◇闇の狩人 再臨編


第五話 ゴースト


一、

 ワンダーホース号から運び出した探索のための機材は、すぐさま、最下層へと下ろされた。
 玄馬が言うように、かなり小型ではあったが、性能は抜群だった。

「へえ…。連邦の東(イースト)に関係機関にこんな優秀な探索装置を組み立てられる技術者が居るんだなあ。」
 その機械を目に留めたライン・クレメンティーがそんな感想を漏らしたほどだ。彼はどうやら、機械類のエキスパートらしく、しげしげと目で機械を眺めた。
「ライン。私たちは、転送装置をいち早く、完全に復旧させましょうよ。西(こっち)にだって、優秀な技術者が居ることを、知らしめて差し上げないと。」
 勝気なローザが鼻息荒く、兄を煽動した。
「そうだな…。いずれにしても、こんな小さな探索装置だけでは、この任務を履行し続けることは不可能だな。探索が終わったら、今度は掘削もしなければならないだろうし。掘削機は小型じゃあ、話にも何もならぬからな。」
 納得したらしく、クレメンティー兄妹は、それぞれ己の立場へと戻っていった。

「たあく、あいつらの頭には「褒める」っていう概念がねえんだな。」
 その様子を眺めながら、乱馬が吐き捨てるように言った。
「カリカリするな…。あやつらが言っていることにも一理あるじゃろうが。掘削機が持ち込めぬことには、下へと掘り抜くことは不可能じゃ。ここを建てた時の設備は、このまえの騒動の時に受けた、連邦軍第五艦隊の攻撃のせいで尽く潰えてしまっておるのじゃから。」
 玄馬が嗜めるように言った。
「第五艦隊のやつらめ。後先考えずに攻撃しやがって…。」
「尤も、あの攻撃を後ろで指揮した居たのは西(イースト)の司令官じゃけれどな。」
 玄馬は独りごちるように言いおいた。
「さて…。ワシらも任務に入るぞ。」
 そう、乱馬とあかねに声をかけると、探査機の接続作業に入った。
 玄馬も機械類の扱いには明るいようだ。彼の手にかかると、物の数分で探索装置が作動できるようになった。探索装置の末端部を、ユルルナ博士の持ち込んだ、コンピューターへと繋ぐ。コンピューターを繋ぐことは探査機の送ってくるデーターを読み解き、分析するのに必要なことであった。
 ブンッと音がして、コンピューターのディスプレイが空間へと立ち上がった。この時代のディスプレイは、最早、本体はなく、機械さえ持ち込めば、どこへでも立ち上げられる空間型になっていた。投影される画面がそのまま空間に立ち上がったようなものだ。
 ユルリナ博士が持ち込んだものは、かなり大きな画面に拡大できる優れものだった。なびきが良く使っている、小型のものとはスケールが違う。
 学者たちが数メートル離れても充分、覗き込むことができるくらいの大きさがあった。ちょっとした映像空間が、そこへと出来上がったのである。

「まずは、地面の下に空洞があるかどうか…。基本的なことから調べてちょうだい。」
「シー(わかりました。)。」
 玄馬はそう吐き出すと、手元の機類をカタカタやった。
 電送画面がちらちらと波打つと、ぱっと、サーモグラフィーのような画面へと転換する。
「等倍だと大きすぎますから、二十倍くらいに縮小させましょうか。」
「そうね、そのくらいが妥当かしら。」
 ユルリナの言に従って、玄馬はゆっくりと機械を動かす。
 画面いっぱいに、地面内の様子が映し出される。
「このポイントには空洞らしきは見当たりませんなあ…。」
「もうちょっと横へとずらしてみてくれる?」
「シー。」
 玄馬は器用に装置を動かす。
「何もないわねえ…。二十メートルやそこら下には、空洞などはないってことかしら…。この装置、どのくらい下まで見ることができるの?」
「ざっと五十キロは…。」
「ってことは、この星の向こう側まで探査できるってことかしら?」
 アンナケ星はたかだか直径が二十キロの小さな衛星である。
「お望みなら。」
「勿論、お望みよ!!」
「シー。」

