◇星河夜話

第六話 陰謀のレース


一、

 夜更けの、四方山話は果つることなく、まだ続いていた。
 すっかり、酒に酔いしれた三人。酒には人を素直にする妙薬でもあるような気がする。


「キース・アンダーソン。ウエストの鷹が現れて、俄かに胡散臭い空気に包まれた。
 奴の狙いは、俺のウエストへの奪取にあるという。」

「へえ…。あの時、キースが出張って来たのには、そんな裏が、やっぱりあったんだ。」
 キースの関与を調べあげていたなびきは、乱馬を見返した。
「乱馬君くらいの腕になると、ヤッカミ半分もあるだろうけど、ウエストからの勧誘も良く受けてたんじゃないのかい?」
 東風も好奇の目で彼を見た。

「まあな…。
 記憶にあるだけでも、数度、ウエストからの引き合いはあったよ。その度に、断ってきたけどよ。」
「何で?ウエストへ行けば、かなりの高給取りになるでしょうに…。」
 なびきはにやっと笑いながら、乱馬を見た。
「アホ!所属レベルを越えるのが、んな簡単なもんじゃねーってことは、なびき、てめえもわかってるだろ?
 地球連邦の諜報局が、ウエストとイースト、二分割されているのは知ってのとおりだ。二分割する事により、互いに局面を競い合わせ成果を挙げるってのが、当初の目的だったらしいが、この二極分離は、時に、火種を撒き散らしている事も然りだ。
 互いの巧を競うがあまり、足の引っ張りあいだってしょっちゅうあるんだぜ。
 その足の引っ張りあいのせいもあって、必要以上に互いを意識し、ウエストはイーストをイーストはウエストを毛嫌いしている。
 俺は、どっちに所属して任務を遂行してるかなんて、ガキの頃はあんまり意識しねえ方だった。たまたま、親父がイースト・エデン所属の諜報員だったから、そのまま、イーストで育てられたようなもんだしな。事実、幾度となく、親父諸共に、ウエストへの取り沙汰はあった。
 でも、その度にあからさまな争奪を演じてくれやがるから、いい加減、辟易となっていたことも確かだ。それに、ウエストへ鞍替えするとなると、それまでのシガラミなんかも全部捨てなきゃならねえし、結構面倒な事もあるじゃねえか。鞍替えした連中は「裏切り者」として、古巣ではマークされるし、新参者に厳しい連中も居る。針のむしろの上に座らされるようなもんだぜ。
 そんなところへ、好きで飛び込んでいく奴なんてえのは、よっぽどの事情がねえとなあ…。だろ?」

「あら、あんたくらいの腕と図太い神経ならさあ、針のむしろなんて、何とも思わないんじゃないの?」
 なびきはにんまりと笑った。
「あのなあ…。大きなリスクを抱えてまで、己の環境を変える必要もねえだろ?別にイースト側に居て、不自由を感じたこともねえしよ。イースト・エデンの中で、生き抜いてやる。十五歳を越える頃には、そう、決めてたんだよ。俺は。」
「へえ…。十五ってことは、あかねと出会う前よね。あかねと出会って考え方が変わったのかとも思ったんだけど…。」
 なびきは、乱馬の前で点灯する嘘発見器を見ながら、指摘する。どうやら、嘘も混じっているのか、赤色がチラチラ点灯しているではないか。

「たく…。余計な機械、持ち込みやがって!
 ああ、確かにあかねとコンビを組むようになって、イーストから出る気持ちが全くなくなったってことも確かだよ。」
「ふんふん…。」
 赤から緑に点灯するライトを見ながら、なびきが相槌を打った。

「とにかく、あかねに出会ってから、ウエストへ勧誘されても靡く気持ちは、全く持ち合わせていなかったことだけは確かだ。」

 また、中断した話を元に戻していく。

「奴の目的は俺をウエストに引き込む事。キースは、そう、はっきりと言及しやがった。

『どうだね?乱馬・早乙女。この機会にウエストエデンへ招聘されてくれないかね?』
 動けねえ俺を目の前に、余裕で笑ってやがる。そんなキースを見て、こっちは面白くねえよな。
『ご丁重にお断り申し上げるぜ。』
 って、言ってやった。
『何故だい?見たところ、イーストでは、あまり良い待遇じゃないようじゃないか。君くらいの腕があれば、一つ、連隊を任されても良いくらいだと思うがねえ…。』
『この状態で話をつけようっていう、おめえらウエストだって、怪しいもんだぜ?それに、俺は軍人じゃねえ。諜報員だ。』
 はっしと睨みつけてやったさ。

