◇天使の休日
第八話 眠れる超力



一、


 闇の向こう側に、美しくきらめく、常夜灯の輝き。赤や黄色、青、色とりどりのテールランプが点滅している。
 空は何処までも晴れ渡り、星々が降り注がんばかりに光り輝いている。
 その下を、たくさんの宇宙船が翼を休めて停泊していた。
 だが、その周りで働く人々は、眠ることなく、次の出発を控えて整備している。
 有名な観光星であるだけに、様々な客船が停泊している。個人の船籍から大型の観光船、運送船などが、所狭しと小さな空港へ停泊しているのだ。
 忙しなく動く、夜の空港を目の前に、うごめく影。

「本当に、あの空港にナミが居るのか?」
「ええ、私のシステムから追尾した結果よ。間違いないわ。
「ってことは、宇宙へナミちゃんを連れて逃避行しようって魂胆なのかしら。」
「多分ね。」
 あかねが問い質した言葉にサラは軽く返答した。

 あかねには「ナミの正体」を話しては居ない。
 サラはトップシークレットである「霊女」と「ナミの正体」を乱馬には話したが、あかねには伏せてあった。勿論「他言は無用」だと言った上でのナイショ話だ。
 乱馬を守り、星石の岩場から瞬間移動をやってのけたあかね。その時に、己の殆どの気を放出したために、深い眠りに落ちたていたあかね。
 乱馬が受けた傷を治し、再び人心地が付いた頃、あかねもまた、深い眠りから覚めたと言うわけだ。
 そして、サラに促されるまま、行動を起すために、星石の海から上がって来た。


 深くかぶったスタッフキャップ。つなぎの作業服の背中には宇宙船整備会社のロゴ。
 周りに溶け込んで、紛れるには、そこら中で働いているエンジニアに紛れるに限る。
 木を隠すなら森へ隠せといわんばかりの乱馬とあかね、そしてサラであった。
 首から吊り下げた身分証も、精巧に偽造されているようだ。それが証拠に、整備工エンジニアたち従業員のチェックポイントも難なくすり抜けられた。

「いつの間に、こんな物を調達したんだよ…。」
 乱馬が目を丸くしたほどだ。
「ふふふ、こんなもの手に入れるのは簡単よ。」
 サラは笑った。
「良いこと?こういう場では堂々と振舞う事、それに限るわよ。下手におどおどしたり、まごつけば怪しまれるわ。」
「誰に向かって物を言ってんだ?てめえ…。」
「ふふふ、そうね。あんたもなかなかやり手だったわね。」
 サラは意味深に笑った。
 こういった修羅場は、数多く潜り抜けてここに居る。乱馬の鋭い瞳はそう語っていた。乱馬はそこらにあった油を取り、それらしく作業着を汚し始めた。新しいままだと怪しまれる。また、いかにもというのもご法度だ。乱馬は持っていたスプレーで、新しく付けた汚れを、前々からのシミのように見せる。
「へえ…。さすがに念入りね。」
「あったりまえだ。木を隠すなら森。森に隠れるならそれなりにしろっ。それが基本だろ。おめえも、化粧、落としとけよ。ケバいと怪しまれるぜ。」
「大きなお世話よ。」
 軽口すら口を吐いて出る余裕だ。
「全く、傷口が閉じて、痛みが無くなった途端、これなんだから、坊やは。」
 そんな愚痴がサラからこぼれた。

「うるせー!ったく、てめえ、俺の身体に何てことしやがったんだよ!」
 つい文句が口から落ちた。
「まあまあまあ…。サラさんだって、あんたのためを思ってやったことなんだし。」
 あかねがとりなしに入る。

「たく…。細胞活性の誘導波みてえなもんだったんだろ?あれは…。普通、あんなことされたら死ぬぜ!」
「普通の人間ならね…。でも、あんただったら、大丈夫って思ってたわよ、私は。」
 にやりとサラが笑った。
「確かに乱馬の生命力はゴキブリ並みだものねえ。」
 あかねはげらげら笑いながら乱馬を流し見る。
「あんたの中に眠る「自然治癒能力」を目覚めさせてあげただけよ。私は。」
「目覚ましぃ?そんな生易しいもんじゃなかったぜ!」
「しー、声が大きいわよ。」
 サラが制した。

