この作品は、同名の同人誌に加筆・修正を加えたWEB改正版です。
壮大なパラレルシリーズのはじまりとして書き下ろしたストーリーをどうぞ、お楽しみくださいませ。


◇ダークエンジェル プロローグ
   First Contact  前編





 乱馬。



誰だ?
 俺を呼ぶのは…。

 
 目覚めなさい、
 闇を統べる青年よ。
 光の子よ…。
 あなたの超力(ちから)が必要な
 時代がすぐ傍に来ている。
 さあ、目覚めて。
 



 目覚めだって?
 何だ、そいつは…。


 目覚めて…。
 そして、守って!
 闇の超力を秘めた
 あなたの運命の女神を…。







一、邂逅

 一艘の小型宇宙艇が、矢の如く飛来した。そして、土星星域と木星星域との間に横たわる「小惑星群」へと入っていく。


 通常、この空域を飛ぶ船は、百年ほど前に開通した「小惑星トンネル」と呼ばれる、移動空間を使う。この空間には、小惑星の欠片が、飛空する宇宙船に突っ込んでこないようにコントロールされている、快適な運行航路だからだ。
 小惑星トンネルは、二十四世紀末現在十個の経路があった。それぞれ「ブルールート」だの「レッドルート」だの、色で名前が付けられている。通行宇宙艇の大きさや速度に合わせて、通行経路が決まっているのだ。
 この「トンネル」を使わないと、木星星域と土星星域にまたがる、小惑星群を高速で航空が出来ない。その上、大変な危険を伴う。大小幾重にも軌道を漂う小惑星群は高速飛行する宇宙船泣かせの星域でもあった。


 だが、流星の如く飛来した小型宇宙艇は、無謀にも「小惑星トンネル」を迂回し、そのまま、小惑星群の中へと、猛スピードで突っ込んでいく。
 流れ来る小惑星の欠片を諸共せず、飛空速度も落とすこともなくだ。

「すっごい!誰なの?あんな高速でこの小惑星群空間をすっ飛ばしていくのは…。」
 あかねは思わず感嘆の声を上げた。
「レスキューだってあそこまでスピードを上げないわよ!無謀を飛び越して、馬鹿よ!」
「さあ…。識別番号は、土星星域の任務船だって告げているけど。」
 コクピットのレーダーを見ながら、なびきが言った。
「それより、あんたも集中して操縦桿を握っておきなさいよ。この辺りは、星屑がやたらに多いんだから。一つでも当たったら、宇宙艇の土手っ腹にドカ穴があくわよ。」
「言われなくっても、わかってるわよ!それより、事件の状況、何かわかった?」
 あかねは、ひょいっと横へ宇宙艇を傾けさせた。長い黒髪が、横になびく。

 彼女たちは、共に「イーストエデン木星師団」に所属する特務官だった。この先の空域で、小惑星トンネルの一つ、ブルートンネル建設現場にて爆破テロの予告があったと急難信号を傍受したのだ。そして、命令を受け、状況を把握し事態の収拾を図るべく、すぐさま、基地を飛び出してきたのである。

「爆破物らしきものが仕掛けられたのは、ブルートンネルの木星側星域出口のAポイント地点ね。丁度、開通セレモニーが華々しく行われるポイントの一つだわ。そこで、時限装置付きの爆発物が動いてるって話よ。」
 なびきはそこら中のデーターと睨めっこしながら言った。
「何ですってえ?じゃあ、このままだと。」
「どっかーん…ね!」
「じゃあ、明日のセレモニーは?」
「延期かもね…。」
「延期ねえ…。そんな事、連邦政府の高官が許すかしら。」
「許すも何も、沽券をかけて阻止するべく、一番近くに居た爆発物処理訓練を受けている「あたしたち」が呼ばれたんでしょうが…。」
 なびきが苦笑いした。

 太陽系の木星星域と土星星域の間に横たわる、小惑星群。この小惑星群のせいで、土星星域以遠は開発が遅れていると言って良い。現在は十個のトンネルが稼動しているものの、絶対数量が足りない。現時点で、並行して三つのトンネルを工事している状態だ。
 その中でも、ブルートンネルが一番規模が大きい。 
 それが破壊され、予定通り、開通できないとなると、多方面に様々な影響が出る。土星と木星間星域への運行経路に支障を来たすだろうし、地球連邦政府にとって、かなりの痛手となる。
 なびきが指摘したように、何が何でも、明日の開通を成功させなければならない。そういう意気込みが、連邦政府側からは感じられた。

