◇天使の休日
第四話 舞い降りた天使


一、

 あかねは、ドアを後ろ手に、バタンと閉めると、ロッジから思い切り良く飛び出した。
 昼間、人口太陽の光に焼けていた砂浜も、今は冷めて、過ごしやすい風が頬を撫で吹き抜ける。
 打ち寄せては引いていく、人の手による海と砂浜。
 
「ほら、もう、絆に傷が広がったじゃないか。」
 少しは慣れた場所で、ラインがローザに語りかけた。
「そうね…。乱馬も追ってくる気配はないわ。」
「よほど、己の許婚を信頼している…か。それとも、女心のわからないバカだな。」
 ラインは声を落とした。
「で?この後の守備は?お兄様。」
 ローザが興味深々の瞳を兄に手向ける。
「決まってる…。傷心のあかねさんに近づくさ。」
「傷心のあかねですって?どうして、そんなことがわかるのよ。」
 小首を傾げながら、ローザが兄を覗き込んだ。
「ふふ…。あの薬の副作用さ。」
「副作用ですって?」
「ああ。あの興奮剤はね、効用した後、一気に虚脱するんだ。高ぶった気が激しければ激しいほど、空虚感に襲われ、意気消沈するってわけだ。」
「つまり、今の彼女は、面白いくらい「自己嫌悪」の塊ってわけね。」
「ああ。彼女が真面目な分な。それに…。もう一つ、仕掛けておいた。」
 ラインはふっと、笑みをこぼした。
「もう一つですって?まあ…。まだ、何かありますの?」
 ローザが呆れた方に兄を見返した。
「念には念を入れておく…。狙ったターゲットは決して逃さない。それが、白薔薇ペアのモットーじゃないか?妹よ。」
「た、確かにそうですけれど…。で、一体全体、どんな「仕掛け」を?」
「ふふ。彼女に薬を飲ませ、前後不覚にした時に、「暗示」をかけておいた。」
 ラインは、目元を細めた。
「暗示ですって?」
「一種の自己催眠だよ。乱馬と激しく喧嘩し、その後は、彼からできるだけ離れるようにね…。」
「まあ…。」
 つっとローザは言葉を止めた。
「ふふ。僕のこの魔性の瞳の超力から逃れた女性は未だかつて居ないんでね。彼女もすぐに暗示にかかったさ。」
「と言う事は、既に毒牙に?」
 そう問いかけるローザに、ラインは首を振った。
「いや。まださ…。でも、今夜中に、僕へと靡くように、暗示をかけるよ…。」
 くくくとラインは笑った。
「お兄様にかかれば、あかねなんか、すぐに落ちますことよ。…。お怖いこと。」
 そう言いながら、口元に手を当てる。
「乱馬の方は、頃合を見て、おまえがあのロッジへ入れば良いさ。僕があかねさんに暗示をかけたあとは、おまえの好きにやれば良い。」
「ふふ。イーストエデンの早乙女乱馬をそのまま、ウエストに引きずり混むって手もありかしら?」
「ま、おまえに上手く扱えるんなら、それも構わないかもしれないな。」
「白薔薇ペアが解散になっても、よろしいの?」
「いずれ、おまえも僕も、互いにあったペアを選びなおす時期が来る。」
「その時期が、今、来たとしても?」
「構わないのじゃないかな…。」

 二人は、月明かりの下で、互いに見詰めあい、ふふっと笑いあった。

「さてと、お兄様のお姫様は、そろそろ、仕込が宜しいんじゃなくって?」
 ローザが、一人、寂しげに海辺に佇んだあかねを指差して、笑った。
「そうだな…。ぼちぼち頃合も良いだろう。」
 すっと木陰から身を乗り出して、ラインがじゃあ、と言わんばかりに、ローザに手を挙げた。
「あたしは、時間差で行くわ。じゃ、お兄様。グッドラック!」

