◇星河夜話


第八話 ヒトゲノム


一、

『キース!』
 乱馬はキッとその声の主に向かってきびすを返した。
『てめえがそこに居るとはなあ…。とっくに逃げ出したかと思ってたんだぜ?』
 乱馬ははっしとそいつを見返した。厳しい瞳だ。
『誰?』
 あかねは事の仔細が上手く飲み込めなかったらしく、乱馬に尋ねた。
『ウエスト・エデンの幹部だよ。そして、どうやら、今回の黒幕ってところかな?』
 乱馬は厳しい顔を緩めることなく言い放った。
『黒幕?』
 あかねはきょとんときびすを返す。今の今まで、キースの存在を知らなかったのだ。こういう反応で当然だろう。
『ああ。』
『どうして、ウエスト・エデンの幹部があたしたちに絡むのよ…。』
『さあ…。どうしてだろうなあ…。少なくとも、俺たちを試そうとしていたか、潰そうとしていたか、どちらかだと思うがよっ!』

『そのどちらもだよ。エンジェルボーイ。いや、ダークエンジェル。』
 キースは不敵な微笑を浮かべた。
『君たちをこのまま帰還させるわけには行かないんだ…。悪いけどね。そのために、僕はここに居る。』

『最初から仕組まれた陰謀…。だったわけだな。』

『ああ、連邦政府も、先頃の報告書に上がった君たちの新しい能力に関しては、疑問を持つ輩が多くてね…。』

『いつ、造反するか、信用されてねえって訳か…。』
 乱馬は自嘲気味に笑った。
 当然だろう。「女神」から授かった能力に一番戸惑い、持て余しているのは、己だ。

『いや…。造反というか、その特殊能力そのものが地球連邦に脅威となると受け取ってる幹部連中も多い。
 我が、ウエスト・エデンの司令官もそのお一人でね…。』

『で、表向きは見てみぬフリをするから、好きにやれ…ってか。 そんな命令を下した幹部が連邦政府の中に居る…。それも謀略で上手く陥れろ。…ってんで、表向きは「不幸な事故」で済ませようって魂胆だったんだな…。この磁気嵐の向こう側で、動けずに居る、右京たちが、上手い具合に生き証人になるもんな…。』

『そう言うことだ。気の毒だが、君たちには、ここで死んでもらう。』
 キースは冷たく微笑んだ。

『で?どうやって俺たちと対峙するつもりだ?さしで勝負するか?』
 乱馬は笑いを浮かべて、キースに対する。

『まさか…。いくら僕でも、君とさしで勝負するほど腕はない。』

『そうかな?』
 すかさず、乱馬は畳み掛ける。

『ああ、君くらいの若い頃ならともかく、君と対等にやれる体力も瞬発力も、ないからね。年は取りたくないよ…。』
 白髪が混じり始めた頭を掻きながら、そんな神妙なことを言う。