『まあ、そう言うと思ったよ。君はかなり頑固者らしいからね。父君に似て。』
『あの、タヌキ親父と一緒にすんな!』
 親父を引き合いに出されたから、余計にムッとなったね。」

「あら、乱馬君って、そんなにあの准将(父親)が嫌いなの?」
 なびきが助長するようにたき付けた。
「ああ、大っ嫌いだね!」
 乱馬は言い切った。
「何で、そんなに毛嫌いしてるのかしらん?」
「あいつ(親父)と、数日、コンビネーションを組んでみろ!誰だって嫌だって思うようになるぜ。自己中心だしよう、何より、己さえ、良ければ、身内だって盾にするような奴だ。」
「それは、君を逞しく育てるために、心を殺して鍛えてきたからじゃあ、ないのかね?」
 東風が口を挟んだ。

「けっ!表面上は何なと言えるさ。でもよう、俺が今日まで、俺はあいつのせいで、何度、風前の灯にさらされた事か!ガキの頃はあいつ以外に頼る奴が居なかったから、仕方なく、後ろをくっ付いて回っていたけどよ、あいつとコンビネーションを解消してやるって告げられた日は、そりゃあ、太陽系中を駆けずり回りたいほど、嬉しかったんだぜ!
 尤も、コンビネーションを解消するに当たって、結局、あいつが勝手に決めていた婚約者「あかね」の元へ体よく送り込まれたってことだがな…。」
 と、吐き出してみせる。
「あながち、嘘でもないようね…。」
 嘘発見器の反応を見ながら、なびきが笑い転げる。赤色点灯は、全くしない。心から父親を嫌がっているのが、汲み取れる。
「父親のことなのに随分な言い方だね…。」
 東風も苦笑したくらいだ。

「たく、父親らしいことは、これっぽっちもしてもらってねえからな。あいつには…。

 っと、話を元に戻すぜ…。

 キースの野郎の本当の目的は、俺の奪取よりも、あかねの能力を試すこと。それにあったと思う。じゃねえと、そんな、回るくどい作戦は実行しねえよ。
 あかねの件は、超級の極秘事項になってたから、キースの奴がどこまで知り得ていたかははっきりしねえ。だけど、俺と組まされている以上、何か大きな裏あると思ってたことは間違いがねえ。

『なるほど…。ウエストへ来る意志は持ち合わせていないと…。』
 余裕でキースは俺を舐めるように見やがった。

『へっ!だったらどうする?俺をこの場で狩るか?』

『動けない相手、それを翻弄するなんて、そんな卑怯なことはしないよ。』
 奴は笑った。だが、冷たい笑いだった。
『でも…。せっかくのご招待を断られたんだ。ただで済ませる広い心も持ち合わせていないよ。
 そら、あの娘、君の現在の相棒、あかね君だっけ?聴けば、まだ、ど素人の域を出ない新人だそうじゃないか。僕の申し出を断ってまでも、彼女と組もうと言うんだ…。彼女がどのくらいの器量の持ち主なのか、気になるじゃないか。』
『てめえ…。まさか。』
『ああ、試させてもらうつもりさ。どのくらい使い物になるかをね。それとも、何かね?単に、愛しているからというチンケな理由だけで、傍に侍らせているのではないだろう?君くらいの敏腕君が。』
『皮肉かよっ!そいつは!』
『まあ、それを知るためにも、試させてもらうさ。
 くくく、ここは、広い太陽系の中でも、走行が難しい小惑星の海の中だ。数多のトラブル、事故があっても不思議じゃないだろう?』
『何が言いたい?』
 俺はハッとして奴を見返したよ。
『勿論、一筋縄で簡単に走行させるつもりはないよ。そのために、彼らを呼び寄せたんだからね。』
 そう言って、笑った。
 そういえば、さっきから、小夏とつばさの気配が消えていた。
『てめえ、まさか!小夏とつばさをけしかけて、進路を妨害する気か?』
『くくく、あかね君だって、ただ、右京君と速さ比べをするだけなら、緊張感がなくて、面白くもないだろう?』

