◇闇の狩人 再臨編


第八話  木偶(クロノイド)



一、

「クロノイド!」

 あたり一面の闇が一斉に蠢いたような気がする。
 それほど、リーの言葉は衝撃的だった。
 どうやら、彼の連れていたロボットは、このクロノイドの隠れ蓑だったようだ。彼は、己の作ったクロノイドを隠すために、ロボットを使っていたのだ。

「そうだよ、クロノイド。人造複製人間だ。」
 リーはゆっくりとあかねに顔を手向けた。
「あなた、クロノイドを造ることは…。」
「連邦憲法で禁じられている。こう言いたいのでしょう?クロノイドを造る事…すなわち生命倫理に反することになりますからね。許せば、己の複製を製造しようと目論む欲深い連中が出て来るし、生命を玩(もてあそ)ぶことにもなる。クロノイド製造技術は、事故や先天的異常で破損してしまった臓器など人体機能を補う医療目的以外では使用してはならない。連邦政府はそう定めていますね…。違反すれば身分は剥奪、極刑も免れない。」
 リーはにっと笑った。
「そこまでわかってて何故…。」
「連邦の規則など、守られているとでも?…今や連邦の中央部の特権階級の連中は、皆、それぞれ己のクロノイドを培養しています。人知れずね…。僕ら学者はその手助けを強要されることだってあるんだ。連中は巧みに入れ替わったり、若さを保つために己のパーツを得るのに、培養している。そんな名ばかりの規則…。」
「だからと言って、破って良いってものじゃないわっ!」
「理不尽な理由で愛する者を失った者の哀しみを、わかる者は居ない。大切な者を失った者しか…。」
 リーは切なげな表情を浮かべた。
 その余りにも切なげな表情に、あかねははっと息を飲み込んだ。
 この男、行方不明になった、婚約者、フィーネ・リブロックの幻影を求めて、その復活を願い、クロノイドを造った…。その、衝撃的な事実に言葉を失ったのである。

「何度も理性で理解しようと思ったさ…。僕だって。」
 リーの言葉が激しさを増した。体もわなわなと震えているのが判る。
「でも、諦めることができなかった。なまじ己に人体再生の知識があったばっかりにね…。」
「それで、禁断の技術を使って、フィーネさんのクロノイドを製造したとでも言うの?」
 あかねは恐る恐る問いかける。
「科学者というのはとても、因果な商売でしてね。なまじ知識と技術を持てば、是が非にでも試したくなるものなのですよ…。たとえそれが、禁忌(タブー)の技術だったとしてもね…。」
 リーは真っ直ぐにすぐ先で虚ろな瞳を投げかけている「クロノイド」へ向けて、その真摯な眼差しを差し向けた。そして、電極で繋がれた彼女の美しいブロンズの髪を撫で始める。
「僕が闇から生還したときに、ずっと離さず握り締めていた物があったんです…。それが何だったかわかりますか?…腕ですよ。フィーネの右腕。彼女が残った最後の意識と力で僕を現世へと飛ばした時、僕は彼女も一緒に救おうと咄嗟にその右腕を掴んだんです。でも、一瞬遅く、彼女の体は装置の作り出した亜空間の闇へと飲み込まれてしまった。僕が掴んだ上腕部だけを残して…。」
「あなたは、その腕から彼女を再生したとでも言うの?」
 あかねの蒼白な表情がリーへと手向けられる。
「髪の毛一本の組織でもあれば、再生は可能です。その腕が一本でもあるんですよ。それだけあれば、秘密裏に行う再生作業下、足りない施設や装置でも、何度もやり直せる…。寝食を忘れて、僕は自宅でこっそりと再生を繰り返し、そして、至らない施設の中、彼女の身体を複製することに成功した…。」
「それが、そこに居る、クロノイドなのね…。」
 その問い掛けに、リーはふっと無気力に笑いかける。

「ただ、計算間違いをしていたとすれば、クロノイドはオリジナルの再生ではなく、複製に過ぎないということ。哀しいかな、身体の再生はできたが、彼女はフィーネ本人ではない。何故なら、全ての仕草も、僕に対する愛情一つ、再生することが出来なかった…。このクロノイドは彼女の容姿をした、別の個体だったんですよっ!!」
 あかねにはリーの表情に鬼気とした物が宿ったように見えた。
「急激な再生をしたために、彼女の知能は幼児なみだ。あの時点、彼女が闇に消えた時点への再生はできない。いくら、僕の技術を持ってしても…。」

