、柔らかな唇。
そう、乱馬があかねの唇を奪ったのだ。
かああっとあかねの身体を熱風が通り抜ける。時の流れが凍りついて動きを止めた。
見事な不意打ちであった。
次の瞬間、振り下ろされたハンマーは、見事、ジャックオーランタンの顔を真正面から打ち砕いていた。
「ちっ!吾輩の負けか…。」
不気味な微笑みを残したまま、ジャックオーランタンはあかねの頭上から空気に溶け込むように消え失せた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「何とか一発で倒せたようね…。」
屋根から降りて来た二人に、なびきがニッと笑いながら声をかけた。
「たく…酷い目にあったぜ…。」
ボソッと乱馬の口から声が零れ落ちた。
あかねは…というと、顔が真っ赤に熟れている。
「そう?その割には、二人とも嬉しそうだけど…トリック・オア・トリート…。やっぱ、いたずらより、甘い物よね…。」
そう言いながら、なびきは、ポンッとあかねの肩を叩いた。
そう…トリック・オア・トリート…。どちらか選べと尋ねられたら、きっと、トリートと答えるに違いない。
「さあ、みんなでお夕食にしましょう…。カボチャのスープに煮物、それから、カボチャグラタンにカボチャコロッケ、カボチャパイ…デザートにカボチャムースもあるわよ。今日はカボチャ尽くし…。」
天道家の食卓に、かすみがよりをかけて、ミニカボチャを使って作ったカボチャ料理がずらっと並ぶ
その脇に、カボチャランタンがチョコンと置かれて、燭台宜しく、妖しげに橙色の光を輝かせていた。
完
2013.10.31
限りなくやっちまった感があるハロウィン作品でありました…。
何だか、「倍返し倍返し。」と叫ぶカボチャランタンがフッと脳裏に浮かんで、そのままスッ飛ばして二日で書き殴ったので…。
あかねちゃんファンの皆様、すいません(逃走)。
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