 と、突然船体が大きく傾き、揺れた。
『前方ニ障害物飛来!急ギ回避セヨ!』
 宇宙艇の電子頭脳が喋った。

「ちょっと、あれだけ気をつけなさいって、言ったでしょうが!あかねっ!」
 思わずなびきの声が荒らぐ。
「そんなこと言ったって、急に現れた障害物だもの!」
「って、あんた!目の前にでっかいのがいるわよ!突っ込んでくるわっ!避けてっ!」
 なびきの指示が飛ぶ。
「ええい、面倒だから、このまま砕いてやるわ。レーザー砲よ!」
 あかねは手元のスイッチをひねった。
「あっ、こら!そんなことしたらっ!あんたっ!」
 なびきがせっつく。
 が、時既に遅し。あかねが発射したレーザー砲が、目前に迫る小惑星を打ち砕いていた。
「やったあっ!」
 あかねがガッツポーズをとる。
 だが、ガガガッと音がして、宇宙艇が、さらに勢い良く横揺れした。何かを擦った音まで聞える。
「あんたねえ!何やってんのよ!レーザー砲なんか使って、あんな大きさの小惑星を砕いたら、破片が飛んでくるでしょうがっ!」
 なびきが怒鳴った。
『前方ニ障害物再来!回避セヨ!』
 機械の声と共になびきが怒り出した。
「ほら、言わんこっちゃない!あんたがさっき打ち砕いた小惑星の欠片が来るわ!」
「って、どこよ?」
「右舷前方よ!ああ、ダメ!避けきれないわっ!」
 なびきがそう叫んだ時だ。
 遥か前方から、一筋の光が飛んで来た。

 バオオン。

 モニターの目の前が壮絶に光った。
「え?何、今の…。」
 あかねが目を見張ると、すぐ目の前の通信機器が唸った。

『馬鹿っ!てめえら、小惑星と心中するつもりか?』
 青年の声が響いた。
『たく、こういう場合はレーザー砲じゃなくって、分子破壊砲を使うのが普通だろうが!何やってんだよ!』
 通信相手の声が怒鳴った。

「どうやら、先に小惑星群に突っ込んでいった、さっきの宇宙艇のパイロットからの通信のようだわ。」
 なびきが小さくあかねに言った。

『こちらは、ダークホース号。所属はイーストエデン土星星域第十三師団。』
 青年の声が響いた。
「こちらはイーストエデン木星星域…。」
『こらっ!答えている暇があったら集中しろ!そこの、ヘッポコパイロット!』

「なっ!」
 ヘッポコと罵られて、あかねの顔色が変わった。

『左前方からもう一個来るぜっ!小天体だ。猛スピードでてめえらの船に近づいてる!さっさとナビで確認しろっ!』
 相手方が怒鳴った。

「本当だ、怒るのは後よ!もう一個、後方から小惑星が来るわ!
撃破して!」
 なびきの声が響く。
「くっ!」
 あかねは分子破壊砲のスイッチを押した。

 ぐらぐら。
 再び船影が大きく傾いた。だが、何とか凌げたようで、必要以上の破壊音はしなかった。
『たく、俺がいなかったらてめえらも、小天体の一つになってたぜ!先に飛んだ塊は俺が砕いてやったからな。同じイーストエデン所属のよしみだ。誘導してやる。俺の航行ルートを追って来い!大きな小惑星は破壊しといてやるから、そのルートをなぞって運行しろ!てめえらの位置から左舷前方三十度の角度で航行中だ。ナビゲーター、俺の誘導信号に合わせろ、いいなっ!』

