◇星河夜話

第四話 乱馬、語る


一、

 世の中、酔っ払いほど厄介な人種は居ないかもしれない。
 真夜中の天道ステーション。
 夜が更けてゆくごとに、上がるテンション。ぐるぐる巡るアルコール。

「きゃはっは、じゃあ、あかねが初恋なんだっ!」
 なびきの浴びせかけた一撃は、強烈だった。

「なっ!」
 火の出んばかりに顔は赤く熟れる乱馬。

「真っ赤になっちゃって、こんのおっ!」
 普段は冷静沈着な、東風まで今夜はやけにテンションが高い。

「あたしねえ…。前から訊いてみたかったんだ。あんたとあかねさあ…。最初はあーんなに反発しあってたのに…。どうして、そんなに仲良しさんになったのよっ!?是非、その経緯を訊いてみたいわあ。」
 ふうっと吐きつけられるのは、甘いワインの香り。
「だいたいは予想がつくのよねえ…。三年前の星祭り。あの辺りからよねえ…。一緒に居る時が極端に増えたのは…違うかしらん?」
「ああ、そうだね…。確か、乱馬君の幼馴染みの娘が、ここへ乗り込んで来た辺りで、一気にあかねちゃんとの距離が縮まったんじゃあ無かったっけ?」
 なびきと東風のチグハグコンビが、ずいいっと乱馬に迫った。なびきはともかく、アルコールでテンパッた東風には、得体の知れぬ「迫力」があった。
「そうよねえ…。あの時、乱入して来た小娘。右京とか言ったわよねえ…。あんたは言い訳がましく、幼馴染みだとか何とか言ってたけど?大方、家に来る前に、どこかの星でたらしこんだ娘っ子じゃないのお?」
「なっ!」
 だんだんに乱馬の顔が歪み始める。唐突に何を言い出すかと、思ったのだ。
「だから、ウっちゃんとは何もねえって!あいつは、本当にただの幼馴染みだったんだからよっ!」
 と反論を試みる。
「あら、そう?あんた、エンジェルボーイって呼ばれてた頃、結構、浮名流してたでしょう?」
「あん?」
「ふっふっふ…。あたしの情報網を馬鹿にしないでよね。何も知らないって思ったら、とんでもないんだからあ。」
「言いがかりだ!そんなのっ!」
 思わず、乱馬のテンションが上がった。この女は何を言い出すか、と、そんなきつい瞳をなびきへ手向ける。
「だいたいさあ、ただの幼馴染みが、わざわざ辺境の宇宙ステーションまでやって来る事態も穏やかじゃあなかったしねえ…。生憎、あの時、父さんが気を利かせたのか、それともはたまた単なる偶然か、あたしとかすみお姉ちゃんには、急な任務が入ったから、事の顛末をはっきりとは知らされてないのよねえ…。
 お父さんやあかねに尋ねても、上手い具合にはぐらかされてるって感じでさあ…。何より、お父さんは急に接近したあんたとあかねの仲に大満足で、あの騒動なんて、どっか彼方へ吹っ飛んじゃったみたいだし…。」
「僕も、あんまり興味本位で訊いちゃいけないと思って、詳しい事は、実は全く知らないんだ…。本心では、ずっと、何があったのか、詳しく知りたいとは思っていたんだけど…。いい機会だ。是非、聴かせてくれ給え、乱馬君。」
 ぐいっとなびきに右肩を、東風に左肩をつかまれた。二人とも、既に、相当出来上がっていて、ちょっとやそっとでは、放してくれそうに無かった。
 これはこれで、大そうな拷問を受けているに近い。
 だんだんに、乱馬に不利になっていく。多勢に無勢。東風などは、普段が真面目なだけに、面妖すぎる不気味さを秘めていた。何より、二人とも、目がすわっている。

