◇DARK ANGEL 番外編
   SWEET BIRTHDAY



 一年に一回、必ず巡ってくる祝い事。
 誕生日。
 年に一度のこの日はご馳走。







「ねえ、乱馬。」
 にっと笑ってあかねが彼を覗き込んだ。
「おはよう!」
 まずは朝の挨拶。
「珍しいじゃねえか…。おめえが先に起きて俺を起こしに来るなんてよう…。」
 枕元の時計を見ると、十一時を少し回っていた。今日は待ちに待った非番。お休みだ。日ごろのエージェント任務の疲れを取るべく、休みの日の朝はゆっくりと寝る。それが乱馬の非番の常だった。宇宙空間でも睡眠時間はとれるが、やっぱり地に着いたぬくぬくベッドの中が一番だった。側にあかねが居てくれればもっと良いのだろうが、昨夜は別々に睡眠を取った。
「良く寝られた?」
「ああ、そこそこな。」
 その問い掛けに乱馬はふっとあかねを覗き返す。と、途端、彼の顔が蒼白になった。ずささっと後ずさる、壁際まで。

「お、おめえ、その格好…。」
 と指をさしたまま固まる。

「えへへ、色っぽいでしょう?」
 手を後頭部にあてて、ポーズをとるあかね。

「色っぽいじゃねえだろうっ!」
 ついつい唾が飛んだ。
「朝っぱらから何て格好してやがるっ!」
 顔から火が吹き出そうなくらい真っ赤に熟れた顔を手向ける。
「乱馬、この格好、好きでしょう?」
 ごくんと飲み込む唾。目の前のあかね。何とピンクのエプロン姿。
 何しろあかねときたら、ピンクのエプロン一枚というあられもない格好。上半身はエプロンの下はすぐ素肌。胸当ての中央部からは、はっきりくっきり胸の谷間が見え隠れしている。おまけに下半身はひらひらのミニスカート。男には嬉しいコスチューム。
 

「そりゃあ、その…。裸エプロンっつーたら、男の野望の一つだから…。」
 視線のやり場に困りながらシドロモドロと答える。
 
「だああっ!野望のことじゃねえっ!俺が言いたいのはなあ…。」

 と、そこで言葉が詰まった。
 居住区の先の方から何か臭ってくる。エアーコントローラーの風に乗って、臭気が漂ってくるのだ。クンクンと鼻を動かして、乱馬は胸を詰まらせた。
「うぐ…。な、何なんだ?この異様な匂いは。うっぷ…。」
 思わず鼻を押さえ込んだ。それから涙目になってあかねを見上げた。
「おめえ…。まさかとは思うが…。」

 その問い掛けに反応してあかねがにっこりと微笑んだ。

「えっへっへ。ケーキ焼いてみたの。」

 その言葉を聞くや否や、枕元の安眠誘導装置のスイッチをひねる。
「俺、最近寝不足なんだ。非番の日くらいはゆっくりと寝かせてくれ。」
「乱馬っ!」
 あかねは手元の安眠誘導スイッチを切った。
「あんたねえっ!人が早起きして好意で作ったケーキ、食べられないとでも言うの?」
 ぎろっ、じろっと睨みつけてくる。
「何が好意なもんかっ!そんなの悪意以外の何物にもなんねえだろがっ!俺、この前のハロウィンにおめえの焼いたパンプキンパイで彼岸へ行きかけたんだぜっ!よもや忘れたなんて言わせねえぞっ!忘れたなんてっ!」
 思わず言い返していた。
「何よっ!そんな言い方しなくてもいいじゃないのぉっ!これでもあたし、頑張ったんだからあっ!」
 うるうる涙目が攻めて来る。
「わたっ!泣くなっ!泣きてえのはこっちの方なんだからよう…。わかった!一口だけでいいんだったら食ってやる!」
 やけくそだった。
「本当?」
 その言葉を聞くと、あかねの顔が、ぱああっと明るくなった。

(やっぱ、可愛い。)

 その笑顔に乱馬はすいっと心を動かされた。この時点で乱馬の負けが決まったようなものだ。
「じゃあ、持ってくるわ。」
「待てっ!」
 部屋を出掛けた彼女を乱馬は引止めに入った。
「ここじゃなくって、キッチンで食う。」
 乱馬は、勢い良くベッドからがばっと起き上がった。

(あまつさえ離れているキッチンからここまでムンムンと臭気が漂ってくるんだ。寝室へ持って入られた日には、悪臭が部屋中に染み付いて寝泊りできなくなっちまうっ!)