 嫌な野郎だぜ。鷹のように鋭いと言えば、聞こえが良いが、鷹は鷹でも禿鷹だぜ。あの野郎は!あかねにちょっかいを出すと宣言しやがった。

『この空域を、果たしてここまで飛び遂せる事ができるか。これは見物だと思うよ。乱馬君。』

『畜生!てめえ、最初から、その気で、俺をこんな風に閉じ込めやがったのか?』

『冷静沈着な、エンジェルボーイらしくないね…。そんなに彼女のことが心配なのかい?だったら、さっさとウエストへ来る算段をつけたら良いのだよ。愛しているからという理由で、傍に置いているのなら、エージェントなんか辞めさせて、さっさと結婚するべきだ。違うかい?』
 余裕を見せながらキースは笑った。
 奴め、動けねえ俺の目の前で、ウエストへ移籍しなければあかねをいたぶってやると暗に指し示す。

『姑息な手を使いやがって…。』
『さて、どうするかね?そろそろ、レースのスタートが切って落とされる頃だと思うがね…。』
 ちらっと俺を流し見る、下衆な瞳。
『あかねは…。おめえの姦計にやられるような奴じゃねえ…。』
『ほう…。信頼して、このまま飛ばせる気なのかね?』

 思案のしどころだった。あいつの腕は、まだ、未熟だった。俺とコンビを組むようになって、一年と少し。その間に、かなり、俺が基本中の基本を叩き込んでやったつもりだが、それでも、一人で飛ぶとなれば、不安要素の方が大きかった。
 だが、俺とこの先、地球連邦のエージェントとしてコンビネーションを組んで行くならば、ある程度の腕は不可欠だ。女神から授かった「ダークエンジェル」の超力も、その時点では未知数。たった一度の開眼で、どんな超力が備わっているのか、俺ですら見当はつかない。
 しかし、あいつの性格だ。どんな困難が待ち受けていようとも、レースを辞めるとは、絶対に自分からは言わないだろう。

『あかねは、絶対に、飛び切るさ…。おめえがどんなに邪魔しようとな…。』
 俺は、はっしと睨みながら、そう吐きつけた。
『良いのかね?そんな軽々しく、受けて立っても…。小夏もつばさも「シノビ」の教育を受けたものたちだよ。』
『はん、さっきの動き方を見ていれば、そのくらいはわかるさ。あいつら、ウエストのシノビ機関で訓練を受けた奴らだってね…。あの身のこなし、ただのカマ野郎じゃねえってな。』」

「へえ…。あの二人、シノビ出身者だったの。」
 なびきが赤い顔を向けながら言った。
「ああ…。右京の所で世話になる前は、二人とも、シノビ部隊で活躍していたカマ忍だったらしいぜ。」
「カマ忍ねえ…。物凄い言い方だこと…。」
 くくくと、笑いながら、なびきは乱馬を見る。

「ウエストの諜報部には「シノビ機関」という、特殊部隊があると、囁かれていりことはてめえも知ってるだろ?アジアン・ジャパニーズの祖先の大昔の歴史に登場する「忍者」にちなんで名付けられた名前のとおり、様々な諜報活動を行う秘密技を徹底的に仕込まれた集団だという。
 その実体は秘密のベールに包まれている組織だ。
 はっきりしていることは、ウエスト・エデンが「シノビ」と手を握っている事。それくらいだな。
 
 とにかく、キースは、一筋縄ではいかない連中を、二人、小惑星宇宙へと放ち、あかねの進路を尽く邪魔立てしようという魂胆だったんだ。
 宇宙に事故はつきもの。あかねを死へ追い遣る事も厭わない。そんな、魂胆が見え隠れしていた。

『君が、どこまで、冷静で居られるか。そして、彼女がどこまで、元シノビの二人の妨害に対処できるか。これは見物ですよねえ…。』
 どこまでも、いけ好かねえ野郎だよ。キースは!
 ただでさえ、右京と、本気でレースをするんだ。その上に、小夏とつばさが襲い来る。勿論、あかねはその事を知らねえし、俺も、みっともないザマだったからな。知らせる事もできなかった。
 ただ、じっと、あかねの様子を、小惑星群の中にご丁寧にもキースが先に仕掛けた、「小型カメラ」を通して送られてくる画像を、見詰めるしかねえ。
 己で動けないほど、じれったいものはねえぜ。