「あ、当たり前よ。人間の遺伝子情報を駆使して同じ顔を持った人間を再生できたとしても、心までは再生できないわ。」
「そうだ、君が言うように、このクロノイドはフィーネと同じ遺伝子を持った別の個体でしかない…。僕は元のフィーネを再生させるべく、研究し、文献も調べた。マザーIを始め、様々な連邦のコンピューターの膨大な知識、データーをくまなくね…。そして、見つけた。最大のヒントをね。」
 そう言いながらリーは ゆっくりとリーは呪縛したあかねの頭部とクロノイドの頭部を一本の電極で繋ぎとめた。

「これは、生体エネルギー吸引装置。そう、君の身体に漲(みなぎ)る、美しい生体エネルギーを丸ごと、僕のフィーネへ転送してあげるんだ。」

「な、何を…。」

「人間の生体エネルギーは細胞のコアの部分で反応を起す起爆剤となりうる。単なる複製に過ぎないクロノイドは、良質の生体エネルギーを与えることによって、深く眠る遺伝子の情報をさらに呼び覚ますことが出来る。そう、上手く行けば、あの時の、あの花嫁の時点のフィーネの記憶をも呼び覚ますことができるかもしれないのです!」

「ああああっ!」
 あかねの全身を、ロボットから発せられた衝撃波が襲い来た。逃れようとも身体は動かない。立ったまま、衝撃波に晒された。

「だって、不公平じゃないか…。フィーネは闇に消えてしまったのに、あの事件を回避できなかった、君たち、無能なエージェントが、まだのうのうと生きているなんて…。だから、あの事件に関わっていたエージェントでもある君のエネルギーで、僕のフィーネを、フィーネを復活させてあげるんだ!」

 リーが笑いながら、苦しむあかねを見続けていたその時だった。
 あかねとクロノイドを繋いでいたパイプが粉々に砕け飛んだ。と同時に、上半身を晒したまま床に転がっていたロボットの胴体を打ち砕くビーム砲が着弾した。
 バンッと音がして、装置が砕け散る。

「そのくらいにしておけよ!リー・ヤムソン博士!」

 ビーム砲をリーに向けて構える、乱馬の姿がそこにあった。



二、

「貴様…。」
 リーは乱馬を見て、怒りの様相を浮かべた。

「乱馬、何でここに。」
 呪縛がはがれたあかねが、荒い息を吐きながら、乱馬を見た。

「けっ!てめえが出て行った気配を、俺が感じ取れなかったとでも思ってるのか?甘く見られたもんだな。てめえが出て行ってからずっと、身を潜めて、様子を伺ってたんでいっ!たく、面倒ばっかかけやがって!あれほど、一人で行動するなって言っておいたのに。てめえは。」
 にんまりと笑って乱馬があかねを見詰めていた。

「ふっ、って言うことは…。」

「ああ、今の、全部聞かせてもらったぜ。貴様がクロノイドを造っていたことも、連邦のデーターへ不正アクセスしただろうこともな。勿論、その罪に寄って、貴様を逮捕する。リー・ヤムソン教授。」

「く、くそうっ!!」
 リーは横へ飛んで、持っていた銃器を乱馬へと手向けた。

「させるかっ!!」
 乱馬は振り向きざまに、リーの銃器を持っていた武器ですっ飛ばした。
 カランと音がして、リーの手から銃が離れた。

「無駄だぜ。貴様と俺とでは、腕の格が違いすぎる。」
 乱馬は銃口をリーへ手向けながら凄んだ。
 訓練されたエージェントとの差が歴然と現われた瞬間でもある。


「それはどうかしらね…。お嬢ちゃんたち。」


 澄み切った声が背後から乱馬の耳に届いた。


「なっ!仲間が居たのかっ!!」

 はっとして見上げると、そこには、一人の女が、短銃を持って、すっくと立っていた。彼女のすぐ傍で、あかねががくっとうな垂れるのを見た。
 どうやら、当て身を食らわされたらしい。

 いや、そこに居たのはユルリナ・メイズだけではなかった。
 彼女の配下の研究員たちが、それぞれ銃器を構えてあかねをぐるりと取り巻いていた。 勿論、銃口は、あかねに手向けられている。