『しおらしいことを言うじゃねえか。…で?どうやるつもりなんだ?』

『これだよ…。』
 キースは己の背後にある、画像を、乱馬とあかねに見せた。

『これは…。さっき、俺たちが脱出したアルファ108星じゃねえか。これがどうしたんだ?』
 乱馬は目を見開きながら、言った。

『これを、これから君たちの宇宙艇にぶつける。』

『なっ!』
 乱馬は、返す言葉を失った。
『てめえ、正気か?このダークホース号は磁気嵐の中でも操縦できる最新鋭の駆動神経を持ってるんだぜ。』

『ああ…そのようだな。だが、それは、このアルファ108星も同じなんだよ。』
 キースは笑った。

『同じだとおっ?まさか…。そのアルファ108星ってえのは…。』

『ああ…。君たちの船、ダークエンジェル号と同じく「ヒトゲノム神経搭載型」の人工基地船だ。』

 キースの言葉を聞いて、乱馬の表情が、みるみる固くなる。そういう事だったのかと言わんばかりにだ。

『ねえ、その「ヒトゲノム神経搭載型」ってのは何?』
 乱馬とッキース、二人の間にあかねが割って入った。「ヒトゲノム神経搭載型」。それは彼女にとって初めて聞く「言葉」だったのだろう。乱馬の袖を引いた。
『禁断の技術と言われている、高性能宇宙船の造船方法の事だよ。』
 乱馬は眉一つ動かさずに答えた。
『禁断の技術?』
『おまえ化学得意だったんだろ?生物は?」
『まあ、人並みかな…。』
『じゃあ、「ヒトゲノム」ってのは、何だ?』
『人の遺伝子。…ってまさか、ヒトノゲム神経搭載型っていうのは…。』
『ああ、そうだ。「ヒトゲノム神経搭載型」ってのは、即ち、生きた人間の遺伝子細胞をそのまま、中枢系統に搭載してあるって意味だ。それがどういうことかは、言わずともわかるだろう?人間だった細胞や機能が、中枢神経に使われているって事だ。』
『つまりは、「駆動のために人の脳や神経などの生体細胞が使われた船」という事?』
 あかねは震えながら言った。乱馬の示唆した「意味」がわかったからだ。
『ああ…。平たく言えばそういうことになる。』
『どうして…ヒトを使うだなんて…そんな…残酷な事が許されているわけ?倫理に反した行為じゃないのっ!』
『生きた細胞や機能を使うと、駆動系統がスムーズに動くからだよ!決まってるだろ?複雑な動きを要求される宇宙船には、人間のようなファジーな動きが必要となってくるんだ。そいつを人工的に作り出すのは難しい。
 となると、手っ取り早く動物の細胞を使うのが一番手っ取り早い。幾つかの民間船は動物、とりわけヒトに近いサルの細胞を搭載してるのは知ってるだろ?だが、それじゃあ、限界がある。サルとヒトとでは知能が違う。だから、雲泥の差が出るんだ。
 ヒトゲノムが搭載できれば一番良いってのは自明の理だ…。
 だから、第一線で動いている一級艦船には、禁断の技術が利用され、ヒトゲノムが搭載されている。これが現実だっ!』
『じゃあ、このダークホース号も、人間の生体組織が使われているって事?』
『ああ、そういうことになる。』
『なっ…。』
 あかねはそのまま黙り込んでてしまった。

『親父からこの船を引き継いだ時、はっきりとそう聞いてる。
 この船にも、多くの任務船同様、自ら望んで船になる事を選んだ人間のヒトゲノム細胞、それも優秀な人間の脳細胞組織が丸ごと搭載されいるってな…。だから、酷い磁気嵐の中でも、平気で方向を失うことなく飛べたんだ。』
『自ずから望んで船になるって、そんな人間が居るって言うの?有無も言わさず、肉体を剥ぎ取られて、船に改造されたんじゃあないのっ?』
 正義感の強い娘は、思わず食ってかかっていた。
『これ以上は、軍事機密になるから、俺も良くは知らねえが、死に瀕した飛行軍人や宇宙飛行士が、宇宙船の神経や中枢部に使って貰う事で、再び宇宙を飛びたいと願い出て身を捧げる連中が多いそうだよ。
 宇宙に憧れ、宇宙で生きる人間にとっちゃあ、死して後も宇宙船の一部として生き続けることは、願望だ。肉体が果ても、形成していた脳組織の細胞だけは生き残り、宇宙船の一部となっても、この広い宇宙(そら)を飛びたいって、壮大な浪漫を思い描くんだろうよ…。』

