◇星河夜話
第五話 捕らわれの王子様
一、
乱馬の夜話は続いていた。
途中、なびきが取り付けた「嘘発見器」によって、その話は嘘だと突っ込みを入れられた。乱馬にとっては迷惑な機械だったが、それはそれで、酒の飲み話、各人、退屈な夜長を愉しんでいるようだった。
「さてと…。嘘発見器云々の話は横へ置いておいて…。
話を元へ戻すぞ。
えっと、どこまで話したっけ…。
あっと、ウっちゃんがあかねに、どっちが俺のパートナーとなるに相応しいか、勝負しようと持ちかけたところまで話したんだったな。
『不服があるって言うんやったら、ウチと勝負しようやあらへんか!』
というウっちゃんの話に、
『良いわ、やってやろうじゃないのっ!』
ってあかねが乗ってしまったんだよな。」
「ええ、そうよ。その後、あたしとかすみお姉ちゃんには「任務」が入ってしまったから、その先は結論しか知らないのよねえ…。あかねが勝利を勝ち取ってさあ、あんたとパートナーを続けるって事しかねえ…。
お父さんが気を利かせたのか、あたしとかすみお姉ちゃんは「テロ事件」の捜査に借り出されたのよっ。
後で、いろいろ訊いたんだけど、あかねもあんたも口が堅かったし、お父さんも「当人同士、かたがついたんだから。」とご機嫌でさあ…。あれからあんたはあかねとは「事実婚」ってな具合になってしまったしねえ…。
たく、右京が乱入してきてさあ、これから面白くなるってところだったのに…。お父さんも連邦軍も変な横槍入れてくれたものだから、知り損ねたのよねえ…たあくっ!」
なびきが酒臭い息を吐きつけながら、当時を思い出して訴えかけた。
「でもね、何だか釈然ともしないし、悔しいから、あたしもごそごそ自分の手を使って調べてみたのよねえ…。乱馬くぅん!」
はきはきと話していたと思ったら、今度は甘ったるい声も出す。なびきにも、相当、酒が回ってきたようだった。
「あん?」
乱馬は何を調べやがったと、言わんばかりになびきを見上げた。
「ふっふっふ…。だからあ、実は右京はイーストエデンが仕掛けた「試験官」だったってオチは調べがついてんのよねえ…。
ほら、あれでしょ?
あんたが天道ステーション(うち)に赴任して一年、あかねがあんたのパートナーとしてやっていけるかどうか、見極めるために派遣された調査試験官。それが右京だったんじゃあないのお?」
酔っ払っているとはいえ、ある部分、なびきは冷静に乱馬に己の疑問を投げかけてきた。
「おめえさあ…。どうやってそんなネタ、仕込んで来るんだ?」
なびきの投げかけた言葉に、乱馬は思わず、背筋が冷えた思いがする。
「へっへーん、あたしの手腕を見くびるんじゃないわようっ!」
なびきが得意げに笑った。
そうなのだ。なびきが指摘した如く、右京は連邦軍諜報部が差し向けた「試験官」だったのである。あかねの適正と乱馬とのコンビ具合を見るために、派遣された、それが、右京だったのだ。
「…ま、いいや…。
タネを明かすとよ、おめえの調査どおり、結論から言うと、ウっちゃんは「試験官」だったんだ。あかねの超力と俺とのコンビ具合を見るためのな。
九能が連邦中央部へ報告した「アンナケの事案」。そいつの最終判断を下すために使わされた「試験官」、そいつがウっちゃんだったんだ。」
