◇闇の狩人 再臨編


第七話  陰謀


一、

「畜生!連邦宇宙局め!!」
 乱馬はまだ怒りが収まらないのか、怒鳴り散らしていた。

「いい加減に静まりなさいな。幾ら完全防音って言ったって、度が過ぎるわよ。」
 なびきがふふんと笑いながら眺めた。
「何落ち着いてやがんでいっ!大事がなかったから良かったものの…。あかねが危険に晒されたんだぜ。くそっ!!それもこれも、連邦のデーター管理の連中が俺たちのデーターをデリートしそびれたせいだ!連邦宇宙局のズサン管理め!!!」
 乱馬の鼻息は荒かった。

「もう、大丈夫よ、乱馬。油断したあたしだって悪かったんだから。それに、少しくらいの誘導波には耐えられるように訓練もされてるわ。そう易々と頭の中を覗かれたりなんかしないわ。」
 あかねがなだめるように、横から突っ込む。
「リーのやつめ。連邦宇宙局のデーターを盗み見て、あかねの正体に気が付きやがったんだな。姑息な手使いやがって。」
 ぶつぶつと乱馬は吐き続ける。
「だから、何度も言っておるだろうが。収拾可能なデータはどんな些細な事でも見逃さない。諜報エージェントの鉄則だとな。」
 偉そうな口調で九能が口を挟んだ。
「んなこたあ、どうでも良い!」
 乱馬は九能を一蹴すると続けた。
「でも、何で俺たちのデーターがデリートされなかったんだ?普通、どんな些細なデーターでもデリートして、保護すべきもんだろう?特に機密に行動するエージェントのデーターなんざあ!」
「さあな…。大方、ゼナの精霊たちをおびき寄せたいとでも、連邦幹部の連中が思ったんじゃないのかな。」
「もっともな意見だわ。九能ちゃん。あんたたちのデーターの片鱗はエサだったのかもしれないわ。」
 なびきが腕を組みながら頷いた。
「胡散臭すぎるぜ…。たく、狙われたこっちの身にもなってみやがれっ!!」
「あら、あんたのデーターは残ってるけど、今は別人格じゃない。男じゃなくって女なんだし…。」
「あのなあ…。そう言う意味で言ってんじゃなくってだっ!!」

「はっはっは。乱馬はよっぽど、あかね君が危険に晒されたことが頭にきていると見えるなあ。許婚思い、結構、大いに結構。」

「暢気に言うなっ!!暢気にっ!!クソ親父!」
 思わず、玄馬にせっついた。
「ほほう…。おぬし、あかね君を守り切る自信はないのかえ?」
「バーロッ!あるに決まってんだろっ!!」
「だったら良いではないか、がっはっは!ぐだぐだぬかすな!」
 ぐぬぬっと胸倉を掴む乱馬の気迫に気圧されながらも、玄馬は構わず陽気であった。

「いずれにしても、遺跡発掘という餌に釣られてくる、大きな闇を一網打尽にしたいらしいな…。上の連中は。」
 乱馬は吐き出すように言った。
「かもね…。遺跡にダークエンジェルが絡んでいる以上、ゼナだけではなく、もっと違う闇も蠢いているかもしれないし。」
「フンドシ締めてかからねえと…。」
「って、乱馬よ、今は女の癖にフンドシはいておるのかあ?赤フンクラッシックかあ?がっはっは。」
「緊張感のなくなること言うんじゃねえっ!こんの、クソ親父っ!!」

 デンッと乱馬の拳が玄馬へと入った。

「あはは…。駄目だこの親子。」
 なびきも苦笑して笑った。



 ともかくも、調査団の調査は、翌日からも続けられた。
 リー博士とあかねの間にあった、トラブルも表沙汰になることもなく、黙々とそれぞれ、己の任務をこなしていく。
 あかねは乱馬と離れることなく、常に行動を共にしながら、データーの解析などをして過ごした。
 クレメンティー兄妹も、コントロールルームで転送装置などを動かしながら、必要な機材を管理する。
 なびきと九能は、見習いのナオムと共に、完全に広報部へと下がり、連邦側との調整を主としていた。
 ユルリナ・メイズ以下、研究チームは、あらゆる角度から地中のデーターを解析し、やはり、地中億深くに何かあるという確信を得て、掘削することになった。機材はクレメンティー兄妹が復旧させた、転送装置の一部を使って行われることになった。
 小さな衛星なので、いくつかのポイントを掘り起こせば、何かの痕跡とぶつかるだろうと判断されたのである。
 いくつか、ポイントを決めて、総がかりで、下へと掘り進めて行く。その作業に入った。最有力の候補ポイントとして、やはり、セントラルタワーの最下層部から掘り進めることに決まった。


