◇ダークエンジェル プロローグ
   First Contact  中編





三、許婚

「たく、何であんたが、ここに居るのよ!」
 ブツブツとあかねが言いながら隣に立つ青年に文句を吐きつける。
「それはこっちが訊きてえよっ!人が汗流していたら、いきなりノックもせずに入ってきやがって!」
 青年も一緒になってブツブツ言っていた。彼の体にはあかねにやられた生傷が生々しく残っている。あれからしこたま、あかねに翻弄されたのだ。
「あらあら、彼と、お知り合いだったの?あかねちゃん。」
 にこっとかすみが問いかけた。
「知り合いなんかじゃありませんっ!ただ単にすれ違っただけですっ!」
 あかねが声を荒げてそれに対した。

「あはは、まあまあまあ。二人とも、落ち着いて。」
 天道早雲が二人をとりなしながら、前に立った。彼は一応、ここの責任者でもある。
 早雲は「コホン!」と一つ、前置きの咳払いをした。
「彼は、土星星域第十三師団から今度ここへ転属になった、乱馬・早乙女君だ。彼は私の古い友人の息子さんでね、前から増員にと、彼の赴任を頼んでおいたのだが、やっと連邦からの許可が下りたんで、ここへ来て貰うことになったんだ。」
 と青年を紹介し始めた。
「へえ…。連邦政府に掛け合ったの?わざわざ…。」
 なびきが好奇心をあらわにして身を乗り出してきた。
「ああ、晴れて、今日からあかねのパートナーとして着任してもらう事になった。」
「なっ!何ですってえっ?」
 あかねが唐突に声を荒げた。
「お、おいっ!こんな不器用なヤツが俺のパートナーだとおっ?」
 乱馬も一緒に声を吐き出す。

「不服かね?」
 早雲がちらっと二人を見た。

「不服も不服!こんなヤツと組んだら命が幾つあっても足りねえよっ!」
「あたしも、こんなヤツとは組んで任務だなんて、考えただけでも、虫唾(むしず)が走るわ!」 
 二人とも、同時に息巻き、睨み合った。

「しかし、これは連邦政府宇宙諜報部じきじきの人事だからねえ。」
 早雲はふふんと笑いながら二人を見比べる。
「あら、まあ、じゃあ、連邦政府の決定だと、覆せないわね…。」
 かすみがにっこりと微笑んだ。

「じ、冗談じゃねえぞ!」
「そうよ、そんな無謀な人事発令を、何で連邦政府が…。」

「困ったな…。二人で特務官としてのコンビネーションが組めないんだったら、このまま退官となって、あかねは彼と即、結婚することになるんだが…。」
 とすらりと言ってのける早雲。
「はあああ?結婚?」
「何だよそれっ!」
 司令官のいきなりの暴言に、二人、呆気に取られた。

「何を隠そう、君らはねえ、許婚同士なんだよ。それも、ちゃんと連邦政府に認可されたね。」
 早雲が楽しそうに告げた。

「い、いいなずけえっ?」「い、いいなずけだあっ?」
 乱馬とあかねの声がピタリと重なる。
「何だ?そりゃっ!」「何よっ!それっ!」

「「許婚」っと、もともと双方の親が婚約を結んでおいたフィアンセのこと。」
 冗談交じりに、なびきが電子辞書をすっと引いてみせる。

「ちょっと待て、そんな話、初めて訊くぜ!」
「あたしもよ!そもそも、「連邦政府に認可された許婚」って何なのよ!」
 二人が勢い良く、早雲に突っかかった。
「個人の結婚云々に関しちゃあ、当事者同士の自由意思ってのが前提となるんじゃねえのか?」
 乱馬も吐きつける。

「当事者同士の自由意志、それは一般人の婚姻に関してだよ。軍関係者、特に特務官の婚姻は許可制だ。
 双方が特務官という特殊ケースは、規則も細かい。様々な角度から、将来できる子供についての可能性まで計算されなければならないからね…。子供の頃からマッチングさせて、特務官の親同士が予め、婚約の約束を交わしていることも多々あるんだよ。」
「つまり、あかねの婚姻に関して、お父さんはかなり前から、乱馬君のご両親と約束していたって事になるわねえ。それも密約。」
 なびきがにやっと笑った。明らかに面白がっている風だ。