「やあっぱり…。」
なびきはにっと酒臭い笑いを浮かべた。
「で?」
東風となびきが雁首を並べて、乱馬の次の話を待っていた。
「どうやって俺との関係を調べ上げて、連邦軍人事部が彼女、ウっちゃんにその「任務」を与えたのかは知らねえ…。
が、ウっちゃんのあかねへの煽り方は、そりゃあ見事なものだったぜ。」
乱馬は遠くへ瞳を巡らせながら、再び、話し始めた。
「あかねを煽ったウっちゃんは、まんまとあいつに勝負を引き受けさせた。
それが、あの「レース」だったんだ。
そう。小型宇宙船を駆使して、俺が捕らわれている小惑星群の果てへ辿り着くってよ。
たく…。人を何だと思ってやがったのか。
で、その上に、もう一人、厄介な奴が介入してきたからな…。」
「キース・アンダーソンでしょ?」
くすっとなびきが悪魔的に笑った。
「てめえ…。」
乱馬は暫し言葉に詰まる。
「本当に、末恐ろしい奴だな…。そこまで調べ上げてたのかよ…。」
感嘆の言葉を漏らさずにいられなかった。
「ええ、まあね。でも、それ以上は…。さすがに連邦裁判にかけられて、首をチョン…なんてのは洒落にならないから、彼が出張ってきたって以上のことは調べてないんだけどねえ。」
なびきが、ワイングラスをゆっくりと回しながら言った。
「ああ。確かに、あの件にはキースが絡んでたんだ。ウエスト・エデンのあいつがな…。」
忌々しいと言わんばかりの口調で、乱馬はくわっと目を見開いた。
「まあ、あんまり話の腰を折るなよ…。どこまで喋ったかわからなくなっちまうぜ…。」
「あはは…気にしないで、さあ、次、いったんさい!」
酒に酔いしれ、なびきはいつもに増して明るかった。或いはこいつも「酒癖」が悪いのかもしれない。
「キース・アンダーソン。「ウエストの鷹」と呼ばれたあいつが、右京の後ろに潜んでいたとは、さすがに俺でも予想できなかった。
まあ、右京が立会人として、彼女の子飼いの女男を二人、推挙してきた辺りで裏の裏があるって、気が付くべきだったんだろうな。」
「子飼いの女男ねえ…。」
「何だか、物凄い表現だね。それ…。」
東風も一緒になって笑った。
「ああ。ありゃ、どう見たって、女男だぜ。」
と憤然と言い放つ。
「右京の子飼いの女男。
確か、名前は「つばさと小夏」って言ったかな。女装好きな野郎ども。」
「女装好きってことは、あんたも変わりがないんじゃないの?」
なびきがくすっと笑った。
「変わるわい!俺のは嗜好じゃねえっ!呪いだよ、呪い!あいつらと一緒にするな!馬鹿!」
乱馬は肩を怒らせて、じろりとなびきを見返した。
「はいはい、興奮しないで、次!」
自分で話の腰を折ったことなど、二の次で、なびきは乱馬をけしかけた。
「奴らとウっちゃんの関わりがどんなものかまでは、さすがに俺も知らなかったけど、あいつの親父亡き後の宇宙行商のパートナーたちだってことはわかったさ。
ま、所謂、経営者と従業員的な関係とでも言うかな…。大方、借金の肩代わりか何かで、右京にくっついて回ってたのかもしれねえけど…。まさか、元イースト・エデンの諜報員だなんて、誰が思うかよう!