 そう思ったからここへ持ってくるという、涙が出んばかりのありがたい彼女の申し出を断って、キッチンへ食べに行くという選択肢を選んだ。
「そう?…じゃあ、キッチンへ行きましょうね。」
 あかねは乱馬の手を引いた。
 ぎゅっと逃さないわよと言わんばかりに締め上げる。
(まるで絞首刑になる前の囚人の心境だぜ…。)
 乱馬は溜息を吐きながらとぼとぼと手を引かれてキッチンの方へと居住区から抜け出た。
 廊下を歩いていくにつれ、漂ってくる物凄い匂い。
(うぶ…。こいつ、平気なのか?)
 真剣なあかねの表情を横から眺めながら、はたと疑問が湧く。
(そういや、誰かが言ってたっけ。人間は獣の中でも鼻が効かない種族だと。臭いの中にずっといたら、嗅覚が鈍って臭いも感じなくなるって言うけど、きっと、こいつ、ずっとキッチンで格闘しているうちに嗅覚が麻痺したんだろうな…。)
 ずんずんと歩いて行く先々。いつもこの時間なら誰彼ステーションの中をうろうろしている筈なのに、今日に限って誰の気配もない。がらんとした空間が広がっている。
 上半身裸エプロンとミニスカートの娘っ子に手を引かれながら、ずうりずうりと歩いて行く。かなりやばげな姿だから、なびきあたりは好奇の目を輝かして見物していそうなものだったが、何処にも人の気配はない。
「おい、皆はどうした?おやっさんやなびきたちは?」
「皆、医療区へ行ってるわ。何かくらくらするから頭痛薬でも調合してもらうって。皆、宇宙風邪でもひいたのかしらね。」
「ふうん…。宇宙風邪ねえ…。」
(きっと、皆、この臭いにやられて、医療区へ逃げたんだな。あそこは滅菌のために閉鎖空間になってるからな…。それに、あいつの摩訶不思議な料理を誰も食いたくはないだろうし…。)

「何口元でごそごそ言ってるの?気持ち悪い。」

「あ、いや、何でもない。」

 一歩キッチンへ入ると、朝の清々しい気持ちが一気に暗転していくような澱んだ空気と中の様相。いろいろな道具がこれ見よがしに転がっている流し台やレンジ周り。格闘した後がそこここに見受けられた。
 で、ブツはどこかと見渡せば、あった、あった。キッチンテーブルの中央にドンと大皿に置かれている奇妙奇天烈な物体。

「ほお…。こりゃあ、でっかいケーキだな。」
 はあっと溜息混じりに吐き出す。やっぱりこのケーキから臭気は匂ってくる。間違いない。
「えっへっへ。頑張ったのよ。ちゃんとイチゴだって乗っかってるんだから。」

 ここで解説。この宇宙時代にあっては、果物など、滅多に生ではお目にかかれない。フリーズドライして運ばれてくるが、どうしても一度冷凍された物は味が違う。
 でも、このケーキに使われているのは、生のイチゴのようだった。

「イチゴケーキ…。スポンジ台はチョコレートか。」
「違うっ!チョコじゃないわよ。プレーンよ。」
「お、おい。ってことはコゲコゲなのかよう。この色合い。」
「えへっ、ちょっと焼きすぎちゃったの。」
「ちょっと…。どころの騒ぎじゃねえぞ…。まあいいや。で、ホイップクリームこそはチョコレートペイストだな。」
「違うっ!これも生クリームよ。」
「これのどこが生クリームの色なんだ?どっからみてもチョコレート色じゃねえか。」
 イチゴだけが茶けた中、鮮明な赤色を放っている。生フルーツの美しい光。
「さあ、乱馬。座って。」
 あかねは嬉々として乱馬の側に侍った。それからお皿とケーキナイフを取り出して前にドンと積んだ。
「あ、そうそう、ロウソク立てなきゃね。えっと、二十一本だよね。」
「ああまあな…。二十一歳になったんだからな。でも、並ぶか?そんなにたくさんのロウソクがよう…。」
「大丈夫、並べる。」
「わたっ!ほら見てる先から倒すなよ。」
 思わず手が伸びる。
「いいからいいから。」
「良くねえっ!」
 あかねがロウソクを立てるたびに、ちらちらとミニスカートから、その、可愛いパンティが覗く。
「ほら、二十一本。立ったわよ。」
「ううう…。別のものも立ちそうな感じだな。」
「なあに?」
「いや、なんでもねえ!」
 真っ赤に熟れた顔を背けながら、乱馬はほおっと溜息を吐いた。
「一気に消さなきゃ幸せが逃げちゃうわよ。」
「逃げねえよ、んなもん。」
「昔から言うじゃない。バースデーケーキのロウソクは一息で消せって。えっと…。着火燈は…。あったあった。」
 あかねは嬉しそうに着火燈を持つと、ロウソクに火を灯すべくチャッとスイッチを捻った。
 ケーキに不器用に突き立てられたロウソクに、火を近づけた途端だった。