「ああ、そうだよ。乱馬君のお父さん、早乙女君と私は古くからの旧友でねえ。同じ釜の飯を食った軍人同士だった。彼のところと我が家とに、異性の子が生まれたら、一組は、絶対にマッチングして結婚させようと約束していたんだよ。
 そして、我が家には三人の娘が、早乙女君には乱馬君が生まれた。で、互いの生年を考えて、許婚はあかねということで、折り合いがついたんだ。」
 早雲が笑った。そして、ポンと二人の肩に手を置いた。
「君たちの婚姻に関して、連邦宇宙局からは「女性側が退官を希望すればすぐに受理する。」という通達も貰ってある。また、既に、二人の婚姻届も地球連邦軍戸籍科へ提出もしてある…。従って、あかねが退官を希望すれば、すぐさま婚姻届は受理され、晴れて二人は祝言できるって訳だ!」
「そっか…。連邦政府の人事に不服があれば、即退官となるから、自動的にあかねの婚姻届が受理されちゃうって事ね…。」
 なびきがウンウンと頷いた。

「何だよそれっ!俺の人権はどうなるんだよ!」
「冗談じゃないわよ!そんなの、封建的過ぎるわよっ!」
 乱馬もあかねも鼻息が荒い。
 結婚が人生の一大事だということは、この時代でも変わっていない。夫婦別姓、試験管ベイビーが当たり前になっていても、夫婦の営みの基本は同じだ。愛し合うもの同士がマッチングして、それなりの家庭を作るのが基本だった。
 それを、唐突に、引き合わされた「許婚」と、すぐに結婚しろと言われた理不尽さ。

「二人とも、結婚が受諾できないというのなら、自動的に、連邦宇宙局諜報部の決定どおり、彼とコンビネーションを組んで特務官を続ける…ということになるのだが…。どうするかね?」
 早雲はちらりと二人を見やった。
「どっちも嫌だとは言えない究極の選択ってわけね。」
 くくく、となびきが笑った。完全に他人事である。

「わかりました。連邦軍本部の決定を受け入れて、こいつとコンビネーションを組みます。」
 そう答えたあかねの声は怒りに震えていた。
「おめえ、本気か?」
 乱馬が横から問いかけた。
「仕方ないでしょう!あたしも連邦軍人だから、軍上層部の決定には従わなきゃならない。ここは嫌でも受け入れておいて、コンビネーション解消を願い出るまでよ。許婚の解消の方法は絶対にあるはずよ。」
「だな…。親父たちが勝手に決めた仲だ。どうせおめえが俺と組んだところであの腕だ。すぐに音をあげるだろうしな。」
「それどういう意味よ?」
「まんまだよ!あの様子じゃあ、足を引っ張るだけだ。」
「言ったわね!あたしだって、あんたみたいな人とコンビだなんて、絶対の絶対に嫌ですからねっ!」
「ハイハイ。二人の意見がまとまったところで、連邦宇宙局へは受理の報告を出しておくよ。この書類にサインしてくれたまえ。」
 すっと早雲は、二通の書類を、それぞれ二人の前に差し出した。
 拝命承諾書だ。これにサインを書き入れた時から、二人のコンビネーションは正式にスタートする。
 乱馬とあかねの二人は、渋々、それぞれの書類に、書式に従ってサインを横書きで入れる。

「ご苦労様。これで晴れて、乱馬・早乙女、及びあかね・天道の二人は、コンビネーションを組んだことになる。今後はこの、イーストエデン木星星域第十三師団小惑星群第五指令基地の専属エージェントとして、任務に励んでくれたまえ。」
 早雲の言葉を受けて、二人渋々敬礼して拝命した。
「まあ、拝命した以上、君たちはコンビだ。一応「許婚」という立場でもあるから、居住区は同じにしておくからね。あ、それから、拝命した以上は正式な結婚はかなり先送りになるだろうが、仲を進展させる事に関しては異存無い。ただし、連邦軍務規定により、子供を作ることはできないから、その何だ、関係を結ぶ場合は避妊措置を忘れずにしておくように。以上。」
 早雲は一気に言い終えると、にやっと笑った。
「ということで、乱馬君、あかねをよろしく頼むよ。」
 とパンと背中を叩き、上機嫌で部屋を出て行った。