「てめえ…。ユルリナ・メイズ博士っ!」
 乱馬の表情が一段と険しくなった。

「つめが甘かったわね。イーストのお嬢さんたち。」
 そう言いながら、メイズがにっと笑った。

「どういうことだっ?何で貴様が出張ってきやがった!!ユルリナ博士!」

「どういうことって?…ふふふ、リー・ヤムソン博士を連邦政府へ引き渡すわけにはいかないからよ。それに…。私もこのあかねって娘に用事があるの。」

「あかねに用だって?てめえに一体、どんな用があるってんだ?」

「冥土の土産に教えてあげましょうか?…。ふふふ、何故なら私は、ゼナの精霊マスターなのよ。そう言えば、理由(わけ)がわかってもらえるかしら。」
 ユルリナはぎょろりと目を乱馬へと手向けた。それは確かに人の目ではなく、不気味な鋭い光を秘めた魔性の目であった。

「ゼナの精霊マスター…。なるほどな。」
 乱馬はじわじわとユルリナと間合いを詰めていった。勿論、このままやられるつもりはなかったからだ。

「このアンナケはバレル一族の配下の衛星だった。そして、彼らはゼナのためにたくさんのミューを捕獲しようと試みたわ。でも、アクシデントがあって、連邦側のエージェントたちにその機会を奪われた。…勿論、あなたも連邦側のエージェントなら、知ってることだわよね。」

「ああ、勿論。」
 当事者だったのだから知らないはずはない。

「バレルたちがこの星で滅ぼされた後、私はね、このユルリナ博士の身体を乗っ取って、ずっと連邦の側に立って、ある娘の消息を追っていたの。」
「ある娘だって?」
「ええ、闇の勾玉を持つ娘。バレルがここで斃れる前に選んだ少女…。でも、連邦の奴らに嗅ぎつけられて、ゼナの者は一人残らず、この地で滅んだ。あの地下の血糊はまさに、ゼナの戦士たちの流したもの。ふふ、連邦もやるものね。バレル親子も、ここでふっつりと消息を絶った。」
 乱馬は黙ってユルリナの説明を聞いていた。
 あの惨劇を一部始終見ていた身としては、鮮やかに思い出せる。赤い玉の間の超力に翻弄されて、我を失った彼女が逃げ惑ったゼナの戦士たちを一瞬で滅ぼしたのだ。
「その後、アンナケは閉鎖されたわ。事件の犠牲者と被害者の回収が行われた後、連邦政府はこの衛星の制御装置を全て消した。闇に閉ざされたアンナケ。そして、今回、地球で見つかった遺跡と同じ遺跡がここの地下に眠っているかもしれないと、アンナケへ再び光が当たった。」
「この遺跡のことか。」
 乱馬は言葉を切った。
「ラッキーだったわ。この遺構のおかげで、再びアンナケの地が開かれたんですもの。この遺跡がどんなものかは私にはわからないけれど、遺跡調査は千載一遇のチャンスだと思ったのよ…。アンナ・バレルが与えた、闇の勾玉を持つ花嫁に遭遇できるね。」
「闇の勾玉を持つ花嫁…。」
「そう、ハル様に捧げられる闇の花嫁。私には彼女を探し出す使命があった。だから、どうしても、バレル財団が遺したデーターを、このアンナケにて探し出さねばならなかった。それには、まず、なんとしても、この星に降りる必要がある。だから、この女学者の身体を乗っ取ったの。」
 ユルリナの瞳は怪しく輝いた。
「なるほど…。貴様は本物のユルリナ・メイズ博士を媒体にしたのか。」
「さすがに、イーストのエージェントの小娘だけあるわね。その通りよ。この博士、なかなか、英気に満ちたいい身体をしていたからね。」
 ユルリナはペロリと舌を出した。
「そして、ユルリナ・メイズに成りすまし、まんまと調査団に加わった。へっ!手の込んだことしやがって。」
「でも、その甲斐あって見つけたわ。バレル財団が遺したデーターベースをね。それを解析してわかったわ。この小娘こそが、勾玉を飲み込んだ花嫁だってことをね。」

 ユルリナは気を失ってもたれかかるあかねを見てにっと笑った。

「へっ!残念だが、俺はおまえたちにあかねをやる気はねえんだ。」
「ふん!孤立無援のおまえに、何が出来るというの?」
「生憎様だな。孤立無援じゃねえんだ。俺の他にもエージェントは紛れ込んでいるしな。ちゃんと応援も呼んであるぜ。」
 乱馬はユルリナをキッと見返した。