『ルールは簡単に行こうやないか。
乱ちゃんはどっちに肩入れも出来ないように、予めゴール地点に隔離させてもらうで。』
ウっちゃんはそう宣言した。
『隔離だあ?』
俺は思わず、苦言を呈したね。
『ああ、乱ちゃんは中立な立場に立っててもらわんとな…当然やないか。』
ウっちゃんはにっと笑う。
『まさか、あかねと一緒に行動もできへんやろ?乱ちゃんは、捕らわれの王子様や。うちらはそれを助けに行く、女騎士っちゅうところやな。』
『何よ…それ。』
怪訝なあかねの突っ込みに
『この勝負のコンセプトや。』
『コンセプトですってえ?』
『ああ、そうや。こうやって予め、ストーリーを敷いておけば、その気になるやろ?うちらは棘の小惑星に捕らわれた王子様を助けに行く。それを勝負にするわけや。』
とまあ、ウっちゃんはそんな事を言い出した。
『御伽噺じゃあるまいし。何よ、それ。』
当然、あかねはむすっとしてた。
『ウチは形から入る方やからな…。あかねにはそんなウチの乙女チックなところ、わからんかもしれへんけど。』
『わかりたかないわよ!気持ちの悪い!』
辟易とあかねが言い放つ。
『とにかく、小惑星群の外れ、D地点のアルファ108星で乱ちゃんには待機しとってもらう。そこをゴールにするんや。』
予め敷かれていた試験内容を、そのまま踏襲していたんだろう。ウっちゃんは呆れるあかねを尻目に、ぐいぐいっと勝負を引っ張って行った。有無を言わせない勢いで、ウっちゃんのペースだけにはめられていく俺たち。
途中で、おめえやかすみさんにテロリスト追撃の司令が、連邦宇宙局木星支部から流れた時点で、天道のおやっさんも、右京の正体が「試験官」だってことを知らされたんだろうな。
おやっさんからの反撃異論は、ピタリと鳴りを潜めていたさ。
俺が反発しようとするのを、おやっさんはぐっと引き止めたんだ。それで、裏に何かあるって、俺も悟ったって訳。
『これは、乱馬君。君とあかねのエージェント生命を賭けた賭けでもあるんだよ。だから、右京君の言うようにさせてやりたまえ。』
と、おやっさんは、あかねに聞こえない声で、こそっと影で俺の袖を引いた。
『あかねと俺のエージェント生命を賭けた賭け?』
怪訝な顔で見返す俺に、おやっさんは一言だけ言ったんだ。
『あかねが君の右腕にとるに足る存在か否かを、この勝負で見極める必要が生じたって事だよ。』
いつになく、真剣なおやっさんの瞳が俺を圧倒していた。
『これは命令ですか?』
端的に俺は訊いたさ。
天道ステーションに身を置く限り、軍属として、天道司令の命令は絶対だからな。おやっさんが下したのが「命令」ならば、従う以外に道はねえ。
『ああ、命令だ。私よりもずっと上の方からのね…。』
『わかりました。拝命します。』
渋々、承知したというわけだ。
「上の方から」というおやっさんの言葉尻に、連邦宇宙局の意図があることを、汲み取っていたよ。命令といわれれば、従うしかないだろう?それが軍属の哀しき掟だからな。
『乱ちゃん、D地点アルファ108星までは、どのくらいで飛べる?』
ウっちゃんは俺に訊いてきた。
『ダークホース号なら四時間もあれば。』
『それ以外の曳船なら?』
『コクピットの性能によるけど、まあ、六時間もありゃ完璧に飛べるな。』
じろっとあかねを見返しながら、俺は言った。
『さすがだね…。普通でも半日以上は悠にかかる航路だが…。』
おやっさんが俺を見ながら言った。
『パイロットの腕が並みなら、そのくらいはかかるでしょうがね。』
障害の多い、小惑星群を飛ぶのはそれなりに、腕が必要なわけだが、ガキの頃から宇宙船を扱ってる俺にとっては、造作もない事だった。宇宙空間が俺の遊び場だったからな。