「ねえ、乱馬君って、歳は幾つなの?」
 早雲が出て行くと、なびきの尋問が早速、始まった。好奇心の塊の彼女は、彼の素性を確かめようと、問い掛けを開始したのだ。

「十七歳だよ。」
「十七歳ですって?」
 あかねが素っ頓狂な声を張り上げる。
「ってことは、あかねと同じじゃない。それだったら…、やられたわね、あんたたち。」
 なびきがげらげらと笑い出した。
「何よ、お姉ちゃん!」
「お父さんったら…。退官しなきゃ即結婚だなんて…。今の結婚最低ラインって幾つよ。」
「十六だけど?」
 あかねがよどみなく、すっと答えた。
「それは女性の場合でしょうが。」
「あ…。」
 そう言ったまま口をつぐむ。
「そうか、男は十八が最低年齢だっけ!ってことは…。」
「あかねはともかく、男のあんたは、規定年齢に達してないんだから、即なんてことは有り得ないってね。」
「あんの野郎ーっ!」
 乱馬の眉間がヒクヒクと動いた。
「お父さんに、まんまとはめられたってことよねえ。」
 くすくす、となびきが笑った。
「わかってたんなら、何で先にそれ、言ってくれないのっ!サインしちゃったじゃないの。拝命承諾書に!」
 あかねが怒鳴った。
「あら、あたしは乱馬君の歳、知らなかったんだもの。仕方ないわ。確認しなかったあんたたちに、過失があるんじゃないのぉ?」
 しゃあしゃあとなびきが言い返した。
「さてと、乱馬君もあかねも、新しい居住区の準備をしておいたから、今夜からはそっちで寝泊りしてね。案内するわ。」
 生活班長のかすみが、にっこりと二人に微笑みかけた。
「たく…。親父のヤツめ。はめやがって!あいつが俺を送り出した時、助平顔で笑っていたわけがやっとわかったぜ!」
 乱馬はまだ、納得がいかないらしく、ブツブツと吐き出した。
「あんたの前のパートナーはお父さんなの?」
 なびきが好奇心にかられた瞳で質問した。
「ああ、親父だったよ。物心ついた頃からずっとな!」
「ふーん…。父親の手塩にかけて育てられたのだ。」
「そんな、生易しいもんじゃねえよっ!生きるか死ぬかの戦線を潜り抜けて来たんだ。やっと、あのクソ親父の呪縛が解けたと思ったら…。こいつかよ。」
 ちらっとあかねを見やった。
「失礼ねっ!あたしだって、新しいパートナーがあんただなんて、思ってもいなかったわよ!さっき、勝手にウチの風呂場へ入って来て。」
「それはおめえだろうがっ!ノックせずにいきなり!」

「まあまあまあ…。喧嘩は良いから、居住区へ行って、今夜はゆっくり休みなさい。怒ったところで、何のタシにもならないわよ。」
 現実主義のなびきらしい言葉だった。




四、初めての夜

「で、何でこいつと同室なんだよっ!」
「ここって、あたしの部屋じゃないのっ!」
 再び、二人の怒声が館内にとどろき渡った。

 案内された部屋は、あかねのルームプレートの下に、付け加えられたように、乱馬のネームプレートがつり下がっている。

「何しろ、急なことだったから、まだ、乱馬君の部屋が準備できてないのよ。ゆくゆくは、となりの物置を乱馬君のお部屋に改造するから、それまではあかねちゃんと同室でお願いね。」
 先に立って案内してきたかすみが、そんな事を言った。
「だからって、何でこいつをあたしの部屋へ…。しかも、いつの間にかダブルベッドが入ってるし!」
 あかねが目を吊り上げた。
「許婚同士だから、同じベッドでも、大して問題はないと思うわよ?」
 かすみまでもが「信じ難き」を口にする。
「問題大有りよ!今日初めて会った得体の知れないこんな男と、何でベッドまで共にしなきゃいけないのよっ!」
「仕方が無いわ。ウチってこれ以上シングルベッドがなかったから、急場しのぎにダブルベッドで良いかと思って。」
「お姉ちゃん!」
「まあ、二、三日もあれば、乱馬君の部屋も準備できるから、それまではこれで我慢してちょうだいね。」
 にこにこと微笑むかすみに、それ以上、文句を言う事ができず、あかねはすごすごと引き下がるしかなかった。
「ったく、ここの家族はどうなってるのよ!娘の貞操を心配しなさいってえのよっ!人の貞操を何だと思ってるのよっ!」

 バタンとドアを閉めると、乱馬と二人きり。

「言っとくけど、絶対、あんたなんか、許婚として認めてないからね!」
 あかねは牽制しにかかった。
「あ、あったりめえだっ!こっちだってお断りでいっ!」
 プイッと彼もソッポを向く。
「あー!もう、今日は厄日だわっ!ベッドは一つしかないし。床に寝るほどのスペースもない。だからと言って横になって寝ないわけにはいかないし…。」
「なら、方法は一つだな。」
 乱馬が、にっと笑った。
「ちょっと、あんたまさか…。」
 あかねの顔が引きつった。このままベッドインするのかと思ったからだ。
「バーカ、こうすんだよ。」
 乱馬はいきなり、部屋に飾ってあった花瓶を取り、頭からその水を浴びせかけた。水が身体を伝って落ちていく。
 その水の滴りと共に、変化する乱馬。
「あ、あんた…。それ。」
 思わず目を見張ったあかねを前に、みるみる乱馬の姿が変わっていく。

