◇天使の休日
第九話 謀略の宇宙


一、


 アリサの合図と共に、警官たちが攻撃を仕掛けてきた。
 
「へっ!たく、進歩のねえ奴らだ。」
 乱馬はすいっとそれを避けた。
 神経ガスを使ったのだろう。もうもうと煙幕が上がる。
 勿論、同じ手を二回も食らう乱馬ではない。あかねやサラ共々、防御は完璧にこなしていた。見えないくらい精巧なシールド幕を身体の周りに張り巡らせて、それを避けたのだ。

「はああっ!」
 乱馬は溜め込んでいた気を、サラが空けた爆弾穴へと放出した。

 ボンボンと炎のような気柱が目の前を上がっていく。

「うわあああ。」
「ぎゃああっ!」
 まともに乱馬の気弾を食らった連中が、バタバタと床に倒れた。

「ふん!やるじゃないの。坊や。」
 アリサが憎々しげに言った。

「けっ!てめえら、この星を離陸したんだろ?小さな星でも大気圏を抜けるのにはそれ相応のエネルギーが要るからな。だから、エンジンに傷はつけられねえ。あからさまな銃火器は使えねえって寸法だ。違うか?」
 乱馬がたき付けた。

「そうね。船の中では大掛かりな武器は使えないわ。あんたが言うとおり、エララの中央空港から離陸したわ。」
 アリサが笑った。

「このまま、宇宙へ飛び出して、まんまとしてやったつもりだろうけど、そうはいかねえ。今すぐケリをつけてやらあっ!」
 乱馬は再び気を発した。
 己を狙っていた連中へと牽制したのだ。
 後ろのあかねも、乱馬を援護し、気弾を放つ。

「ふん、確かに、ここで戦うのは、リスクが高いわね。」
 アリサはにっと笑うと、銃器を持ったまま、駆け出した。
 彼女に付きしたがっていた、警官たちも、一緒に引く。

「逃がすかっ!追うぞっ!」
 乱馬は背後のあかねに声をかける。
「ええ、わかってる。」
 あかねも応じて、彼共々、アリサたちを追いかける。

 カンカンカンと廊下を蹴りながら駆ける。
 アイモニターのスイッチを入れることも忘れない。暗闇になっても見える特殊なアイモニターだ。
「奴らはあっちの方向よ。」
 背後でサラが叫んだ。
「ナビゲーションは私に任せて。」
「ああ、頼りにしてるぜっ!サラッ!」
 乱馬はあかねを伴って、先に駆け出した。
「気をつけて、曲がったところに数人が銃器を構えてるわ。」
「へっ!そんなの計算済みでいっ!」
 角を曲がる時、乱馬は身を屈めた。彼目掛けて、銃弾が浴びせかけられる。
「たく、古典的な作戦だぜ!」
 乱馬は持っていた手榴弾から、口で安全装置をはずすと、銃器を浴びせてくる連中の居る辺り目掛けて、放り投げる。放物線を美しく描いて、そいつが飛び出して行った。

 バン!
 と音がして、シュウシュウと煙幕が弾ける。

「うわああっ!」
「ぐえっ!」
 バタバタと人が倒れこむ音がする。

 その音と同時に乱馬は角から飛び出す。そして、また銃を乱射しながら、アリサたちを追う。

「今度は右前方よ。」
「おっしゃあっ!」
 乱馬は持っていた銃器を前に構えると、連打する。

 ダダダダダという音と共に倒れる人影。

『総員、非常体制に入れ!賊が瞬入して「ジブラー・バイス」の奪還を狙っている模様。総員、侵入者を排除せよ!繰り返す、侵入者を排除せよっ!』
 館内放送が響き渡る。

「たく、こいつら、俺たちをテロリストと決め込んで攻撃してきやがる。生真面目な警官ばかりみたいだぜ。おい、本当にナミはこの船に居るんだろうな?下手すると、軍部と警察機構とのイザコザに発展するぜ!こりゃ。」
「しつこいわねっ!私の解析はパーフェクトよっ!アリサがこの船に居たことが、如実にナミ嬢が乗ってるって、物語ってるじゃないのっ!」

「後で問題になんねえだろうな?船だってかなり傷つけてるぜ。一応護衛艦だぞ、この船は。」
「今はそんな事を言ってる場合じゃないわ。あとで始末書でも何でも書いたら良いでしょう?」
「てめえは、軍から足を洗ったが、俺はまだ現役だからな。」
「減らず口叩いてる暇なんか無いわっ!ほら、あかねさんの背後っ!」