「ふふふ…。あはは…。あははははは。」
 ユルリナが右手を口元に当て、高らかに笑い出した。
「何がおかしいっ!!」
 そう叫んだ乱馬に、ユルリナは笑いながら吐き出した。
「私が、どうして、おまえ如きに、いろんなことを話してやったと思ってるの?言ったでしょう、冥土の土産だと。…おまえが仲間を呼ぶことなどお見通しだったわよ。そう、今頃、おまえの仲間は…。」
「ま、まさかっ!」
「ふん!ここの施設の大元は、我がゼナの息がかかっているということを、忘れたわけではないでしょう?」
 
「なびきっ!おいっ!無事か?」
 焦った乱馬は、通信機でなびきを呼び出そうとした。電波は届いているのに、通信機の向こう側からは何も反応がない。

「無駄だよ、今頃皆、仲良く睡眠ガスの餌食になって、夢の中。ふふふ…。おまえは孤立無援だ。」

「くそっ!」

「おっと、大人しくしておいで。さもなくば、仲間のところへ睡眠ガスではなく、毒ガスを送り込むわよ。」

「卑怯者っ!」

「何とでもお言い。任務を遂行するためには、汚い手も厭わない。そんなこと、当たり前のことではないのかしら?」
 ユルリナは勝ち誇った顔を向けた。

「さて…。おまえをどのように扱ってやろうかしらね…。他の連中は我々と一緒にゼナへ送還することに決まっているわ。ミュー因子を持つものはマスターの候補として、それ以外は生体エネルギー源、又は洗脳して戦士になって貰う。ふふふ。」

 人質を多数取られてしまっていては、軽はずみに動くことは出来ない。

「決めたわ。リー博士。」
 ユルリナは横で一部始終を眺めて居たリーへ声をかけた。
「彼女をあなたのクロノイドの繋ぎに使ってみてはどうかしら?」
「この小娘を?」
 リーは嫌そうな顔を手向けた。
「どうしたの?この小娘では不服だとでも?」

「ああ、いけ好かないタイプだからね。」
 リーははっきりと物を言った。

「てめえ…。あかねは良くって俺じゃあ、役不足だとでも?」
 思わず気分を害した乱馬が食って掛かったほどだ。

「あら、この、あかねっていう小娘は駄目よ。ハル様に差し出さねばならないからね。」
「わかってますよ!」
 苦虫を潰したようにリーが吐き出した。

(こいつ…。あかねのことが、何だカンだっつって、気に入りやがったか?この、ドスケベ野郎!)
 内心乱馬はムッとした。
 だが、ここは、こんなことを考えている場合ではない。

「わかりましたよ…。仰せに従いましょう。こいつもイーストのエージェントなら、相応の生体エネルギーを持っているでしょうから。」
 投げやりな言葉が、リーから漏れた。不服だが、しょうがないとでも言いたいのだろう。
「ふふふ…。ならば、さっさとやっておしまい。」

 乱馬は銃口を突きつけられたまま、リーの前へと差し出された。

(畜生!隙が作れねえ…。)
 ダークエンジェルの超力を発動させたくても、人質が多い上に、状況もわからない。また、周りはゼナの戦士たちが固めている。
 リーは無言で、黙々と乱馬の生体エネルギーを取り出す準備を始めていた。



三、

「全ての準備が整ったよ…。おまえの生体エネルギーを抽出して、フィーネに注ぎ込む。」
 リーが乱馬へと無表情で語りかけた。
「けっ!好きなだけくれてやらあ。」
 縛られて動けない身体で、乱馬はキッとリーを見返した。

「いくよ…。覚悟するが良い!」
 繋がれた機械のスイッチを入れると、全身を衝撃が走り渡った。

「ぐっ!!」
 乱馬の顔が苦痛に歪んだ。物凄い勢いで生体エネルギーが抜けて行くのが自覚できた。

「ほお…。結構、良質のエネルギーを放出するじゃないか…。」
 不服そうだったリーの顔がほころび始めた。

「本当、なかなか綺麗な生体エネルギーをした小娘だわ。」
 じっと見守っていたユルリナが笑みを浮かべた。

(畜生!何か手立てはねえのか…。このままじゃあ、俺の生体エネルギー、根こそぎ持って行かれちまう!)
 激痛に耐えながらも、乱馬は気を失うことなく、必死で打開策を考えた。
(いっそのこと、男に戻っちまうか!)