 海の浜辺は、ロマンチックだ。
 計算されつくした「人工リゾート地」の浜辺。
 良い具合に、人影もまばらだ。
 良く見ると、ムードを楽しむ、カップルも、ちらほらと居る。そんな雰囲気が、かえって警戒心を解きほぐすだろう。

 ラインは、さも偶然を装って、あかねに近づいた。

「やあ、こんなところで一人、ロマンスにでも浸ってるんですか?」
 そう言いながら畳み掛ける。
 白い長袖のシャツがゆらりと揺れるライン。

「あ、ラインさん。」
 あかねは、膝を抱えながら、後ろを振り返って、作り笑いした。
「どうかしました?元気がなさそうですが…。」
 さり気に、ラインは、あかねの隣りに腰を下ろした。最初から距離を詰めていては警戒される。そこまで計算して、少しだけ離れた。かなりの「策士」である。
「べ、別に何でもないです。」
 すっと隠した涙の痕筋。それを目敏く見つけて、軽くほくそえむ。だが、おくびにも出さずに、さりげなく見詰める。
「もしかして、乱馬さんと何かありましたか?」
 と、心配そうな顔をしてみせた。
 ビクンと動く肩。
 演技している表面とは違い、心では「しめしめ。」と思うライン。このまま、自分の調子に引き込めば、あかねを惹きつけることができる。そう踏んだのだ。
「あかねさん…。そんな許婚より、僕と付き合ってみません?」
 唐突な問い掛けだった。
 その言葉に、あかねの目が大きく見開かれる。何を言い出すのと訊かんばかりにだ。
「ふふ、あかねさん。僕は本気ですよ。」
 そう言いながら、彼女の細い肩を引き寄せようとした、その時だ。

 佇む、暗い浜辺が、いきなり閃光に包まれる。
 眩ゆいばかりの光が、夜空を駆け抜けたのだ。

「な、何?」

 その光と共に、何かが、空で弾けた。

 ドオン!

 少し遅れて、大音響が鳴り渡った。

「宇宙船が爆発した?」
 ざっと立ち上がるライン。勿論、あかねも目を見張りながら、砂を払った。
「ちっ!良いところで邪魔か!」
 ラインは、持っていたエージェントの通信機を立ち上げる。見る間の早業で、自分の情報を分析し始める。
「あかねさん…。残念だけど、指令が入りました。僕も西(イースト)のエージェントですからね。」
 ラインはそう言うと、いきなり、あかねの手をすっと取った。それから、手の甲にふっと口づける。

「え…。」

 ドキッとして、視線を巡らせたあかねに、ラインは言った。

「では、いずれまた。」
 放し際に、そう唇で象ると、くるりと背を向け、足早にあかねの前から立ち去った。
 その後姿を呆然と見送るあかね。

(いったい全体…。何だって言うの?)
 鈍い彼女には、ラインの真意がわからなかった。
 海からの風に身を預けて、その後姿を見送っていた時だ。


『助けてっ!』

 あかねの心に、聞きなれぬ「声」が雪崩れ込んできた。

『助けてっ!早く来てっ!』
 耳ではなく、直接テレパシーで伝えるような声。それも切羽詰った声だ。

「何…。この声…。」
 あかねは辺りを見回したが、声の主らしい人影はない。だが、声は救難を発し続ける。

『聞こえたなら来てっ!早くっ!こっちよ。』

 夜空が声と共に、目の前がほんのりと光った。見ると、虫くらいの小さな光が、あかねを誘うように空に浮かんでいる。

『早く、この光について来てっ!』
 脳裏の言葉が叫んだ。

「この光を辿っていけば良いのねっ。」
 あかねの疑問に反応するように、光はすうっと、あかねを導くように飛び始めた。


二、


「な、何だ?今の光と音響はっ!」

 ロッジで一人佇んでいた乱馬も、辺りの異変にすぐさま気がついた。
 尋常ではない光と音と。
 何か「のっぴきならない事」が起こった事は明らかである。
 このような場合、エージェントとして、状況を見極め、必要奈良ならば、出動する。
 乱馬はガバッと身を起すと、バトルスーツへと身を転じる。少しでも動き易く、危険を回避できるコスチュームに着替えることは、基本だったからだ。
 武器も幾つか携行できるバトルスーツ。彼の場合、多くは上体は黒ランニングに下は迷彩色の長ズボンだ。銃を手に取ると、辺りを伺いながら外に出る。