 あかねは黙ってしまった。宇宙に憧れ、生きる人間にとって、確かに、死して後もその脳組織の細胞が宇宙船を動かすとしたら、手を挙げる者も数多居るだろう。

『ふふふ…。そっちのお嬢様には、残酷な話に聞こえたかね。
 事実、邦軍の幹部や僕たちエージェントが扱う船は、ヒトゲノム搭載型のタイプが多いのだよ。勿論、この事実を知っているのは連邦軍幹部くらいだ。昨今じゃあ、動物愛護団体を名乗って「生命体の細胞利用は辞めてくれ」と奇声を上げる足がかりにしようとする、物騒な連中が多いんでね。
 そう、殆どの人間は、宇宙船へのヒトゲノム搭載の事実を知らない…。
 宇宙を飛び回る、宇宙飛行士や飛行軍人たちは、未来永劫、宇宙(そら)を駆けたいと思うものなんだよ。この広い宇宙空間に憧れて飛んでいる者が殆どなのでね。だからこそ死ぬ前に身を差し出す健勝な人間が多い。だからこそ、未だ、ヒトゲノム搭載は続けられている。』
 補足するように、キースは言った。

『で?アルファ108星も、同様にヒトゲノム搭載の基地船だったと、おめえは言いたいんだな?』
 乱馬の鋭い問い掛けに、キースは頷く。

『ああ。こいつは犯罪組織の秘密アジトだったからねえ…。犯罪者たちのヒトゲノムを数多、使っているらしいよ。ここを造営した奴は、連邦を造反した異端科学者を抱えていたようだよ。の見事なセキュリティーシステムを目の当たりにしている君たちには、わかると思うがね。』

『確かに凄い技術を持ってたな。とても、半世紀以上前に見捨てられたアジトだとは思えねえくらいに…。』

『ああ、当時の裏世界の粋を終結させたアジトだよ。あそこは。
 だからこそ、逆に、ちょいとプログラムをいじってやれば、こういうことも出来るんだ。』
 キースの背後に映っていたアルファ108星が、明らかに動き始めた。それだけではない。良く見ると、チロチロと火が燃え盛っていた。中の空気が何かに引火して、それが核となり燃え出している。

『てめえ…。あの星に、どんな細工をしやがった?』
 乱馬が睨み上げた。

『君なら、もう、わかってるんじゃないのかい?
 あの星を制御していたシステムに介入して、ダークエンジェル号のデーターと追撃プログラムを入力したんだよ。元々、あの船に使われたいたのは、連邦政府と造反していた者たちだ。彼らのヒトゲノムは、連邦宇宙局を毛嫌いしているからね…。あの星を制御している中央管制は喜んで、受け入れてくれたさ。ターゲットはダークホース号。』

『己は手を汚さずに、安全な後方へ下がって傍観するって訳か…。やっぱ、いけ好かねえ野郎だぜ。』
 侮蔑した視線をキースに投げつけた。

『だから、言ったろう?君と差しで勝負するには、年を取りすぎたってね…。』

『でも、生憎、ダークホース号はそんなに柔な船じゃねえぜ。この船もヒトゲノムを搭載してあっからな。そう、簡単には制御不能にならねえ。』

『さて、それはどうかな?』
 キースは不敵に笑った。
 何か裏がある、そう予感させる冷たい笑いだった。

『ダークホース号は確かにヒトゲノムで制御された宇宙艇だ…ふふふ…。だが、その船にお荷物となって曳航されているミルキーホース号はどうだい?。』
 キースは目を細めた。

『な、何だって?てめえ、まさか、ミルキーホース号に細工を!あかねっ!モニターをミルキーホース号へ切り変えろっ!早くっ!』
 ハッとした乱馬は、すぐさま、ミルキーホース号のデーターセクションを映し出すよう、あかねに指示した。

『ダメ、システムが何も反応しないわ…。それどころか、エマージェンシー・レッドが点灯しているわっ!制御不能…。いえ、そればかりか、システムバグよ!汚染データーがダークホース号の中央制御装置に物凄い勢いで流れ込んでる!』
『何だとっ?』
『修復不能よ。物凄い勢いで、ダークホース号からダークエンジェル号に、制御バグデーターが転送されて、上書きされていっているわ。』
『切り離せねえのか?』
『ダメよ、この状態では切り離せない!』