「了解。」
 なびきは前方の船から飛んで来る誘導波に合わせて、軌道を修正した。

『じゃあ、俺、先を急ぐからな!ちぇっ!余計な時間食っちまったぜ!通信終わり!』
 声と共に、ブツン、と相手方の通信が切れた。愛想も何もない切れ方だった。

「な、何なのよ、今は!」
 あかねが切れると同時に吐き出した。
「失礼なヤツねっ!」
 元々短気な性分のあかねは、むすっと表情を変える。
「土星星域第十三師団所属って言っていたわね。第十三師団って言ったら、特務官の部隊。」
「ってことは、さっきのヤツもエージェントって事?」
「になるわね…。だってほら。」
 なびきはレーダーをあかねの前方に映し出した。
「な、何?このスピード!」
 グングンと遠ざかる船影に、思わず目を見張る。
「何ってもんじゃないわね…。この速さは…。」
「っていうか、殆ど外宇宙の高速飛行と同じくらいの猛スピードですっ飛ばしていくじゃない。」
「それだけじゃないわよ…。」
 なびきがあかねをチラッと見やった。
「さっき、彼が分子砲弾を撃って来たのは、前方、百キロですってよ…。」
「ひ、百キロですってえ?」
 そのまま、あかねはどさっと、シート上に固まった。
「そんな、距離から、あんな小さな小惑星にピンポイント撃破できるって言うの?至近距離からでも、大変な技よ。それを百キロ先からの撃破ですってえ?不可能よ!」
「でも、彼には可能だったみたいね。それに…。彼、グングン先に遠ざかってるわ。それも、見事に、あたしたちのために、主なる障害物を撃破しながら…。」
 なびきが指差すように、遠ざかる船影は留まるどころか、スピードを増している。
「な…。そんな腕のパイロットって…。」
「まあ、イーストエデン内でもそんなに居ないわね。もしかしたら、相当な敏腕特務官なのかもしれないわよ。」
「何者なのよ…こいつ。」
 あかねもなびきも呆然と、遠ざかるレーダーの船影に目を見張るばかりだった。



 あかねたちが現場に到達した時は、既に現場の状況はすっかりとおさまっていた。

「ねえ、爆弾処理はもう終わっちゃったの?」
 あかねが目を見張る。
「さあ…。」
「全ての電源を落として、来るべき危険に対処するって指令が流れていたんじゃないの?でも、電源も何もかも、きれいに復活しているわ。それに、待機していた関係者も、全部、シールド保護区から出てきて作業始めちゃってるし…。この辺り一帯には、避難命令が出ていたんでしょう?」
「うーん…非常体勢に入ったって報告を受けていたんだけどなあ…。」
 なびきが、辺りを見渡しながら、小首を傾げていた。
 大きな工事機械が、目と鼻の先で動作しているのが見える。トンネル内の空気圧力は平常を保っていて、宇宙服無しでも立っていられる。トンネルを使って駆けつけた作業員たちが、明日のセレモニーの準備を、忙しなく始めて動き回っていた。
さすがに、大動脈の開通式というだけあって、会場の雰囲気も華々しい。あちこちに、開通おめでとうの横断幕やシンボルが上がっているのが見えた。
 全てが正常に働いているようだ。でなければ、こんなにも大勢の人がこの場へ集結しはして来ないだろう。

「あなたたち、小惑星群域方面司令部の方々かしら?」
 と背後から女性に声をかけられた。
 はっとして振り返ると、一人の女が立っていた。若作りしているが、それなりの年齢を重ねているように見えた。だいたい二十代後半から三十代前半といったところだろうか。
「私はここの担当特務官、セリーヌよ。生憎、あなたたちに頼もうと思っていた任務は、あらかた終わっちゃったわ。」
 女性はさらっと言ってのけた。
「終わったって、どういうことです?」
 思わずあかねが問いかけた。
「今しがたね、土星星域所属の特務官だった子が来てね、必要な爆弾処置を完璧に施してくれたの、ほら。」
 と女は後ろを振り返った。確かに、見た限りでは、システムは円滑に動いているようだった。
「土星星域所属の特務官ってもしかして…。」
「さっきの宇宙船の彼?」
 あかねもなびきもはっとして顔を見合わせる。
「ほら、あそこに居る。あの青年よ。」
 少し高みに立っている青年を見やって、セリーヌは言った。
そこには、立って作業している青年が見えた。一見して混じりけの無いアジアン系。黒くて長い髪は、一まとまりのおさげを結い、背中に垂らしていた。
 何の作業をしているのか。無心にデーターをチェックしている様子だった。

(若い…。)
 あかねもなびきもそう思った。どう見ても十代後半。自分たちと同世代だ。まだどこか、少年の雰囲気を持っている。

「久しぶりだね。天道君のところのお嬢さんたち。」
 そこへひょっこりと軍服を着た男が顔を出した。四十代半ばくらいの男性軍人だ。少しハゲかかった頭の中年親父。
「カレリア准将!」
 なびきは知った顔だったらしく、さっと敬礼した。勿論、あかねもそれに続く。
「ふふふ、覚えていてくれたのかね。嬉しいのう。」
 カレリア准将と呼ばれた男は二人に笑いかけた。
「彼のことが気になったと見えるな。」