「たく、土台を無視して、地下から掘り進めても良いのかよう!」
 思わず乱馬が吐き出したほどに、たいそうな掘削作業がセントラルタワーの最下層部から進められることになる。
「土台をぶち壊して、建物自体の崩壊を招くんじゃねえだろうな。」
 思わず呟く乱馬に、九能は苦笑いした。
「何の脈絡もなく掘るのではなくって、ちゃんと計算済みだ。馬鹿者。」
 と。
 いや、実際、発掘と言いながら、地下通路をどんどんと工事しているような作業形態になっていった。
 クレメンティー兄妹が予め、外向きに改造して据えつけた、転送装置のダクト。転送装置は機材を運び込むだけではなく、掘り抜かれて出た大量の土砂を地上へとかき出すのにも大いに利用された。セントラルタワーの北面に作られた転送装置のダクトに、地下から大量の土砂が転送され吐き出されていく。そして、順繰りにならされながらも、北側に広がる広場へと積み上げられて行くのだ。
 掘られた土は、元ある土よりも、ほぐされて空気を含んで柔らかくなる分、体積が大きくなる。重さ的には変わらないものも、かき出すと容量が確実に増える。だんだんと広場は、築山のように盛り上がり始め、景観すら変わっていく。
 お構い無しに掘り進められ、三日も経つ頃には、すっかりと、地下も地上も様相が変わってしまった。

 五日目くらいだったろうか。
 遺構発見の第一報が、最深部からもたらされた。

「喜べ!遺構らしき人造物が地中から発見されたそうだぞ!」
 外から探査装置を動かしていた乱馬とあかねの元へ、九能が第一報を持って下から上がって来た。
 勿論、周りは色めき立つ。
 九能によれば、急に地面の地盤が緩んだかと思うと、一気に数メートル陥没して、そこから、明らかに人の手なる小部屋が出現したというのだった。
 調査団は浮き足立った。
 やはり、未知なる生命体が残した古代遺跡があったのだと、驚愕が走った。

「どらどら、俺たちも拝みに行くかな。」
 乱馬たちにそう誘いかけた。
 物見遊山風を装いながら、唯一この遺跡と遭遇した乱馬を地下へと誘導する。さりげなく、彼に確かめさせるのが、明らかに目的とされていた。
 九能に上手く誘導されるままに、乱馬はあかねと共に、ゆっくりと開けられた穴倉へと足を踏み入れる。土を掘り出すために据えられた、簡易エレベーターで途中まで降りていく。むき出しになった地盤が下へ延びていて、まるで奈落へと落ちていくような錯覚を覚えた。
 最後は駆けられた簡易梯子を、おぼつかない足で降りて行く。大昔の裸電球とも見紛う、頼りない光が、行く先をぼんやりと照らし出していた。

「ここは…。」

 最下部へ降りて、思わず感嘆の声をあげた。

 明らかに人の手が加わったような空洞が目の前に開けていた。

「セントラルタワーの最下層から百メートルってところかな。」
 九能が言った。
 意味ありげな幾何学模様が壁に連なっている。まるで、古代王族が築いた墓のような雰囲気が漂う。
「ピラミッドの石室へ紛れ込んだようだな。」
 その比喩表現が適切かどうかは置いておいて、まさに、地下迷宮へと迷い込んだような感じを受けた。