「まずは、あかねと合流しねえとな…。」
 ピッと目元のスイッチを入れ、あかねの現在位置を確認する。あかねに通信を送るよりも、自分で出向くことを選んだ。敵の存在も目的も不明だった上、あかね自身、短時間に距離を移動しているとも思えなかったからだ。
 案の定、あかねはごく近くに居る。それも、一定方向に向かって、移動している。
「あいつ…。何か察知したな。で、この移動は、二の足だな。車やバイクじゃなえ。」
 のろのろと動く小さな光。高速移動ではない。どう早く見積もっても分速数百メートル。
 乱馬は鍛えた足で、彼女の居ると思われる方向へと走り出した。暗闇の海岸線。あかねは、ひたすらに駆けて行く。

 そう、離れていない分、彼女を発見するのは、容易な事だった。
 あかねを見つけたとき、彼女は、一心不乱に駆けていた。
 途中で、バトルスーツに着替えていた。カプセルスイッチを押し、一瞬で着替えたのだろう。

(あかね?)
 その状況が「普通」でないことは、見るに明らかだった。
 彼女は何に向かって、必死で走っているのか。
 その時の乱馬には、あかねの身に起こっている事が見えなかったのだ。



『こっち、早くっ!』
 導く光は、自在にあかねを道先案内する。
 海岸線を走りぬけ、人影のない防波堤の脇で、すっと止った。
 切らせた息を整えながら、あかねは、防波堤のすぐ傍を見た。

 と、一人の少女が、数人の暴漢たちに襲われているのを発見したのだ。
 年端の行かない少女だった。
 
(もしかして、助けを呼んだのはあの子なの?)

 暴漢たちは、怯える彼女の周りを取り囲み、銃器を突きつけ、脅している。傍らにはエアカー。誘拐でもしようとしているのだろうか。
 少女の直ぐ脇には、お供たちだろうか。人影が幾つか、地面に倒れこんでいるのが見えた。
 一人、二人…。数えると、見渡す限りでは四人居た。

 あかねは、意を決すると、まずは、傍らに止っていたエアカーを破壊しにかかった。装備していた、手榴弾で、まずは退路を塞ぐ策に出たのだ。

 ドオオンと炸裂音をあげ、エアカーは破壊。

「ちっ!連邦の犬だ!」
「とにかく、その子をかっさらうんだっ!」

 いきなり、轟音を上げ、粉々に砕けたエアカーを見て、暴漢たちが唸った。

「そうはさせないわっ!」
 あかねはたっと、防波堤から飛び降りると、暴漢たちの前に銃を身構えた。

「女戦士だぜ。」
「俺たちの前に立ちはだかる奴にや容赦しねえ…。」
「やっちまえ!」

 暴漢たちは、一斉にあかねに向かって飛び掛った。





「ちぇっ!あかねの奴、何かやらかしたな。」
 目と鼻の先で起こった爆裂に、乱馬はたまらず呟いた。向こう見ずのあかね。何か、敵に対して、行動を起したに違いない。
「手榴弾か…。敵の退路をまずは塞ぐか…。あかねにしては上出来だな。」
 にっと笑うと、自分も銃器を身構えた。
 勿論、あかねの加勢に出ようと思ったのだ。あかねだけに任せるのは、正直、不安だった。
 一刻も早く、彼女と合流して。
 そう思って、燃え上がる標的へと向かって駆け出す。ジャッと銃を握り、いつでも撃てるように、体勢を整えながら急ぐ。