『じゃあ、勝負は乱ちゃんが到着する六時間後、地球時間の午前零時。ってことでどや?』
『ええ、それでかまわないわ!』
『じゃあ、それまでは、宇宙船を整備するなり、身体を休めるなりするが良かろう。右京君、ウチのドックを好きに使いたまえ。整備班の方に話は通しておくよ。』
『至れり尽くせりやな…。サンキュー、天道司令のおっちゃん。』
感謝の意を述べた右京。
『勝負は、公平でなければね。』
おやっさんは、司令官らしく、懐が広かった。
『じゃあ、乱ちゃんは、ウチの従業員二名と、先に、アルファ108星へ飛んでいっとって。』
『一人でもかまわねえが…。』
得体の知れぬ、ウっちゃんの子飼いの子分に、付きまとわれるのは何となく気が引けたからな…。そう返答したが、
『乱ちゃんは中立的な立場を守ってもらわんとあかんからな…。ウチの従業員二人と一緒に行動してもらうわ。つばさ、小夏、しっかりやりや。』
『はい、右京さまあっ!』
『しっかりやりまあすっ!』
ハートマークが飛びそうな甘ったるい声で、つばさと小夏が返事した。思わず、ドキッと心音が唸ったぜ。これでも健康的な男子だからな。
『鼻の下伸ばしちゃって!』
すぐ脇で、あかねの怒号がした。彼女特有のヤキモチがつい、口に出たのだろうさ。
『大丈夫や。こいつら二人とも、こう見えても、男やねん。』
うっちゃんは、さらっと言って流した。
『男?この二人が?』
俺もあかねも目をぱちくりさせて、つばさと小夏を見返した。
『ほれ!』
そう言いながら、ウっちゃんは、二人の宇宙服の胸元をビビッと開いた。
『いやん!』
『右京様のエッチ!』
黄色い声には似合わない、上げ底胸の下には、確かに胸の膨らみはなかった。代わりに、男の厚い胸板が見えたときは、さすがの俺も、うげっとなりかけたぜ。
『本当…。あんたたち男なんだ…。』
あかねが感嘆したように、二人を見比べる。
『生物学的にも、正真正銘の男やで。』
にっと右京が笑った。どういう了見で、この二人が女装しているのか、分からなかったが、人間の中には、ごくたまに性別が反転しちまう病理現象が、たまに起こるらしい。
『こいつらの方が、おめえより、ずっと、女らしいぜ!』
『何ですってえっ?』
ぼそっと吐き出た俺の言葉に、あかねが目をひん剥いた。
『すぐカッとなって鼻息を荒げる…。そういうところが男みてえなんだよ…。おめえは!たく。とにかく、負けたくないなら、せいぜい、繊細な飛行をして来いよ。じゃねえと、小惑星群にぶち当たって、こっぱ微塵に玉砕するかもしれねえんだからな。おめえは、荒っぽいからな。』
と、一発、嫌味のようなアドバイスを食らわせた。
『はん!あたし、絶対に負けないんだから!』
勝気な彼女は、闘争心そのものへ火が灯った様子だった。
『せいぜい、頑張りな…。じゃ、先に行くぜ。』
俺は、つばさと小夏を伴って、先に飛ぶ宇宙船へと乗り込んだ。
『あんた、その船は…。』
ダークホース号で俺が出ると思っていたのだろう。
『アホ!天道ステーションで一番の性能は、「ダークホース号」だぜ。おめえが使え。』
『でも…。』
『四の五の言わずに、ダークホース号で出ろ。あ、コクピットのシステム変更は自分でやれよ。腕に自信がなかったら、おやっさんにでも手伝ってもらってな…。まだ、六時間も、出走までには時間があるんだから。』
そう言って、俺はあかねの持ち船、ミルキーホース号へと乗ったんだ。
こういう勝負は、船の性能と操縦如何によって、変わってくるからな。二番船よりも一番船で出るのが一番だ。それに、あかねは俺とコンビを組むようになって、ミルキーホース号に乗ることは、殆どなくなっていたからな。ずっと、ダークホース号で任務に就いていらから、あの時点では、恐らく、ミルキーホース号より扱いやすくなってた筈だ。」