 身長は十数センチ縮み、筋肉質な逞しい身体は丸みを帯び、厚い胸板はふくよかな胸へ、肌も薄く色褪せる。男から女へと変貌を遂げる。
 まるで魔法にでもかかったような、見事な変身だった。
 二の句も告げず、呆気にとられて、固まったきりのあかね。乱馬はふっと自嘲気味に笑った。

「俺は変身体質なんでな。」
「変身体質?」
「ああ、水を媒体にして、男と女の遺伝子が入れ替わるんだ。いいか、これは、俺の、呪われた姿なんだ。」
「呪いですって?」
 あかねは驚いて乱馬を見た。この科学の発達した世界に、呪いなどという理不尽なものが現実にあるのか。そんな疑いの目を差し向けたのだ。

「こいつは、母なる地球の大地に伝わる、伝説の泉の郷、呪(じゅ)泉(せん)の毒水の成せる業さ。」
「ジュセンの毒水?」
「ああ。浴びせかけられると最初に溺れた者の姿をコピーするという、呪いの水だ。俺の浴びせかけられた水は「娘溺泉(ニャンニーチュアン)」。見てのとおり、水を浴びると女に変化してしまうんだ。」
「何でそんな水を浴びたのよ?」
「任務でとある土星の衛星へ行ったときに、ターゲットとやりあう中で浴びせられた。それ以来、水を浴びるとこうなっちまう体質になっちまった。たく、迷惑な話だぜ。」
「治るの?」
 あかねが問いかけた。
「男になる源の水、「男溺泉(ナンニーチュアン)」が手に入れば治るらしいが。」
「だったら、地球に行って、その泉を浴びれば良いのに。」
「そう簡単にいかねえよ。俺たちの母星・地球はおめえも知ってのとおり、一部の特権階級しか着陸を認められてねえ聖域だ。それに…。とうの昔に「呪泉郷」は枯れ果てたって言われている。この宇宙のどこかに保存されているかもしれない「男溺泉」を探すしか、手はねえだろうな。」
 とあっさりと言って退けた。
「でも、普段は、この右手の耐水リングで、水を浴びても変身しないようにしてあるから平気なんだけどな…。」
「耐水リング?」
「ああ。俺の変身は「水」を媒体にして促されるんだ。逆に「湯」を浴びれば、元に戻るって訳。それを利用して、水を浴びても瞬時に水が湯へと変換されるように、普段はこの指輪を装着して、コントロールしているのさ。今はそのコントロールを外してある。だから、女に変化できたっつーわけ。」
「何で、そんな大変な秘密をあたしなんかに?」
「当然だろ?一応これでも、パートナーシップを組むんだったら、隠しておく必要もねえしな。」
 と、さばさばと答える。
「ねえ、じゃあ、お父さんたちは知っているの?あんたの体質。」
 恐る恐る尋ねた。
「知っているも何も、これからここには世話になるからな。人事台帳に書いておいたさ。今頃はおめえの「しっかりした姉さんたち」も書類に目を通している頃だと思うぜ。だから、ダブルベッドでも大丈夫だと踏んだんだろうよ。髪の毛が長いほうの姉さんは…。じゃねえと、いくら許婚同士だとしても、今日初めっ引き合わせた俺と同室なんてしねえんじゃないか?」
 とあっさりと答えた。
「随分、好意的にかすみお姉ちゃんのこと、見てるわねえ…。」
「あの手の女性は、顔には出さないが、ちゃんと思いやって考えてるって。長年の経験からわかるさ。」
 と答えた。
「で?あんた、何のために女になったのよ。」
「だああっ!ゆっくり眠れるように気を回してやったんだろうがっ!この鈍ちん!」
 鈍ちんと言われて、思わずかっとなったが、あかねはぐぐっと堪えた。
「俺が百歩譲って女になっている間は、少なくとも「女同士」だ。お互い、眠らないわけにはいかないからな。これだったら、ちったあ、安心できるだろ?…それとも何か?おめえ、男の俺と枕並べて寝たいのか?」
 とちょっといやらしい目つきで、あかねを見返した。
「んな訳、ないでしょうがっ!」
 思わずあかねが怒鳴りつける。
「わかったわよ!とにかく、朝起きるまでは、男に戻らないでよね!」
「ああ、安心しな。このまま女で居てやるよ!共に、任務に就いている以上は、寝られるときは良く寝て、備えなきゃならない。それがプロってもんだ。」
「プロ?」
「ああ。おめえだって、何某(なにがし)かの覚悟があって、この仕事に就いたんだろ?」
「何某かの覚悟…。確かにそうね。あたしにもそれなりの決意があったわ。」
 あかねがぎゅっと手を握り締めた。