「おっと、俺としたことがつい…。たく、そんくらい、えげつない衝撃だったんだからな、あれは。」
 また、高揚しそうになるのを抑えて、乱馬は声を落として続ける。
「たく、あれは、何だったんだ?ただの衝撃波じゃねえだろ。」

 乱馬は、治癒装置から流された「衝撃波」を思い出しながら、ムッとなった。
 手足の動きを封じられ、流された相当量の衝撃波。

「あんたの細胞を活性化させるための「トリガー」、強いて言うなら、そんなところね。」
 サラはさらっと流した。
「トリガーねえ…。俺には地獄への招待状に思えたぜ。」
「でも、あんたは生還できたじゃない。あの衝撃のおかげで、あんたの細胞は活性化し、みるみる傷口が塞がり、そして傷痕も無いくらいに平癒したわよ。」
 サラはあっさりと言い放つ。
「あのなあ…。やっぱり、死ぬかもしれないような衝撃波だったんじゃねえのか?その言い方はっ!生還だとぉ?まかり間違ってたら、死んでたかもしれねえっていうようなもんを流しやがっただろう!てめえっ!」

 荒げた声を聴きながら、サラはくすくす笑った。

「まあね…。普通の身体だったら、間違いなく、天国か地獄の門が開いていたかもしれないわね。」
「ほらみろ、てめえ、やっぱり「人体実験的」なことしやがったんじゃねえかっ!もし、あんとき、変な声が俺の脳内に語りかけて来なかったら、どうなってた事か、わかるもんじゃねえやっ!たくっ!」
 と、サラの表情が急に引き締まった。
「変な声?」
 あかねが尋ねた。
「ああ…。気を確かに持て、その流れに対抗せずに身を任せろってな。その声が聞えなかったら、多分、俺はあの衝撃波に耐えられなかったかもしれねえ。あの声のおかげで、我に返り冷静になれた。…んっと…おめえの相棒だった、ロイの声に似てたような気がするなあ…。」
 と思い出しながら言った。

「そう、彼の声を聞いたの…。」
 ポツンと吐き出すようにサラが言った。
「あん?」
 乱馬は怪訝な顔を更に返した。
「あ、…声を聞いて我に返れたのなら、ま、良いじゃない。」
「ちっとも良くねえぞ!こら、サラ・ウインズ!」
 乱馬の声が再び荒らいだ。
「声はおそらく、あんたの脳細胞の潜在意識からの問い掛けでしょうね。聞き覚えのある声として、擬人化して現れたもんでしょう。」
 サラはそう言い切った。
「何かすっきりしねえな、そういう歯に衣着せた言い方はよう…。確かに、ありゃあ、ロイの声だったぜ。」
 乱馬がムキになって言った。
「ねえ、さっきから、ロイ、ロイって言うけど、誰なの?それ…。」
 あかねが好奇心の瞳で突っ込んできた。彼女には知らない名前だったからだ。
「こいつの相棒だよ。ロイ・ウイリアムってんだ。筋肉隆々のマッチョマンでよう、結構、土星圏じゃあブイブイ言わしてたんだぜ。こいつらコンビ。」
 乱馬が親指を差し出しながら続けた。
「ロイの野郎、テレパス能力か何か持ってるんじゃねえのか?第一だな、てめえがロイとコンビネーションを解消したことが、俺はハナッから納得いかねーんだよ!ロイはどうしてんだ?てめえが特務官を辞めたんなら、あいつだって、一緒にくっ付いて辞めたんじゃねえのか?えええ?」
 と迫る。