 あ、小型カメラは幾つか、小惑星群に仕掛けてあったようだけど、ここから先は俺の創作話も少し入るからな。」

「何で?」
 なびきがふふんと鼻先で問いかけた。
「しゃあねえだろ!俺は、拘束されてたんだからよ。ここから暫くは、後であかねに聞いた話を総合的に判断して、まぜて喋るからな。
 その、胡散臭い「嘘発見器」が赤色点灯しても大目に見ろよ!」
「あら、そんな事気にしてたんだ。きゃはは。」
 一転、なびきは笑い転げる。
「案外、気に病むタイプなのねえ。乱馬君って。」
 なびきはワイングラスを、くるくると手で回しながら言った。
「後であかねにちゃんと、何があったのか問い質してたんだ。どうせ、寝物語か何かで、探り出したんでしょう?」
「ばっ!その寝物語っつうのは、何なんだよ!」
 思わず、言葉を吐きつける乱馬。酒が入っている分、冷静さよりも直情的な部分が先走りする。なびきは、それを面白がる。
「文字通りよ。あかねと寝所を共にするに当たって、四方山話の中でさらっと聞いたんじゃあないの?」
「あほっ!んなんで、聞き出したりするかよっ!」
「きゃははっ、ビンゴみたいねえ。嘘発見器が赤色反応してる…。」
 嘘発見器は赤色点灯。それを指で指し示しながら、思い切りなびきは笑い転げる。

「だあっ!俺が、いつ、どこで、あいつから、あん時のいきさつを聴こうが、てめえらには関係ねえだろがっ!」
「あはは…。乱馬君、純情っ!やっぱ、ベッドサイドで聞いたんだ、きゃは!」
「もういいから、黙って聴きやがれ!」
 真っ赤になって、なびきを睨み返した。だんだん調子が狂ってくる。そんな感じだ。


二、

「あかねと右京のレースの幕は切って落とされた。

 天道ステーションを矢継ぎ早にスタートする。あかねは、ダークホース号を駆使して、レースに臨んだ。
 勿論、コクピットのみを分離して出た。
 ダークホース号はコクピット分離型の宇宙艇だからな。コクピットを分離し、それぞれの仕様にあわせてくっつけるだけで、中型船にも大型船にもなる優れものだ。勿論、小型艇で使いたいときは、コクピットだけで運行できる。
 あかねは、コクピットだけの仕様に変更して、このレースに臨んだ。
 小回りの利く小型船じゃねえと、この小惑星群の中を飛ぶのは至難の業だからな。それに、エネルギーの消費料も馬鹿にならねえ。
 できるだけ、身軽に飛ぶのが当然だろう。
 わざわざ、これ見よがしに用意してくれた、スクリーンに映し出されるレース。俺は、食い入るように見詰めた。
 俺とコンビを組んで一年。彼女だけで、宇宙空間に出たのは、始めてだ。二人で飛ぶときは、俺が操縦桿、あいつがナビゲーション。その形で飛ぶことが多かったが、訓練の意味で、たまにあいつに操縦桿を預けていたこともあるんだ。宇宙空間では何が起こるかわからねえからな。
 あいつは、性格からして、かなり大雑把な操縦をする。大雑把、煩雑、良い言葉で言えば大胆。
 小惑星の密集した空間を飛びぬけるには、繊細な神経だけじゃダメなんだ。思い切りの良さもねえと、萎縮して飛べねえ。
 あいつの、きっぷしのよさと、眠っている飛行センスに賭けるしかねえ。
 どの道、俺は、動けねえ。神に祈るなんて、そんな塩らしい心も持っちゃいねえ。あいつを信じて待つ。それしか、できねえんだからな。

 勿論、ハラハラ、どきどきさせられたぜ。
 ああいう場合、己が渦中に居る方が楽だな。親の立場のように、じっと我が子を見守るだけってのは、本当に、胃が痛くなるぜ。
 しかも、シノビの二人が、いつ、どうやってあかねを襲おうとするか、それもあったからな。

 予想に反して、右京とのレースは、拮抗した良い状態が続いたんだ。実際、あかねの奴、結構、右京に食らいついて、飛んでたんだ。いや、右京を上回っていた。

 キースの野郎の誤算。
 それは、あかねの「潜在能力」と「俺と共に飛んだ経験」を過小評価していて事が一番だろう。

 俺の睨んだとおり、あかねは、一年の間にかなり成長してたんだ。
 ま、俺の傍で任務に従事してたんだ。それ相応の成長はあって、然りなんだけどな。

 余計な茶々入れんなよ。黙って聴けよ!

