◇闇の狩人 再臨編


第九話 淘汰



一、

「早乙女乱馬よ。聖地を荒らし、我らの「闇の末裔」を奪われた、罪を、我らが闇がおまえを裁きます。」
 
 目前で激しい口調で語り始める、時の女神。
 怒れる彼女の言葉に同調するように、乱馬の身体は、そのまま、壁際に固定された。
 

「闇の末裔だって?な、何なんだ、そいつはっ!」
 少しでも身体を動かさそうと、足掻きながら乱馬は吐き出した。

「いいでしょう。かいつまんで話して差上げますか…。今生の餞別代りに。」
 女神の映し出される玉にすうっと光が宿った。
 そこから浮き上がってくるかのように、女性の肉体が出現した。生々しい女性の肉体。そこに息づく瑞々しい肌が現れ、彼女の鋭い瞳が乱馬をじっと見据えた。

「てめえ…。生きているのか?…いや、ビジョンか…。」
 乱馬は、真正面から、女神を睨み返した。


「私は「時の女神」。「コスモスが作りし闇の末裔を見守る番人」。以前、あかねという娘に闇の超力を与えました。その事はおまえも覚えているだろう?」

「ああ、覚えている。あの時、おめえがあかねに与えた超力のせいで、俺にも、あかねにも「ダークエンジェル」の超力が覚醒した。」

「おまえたちは、この地を去りし後、私が与えた闇の偉大な超力を駆使して、ゼナの闇をいくつも葬り去ってきました。地球連邦政府の手先として…。」

「ああ、それも否定はしねえ…。ゼナは俺たちの「敵」だからな…。奴らの存在そのものを無へと帰して来た。それが、俺たちに与えられた任務だからな。それが、気に食わねえとか言いたいのか?てめえは。」
 乱馬は女神を睨みあげた。

「別に…。おまえたちにはおまえたちの事情があるでしょう。私が与えた超力を使うことに対して、何も言い置くことはありませぬ。ゼナは私たち、闇の番人にとっても忌むべき存在。だから、私は、おまえを闇の後継者の騎士(ナイト)として、彼女の元に侍り、また、おまえたちが「ダークエンジェル」と呼ぶ、闇の超力を使うことを容認してきました。しかし…。どうやら、それは「過(あやま)ち」だったかもしれませぬ。」
 女神はきっぱりと言い切った。
「過ちだって?どういうことだ?そもそも、あの超力は、てめえがあかねや俺たちに与えたものだぜ。それに、「超力の源」って何なんだ?あのゼナの闇を無に帰すことができる、強大な超力の源は…。」

「「ダークエンジェル」。それは、コスモスが残しし、コスモノイドにだけ、覚醒を使うことを容認される特別な超力。」

「コスモス?コスモノイド?…何だ?そいつは!一体、何だってんだ?闇だの光だの、コスモスだの…。俺には話がまったく見えねえぜ!」」
 乱馬は、思わず苛立った声を荒げた。

「コスモス。それは即ち、おまえたちの生きる、太陽系を作りし者、いわば、おまえたち人類、ヒューマノイドの創造主。』
 女神はゆっくりと一言一言、噛みしめるように語った。

「創造主だって?コスモスってのは、神様と仏様とかいった類(たぐい)とでも言いたいのかよう、てめえは!」
 思わず声を荒げた乱馬に、声は静かに言った。
 いきなり、きな臭い話にとって変わったと思ったからだ。

「神…か。確かに、そのように呼ぶ者も居るでしょう…。コスモス。それはこの惑星群の素なる絶対的な力なのです。全て、太陽系の生命はコスモスが作り出した美しき創造物。我々番人のマスターでもある。私は、コスモスの命じるままに、ここから、おまえたち、地球人類を見守ってきました。悠久の歴史が流れるままに…。」

「な、何だって?何のために、そんなこと。」

「それが、コスモスの命令だったのです…。」
 目の前で女神の髪が風も無いのに、ゆらゆらと揺らぎ始めた。

「ここ、アンナケの遺跡や第三惑星の海底深くに眠る遺跡を作った我々の創造主、コスモスは、同時におまえたち人類をも作り出しました。おまえたちが見たアンナケ遺跡や第三惑星の遺跡、そして、おまえが遭遇した、私も、コスモスの創造物の一つに過ぎませぬ。」