「あかねっ!」
 乱馬の声の合図と共に、あかねが身構える。

「やああっ!」
 あかねも、このような真っ直ぐな攻撃に対しては、相当な腕が立つ。
 バタバタと人が倒れる音が響いた。

「あちゃあ…。やっぱり、さっきから撃ってるのは警官の制服を着た連中ばっかだぜ。睡眠弾ばかりだが、中には致命傷になるヤツもいるかもしれねえぞ!」

「だから、減らず口を叩いている暇はないわっ!相手が事情を飲み込めてない警察官だからって、怯んでる暇はないのよっ!」
 サラが叫ぶ。

「たく、後で始末書書くの手伝えよっ!」
 乱馬はそう吐きつけると、ど派手に銃器をぶっ放し始めた。
「吹っ切れたみたいね。」
 サラが笑った。
「はっ!こうなったら、もう、ヤケクソだぜっ!」

 果敢にも向かってくる、警官たち目掛け、乱馬は銃器をぶっ放していく。仕込んでいるのが睡眠弾だとしても、打ち込む場所によっては致命傷になるだろう。わかってはいたが、こうなったら、進むところまで進むしかない。
 あかねも、乱馬に気後れすることなく、銃器を撃ち続けた。
 共に、ここで倒れるわけにはいかないからだ。

「畜生!休暇をフイにされた上に、始末書書かされて、減給なんて目にあったら、一生てめえを恨んでやるからなっ!サラっ!」
 余裕があるのか、乱馬はそんな言葉を吐き付けた。

 だが、その言葉に返事は返って来なかった。

「サラ?」
 そう尋ねた時だ。後方で爆裂音が響き渡った。
 かなりの爆発が起こったようだ。丁度、サラの居た辺りだろうか。
 乱馬は咄嗟にあかねを抱え込み、床に伏した。

 猛烈な勢いで爆風が、二人の頭上を流れていった。

「サラーッ!」
 乱馬はあかねを抱え込みながら、叫んだ。
 だが、それに対する返答は無い。それどころか、サラのものと思われる衣服の破片や血痕が飛び散っていた。


「たく、馬鹿な奴らだな。貴様たちは…。この船にわざわざ乗り込んでくるんだから…。」
 破壊された壁の向こう側に人影が立つ。

「だ、誰だ?」
 乱馬はあかねを庇いながら、そいつを見上げた。
 もうもうと上がる煙の向こう側にそいつは立っていた。
「おめえは…。ジブラー・バイス。」
 乱馬の瞳が鋭くなった。

 この船で地球連邦の監獄へと護送されることになっていた、「蒼い惑星」の極悪テロリストが、そこへ現れたのだ。

「ふふふ…。そうさ、俺はジブラー・バイスだ。」
 四十代くらいの頑丈な男が答えた。ぎらぎら光る瞳は、テロリストの非情さを持っている。

「てめえ…。護送されてたんじゃなかったのか?何で拘束されてねえ。」
 身構えた乱馬が吐きつける。

「ふん。拘束だと?笑わせるな。あんな手かせや足かせ。俺には、拘束とは呼ばぬわ。」
 どうやら、逃れてきたらしく、不敵に笑っていた。

「アリサ!てめえだろう。ジブラー・バイスを解放してやったのは。」
 乱馬は鋭い言葉を、投げかけながら、銃弾を背後へ飛ばした。

「ふふふ…。さすがねえ。私の位置がわかるなんて。」
 すぐ後ろで、アリサの声がした。彼女は乱馬たちに銃を身構えている。

「はっ!てめえの殺気に気が付かねえ訳ねーだろ?…そうか…。やっぱり、サラが言ってたことは本当だったのか。ジブラー・バイスとナミを奪取し、蒼い惑星へと連れ去る。元々、ジブラーはナミを狙ってたしなっ。」
 乱馬は激しく吐きつける。

「ええ、そうよ。もうちょっとでナミを捕縛できると思った時、あんたがジブラーを捕縛してしまったから、かなり「シナリオ」変更させられたけれどね。」
 アリサが笑った。
「それに…。この計画に絡んでいたのは、何もジブラー・バイスだけじゃないぞ。」
 アリサの背後から、もう一人、男が現れたのである。

「へえ…。連邦警察局の護送船が絡んでいると思ったら、そう言うことだったのか。黒幕が警察内部に居たわけだ。」
 乱馬はそいつを睨み上げた。
「あんたは…。エララの署長ね。」
 あかねも一緒に睨み返す。