 准将は、ちらっと乱馬を見やった。
「彼、たまたまこの辺りを航行中に急難信号を受けたそうでね。それで、そのまま、ここへ駆けつけてくれたようだ。工具一つで、テロリストの仕掛けた時限装置を見つけて、解体してくれたんだ。いやあ、見事な腕前だったよ。」
 准将は生えかけた無精ひげを撫でながら言った。
「そう言えば、土星星域師団って名乗っていたわね…。この辺りに任務があったんです?」
 なびきは好奇心に満ちた目で、准将を見上げた。
「ああ、それだったら、彼、今度、土星星域師団から木星星域師団に配置替えになったんだよ。」
「土星から木星へ配置替え、ですか?」
 なびきは更に、好奇に満ちた目を輝かせた。「特務官」と呼ばれたエージェントの星域をまたいだ活動区の配置替えは稀だったからだ。何かやらかしたか、それとも相当な昇進か、何か特殊な事情があるか、理由も限定的だ。
「彼ねえ、その筋じゃあ結構有名なエージェントなのよ。若いけれどね。彼をパートナーにと、懇願するエージェントは数多(あまた)居るわ。」
 と、セリーヌが会話に割り込んできた。
「確かに、あの腕なら、引き合いがたくさんありそうね…。」
 なびきが言った。さっきの「凄腕の操縦と狙撃技術」を思い出したのだ。
「でも、准将、星域を超えた配置換えって珍しいんじゃないです?普通は星域内での配置換えが主流ですし…。それに、「特務官」は二人一組が基本でしょ?見たところ、一人しかいないし…それが、配置替えってことは、それまでのコンビネーションパートナーも解消されて替わるってことですよね?パートナーが何かやらかしたとか…ですか?」
 なびきが思わず突っ込んでいた。
「それに関しては、まあ、いろいろやんごとなき理由があるんだよ。」
「彼のパートナーは確か、父親だったわねえ。」
 セリーヌが口を挟んだ。
「父親がパートナー?ってことは…。」
 なびきの問いかけに、准将は首を振った。
「ああ、本格的な巣立ちってことになるのかな。もっとも、二、三年前からは、別の臨時パートナーと組んで活動していることが殆どだったからねえ。」
「私も一度、三年前くらいだったかしら…。彼と臨時で組んだことがあるわ。十五歳そこらだったけど、的確な判断力を持っていたわよ。ほんと、あの頃より、更に腕に磨きがかかったって感じだわ。」
 セリーヌが目を細めた。獲物を狩る女ハンターのような、枯渇した瞳を輝かせている。

「実は、彼女も彼の腕に惚れてる一人でね。」
 ちらっと准将はセリーヌを見やった。
 セリーヌは微笑を浮かべながら頷いた。
「ええ、今度、コンビネーションを替えるときは、是非に彼を私と組ませてって、手を挙げていた一人ですわ。ねえ、准将。」
「ああ、君のご期待には添えなかったけれどね。」
 准将は小さく笑った。
「ホント、コネクションをいろいろ当たって、八方手を尽くしたというのにね。」
 悪戯っぽいセリーヌの瞳が准将を捕らえた。
「仕方があるまい?まあ、優秀なエージェントのコンビネーション人事にはいろいろと都合があるんだよ。それに、彼と君じゃあ、年だって離れてるから、つり合わないのじゃないのかね?」
 と苦笑いを浮かべる。
「何も、彼と結婚したいって訳じゃないですわ。あくまでも、エージェントとしての彼の素質に惚れ込んでいただけですわよ。」
 笑いながら、セリーヌが返答した。
「いや…。君なら、彼と組んだ途端、貪り食らうように思えてならんのだが…。」
「冗談はやめてくださいよ、准将ったらあ。」
 セリーヌは、あやしげに笑った。その表情を見上げながら、なびきが、恐る恐る問いかけた。

「あのぉ、セリーヌさんって…もしかして、「イースト・フローラ」と呼ばれた、セリーヌ・フランソワさんなんじゃあ…?」
「ええ、そんな「コードネーム」つけられてたわね。そうよ、セリーヌ・フランソワよ。」
 あかねも、そのコードネームには聞き覚えがあった。
 イーストの才媛と言わしめた敏腕エージェントだった。コードネームがすっと出てくるほど、名の通った敏腕と謳われたも同然だ。

「お姉ちゃん、誰?それ…。」
「イーストの敏腕エージェントの一人よ。若い男の子と組みたがるって有名でさあ…。」
「若い男の子?」
「ええ…。何人もの若い子があの人の毒牙にかかったって、裏じゃあ有名なエージェントよ。」
 こそこそとなびきとあかねが囁き合う。