「どういうことだ?」
 ますます、混乱した乱馬が、思わず声を荒げた。

「良くお聞きなさい、乱馬よ。コスモスは、銀河の果てから来たのです。彼らの文明が危機に瀕したので、彼らの文明の継承をするべく、コスモスは、最後に残った科学力を駆使して、ここ、太陽系第三惑星「地球」におまえたち、新しい人類を創造したのです。己の細胞を元に、遺伝子を操作して。自分たちの文明の過ちを正し、そして、一からまた始めさせるために。」

「俺たち人類は、そのコスモスたらいう、別の生命体に作られた生き物だと言うのか?てめえは。」

「そうです。コスモスは、その手で作り出した新たな生命体が人類へと進化し、彼らが高度な文明を築き、そして、いつの日か己たちが作り出す科学技術力で、コスモスの残したメッセージ的な遺跡を見つけることを望んだのです。」

 女神の口にする言葉は、乱馬には俄かには信じられぬことだった。当然だろう。無心論者に近かった彼の前に、太陽系の創造主とだというコスモスとかいう存在を、いきなり提示されたのだ。何がなんだか、さっぱりわからない状態だったと言ってよい。


「何のためにそんな壮大な計画をたてたんだ?そのコスモスって奴は。」

「私もコスモスから創られた者ゆえに、その深い真意は知り得ぬ。私はここへ据えられ、ずっと、正しい継承者がここを見つけるのを、悠久の時の流れの中で、ずっと見守り続けてきました。それが「時の女神」としての私の重要な任務だったのです。」

 ゆっくりと女神は乱馬の方を睨みながら、語っていく。

「コスモスはまず、「時の女神」の私に言いました。コスモスが地球に作った生命体が、やがて知的生命へと進化を遂げ、いずれ、ここへやって来るだろう、と。その時をじっと待てと命じられた。「時の女神」の私は命じられるまま忠実に、長い年月の間、コスモスの作り出した生命たちを見守り続けた。彼らが進化し、人類となる有様を見てきたのだ。悠久の時、気の遠くなるような時間を重ね、地球に生まれた生命が、文明を手にし、自力で遺跡をを見つけ出すのをじっと待ち続けたのです。」

「何でおまえはずっと、ここで、訪問者の到来を待ち続けたんだ?」

「ここへ最初に辿り着いた者に、闇の超力を与えるため…。闇の超力を与え、次のステップへと文明を導くのが、私の役割。」

「そして、三年前に俺がここへ来た…。ってわけか。」
 乱馬は睨みあげながら、吐きつけた。相変わらず、身体は一指とも動かせぬ。
「そして、俺を通じてあかねに超力を与えた。…何故あかねだったんだ?最初に辿り着いたのは、俺なんだぜ。おまえの言う事が本当なら、あかねではなく、俺にこそ、超力を与えるべきじゃなかったのか?」
 多少、恨めしいという口調で乱馬は女神を見詰めた。結果的に、己にもダークエンジェルの超力の一部は覚醒してしまったようだが、あくまでも、補佐的な意味あいでしかなかった。闇を無へ帰する超力は、あかねだけが使える特別な超力だったからだ。己はあかねを導くための超力程度しか、開花していない。暗に乱馬は、それを非難したかったのだろう。

「いい加減だな。」
 乱馬は吐き出した。
「いい加減?」
 その言葉に、女神が反応した。
「ああ、そうだ。いい加減だ。第一、俺が最初に女神と遭遇したんだぜ。だったら、闇の超力は俺に与えられるべきだっただろ?なのに、実際は、俺でなく、あかねに与えられたじゃねえか!」
 三年前の事を思い出しながら、乱馬が食いついた。

「ふふふ。おまえに与えなかったのは、ちゃんと理由があります。私の与える闇の超力。これは闇雲に、相手を選ばず、与えられるものではありませぬから…。」

「理由だと?」

「それは、おまえが男だったからです。早乙女乱馬。」

 女神はびしっと言い切った。

「あん?男には与えられない超力とでも言いたいのか?」

「時の女神の私が与える超力は、女性でなければ継承はできぬもの。ただ、それだけのことです…。」

「男の俺には与えられない超力だったんで、俺を通してあかねへ与えた、とでも言いたいのか?てめえは!」

「然り。だから、おまえに与えずに、天道あかねに与えたのです。闇の因子をビンビンに感じたかの娘なら、この超力を使いこなすことができると踏んだ…。ただ、彼女はまだ、未分化だった。超力を使うには、身体も心も幼な過ぎたから。それが証拠に、最初は暴走したでしょう?」