 そう思ったときだった。
 
 足元が一瞬、ぐらついた。
 いや、それだけではない。足元へピシッと亀裂が走り、ずぼっとえぐりとられるように身体が浮き上がった。

「何っ!?」
 少し離れたところで、乱馬を見ていたリーが思わず声を上げた。
「地面がっ!!」
 ユルリナがそう叫んだと同時に、一気に足元が崩れ去った。
 排水溝に吸い込まれるように、地面が渦巻き始める。そう、地中に向かってぽっかりと人が通れるくらいの穴が開いたのだ。

 
 それは、一瞬の出来事であった。

「うわああっ!!」
 乱馬はその穴に引きずり込まれるように落ちて行く。後ろ手に縛られたまま、土塊の中に。
 彼は渦巻きにまかれながら、はっきりと見た。
 はるかに見上げる天井。そこに、映ったのは、クロスのような十文字と羽を模した三角形の幾何学文様。赤く不気味に光りながら、乱馬を見下ろしている。
 その文様が目に入ってきた途端、地面へとめり込む感触を覚えた。いや、地面を突き破って下へと落下していく。


「な、何が起こったというの?」
 ユルリナは、突然、地面へ飲み込まれるように消えていった乱馬を見送って、思わず声を荒げた。
「地盤沈下だ。急激に地下を掘り抜いたから、過負荷がかかったんだ。」
 リーが跪いて、地面へ飲み込まれぬように用心しながら言った。
「ってことは…。」
「上にすぐ回避しないとやばいぞっ!下手をすると、我々も土の中へと飲み込まれてしまう。」
「わかったわ。ここは一旦、上に。」
 そう叫ぶと、ユルリナは配下に向かって命令した。
「すぐ、上に退避なさい!このすぐ上まで転送装置が伸びてるわ。それを使って、一気にセントラルタワーのフロントフロアーまで戻るの。いいえ、セントラルタワーも危ないわね。ノースエリアタワーへ飛びなさい。勿論、確保した連邦関係者の人質もね。そっちへ宇宙船を回して、準備出来次第、アンナケを発つわ!」
 走りながらユルリナは怒鳴った。

「ちっ!せっかく、もう少しのところで、フィーネを復活させてやれたのに…。」
 悔しそうにリーが吐き出した。彼の腕にはしっかりと、フィーネの身体が抱かれていた。まだ、半開きの瞳を虚ろに漂わせながら、クロノイドは、だらりと手足を垂らして上方を見上げていた。



 乱馬は物凄い勢いで、下方へと落ちていく。
 万有引力による落下法則を全く無視したようなスピードに感じられる。
 自動制御装置で地球上の環境とそっくり同じに作られているとはいえ、このスピードは異常だと思った。

「何か強大な力に吸い寄せられてるみてえだ…。」
 そのスピードに窒息しそうになるのを堪えながら、乱馬は大きく口を開いて、空気を肺へと送り込む。
「まさか…。この力は…。アンナケの時の女神。」

 そう思った途端、乱馬の落下スピードが急に緩み、ふわっと抱きとめられたように空中に止った。投げ出されるというよりは、受け止められたと思うような最後の感覚。


「ここは…。」
 空に浮いたまま止った乱馬は、辺りをぐるりと見回した。
 見覚えのある場所だった。
 そう、あかねへ超力を授けた、あの「時の女神」と出逢った場所だ。地下迷宮。そう呼ぶに相応しい、謎の遺構。
 そして、その中央には赤い玉が妖しく光っていた。
 その玉が一際大きく輝いたかと思うと、すうっと人影が浮き上がってきた。まるで、玉の中から出て来たかのように、玉の上にくっきりと浮かび上がっていた。
 だんだんと浮き上がるようにはっきり見えてくる容姿。
 人間ではないことはすぐにわかった。
 大きな羽が背中から生えていたからだ。
 翼を持った女。風もないのに彼女の美しいブロンズの髪は、棚引くように揺れていた。

「久しぶりね、早乙女乱馬。」
 落ち着いた女性の声。聞き覚えがある。女は流れるように言葉をかけてきた。

「赤い玉の時の女神…、やっぱりてめえが俺を呼んだのか…。」
 乱馬は、思わずそう答えた。

「おまえたち、また、この星へと足を踏み入れたのだね。」
 次第にはっきりしてくる女の顔がそこにあった。堀の深い美しい女。古代ローマ人のような透けた絹衣をまとい、じっと乱馬を見詰めていた。