「いかにも。ワシはエララ星の警察機構署長ロードだ。不逞の輩諸君。」
 そう言いながら妖しげに笑った。

「てめえ、何でジブラー・バイスとつるんでやがる!まさか、おめえ、造反者か?」
 乱馬はキッと見据えながら吐き付けた。

「フン、おまえら如きに語る話などないわ!おまえたちはここで死に、この船も遭難して行方不明になる。ジブラーもナミもこのまま失踪するという筋書きどおりにな。」

「させるかっ!」
 乱馬が銃器を握った。
 バンと轟音が弾けて、再び船内は騒然とする。

「本当に諦めの悪い子たちねえ…。いい加減になさいな。」
 煙の向こう側でアリサが笑った。

「ちっ!バリアーシールドか!」
 忌々しげに乱馬はアリサやロード署長たちを見返した。ジブラーもふてぶてしく笑っている。それぞれ、張り巡らされたバリアーシールドで、保護されているのだ。
 辺りに火薬の臭いだけが、もうもうと立ち込めた。

「こちらには人質が居るんだぜ?連邦軍のエージェントさんたちよう!」
 にやにやとジブラーが笑った。
「そうよ。それを忘れてもらっては困るわね。」
 アリサが持っていた小型リモコンのスイッチを入れた。

 ガクンと音がして、後ろの壁が上に開いていく。
 その向こう側に、部屋が見えた。いや、それだけではない。大きな培養装置が中央に置かれているのも見えた。
 三メートルほどの円筒形のカプセル。その中に注入された培養液の中でナミがぷかぷかと浮き沈みしている。目も口も堅く閉ざされていて、ゆらゆらと漂っている。細い管が身体中に繋がれ、痛々しげだ。胸元には、乱馬が渡した「虹色の星石」。アリサたちにその星石を剥ぎ取ることはできなかったようで、守るようにしっかりと抱え込んでいる。
 星石が放つ光に反応してか、培養液が妖しく光り輝いていた。

「ナミッ!」
 思わず乱馬は叫んだ。

「ふふふ。ちょっとでもあなたたちが、不穏な動きをしたら、この子の命はないわよ。連邦政府にとって、この子は最高機密。あなたたちの命に変えても守らなければならない存在なんでしょう?」
 とアリサが憎々しげに笑った。
「ぐ…。」
 乱馬は拳を握り締めた。
「武器を捨てなさい。」
 アリサが高飛車に命令する。

「畜生っ!」
 そう吐き出して、乱馬は持っていた銃火器を地面へと投げ置いた。
「乱馬?」
 あかねが驚いて乱馬を見返した。いともあっさりと、乱馬がアリサの言葉に従ったからだ。

「随分、物分りが良い事。」
 アリサが蔑むように吐き出した。

「仕方ねーだろ?人質が居たんじゃあ、言うとおりにするしかねえさ。」
 乱馬は憤然と言い放った。
 だが、心の中であかねにテレパシーを飛ばした。

(あかね。いざとなったら、ダークエンジェルの超力を解放させるぜ。良いな?)
 と。
 コクンと小さく揺れるあかねの頭。

「まあ、物分りが良いということは利口なことね。っと…。あかねさん。まずは、あなたがこちらへ来なさい。」
 アリサがにっと笑った。



二、


 あかねは両手を挙げたまま、アリサの言葉に従って、乱馬の傍を離れた。
 ジブラーは乱馬に、ロード署長はナミに、それぞれ銃を身構える中、あかねはゆっくりと、歩み寄る。

「素直ってことは、少しでも長生きが出来るってことよ。」
 じろじろと舐めるようにアリサがあかねを見た。それから舌なめずりする。
「決めた。私はあなたのその美しい、生体エネルギーを根こそぎいただくことにするわ。」
 妖しい光を投げかけるアリサの瞳。

「生体エネルギーですって?」
 あかねが反応した瞬間だった。
 アリサの背中がばっくりと割れ、そこからくすんだピンク色の一センチほどの管状の触手が飛び出した。

 ビシュッ!

 触手はあかねを抱え込むように、彼女の背中へと突き刺さった。

「きゃあっ!」
 あかねが悲鳴を発した。

 触手はあかねを、ぐいっと上に引き上げる。あかねの足が床から離れて、空へと少し浮かび上がった。アリサの背中から伸びた触手は、あかねを正面に捕らえながら、背中へとさらに、管を突き立てた。