 そんな二人の会話を、気にすることも無く、セリーヌは、准将にまだしつこく食らいついていた。
「本当に、残念だわ!この前組んでた子が、退官しちゃったから、今度こそ、あの子をって狙ってたのに…。」
「連邦本部の決定は覆らんよ。全く、彼とのコンビネーション希望を出していた連中には、嫌味を言われっぱなしで、ワシもほとほと困っておるんだよ。彼はイーストの星だからねえ…。」
 准将は苦言を呈した。
「で、彼、どこへ所属する事に決まったんです?」
 好奇心にかられたのだろうか。なびきが問いかけた。
「それは機密事項だよ。それぞれのエージェントの所属は明かせない。それが規則ではなかったかね?」
 なびきの問い掛けをかわしながら、准将が言った。
「少なくとも、私とはコンビネーションを組まないわ。わかっているのはそれだけよ。まあ…彼の手腕を、久々に間近に見られただけで、良しとするわ。今回はね。」
 セリーヌが笑った。

「彼の手腕ねえ…。」
 なびきは、佇んでいる青年を見上げながら反芻した。
 確かに、爆弾解体の作業の手順も、かなり手練たもので、手に全く、迷いが無かった。あっという間に、いくつもの爆弾を解体しているようだった。

「まあ、君たちの出番はなかったが、結果往来ってことで、よろしく、頼むよ。」
 と、准将は笑った。
「とんでもない、むしろ、こちらの作業手間が省けて、良かったですわ…。爆弾解体は、あんまり好き好んでやりたい作業じゃありませんから。」
 なびきはあっさりとそれに返答した。軍関係には昔から縄張り意識が強い。今回なびきとあかねが受けた指令を先にあの青年がやってしまったことは明らかに越権行為になる。だが、超現実主義のなびきにとって、正直なところ自分に労働が生じなかったということで納得している節があった。
 先にやってもらえたということは、危険を伴う面倒な手作業を己がしなくてすんだということだ。それはそれで、儲けものだ。そう思っているに違いない。

「で、天道あかね君というのは君かね?長い間、病で最前線から遠のいていたと、小耳に挟んだんだが…。」
 いきなりあかねに瞳を転じてきた。
「は、はい。今日から任務に復帰いたしました、天道あかねです!」
 しゃきっと起立し敬礼をする。
 あかねは、宇宙感染症という病を得てしまい、戦列から遠のいていたのだ。やっと、平癒し、再び宇宙を飛び始めたところであった。
 准将はそれを尋ねてきたのだろう。
「ふむ。君があかね君か。」
 あかねを舐めるように、見ながら続けた。
「この先、色々あるだろうが、せいぜい、連邦軍のために頑張ってくれたまえ。」
 と、にこっ、と笑い返した。
「は、はい。」
 あかねはしゃちほこ張って答えた。
「じゃ、そう言うことで、今回はこのまま帰還してくれたまえ。お父上の天道大佐によろしく。」
 カレリア准将は、ぱっと手を挙げると、くるりと背を向けて、セリーヌ女史と共に、その場を去っていった。


「准将が直々にあんたに声をかけるなんてねえ…。珍しいこともあるんだ。」
 なびきがボソッと言った。
「最初に声をかけてきたのはお姉ちゃんによ?お姉ちゃんこそ、あの准将とどんな関係だったのよ。」
 と膨れっ面をした。
「ふふふ、あたしの場合は、連邦宇宙士官学校でお世話になったもの。まあ、言わば彼の教え子の一人だから、親しげでも何も不思議ではないわ。それに、お父さんとも旧知だと言うし…。」
「お父さんと知り合いなんだったら、准将があたしの事を知ってても不思議じゃないんじゃないの?」
 あかねは姉に言い返した。
「優秀だったらともかくね…。ま、戦列を長い間離れていたから、「へっぽこ」で有名になってるのかもしれないけど、あんたは。」
「何よ!それ!」
 へっぽこという言葉に、あかねの語気が荒らいだ。
「現に、あんたさあ、あの子にへっぽこって言われてたじゃないの。」
 なびきはにっと、あかねに笑って見せた。