「乱馬クンって、案外優しいところがあるのねえ…。」
ねちっと、なびきが言った。
「案外とは何だよ!案外とは…。」
「どうあっても、あかねに勝たせたかったんでしょう?だから、ダークホース号であかねを出場させるべきと判断して…。うりうり…。」
と乱馬を横から突っついた。
「そうしょっちゅう、パートナーを交換させられてたら、かなわねえだろが…。それに、「闇の女神」から与えられた「超力」の覚醒のことも気になってたしな…。あかねから離されるわけにはいかなかったんでいっ!」
「あはは、真っ赤になっちゃって、乱馬君、純情ーっ!」
げに、酔っ払いほど、迷惑なものはない。
酒の勢いで、普段の数倍、なびきはハイテンションになっていた。
二、
「で、俺はミルキーホース号で、先にゴール地点である、D地点のアルファ星へと飛んだんだ。ウっちゃんの女装カマコンビと一緒にな。
ダークホース号からはかなり性能が劣るミルキーホース号だが、俺の手にかかれば、それでも充分、力は発揮できる。
ウっちゃんの子分らが「きゃん、すごーい!」とか「操縦上手ぅーっ!」と黄色い声を出しながら、横に侍ってやがった。たく、声の出し方まで「女然」としてたからよ。気持ち悪いったらありゃしなかったがな…。」
「もしかして、言い寄られたとかあ?そういうのはなかったのん?だって、相手はカマさんたちだったんでしょ?」
なびきはじっと乱馬を見返した。
「お生憎様、あいつら、別に、俺に色目なんて使わなかったぜ。」
乱馬の言葉に嘘発見器は反応しなかった。
「ちぇっ!あながち嘘でもないのかあ…。つまんない。あたし、てっきり、宇宙船の中でカマちゃんたち二人に絡まれて、大騒動だったのかと思ったのに…。」
「あんなあ!他人事だと思って、面白がるなっつーのっ!」
ダンと乱馬は一発、テーブルを叩いた。
「まあまあまあ…。興奮しないで、乱馬君。続きを話してよ。なびきちゃんも変なちゃちゃは入れない…でね。」
東風がニコニコしながら、促してきた。
「たく…。つばさも小夏も、見てくれはともかく、男としては正常だったみたいだぜ。どっちかっつーと、俺よかウっちゃんに気があったみてえだし…。
とにかく、あいつらと行動を共にしたせいで、俺は酷え目にあったんだ。
D地点アルファー108星。
小惑星群は木星と火星の間にベルトのように分布している星屑群。幾つか密集地があり、D地点と名付けられたポイントは、まさに烏合の星屑たちがひしめき合ってる空域(そら)だ。
昨今は星間トンネルが幾つも開通してるから、小惑星群を直接飛んでいくのは、俺たちのような「特務官」か犯罪者と限られたものになりつつある。まあ、誰が好んで、面倒な惑星群を飛びたがるか…だよな。
それゆえに、ひしめき合う地点は、盲点ともなる。
天道ステーションのまわりは、結構密集地だから、滅多に宇宙船が飛んで来ねえがよ…。それ以上に密集してる厄介な空域。それがD地点だったんだ。
ウっちゃんが、そこをゴールに選んだのも、連邦宇宙局の、いや、ウエストエデンの差し金と見て、間違いねえだろう。あかねの腕を見極めるのには、最適のコースだったね。飛びながら、感心したくらいだ。
小惑星の中のアルファー108星。
取るに足らない小さな星屑だから、ローマやギリシャ神話の女神名はついてねえ。が、アルファー108星で、ピンと来るならば、それはかなりの腕利きってもんだ。
アルファー108星。
通称、煩悩星。そら、百八は人間が持つ、煩悩の数だって、言うだろ?