「てめえ、あかねに何をっ!」
 思わず乱馬が吐き付けた。

「おっと…。勝手に動いてもらっては困るな。」
 乱馬に銃器を突き立てながら、ジブラー・バイスがにっと笑った。

「なるほど、アリサ君はその娘を餌にするつもりなのかね。」
 ナミに銃を構えていたローザ署長もにっと笑った。

「餌だと?何のつもりで…。」
 乱馬がギロッとアリサを見上げた。
「ククク、アリサはその娘の生体エネルギーを己に取り込むつもりなのさ。つまり「食事」だよ。そして…。俺は君を餌にするつもりだ。」
 乱馬のすぐ傍で笑っていた、ジブラーの背中もばっくりと割れて、乱馬へと触手を伸ばした。
「うっ!てめえ…。」
 同じように乱馬の背中も射抜かれて、痛みが走った。

「ほお…。二人揃って食事か…。この目でゼナマスターの食事風景が見られるとは。なかなかの見世物だな。」
 にやっとロード署長がいやらしく笑った。

「あら、あなたも、これからゼナへ来て、ハルさまの血を飲ませてもらえば、こうやって、食事をすることになるんだから、よく見ておきなさいな。」
 アリサが、妖しげに目を光らせて言った。
「ああ、じっくりと高みの見物をさせて貰おうかな。」
 ロード所長はでっぷりとした身体を巡らせて、興味津々に、触手が付きたれられた乱馬とあかねへと視線を流した。

「てめえら…。やっぱり、ゼナの血の洗礼を受けたのか。」
 乱馬が睨みながら吐き付けた。

「ふふふ。ゼナの存在を知ってるの?あなたたち。さすがに耳聡いイーストのエージェントだこと。そうよ、私もジブラーも、ゼナのマスターになったわ。尤も、ジブラーはまだペーペーの成り立てだから、本格的な「食事」は、あんたが初めてなんだけどね。」
 アリサが笑いながら言った。

「何でゼナのマスターなんかに…。」
 食い込んでくる、ジブラーの触手。それを抱えながら、荒い息で乱馬が問いかけた。

「連邦に居ても、私たちミュータントには輝かしい未来はないわ。」

「おめえもミューなのか?」
 乱馬は、はっしと睨み返す。
「ええ、ミュー因子を持っているわ。だからこそ、ハル様の血にも馴染める。」
「ハルの血か…。けっ!確かに、俺の出合ったマスターは、皆それを飲んでやがったな。どす黒い欲望の血潮だ。」
 憎々しげに乱馬は吐き出した。
「あら、私には魔法の液体だったわよ。赤ワインにも似た、美しい、ね。潜在能力が目覚め、すっきりしたわ。」
「そんな化け物になってもか?」
 乱馬は手厳しい言葉を怯むことなく吐きつける。
「進化と言って欲しいわね。」
 アリサは冷たく笑った。
「で、何のためにナミをさらう?」
 乱馬は更に畳み掛ける。少しでも多くの情報を、直接、アリサから引き出そうと思ったのだ。
「この子が、連邦政府の高官の孫娘であることもそうだけれど、高度なミュータントの素質を持っているとわかったからよ。この子、ハイレベルのミュータント因子を持っているわ。このまま、ゼナへ連れて行って、ハル様の真新しい血を直接飲ませれば、マスタークラスではなく、ジェネラルクラスの能力者になるわ。
 地球に行って、「メカノイド」の手で育てられて、腑抜けにされるより、幸せってものよ。この子の才能のためにもね。」
 アリサは笑った。

「メカノイド?」
 乱馬は、アリサが口にした「聞き慣れぬ言葉」に、思わず反応した。

「おや、知らないのかい?俺たちの青い地球を歪めた、憎き機械生命体「メカノイド」のことを。」
 横からジブラー・バイスが口を挟んだ。

「知らねえな…。初めて訊く言葉だ。」
 乱馬は率直に答えた。

「今生の最後に教えてあげるわ。ぼうや。」
 すいっとアリサの手が乱馬の頬へと伸びてきた。そして間近でにっと笑った。そして、朗々と話し始めた。

「あなたたち人類が、文明の発展と共に作り出した、様々な機械。乗り物であったり、医療機器であったり、工業機械であったり。
 そんな、発展を続けてきた機械の中に、「人工知能」を搭載した物が生まれて、数百年の時が流れたわ。で、人工知能を搭載した優秀な機械の中に、あるとき「変化」と「進化」が生じたのよ。」

「ああ、文明の発達と共に、道具だって進化し続けるからな。」
 つい、相槌を打ってしまう乱馬。

「文明の発達と共に、進化していった優秀な機械たちの中には、いつしか作り出した人間をも凌駕してしまったものが居たの。彼らは「スーパーコンピューター」と呼ばれ、いつしか、広大なネットワークを作り上げていったわ。人間を逆支配するためにね。彼らは自分たちのことを「機械生命体、メカノイド」と呼び始め、道具としての機械とは差別化されていった。
 そして、その「メカノイド」たちの中心に「マザーI」と呼ばれる、巨大なスーパーコンピューターが居るの。あなたたちの良く知っているね…。」
 アリサは一度言葉を区切る。