「わかったよ!話してやるよ!
 その代わり、他の奴には絶対に秘密だぜ。なびき、特におまえ。面白がって、他の奴に情報を売るなよ!」
 と一言釘を刺した。
「そんなの…。売るわけないじゃないのぉ。はからずしも妹の事が絡む話よう。」
 と手を払い除ける。
「おめえ…。妹でも義弟でも、金が絡むと、へいへいと売る真似を何度もしてきてるじゃねえか…。」
「あーら、随分な言い方ねえ。しません。天神地祇に誓って…。」
 と、選手宣誓するように右手を高く差し上げる。
「んじゃあ、ついでに、真面目に話すから、横から茶々入れんなよ。」
 はあっと溜息を吐きつけながら、乱馬は言った。だんだんに酔いどれていく、なびきや東風とは裏腹に、乱馬は醒め始めているようだ。彼も酒が強い方ではなかったが、エージェントのタガがある一定以上の横ズレを防御する方向に働くのかもしれない。
「あんたの話がおもしろけりゃね…。茶々なんか入れませんよ。」
 もっともらしいことを言う。
「それから、これっと…。」
 そう言いながら、なびきは楽しそうに笑うと、乱馬の腕にブローチをつけた。
「な、何だこれはっ!」
 乱馬は腕を振り回しながら、怒鳴った。
「あはは…。これは簡易嘘発見器よ。」
「嘘発見器だあ?」
「もし、あんたが、あたしたちに嘘話を吹き込んだら、赤くランプが点灯し始めるわ。嘘じゃなかったら、緑のランプのままだけどね…。わかる?でね、この鍵がないと外れないわよ。あたしや東風先生が満足できる話をしてくれたら、外してあ、げ、る。」
 そう言うと、懐に鍵を仕舞い込んだ。
「おめえなあ…。」
 前につんのめりながら、乱馬は額に右手を当てた。
 何だか、なびきに言い様にあしらわれているような気がした。このまま飲まれるのは癪に障る。
「ま…良い。」
「あら…。あんたらしくもない。すんなり手かせを受け入れるってえの?」
 乱馬の反撃を予想していたのか、なびきがへらへらと笑った。
「ああ…。天道ステーション(ここ)へ来て以来、おめえの何たるかはある程度知り尽くしているつもりなんでな…。」
 そう言いながら乱馬は立ち上がった。
「乱馬君?」
 東風が彼を不思議そうに見上げた。
「ああ、おかわりを取ってきます。もう、ワインセーラーは空っぽでしょう?すぐ戻りますよ。」
 そう言って笑った。
「あら、えらく気が利くじゃない?」
 なびきがにやりと笑った。
「長いよりになりそうなんでな。もうちょっと酒と肴を仕込んどこうと思ってよ。それとも、リタイアするか?俺としてはその方がありがたいけどなあ。」

 乱馬はキッチンの奥のワイン蔵へ入ると、適当に二本ほどワインボトルを鷲掴みにすると戻ってきた。それを、氷の中へ突っ込むと、今度は冷蔵庫を漁りだす。適当なチーズやら缶詰を取り出すと、鼻歌交じりでそいつを皿に取り出す。

「あんた、見かけによらず、結構マメだわねえ…。」
「皮肉か?そりゃあ…。」
「あかねはかなり不器用だからねえ…。あんたが結構マメに動かざるを得ないんでしょうけど…。」
「ああ、ご明察どおり…かもな。」
 にっと笑い返すと、こなれた手つきでチーズをジャックナイフで切り分け、缶詰からコンビーフを取り出し塩コショウを上からふりかけてフォークで軽くほぐす。クラッカーを箱から出し、皿に並べる。それらを、食卓へトンと並べて置いた。
「結構、エプロンも似合いそうだわね…。乱馬君。」
「それって褒めてんのかよ?」
「言葉どおりよ。」
「ま、良いや。酒も肴も揃ったし、俺の話をおっ始めようか…。」

 乱馬はワイングラスを手に取ると、それを口に含みながら、なびきのリクエストに答え、話し始めた。



「おめえらが、ウっちゃん、右京・久遠寺の事を、どう見てんのかは俺は知らなねえが…。彼女は古い馴染みなんだ。言わば「幼馴染み」と言ったところかな。

 右京・久遠寺。
 あいつは、天王星星域で幅を利かせていた「宇宙商人」の娘なんだ。
 宇宙商人。平たい言い方をすれば「行商人」。
 太陽系の中には、まだまだ、未開発なところも多々あるからな。輸送システムやらが確立されてねえ辺境の地もある。ましてや、俺みてえに宇宙船住まいって奴も多々居る。近くに大きな商業星があれば良いが、そうでねえ環境だってある。
 でも、需要と供給って経済活動は、どんな環境でも必ず生じるもんだ。辺境の環境を埋める者。それが「宇宙商人」と呼ばれている行商人たちだ。
 彼らは御用聞きみてえに、商品を配送請け負う事もあれば、直接出向いて商品を見せて回ることもある。言わば、移動百貨店みてえな感覚かな。
 ここは一応場末でもステーション基地だから、民間に扮した軍の輸送船が定期的に食料や衣料品、医薬品に至るまで運んでくれてるから恵まれてるけど、ガキの頃の俺たちはそうもいかなかったさ。