 乱馬は脳裏に、あの三年前の光景が浮かび上がってきた。超力を与えられて、自我を失ったあかねは、確かに暴走した。ゼナの手の者たちを、その手で倒し、辺りを血の色で染めた。

「畜生!ますますもって、不快だぜ。その超力のせいで、あかねは…。」
 乱馬はぐっと手を握りながら、光を睨み付け、語気を荒げた。
「それに、てめえは、あの後、あかねを殺そうとしたじゃねえか!」

「仕方がなかったのです。私の超力は最初に遭遇した、コスモノイドの可能性がある女にしか、継承できぬ超力だったのだから。これは私にとっても賭けでした。コスモスは命じていました。超力を与えたコスモノイドが暴走し、その超力の継承に失敗した時は、淘汰せよと…ね。」

 淘汰。嫌な言葉だった。女神が放った気の中へ、無我夢中で飛び込み、破壊へと導く光を払拭した。

「っきしょう!ふざけやがって!」
 乱馬ははっしと睨み付けた。

「早乙女乱馬よ。おまえには光の因子が僅かだが感じられました。だから、あの時、私の闇の超力を払拭できました。恐らく、あなたの中には僅かでも光の因子が眠っていたのでしょう。ミューの超力の元として…。でも、所詮、それは紛い物に過ぎませぬ。何故なら、おまえは再び、この地へゼナの汚れた妖精をおびき寄せた。そして、我らが闇の末裔を危険に晒してしまった。それだけでも、万死に値するのです。」
 女神の口調が荒く変化した。それと共に、彼女の放つ気もすさび始めた。長い髪の毛は弥立つように、逆巻き、当たりも、ゴオゴオと音をたて始める。目を開けていられないほどの、暴風が吹き荒れ始めた。

「けっ!だったら、どうするつもりだ?今度は、俺を、淘汰するつもりか?」
 果敢にも乱馬は、暴風の中、目を閉じずに、はっしと女神を見上げた。

「そのとおり、淘汰しますっ!」

 女神の身体は、赤く光を解き放ち始めた。目も髪も、同じく、赤みを帯び始める。
 と、同時に戦慄き始める空間。
 乱馬を束縛していた壁が、ズズズッと音をたてながら、上に盛り上がった。そして、十字架のように手を水平に広げさせ、ふわっと空へと舞い上がった。ゆっくりと女神の前に晒される身体。
 勿論、手も足も動かすことはできない。


「汝、我の超力で闇に帰せ…。」
 女神は呪文の如き文言を唱え始める。

「畜生!身体が動かねえ…。くそっ!このままやられちまうのか!」
 乱馬は必死で抵抗したが、身体の呪縛はピクリとも解けない。

「我が解き放つ光に抱かれ、静かに眠りにつけ…。暗き闇の中で…永遠の眠りに…。」
 悠々と女神はそう唱えた後、すいっと右手を乱馬の前に出した。

『淘汰の光!』
 最後にそう叫んだかと思うと、指先から赤い光線を乱馬へと発した。

「うわああああっ!」
 一瞬だった。
 女神から発せられた光線。いや、光線ではなく、伸び上がってきたのは闇の触手だった。乱馬の身体に、瞬時につかみかかった。。
 次の瞬間、黒い闇の中に、体が吸い込まれるような感覚に襲われた。物凄い勢いで、異空間へ飲み込まれる。そんな感じだった。

『事理の深い闇の中、おまえの全ての生体エネルギーを、我らが元へと差し出せ!そして、無へ帰れ!』
 激しい女神の口調が、乱馬の耳から脳裏へと響き渡る。
 と、同時に、周りが闇に包まれた。色も音も何もない、真っ黒な世界。

「くそっ!ど、ちくしょーっ!」
 最大限に足掻こうとしたが、動かぬ手足ではどうしようもなかった。
 いや、動かぬ手足が、縛り付けられたまま、闇へと同化し始めるのを見た。

「畜生っ!こんなところでやられてたまるか!!俺は、俺は…。まだ死なない。まだ死ねねえっ!」

 最後の気力を振り絞って、乱馬は、無我夢中で戦慄いた。
 動かぬ身体から大きな気を、一気に爆発させた。

 その気を受けて、ドクンと、周りの闇空間が蠢いたような気がした。

 と、それと呼応するように、闇の中から、一際強い光源が現われた。そいつは、乱馬の身体に差し込めてきた。

(な、何だ、この光は…。)