「マザーI。連邦の中枢部を管理する、中央制御コンピューターのことだな。」
 乱馬は問いかけた。

「やがて、マザーIも進化を遂げ、彼女なりの「野望」を持ち始めたのよ。」
「野望だって?機械がか?」
「彼女は狡猾かつ巧妙に人間たちを動かし始めた。そして、人間たちと機械が入れ替わる瞬間を模索し始めたの。機械生命体は人間のように「歳を取らない」。それに「老化しない」。壊れる事があっても、修理すれば元に戻せるわ。パーツを組み換えるだけで簡単に延命できる。
 滑稽なものよね。人間の生活を豊かにした機械が、人間を支配し始めたのよ。しかも、人間たちはそれに気が付いていない。愚かなものね。」
 アリサは乱馬を見下しながら、嘲笑した。

「何を根拠にそんなこと…。それに、どうやって機械が人間を支配しようっていうんだよ。」
 乱馬が睨み上げると、ゆっくりと畳み掛けるように、アリサは言葉を続けた。

「彼らはまず、機械に忠実な人間を作り出す事から始めたのよ。そう、人間から「生殖」を奪ったのよ。」
「生殖?」
「ええ、どんな生命体にもある、「究極の生きる意味」。後世に自分の遺伝子を残していくという行為。それを機械の管理下に完全に置くこと。
 赤ん坊という新しい生命を産み落とす行為は、昔から「女」は己の生命を削って行われてきたわ。でも、愚かな人間は「出産時のトラブルのリスクを下げるためと称して、安易に試験管受精と受胎を行うようになった。いえ、そう、仕向けたのよ。マザーIたちメカノイドはね。
 そうやって「生殖」という聖なる行為を人間から取り上げ、あとは、試験管内にて、機械に従順で無害な人間たちを創り出せば良い。
 今の時代にどれだけ「自然分娩」で生を受ける人間が居ると思う?一パーセントにもはるかに満たないじゃないわよ。」

 確かに、アリサの言う事には一理あった。
 この時代、殆どの生命は「試験管」の中で受精され、母体へ戻ることなく、そのまま培養液で受胎し十月十日を経て生を受ける。それが「当たり前」の時代へとなって幾久しい。

「でも、生命って偉大よね。歪められた自然の摂理は、やがて、人の遺伝子を捻じ曲げたわ。」
「捻じ曲がった遺伝子…。」
「ええ、新たな超力と可能性を秘めた、人類「ミュータント」が出現したのよ。
 「ミュータント」それは、歪められた遺伝子の鬼子。超能力者として特殊な能力を身に付けた人類。それらが、多数生まれるに至り始めたの。
 マザーIたちメカノイドは焦ったわ。己が予期しない人類が生まれ始めたことに危機感を持った。このまま放置すれば、いずれミュータントが機械生命体メカノイドに仇なす日が来るかもしれないってね。
 でも、一方で、メカノイドはミュータントの超力にも興味は尽きなかった。
 ならば、生まれてくる「ミュータント」を管理すれば良い。そう思ったメカノイドたちは、ミュー因子を持つものをコントロールすることを模索し始めたのよ。
 試験管の中で生まれてくる人間たちの遺伝子を、くまなくチェックし、ミュータントと判断されると間引く。あなたも、聞いたことがあるんじゃないの?ミューとして生まれた人間は、実験体にされるって…。」
「ああ、確かにそんな噂もあるな…。いや、噂じゃなくって、実際そうだという話を聞いたことがある。」
 乱馬の表情が険しくなり、つい口を挟んだ。
 突き詰めれば突き詰めるほど、気分が悪くなるような話だったからだ。
 「ミュータント」の実験のことは連邦の暗部に食い込む話だった。

「あなたも知ってのとおり、かなりの人間の子が間引かれて闇から闇へと葬られているわ。「実験体」としてね。でも、中には試験管の中では発見されず生まれて来る者が居る。
 生まれてから「ミュー因子」を少なからずも持つ、とわかった者はいくつかの等級に分けられて管理下に置かれる。そして、思想教育し、連邦へ忠誠を尽くす人間として育てられるのよ。特に「超級」といわれるミュータントたちは、あなたや私たちと同様、連邦のエージェントとして育てられる事が多いわ。違ったかしら?」