 天王星星域で活動していた俺たちは、たまに右京の親父が運営していた移動百貨店を食料や必要物資の供給元として利用していたんだ。そうだなあ…。多い時で数ヶ月に一度程度。向こうからこっちへ出向いてくれていたっけか。俺はガキだったから、細かいシステムについては知らなかったが、彼女の宇宙船が来るのを、手を折りながら待ったものさ。
 宇宙放浪生活の中で、唯一許された娯楽。それが彼女の宇宙船での買い物だった。子供だましみてえな小遣いを貰って、彼女の船で許される買い物は、俺に取っちゃあ至福の時だったさ。
 楽しみはそれだけじゃねえ。彼女の親父さんが作る、玄人(くろうと)好みの「お好み焼き」。ウっちゃんがその技を受け継いでるから、彼女がここへ来た時、おめえらも食ったろう?ありゃあ、子供心にもそりゃあ、魅力的だったさ。

 ま、そんなで、ガキの頃の俺は、ウっちゃんの船が来るのが楽しみでならなかった。

 これは俺の憶測の域を出ねえが、おそらく、親父は食料や日常品の他にも、彼女の親父から「情報」を買って居たんだと思う。行商人ってえのは、あっちこっちの宇宙(そら)や星を渡り歩いているからな。案外、大きな情報源を持っていたりするんだ。

 まあ、そんな中で彼女の親父さんと、情報の交換条件か何かで、俺の知らない「密約」ってのがあったんだと思うぜ。
 俺をたばかって、ここへ送り込んだあのクソ親父のことだ。

 おめえらには、何の脈絡もなく、唐突に彼女が天道ステーションへ乗り込んできたように思えたろうが…。今にして思えば「兆候」はあったんだ。」

「兆候?どういうことかね?」
 東風が尋ねた。

「アンナケの「連理比翼ミッション」(第四章・闇の狩人参照)から帰って間なしの頃、親父から、メールが送られてきてたんだよ。」

「比翼連理ミッションって…あかねに女神から超力を託された、あのミッションかしらん?」
 なびきが乱馬を見詰め返した。」

「ああ…。あの、結婚式ごっこのミッションだよ。あかねは変な超力を託されるし、俺は巻き込まれるし…。散々だった、あれだよ、あれ。」
 思い出して不快感に捕らわれたのか、乱馬は急に不機嫌な表情になった。

「まあ、あのミッションのおかげで俺たちゃあ、ダークエンジェルという忌まわしい超力を得てしまったし、言わば、運命共同体を無理矢理共有させられちまったんだからよ。」

「もしかして、後悔してるのかしら?」
 グラス片手になびきが笑う。
「んな、訳ねーだろっ!後悔なんかしてたら、この仕事は勤まらねえ。生きていく以上、立ち止まるわけにはいかねえからな。後悔なんてもってのほかだ。」
「そうよねえ…。あかねはともかくも、あんたは天道ステーション(ここ)へ赴任して来て最初の任務の時から、あかねのこと、かなり気に入ってたみたいだし…。」
「るせえよっ!何を根拠に…。」
「あかねを上手くたきつけて、上手い具合に己のペースに乗せちゃったじゃないの。」
「あのなあ…。」
 これ以上絡むと、酔っ払った勢いで何を言い出されるかわかったものではない。乱馬はグッと堪えて、その話題をここで切った。

「ま、いいや…。とにかく、あかねを鍛えなおし始めて一年が経過して、忌まわしい超力を女神に押し付けられて、離れられねえ運命共同体になって、多少なりとも情が芽生えて…。ってな。
 だが、少なくとも、納得してねえ奴が居たんだよ…。俺とあかねが結ばれることにな。」