 サラの相棒はロイ。ロイ・ウイリアム。サラが風なら、ロイは空。そんなイメージがあった。自由闊達に流れる風を、包み込んでいるような、そんな中年男だった。かなりでかいガタイで、金髪のムキムキマン。かと思えば、大きな体にそぐわぬような優しい瞳を持った、男だった。
 常にサラに付き添い、二人で一つの指令を追っていた。
 絶妙なコンビネーションは、イーストエデンでも屈指の存在を保っていた。
 噂では結婚の約束までしていたという。いや、結婚届は受理されていないが、実質「夫婦」と呼んでも差支えがなかったと思えた。勿論、乱馬はまだ子供(ガキ)だったので、大人の事情など、わかるようでわからなかったのであるが。
 自分とあかねの「現状」に似ているところがあった。

 一端は、大人の事情とそれ以上訊くのを辞めたことだが、つい、衝撃波を食らわされた憤慨から、余計なことを問いかけてしまったようだ。

 乱馬の問い掛けに、サラの表情が一瞬曇った。
 その愁眉を帯びた瞳に、思わず、ドキッと心音が波打ったくらいだ。
(やっぱ、余計な事を訊いちまったかな…。)
 そう思って、一歩、気持ちが後ろに下がる。が、時既に遅し。隣りのあかねが、好奇心をたぎらせて、目を輝かせてしまっている。

「気のせいよ…。彼があんたの脳内に語りかける術なんかないわ。だって消滅したのよ…。ロイは。」
 やっとのことで口を吐いて出たサラの言葉。
「なっ…。何だよ、それっ!」
 それに、乱馬は、発すべき次の言葉ガ見当たらない。
「消滅…。」
 あかねも言葉を失った。
 その言葉の裏に隠された「真実」を知るには、まだ、乱馬もあかねも若すぎた。
 サラが「死んだ」と言わず「消滅した」と言った言葉の意味を、乱馬は飲み込めずにいたのだ。その言葉の意味を理解するまで、もう少し時間を要したのである。
「ええ、とある任務で、滑ってしまってね、消滅しちゃったの。この世には存在しないのよ。彼は…。」
 サラは、明後日の方向を見詰めながら、静かに言い切った。
「もっとも、あんたの親父さん、早乙女准将から何も訊かされてないなら、私たちの身に起きた事を知らなくても当然よね、坊や。」
 サラはわざと明るく笑ってみせた。
「そっか…。悪い、やっぱ、余計なこと、訊いちまった…かな。」
 乱馬のトーンが落ちた。

「ま、過去を振り返ったって、ロイが元通りに戻ってくるわけじゃないわ。」
 歪んだ空気を、サラは取り戻そうと、更に明るく笑って見せる。
「それに、私のおかげで、あんたの中に眠っていた治癒能力が目覚めて、傷も塞がったんだから、良かったんじゃないのかしらん?」
「どこが、良いんだ!どこがっ!たとえ、潜在意識の声だったとしても、その声に身を任せ、俺の身体が耐えられたから良かったものの、もし、そうでなかったら、ここでこうしていねえぞ!こうしてっ!」
「まあまあまあ…。乱馬、もう良いじゃない、そのくらいで。」
 あかねが再びとりなしに入る。