 素人目にはわかんねえかもしれねえが、あかねを組まされて一年、俺は貰った任務の中で、彼女を育てることに専念したんだ。あいつ、宇宙感染症で一番大事な時期に戦列を離れていたっていうからな。技術的には中等幹部生並み、いや、それ以下の経験しか持ち合わせて居なかった。最初に出会った時のあいつを見て、薄々、経験不足を感じていたからな。
 だが、下手に先入観や情報がなかった分、俺には育て易かったのも事実だ。
 経験だけがあって、技術がゼロってのより、育てやすかったぜ。変なクセがついてねーからな。
 何より、あいつの「勝気さ」「負けず嫌い」が良い方に作動した。あの性分だ。俺がチクッと少し注意しただけで、火の如く猛前と立ち向かってきやがる。我ながら、上手い具合に、あいつの性格を操作してたと思うぜ。
 かなりきつい事も言ったけどよ。
 影ではどうだか知らないが、表面上は、めそめしねえからな、あいつは…。

 っと、そんな事はどうでも良いや。

 たった一年。されど一年。
 ああやって、端から見せられると、その成長ぶりがかなり伺えた。

 いや、事実、右京相手に、あれだけ善戦するなんて、予想以上の出来だった。

 ウっちゃんは俺と同じで、宇宙放浪者的な父親の元、エンジン音を子守唄に、宇宙船の中で育ってきたんだ。地に足を着けて育った連中とは根本的に違う。
 そんな相手に、互角に競争できるんだ。俺が睨んだ以上に、あいつの飛行技術は向上していた。」



「全く…。あかねの事を喋る部分は、本当に嬉しそうな顔してるわね…。ヒイキのし倒しと言うか…。あんた、普段は涼しい顔つきしてるくせに、酒が入ると口が滑らかになるわ。あかねに見せてあげたいわよ。」
 なびきが思わず茶々を入れた。
「うるせーよ!黙って聴けよ。喋らねえぞ!コラッ!」
 話の腰を折られて、ギロッと乱馬はなびきを見返す。
 そろそろ、東風は限界が近づいたようで、トロンとした瞳で、無言で二人のやりとりを見ている。



「レースの中盤に差し掛かって、あかねはスピードをグンと上げた。
 彼女なりに「行ける!」と思ったんだろうな。面白いくらいに、小惑星群を避けながら、操縦桿を握る。実力以上に波に乗ってやがった。
 対する右京は、「自負から来る焦り」みてえのがあったようで、明らかにあかねより遅れ始めた。冷静さを欠くこと、多くの場合、それは、負の方向へと働くからな。
 右京の船が遅れ始めたところで、キースは、目を瞬かせて、俺を見たね。

『あの娘、なかなか、やるじゃないか。右京君を抜き去るとは…。』
『あったりまえだ。俺が育てたんだ。』
『ふふふ…。だったら、尚更、潰し甲斐があるというものだ。』
『な、何だって?』

 野郎、通信機を手に取ると、小惑星の闇に紛れた、つばさと小夏に、指示を出しやがったんだ。「やれっ!」ってな。

 奴ら、小惑星の密集地点に先に飛んでいたらしく、そこで、小爆発を幾つか仕掛けやがったんだ。
 予め、時限爆弾を幾つも仕掛けていたんだろうな。一つが炸裂すると誘発するように。そんな嫌な仕掛け方だった。
 小規模なりとも、幾つかの爆裂が、引き続いて起こったんだ。

 バーン!
 最初に弾けたのは、あかねのすぐ後方。通り過ぎた後で仕掛ける。なかなか、見事な爆発だったぜ。

 不測の事態。あかねにはそう映ったろう。

 一つ炸裂すると、途端、あかねの四方八方で、幾つか爆発が続いて起こった。
 爆風でダークエンジェル号は安定を失うも、すぐに軌道修正される。俺が命を預けてるんだ。半端な船じゃねえからな、ダークエンジェル号は。積んでる電子頭脳など、機材は超一流だ。あかねの腕が未熟でも、多少は自動制御される。とはいえ、小惑星の破片がぶつかれば、一貫の終わりだ。
 瞼の裏に、必死のあいつが浮かんでくる。
 近くに居て、手が出せない辛さ。信仰心なんかこれっぽっちもねえが、さすがに俺でも、神に祈りたいような心境になったぜ。

 だが、あいつは、追い込まれれば追い込まれるほど、冷静になれるタイプなんだ。
 直情的なあいつは、窮地に置かれると、逆に肝が据わるみたいなんだよな…。
 どんな状況下に置かれても、パニック状態にならない。こいつは宇宙を飛ぶ上では、絶対的必要条件でもある。
 それに、俺の元、ナビゲーターとしての頭角が現れ始めていた事も幸いした。

 通常任務では、俺が操縦桿を、あいつはレーダーを見詰めている。周りに気を配り、宇宙空間の遺物やすれ違う宇宙船を確認する作業だ。あいつは目が良い。それに、ナビゲーターとしての素質が元々あったんだ。人間にはそれぞれ適材適所ってのがあるからな。
 