「それが、ウっちゃんだったわけ?」

「まあ、そうなるわな…。」

 乱馬は再び空っぽになったなびきのグラスに、自分が持って来たワインボトルをなみなみと注ぎ入れた。

「確かに…。あんたを訪ねて来た、彼女は物凄い剣幕だったものね。」
 なびきが思い出しながら笑った。
「そうそう、僕なんか、いつ医務室から呼び出されるかって、おたおたしてたよ。」
 と東風。

「親父の奴は最初から、ウっちゃんが乗り込んで来るのがわかってたらしいんだよ。
 アンナケから帰って来た頃合だったか、それまで音沙汰も何もして来なかった親父の奴が、何を思ったのか俺にメールを一本寄越してきやがったんだ。」

「へえ…。あの、恐持(こわも)てのお父さんが?何て?」

「あれの、何処が、恐持てだよ!ただのハゲ親父だよ!…ま、それは良い。
『近く、厄介事がおまえのところへ持ち込まれるだろうが、フンドシ締めて乗り越えろ。頑張れ、息子よ!』ってな。確か、そんな簡単な文面だったと思う。
 何のこっちゃかわからなかったから、良いやって打っちゃっておいたんだが…。
 今にして思えば、親父の野郎がウっちゃんを、この天道ステーションに怒鳴り込ませたようなもんだったんだと思う。いや、絶対にそうに違げえねえっ!。」

 苦々しい思い出が蘇り始めた乱馬は、ぐっと持っていたチーズの銀紙ををギュウッと握り締めた。

「親父の奴がウっちゃんをここへたき付けたって思う根拠は、いろいろある。
 ああいう稼業をずっと続けている親父だ。己の任務をこなすために、いろいろやばい橋を幾つも渡っていたと思うんだ。
 いくら腕があっても、コブつきだったし、まだ、右も左もわからぬガキコブの俺を養いつつ放浪任務をこなしていたんだから、それなり、苦労もあったろうさ。
 これは俺の想像でしかないんだが、恐らく親父の奴、宇宙商人だったウっちゃんの父親に、何か「借り」みてえなのがあったんだと思う。あのスチャラカ親父のことだ。ウっちゃんを俺の嫁に迎えても良い…なんて、虚言一つでも吐いたのかもしれねえ。
 こんな時代になっても、子々孫々を次へと送り出すのは、一つの、高尚な使命だ。ウっちゃんの親父が、どういう了見で、俺を己の娘の伴侶にと思ったのかは知らねえが、とにかく、彼女の中では、俺が「将来の伴侶」と思い込ませる事情があったんだろうさ。
 クソッ、腹がたつ!」
 酒をたらふく飲んでいるので、自己分析しつつ、つい、怒りに走る。

「あーら、乱馬君の初恋が案外ウっちゃんだったんじゃないのぉ?この際だから白状すればあ?」
 なびきが笑いながら突っ込んでくる。

「だからあ、それは違うっ!って、何度も同じ事、言わせるんじゃねえ!
 ここで断っておくが、俺がウっちゃんが女だって気付いたのは、彼女が単身、この天道ステーションへ飛び込んで来た時なんだぜっ!そんとき、ウっちゃんが女だって、初めて知ったんでいっ!」
「はあ?」
 なびきと東風が、怪訝な顔を差し向けた。それを軽く流しながら、乱馬は続ける。
「だから…。俺は、天道ステーションに来たあん時まで、ウっちゃんは「男」だと思ってたんだよ。」
「何よそれ。」
 なびきが呆れ顔で乱馬を見上げた。
「ウっちゃんも荒くれた行商の世界に育ったようだし、ガキの頃は身体にもメリハリがねえじゃんか。声だって男も女も甲高いし、何より、ガキの頃はウっちゃんは俺よか逞しいぐらいだったからさあ、てっきり男の子と思ってたんだ。俺の目に、彼女が女とは映らなかったんだよ。」
「ほうほう…。」
「セクハラね…。その発言。右京が聞いたら何て言うか…。」
「別に何とも思わねえんじゃねえかねえ…。ま、まずはそこのところを押さえた上で、話を訊いてくれよな。じゃねえと、ややこしくなる。
 それから、下手な茶々は入れんな!じゃねえと、話してやんねーぞ!」
 酔っ払い相手に、一発牽制をしておく。いや、己も酒が入っているから、随分態度は横柄だったと思う。