 思う間もなく、光の洪水が乱馬を飲み込むように包んでいく。
 大きな光の輪の中に、絡め取られた。そんな感覚に襲われる。

 それから、堕ちるでもなく、登るでもない。不思議な空間へと押し流されたように思った。
 辺りは漠然と広がる白き光源。目を閉じても光の洪水から逃れることはできなかった。音も無く匂いも無く。ただ広がる、荒涼とした光の世界。


『汝、聖なる光と共に、己を剥ぎ落し、我が事理の世界へその身を捧げよ!おまえの真の姿を晒すのだ!早乙女乱馬よ!』

 どこかで声が響いた。
 今度は女神の声ではなかった。女神とは違う。男の声だった。
 その声と同時に、見えない何かが、己の身体に纏わり付いてくる。
 そして、次の瞬間、大きな奈落の中へと突き落とされていく感覚に見舞われた。

「わあああああああっ!!」



二、

 吸い込まれ堕ちていく、感覚。明らかに、急降下している。
 どのくらいその空間を落下したろうか。
 ふと気が付くと、虚空へ、ポツンと身体ごと、投げ出されていた。

 どこまでも果てしなく続く澄み渡った蒼い空。
 空も地も全てが「光」に包まれた穢れ無き世界。
 上も下もわからず、投げ出されたまま、空を浮いていた。
 気がつくと、浮いていた身体がゆっくりと地へ降り始めた。
 音もなく降り立った大地は、土も砂も白い。
 対する空はどこまでも蒼々と続いている。
 驚くべきことに、影が差さないのだ。
 何処を見渡しても真っ白。天に太陽が輝いているでもなく、かといって人工的な光源があるわけでもない。己の姿にも影が浮かび上がってこない。音もなく風もない。勿論、匂いも。
 それは空漠とした不思議な世界であった。
 漠たる世界に、乱馬はただ一人、放り出されて立っていた。

「ここは…。」

 思わず我が身を振り返った。
 白んだ身体には衣服一つ付けられえては居ない。身にまとう布切れ一枚ないのだ。しかも、女然としていたはずの変身体が解けて、男に立ち戻っていた。
 真っ白い闇の中に放り出されたような感じであった。


『良く来たな、早乙女乱馬よ。』

 どこからともなく、再び、声が響いてきた。
「誰だ?俺を呼ぶのは…。時の女神じゃねえな。…だけど、何で俺の名前を知ってる?」
 乱馬は怪訝そうに、その声に向かって吐き出していた。
 聞き覚えなど全くない声だ。男なのか女なのか。聴きようによってはどちらにも聞こえる中性的な声だ。
 直接、畳み掛けるように脳内へと話しかけてくる。

 ぼんやりとだが、見えてくる光の輪。人の形を象って、揺れていた。だが、目や鼻、その口などの容姿は全くわからない。薄らぼんやりとした光の影だった。

「て、てめえっ!誰だっ?」
 乱馬はずいっと真正面から、眩い、光を睨み付けた。

『私か?わたしは、そうだな…。光の番人とでも言っておこうか…。』

「光の番人だって?そいつが、何で俺の名前を知ってる…。」

『ふふふ、時の女神を通じて、ずっと、おまえを観察しておったからな…。』
 ゆらゆらと光は揺れながら、乱馬に語りかけた。

「俺を観察していただと?」
 乱馬は思わず声を荒げていた。当然だ。何もかも見られていたことなど、こちらは一切知らない。何物かわからぬ者に観察されていたと、言われるほど、気味の悪い事もなかったからだ。
『当然だ…。おまえの超力を見極める必要があったからだ…。』
 光はゆっくりと答えた。
『おまえは、闇を浄化する超力を持ち、僅かながらでもその超を使いこなしてきた。興味深い人間だったからな。』
「闇を浄化する超力だって?」
『ああ、おまえの傍に侍りし闇の娘をいつも浄化してきた。ダークエンジェルという名前の超力を統べる能力を持っているようだったからな…。あの娘と契ってからできた超力なのか、それとも、おまえに元々因子が眠っていたのか…。』
 僅かに光が微笑んだように思った。
「契ってからって、てめえ、まさか、俺とあかねが睦み合うところも覗き見ていたなんてこと…。」
『ああ、勿論、見ていた。』
 その言葉は暴言に近かった。
「な、何だってっ!!」
 案の定乱馬は顔を真っ赤にして怒鳴った。
『そんなことはどうでも良い…。』
「よかねえっ!!絶対によかねえっ!!この出歯亀野郎っ!!」
『そうムキになるな…。私には私の使命があったのだ。』
「人の事を出歯亀するのが、おめえの使命だとでも言うのかよ!」
 光が嘲笑したように目の前で揺れた。
『おまえたちのことは、時の女神の超力を借りてずっと見てきた。そして、ある結論に達した。乱馬よ。おまえはやはり超力を闇を統べし光の末裔、光の一族の記憶を宿した者なのかもしれぬとな…。』
「光の末裔?」
 乱馬は、はっしと光の輪を睨み付けた。この光の輪が、己に話しかけているのは一目瞭然であった。