 案の定、あかねは苦戦を強いられていた。
 多勢に無勢。
 しかも、後ろ側には少女が怯えながらこちらを見ている。

 と、脇から、手が伸びてきた。

「誰だっ?」
 思わず、構えた銃を身構える。
 すぐ傍には、確かに見覚えのある笑顔が、こちらを見詰めていた。
「おめえは…。」
 全身に張り巡らせた「殺気」を一端鎮めた。

「久しぶりね、エンジェルボーイの坊や。」
 張りのある女性の声が、乱馬を呼びとめる。

「けっ!坊やは余計だぜ…。サラのおばさん。」
 乱馬はにやっと笑いながら吐き付けた。
「おばさん?あら、あたしはまだ、そこまで年増じゃないわよ。」
 サラと呼ばれた女性は、ふっと笑いながら、乱馬を見返した。
「わかるもんか!俺がこれだけ、上背が伸びて、大人になったんだからな。てめえは、てめえで、年食っただろうが。」
「相変わらず、歯に衣着せない、憎ったらしい坊やね。背は確かに伸びたけど、性格は変わってないわね。エンジェルボーイ。」
「久々に会って、いろいろ話したいこともあるみてえだが…。生憎、先を急いでるんだ。サラ…。」
 乱馬は銃を再び身構えると、先へと目を転じた。まだ、燃え上がる、エアカーの炎が、生々しい。
「あら…。自分のパートナーの腕は信用してないの?エンジェルボーイ。」
 サラの言葉に、思わず、乱馬は睨み返す。
「そんな怖い顔しないの。今しがた、走っていったお嬢さん。あなたのパートナーなんでしょ?」
「ああ。わかってんなら、話は早い。あいつ一人で挑ませるには、少し荷が重そうなんでな。」
「だから、一刻も早く、手助けにって思ってるのね…。」
 ふうっとサラは溜息を吐いた。
「あんた、変わったわね…。いつから、そんな、パートナー思いのエージェントになったのかしらね。」
 少しからかい口調になった、サラ。その言葉をきいて、ムッとした表情を乱馬は浮かべた。
「今の相棒は、親父みてえにベテランじゃねえからな。」
「ふうん…。あんたと年端も離れてないと思ったけど…。新人なの?彼女。」
 ちらっと向こう側に目を転じながら、サラが言った。
「でも、あの程度の相手を、片付けられないなら、あんたのパートナーは務まらないのじゃないのかしらねえ…。エンジェルボーイ。」
 少し攻撃的な言葉を、乱馬に吐き付けた。
「別にあいつの腕を信用してねえわけじゃねえけど…。」
「だったら、見守ってあげるのも、上を行くエージェントパートナーの務めじゃないかしら…。それとも、彼女に惚れてるの?」
 くすっとサラが笑った。
 確かに、サラの言う事にも一理はある。
 気をまさぐるに、あかねが対している、奴らは、たいして腕の立つ奴等では無いようだ。それが証拠に、気が突出していないし、あかねは順調に戦いを仕掛けて居る様子だった。

 乱馬は、構えたトリガーを、銃から放すと、見守りに転じるべく、気を収めた。それから、少し前に出て、あかねの戦う様子を伺いにかかる。



三、

「大丈夫。ナミ様は私がお守りします。」
 あかねのすぐ傍から、女性が起き上がった。
 暴漢たちの急襲で怪我でもしたのだろう。女性の額からは血が滴り落ちている。
「でも、その傷。」
 あかねが問いかけると
「こんなのかすり傷です。それより、あの者たちを。」
「わかった、こっちは私に任せて。」
 あかねははっしと、暴漢たちに向かって睨みをきかせた。

「けっ!このアマ。調子に乗りやがって。」
 爆煙の向こう側から、男の声。咄嗟に、爆裂を避けたのだろう。
「あら…。爆弾一つじゃあ、足らなかったかしらね。」
 あかねは、臆することなく吐きつける。