『てめえ…。キース!やってくれるじゃんかよう!』
 乱馬は怒りの気焔を上げた。ギリギリと通信装置の向こうのキースを睨みつける。

『ふふふ、気の毒だがダークホース号はじきに制御不能に陥る。もう、限界だろう?いくらヒトゲノムを搭載してある型の船でも、これだけ磁気嵐の中に浸されていたらね…。バクも浸透していく…。最早、君たちはそこから動けない。』

『へへっ!そのまま、アルファ108星が突っ込んでくるって寸法か。』

『そう言うことだ。せめて最後は美しく、宇宙の塵となって消え給え。そろそろこの回線も通信不能となるだろう…。グッバイ、エンジェル!君たちの最期、しかと見届けよう…。』


 ガガガと音がして、プッツンと通信が切れた。
 どうやら、通信回線が完全に麻痺したらしかった。

『くそっ!ダークエンジェル号のバグ排斥システムを作動させて、自動修復をすぐにかけても、制御できるまでに回復するには、数時間かかる!あのアルファ108星が突っ込んでくれば、元も子もねえ…。
 やってくれるぜ!キース・アンダーソン!俺たちを葬り去るのに、ここまで入念にやりやがって!』
 腹立たしげに、ダンっと前のテーブルを叩いた。


 修羅場が二人の上に訪れたようだ。



二、


『あかねっ!今すぐ、エンジンを切れ!全ての電源を一端落とすんだ。そして、自動修復装置のスイッチを入れろっ!』
 乱馬は声を飛ばした。
『え?』
 何を言い出すかと、あかねは乱馬を振り返る。
『どっちにしろ、この船はすぐに制御不能に陥る。』
『でも…。電源を切っても、神経系回線は汚染され続けるわ。』
 あかねは乱馬に返答を返した。

『わかってるさ、そのくらいのことは…。』

『だったら、何故?どうやって、あのアルファ108星から逃げ切るつもり?』

『逃げる?そんな事はしねえ。…どっちにしても、制御不能になったダークエンジェル号のスピードじゃあ、逃げたってすぐに追いつかれてしまわあっ!』
 乱馬ははっしと窓の外を見た。暗がりの向こう側から、アルファ108星がゆっくりとこちらへ向かって、飛んでくるのが見える。スピードから察するに、激突まで十分もないだろう。
 いくら、オリハルコンという超合金で造船された船とは言え、こっぱ微塵だ。

『攻撃こそ最大の防御だってこと教えてやる!』
 乱馬は何か意を決したように立ち上がった。

『乱馬?』
 あかねは、きょとんと彼を見詰める。

『あかねっ!全ての武器を手動制御に切り替えろ。そうすれば、電源が落ちていても手動で撃てる。』
 そう指示を飛ばした。

『乱馬…あんた。』
 あかねは、ハッとして乱馬を見た。

『ああ…。最終手段だ。分子破壊砲を手動であのアルファ108星へぶち込む…。』
 そう言いながら、宇宙防護服へと着替えた。そのまま、宇宙船の外へ出て、ぶっ放すつもりだった。
『手動モードじゃあ、撃てるエネルギーが限られているから、何発もぶっ放さなきゃ、あいつは破壊しきれねえと思うがな…。』
『ちょっと待ってよ。そんな手動で打ち込むなんて、無理よ。いくら命綱を装着していたって。反動で吹き飛ばされるわ。それに、あんなでかい基地を吹き飛ばしても、手動モードじゃあ破壊力は知れているから、破片が飛んできて危険すぎるわよっ!』