 こうやって、最下層の地面から、反対側までを丹念にデーターが集積され始めた。



 乱馬とあかねは、玄馬の横から、彼の集積する様子をぼんやりと眺めて居た。
「あんたのお父さんって、結構やるじゃない。」
「まあな…。あの分析能力は大したものだと、俺も認めてるよ…。だが、あんの野郎。結構姑息だからな。コロッと騙されねーようにしないと…。」
「え?」
 乱馬は意味深な言葉をあかねに並べた。
「人の心理を逆手に取って騙すことにかけちゃあ、東(イースト)一かもしれねえ…。あいつの二枚舌に俺なんか、何度も鎌をかけられっぱなしだからな…。」
「そんな癖のある人には見えないけど…。」
「そう思わせておいて、ザクッと裏切りやがる。見事なもんだぜ…。俺なんか、ガキの頃から、何度騙され続けて今日まで生きてきた事か。」
「そうなの?」
「ああ、そうなんだ!!」
 相当、煮え湯を飲まされて経験があるのだろう。父親を見詰める乱馬の目は、かなり厳しく、鋭いものであった。
「あの狸親父め!だいたい、てめえの親父と結託して、俺をおまえんちの会社へ寄越したのも元はと言えば、親父の巧みな話術に乗せられちまったってところにあると思われるしな…。」
「はあ?」
「あ、まあいいや、この話は…。」
 乱馬が中途半端に言葉を止めたものだから、あかねが怪訝な顔を手向けた。
「その言い様だと…。あんた、お父さんに騙されて家に来たような感じじゃない。」
「もういいよ。過去の話だし。…今更愚痴口言ったって始まらねえし…。別に、今は現状で満足してっからよ。」
 乱馬の言い方が気になったが、そこで会話は途切れた。

「こら、おまえらっ!話し込んでないで、解析したデーターの取り込みと、記録作業に集中しろっ!!」

 玄馬の檄が横から飛んだからだ。

「あ、はい!」
 あかねがその声に慌てたものだから、たまらない。
 インストールのスイッチを間違えて、デリートスイッチへと手をかけてしまった。

「あ、こらっ!馬鹿っ!それはデリートスイッチだっ!」
「え?」
 乱馬が慌てて、横から止めに入ったが、時遅し。あかね人差し指は、迷うことなく、赤いボタンへと触れてしまっていた。

 「デリートボタン」。言うまでもなく、削除ボタンだ。

 それまで、機嫌よく、探査機から送られ続けていたデーターは、プツンと音を発して途切れてしまった。いや、それだけではなく、ディスプレイ画面も真っ黒になった。

「たくうっ!何やってんだっ!!てめえはっ!!」
 思わず声を荒げた乱馬。
「ご、ごめんなさいっ!!」
 焦ったのはあかねだった。
「今まで、集積したデーター、保存前にお釈迦になっちまったじゃねえかっ!!」

 明らかな異常に、周囲の学者たちは、発する言葉も失っていた。
 あかねの大失態である。

「大丈夫…。こういうこともあろうかと、ちゃんと、バックアップは取ってあるよ。」
 背後から、澄んだ声が響いた。
「リー君…。」
 ユルリナ博士が声をかけた。

「こういうこともあろうかとね…。こいつの端末にも、電極を繋いでおいたんだ。」
 そう言いながら、ロボットを差し出した。リーの傍に常に居る、木偶人形であった。

「い、いつの間に…。ロボットへデーター転送をかけてたんだ…?」
 玄馬が驚いたほどである。
「さっきね。気が付きませんでしたか?」
 リーはにっと笑って見せた。不敵な笑顔だった。

「油断のならねえ奴だな。」
 乱馬はあかねの傍で吐き出した。
 そう。巧みにリーは玄馬の転送したデーターを己の機械の中へと取り込んでいたのだ。それも気付かれずに、一瞬のうちに。ある意味、盗み出したのと同じような行為だ。

「あ、失礼。勿論、非礼は詫びます。データー転送が無事に運ばれれば、すぐにでも消すつもりでしたから…。」
 そう言いながら、リーは、ロボットの背中から小さなマイクロチップを取り出した。
「これに、今のデーターは全部集積されている筈です。」
 そう言って、責任者のユルリナ女史へと差し出した。
「ありがとう、リー君。データーを横から勝手に取り込んだのは、あまり良い行為じゃないけど。まあ、今回はあわや、やり直しが、回避できたんだから、良しとしましょうか。…今度からは、必ず、前もって言ってからバックアップなさいね。」
 やんわりと釘を刺しながら、ユルリナ博士が言葉をめぐらせる。

「あの…。ごめんなさい。あたしの不注意で…。」
 あかねは素直に己の失態を詫びた。
「いいよ、誰にだって失敗の一つや二つはあるものさ。」
 リーは細い目を更に細くしてあかねを見詰めた。


『ホント、天道さんは失敗が多いのだから…。学生時代から全然変わってないわね。っていうより、進歩と言うものを知らないのね。』
 嘲るような声がまた、背後から響いた。
 ローザ・クレメンティーの声である。
 彼女自身が足を運んできたわけではなく、通信網が開いたようだ。別の画面が立ち上げられ、オペレーションルームから、こちらへ向かって語りかけているのが見えたのである。
 