「天道なびき、大人しく訊きまあすっ!」
「小乃東風も同じく!」
 二人は、しゃきっと背筋を伸ばした。この二人も、相当酒量が体中を回っているようである。

「あんまり期待はしてねえが…。ま、とにかく、話すか。ずっとウっちゃんとのことを誤解された変な目で見られ続けるのも嫌だし…。」

 乱馬はゆっくりと話を始めた。



二、

「『乱馬・早乙女が、ここに世話になってるやろ?』

 そう言って、彼女が、移動百貨店の宇宙船で俺を訪ねて来たのは、アンナケの比翼連理ミッションが終わって、間もない頃だった。
 アンナケで相当な目に遭わされた俺たちの、ボロボロになった精神と肉体が、やっとこ回復して、次の任務にも就けそうかと思った頃だったと記憶している。
 女神に与えられた一呼んで「ダークエンジェル」の超力。そいつの開眼が及ぼした俺たちへの衝撃は、想像以上に俺たち二人の精神と肉体に影響を与えていたさ。特にあかねは、アンナケで暴走した事を、意識の下に沈めてしまっていた。
 はっきり言って、血みどろの暴走だったからな。覚えていたら覚えていたで、多分、精神的にもっとダメージがきつかったろう。彼女の中にある「自己防衛のための断片的記憶喪失」は俺にとっては、正直ありがたかったよ。余計な事を話す必要が無かったからな。
 あの星であった事を全て彼女に話すのは、さすがの俺も躊躇われていた。あかねがあの凄惨な己の行いを覚えていたら、どう声をかけるべきか、相当悩んださ。下手するとあかねの精神状態を最悪にもしかねねえしな。
 時の女神が与えた超力で暴走してからの事は、一切覚えて居なかった。

 これ幸いと、俺は東風先生に言われたとおり、ある部分を創作して彼女に伝えたのは、なびきも知ってのこった。
 おかげで、俺に吹き込まれた大部分を、そのまま鵜呑みにした彼女は、吹っ飛んだ記憶を思い出すことも無く、まずは平穏に時は過ぎ始めていたんだ。

 その前から持っていた、互いの「わだかまり」、親が押し付けた許婚同士というものへの「反発」が、女神が与えていった「超力」の共有によって、少しずつだが、二人の距離を縮めかかっていた矢先…。

 そんなところへ、右京が乱入したんだ。

 彼女の登場は、ある意味「センセーショナル」だったね。

『どちら様で?』
 と問いかけた、天道司令に対して、
『ウチは乱ちゃんの許婚や!』
 と血気盛んに意気込んで来たんだからな…。
 ウっちゃんを「男の子」と信じて止まなかった俺にとって、いきなり現れた彼女の言葉に、しばし己を見失いかけた。
 それに、ウっちゃんが俺の許婚だなんて、親父からはそんな事、これっぽっちも聞いちゃいなかったからな。だいたい、それが本当なら、あかねは何だ?っつーのっ!

 ま、そりゃあ良い、こっちの問題だ。

 ウっちゃんが来た時、天道司令と共に、開いた口が塞がらなかったよ。

『乱ちゃん!会いたかったでっ!』
 ウっちゃんは、俺を見るなり、首に抱きついてきた。

『あ…。え?…お、おめえっ!』
 宇宙服の上からも、ふくよかな彼女の女性然とした身体はすぐわかったさ。ごつい男の身体と違って、どことなく女の身体は柔らかいからな。
 あ、言っておくが、俺の場合、呪いの水のせいで女に変身できるからな。女の身体の何たるかは、ある程度推測できる。決してセクハラじゃねえからな!

 始めは、度肝を抜かれたよ。
 俺の知ってる記憶の中のウっちゃんは、同世代の男の子だ。あ、彼女の性別を知らなかっただけで、男だと思いこんでいたんだがよ。俺の認識の中では、ウっちゃんは男だったんだから。
 それが、女の身体してんだぜ?
 動揺のひとつもすらあな。俺も生身の人間だからな。

 俺の動揺は如実に俺自身のリアクションにも影響を与えたさ。
 何の予備知識も無く、いきなり、ウっちゃんは女性として俺の目の前に現れた。これで平静で居られるほど、俺は女性に対する経験が豊富だった訳じゃねえからな。
 ウっちゃんの柔らかな身体に反応して、顔は熱くなるわ、心臓は踊り出すわ。
 そんな俺を見て、あかねが冷静さを失ったとしても、ある程度仕方がないことだったと思う。