「死んでもらうぜ!」
 男はそう言うと、銃を身構えた。

「遅いわっ!」
 あかねは、それより速く、動いていた。
 暴漢が銃を構える前に、それを蹴り上げる。
「うわっ!」
 銃口は上を向き、弾が流れ出す。
 バリバリという音。
「でやああっ!」
 あかねは両手を前で組み、そいつを暴漢その一の脳天から打ち下ろした。
 ズゴッと鈍い音がして、そのまま、暴漢その一は倒れ伏した。
「こいつめっ!」
 傍らの同胞を倒されて、暴漢その二が、すかさずあかねに襲い掛かって来た。
「でええいっ!」
 あかねは振り下ろした手を、ばっと地面に付けると、それを軸に、右足をそいつ目掛けて、薙ぎ払った。
「あがっ!」
 暴漢その二の顔面に、あかねの見事なカカト蹴りが入った。
「畜生っ!」
 更に背後から襲い掛かる暴漢その三とその四。
 勿論、奴らの動きも捕らえていたあかねは、たっと、後ろ向けに、思いっきり跳躍した。
 急に目の前のあかねが視界から消え、暴漢たちは、きょろきょろと辺りを見回す。
「破っ!」
 あかねは掌を下に、飛び上がった上空から、直下目掛けて、体内からほとばしらせた「気」を、叩きつけるように打ち下ろした。
 ドオンという爆裂音と共に、真下の暴漢たち二人は、気弾の餌食になる。
「ぐえっ!」
「あがっ!」
 二人とも、そのまま、コンクリートの地面へと押し付けられる。
 ミシミシと軋む音がして、コンクリートが盛り上がり、ひび割れた。そして、二人とも、そのまま、地面へと沈んだ。




 
「結構、やるじゃないの。あなたのパートナー。」
 乱馬の肩を、サラがポンと叩いた。
「当然だよ。俺の相棒だからな。」
 乱馬はほおっと、深く溜息を吐いた。
「でも…。あなたの腕からじゃあ、まだまだヒヨッ子ね。あなたのようなS級能力者と対等に任務をこなせるようになるまでには、まだ、更なる経験が必要ね。」
 ふっとサラが笑った。
「それだけ、若いってことさ。…でも、あいつじゃねえと、俺のパートナーは務まらねえ。最高のパートナーにめぐり合えたと思ってるさ。」
「へえ…かなりの惚れ具合だこと。…まいいわ。それより、助けたあの少女には注意なさい。いくらあなたが、優秀なエージェントでも、手を焼くかもしれないわよ。」
「あの少女?」
「ええ…。あなたのパートナーが助けた、あの女の子。それから、あの護衛官。一癖以上あるわ。私の第六感が語りかけるのだから、多分…ね。」

 サラが目線で流した方向に、佇む、一人の少女と護衛の女と。
 少女は年の頃は五歳前後か。そのくらいの体格である。護衛の女は、さしずめサラくらいの三十代前後という年恰好というところか。
 少女は救ってくれたあかねに対して、安堵の笑みを浮かべていた。

「ま、事なきを得たようだし…。今日のところはあたしの仕事は終わったから、この辺で退散するわ。」
 サラはにっこりと微笑んだ。
「おめえの仕事?」
 怪訝な顔をサラに手向けたが、それ以上は問わなかった。それぞれのエージェントには、それぞれの任務がある。そして、互いに干渉しないこと。それが、暗黙の了解ではある。だが、サラは「任務」ではなく「仕事」と言った。まるで民間に下ったかのような言い方だ。それがツンと心に引っかかった。
「そういや、ロイの姿も見えねえな…。」
 乱馬は何の気なしに、サラに言葉を投げていた。
 サラには、ロイという相棒が居たことを、思い出したからだ。。サラに影のようについていた寡黙な男。その影を探したが、見当たらないことに、違和感を覚えたのである。
 一匹狼のエージェントも居るが、大概は、二人一組で任務に当たる。半永久的なペアもあれば、即席ペアもある。サラの場合は、乱馬の知る限りでは、常に一緒に行動していた。
 