小惑星Dポイントをその昔、荒らしまわっていた、海賊たちが残した隠れ家の一つ。
この空域は無法地帯が長らく続いたからな…。
そういった、海賊たちの遺構が残された星屑が数多存在もしてたんだ。
当然、俺も、聞きかじったことがある名前だったから、すぐにピンと来たよ。だから、ナビゲーション無しでもすっと真っ直ぐ飛んで行けた。まあ、後で考えたら、ナビゲーションシステムを使っとくべきだったんだろうがな…。
『さすがですねえ…。こんなチャチな宇宙艇でも短時間でひとっ飛びだ何て。』
つばさが目を輝かせて褒めた。
『ま、当然だ。そこいらのパイロットとは腕が違うんでな。』
どんなに込み合った空間でも、普通のパイロットの倍以上はすっ飛ばせる。そんくらいの腕は持ってるつもりだ。
だから、アルファ108星へ着くまで六時間ほどだった。
『航路も見事に最短を、障害物を避けながら飛んでるわ…。』
でも、あいつらが掌を返したのは、そのすぐ後だった。
アルファ108星の湾口へ着岸するや否や、俺に銃口を突きつけがやったんだ。
『おい!何のつもりでいっ!』
すぐに応戦態勢を取ろうとしたが、小夏が俺の目と鼻の先に「手投げ弾」を翳し叫びやがった。
『大人しくしてくれないと、この船をこっぱ微塵に破壊しますよ。』
とね。
すぐに応戦しようと思えば、出来たんだろうが、ミルキーホース号はあかねの船だ。傷つけたら何て言われるか。
それに、もう、地球時間零時間近だ。あかねはウっちゃんと、この星目指して出発した頃だ。
少なくとも、あいつらの目的地はここって訳だ。下手に応戦するより、大人しく従うと見せかけておいた方が得策かと考え直した。
あいつらの狙いが何なのか。それを見極める必要もあったしな。
俺はすぐさま、両手を挙げた。降参のポーズだ。
『わかったよ。言うとおりにしてやるよ。』
『じゃあ、自動制御を解除して、この船をこの場へ固定停泊させてください。』
『了解。』
俺は操縦桿をオフにして、言われたとおり、自動制御を解除し、ミルキーホース号を湾口へ停泊させ、エンジンを切った。
『で?どこで待機させるつもりなんだ?』
俺はジロッと奴らを見返した。
『降りて。』
小夏がアゴで俺を促す。二人とも、手には銃器。俺が少しでも要らぬ素振りを見せたなら、俺ではなく、あかねのミルキーホース号を破壊するつもりらしい。
『降りろって言われてもよう…。あっちは空気が存在してるのか?ここで仏になるなんてのは、嫌だぜ。』
と一応嫌がる素振りを見せる。
『それなら大丈夫です。右京様たちがここへ到達するまでの間くらいは、充分余裕がありますわ。』
小夏の返答に
『随分、自信ありげな言い方だな。もしかして、調査済みか?』
『ええ。勿論ですわ。』
その答えを聞いて、やられたと思ったね。
やっぱり、こいつら、何か意図があってここへ俺を連れ込むつもりなんだとね。
まあ、あかねのミルキーホース号から離れ切って、破壊される危険がなくなったら、今度は、きっちり返礼してやる。そう思いながら、俺は、タラップを渡った。
が、敵も去ること、俺の魂胆など見通してやがったみてえで、つばさがこんな事を言いやがった。
『あ、私たちに逆らおうなんて、浅はかな事は考えない方がよろしいですよ。乱馬さん。』
『ちぇっ!その余裕。爆薬を仕掛けたってことか?』
『良くお分かりで…。』
にっこりと微笑むカマ男二人。あまり良いものじゃねえな。こいつら、本当は男だと思っただけで、何故か鳥肌が立ちやがる。
俺のウイークポイントがあかねだということをわかってて、仕掛けてきやがるのか、それとも、本気で右京と俺を組ませようと目論んでいるのか。
俺は、促されるままに、アルファ108星へと降り立った。
奴らが言うとおり、空気は制御されていた。気流状態も悪くはない。ちゃんと、地球連邦の基準を満たす成分みたいだった。
そこは、人の手が存分に入ったアジトだった。
もう、何年いや、何十年、放り出されたままだったのだろう。制御装置は長らく止まっていたのか、計器類にサビはきていなかったが、それでも、かなりオンボロの一昔前の物だということは、明らかだった。
連邦軍に攻撃されて破壊された風でもない。
しっかりと、システムは生きていやがる。
『へえ…。こんな場所がまだ、遺されてんだな。』
キョロキョロと辺りを見回しながら、言った。
『ええ、先回りして、ちゃんと、通電システムなんかも生き返らせてありますわ。』
『それは、用意周到なことで…。で?何でまた、こんな手の込んだ事を?』
『あら、右京様がおっしゃっていたではないですか。』
つばさはにっこりと笑って言い切った。
『あなたは捕らわれの王子様だって。』
その言葉を聞いて、何故かぞわわわっと、逆毛がそばだったね。
『捕らわれの王子様だとお?ふざけんな!』
つい、俺の男性本能が大いに刺激されちまい、大声で抗っちまった。
『ダメですよお…。ここでそんなおっきな声なんか、出しちゃあ…。』
にっと薄気味悪く、小夏が笑う。
ガコン!