 案の定、あかねの顔が、怒りでつり上がっていった。
 さすがに声は張り上げなかったが、彼女の並々ならぬ怒りにも、俺の身体は反応したさ。

『おい、ウっ、ウっちゃん。』
 おどおどしながら、彼女の身体を押し退けようと足掻いた。
『乱ちゃん。ウチ、尋ねて来てしもうたわ!だって、もう、成人したんやもんなあ…。お父ちゃんたちの交わした約束果たして貰いに来たんやで!』
『親父の交わした約束だあ?何だそれは?』
 焦りながら尋ねると、案の定、信じられない言葉の羅列が始まった。
『うっとこのお父ちゃんと乱ちゃんのおじちゃんは、うちらが成人したら、婚姻させてもええって、約束交わしてたんやから!』
『な、何だってえっ?』
 そのまま、俺は固まったさ。
 いや、固まったのは俺だけじゃなかった筈。
 早雲司令も、おめえら姉妹も、あかねも、物凄い形相で、その場で固まってたよな。

 ウっちゃんが語るところに寄ると、その昔、俺もウっちゃんもガキだった頃、親父がウっちゃんの親父さんから重要な情報を受ける代わりに、ふざけた約束をしやがったんだ。
 しかも、俺にはナイショで!
 
 ふざけた約束。そいつが、『成年後、二人の同意が得られれば、婚姻させても良い。』だった。

 あんの、クソ親父、天道家ばかりではなく、久遠寺家とも、「許婚」の約束を交わしてやがったんだ!」


 思わず、思い出して高揚したのか、バンッと強くテーブルを叩いた。
 ビクッとして、なびきと東風が乱馬を見上げる。二人とも、大人しく乱馬の話を聞いていた。


「ごめん。俺としたことが、つい興奮しちまった…。」
 はっと我に返った乱馬。すうっと、何回か深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。そして、再び話に入っていった。


「なびきは、天道家の一員だし、あの時、傍に居たから、事の始まりはわかってると思うが、東風先生は全く聞いてねえだろうからな…。一応のこと、説明がてら、話しておくぜ。」
 そう前置いて、話し始める。

「重婚は勿論、犯罪だ。星の数ほど人間が居るとはいえ、書類上、持てる伴侶は一人と決まってる。正式に認められる「パートナー」は一人。

 俺はすぐに、手元の親父にメールを打ってやった。
『てめえ、二人も許婚を作って、どうするつもりだ?』とね。
 そしたら、電源を入れていたのか、珍しく、すぐに返事が来た。
『選ぶのはおまえだ。責任を持って、あかね君か右京君のどちらかを選べ。ワシは今後一切、この件には首は突っ込まぬからな。ヨロシク。』
 と寄越してきやがった。
『こら、責任放棄しやがんのか?』
 と打ち返したら、
『だから、決めるのは本人の意思だと、連邦法にも明記してあろうが!わしゃ忙しいんじゃ。これ以上ぐだぐだ言うな!』
 だと。
 更に文句を打ち込んだが、電源を切ったようで、それっきり親父からはフッツンだ。いくらメールを打っても、打ち返しもしてきやがらねえ。
 ったく…。
 今の世、最終的に物を決めるのは「個人意思」。親父はそれを持ち出して、全ての責任を俺に転嫁して逃げやがったんだ。

『ウチにはおっちゃんに書いてもらった「証文」もあるんやで。』
 そう言ってウっちゃんは「親父の証文」までひらつかせる始末。なびきも覚えてるだろう?仰々しい霧の箱に収められた証文って奴を。時代錯誤もいいところだぜ。あの、クソ親父。
 確かに、証文の文言は親父の汚い肉筆で、拇印(ぼいん)まで押してある。嘘を言っていないことは確かだった。

『とはいえ、乱馬君は、天道家(うち)のあかねとも許婚の約束を交わしている。』
 明らかに困惑した早雲司令が言い返していた。当然だわな。いつ交わしたは知らねえが、親友との息子の縁談が、変な方向へと向かってんだから。得体の知れない、突然の困惑の訪問者に、まずは一言。
 だが、ウっちゃんも胆が据わってる。
『そんな事、始めからわかっとるわっ!ウチが何の下調べもせずに、ここへ乗り込んできたなんて、思わんとって欲しいな。』
 ちらっと、あかねを見ながら、ウっちゃんは笑った。
 俺と天道家の関わりも、調べがついてると言わんばかりだった。
『あんた、乱ちゃんのこと、どう見てるんや?』
 と、率直に訊いて来た。
『乱馬とあたしは、単なる仕事のパートナーよ。』
 あかねは勤めて冷静に答えた。
『へえ…。じゃあ、肉体関係は?』
『そんなもの、あるわけないじゃないのっ!』
 何を尋ねてのかと言わんばかりに、投げ返す。