「生憎ね。今は一緒に行動してないのよ。ロイとはね。」
 サラはよどむことなく、すっと答えた。
「ふーん…。てめえとロイが一緒じゃねえのも珍しいな。」
「ま、いろいろ、大人の事情があるってことよ。エンジェル坊や。」
 サラはふふっと笑いかけた。
 乱馬はそれ以上、追求するのをやめた。彼女の言うように、いろいろ、その場に応じて事情があるのだろう。乱馬とて、イオで別行動を取ったように、あかねから離れて、一人任地に赴くことも皆無ではないからだ。命令があれば、一人でも動く。そういうことも考えられたからだ。

「じゃあね、エンジェル坊や。また縁があったら、遭遇する機会があるかもしれないけどね。」
 サラはそれだけを言うと、すっと消えるように、いなくなった。彼女もまた、優秀なエージェントの一人には違いない。

「サラ・ウインズ…。疾風のサラか…。でも、あいつの相棒ロイの姿がねえのは、やっぱり気に入らねーな…。」
 乱馬はその気配を見送りながら呟いた。

 

 しゅたっと上から着地したあかねは、辺りを伺い、暴漢たちが四人とも、沈んだ事を確認した。
「ふう…。何とか倒したみたいね。」
 あかねは、額から流れる汗を拭いとった。
 それから、防波堤を背に、佇んでいる、少女と女性の方を振り返った。
「危険はとりあえず、回避できたわ。」
 そう言って、にっと笑った。
「あ、ありがとうございます…。あなたの所属をお願いします。」
 女性はそう言いながら、己の身分証を上着から出して指し示した。地球連邦中央司令部の紋章がそこから覗いた。ということは、軍属の女性ということだ。
「あたしは、イーストエデンの特務官、あかね・天道です。」
 隠す必要もないので、あかねはすらっと自分の所属について述べた。
「そう…。イーストエデンの特務官だったの。どおりで、見事な動きだったわ。」
 女性はふっと息を吐き出した。
「こちらは、とある連邦政府高官のお嬢様なの。そして、私はその護衛官です。」
 女性は簡単に自己紹介した。
「見たところ、さっきの暴漢は、連邦高官のお嬢様と知って、誘拐でもしようとしたようね…。」
 あかねは銃を収めながら問いかけた。
「詳細は機密事項だから、あまり語れないのだけど…。まあ、そんなところです。」
 女性はあかねの言葉に答えた。
「まあ、休暇中は、誰だって、邪魔されたくないですものね…。怪我はなかったかしら?お嬢ちゃん。」
 あかねはにこっと微笑みかけた。
 コクンと揺れる少女の頭。
 と、あかねを見通す、少女の瞳が、再び大きく見開かれた。

『危ないっ!後ろっ!』

 あかねの心に、また声が突き刺さる。
「え?」
 その声にはっとして振り返ると、暴漢がもう一人、こちらへ銃口を向けて立っていた。

「しまった!もう一人居たのねっ!」
 今から身構えても間に合わない。
 暴漢は、あかねに向かって、にっと微笑みかけた。
「詰が甘かったな。お嬢さんっ!」
 そう言って、あかねに向けてトリガーを引こうとした。

 たが、彼の銃はあかねを捕らえる事はなかった。

 彼がトリガーを引く一瞬前、横から気砲が飛んできて、暴漢の銃を吹っ飛ばしたのだ。
 勿論、それだけではない。続けさまに気が勢い良く飛び、暴漢を撃ちつける。

「うっ!うっ!うっ!」
 気に撃たれるたびに鈍い声を上げて、終い目に、そのまま、地面へと仰向けに倒れこむ。

「たく…。こいつが言うとおり、詰が甘いんだよ、おめえは…。」
 気が飛んできた方から、聞き覚えのある声。
 バトルスーツに身を包んだ、乱馬だった。
 彼はにっと笑うと、再び、気を背後に投げつける。

「わああっ!」
「うおおおっ!」
 幾つか上がる、敵の声。まだ、何人かが闇に潜んでいたようだ。乱馬は容赦なく、彼らへと気砲を飛ばした。
「これでラストだ。」
 今度は身構えていたバズーカ砲を構えると、一発、あかねの向こう側にぶち込んだ。

 ドオン!