 追い詰められたあいつの冷静さは、画面からも伝わってきた。
 小夏やつばさの放った爆撃からも、良く避けていたぜ。追い込まれると、動物的な直感もますます研ぎ澄まされてくるんだろうな。
 こっちも、あいつの奮闘が思い浮かんで、ふっと微笑みまでこぼれてきやがる。動けずに、煮え湯を飲まされているってのによ。

『ほう…。この状況を難なく交わしていくか…。君が相棒にするだけあって、彼女、かなりの腕は持っているようだね。』
 俺が余裕こいていると思ったのだろう。キースはそんな俺を見ながら言った。
『でも…。小夏も右京もシノビとしては、それぞれかなりの腕を持っているんだよ。そろそろ本気になるんじゃないかな。』
 あいつも余裕をかましていた。当然、これくらいで済ませる気はねえ。そう言いたげだった。

 小惑星の中には、ただの塵のような星の欠片から、星になり損ねたでかい奴まで、雑多にある。
 あかねと右京が飛んでいる空間にも、結構でっかい星屑が浮かんでいたさ。
 
『あれを破壊したらどうなるだろうね?』
 くすっとキースが笑った。

『じ、冗談だろ?あんなの、破壊したら…。』
『物凄いエネルギーが沸き立つ。一瞬でもね。それを避けることは、いくらあの娘でも無理じゃないかな?』
 あの野郎、楽しげに言い放ちやがった。
『でも、そんな事をしたら、右京だって無事じゃすまねえぜ。』
 ちらっと俺はキースを流し見た。
『大丈夫。右京君の船には、強力バリアーが装備されているんでね。連邦政府高官が使うような、強力な奴だよ。』
『けっ!右京の腕なら、バリアーが完備されていたら、切り抜けられるって寸法かよ。そう上手い具合にいくものかね?』
 忌々しげにキースを見上げた。
『まあ、この先、どうなるか、とくと見学させてもらおうじゃないか。乱馬君。』

 もとい、キースの奴は、つばさと小夏をけしかけるつもりだったろう。
 奴の合図と共に、あかねの宇宙艇から数百キロも離れていない小惑星天体に、衝動が走った。小さいとはいえ、円周数百キロの小惑星一つを、核爆弾でぶっ飛ばすんだ。その傍を通り抜ける宇宙艇に影響が無いわけが無い。
 さすがに、シノビの訓練を受けていただけはある。つばさも小夏も、見事なまでの、ぶっ飛ばし方だったぜ。
 こっぱ微塵だ。こう、ドッカーン!っと。

 その爆風は、傍を通っていたあかねの宇宙艇を直撃した。いや、宇宙艇ばかりじゃねえ。その脇に散らばっていた星屑たちにも衝撃が走るから性質が悪い。

 当然、ダークホース号は爆風でぐらついたさ。吹き抜けんばかりの爆風だ。操縦者の意志など、クソ食らえってな具合にな。
 普通の宇宙艇なら、さすがに、その爆風に太刀打ちはできなかったろうさ。でも、キースは、ダークホース号をも見くびってやがったんだよ。」

 乱馬は思い出して小気味が良くなったのか、ふふんと鼻先で笑った。

「そうよねえ…。ダークホース号、あの船は特別製だものね…。」
 わかっているのだろう。なびきも一緒に笑った。

「ダークホース号。この船は、俺がガキの頃から命を預けてきた船だ。どうやって、あのハゲ親父がこんな優秀な船をくすねて来たのかは知らねえが、超一級の装備と性能が備わっている。普通の任務船とは比べ物にならねえくらいな…。しかも、定期的にメンテナンスも受けていたようだ。多分、後ろ側に相当、信頼できる凄腕エンジニアが居るんだろうよ。
 だから、爆風をどてっ腹に受けながらも、コントロールが効いていた。決して操縦不能には陥らなかったんだ。

 あかねも頑張ってたんだろうな。
 星屑になる訳にはいかねーもんな。
 ダークホース号のフル装備と己の知恵、そして勇気を使って、必死で対処してやがった。

 あいつ、予知能力みてえなのも本能として持ってるかもしれねえ。
 見事に、周りで誘発する爆風を避けて、飛んでやがった。いくら宇宙船の装備が良くても、星の欠片に直撃されたら、終わりだからな。

『彼女、予知のミュー因子を持っているのかね?』
 まだ、余裕があるらしく、キースが笑っていた。
『知らねえよ…。連邦政府の書類上には、そんな因子の話は載ってねえぜ。』
 俺はキースを見ながら答えてやった。
『潜在…か。それも、本当の危機に直面しないと出てこないタイプの…。連邦宇宙局も把握していないくらいの…。』