「きっかけは、人それぞれだろうがな。だが、この世界に入ったからには「任務が優先」だ。俺は決して親同士の許婚話に承諾したわけじゃねえが、騙されたとはいえ、エージェントコンビの承諾書にサインしちまったんだ。それなりの決意で臨むからな。それがプロだ。」
 乱馬はあかねへと真摯な瞳を投げかけた。女の形をしているが、瞳は精悍な男のものだった。思わず、その光の強さに気圧されそうになった。
「だから、おめえが、どんな味噌っかすでも、手は抜かねえし、妥協はしねえぞ。」
 と付け加えながら威張って見せる。
「なっ!」
 馬鹿にされたと感じたあかねは、ぐぐぐっと拳を握り締めた。
「足引っ張るなよ!」
「わかってるわよ!うるさいわねえっ!」
 それだけを吐きつけると、あかねは先にベッドへと身体を横たえた。これ以上、彼の相手をしていたら、己は冷静さを失う。そう判断したのだ。

(全く、自分を何様だと思ってるのよ!こいつっ!)
 腸が煮えくり返る中、あかねは、ぎゅううっ、と目を閉じた。
(あー、あたしの人生、最大のピンチだわ!こんな変態が許婚で新しいパートナーだなんてっ!)
 
 互いにソッポを向きながら、それぞれベッドへと入っていく。生憎、蒲団まで、ダブルのものが一枚きり。背中合わせに、それぞれの怒りを抑えていた。
 
(たあく!親父の野郎!今度会ったら、絶対に息の根を止めてやる!やっと、親父とのパートナーシップから解放されたと思ったら、許婚だって?しかも、こんなじゃじゃ馬娘。冗談じゃねえ!)
 冴えざえとして、眠れぬ瞳で、空を睨み付けた。
(だが…。やっぱり、気になるな…。今日の現場…。)
 瞳を閉じながら、ブルートンネルで見た事故現場の光景を思い出していた。
(あれは、蒼い惑星の連中がよく使うタイプの時限装置じゃなかったぜ…。俺のデーターでは十中八九「ゼナ」だ。じゃねえと、あの、厳重な警備網と優秀なセンサー類の隙間を狙って仕掛けられるわけがねえ…。蒼い惑星のヘボテロリスト連中には無理だ。
…後ろに何か、きな臭え陰謀の匂いがするぜ。)
 爆破現場に残されていた痕跡を、彼なりに分析してみた。
(天道家(ここ)の情報分析担当のこいつの姉貴、なびきとか言ったな。彼女が、どのくらいの腕の持ち主かによるが…。ここが一番近い基地だろうし…。やっぱ、「お呼び出し」がかかるって思ってた方が良いだろうな…。相棒がこいつじゃあ、赴任早々きつい任務になるかもな…。)
 ちらっと横を見え据えた。いつの間にか眠ってしまったようで、あかねの寝息が微かに聞えてくる。
 ふわっ、と彼女が寝返りを打った。
乱馬の手に彼女の柔らかな長い黒髪が当たる。穏やかな良い匂いが鼻先いっぱいに広がった。
 思わず、心臓がドクンと一つ唸るのを感じた。いくらエージェントと言っても、健康な青年だ。くらっ、と軽い目眩を感じた。
 あろうことか、あかねの寝顔が可愛く映ったのだ。勿論、年頃の近い娘と、床を共にするのは初めての体験だ。
 ツンと香る、女性の匂い。
(ちぇっ、本当に厄介だぜ。)
 そう空へと吐き出していた。
 うだうだ考えていても、睡眠時間を削るだけだと思った彼は、手元にあった「安眠誘導装置」のスイッチをひねった。これによって脳波が刺激され、深い睡眠へと落ちていく。
(と、とにかく、寝よう…。ちょっとでも身体の回復を、はかっとかねえと…。)
 ゆっくりと、睡眠の中へと誘導されていった。あかねの健やかな寝息を、耳元で聴きながら。