『単なる仕事のパートナーで、しかも、肉体関係はない…。ってことは、事実婚ってわけでもないんやな?』
 ウっちゃんはにっと笑った。
『やっぱり、ウチが調べたとおりや!』
 ってな。その言葉を聞いて、あかねの奴、ますますムッとした。

 彼女の言葉は方言がきついアジアン・ジャパニーズ言語だった。宇宙時代になってもなお、この方言をくっ喋る人間は数多居る。
 とにかく、ウっちゃんの言語、立ち振る舞い、全てが、あかねを刺激した事は確かだろうな。いや、案外、あかねの性格まで計算してウっちゃんが煽ったのかもしれねえが…。

『じゃあ、乱ちゃんはどないなん?』
 今度は俺の方へと振って来る。

 その場に居合わせたのは、天道家の面々。当事者のあかね、早雲司令とかすみさん、それから、なびき、おめえだ。
 ここへ配属されて一年ほど。わだかまりが解けて来たとはいえ、まだ、完全にあかねを「許婚」、即ち、「女」として受け入れていたわけではなかった上、みんなの前で公然と心の内を言っちまうことなんて出来るような俺でもなかったからな。
『連邦諜報部の人事台帳にあるとおり、「パートナー」だよ、パートナー。それ以上でも以下でもねえ!』
 と簡潔に答えた。

 俺のその答えは、予め想定していたのと寸分も違わなかったのだろう。

『ふーん…。』
 と生返事をした割には、にっと、ウっちゃんが笑ったんだ。
『なら、ウチが乱ちゃんの正式な許婚になっても、何ら支障はないって訳や!』
 と続けた。

『あ、いや、それは困る。実に困る。』
 煮え切らない俺とあかねを目の前に、早雲司令が口を挟んだ。

『何が困ることがあるんや?』
 ウっちゃんが問いかけると、
『任務に支障が出る。君が許婚になれば、乱馬君の仕事上のパートナーはどうなるっていうのかね?』
 司令はそう言い返した。
 万年人手不足の天道ステーションとしては、一組の特務官ペアが解消されると、即ち、解散状態に陥るわけだ。あの不器用なあかねと巧みに組める奴は、特務官の世界広しと言えども、早々居ねえだろう?特務官としての腕が立つ奴はいくらでも居るだろうが、あかねを扱えるかとなったら、別の問題だからな。
 あいつは、かなり直情的だし、手先は不器用だし、データーに提示される以上に危なっかしい。

『そんなん、ウチがパートナーになれば、乱ちゃんは困らへんやん!』
 とウっちゃんはとんでもないことを言い出した。
『君が、乱馬君と組むって言うのかね?軍属ならともかく、素人が…。』
 そう言い掛けた早雲司令の言葉を遮りながら、ウっちゃんは言った。
『それやったら大丈夫やで。調べたところに寄ると、乱ちゃんは特殊任務に任官してるみたいやさかい、民間人とも組む事ができるんやないのんか?』

 どこまでもしたたかな計算をウっちゃんは尽くして来ていたらしい。実に見事に俺が特務官だってことも見抜いていたんだ。
 連邦諜報局部員、即ち、俺たちみたいな特務官エージェントは、その身を隠すために、民間人と組んで動く事も確かに多い。旦那が軍属で奥さんが民間って事も結構あるさ。第一、俺なんか、軍属の親父に引き摺られるように、ガキの頃からこの世界に身を置いてきたんだしよ…。そういう規定がねえと、ガキなんてパートナーとして使わないぜ。普通はよう。