と音がして、何かシステムのスイッチが入ったような気がした。いや、実際、コンコンコンとどこからともなく、機械音が響き始めた。
『ごめんあそばせ。』
そう言って、つばさは、俺の背中をトンと押しやがった。
『え?』と思う間もなく、足元からぐらぐらと崩れた。床だと思っていた場所が、底抜けたのだ。
『わああっ!』
バランスを崩した俺は、そのまま、奈落へと真っ逆さま。
『くっ!』
それでも、バトルスーツに仕掛けてある、てぐすを放ち、壁へと投げる。それで、ぶらんと釣り下がり、何とか落下激突だけは免れる。
だが、奴らは俺の数メートル上だ。
『てめえらっ!いったい、何のつもりで?』
俺はキッと上を見上げて、言い放った。
『だから、あなたには捕らわれの王子様になっていただくんです。言ったでしょう?』
『ふ、ふざけんなっ!この野郎!』
ぶらぶらとぶら下がりながら、また怒鳴る。
『こんなところ、抜け出して…。』
俺は、振り子のように身体を揺らし始めた。反動でどこかへ捕まり、そのまま、上に抜け出ようと考えたのだ。
『ダメダメ…。もうここの侵入者捕獲システムは動き出してしまったんですもの。』
『それなら、てめえらも、浸入者じゃねえかっ!』
同じ穴の狢(むじな)だと言わんばかりに、言ってやったさ。
『私たちは大丈夫。準備万端ですもの。』
奴らは、みるみる、防護服のようなごっつい宇宙服へと転じる。ほれ、あれだ。真空の宇宙へ出るときのような、ヘルメットからがっぽりと身体を包み込むあれだ。
『なっ?』
厳重なまでの装備の変化に、俺は目を見張る。
と、次の瞬間、身体に異変が走った。
『うわあっ!』
壁に伝わせたてぐす越しにそいつは這い上がってくる。
もぞもぞと機械の触手が幾重にも重なりながら、俺目指して伸び上がってくるのが見えたのだ。機械の植毛だぜ。暗闇越しに見るそいつは、不気味だった。
『な、何だ?こいつは!』
容赦なく、俺にまとわりついてくる。もぞもぞと、肌にせり上がり、たちまち、俺を包んでしまう。
どうやら、こいつらは、人間の体温に感知して、追いすがってくるタイプのシステムらしかった。
それが証拠に、防護服で体温をシャットアウトした、つばさや小夏には目もくれず、俺だけを目指して、伸び上がってくるんだ。
俺がそいつらに飲み込まれ、思わず、てぐすから手を離してしまった。いや、重みに耐えられなくなって、プツンと糸が切れたように、切り落とされたのだ。
『畜生!これじゃあ、捕らわれの王子なんかじゃねえじゃねえかっ!俺は芋虫かよう!馬鹿野郎っ!』
苦しくなる息の下、思わず叫びながら、また、下へと落下する。
幸い、触手たちのおかげで、落下時の衝撃からは免れた。でもよう、お間抜けな感じだぜ。芋虫のように、包まれたまま、落下したんだからな。
その先どうなったかって?