 あかねの潜在能力に関しては、思い当たる節はいくつかあった。
 あいつ、己が危機に陥ると、予想以上の能力を発揮する事があるんだ。これは俺の憶測の域から出ねえが、もしかすると「ダークエンジェルの超力」と、少なからず、関係があるのかもしれねえ。彼女の遺伝子の中にこんこんと眠り続けている防御本能…とでも言うのかな。
 俺はその場に同席してた訳じゃねーから、何とも言えねーんだが。
 後であかねに確かめたら、あの時は必死だったそうだ。何も考える余裕なんて無かったそうだ。無我夢中の極致に居たらしい。
 ま、当たり前だろうな。
 いつもは頼れる俺も傍に居ねえ。それに勝負は続いている。
 突き進むしかねえ…。ただそれだけを思って、対処していたらしい。

 面白いほど、ダークエンジェル号は爆風を避け、修羅場の中を潜り抜けていく。

 だが、彼女の善戦とは裏腹に、右京の船が危機的状況に陥ったんだ。
 バリアーは効いても、コントロールが効かない状況。さすがに、つばさも小夏も、そこまでは計算できなかったろう。
 小惑星の爆発で、強力な磁場が生じたらしいんだ。発生した磁場に煽られるように、右京の宇宙船も影響を受け始めた。ふらふらとコントロールを失った宇宙艇が、磁場嵐の中へ捉えられたんだ。
 相当優秀なメカじゃねえと、磁場を乗り切るのは至難だぜ。一気に磁場嵐みてえなのが、船の傍を吹きぬけてみろ。計器類は一瞬でやられる。操舵不能になった船ほど、厄介な代物はねえ。
 いくら、右京の船にバリアーコントローラーを搭載してあるにせよ、所詮は民間の小型宇宙艇だ。俺たちエージェントが使用している最新鋭とは訳が違わあな。磁場嵐の中、平然と飛行なんかできるわけがねえ。

 あかねの奴、苦境に陥った右京を放ってはおけなかったんだ。
 まあ、あいつらしいっちゃあ、あいつらしいんだが。
 己の事だけでも大変なのに、磁場に入ってきた右京の船にまで、救済の手を差し伸べようと、足掻き始めた。下手すると、ダークホース号でもコントロールが効かなくなる。あいつが右京にしてやれた事は、右京の船に迫る小惑星の破片を、ビーム砲で打ち砕く事くれえだったがな。
 それでも、何も無いよりは数段、効果はあったと思うぜ。
 あいつなりに必死で、磁場空間を泳いでいたさ。右京の宇宙船に迫る、破片を打ち砕きながら、己の船をコントロールする。あかねのどこに、そんな、度胸が据わっていたのか、今となっては不思議なくれえだ。
 不幸中の幸いは、小惑星破壊を仕掛けた、つばさと小夏が、己たちの行状の不味さにすぐさま気付いて、援護砲撃をしてくれたことだろう。もっとも、あかねの船を迎撃するために仕掛けた、破壊兵器が、凶器と化した小惑星の破片を粉砕するに役立つとは、あいつらも思わなかったろうがよ。
 最終的にあかねは、あかねはダークホース号を反転させ、右京の船とドッキングしたんだ。
 ダークホース号は変幻自在の宇宙艇だからな。小型船としても運行可能だが、違う船とドッキングして一艘の宇宙艇としても使える機能を持ってるんだ。そいつを利用したんだよ。
 コントロールが効かなくなった右京の船へ、救いの手を差し伸べるように、ドッキングさせた。
 いやあ…。端から見ていて、あんな芸当を、あの、不器用な大雑把女が平然とやってのけるとは、正直、俺ですら、予想だにしなかったよ。
 窮地に追い込まれたときの、あかねの底力、火事場の馬鹿力が出尽くしたんだろうな。
 つばさと小夏の迎撃も功を奏して、何とか無傷で右京の船とドッキングすると、あかねは力を降り注いで、磁場嵐の軌道から抜け切ったんだ。

 磁場嵐から抜け出た時、右京はあかねにこう問いかけたそうだよ。

『何で、敵である、ウチを助けたんや?あのまま、磁場嵐の中に放っておかへんかったんや?』
 とね。
『そんな後味の悪い事、あたしが出来るわけ無いじゃない。それに、軍務に就く者は、全力を賭して、一般民間人を助ける義務ってのがあるわ。
 あんたが死ねば、乱馬だって哀しむ筈よ。だって、あんたと乱馬は幼馴染みなんでしょう?』