「ああ、成り行き上な。」

「私たちの遺跡を調べに来たのですか。あの物々しい装備を持って、色々な人間を引き連れて…。」
 厳しい声が乱馬へと手向けられた。

「別に俺が連れて来たわけじゃねえ。」
 その言い方にムッときた乱馬が口答えするように言い放つ。

「いや、成り行きがどうであれ、結果はそうです。おまえはあの調査団を引き連れて私と遭遇した聖地を探しに来たことに変わりはないわ。」
「端的に言えばな…。だが、遺跡(ここ)の痕跡は見つけられなかったぜ。開いていたはずの穴は閉じ、下にあるはずの空洞すら見つけられず…。レーダーも反応しなかった。見つけられたのは、地下空洞一つだ。それも、俺が知っている場所とは全く違う新たな場所だったぜ。」
 乱馬は女神を見据えた。
「当たり前です。聖地(ここ)はおまえたち人間どもに、簡単に探し当てられるような、そんなチンケな場所ではありませぬ。」
 女神はふっと微笑んだ。だが、すぐに厳しい表情を乱馬に手向けた。



「だが、罪は贖ってもらわねばなりませぬ。」
「罪?」
「そのために私はそなたをここへ再び呼びました。」
「罪を贖わせるために俺をここへ呼んだんだって?」
 乱馬は時の女神を見詰め返した。

「ええそうです。そなたは大罪を犯してしまった。」
 女神ははっしとらんまを見据えた。強い意志に満ちた目であった。

「我らが聖地へ別の人間を導き、そして踏み荒らそうとした罪。そして何よりも、私が闇の超力を授けし娘を、汚れた奴らに奪われた罪を…。」
 その声と共に、女神の手から発した赤い光が乱馬を捕らえた。

「うわあああっ!!」

 それは今まで体感したことも無い衝撃波だった。

「か、身体がいうことをきかねえ!く、くそう!!どうにもならねえ…。」
 もがき苦しむ乱馬の目の前で、女神がふっと笑みを浮かべたように思えた。
「さあ、罪を償うのだ。早乙女乱馬よ。」


「畜生!身体の自由がきかねえっ!わあああああっ!」

 必死で抵抗を試みたが、己にのしかかった強大な超力に抵抗する術はなかった。



つづく




一之瀬的戯言
 この章をを書いているときに、「クローン猫の販売」というニュースに行き当たりました。飼い猫の毛などの細胞を保管しておけば、それをそっくりそのまま生き返らせる如く作り出してくれるというアメリカのペット会社(?)のサービスだそうな。
 アメリカの富豪などは、死ぬと同時にに己の身体を冷凍保存させたり、髪や皮膚、或いは、脳そのものを完全保存しているとか。
 某野球選手が亡くなった時に、遺族が脳を保存して、技術が発達すればクローン人間なりを培養して脳を挿げ替え復活させると宣言して顰蹙を買っただの。若い頃の皮膚の一部をも保存して、年をとったら植え替えるとか、クローン人間を培養して内臓を新しくして永遠の命を得るなどなど…。胡散臭すぎ。
 SFさながらな技術がまことしやかに囁かれるようになって久しいです。ううむ、どこまで生という欲に駆られているんだ、人間は。生命を操作する技術は倫理的にどこまで許されるんでしょうか…。
 思わず耳を塞ぎたくなるようなクローン猫ニュースでありました。(ああ、やだやだ。)

 自然の大きな流れに歯向かうということがどういうことをもたらしていくのか。実はそれが、この作品の根底にあるテーマの一つです。「クロノイド」という造語を試験的に使用してみたのもその表れです。実際、「クロノイド」という言葉がどの程度、SFや科学界で浸透しているのかは、全く見当がついていません。当然、この作品での引用は、一之瀬の勝手解釈ですので、どうかその辺はご容赦ください。
 実は「第六章、天使の休日」を書き進めるに至り、ここ以降の章をかなり書き換えました。
 若い頃に考えていたものを、乱馬とあかねに置き換えて作品化していますので、この先どういう風にストーリーを展開させていくのかを含め、まだ、私自身の中でも、消化のための試行錯誤が続いています。
 でも、それはそれで楽しいんだなあ…。

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