「本当に、古代人類の作った遺跡なのか?」
 まだ信じられぬといった口調で、一緒に降りてきた調査団の連中が訝しげに空洞を眺めた。
「ああ、このアンナケはバレル財団が買い上げ、開発するまでは、簡単な観測施設しかなかった場末の小さな衛星に過ぎなかったからな。こんな地下まで掘削する必然性もなかっただろうね。」
 あかねはその声色に思わず身を固くした。リー博士がそこに立っていたからだ。
 リーはこの前の夜の出来事など、何処吹く風かと思わせるように、飄々と乱馬たちや調査団一行を誘(いざな)った。
 乱馬とあかねは、リーの視線をかいくぐりながら、遺跡を見て回った。
 一所だけ、彼が釘付けになった場所がある。それは、三年前、女神が闇に消える前に浮かんだ、あの文様とそっくりなものが、薄っすらと浮かび上がった天井だった。丁度中央部にその文様は浮き上がっていた。
 クロスのような十文字と羽を表すとも思える美しき三角形の幾何学文様。
 まるで何かを語りかけるように、乱馬の視界へと入ってきた。一瞬、動きを止めた。が、じっと乱馬たちを観察するリーの気配を感じたので、何も語らずに、そのまま、その文様から目を反らせた。



二、

「で?どうだったの?」
 一日の作業が終わって、宛がわれたホテルの一室へ戻った時、なびきがしげしげと乱馬を眺めた。

「結論から先に言うと、俺の知ってる場所とは違ったね。」
 乱馬は、反対向きに椅子の背を正面に大股を広げ、ドンと座り、乱暴に言ってのけた。

「あの遺跡ではないのか?あの時、貴様が遭遇した場所とは…。」
 九能が険しい顔を浮かべた。
「違う…。似ても似つかねえ場所だ。あそこは。」
 乱馬は突き放すように答えた。
「だが、俺の知ってる遺跡と何だかの関係はあると思うぜ…。一箇所だけ、クロスのような十文字と三角形の幾何学文様が浮き上がった面があったからな…。てめえらも気付いたろう?」
 乱馬はゆっくりと己の見解を述べた。
「貴様が言っているのは、女神が消える時に浮き上がったあの文様か?はて、僕も壁面や天井はくまなく見回したが、そんな文様には気が付かなかったぞ…。」
 九能が首をかしげた。
「たく…。どんな目をしてたんだ?すごく目立ってたから、誰にでも見えたろうが…。」
「なびき君はどうだ?」
 九能はなびきを流し見た。
「あたしも気がつかなかったわねえ。」
 あっさりと答えが返ってきた。
「お、おい。ちゃんと中央の天井にあったろうが…。なあ、あかね…。」
「そんなの、あったかしら。記憶にないわ。」
 あかねまでもが否定的だった。
「天井には何も描かれていた形跡はなかったと思うが…。」
 九能は更に首をかしげた。
「お、おい…。あんだけ目立った文様だったんだぜ。」
 しっかりしてくれと言わんばかりに乱馬が一同を眺めた。
「待ってよ…。天井部のモニター画面を出してみるわ。ナオム君、お願い。」
 なびきの声に反応して、ナオムがカタカタと手持ちのディスプレイを立ち上げた。調査団の制御パソコンにでもアクセスしたのだろう。時を経ずして、発見された遺構の画像が全面へと映し出された。
「えっと…。場所の推定を。」
 ナオムの問い掛けに
「天井の中央部だ。」
 乱馬が不機嫌そうに吐き出した。
「天井の画面です。」
 ナオムは淡々と言いながら、モニター画面へ天井の中央部をくまなく転写した。

 乱馬の意図とは反して、文様の痕跡など、どこにもない。天井部はただの壁面の延長線で、飾りもなければ凹凸もない。

「お望みなら、赤外線投射もしてみましょうか。」
 ナオムは手元のキーを弾いた。

 画面がぱっと明るくなり、壁のシミや落書がはっきりと映し出される、赤外線画像へと転換する。だが、そこに映るのは、ただのつるつるの面とシミだけで、文様などどこにも現われなかった。