「ふふふ、まあ、一種の賭けみたいなところがあったけれど、私は確信してたわ。あんたなら、己の中に眠る「未知の超力」を目覚めさせ、コントロールできるってね…。」

「俺に眠る「未知の超力」だあ?」
 乱馬は怪訝な顔をサラへと差し向けた。
 サラの瞳にも再び、ぎらぎらとした輝きが戻ってきた。

「人間の脳の細胞の殆どは、その生涯に於いて、殆どが眠ったまま歳を経ていくもの。普通の人間なら眠ったままの超力。それをミュー因子、そして超力をコントロール出来る人間がミュータントと呼ばれている。それはあんたも知ってるでしょう?」
「ああ、ミューってえのは、超能力者の総称。常人離れした超力を使える者の事だ。」
「そうよ…。でも、誰彼もが、ミュー因子をコントロールできるものじゃないわ。強いミュー因子をたくさん持つ者でも、その大多数は、眠る超能力を引き出す事はなく、「超力」に気付かぬまま一生を終える。」
 サラは乱馬を真摯に見詰めながら言った。
「あんたには、かなりの潜在能力が眠ったままになってるみたいね。」
「何で、てめえに、そんなことがわかる?」
 乱馬がすぐさまきびすを返した。
「地球連邦軍のデーターがそう物語ってるわよ。」
「連邦軍のデーター?」
「ええ、エージェントの基本台帳よ。勿論、マル秘のね。…あんたには恐らく、まだ、ほんの一部しかその超力は目覚めていない…。」
 そう言うと、いきなり、持っていた工具で乱馬の腕へ当てた。それから、それを手前に引いて、すうっと軽い傷をつける。

「くおらっ!てめえ、何しやがる!痛えじゃねえかっ!」
 切れたわけでは無いが、結構強く引っ張られたので、乱馬の上腕部に、すっと赤い筋がついた。勿論、鈍い痛みが乱馬の腕を走った。

「良く見てて!」
 サラは真面目な顔をして、乱馬を促す。

 と、確かに赤く盛り上がった筈の皮膚の傷が、すうっと乱馬の肌に吸い込まれるように消えていくではないか。

「え…。」
 あかねが声を飲み込んだ。
「傷が、消えたわ…。それも吸い込まれるように…。」

「ほら。さっきの誘導波であんたの潜在能力が少しだけ開花したのよ。」
 サラは得意がって言った。
「俺の潜在能力って…。」
「自己治癒能力。受けたダメージをすぐさま回復できる「癒しの超力」よ。普通の人間の数十倍の速度で、受けた傷を治せるってところかしら。あんたの細胞活性が活発化した証拠。尤も、まだこれを自在にコントロールできるようになるには、時間がかかるでしょうけどね…。」
「お…。おい。こいつは…。」
 乱馬は口ごもる。
「いずれ、あんたに必要不可欠になる能力よ。あんたには、命を懸けてでも、守らなければならない女の子も居るようだしね。」
 とちらっとあかねを見やった。
「う、うるせー!てめえには関係ねえだろっ!」
 暗にあかねのことを言われて、真っ赤になる乱馬。
「うふふ、まだウブな坊やねえ…。男は命をかけて惚れた女を守りぬかなきゃならないものよ…。」
 次の言葉は飲み込まれたが、『ロイもそうだったもの。』と、サラの瞳が、そう呟いていた。

「たく…。勝手な御託(ごたく)を並べやがって…。どうも誤魔化されたような気もするぜ…。」
 わざと深い溜息を吐き出して、乱馬はサラを見上げた。あかねが傍にいるので、それ以上の墓穴は掘れない。

「それより、そろそろ時間よ。ほら、朝一番で飛び立つあの宇宙艇(ふね)の、最終チェックが始まるわ。」
 サラが促した。
 見ると、朝一番の作業員たちがぞろぞろと整備をしに集ってくるのが見える。ざっと整備を確認したところで、離陸許可を受けるのだ。

「おっと、こうしちゃ、いられねえ。」
「そろそろ動き出さなきゃね…。」
 乱馬もあかねも頷き返した。

 三人は頷き合うと、何食わぬ顔をして、整備工エンジニアに紛れて、空港の中へと消えていった。



二、

「おい、本当にこの船で間違いねえのか?」
 乱馬が思わず声を荒げた。
 サラが追跡した結果、この宇宙艇にナミが居ると判断したのが、「連邦警察局」の宇宙艇だったからだ。
「おい、てめえの解析は正確なんだろうな?踏み込んではずれてたら、洒落になんねーぞ!」
 と吐きつける。
「私の解析にほころび一つないことは、あんただって知ってるでしょう?」
「いや、年増の霍乱(かくらん)ってこともあるし。」
「誰が年増よ!たく、それを言うなら鬼の霍乱でしょうが。口が悪い子ねえ…相変わらず。」
 思わず苦笑いが浮かぶ。
「あんたさあ…ちょっと、デリカシー無くなってきたんじゃないの?}
 あかねまでもが、否定的だ。
「嫌味の一つも飛ばしたくなるぜ…。ナミが乗ってるのが「連邦警察局の宇宙船」なんだぜ?いくら軍部と警察局が、牽制しあう犬猿の仲っつうたってよ、どちらも連邦政権と密接な繋がりがあるんだぜ。」