 ボボボボボ…。

 物凄い勢いで、ロウソクだけではなく、ケーキまでもが燃え上がる。

「あ…。」

 手を出す暇(いとま)も無く、無残にもケーキは一気に炎を吹き上げて燃え尽きる。

「あああああ…。」

 あかねはへたんとその場に座ってしまった。

「な、何だ?何だあ?」
 乱馬も驚いた。ボボボと燃え上がった炎は、ケーキを焼き尽くすとブズブズといって消えた。
 がっくりと肩を落とすあかね。
「おめえ…。もしかして、ブランデーとか洋酒の類、思いっきり入れたんでないか。それも焼きあがってから。」
 乱馬は恐る恐るあかねを覗き込んで尋ねた。こくんと揺れる頭。
「やっぱり…。で、ケーキが洋酒漬けになって、火を近づいた途端、ボッ…か。」

「だって…。まさかこんなになるなんて…。思わなかったんだもの…。せっかく焼いたケーキが…。」
 曇っていたあかねの顔が突然雨降り。
 ひっくひっくとしゃくりあげながら泣き出した。
「一生懸命に作ったのに…。灰燼(かいじん)と化しちゃったよう…。」
 それはそれは情けの無い声だった。

 その様子を見た乱馬は、ふっと頬を緩めた。

 見てくれや味はともかくも、あかねが丹精込めて作り上げてくれたケーキ。食べるのに躊躇していたことも確かだが、健気なあかねに心を打たれた。

「しょうがねえなあ…。たく…。」

 ふっと微笑むと、乱馬はポンッとあかねの落ちた肩へと手を置いた。

「いいよ…。気持ちだけはありがたく頂いとく。」
 そう言って見下ろした。
 泣きじゃくりながらあかねは乱馬を見上げた。
「いや、気持ちだけだなんて…。失礼だよな。やっぱ…。」
 そう言うと、あかねの身体をすいっと持ち上げた。それからすたすたと居住区へ向かって歩き出す。

「乱馬?」

 彼の行動が理解できなかったあかねが、すいっと抱き上げたまま歩いている乱馬へと視線を差し向けた。

「せっかくのケーキを食い損ねちまったしな…。その代用品、いただくんだよ。」
 悪戯な瞳が嬉しそうに笑いながらあかねを見詰め返してきた。
「幸い、俺もおまえも非番だ。それに、この匂いで暫く、宇宙ステーション(ここ)の連中も、医療区から出て、邪魔しようなんて思わないだろうし…。なっ。」
 ぱちっとウインク。
「ちょっと、乱馬っ!」
 彼の言いたかったことに、やっと気付いたあかねはジタバタと手足を動かし始めた。
「おっと…。そんなに暴れるなって。おめえだって、せっかく朝っぱらからそんな格好決めてんだ。食ってくださいって言わんばかりに…。それに…誕生日なんだから。マイスイートエンジェル!」

「ちょっと乱馬ってばあっ!」

「かくして台無しになってしまったケーキの代わりに、哀れスイートエンジェルは、腹ペコのバースデーボーイに食べられてしまうことになったのでした。」

「何言ってるのよっ!」

「だめ…、大人しく食われなさい。」

「馬鹿ぁっ!…ん…。」

 キスに放ちかけた言葉を飲み込まれると、パタンと部屋のドアが閉まった。


 後は二人の特別な時間。
 今日は乱馬の甘い誕生日。




 完




一之瀬的戯言
 半官半民氏のハッピバ祝いに書き下ろさせていただき、BBSへおき逃げしたという短編です。
 何しろこのDARK ANGELの乱馬は、一之瀬描く乱馬の中では一番手癖が悪く、節操なしなあかねちゃん一筋な奴なので(苦笑

 この乱馬ってもしかして、半さんの願望が乗り移ってるのかも(笑
 そりゃあまあ、目の前に、キュートなエプロン姿のあかねちゃんが居たら、乱馬だって食べたくなりますよね(笑

 当然の如く、この後は自己規制がかかってしまって書けません。皆様の脳内で続きをどうぞ(笑


 で、半ちゃん、幾つになったの?(笑・・・実はだいたいのところしか年を知らない私であった。
 私は年を忘れて久しいです(殴!


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