『わかってるよ、んなこと。でも、この方法以外に残されてねえだろう?』

『なら、あたしも一緒に行くわ。あたしが、あんたの傍で支えてあげれば、少しでも力添えできる。』

 そう言って、あかねは己も防護服へと転じようとした。
 その瞬間、乱馬は、あかねのミゾオチに一発。拳を食らわせた。

『乱馬…。どうして…。』
 あかねは、乱馬の瞳を仰ぎ見ながら、そう尋ねた。
『おめえを危険に巻き込む訳にはいかねー。わかりきってることだろ?』
 乱馬は耳元で囁くように言った。
 突然の乱馬の奇襲攻撃に、太刀打ちできる事ができなかった。
『乱馬のバカ…。』
 あかねはそのまま、求心力を失い、崩れるように倒れこむ。それをガシッと腕に抱きとめると、操縦席へとあかねを下ろした。
『悪いな…あかね。今回ばかりは、俺も年貢の納め時かもしれねえからな。おまえまで道連れにするわけにはいかねえ。これは、ダークエンジェルじゃなく、エンジェルボーイ、俺の仕事だ。』
 一度だけ、気を失ったあかねにそう囁きかけると、その場を後にした。あかねの胸元に、置かれたのは、コードバッチ。「RANMA・SAOTOME」と彫られている。襟元から引き千切り、それを置いた。

『ふっ!俺も焼きがまわったかな…。形見か。生きた証をあいつの元に遺したくなるなんてな…。。』
 心で吐き出しながら、急ぐ。

 遺された時間は、僅かだ。その間に、宇宙空間へ飛び出し、外から「分子破壊砲」を扱わなければならない。間に合わなければ、ダークホース号も木っ端微塵になる。
「己の身は犠牲にしても、あかねだけは助ける。」
 それが乱馬の強い意志でもあった。

 手動で船底のハッチを開き、宇宙空間へ出る。気休めの命綱を頼りに、分子破壊砲弾の発射口へと急ぐ。さすがに、携帯できるバズーカ砲弾級の武器では、今回は間に合うまい。ならば、こうやって、直接発射砲を手動で撃つしか道はない。
 辺りは不気味な程、静まり返っていた。空気がない世界では、音すら伝わって来ないのだ。
 防護服に身を固めたヘルメット越しに映る宇宙空間は味気がない。周りの星々は真空状態では瞬かない。ゆっくりとこちらに向かってくるアルファ108星も、不気味に明るく宇宙空間に浮かんで見えるだけだ。
 まずは、慣れた手つきで、命綱を砲弾のすぐ脇に縛り付けた。
『撃てて三発…それが手動の限界だな。』
 ターゲットの距離を目視で測りながら、乱馬はそう吐きつけた。
『頼む、三発分…もってくれよ。』
 乱馬は防護服と命綱に祈るような視線を手向ける。運が無ければ、一発撃ったところで防護服が破壊し、灰燼と消えるかもしれない。また、命綱が切れても同じだ。手動で撃つ以上、ここに居なければ、破壊砲は連打できない。
 彼は冷えた頭で、破壊砲を入念に準備し始めた。
 近づいてくるアルファ108星のどこへこいつを打ち込めば良いか、長年のエージェントの勘を頼りに、見定める。
『まずは、あいつの心臓部、制御系の集る場所を破壊できれば…。』
 勿論、外観図など見たこともないし、相手の心臓部がどこにあるかは、勘で探るしかない。さっきまで、あそこに捕らわれていた身の上の記憶を頼りに、推測するしかないのだ。

『あの構造から見ると、最下層辺りに制御部がありそうだな…。』
 そう思った。
 不気味に暗く見える最下層部。
『あの、最下層のどてっ腹に、まず、一発だ…。それから、上層部へ一発、最期にど真ん中へ一発…。ってところが妥当な線か。』
 そんな事を思いながら、準備に入る。