 そんな事を言い合っていた時、彼がすっと前から歩いてきた。
 土星星域から配属替えになったという、敏腕青年だ。

「カレリア准将と親しく話してたところをみると、なあ…。さっきの小惑星の中を飛んでた飛行艇クルーはおめえらか?」
 とすれ違い際に声をかけてきた。
 あかねもなびきも、「何?」という表情で彼を見上げる。中肉中背の若い精悍な顔が、二人を覗きこんだ。
「だったら何かしら?」
 なびきが表情一つ変えず、それに答えた。
「じゃあ、訊くが、どっちだ?さっき、操縦してたパイロットは。」
 と瞳が捕らえてきた。
「あたしよ…。それがどうしたの?」
 あかねが進み出た。
「おめえか…。」
 じっと見詰めるダークグレイの深い瞳。
「たく…。おめえ、操縦が下手すぎる。パイロットとしての素質も適正もねえだろう!今のうちに船を下りて別のことをしたらどうだ?」
 暫く考え込むようにあかねを見た後、こう吐き出した。
「なっ、何ですってえ?」
 目を三角に釣り上げたのはあかね。
「一つ忠告しといてやる。あんな操縦してたら、命が幾つあっても足りねえぜ!一度、飛行艇を下りて、もっと腕の立つヤツと組んで、一から勉強しなおせよ!そのまんまじゃあ、この宇宙(そら)じゃあ、生き残れねえぞ。」
 彼は表情一つ変えることなく、それだけを吐き出すと、さっさと向こう側へ行ってしまった。

「な、何なのよっ!失礼なヤツねえっ!」
 あかねが息巻きそうになったのを、なびきが必死で止めた。
「こら、あかね!ダメよ、冷静になんなさい!」
「でも、お姉ちゃん、あれだけ馬鹿にされてっ!」
 ほっておけというのかと言わんばかりだ。
「良いから良いから、宇宙は広いから、もう会うこともないって。だから、とっとと帰って、休みましょう!」
「でも、木星星域に配属されたんでしょ?あいつっ。」
「って言われても、あたしたちと関係のある部署になんか来るわけないでしょう。馬鹿ねえ。」
 なびきが笑った。
「フンッ!」
 去っていくおさげの後姿に、思いっきりアカンベエをして見せると、あかねはズンズンと乗ってきた宇宙船へ歩き始めた。

 この青年が、後の己の人生に強い影響をもたらす縁(えにし)の持ち主だという事を、まだ知る由もなかった。



二、縁

 あかねたちが所属しているのは、イーストエデン木星星域第十三師団第五司令部。
 小惑星群の片隅に根城としている宇宙ステーション基地がある。見てくれは小さな運送会社だった。運送会社の中継点としては、不自然な立地場所にある。だが、一応、小惑星群専門の運送業として、ちゃんと連邦企業団体の認知も受けていた。
 事業所も目立たないように、小惑星の多くと同じ「灰色」に塗られ、小惑星の一片にしか見えない。
 勿論、それは「隠れ蓑」だった。風采の上がらない事業所。だが、地味にコーディングされていても、中身は最新鋭の機材で包まれた「イーストエデン」の要塞の一つであった。
 その中で生活する者、隊長の天道早雲以下、二十数名。
 所属のエージェントは、天道早雲の三人の娘たちを柱に、二十名ほどの整備エンジニアたちだった。家内零細企業、もとい、小さな作戦司令部だった。

「お帰りなさい、なびき、あかね。お疲れ様でした。」
 ギュインと音がして、ハッチが開く。
 と、そこに、にこやかに出迎える笑顔があった。
「あ、かすみお姉ちゃん。わざわざ出迎えに?」
 なびきがパイロットスーツを緩めながら、女性を見た。
「あかねちゃんもご苦労様。どうだった?久しぶりの任務は。」
 ねぎらいの言葉をかける。
「別に、どうってことはなかったわ!」
 何故かあかねの機嫌が悪い。口を尖らせて、姉に対した。