「ふふふ、まだまだ、蒼いわねえ…坊やは。」
 サラは笑った。
 蒼いと言われて、乱馬が思わずむすっとした顔を返した。
「この宇宙船の積み荷は「ジブラー・バイス」よ。」
 にやりとサラがきびすを返した。
「ジブラーバイス…。」
「そう、あんたが、この星に来て早々、捕獲した「蒼い惑星」の一級テロリスト。彼の護送のために寄越された護送船。」
「ますます、きな臭せえぜ、それ。」
 乱馬が吐き出した。
「じゃあ、何か?もしかして、警察機構のヤツの中にも「造反者」が居るって事なのかよ?「蒼い惑星」へ内通でしもた。そいつが、ジブラーとナミをかっさらって、トンヅラこくとでも言いたいのかよう?」
「あら、わかってるじゃない。乱馬君。」
 サラが笑った。わざと「君付け」してみせるその言葉に、乱馬は一瞬、えっという表情を浮かべて、固まった。
「考えても御覧なさいな。ジブラーを解放できたら、連中にとって、これ以上の収穫はないわよ。」
「お、おいっ!警察機構の宇宙艇を使うんだぜ…、よほど上のヤツが絡まないと、できねえぞ!それに、強力な協力者だって必要になる。……。」
「だから、アリサが動いてるんじゃないのかしらねえ。案外この星の警察機構そのものが、奴らの手の中に落ちて、握られてしまっているかもしれないし。」
 サラはさらっと言ってのけた。
「お、おいっ!冗談じゃねえぞ!」
「あら、あんたは、警察機構の連中の事、信用しきってるのかしらん?」
「あん?」
「昔から、軍部と警察の確執は、相当なものがあるわよ。違うの?」

 サラの指摘するとおりだろう。軍と警察は似ている部分もあるが、それぞれに別の機構で運用されている以上、目に見えない対立があっても、不思議では無い。敵が「敵国」か「犯罪者か」という違いはあるが、共に、良い言葉で言えば「切磋琢磨」、悪ければ「足の引っ張りあい」。軍部の人間は警察の人間を嫌い、また警察の人間は軍部の人間を毛嫌いする傾向があるのだ。

「もし、ターゲットが違ってた時は、てめえで責任取れるんだろうな?サラ。下手すると、俺たちまで、チョンだぜ?」
 乱馬はじろりと見返した。
「ふふふ。見くびられたものねえ…。私がそんなヘマするとでも思って?大丈夫よ、私には守護神が付いてるもの。」
「守護神ねえ…。ロイの事だろうが、背後霊の間違いじゃねえのか?」
「口の減らない子ね、相変わらず。…まあ、あたらずしも遠からずってね。確かにこれは背後霊みたいなものね。」
 そう言いながら、目の前の空間へブンッとバーチャルディスプレイを立ち上げる。