 乱馬は黙った。
 アリサの言は的を得ていたからだ。

「でね、機械生命体、メカノイドたちは、更に良い事を思い立ったのよ。」

「良い事だって?」
 小首を持ち上げた乱馬に、アリサは得意げに言った。

「ミュー因子の遺伝子を持つ者を操作して、もっと優秀で従順な「メカノイドの下僕」を作り上げる事。そして、彼らを表向きは「デモクラシー(民主主義)」と称して連邦の中枢へと据えていく事。更に彼らをクローニングして、半永久的にメカノイドへ仕えさせるって事をね。」

「クローニングだって?」
 はっとしてアリサを見上げた。

「ええ、禁断の遺伝子操作技術、クローン人間を作ることよ。それもミュータント因子を持ったね…。」
 にやっとアリサは笑った。
 言動からはかなり、深いところまで、連邦中枢部で何が行われているのか知っているのが伺えた。それが「ゼナ」の情報なのか、それとも「蒼い惑星」の情報なのかは、判然としない。が、乱馬には充分に「衝撃的」な話であった。
 連邦中枢部の咽喉元近くに居る、乱馬たちの方が、「連邦機密」に関しては無知である。ベールに包まれた連邦中枢部では、人類が知りえない「得体の知れぬ陰謀」が渦巻き始めているようだ。


三、


「これだけ、教えてあげれば、もう良いでしょう?」
 すっとアリサの手が離れた。
「うっ!」
 乱馬の顔が歪んだ。
 再び、背中のジブラー・バイスの拘束がきつくなったのだ。彼の触手が乱馬の肉体深くへ、さらに突き刺さりもぐりこむ。
「ふふふ、これから先のことは、俺たち「蒼い惑星」と「ゼナ」に任せておけよ。マザーIを中心とするふざけた機械文明など、壊してやる。だから安心して死にな。このまま、俺の餌になってな。」
 そんな言葉をジブラー・バイスが耳元へ叩きつけてきた。
 あかねは、今のアリサの話を訊いていたのか、それとも、「痛み」で気を失ってしまっているのか、首を前にうな垂れたまま、じっと目を閉じていた。

「で、おめえらは、「優秀なミュー因子を持った連邦高官の娘ナミ」を連邦から引き剥がして、ゼナまで連れて行こうとしてたんだな?」
 確認するように、乱馬が問いかけた。
「ええ。連邦の中枢に潜入して、この子が「特別なミュー能力を持った血族的にも確かな連邦高官の遺伝子を持つ子」だということを知ったのよ。結構前からこの子を狙っていたのよ。でも、なかなか奪取するチャンスがなかったんだけど、エララへステイすることが決まったっていうから、護衛官として名乗りを上げたのよ。
 そうしたら、連邦幹部が私を護衛官に加えてくれたの。ナミ様の付き人としてね。」
 アリサはよどみなく答えた。
「じゃあ、こっちのデブ署長は何だ?連邦の手先から鞍替え希望なのかよう…。」
 乱馬は苦しい息の下からも、まだ、情報を引き出そうと問いかけた。この辺りは「特務官の根性」が伺える。
「ローザ署長は元々「蒼い惑星」のブループラネターだったんだよ。名うてのな。」
 背後のジブラー・バイスが笑いながら答えた。
「何だって?警察署長が元々「蒼い惑星」の一味だったってかあ?」
 乱馬が声を荒げると、目の前でロード署長が笑った。
「ワシも、地球から追い出されたミューの口でねえ。少しばかり「ミュータント因子」が並みの者よりも高かったせいで、疎まれたんだよ。中央からね。そんな矢先に、「メカノイドたちの野望」を知るに至り、「蒼い惑星」と繋がりを持ったんだよ。
 「蒼い惑星」に属する者は、皆、機械生命体たちの悪巧みに薄々感づいた者たちで構成されているのさ。」
 ロードは傍らのジブラー・バイスへと視線を流した。

「我々「蒼い惑星」は機械に管理化された地球を元に戻す…それが最初の目的で作られた組織だったんでね。機械生命体や彼らに牛耳られた連邦を倒し、再び蒼い自然溢れる惑星へと取り戻すんだ…。」
 ジブラー・バイスは雄弁に語りかける。
「己たちの目的を達成するためには手段は選ばない…。」
「ああそうだ。選ばないね。少なくとも私はね。」
「おまえががゼナマスターに転じたということは、「蒼い惑星」はすでにゼナの巣窟化してるって事か。だが、てめえらが手を組もうとしているゼナだって、何を考えているかはわからねえぜ。」
 乱馬は激しく吐きつける。
「確かに…。我々の中でゼナの超力を危惧するものは居る。でも、ハル様は偉大だ。会っていて良くわかったよ。裸同然の我らに、新しい超力を与えてくださるのだからな…。」
 ジブラー・バイスは笑った。
「新しい超力か…。てめえはそれで、ゼナの血の盃を受けたんだな…。で。そっちのでぶっちょも、血の祝盃を希望してるってわけか。」
 乱馬はロードを見上げた。