『一発も外せねえな…。』
 ビーム砲やバズーカ砲は扱いなれているから、ピンポイント射撃する自信はあったが、据付型の大砲となると勝手が変わる。しかも、安定が悪い宇宙空間だ。
 砲撃には冷静な見極めと、強靭な精神力が要る。しかも、一発も外せないとなったら尚更だ。
 ふうっと乱馬は一つ、息を吐き出すと、はっしとターゲットを睨み付けた。
『よっし!絶対外さねえ!』
 気合と共に、スイッチを入れると、ゴゴゴゴと傍から音が響いてくるように思った。
 光が砲内に溜まり始める。それを最大限に引きつけてから、撃つ。
 息が上がり始める。たらりと汗が額を滑り落ちた。

『はああっ!』

 拳を撃ち込むときの様に、気合を入れ、迷うことなく、一気にトリガーを引いた。

 ドオオッ!

 と音が砕けて、目の前を光の砲撃が飛散した。真っ直ぐに暗い宇宙空間に向けて飛び出す分子破壊砲。
 最初の一発は、見事、船倉部へと届いた。だが、やはり、威力が小さかったようだ。
 だが、アルファ108星の動きは止まらなかった。

『くっ!進路を止めることは出来なかったか…。』
 残念そうに見詰めるが、落胆などしている暇などない。すぐさま乱馬は、次の砲撃態勢に入る。
 予定通り、今度は上層部を狙うつもりだった。こうなれば、止まろうが止まるまいが、己の信念に従って、撃破するのみ。とっくに腹は決まっていた。

 駆動を止めなかったアルファ108星は、ドンドン近づいてくる。さっきの砲撃でバラバラになった破片が、周りを渦巻きながら飛んでくる。

『しゃあねえ、少し、砲撃のレベルを上げるか…。』
 時間的に撃ててもあと二回。それを考えて、今度は少し強めの破壊砲を撃つことにした。
 だが、それは至難の業となる。宇宙船の中だと調整ボタン一つで何事もなく、ぶっ放せるが、外となれば、勝手が違ってくる。また、砲撃による反動がいかに己に返って来るかも未知数だ。さっきでも、飛ばされそうになるのを、必死で捕まって耐えていた。これが何倍もの威力となって、己に跳ね返ってくるのだ。
 下手をすれば、三発目を撃てまい。
 だが、迷っている暇はなかった。

『南無さん!行くぜ!二発目えっ!』
 己自身に気合を入れながら、二発目を撃つ。
 飛び散る波動の光は、目の前で激しく光り輝く。
『くっ!』
 来るべく反動は、さっきの比ではない。
『うわあっ!』
 思わず、後ろ側へ飛ばされていた。シュルシュルッと命綱がのびる。このまま、吹っ切られたら終わりだ。宇宙の果てまでも飛んで行ってしまうだろう。ダークホース号本体に擦られながら、反動を耐える。
『耐えろっ!耐えてくれっ!あと、一発で良いんだ!』
 半ば祈るような気持ちで、宇宙空間を仰ぐ。
 衝撃は命綱が最大に伸び上がったところで止んだ。
『何とか耐えたか…。おっと、こうしちゃいられねえ…。三発目だ。後一発であいつを静めなきゃ…。』
 更に破壊され、原型をとどめないアルファ108星。だが、この期に及んでも、まだ、こちらに向かって進行を続けている。細部にまで使われている「ヒトゲノム」の中に眠る情報源のせいかもしれない。
『ちぇっ!しつけえ奴らだ。そんなに連邦軍関係者が憎いか…。』
 自嘲気味に乱馬は笑った。
『だが…。今度こそ、沈めてやる。』
 乱馬は命綱を辿りながら、再び、分子は解放の前に立つ。
『出力は手動モードの最大に上げる…。たとえ、そのせいで俺が灰燼と化しても…。ダークエンジェル号だけは守って見せるぜ!』