「お、おいっ、こんなところでディスプレイを立ち上げると、ターゲットに気付かれるぜ。」
 乱馬が焦った。
「大丈夫よ。これは特殊な電源形態を取ってるの。普通の通信機やコンピューターとは違うわ。」
 サラはお構い無しだ。
「特殊な電源形態ねえ…。俺には普通のとそう変わらないようにしか見えねえが…。」
「良いから、見て。」
 そう言いながらディスプレイに触れると、画面に何やら設計図のようなものが浮かび上がった。
「これって、まさかと思うが…。」
 乱馬がちらりとサラを見上げた。
「そうよ、あの船の見取り図。寸分違わないわ。」
 にやっとサラが笑った。
「へええ、さすがだな。こんなものまであっさりと手に入れるとは。」
「なびきお姉ちゃんもこういうの得意だけど、ここまで正確なのは手に入れられないかも…。」
 あかねも感心していた。
「なびきとはキャリアが違うぜ。こっちの方がずっと年増だからな。」
「まあ、失礼な!その口を縫い付けてやろうかしら。」
 サラが乱馬を睨み付けた。
「無駄口は良いとして、ここが船倉の部分よ、わかる?」
 サラが言った。
「ああ…。見たところ、厚い鉄壁みてえだが…。」
「この厚い部分は実は空洞になってるのよねえ…。」
「あん?」
「いわゆる、「隠し部屋」ってヤツね。」
 サラは言った。
「隠し部屋って…。おめえ、そんなところまで確認してんのか?普通、そういうのは設計図に書かれてねえぞ。」
「まあね…。ナミ嬢はここに居るわ。百パーセントの確率でね。」
「大した自信だな…。断言かよ。」
 乱馬が舌をまいた。
「私のネットワークには不備はないわ。丁度、この隠し部屋のすぐ脇は、エンジンルームだから、このままここへ潜入するわよ。良い?」
「ダメだっつーたって、行くんだろ?」
「まあ、そう言うこと。」
「わかったよ…。お言葉に従います。あかね、行くぜ。」
 乱馬は先に立った。
「うん…。」
 さっきから、己が突っ込む場面がなく、乱馬とサラのやり取りを聴いているだけだったあかね。
「今のところ、尻に引かれてるっていうような感じじゃないわね。坊やも威厳を保ってるのね…。さしずめ…亭主関白ってところかしらねえ、乱馬は。。」
 くすっとサラが笑った。
「ばっ!そんなんじゃねえやいっ!」
 乱馬が少し顔を赤らめて、食らいついた。

「たく…。こいつと一緒だと、どうも、何か調子狂うぜっ…。」
 乱馬はブツクサ言いながら、先に立つ。

 宇宙船のどてっ腹へと、真っ直ぐ迷わずに進んだ。

「そこ、どこへ行く?」
 制服の警官に呼び止められる。護送船だ。チェック体制は厳しいのだろう。

「離陸前のチェックよ。この船、エンジントラブルの記録があったから、念入りにチェックしろってフロントが言ってたわ。」
 乱馬が答える前に、先に進み出て、サラが答えた。

「ここの管轄の整備士か?身分証明書の提示を。」
 念のためと言わんばかりに、若い警官が身分証明の提示を要求した。ここで怯めば、怪しまれる。乱馬とあかねを後ろに抑えて、サラはぱっと持っていた認識証を懐から出した。カード状の記録証明証だ。読み取り機に通す事によって、入っているデーターが照会され、身分を提示するものだ。誰でも持ち合わせている。
「どら…。」
 警官は己が持っていた身分証明のためのチェック機械へとそれを通す。ピピッと音がしてデーターがずらずらと並ぶ。それとサラを見比べながら、一通りチェックする。勿論、提示されている情報は、名前を含めて全部、デタラメだ。
「えっと、今度は後ろの二人。」
 乱馬とあかねは、予めサラに渡されていた身分証明証を差し出す。勿論、これも、デタラメ放題。
「よっし、特に不穏な部分はないな。行け。」

 警官は横柄に言った。
 ペコンと頭を下げると、乱馬たちは宇宙船の船倉部分へと入って行った。

「まんまと忍び込めたってわけか。」
 乱馬がふううっと息を吐き出した。
「まだまだ、これからよ。」
 サラが笑う。ここまでは予定通りだった。
「おめえ、でも、身分証改ざんもお手の物なんだな。」
 乱馬はサラを見返した。
「あら、あんただって、このくらいはお茶の子さいさいでしょ?」
「上辺だけじゃなくて、基本データーも機械に見破られないように細工するなんてよ…。なかなかの腕じゃねえとできねえ。少なくともこいつ(あかね)には無理だ。」
 とあかねを見やった。
「失礼ねえ…。その言い方。」
 少しカチンと来たあかねが思わず吐き出す。
「おめえはどこか、足りねえ部分があるからな。緻密さを要求されるデーターの改ざんなんかは向かねえ。」
 乱馬は言い切る。
「へえ、パートナーの事は全てわかってるようね。坊やは。でも、やっぱり亭主関白系ね。」
 サラは笑った。
「だから、そんなんじゃねえって言ってるだろうがっ。」
 乱馬はせっつく。
「ふふふ。ベビーフェイスで鳴らしてたあんたが、こうやって女性をリードする年齢に差し掛かってるなんてね…。ロイが観たら、さぞかし面白がったでしょうに。残念だわ。」
「うるっせえよっ!たく、ロイがこの場に居なくて良かったぜ。」