 その言を聞いて、右京はあっさりと勝負を降りたんだそうだ。
 闘う気力が削げたというよりは、彼女なりに納得して導いた結果だったんだろう。何より、横槍を入れたのが、己の子飼いだということに、自尊心を傷つけられたろうに。

 労わるように、右京の元に駆けて来た、つばさと小夏にこう言ったそうだ。

『ウチは、八百長は好かん!真っ向から勝負を挑んで勝ちたかったわ!何で、あかねの進路を妨害しようとしたんや?』
 ってね。

『右京様のためです…。』
 小声で答えたカマ忍。
 二人とも後ろで、キースが後ろで糸を引いていた事は、さすがに話せなかったろうな。

『アホ!勝負は正々堂々闘ってこそ、意義があるんやないか!ウチに勝たせてくれ…なんて、これっぽっちも望んでへん!
 この勝負はウチの負けや。潔く、認めるわ。』

 きっぷしの良い右京はそう言って、敗北宣言したんだそうだ。」

「ふうん…なるほどねえ…。そんな経緯があったんだ。
 で?捕らわれの王子様は、駆けつけたあかねに救出された、って訳ね。」
 なびきが真っ赤な顔を差し向けながら乱馬に尋ねた。

「ああ…。まあ、そういうことになるわな。」

「キースはどうしたのよ。」

「はん!あの、いけすかねえ野郎、そのまま、トンズラこいたさ。まさか、ウエスト・エデンが後ろに居たなんてこと、公にもできなかったろうしな。勿論、全ての痕跡を消し去って、そそくさと姿を消したよ。」

「ってことは、あんた…。捕らわれのまんま、あかねとご対面しちゃったのねん?」
 なびきがせせら笑い始めた。だが、そろそろ、酒と眠気の限界が来ていたようで、さっきまでの覇気はなく、目もとろんとしていた。
「ばっ!だったら悪いかよ!」
「あかねとご対面した時の、状況、見てみたかったわ。想像するだけでも可笑しいもの…。」
 鼻先でくすっと笑ったなびき。
「想像すんなっ!馬鹿っ!」
 乱馬も顔を真っ赤にして、畳み掛ける。

「その後、ま、あれで、あかねは無事に「試験」にも合格したことになって、あんたと、コンビネーションを続けられる事になったし…。あれからあんたたちは、経験を積み重ねるごとに、近づいていって、今じゃあ、事実婚だものね…。籍は入ってないだけで。
 あふ…。さすがに、これだけ飲んだら、ダメねえ…。
 東風先生はとっくに寝ちゃったみたいだし。」
 そう言いながら、なびきは傍らの東風を見やった。いつしか東風は、酔いつぶれて、机に突っ伏したまま、眠っていた。

「かすみさん…。むにゃむにゃ…。」
 というような寝言がかすかに聞こえてくる。

「お姉ちゃんの夢、見てるのね…。幸せそうに微笑んじゃってさ…。」
 なびきはふううっと甘い吐息を吐き出す。
「恋する者の特権だな…。恋を枕に就寝か…。」
 乱馬も東風の顔を覗き込みながら言った。
「おめえはどうなんだよ…。恋の一つや二つは経験したんじゃねえのかよ。」
 乱馬はそのまま、なびきに言葉を返した。
「うっふっふ…。ひ・み・ちゅ。」
「だあっ!何がひみちゅだ、似合わねえっ!」
 そう言いながら乱馬は席を立った。

「ちょっと、どこへ行くの?あたしを置いてえっ!」
 酔っ払いなびきがとがめる。
「トイレだよ!飲んだ分、出るから仕方ねえだろ?」
 そう言いながら、立ち上がる。
「立ったついでに、お酒でも持ってきてよ。ほら。」
「まだ、飲む気かよ?」
「まだ飲めるわよ。」
「この、うわばみめ!」
「文句ある?」

 義弟としては逆らえまい。やれやれと言わんばかりに、一つ大きな溜息を吐き出すと、
「はいはい、わかりましたよ、お姉さま。」
 乱馬は席を立っていった。





つづく




一之瀬的戯言
 さらっと流し書きした中に、次に繋がる、大事な伏線をどう忍ばせていくか?
 なんてことを、話を作りながら考えるのも楽しいものです。この快感があるから、連載作品は辞められないのです。
 ただ、長らく書かずにほったらかしてしまうと、プロットが飛んで、この先の展開ってどうするんやったっけ?と考え込むこともあるのが曲者ですが…。


 
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