「ねえ、何かあったの?なびき。」
 かすみが傍のなびきに、こそっと尋ねる。
「いろいろとね…。復帰一番の任務だからって、張り切って出かけたわりには、活躍も何もできる場面がなかったから、すねているんでしょうよ。」
 となびきが、くすっと笑った。なびきには何故あかねが機嫌を損ねているか、原因がわかっていたからだ。あかねの機嫌を損ねたのは、あの土星星域から来た青年に間違いない。
「別にすねてなんかいないわよっ!」
 その言葉を聞きつけて、あかねがじろりと姉たちを睨んだ。
「あたしたちが到着した時には、もう、処理が終わっちゃってたのよ。何か、凄い腕の特務官が先に来てやっちゃったってね。」
「そんな事であかねちゃんは怒ってるの?」
 かすみがのほほんと尋ねた。
「ふふふ、あかねったら、その彼に散々愚弄されたのよ。『おまえ、操縦が下手すぎる。パイロットとしての適正ねえだろう!今のうちに船を下りて別のことをしたらどうだ?』ってね。」
「頭来るわ!ああいう言い方って無いわ!たく、初対面でいきなり高慢ちきなんだから!」
 怒りが収まる気配がないあかねに、なびきが笑って応じた。
「だって、仕方ないでしょう?彼に助けてもらわなかったら、今頃、あたしたち、ここでこうして居られなかったでしょうし。助けてもらって儲けものと思わなきゃ。」
「あらあら、その人に助けてもらったの?」
 かすみが目を丸くして尋ねる。
「ええ、この子ったら、小惑星にもうちょっとで正面衝突しかかってね、彼に小惑星を砕いてもらったのよ。目の前でね。なかなか、見事な腕前だったわよ。百キロ手前から、こうズッキューンと。」
 なびきは、右手を上に差上げる格好をして見せた。
「まあ…。」
 そう言って、かすみは言葉を止めた。
「たく、ムカつくんだからっ!」
 まだおさまりがつかないあかね。それを見ながらかすみが言った。
「なら、先にメディカルチェックを受けて、温かいお風呂に浸(つ)かってさっぱりしてきなさいな。こんな時は、お風呂でのリラックスが一番良いんだから。ね?怒りを納めてから、お父さんのところに行きなさい。何だか改まって、あかねちゃんにお話があるんですって。」
「話?お父さんが?」
 あかねがきょとんとかすみが見上げた。
「重要なお話らしいわよ。」
「重要な話?何かな…。」
 不安げなあかね。
「粗方、これからの事でしょうよ。そろそろ、本格的にあんたも特務官として活躍しださなきゃならない年頃だし…。ただでさえ、普通より病気した分、二年も任官が遅れているんだから。」
 となびきが言い放った。
「まさか、ここから追い出されて別の任地へ行けなんて事…。」
「有るわけ無いじゃん。あんたみたいに不器用な娘。手放したくても手放せないわ。危なっかしくって…。」
「なびきお姉ちゃんっ!」
 あかねが思わず顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あはは。冗談よ、冗談。」
 ぺロッと、なびきは舌を出した。

「とにかく、あかねちゃんは早くメディカルチェックしてもらってシャワー浴びてシャキンとして来なさい。お父さんも待っているでしょうから。」
「わかったわ。じゃあ、また後で。」
 あかねはズンズンと大股で歩きながら、医療区へと消えて行った。
 「ホント、あの子も、まだまだオコチャマなんだから。」
「そうねえ…。まだ感情が理性より先走る傾向が強いかしらね。」
 あかねの背中を追いながら、二人の姉が顔を見合わせて溜息を吐き出した。



「はあ、たく!一体全体、何だったのよ!あいつは!」
 あかねはまだ機嫌が直らないらしく、ギリギリと歯を食いしばっていた。

「どうしたの?宇宙で何かあった?」
 ニコニコと穏やかな笑顔がすぐ先で揺れた。
「あ、東風先生…。」
 あかねは、はっとして彼を見上げた。
 気が付くと、白衣を着た眼鏡の青年が目の前に立っていた。
「久しぶりの宇宙はどうだった?」
 彼は、医療器具と睨めっこしながらあかねに対した。
 ここは医療区。任務から帰ると、真っ先にここでメディカルチェックを受ける決まりになっている。
「宇宙は悪くはなかったです。やっと戻って来られたなあって実感したし…。」
 あかねは愛想笑いを浮かべながら、彼に対した。
 漆黒の宇宙空間があかねは大好きだった。飛ぶことが好きだったから、この仕事を選択したところがある。
「…にしては、何かオカンムリのようだけど。」
 東風はあかねの身体から送られてくる波動をチェックしながら言った。
「ちょっと、頭に来るヤツに会ったから、それでね…。」
 あかねは口を尖らせて、ざっと今日の報告を東風にした。この基地の担当医は、何でも話せる相手だった。時には弱音を吐き、時には愚痴をこぼす。体だけではなく精神的にも支えてくれる、頼もしい医師だった。