「乱馬、なんだかサラさんには形無しね…。弱みか何か握られてるの?」
 あかねがくすくすと笑った。
「ねえよ!俺に弱みなんかっ!」
 乱馬は面白くないと言わんばかりに吐き付けた。

「整備が終わり次第、容疑者を乗船させ、エララ星を離陸します。総員配置についてください。」
 館内放送が響き渡った。
 一応連邦政府直結の警察機構に属する船だ。
 乗船して作業している多くは、警察関係者と連邦軍関係者ばかり。

 まだ、夜明け時間までには遠いのだろう。
 人工太陽のスイッチは入っておらず、天上には星がきらめいている。その下を、離陸準備が着々と進められている。
 名だる罪人を乗せるのだ。乱馬がこの星に着て早々、捕獲した大物テロリスト。蒼い惑星のジブラー・バイスだ。


「警備関係は主賓の牢へ目が釘付けになってるようだな。」
 乱馬は思わず吐き出した。
「主賓ね…。まあ、奴らにとってはただの「隠れ蓑」に過ぎないのかもしれないわ。」
 サラはあっさりと言ってのけた。
 二人とも、作業着のまま潜り込んで、関係者に混じって手を動かし続ける。一応、乱馬も宇宙艇の整備くらいは簡単に出来る。連邦軍人の端くれである。
 対するサラも、乱馬と同じく、器用に作業をこなしていく。彼らが潜入者だと気付く者は居なかった。警察機構の整備技師のスタッフに紛れて、黙々とエリアを巡りながら作業をこなす。
 尤も、主賓たちの納められる辺りは警護も厳しく、それなりチェックも行き渡っているようだ。乱馬たちの目的は「主賓」、ジブラー・バイスなどではない。警護の厳しい方は他人に任せて、どちらかといえば、手薄な船尾の方へと感心を向けていた。
 作業にかこつけて、二人は整備作業からそっと抜ける。
 警戒のために置かれた、ビデオカメラの死角を突いて、こっそりと物影へ忍び込む。
 何人かの作業員を廊下で見送った後、二人は、最下層の機関部へと潜り込んだ。
 ここならば、作業服を付けていれば怪しまれないし、さっき最終チェックが終わったところなので、人影もまばらだ。船が上昇を始めれば、何事か急難が怒らない限り、人は立ち入らないだろう。全て、モニターでチェックされている筈だ。
 幾重にも重なる、配管や電線の袂へと、二人座り込む。