『ああ、おまえは「光の継承者」かもしれぬ。だから、ここへ、事理の空間へと己から導かれた。時の女神の発した闇を通り抜けた…。おまえに光の潜在能力があるからこそ、無への帰還を促す闇の力を跳ね除けて、ここまで堕ちて来られたのだ…。』

「何を訳がわからねえことを、ぐだぐたと…。」
 乱馬ははっしと身構えた。ここで、この光と、一戦を交えてもよいと、本能が果敢に察したのだ。

『私はこれから、自分の役目を果たさねばならぬ。』
 光は、少し、語調を強めた。

「おめえの役割?」
 乱馬は、はっとして光を見た。

『そうだ。私の本来の使命は、光の一族を見極めること、そして、光の超力をその者に継承する事だ。』
 番人は意味深な言葉を乱馬に投げた。

「あん?光の一族だと?」
 その言葉に、反応する乱馬。

『私は、おまえの中に、光の因子を見出したからな…。それを確かめる義務があるのだ。時の女神の闇に飲まれることなく、事理の空間から堕ちてきた、おまえの本当の超力をな!』


 光の影はゆっくりと乱馬を照らし始めた。

『早乙女乱馬よ、おまえが、コスモスが予言した光の継承をできる末裔の者かどうか。それを見極めさせてもらう。』

 その声と共に、強くなる、光。

『おまえが光のコスモノイドならば、我が光の超力と真理の継承を行わねばならぬ。それが、この私に与えられた任務だ。おまえが光の継承者に値するのか。私は見極めなければならぬ。おまえに私の超力を直接ぶつけて、試させてもらう。それが一番手っ取り早い。』

「な、何だって?」
 乱馬は唐突に光り始めた影を睨むと、思わず言葉を返した。

『ああ、そうだ。もし、おまえが光の後継者としても、まだ覚醒したわけではない。だから、私がおまえの中に、光の超力が眠っているかどうか、そして、眠っているのならそれを覚醒させてやろうと言っておるのだ…。一石二鳥ではないか。』

「何が一石二鳥だ、この野郎!」
 思わず乱馬は怒鳴った。
 いや、それだけではない。何故だろう。全身の毛穴が逆だった。

『逃しはせぬ…。ふふふ。どのみち、この「事理の空間」からは、おまえが超力を覚醒させなければ、抜け出ることはできぬのだ。』
 光は妖しい赤い光を放ち始めた。
 ゴオオッと赤い焔のように、光の輪が揺らめき始める。そして激しい音をたて始めた。
 と、乱馬の動きが止った。正確には、動きを封じられたのだ。強い超力が己を押し付けるように、その場へ釘付けた。
 良く周りを見ると、光の本体から、幾本もの触手のような光が伸び上がってきて、己が手や足、身体をしっかりと掴んでいるではないか。そいつに強く引っ張られて、微塵だに動くことが敵わずいた。

「くっ!俺の動きを封じこめやがったな!てめえっ!!」
 激しく言葉を吐きつける乱馬に、光はゆっくりと言葉を放った。

『これを体内へ取り込むのだ…。乱馬よ。』
 そう言うと、光の輪の中心部分から、握りこぶし大もあろうという、勾玉が現われた。赤黒い血の色をした、半透明の勾玉だった。禍々しい血の輝きだった。そいつはにゅっと光の中央部から現われ、乱馬の目の前で止った。鈍い血の色の光が、玉から発せられている。
『ふふふ…。これは我が超力を凝縮した赤い勾玉だ。』
 乱馬の心を見透かすように、光は語りかけてきた。妖しく光る、真っ赤な勾玉を前に、思わずごくんと生唾を飲み込む。