 轟音と共に炎上する船影。
 どうやら、沖に停泊していた、敵の宇宙艇らしかった。

「やるんなら、とことん根絶やしにするまでやらねえとな…。」
 乱馬は、持っていたバズーカ砲を担ぎ上げると、ポンとあかねの肩を叩いた。
 



四、


「で、何で俺たちが、こんな任務を背負い込まされなきゃならねえんだよっ!!」

 数時間後、通信機に向かって怒鳴りつける乱馬がそこに居た。

『仕方が無いじゃないの。先方様があんたたちの腕にすっかり惚れ込んじゃったんだから…。派手に動き回った、あんたにも問題があったんじゃないの?』
 通信機の向こう側からは、長けた女の声。
「だから、そんな「厄介事」がエララにあるのを知ってたんなら、何で、出発前に俺たちに言わねえんだっ!くおらっ!なびきっ!!」
 乱馬のテンションはすこぶる高い。



 硝子一つ隔てた向こう側では、助けた少女が、遅い夕食をとっているのが見えた。

 そうなのだ。
 あの後、エララ星の警察事務所に再び足を運び、保護した少女とその護衛官を連れて行ったところ、そのまま、この少女を護衛するようにと、任務が下ってしまったのだ。
 それも、地球連邦軍木星方面司令部の司令官じきじきの命令である。木星方面司令部の司令官といえば、連邦軍でもかなりの高官に属する。
 白ヒゲのいかにもという爺さんが、乱馬に向かって、直々に映像を通して命令を下したのだ。
『護衛官が怪我をしたと聞く。我々の艦隊が彼女を迎えに行くまでの数日間、イーストエデンの特務官、乱馬・早乙女および、あかね・天道は、その護衛を務めることを任務とする。』
 少しざらついた老齢の声が任務を言いつける。
 まさに鶴の一声であった。
 保護した少女とその護衛官二人を、警察署に預けて、それでこの事件は終わりと踏んでいた、乱馬の目論見が大幅に外れてしまったのである。
「あの…。俺もあかねも休暇中なんですが…。」
 恐る恐る、画面の向こう側の司令官に進言したが
『何の…。ナミ嬢も保養のためにエララへ来られた。一緒に、休暇を満喫してくれたまえ。但し、護衛任務を最優先に。元々、おぬしらも、休暇とは表向きでエララまで来ている筈だ。ほっほっほ。ボーナスも弾んでやるから、心配はするな。では、ナミ譲のこと、くれぐれも宜しく頼んだぞ。』
 そう言って、司令官は通信を切ってしまったものだからたまらない。

 ナミという少女も、あかねにすっかり懐いたようで、怪我をした護衛官共々、四人で連れ立ってロッジへと帰って来たというわけだ。
 そこへ、グッドタイミングか、なびきから「通信」が入ったのである。