「乱馬よ、何かを見間違えたのではないのか?」
 玄馬が横から声をかけた。
「ワシも見せてもらったが、おまえの言うような文様など、どこにもなかったぞ。」
 疑いの視線が乱馬を射抜く。
「いや、そんなはずはねえ!俺はこの二つの目で確かに確認したんだ。あの文様を!」
「でも、事実、画像をいろいろな角度からチェックしても、そんな文様なんて、どこにもないぞ。」
「報告書をあとで漁ってみるけど、あんただけ見えて他に見えないなんてこと、非現実過ぎるし。見間違いの線が高いわ。」
 乱馬はそのまま黙ってしまった。
 他の誰一人、該当の文様を見ていないというし、何よりも映し出された映像に痕跡が見当たらないのなら、「見間違い」と言われても仕方がないからだ。
「ま、今日発見されたところだし、壁にはいろんな文様が描かれていたんだから、あんたが言うように、三年前の女神と何らかの繋がりがある可能性はあるわ。」
「そうだな…。まだ調査は始まったところじゃし、謎が多いからのう…。」
 玄馬もふんふんと頷く。
「乱馬君が前に見た遺跡とは違うってことが、わかっただけでも、今日の収穫とするしかないわね…。お疲れ様。そろそろ就寝しないと、明日に差し支えるわ。」
 なびきが店じまいを始めた。
 

 自分たちにあてがわれた部屋へ戻っても、乱馬はずっと考え込むように押し黙っていた。どうしても納得いかないのだ。己の見間違いと片付けられるほど、不鮮明な文様ではなかった。
(何で、俺だけに見えたんだ…。他の連中に見えなかったんだ…。)
 疑問は疑問を呼び、埒が明かない。
「先にシャワー使っちゃうわよ。」
 あかねが見かねて声をかけた。
「ああ…。」
 返事もそぞろだ。いつもなら、女になっていようが、男のままだが、一緒に浴びようだの、体をくまなく洗ってやるだのうるさい乱馬が、今日は大人しかった。
「スケベな乱馬が大人しいと不気味よね…。」
 あかねが皮肉タップリに吐き出したが、その言葉さえ耳に入っていかなかったようだ。
 半時間ほど、バスルームで過ごして、すっかりリラックスして出てきても、まだ、乱馬は考え込んでいた。
「もう…。いい加減にしないと、考えすぎて髪の毛抜けちゃうわよ。」
 あかねがベッドに潜り込みながら苦笑したほどだ。
「もう!乱馬ったら。さっさとシャワー浴びて休みなさいよっ!!」
 なかなか、立ち上がろうとしない乱馬に思わず声が飛ぶ。
「あ、ああ。そうだな。」
 あかねに散々言い含められて、やっと重い腰を上げ、バスルームへと消えた。
「ホント、変に生真面目なところがあるんだから…。あんたって。」
 その後姿を見送りながら、あかねがはあっと溜息を吐き出した。
 と、手元の通信網が赤く光った。

「あら?誰かしら…。こんな時間に…。なびきお姉ちゃんかな。」
 通信があったことを示す、カーソルが点滅している。
 手馴れた手で、あかねは通信機を開いた。
 黙ってそれに目を走らせる。と、あかねの表情が一瞬険しくなった。
 読み終えると、ピッと画面を閉じた。削除することも忘れずに。
「行くしかないわね…。」
 その呟きを、いつもなら傍で聞きつける青年は、風呂場でシャワーを浴びている。
 彼がシャワーを浴び終えて出てきた頃には、あかねはベッドへともぐりこんで頭からずっぽりと毛布をかぶっていた。
 いつもなら、女になったこの状態でも、絡んでいく乱馬が、今日に限って大人しかった。まだ、いろいろと考えを巡らせているのだろうか。結論の見えない疑問。それとも、先に疲れて眠ってしまったあかねに遠慮したのだろうか。
 乱馬は目覚まし時計をかけると、そのまま明りを消し、毛布をかぶった。
(いずれにしても、もう一回確かめるしかねえな…。)
 溜息と共に、そう心へ言葉を吐き出していた。

 睡眠誘導装置はついていないベッドであったが、疲れていたのだろう。乱馬が寝入ってしまうのに、そう時間はかからなかったようだ。
 人間の体は眠らなくても、目を閉じてじっと体を横たえ寝床で安静にしているだけで、体の七割は休眠状態に入るという。まさに、あかねの状態はそれに近かった。眠りの淵に引き込まれていくのを、じっと耐えながら、乱馬が眠ってしまうのを待った。
 規則的な寝息が乱馬の口元から漏れてくるのを確認すると、あかねはそっと手元に置いてあった携帯用のリストバンドとそれから、武器類を装着した。
 それから、念のためにもう一度、乱馬を食い入るように覗き込む。
(良かった…。眠ってる。)
 彼が眠りに入っていることを改めて確認すると、あかねはこっそりと部屋を出た。