「ふふふ、そのとおり。君らのおかげで、ナミを手土産として、ワシもゼナのマスターへ加えて貰うつもりだ。もう、警察署長という肩書きも要らぬ。エララを飛び出しても、表向きは、事件に巻き込まれて護送船のジブラー共々、忽然と蒸発したとだけ、発表されるだろうよ…。
 新しい超力を手に入れれば、怖い物もなくなる。はっはっは!」

「なるほど…。己の欲望のために、ナミを利用しようってんだな。反吐(へど)が出そうだぜ!」
 乱馬は侮蔑の瞳をロードへと投げかけた。
「何とでも言い給え。人類はハル様によって究極の進化を遂げるのだ。機械生命体(メカノイド)どもに牛耳られた地球連邦に、指の先ほどの未練もないわ。」
 ロード署長はふんぞり返った。


「もうすぐ、ゼナの使者たちが出迎えてくれる空域へ差し掛かるわ。そこで、ゼナの船に乗り換えるまでの間に、この小娘とおまえは、私たちの「餌」になるの。結構、綺麗で美味しそうな生体エネルギーを持ってそうじゃない。あんたたち二人…。」
 アリサはそう言い放つと、触手をあかねにのめりこませていく。赤い舌先が唇の上で、チロリと揺れた。
「俺も、始めての食事にありつくぜ。余すところ無く、おまえの生体エネルギーを飲み干してやるから安心しな。俺様の身体の中で消化して、超力に変えてやる。忌々しい、地球連邦のエージェント野郎め!」
 乱馬の背中へめり込ませた触手を、さらに奥へ突き刺しながら、ジブラーが笑った。


「さて…。そう上手く行くかな?」
 乱馬はそんな言葉を吐き付けた。
 「絶体絶命」の中にあっても、乱馬は冷静だった。
 いや、返って、神経は研ぎ澄まされていく。

「フン、負け惜しみを言うな!この触手はおまえの生体エネルギーを吸い込んでる。余すところなく全部、俺の血肉になるんだぜ。ほらほらほらっ!」
 得意がりながら、ジブラーは乱馬へと触手を突き立てていく。

 と、乱馬はふっと鼻先を鳴らして笑った。

「ふっ!てめえらがゼナの息がかかったマスターだって知って、安心したぜ。」
 乱馬はぐっと両手を伸ばし、肩越しに伸びる、ジブラー・バイスの二本の触手をわしっとつかんだ。

「虫けらがっ!大人しくしていろっ!」
 咄嗟に、ロード署長が、持っていた銃を、乱馬目掛けてぶっ放した。
 だが、弾は乱馬に貫通することなく、カンと金属を弾くような音がして、後ろ向きに跳ね返った。
 そればかりでなく、撃ったロード署長の足に貫通したから堪らない。
「うわああっ!」
 もんどりうって、ロード署長は床に倒れこんだ。
「ククク、馬鹿だなあ…。俺の周りには、「バリアーシールド」が有効になってるんだぜえ。さっき、てめえで張ったくせに、忘れてたのか?そんなところで、銃を撃てば、弾がはじき返されるってのは、常識だろうが。」
 乱馬が笑った。
 ロードは乱馬の声など、聞えないのか、床をのた打ち回る。よっぽど、食い込んだ弾が痛いのだろう。
 「うううっ。」と低い呻き声だけが響いていた。

「貴様、抵抗する気か?今更足掻いても…。」
 後ろのジブラー・バイスはぎゅと触手の束縛を強めた。

「ふふふ…。何もわかっちゃいねーんだな。おめえはよう…。」
 乱馬がにやりと白い歯を見せて笑った。
 そして、己の身体に食い込むジブラー・バイスの触手を、がっしと両手でつかんだ。
 その手に力が入った途端、ジブラー・バイスの表情が少し変わった。
 みるみる顔つきが、強張り始める。
「す、吸えない。おまえの生体エネルギーが吸えない!
 な、何故だ?さっきまで俺の身体に、美しいエネルギーがほとばしるように入ってきていたのに…。」
 明らかに狼狽し始めていた。