五、指令、再び

ビービーと警報が、景気よく鳴り響いた。
 案の定、至極の眠りを妨げる。凄まじい音だった。

「おい、起きろっ!」
 目覚めと同時に、傍にあったポットの湯を浴びて、女体化を解除した乱馬。まだ眠りに落ちたまま、一向に起き上がりそうな気配がないあかねを揺り動かした。
「う…うん…。何?」
 あかねは眠気眼を瞬かせながら、ゆっくりと目をこすって起き上がる。明らかに寝ぼけていた。
 その、とろんとした目に、唐突に飛び込んで来たもの。着替え前の逞しい乱馬の上半身裸体。そいつが、最初に視界に入ってきたのだ。

「キ、キヤアアアアッ!」
 お約束の如く、思いっきり張り上げた悲鳴。所謂「金切り声」というやつだ。

「キヤアアッって、おめえ…。」
 焦ったのは乱馬だ。女の子と部屋を共にしたことがない彼は、一体全体、あかねが何を驚いて悲鳴をあげたのか、理解できなかったのだ。
「馬鹿あっ!レディーの前で、何て格好してんのよっ!」
 バシンと平手打ちを食らわされた。
「痛ってえっ!一体何なんだよ、起き抜けに!」
「それは、こっちのセリフよう!何だってあんた、男の格好してるのよっ!それに素っ裸じゃないのっ!」
 まだ興奮しているのか、あかねは涙目になりながら、乱馬を睨み返す。
「非常召集かかったから、男に戻っただけだろうがっ!それに素っ裸じゃねえぞ。ちゃんと下半身は着てらあっ!」
 と変に言い訳する。
「上半身裸体だったら裸と一緒よっ!この、ノンデリカシー男っ!」
 脇に置いてあった水差しを取ると、あかねは真っ向から乱馬に投げつけた。
「つ、冷てえっ!」
 悲鳴と共に、再び乱馬は女性化した。耐性リングをオンにするのを忘れていたのだろう。水を浴びて再び変身してしまったのだ。
「バッキャーロッ!また変身しちまったじゃねえかっ!」
 乱馬が黄色い声を出して、食って掛かりかけた時、ブンと目の前でディスプレイスクリーンが開いた。

『ちょっと、あんたたち、何やってるのよっ!非常召集かかってるんでしょうが!何、朝っぱらから、じゃれあってるのっ!早く集合しなさいっ!』
 画面の向こう側から、なびきがしょうがないわねえという顔つきで、乱馬とあかねを見ていた。
『もう…。まさかと思うけど、夕べ、さっそく楽しんだとか?あんたたち、許婚だものね。』
 穿ったような瞳が二人を射抜く。

「そ、そんなわけないでしょうっ!」
「アホッ!そんなことするかあっ!俺はずっと女に変化して寝てたんだっ!バーローッ!」
 互いに唾を飛ばして言い訳する。

『あらま…。』
 なびきはそれでも、くすっと笑う。
『書類どおり、本当に女の子にも変身できちゃうんだ。乱馬君って…。へええ…。ってことは、女同士のセックスもオッケーなんだ。』
「なっ、何、おぞましい事言ってやがる!このすっとこどっこいっ!」
 今度は乱馬が大いに怒声を浴びせかけた。
『でも、素っ裸じゃないの。乱馬君。』
 ニヤニヤ笑うなびきに、思わず、乱馬はふくよかな胸を隠した。
「お姉ちゃん!言っときますけどね、あたしには女同士で楽しむなんて、そんな変態的性癖なんか、持ってません!」
 あかねも怒鳴った。
『はいはい…。そう言うことにしておいてあげるから、さっさと来なさい!任務がお待ちかねよ。』
 そう笑いながら、通信網が途切れた。

「たく…。とんでもねえ、家族だな…。ここの連中は。」
 再び乱馬は、お湯を頭から浴びると、男へと戻った。
「ほら、てめえも、とっとと着替えて、来いよっ!」
 乱馬はひょいっとベッドから飛び降りると、カプセルのスイッチを押して、瞬時にバトルコスチュームへ着替え、寝室を出て行った。
「もう、何なのよっ!全く!」
 文句を吐きつけながら、あかねも、スイッチ一つで、着替えカプセルからバトルモードのスーツへと転じ、すぐさま後を追う。


「やっと来たのね。…ま、細かい事は良いわ。まずは指令よ。」
 くすくす笑いながらなびきが言った。
 と、コホンと一つ咳払いすると、早雲は言った。
「乱馬君、あかね、君たちコンビに最初の任務だ。」