 廊下は例によってシンと静まり返っていた。あかねはそれでも足音を忍ばせながら、ゆっくりと廊下を歩いた。そして、用心のため、階段を使って下までゆっくりと降りていく。
 天井から照らしつける証明が、己の影を大きく壁に映し出し、不気味に見えた。
 いったいこんな夜中にどこへ行こうと言うのだろうか。

 寝入りばなに着信した一本の通信に真意があった。
 あかねを巧みに誘い込むメールだったのである。送信者は「リー」だった。

『この前の続きを話そう。勿論、危害は加えない。邪魔が入らぬように君一人で遺跡まで来るんだ。もし、拒否したら、君たちがイーストのエージェントだという正体をこの調査団全員に漏らす。』

 脅迫も添えることを忘れてはいなかった。連邦のエージェントにとって、その正体を知らされることは、今後の仕事へ確実に影響を及ぼすだろう。ましてや、この調査団には一般人も多数出入りしている。人の口へとがは立てられない。いくら機密にしていても、大勢に漏れてしまえば、公言したにも等しいことになる。
 おそらく、己と行動を共にしている乱馬もエージェントだと知られることになろう。下手をするとコンビネーションを解消させられるかもしれない。
 どうあっても、それだけは阻止しなければならない。
 「危害を加えない」。そう明言されていたメールだか、一人で来いというからには、それなりの覚悟は必要だった。一体、彼の目的が何なのか。行方不明の婚約者を探すための手段なのか。皆目見当は付かなかった。だが、とりあえず、この場は行くしかない。あかねはそう決意したのである。



三、

 呼び出された場所まで歩くと、どのくらいかかるかわからなかったので、途中からエレベーターを使った。ガゴンと音がして、エレベーターの扉は開かれ、あかねを乗せて、下へと滑り出す。一人きりの四角い空間はあまり気持ちの良いものではなかった。
 軽い衝撃と共に、吐き出されたのは、最下層。
 人気のない最下層は、鬼気迫るような雰囲気が漂っていた。何にも増して不気味なのは、染み付いてとれない黒い血糊の痕。思わず目を背けながらも、果敢にあかねは目的地へ向かって足を進める。
 盛り上がった床面に開いた大きな穴。掘削穴だ。
 そこに据えられた、簡易エレベーターを操作して、更に下へと下っていく。まるで、奈落の底へと堕ちていくように、ゆっくりとうねり音をあげながら、エレベーターは下を目指す。早いもので、昨日発見されたところなのに、もう、遺跡部分まで簡易エレベーターが施行されて稼動していた。

 あかねが降り立つのを待っていたかのように、人影が大きく前に迫り出してきた。

「やあ、本当に一人で来てくれたんだね。」
 そう言いながら、青年は冷たい笑いを浮かべた。
「一人で来いって脅迫状を送りつけたのはそっちでしょう。」
 あかねはきっと見据えながら言った。
「そうでもしないと、君は素直にここまで降りてきてくれなかったろう?」
 リーの瞳が怪しく光り始めた。
 暗闇で光る瞳など見たこともない。