『ああ、まあ、連邦軍務規定から言えば、君が乱馬君と組むことは可能だが…。でも、素人では命が幾つあっても足らないよ、君っ!』
 おじさんは、怯むことなく説得に回る。
『そんなことあらへん。失礼な事かもしれんけど、おっちゃんの娘はん、軍属や言うたかって、めっちゃ味噌っかすらしいやんか!』
 ちらりとあかねを見ながら、ウっちゃんが言った。
『そんな娘っ子が優秀な乱ちゃんと組むやなんて、勿体無いやんか!
 ウチは確かに軍属やあらへんけど、泣く子も黙る、宇宙商人の娘や。この広い太陽系を股にかけて小さい頃から生き抜いて来た。よっぽど、ウチの方が腕はあるで。あっはっは。』
 豪快に笑い飛ばす。
『なっ!何ですってえ?』
 あかねが目をひん剥いたのは言うまでも無い。無能呼ばわりされたのだから、余計だな。

『不服があるって言うんやったら、ウチと勝負しようやあらへんか!
 どっちが乱ちゃんのパートナーとなるに相応しいか。ま、尤も、ウチと勝負する気があんたにあるんやったらの話やけどな。』

『良いわ!そこまで言うんなら、受けてたってやろうじゃないのっ!』
 あかねはいきり立った。
 ウっちゃんは、予め想定していたシナリオどおり、あかねは煽られたんだろうさ。
 とまあ、きっかけは、こんな感じかな。」

 乱馬が言葉を区切った時だ。

「今の話、大筋では嘘でしょう?」
 と、唐突になびきが言った。

「あん?」
 何を言い出すと言わんばかりに、乱馬がなびきを見返した。

「だって、ほら…。あんたの手元が赤く反応してるじゃないの。ふふふ…。」
 そう言いながら、乱馬の手元につけた「嘘発見器」を指差す。
「誤魔化そうたってそうはいかないわよう。」
 くすくすいたぶるように笑いながら、なびきが酒臭い顔を差し向けた。
「乱馬くうん、この期に及んで僕らに嘘を言って誤魔化すつもりかい?」
 東風の眼鏡が不気味に光る。酔っ払っているだけに、何とも言い難い不気味さが漂っている。

「たく…。余計なもの、俺にくっ付けやがってえ…。横から茶々入れるなっつーってるの!今のは脚色だよ、面白おかしくするためのな!」
 乱馬はムッとしてそれに答えた。
「話の本筋はこれから順序良く喋ってやろうと思ってんのによう。最初に言ったはずだぜ?茶々入れると話してやんねーってよ!」
 不機嫌そうにあたまをぼりぼりと掻いた。
「あーら、脚色だったって言うの?」
「ああ。確かに、本筋じゃあ嘘かもしれねえが、あの時点まで、俺もそうだと思ってたことは嘘じゃねえんだぜ…。」
 そう強く言葉を吐きつける。
「まあ、それはそれで、事実のようね…。嘘発見器が緑色に戻ってるし。」
 なびきがふふふと笑って、乱馬の手元を見た。さっきまで点灯していた赤はなくなり、緑色になっていた。

「せいぜい、嘘言わないようにね。言ったってわかるんですからねー。」
「あーあー、嘘発見器(こいつ)の性能は、よっくわかりましたよ。
 でもよ、横から茶々入れんなよ…。ちゃんと話してやるからよう。」
 乱馬はそう言いながら、肴のチーズを一つ口に放り込み、頬張った。
「期待してるわよう…。」
「乱馬君、じゃあ、続き、ヨロシク。」
 なびきは東風と共に、再び、聞く態勢に入っていった。



つづく



一之瀬的戯言
 何だか…いろいろと、この話の書き方を模索した結果、飲兵衛モードへ突入してしまいました。
 私は元々、あまり飲めない体質。おまけに飲むと大虎になるというので子供らが逃げます。(どうも、酔っ払うと、かなり大胆な言動や行動に出ることがあるらしく、絶対外では酒を口にすな!と強く家族らに言われております。これを称して「酒乱」と言うのかな?)
 梅酒の梅干を一口食べただけで酔っ払う、実母の血も、まともに受けているようで、コップ半分のビールで充分酔えます。少量で酔える幸せな体質だと、旦那には言われておりますが…。元々少ない適量を越えるとアルコールアレルギー反応が出るのか、腕に赤い斑点が浮き上がり、大虎に化けるそうであります。きっと先天的に、私にはアセトアルデヒトちゃんが少ないんでありましょう。


 なお、この章、ここからが本題に入ります。軽く流せなかった…。


 
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