 乱馬は砲弾に向かって、気概を吐き出した。
 手元の取ってで、「MAX」と銘打たれたスイッチへ手を伸ばす。

 だが、その時だ。無常にも、アルファ108星の破片の一部が、乱馬の袂に落ちた。

『うわっ!』
 そいつは、乱馬が差し向けようとしていた砲弾の上に、勢い良くはじけた。バチッと目の前が光ったような気がする。
 が、その光が解けた時、目の前の砲弾を見て、ぎょっとした。砲弾の砲口が少し曲がりかけていたのだ。そればかりではない。ダークホース号の本体に止めていた金具が一つ、欠落し、今にも砲弾が落ちそうな状況になってしまったではないか。
『不味い!このままじゃあ、まともに狙えねえ…。』
 そう思った。
 が、修理する時間などあろう筈もない。
『こうなったら、俺自身が砲弾を支えるしかねえ…。』
 次の砲撃が最期になる事を悟った瞬間だった。
 それは決定的な事かもしれなかった。己の手で支えたとしても、人間の力には限界がある。砲弾を支えていては、飛んでくる破片を避ける事もできまい。それに、砲口の損傷が、最後の最後まで、分子破壊砲を貫かせてくれるかどうかも、危ないものだった。
 だが、己のことを顧みる余裕はない。最後の一発に手を抜けば、全てがパアだ。最後の最後まで踏ん張って、目標物を破壊しなければ、ダークホース号は沈む。中に残して来たあかねも、己と運命を共にし、最期を迎えることになる。
 
『頼むぜ…。ダークホース号。俺を男にしてくれ!あかねを守ってくれっ!』
 
 歯を食いしばって、ダークホース号と砲弾の間にできあがった、いびつな空間へと身を寄せた。そこに入り込んで、己の身体をしっかりと固定し、分子破壊砲を支えるのだ。
 砲口にあまりにも近過ぎる迎撃は、危険なのは承知の上だ。破壊砲が突き抜けたとき、少しでも気を抜けば、そのまま、破壊光線とともに無へと帰す。 
 たとえ、耐えられたとしても、その後に来る「反動」はいかなるものになるか、予想は立てられなかった。ダークホース号の船体にそのまま叩きつけられて圧死する危険性も高い。いや、さっきよりも強力な威力の砲撃を撃つのだから、その公算が高いだろう。


 と、傍らのダークホース号が淡く、光り始めた。
 蛍光色ブルー。いや、エメラルドグリーンのような美しい光。

「ダークホース号?」
 ハッとして乱馬は船影を振り返る。
 その瞳に映ったのは、まがいも無く、発光美しきダークホース号の姿。

『乱馬、私と同調(シンクロ)なさい…。』
 誰ともわからぬ女性の声が、朗々と響き渡る。

『誰だ?』
 思わず、その声の主に問いかけていた。

『片手で砲弾を担ぎ上げて、空いた片方の手をこの船体に合わせて重ねなさい。そして、あなたの気を砲弾へと注ぎなさい…。』
 穏やかだが凛とした声が脳に直接かかりかけてくる。

『砲弾へ気を注ぐだって?』

『ええ…。砲口は壊れている。このまま撃っても、ターゲットには当たらない。かすって遠くへ飛んでしまうのが落ちよ。だから、あなたの気の力で砲弾を押し出すの。ターゲットへ向けて真っ直ぐにね…。
 今はそれしか術がないわ…。気で流れを作り、そして、一気にターゲットへと吐き出すの。生き残るためにね…。』

『おめえ…。一体誰だ?何で、そんなアドバイスを俺に送る…。お、おいっ!まさかおめえ…。』
 乱馬はハッと振り返った。もしかして、ダークエンジェル号を司るヒトゲノム。そう直感したのだ。

『今は私がどこの誰であろうと、そんなことは関係ないわ。余計な事を詮索している時間は残されていない。
 早くっ!急いで!でないと、手遅れになってしまう!』


『一か八か、おめえに信じて賭けるしかねえって訳だな…。わかった…。おめえと同調して、気を送り込んでやらあっ!いずれにしても、このままじゃあ、この船は終わりだ。だったら…。』