「もしかして、昨日のブルートンネルに関連した事案か?」
 乱馬は聴く前に問い返していた。
「わかるの?」
 なびきが問いかけた。
「ああ…。予感はあったからな。テロ予告か何かじゃねえのか?」
 それを受けて早雲の瞳が厳しくなった。
「君の言うとおり、テロ予告だ。本日のブルートンネル開通セレモニーを妨害するという予告が入った。」
「なるほどねえ…。その口ぶりだと、ブルートンネル関係機関か何かに、脅迫状を送りつけられたか…。」
「乱馬君の言うとおり、今しがた、『我々は本日のセレモニーにて、大胆な犯行に及ぶ。』と脅迫状が届いたそうだ。ブルートンネル開通式場にね。」
 なびきが分析した情報を手に、語った。
「へっ!大方、トンネルを全壊させるとか何とか言ってきたんだろ。そして、それが嫌なら、大金を寄越せとか、セレモニーを中止にせよとか、脅しにかかってきてるんじゃねえのか?」
 乱馬が答えた。
「よくわかるわね。」
「「蒼い惑星」の連中が考えそうな嫌がらせだぜ。ったく…。で?連邦政府はどう言ってるんだ?」
「勿論、『我々はいかなる脅しにも屈しない。すでに爆弾の有無はチェックしてある。また、警備体制もしっかりしている。従って、予定通りトンネル開通のセレモニーを執り行う。』ってね。」
「強気の発言か。……。たく、上層部の連中もおめでたいぜっ!その下で対処する、俺たち下っ端は、目いっぱいこき使われるってえのによ…。」
 乱馬はふわあっとあくびをしながら言った。
 一方のあかねは、ポカンと乱馬と姉の会話を聞き入るばかりだ。完全にカヤの外に置かれている。
「で?他には?」
「爆破予告時間まで連絡があったわ。セレモニーの始まる、地球標準時間正午。ご丁寧に、爆破予定のポイントまで知らせてくれたわ。ポイントは、昨日、あんたが時限装置を取り外した地点、ポイントAですってよ。」
「な、何だって?ってことは、あの時あの場所で俺が解体した十個だけじゃなくって、もっとたくさん仕掛けられていたってことかよう?あり得ねえぜっ!」
 乱馬が声を荒げた。

「十個ですって?あんた、十個も爆弾を処理したの?あの短時間に。」
 傍で黙って聞いていたあかねが目を丸くした。仕掛けられていた時限装置が十個もあったという事だけでも衝撃的であったが、それを全部短時間で見つけ解体した乱馬も驚異的だと思ったのだ。
「ああ…。爆弾から発っせられる時限装置の音波をキャッチして十個見つけた。で、即座にバラしたんだが…。少なくとも、あの四方には取り残しは無かった筈だ。それは俺が保証する。」
 乱馬が言った。かなり己の仕事に自信がある口ぶりだった。
「気に食わねえな…。その爆発予告。外に時限装置があったってことか、或いは…。」
「あたしたちが立ち去った後、新たに仕掛けられたってことね。」
「たく…。警備網だってダテじゃなかったぜ。あの後は鼠一匹入り込めねえくらいの厳重警備を敷いている筈だ。その裏をかけるなんて…。」
「有り得ない…。でも、裏返せば、関係者に「蒼い惑星」と連携をとる密通者が居るのかもしれないわよ。」
 なびきの言葉を受けて、乱馬がしかめ面を見せた。
「とにかく、現場へ急行してちょうだい。あんたなら時限装置を見つけられるんじゃないの?連邦政府は、何が何でもセレモニーを変更することなく、行うそうだから、それに対処してちょうだい。命令は以上よ。」
「了解。早乙女乱馬、天道あかね、作戦を拝命します。」
 乱馬がそれに復唱する。二人とも、敬礼した。

「ってことで、仲良く頼んだよ。しっかりやってくれたまえ。」
 早雲が、にいっ、と笑った。初めての共同任務だから、上手くやれ。そう言わんばかりだった。

「事態がひっ迫してるみてえだから、俺の船「ダークホース号」で出るぜ。」
 乱馬はあかねに言った。
「ええ、別にかまわないけど。」
 あかねがそれに応じた。
「俺が操縦桿握るから、おめえはナビゲーションしろ。良いな!昨日みてえな荒っぽい扱いすんなよっ!」
「わかってるわよ、偉そうに!」
 二人して、ダークホース号へと乗り込んだ。