「ふうん…。任務先でそんなことがあったんだ。」
 東風はあかねの話を聴きながら笑った。
「あ、でも良いです。どうせ、これっきり会う事もないヤツだろうし…。」
 いつものように、東風に話してしまって、気が晴れたのだろう。あかねの表情が穏やかになった。ちらっとカーテン越しに外を見やる。その向こうに、小惑星の海が間近に見える。
「これだけ広い宇宙ですもの。あいつとは二度と会わないだろうし…。」
 と独りごちた。
「さあ…。それはどうかな。人の縁は、いとも不思議なものだからねえ…。広い宇宙だからこそ、その出会いは大切なのかもしれないよ。案外、あかねちゃんの運命を変える人だったらどうする?」
 と東風は目を細めながら笑った。
「先生!そんなおぞましい事言わないで下さい!」
 思わず振り向いて吐き付けた。
「ははは、そう言いながら、気になっているんじゃないの?あかねちゃんの口ぶりだと、同じイーストエデンの所属で、年頃も同じくらいの青年だったんだろ?」
 と、東風は笑った。
「確かに所属はイーストエデンの土星星域第十三師団らしいですけど、名前すら名乗らなかった相手ですよ。あんなヤツがあたしの運命を変えるだなんて、思いたくも無いですぅ!」
 ときっぱり言った。
「イーストエデン土星星域第十三師団かあ…。確か、彼、そこの所属だって言ってたっけなあ…。」
 東風がなぞりながら言った。
「え?」
 と、あかねが訊き返したときだ。キュインとあかねに繋がっていた機械が止まった。
「メディカルチェックは異常なしっと。よっし、後はゆっくりとシャワーでも浴びて気分を転換させてリフレッシュしておいで。」
 と東風が事務的に言った。何か誤魔化されたような気もしたが、あかねはすっと立ち上がった。
「はい。じゃあ、また。東風先生。」
 ペコンと頭を下げると、東風の傍を去った。

「イーストエデン土星星域第十三師団の若手敏腕エージェント、コードネーム「エンジェルボーイ」。乱馬・早乙女…か。彼、あかねちゃんを御せるかなあ…。」
 東風の眼鏡がキラリと光った。

「先生、次、あたしのチェックお願いします。」
 なびきがにっこりと微笑みかけた。
「あ、ちょっと待ってて…。今、機械を動かすから。」
 彼はそう言い返すと、再び、メディカルチェックの機器のスイッチを入れた。


「あああ、やっぱり、思い出しただけで、ムカムカするわっ!」

 まだ、溜飲が下がらないらしく、あかねは息巻いていた。
 メディカルチェックが終わったところで、バスルームへと移動する。
 この時代に於いても、風呂場は心のリフレッシュの場所であった。湯煙に包まれながら、ホッと一息吐く。それだけで、疲れが吹っ飛ぶような気がするのだ。
 これは、元々温泉地帯に国を構えていた「ジャパニーズ」の特徴かもしれない。あかねも今では少なくなった純血のアジアン・ジャパニーズ。バスタイムは好きだった。
「忘れよう。きれいさっぱり、お湯に流して。」
 そう思いながら、脱衣所へと入る。そして、ぱっぱと衣服を脱いでいく。
 勝手知る、自分の家の風呂。そういった安心感が彼女にはあった。
 ここを使うのは、あかねとなびき、かすみ、そして早雲の親子だけだ。それぞれ居住区があって、この居住ブロックは天道家の人間しか出入りしない事になっている。
 あかねは、ドアノブを持つと、いつものように、そのまま中へと扉を押し開いた。
 湯煙が中から上がってくる。

「え?」
 目を凝らしたあかね。そのまま固まった。

 何故なら、湯煙の向こう側に人影を認めたからだ。
 ザバアッと湯船の中から上がって来た人影。見紛うことなく、「男」だった。
 彼を思いっきり真正面から捕らえてしまったのだ。
 驚かないはずがない。

「キ、キヤアアアアアアアア―――――ッ!」

 壮絶な悲鳴がその場に響き渡った。

「わたっ!な、何だ?」
 中に居た男も、その声に驚いたらしく、はっとしてあかねを見返した。

「お、おめえは…。小惑星群のヘッポコパイロット!」
 聞き覚えのある声が、あかねを捕らえた。いやそればかりではない。男の肩に、見覚えのあるおさげがだらりと垂れている。

「あ、あんたは、あの時の。」
 驚きつつ、真正面で向き合うあかね。だが、次の瞬間、彼女の目に捉えられたのは、ぶら下がる彼の一物。

「いやああああああっ!バカぁっ!」

 パアアンッ!

 次の瞬間、あかねのビンタが、風呂場に居たおさげ男を強襲していった。





つづく





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