 乱馬は声の主に言われたとおり、がっと、左手に砲口を担ぎ上げた。バズーカ砲を身構える時のように、肩にぴたりとくっつける。
『くっ!』
 予想以上に、砲口はずしりと肩にかかった。無重力状態のはずなのにだ。
 それから、空いた右手を、ダークホース号の胴体へとくっ付けた。

『目を閉じて。そうすれば、私の気が読み解ける筈。それを目いっぱい身体に感じて!そして、撃つの。思いっきり!』

 言われたとおり、目を閉じた。目を閉じれば、五感が澄む。ましてやここは何も伝わらない真空世界。

(感じる…。かすかだが、誰かの気を感じる…。暖かで柔らかくて、それでいて孤高の美しい気の流れ…。)
 乱馬なりに必死だった。
 あわせるということが何を意味するのか、良くわからなかったが、感じた気に己の体内から湧き上がる気を集中させた。

 ダークホース号にくっつけた右手の掌に異変を感じた。船体と合わさったところが、熱い。

『なっ…。』

 己の気へ、別の気が中から飛んでくる。懐かしい気だ。違和感などない。そればかりか、溢れんばかりの光が逆に己の掌へと集中し始める。

『この沸き立つ超力は…まさか…。』
 感じた瞬間、一瞬、ふわっと身体が浮き上がったような感覚を覚えた。

『今よ!ダーゲットを感じて、そっちへ気ごと、砲弾を撃ち放ちなさいっ!』

 また、女性の声が響き、乱馬に命令を飛ばした。

 と、次の瞬間、船体に合わさっていた右手から、大きなエネルギーが放出された。それを合図に、担ぎ上げていた砲口の先が唸った。
 みるみる眩い光が乱馬の目の前を突き抜けて行く。
 ズゴゴゴゴッとダークホース号が一緒に雷同したように思えた。

『汝、宇宙空間を彷徨いし忌まわしき星屑よ、我に仇なすものよ。我が超力により、深い眠りに就け。沈黙の世界へ…。』
 どこかで、呪文のような声が聞こえた。

『あかね?』
 あかねの声に似ていた。だが、良く聴くと、少し違う。あかねよりも、幾分か落ち着いた声だった。

 目の前に大きく浮かんでいた「アルファ108星」は、次の瞬間、一気に弾け飛んだ。眩いばかりの白い閃光を放つと、そのまま、一瞬にして、闇の中へと飲み込まれるように消えたのだ。跡形も無く。

 と、物凄い反動の超力が己にかかってきた。閃光炸裂と共に、吹き渡る暴風。みるみる、後ろ側に、命綱共々、飛ばされた。身体にかかる過負荷は、さっきの比ではない。そのせいで、腰元からふっつりと、頼りの命綱が切れた。
 ますます、勢い良く飛ばされる。

 だが、乱馬には悔いはなかった。どこの誰が己を助けてくれたのかは、知ること叶わなかったが、確かに、アルファ108星が砕け飛んだのを、この目で確かめる事ができたからだ。投げ出される瞳に映ったのは、アルファ108星の壮絶な最期の瞬間。闇に飲み込まれて行く瞬間だった。

『やったぜ…。へっ!キースめ、ざまあみろっ!』

 仰向けになったまま、飛ばされながら、乱馬は小さくガッツポーズを取った。己が絶体絶命なことを忘れているかのように。



 つづく




一之瀬的戯言
 結局、九話分、しっかり使ってしまった…。毎度、長くなるこの傾向をなんとかせんねば!と思いつつ、やっぱり長編になってしまうのでありました。
 で、ヒトゲノムの扱いも、この作品独自のものですので、あまり突っ込まぬように、先にお願いいたします。
 謎の女声の正体もそのうち、話の流れの中で見えてくると思います。「ファーストコンタクト」の冒頭部で出て来た女声と同じです。多分。

 
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