『これを体内に取り込め。そうすれば、おまえの能力がわかる。この玉の超力がおまえを認めれば、おまえは間違いなく、光の継承者になれる。』
 番人はゆっくりと言葉を噛みしめながら語り継いでいく。
『もし、この玉がおまえを継承者と認めなかったら…おまえの存在は消えてなくなる。』

「なっ!!何ふざけたこと言いやがる!!」
 思わずまくしたてた。
 乱馬は敢えて、反抗的に言葉を返した。

『おまえに選ぶ権限はない。選ぶのはこの玉だ。』
 光はますます強く輝きながら、乱馬へと迫っていく。

「俺に選択の余地はねえっつーことか…。腕ずくでもって奴だな。」
 乱馬ははっしと光を睨みすえた。
『どの道、この勾玉が、おまえを光の継承者と認めなければ、おまえは元の世界には戻れぬ。』
 番人は強く言い放った。

「畜生…。八方塞がりって訳か…。」
 乱馬はじっと赤い勾玉を見詰めた。
 妖しい光が乱馬に誘いかけるように輝き始める。

『さあ、決っするぞ。勾玉を体内に取り込んで、おまえの内に眠る、強大な光の超力を開眼させるか、それとも、この事理の空間で終焉を迎え無へ戻るか…。』
 光の番人は勾玉を乱馬の前にぐいっと押し出した。
 腕も足も、光の触手に絡め取られたままの乱馬は、抵抗する余地もなく、その赤い血の色の勾玉に胸が触れた。
 と、赤い光が乱馬の胸の中央部の皮膚へと、めり込んだ。
 がっばと胸の皮膚が裂けるように、玉が胸へと張り付いたのだ

「うわあああっ!」
 あまりの痛さに、乱馬は一瞬、我を失って叫んだ。
 それから、玉は輝き始め、乱馬の胸元で辺りを照らし始めた。のた打ち回りたいが、身体は光の触手で固定されている。拷問に等しかった。

「わああああっ!!何だ。この超力の洪水は…。うわああああっ!!」

 乱馬の雄叫びがとどろき渡ったとき、赤い閃光が瞬き、見る見る乱馬を包んで輝き始めた。

「うわああああああっ!!」

 一つ一つ剥ぎ取られているような感じだった。
 その余りにも強い吸引力に思わず身体を引こうと足掻いたが、全身をおさえつけっれている身の上では、抵抗することも敵わなかった。

「畜生!この玉、俺へ超力を与えるどころか、俺の超力を全て根こそぎ奪おうとしてやがるじゃねえか…。わああああっ!!」

 その言葉どおり、そいつは、乱馬の胸に纏わり付くと、覆い被さっていく。
 強い光が、胸元でドクンと瞬く毎に、何かが一つずつ剥がれてしまう。まさにそんな感覚に襲われたのであった。
 全ての柵(しがらみ)が、一つ一つ剥がれ落ちていくように、己から剥ぎ取られていく。悲しみも苦しみも、怒りも喜びも、慈しみも安らぎも全て。それらを乱馬の脳裏から一つ一つ、剥ぎ取っていくのであった。
 いや、剥がされるのは「心の感情」だけではなかった。

「こ、こいつ、俺の記憶も、一切合切、剥ぎ取っていくつもりか!」

 乱馬は苦しそうにうめいた。

『無駄だ。足掻いても、おまえの記憶は抜け落ちていく…。』
 見えない相手の声がそう言って笑った。どこからともなく、響いて来る不気味な声。さっきまで脳裏でしていた光の声とは違う声色だった。

「だ、誰だ?てめえは…。」
 乱馬はその声に向かって吐き付けていた。



つづく





コスモス
 秋に咲く花の名前でも、宇宙のことでもありません。この作品の場合は、混沌を示す「カオス」の対語、絶対という意味の「コスモス」です。

 第九話と第十話は何度か全面的に書き直しました。でもって、最初は十二話構成だったのですが、一話分きっちり増えて十三話構成になって仕上がりました。
 私は、一度書いたものを、ごっそりと書き直すことはあんまりしない性質なのですが…。第六章の「天使の休日」を書き殴っていたら、話が膨らみ、どうしても「設定部」を修正する必要が出てきたのです。
 その結果、かなり、示唆的で、それでいてくどくって、一回読んだだけではわかり辛い展開になってしまいました。
 今後、物語が流れる中で、次の第十話ともども、核心部に触れていく設定部でもあるので、その辺り、我慢して読んでやってくださいませ。

(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。