「相手が悪かったな…。ジブラー・バイス。おめえらくらいのレベルの奴に、いつまでも、体よくエネルギーを吸われっぱなしで居る俺じゃねえんだ…。」
 そう言いながら、乱馬は、ゆっくりとジブラーの触手を、己の背中から抜き去った。 たらりと乱馬の血が突き刺さった痕から流れたが、すぐさま止まった。
 そう、サラによって開眼がもたらされた「治癒の超力」が俄かに働き、傷口をみるみる間に塞いでしまったのだ。

「貴様…。その傷…。すぐに塞ぐ能力も、持っているというのか?」
 ジブラー・バイスの顔がいっそう強く引きつった。
「な、何者なんだ?…おまえ…。」
 ガタガタと震え始める。
 明らかに豹変した乱馬に、底知れぬ脅威を感じ始めていた。

「ジブラーッ!何を弱気になっているの?ハル様の血を受けた、あなたは無敵よ。恐れる者などないわ!そんな奴、くびり殺してしまえば!」
 アリサが前方から大声で叫んだ。
 だが、ジブラー・バイスの震えは、留まる事を知らなかった。
「ジブラー・バイスッ!何をおたおたしているのっ!さっさと、そいつの生体エネルギーを体内に取り込みなさい!」
 更にヒステリックにアリサが畳み掛けた。

「なあ、アリサ。おめえ、何も判っちゃいねーんだな…。ジブラー(こいつ)は、薄々俺たちの正体を察したみてえだがよう…。」
 乱馬はにやりと笑い返した。

「正体?はんっ!あんたにそんな特別な物があるなんて、思えないわね。」
 アリサが吐き付けた。

「そうか?だったら、訊くが、おめえ、本当にあかねの生体エネルギーをちゃんと吸えているのかよう?」
 それは、乱馬の挑戦的な問い掛けだった。
「え…?」
 アリサが乱馬の質問の意味を悟るまで、数秒もかからなかった。
 あかねの白肌に突き刺さっている触手から、エネルギーの微塵も感じる事ができないことに、改めて気が付いたのである。

「す、吸えていない?馬鹿な…。」
 焦ったアリサは、更にあかねの奥へと触手を伸ばそうとした。

 と、その時だ。
 今まで、黙りこくったまま、俯いていたあかねが、くすっと笑った。その不気味な微笑みに、ハッとする間もなく、あかねの手が、背中越しに身体に食い込んだアリサの触手をゆっくりとつかんでいた。
 その手のあまりの冷たさに、アリサはゴクンと唾を飲み込んだ。ひやりとした感触は、背中にも伝わり、ぞくぞくっと鳥肌が泡立つ。

「何?この娘は…。」
 アリサも動揺し始めていた。得体の知れぬ、感覚が身体の中を突っ切っていった。

「今頃気が付いても、もう、遅いぜ…。おめえらは、決して起しちゃいけねえ者を、目覚めさせてしまったんだからな…。」
 冷たい声だった。
 それに反応するかのように、あかねが再び、くすっと笑った。

「嫌だ!その手を離せっ!離せーっ!」
 アリサは、あかねに触手をつかまれたまま、必死で足掻こうと、身体を揺り動かし始めた。だが、一向に、あかねは冷たい手を離そうとはしなかった。

「解放(レリーズ)!」
 乱馬は、腕にとめてあったリストバンドを気で打ち砕いた。パリンと音がして、その手首からリストバンドが崩れ落ちる。
 そう、超力を解放したのである。
 ダークエンジェル。闇の天使の超力をだ。
 リストバンドの粉砕と共に、あかねの背中に、漆黒の羽が翼を広げたように思えた。

「まさか…。おまえたち…。「ダークエンジェル」…。あの闇の天使だというのか?」

 アリサの瞳が、恐怖に見開かれて行った。



つづく





メカノイド(機械生命体)
 知的レベルの高い機械生命体。
 一之瀬のオリジナル造語的使い方をしていきます。
 マザーIを中心とした広大なネットワークで繋がったスーパーコンピューターということ以外、実体は今のところ不明ということで…。
 物語の根幹部へと関わってくる伏線ですので、次第に明らかにはなっていくとは思うのですが…。(実はまだ、扱いを悩んでいたりして…。)



 くどい話が続いてしまっております。が、今後、物語の根幹部へ繋がってくる伏線となりますので、ご勘弁ください。
 こういう「回りくどい設定」をどうやって、本編へ書き込んでいくか、まだ試行錯誤が続いています。もしかして、物凄く、独りよがりな書き方してるんじゃないでしょうかね?
 わかり辛いと思った方、全て、私の力量不足でございますのでご容赦を。(もっと修行しなきゃ…汗)
 

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