奈落の底に投げ出された俺を、もっと屈辱的なことが待ち構えていやがった。
芋虫のように、包んでいた触手は、俺の体温に触れ、あろうことか形状を変えていきやがったんだ。特殊化合物だったんだろうな。
『な、何だ?こいつは!』
身払う暇も無く、そいつらは、俺の身体に合わせて、ぴったりと俺の身体を包み込みやがる。がんじがらめに動けぬようにな。首から下は、そいつらにすっぽりと固められてしまった。
どう言葉で表現したら良いかな…。
その物体は透明に変化したから、顔から下を氷づけにされて壁のレリーフにされたような…。だな、ありゃあ。」
「へえ…。乱馬君の氷像の壁かあ…。ちょっと美味しい光景ねえ…。」
ちらっとなびきが乱馬を見上げた。
「何だよ、その美味しいっつうのは!」
ギロッと乱馬はなびきを見返す。
「まあまあまあ…。視覚的に美味しいって事なんだよ。乱馬君。」
穏やかに東風が笑いながら言う。
「そんな、穏やかな表情でするっと言わないでくれよ…。東風先生…。
ま、とにかく、俺には地獄だったぜ。
手も足も、透明な物体に固定されちまって、動くのは首から上だけってんだ。
『さすがの、イーストの凄腕も、そうなったら滑稽だね。』
俺のすぐ傍で声がした。男の声だ。
『誰だ?』
きびっとそちらを見上げる。男の居る辺りは薄暗く、顔ははっきりと見えない。だが、シルエットと声で、相手が誰かわかったね。
『てめえが黒幕かよ…。キース・アンダーソン!』
俺は、キッとそっちへ声をかけた。
『やあ、久しぶりだね、エンジェルボーイ。』
奴は、俺の目と鼻の先で笑った。
俺もこの世界長いからな。ウエストの連中とは、任務上、幾度と無く正面切って衝突してる。
キースと渡り合ったことも、勿論あったぜ。あ、まだ親所の庇護下に居た頃の話、ではあるけどよう。親父より少し年配の好紳士。トニックで香る金髪と、きちんとした清潔な姿。典型的なブリティッシュ・ヨーロピアン。
俺は野性男児だったからな。己の手は汚さないで、策をめぐらせる、あいつみてえなタイプは一番嫌いだった。
『何で、てめえが、こんなとこまで出張ってきてやがんだ?』
『私がわざわざ出向く理由は、ただ一つだけだと思うがね…。乱馬君。』
『おめえに、君呼ばわりされる、筋合いなんかねえぞ。』
果敢に見上げる。手足は動かなかったが、気で負けたくはなかったからな。
『ふふふ…。そんな姿になっても、活きが良い。さすがに、イーストの若手ナンバーワンと謳われるだけある。』
『てめえ…。』
腸煮えくり返りそうだったが、ぐっと堪えた。
束縛されている以上、下手に煽るのは不利だからな。
『私が出て来たのは、勿論、君をウエストへお招きするためだよ、乱馬君。』
くすっとそいつは笑った。
『ウエストエデンへ招聘(しょうへい)してくれるってのに、この扱いか?』
ギンギンに睨みながら、俺は吐き出した。
『まあね…。君はそのくらい、がんじがらめに束縛しておかないと、何をやらかすかわからないだろう?』
『ご丁寧に、カマ男二人、たきつけて俺を捕獲したっつうのか。生憎だが、俺は、ウエストへ行く気持ちなんか、爪の先ほどにも持っちゃいねえぞ。』
『それも良くわかっているよ…。だからこそ、私がここに居るんじゃないか…。』
そう言いながら、奴は、俺をじっと見詰めた。」
つづく
一之瀬的戯言
第七話こそ軽く書き流すつもりだったんです…。なのに、やっぱり濃厚な展開になってしまっとるやん!
このまま突っ切ります…延々と(苦笑
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