「えっと…。カメラの位置は、あそことあそこね。」
 左目に直接つけた、モニターで感知しながら、サラはカメラへと、目張りを張って行く。すっと監視カメラの前に別画像を流し込み、誤魔化そうというのだ。
「随分古典的な方法を使うんだな。」
 乱馬が後ろから覗き込む。
「あら、これが確実なのよ。下手に電波なんか出して、キャッチされたら終わりですもの。こういう護送船の電波チェックは半端じゃないわ。」
 と言う。
「なら、そのモニターはどうなんだよ。いくら小型でも、電波は出るんじゃねえのか?」
 乱馬は彼女がしきりに左手で操作しているアイ装着型のモニターを指差した。
「ああ、これ?これなら大丈夫よ。特殊加工を施してあるから、電磁波も出さない優れ物よ。」
 とウインクしてみせる。
「ま、おめえの相棒は通信関係機器のプロ中のプロだった野郎だからな。相棒のおめえもそこそこ詳しくなって、最新鋭の機器を持っていても不思議じゃねえけどよ。」
 乱馬はふっと吐き出した。
「まあね…。これもロイの形見の一つだからね。」
 表情一つ変えることなく、サラは受け答えた。
(形見か、嫌な言葉だな。)
 ぐっと、言葉を飲み込む。
 サラにとって、ロイの死は、かなり前に受け止めた「事実」だったのだろう。思い出にするにはまだ時間がかかるだろうが、黙々と作業をこなす彼女から、動揺は一切見受けられない。身近な身内の死、特にそれが最良のパートナーだった場合、多くは平常心を保てず前線を離れる。人間は動揺が大きいと、思わぬ失態を招く事が多いからだ。
 サラがイーストエデンから抜けたのも、少なからず、相棒の死が大きく作用しているに違いない。

「さて、良い?離陸前に、ケリをつけるわ。」
「獲物は?」
「そうねえ…。これなんかどう?」
 にっと笑ってサラは、小型の爆弾を出した。
「おまえなあ…。こんなものどうやって持ち込んだんだよ。」
「あら…。あんただって幾つか持って来たんじゃないの?」
 サラは意味深な笑みを浮かべた。
「ま、全然何も持たないって事はねえけどさ…。」
 乱馬は苦笑いを浮かべる。
「一分後に穴を開けるわ。各人、退避用意してね。」
「お手柔らかにな。」

 乱馬に促されて、あかねはその場を下がった。
 いくら小型でも、それなり衝撃はある。
 爆風に巻き込まれないように、退避するのだ。

「良いか。爆破と同時に、壁の向こう側へ出るぜ。」
 乱馬の言葉に、緊張の面持ちのあかね。コクンと頭を縦に振る。
「俺にピッタリとくっついとけよ。それから、超力はできるだけ最後まで解放するな。何が起こるかわからねえからな。でも、気だけは溜めとけ。」
「わかったわ。」
 サラが装着終えた爆弾からさっと後ろに下がった。
 秒読み段階に入った証拠だ。
 ぐっと、下っ腹に力を入れて、爆発に備える。


 ドオオン!


 壁を突き破るように、爆弾が弾けとんだ。
 ブーブーと、赤いランプが点灯し、非常ベルが館内に響き渡る。

「行くわよっ!」
 サラの合図に、臨戦態勢に入ろうとしたその時だ。

 ガクンと足元に異変を感じた。

「なっ?」

 見る見る間に、大型のエンジンが回り始めた
 スゴゴゴゴゴゴと音をたてて動き出す。

「エンジンが動いた?」
 身構える間もなく、弾丸が、爆弾で打ち壊れた壁の向こう側から飛んできた。
 ピュンと目の前を通り過ぎた弾丸は、エンジンの横の金属に当たって弾けた。


 穴を開けた壁の向こう側、人影が動いた。
「残念だったわね。侵入者さんたち。」
 聴き覚えのある声。
 アリサのものだった。
 彼女は銃器を身構えて、乱馬たちを見渡していた。

「てめえは…。アリサッ。」
 乱馬は彼女を睨み付けた。

「ふふふ、あの時、息の根を止めたと思っていたけれど…。なかなかしぶといじゃないの。早乙女乱馬。」
 彼女はふてぶてしく見下ろした。
 背後には、警官の制服を着た連中が銃器を構えている。

「へっ!俺はそう簡単にはやられねえんだ。幾つもの死線を乗り越えてきたからな。」
 乱馬は、負けずと睨み上げた。

「かなりの傷を受けていたのに、あっさりと復活するなんてね。相当優秀な医療器具を持ってるってわけね。でも、ここで終わりよ。」
 アリサがにっと笑った。
 そして、さっと手を挙げた。

「行くぜっ!あかねっ!」
「うん!」
 乱馬はだっと駆け出して行った。



つづく




 修羅場に突入?
 このまま終わるわけが無いっと…。

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