「へえ…。結構最新鋭の機材、積み込んでるじゃない。整備も手入れも行き届いてるし…。」
 あかねが計器類をチェックしながら目を見張った。

「当然だ。俺はこの船に命預けて来たんだからな。ほれ、飛び立つ準備しろ。計器チェックだ。」
「何、この装置類。小型船には見合いそうに無いものまで…。」
 居並ぶ機材をチェックしながらあかねが声を上げた。
「この船は「コクピット分離型」なんだ。」
「コクピット分離型?」
「ああ、コクピットをくっつけるだけで、大型船にも中型船にもなるタイプの船だ。ま、おれの赴任には、このコクピットしか持ってきてねえから、暫くはこのままコクピット仕様の小型艇での運行になるけどな。」
「へえ…。用途に応じて使い分けが出来るってことなのね…。コクピット型の船、話には聞いた事があるけど、扱うのは始めてよ。」
「丁寧に扱えよっ!おめえ結構、荒っぽそうだから。」
「なっ!」
 一言も二言も多い乱馬に、喧々諤々となりつつも、あかねは準備を進めた。

「計器類オールグリーン。正常に稼動しているわ。」
「おっしゃ、じゃあ、行くぜっ!」
 乱馬の瞳の輝きが変わった。
 操縦桿を握ると、前方に開いたディスプレイを睨み据える。
「GO!」
 ぐっと引き寄せた操縦桿。
「あんた、のっけから、そんなにすっ飛ばして…。」
 大丈夫なのと言わんばかりにあかねが声を荒げた。
「平気、平気。こんなの飛ばしているうちに入らないぜ。ナビなしでも充分飛べるから、おめえは、計器類の操作方法をチェックしておけ。俺とコンビ組んでる間は、こいつに命預ける事になるんだからな。マニュアルはこっちのディスクにある。それでも端から端までチェックして理解しとけ。」
 と命令口調だ。むっとしたあかねであったが、慣れない船だから仕方が無い。マニュアルを取り出すと、己のコンピューター端末機に入れ、ディスプレイを見ながらチェックし始めた。
 見れば見るほど「凄いシステムの船」だった。こんなタイプの宇宙艇には勿論お目にかかったことがない。旺盛な好奇心が怒りをセーブしていった。
 そんなあかねを傍目に、小惑星群の中。当然の如く、小惑星の壁が立ち並ぶ空域。そんな中を、乱馬は悠然とすっ飛ばして飛んだ。
 最初彼に会ったとき、小惑星群の中を、猛然と飛ばしていたのが頷けるような運行状態だった。
「ちょっと、空気の流れが変わるぜ。計器類しっかり見とけよ!」
 乱馬が何かのスイッチを切り替えると、空調からブワッと空気が流れた。ブンと瞬時に何か重い空気が圧し掛かったようにも思えた。
 それにあわせて、長い髪がゆらゆらと背中を揺れた。
「おめえ、その髪、鬱陶しくねえか?」
 乱馬がちらっと横目を流しながら言った。
「はあ?」
 何を言われているかわからず、あかねが問い返す。
「だから…。括(くく)なり、結ぶなりしとかねえと、髪の毛が気になって任務に集中できねえんじゃねえかって、言ってるんだよ。」
 乱馬は憤然と言った。
「別に、考えたこともないけど…。」
 黒く長い髪をなびかせながら、あかねは返答を返す。
「長髪だったら、あんたも相当じゃない。その髪。」
 あかねはゆらゆらと目の前で揺れる乱馬のおさげを見詰めながら言った。
「俺のこの髪はちゃんと結って束ねてあるけど…。おめえのは、そのままだらりと後ろだろ?いっそのこと切ったらどうだ?」
 と遠慮なく畳み掛ける。
「あんたねえ!女にとって髪の毛は命とも言えるくらい大事なものなの。そんな簡単に言わないで頂戴っ!」
 あかねは言った。軽く肩の後ろ辺りで、リボンで軽く結わえてあるだけの髪だ。この艶々と美しい髪があかねの自慢でもあった。
「伸ばす理由なんてのが、おめえにはあるのか?」
 乱馬は興味深げに尋ねた。
「あんただって、伸ばしてるじゃない。その時代遅れな長髪。」
 不機嫌に言い返す。
「これか…。」
「何か理由でもあって伸ばしてるの?男が長髪だなんて、流行らないわよ。」
 と批判的だ。
「別に…。理由なんてねえよ…。ってか、あっても、おめえに話す義理もねえし。」
 乱馬は、ぶっきら棒に答えた。
「な、何ですってえっ!?」
 また馬鹿にされたと、あかねは息巻く。ほとほと失礼なヤツだと思った。

「ほれ、もうすぐAポイントだ。着岸体勢に入るぜ。」
 何も感じていないのか、それとも、鼻から相手にする気などないのか、乱馬は緊張感の欠片もなく、指示を出した。




つづく



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