 文句の一つも、叩きつけたくなる。
 乱馬は、通信画面の向こう側に居る、なびきに、「感情どおりの言葉」を叩きつけていった。

「なびき、てめえなあ!エララが任務地だなんて、全然、俺たちに言ってなかったろう!この、すっとこどっこい!」
 乱馬はまずは、文句を吐き出す。
『あら…。ちゃんと言った筈だわよ。エララからカルメに変更なさいって。』
 なびきはニヤニヤ笑いながら、言い返した。
「おめえ…やっぱりわかってて、エララへ俺たちを誘導しやがったな!こんの野郎!」
 出発前の、早雲隊長となびきとのやり取りを思い出しながら、乱馬は叫んだ。
『人聞き悪いわねえ…。だから、カルメの温泉リゾートへってすすめてあげたのに、あんたが、あえて変更しなかったんでしょうが。おかげで、あたし、かすみお姉ちゃんとのんびりやらせてもらってるわよ。』
 艶っぽい顔でなびきがふふふと笑い返した。
 ここまでコケにされると、さすがの乱馬も、ぐっときた。
「やっぱり、最初からわかってて、はめやがったな!なびき…。」
 わなわなと手が震えだす。
『ふふん!厄介事の有無が、エララとカルメ、どっちの星にあるか、見抜けなかった、己の第六感を恨みなさい。』
 なびきは、実に楽しそうに言った。
「ぐそお!絶対、てめえ、まともな死に方しねえぞ!」
『だから、そんなもの、望んじゃないわよ。エージェントになるって決めたその日からね…。それは、あんただって同じでしょう?』
 ぐっと詰まる声。
『とにかく、受けちゃった指令は仕方がないわよ。…それから、あとで、いろいろデーター集積して送ってあげるから。』
「データーだあ?」
『そうよ…。基礎的データーは必要でしょう?あんたたちが護る、その女の子の事とか、その、「蒼い惑星」の動きとか…。』
「ああ、確かにな。何で「蒼い惑星」があの子を狙ってるのか。背後関係を知っておく必要は確かにあるな…。」
『ふふ…。じゃあ、今回の任務の半分ってことで手を打ったげるわ。』
「あん?」
『だから、あたしへの報奨金よ。』
「ほ、報奨金だあ?」
 乱馬はあんぐりと口を開いた。
『優良な情報は、それなりの報奨金があってこそのもの。今回の任務はあんたたちの「特別指令」になるから、天道家(うち)にはボーナスとして入らないのよね…。』
「だからって、仲間じゃねえかっ!可愛い義弟から、ふんだくる気か?てめえは…。」
『義弟ったって、まだ法律上では「赤の他人」なんですからね。あたしとあんたは。あ、勿論あかねもね。』
 ああ言えばこう言う。さすがに物事に長けている分、乱馬よりも一枚も二枚も上手ななびきだ。ぐうの音も出ない、乱馬を傍目に、
『じゃあ、半分で手を打たせてもらうわ。ふふふ、俄然、情報収集にも、力が入るってものよ。上手く行けば、カルメ旅行代くらい出そうだものねっ!』
 と話を前に進める。
「勝手にしやがれ…。」
 とうとう投槍になってしまった。乱馬の全面降伏である。
『じゃ、あんたも、頑張りなさいね。可愛い妹によろしく!』
 ブンッと音がして、通信が途切れる。

「なびきめ…。絶対に、まともな死に方しねえぞ!てめえはっ!!」
 ガンと通信機を机の上に投げつけた。
 後に来る虚脱感。
 ふっと視線を流す先。
 とても、今の通信相手の小悪魔と血が繋がっているとは思いたくない、己の天使が、にこにこと微笑んでいる。

「しっかし…。どえらい休暇になっちまったぜ!ちっくしょう!!返せっ!俺とあかねの貴重な時間を!返せっ!こんの野郎っ!!」
 誰彼に叫ぶでもなく、乱馬は、窓の向こう側に広がる真っ暗な夜空に向かって、叫んでいた。



つづく




一之瀬的戯言
 お気の毒です、乱馬君。
 せっかくの休暇が、遂にオジャンに…。
 あかねとの甘い時間はいったいどうなるのでしょうか?
 新たに出て来た、サラというエージェントとの関わり。それから、ナミという少女とその護衛官と。
 実は、陰謀が後ろ側で蠢いていることは間違いがないようなのですが…。
 多大なお邪魔虫であることは間違いなく…。頑張れ、連邦エージェント、早乙女乱馬!


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