「体が…。また、動かない…。」

 あかねは己の動きが封じられたことを察した。
 今度は前と違って、ロボットを使った磁場の混乱ではないらしい。それが証拠に、周りの空気に異変はなかった。

「実はあの時の話には続きがあるんだよ。あかねさん。」
 動かないあかねを前に、リーが軽く微笑みながら瞳を差し向けた。
「つ、続きですって?」
 少しでも体を動かそうと、力をこめる。だが、ピクリとも手も足も体も動かすことはかなわなかった。
「そんなもの聴きたくはないわよっ!」
 強い言葉をあかねは吐き返していた。
「いいえ…。聴いて貰わねば、先へは進めませんからね…。君だって、何で自分がここへ呼びだされたか、理由を聞きたいでしょう?」
 リーはゆっくりとあかねの方へ歩み寄った。
「あの時は邪魔が入ってしまって、半分も僕の真実を伝えることはできませんでしたからね。…。前にも教えたとおり、僕の体の半分は「オリジナル」ではない。そう、あの混乱の中でえぐられたんですよ。連邦軍の救助隊によって助け出された僕は、辛うじて一命を取り留めました。その後、己の細胞から培養して、自由に動く手と足、そして内臓や右目を再生したんです。」
「クローニング技術…。それを使ったのね。」
「ああ…。そうです。事故や怪我で失われた己の体の修復に使うことのみ許された生命組織再生技術…。クローニング。」
「その技術を己の体に施したっていうのね。」
 あかねは動かぬ身体を目いっぱい広げて、リーを真正面から睨み付けた。
「ふふふ…。君も調べたろう?僕の専攻は、考古学や遺跡学などではなく、本来は「生体組織学」だからね。それも、マクロな意味での専攻学はクローン技術だ。」
「十八番(おはこ)のクローン技術だから、己に施すのも訳はなかったってことなのね。で?…こんなことをして、あたしに何の用があるって訳?ただのお遊びにしては、度が過ぎるんじゃないかしら?」
 キッと鋭い視線を投げつけるあかね。手足は動かずとも、気後れは絶対にしていなかった。

「ここらで本題に入りましょう。何も、僕が応用したのは、己の体の再生ばかりではないんですよ…。」
 リーはにっと意味深な笑みを浮かべた。
「え?」
「まあ、百聞は一見にしかずってね…。これを見てもらえればわかるかな。」
 そう言いながらリーは、いつも傍に寄り添うように控えているロボット前に出した。
「ロボット…。それがどうしたって言うの?」
 リーが何を言わんとしているのか、その真意がつかみきれずに、あかねは怪訝な瞳を手向けた。
「こいつは、ただのロボットではないんです…。見てくれは角ばった機械に過ぎないけれどもね…。」
 そう言いながら、ロボットの背中の機具を、いじくり始めた。
 リーの連れているロボットは、二メートルほどの長身に、幅も横綱並のしっかりした箱型ロボットである。殆ど直線的な動きしかできない、いかにも、といった具合の代物である。
「ただのロボットじゃない?」
「ああ、そうです…。正確に言うと、ロボットの容姿はただの隠れ蓑。その目を見開いて御覧なさい。」
 パチンと音がして、ロボットの体が弾け飛んだ。

「そ、それは…。」

 目の前に現われた物体に、思わず息を飲んだ。ぎょっとしたのである。

 ロボットはただの隠れ蓑。そう言ったリーの言葉が即座に理解できた。
 ロボットの胎内から、瑞々しい人間の肉体が現われたのである。頭や体にいくつもの電極が巻かれ、ロボットと一体化してた人間。それも、女性であった。
 隠れ蓑だったロボットの上体がもぎ取られると、ゆっくりと女性は目を見開いた。その光は虚ろで、視点定まらず、空を見詰めている。
 その顔には確かに見覚えがあった。

「リー博士っ!あなたまさか…。」

「そう、ご察しのとおり、クロノイドです。」

 リーの声が高らかに響き渡った。



つづく





用語解説
クローニング技術
 クローン(複製)を作る技術をさすのが本来の意味らしいです。
 クローンを作る技術を応用して、医療に役立てる。この作品ではそんな意味にて使っています。

クロノイド(複製人間)
 これも本来の意味があるようですが、クローン技術で生み出された、オリジナルそっくりな人間(またはそれに類するもの)という意味で使っています。
 生命倫理の観点から、この作品の時代でも、いかなる人間も医療治療という目的以外で複製人間を作ることは禁止されています。
 今後の作品の展開でクロノイドに関しては続々と出てくる予定です。
 元々、ベースに敷いている、私の古いオリジナル作品がクローン人間の話だったもので…。


 本作で出てくる、SFやクローン関係の用語は一之瀬オリジナルの発想による用語展開ですので、ご容赦をば。(間違っても引用しないでくださいませ。赤っ恥かきますぜ。)



おまけ
 いつも外で任務に就くときは、あかねちゃんと一緒に風呂に入りたがる乱馬は、健康的な男です。
 本人の脳内答弁によると、石鹸の泡と匂いに包まれるあかねちゃんが溜まらなくかわいらしいそうで…。一緒に泡にまみれると、癒されるのだそうな…。
 ただのスケベ親父やん、それ…。

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