『あなたって、昔から味噌っかすだものね…。気をつけないと、この探査自体が出来なくなるわよ。反省報告書の一つでもきっちりと書くべきね…。いえ、必要と有れば、この探査作業から、降りてもらったほうがいいかもしれないわね。』
 ローザは嘲るようにあかねをののしった。

「言いすぎじゃねえのか!」
 そう食って掛かろうとした乱馬を玄馬が、がっと押さえ込んで制した。
「おまえが出るとややこしくなる。」
 目がそう言っていた。
 その傍らで、あかねはずっと俯いたままだった。
 いくら、ローザのものの言い方がきつくても、失敗は失敗だ。
 厳しい声が差し向けられても仕方がない。そう思っていた。

『ローザ、いい加減にしておけ。俺たちは、失態の弾劾のために通信網を再開したわけじゃないだろう?』
 ローザの後ろ側から、兄のラインが制しに入った。
 兄に諭されて、ローザは渋々、ポジションを兄へと譲った。
 ローザに代わって、全面に映し出されるライン・クレメンティー。その顔はローザ以上に誇りに満ちていた。

『それより、皆さん、朗報です。転送装置の修理が終わりました。これから試運転しますが、恐らく、問題なく作動できると思います。』
 オペレーションルームからラインが語りかけた。
 
 最下層に居た者たちの間から、おおっと歓声が上がった。

 誰もがその声に、あかねの失敗など、吹き飛んでしまったようだ。

「たく…。嫌味なほど、タイミングの良い兄妹だぜ…。」
 乱馬は誰にも聞こえないくらいの声でそう吐き出していた。



二、

 転送装置は、ゼナの奴らがこの星に残した置き土産であった。
 この星のあらゆる施設へと張り巡らされ、ミュー因子を持つ者を捕らえ、己の陣地へと輸送するために、建設時から巧みに据えられていたのだろう。
 勿論、星間転送は夢のまた夢であったろうが、人体を別の物質へと組み替え、瞬時に電送する装置は、理論的には成り立つほど、化学の発展はなされていた。
 地球連邦政府の研究機関でも、開発は進められていたが、実用まではまだ程遠く、人体を使って実験することすら禁じられていたので、せいぜい、研究室の中だけでの「物質輸送機能」くらいであったが、ここの設備はそれをはるかに凌駕していたのである。
 ゼナの連中には、連邦政府の抱えているような「人体実験はできない」という柵がない。だから、開発も進んでいたことは容易に頷ける。
 まだ奴等も星間転送まで着手するには時間がかかるだろうが、この小さな星に張り巡らされた「転送装置」は、それだけでも目に見張るものがあった。
 何のためにこのような設備を作っていたのか。
 それはゼナの連中の欲する、ミュー因子を持つ人間を拉致し、輸送することに本来の目的があったようだ。
 アンナケ星は、バレル財団が開発した、一大リゾート施設であり、ここから、たくさんのミュー因子を持つ者たちがゼナへと送られていた形跡があった。喉元から出るほど欲しい、ミュー因子保有者を一堂に集め、「結婚式」を餌に、一大陰謀が行われた三年前。式場となった部屋から、この転送装置を使って、宇宙艇へと集められ、輸送される手筈が整っていたのだ。それを阻止したのが、乱馬たち、地球連邦のエージェントであった。

 とまれ、転送装置が復活できるということは、あらゆる場所へと、大きさを問わずに機材を一瞬に転送できるということは、調査団にとっても有利なことには違いなかった。
 学者たち、調査団の連中が、ラインの報告に浮き足立ったのも理解できた。
 無論、連邦では禁止されていた人間の転送は一切行わないことで、この場で使用する、暗黙の了解はできていたが。


『さて、転送装置のスイッチを入れます。』

 画面に映し出されたラインは、誇らしげにそう言って見せた。


「たく、もったいぶらないで、さっさとやりやがれ。」
 乱馬は面白くないらしく、思わずそんな言葉を吐きつけていた。
(たく、こいつの西(イースト)嫌いは筋金入りじゃなあ…。)
 その傍らで、玄馬が、苦虫を噛み潰した顔で、息子を見詰めていた。

 さんざんもったいぶった後で、ラインはおもむろに、手にしていた転送装置の電源を入れた。

 ブンッと音がして、転送装置が蠢いた音が画面を通じて聞こえてきた。

『転送スイッチを入れました。何か、ご希望の物質をそちらへ転送してさしあげましょうか?』
 微笑を手向けながら、ラインが最下層の人々へと問いかけた。

「そうね…。その辺にある機械類でもこっちへ転送かけてちょうだいな。」
 ユルリナが指示した。

『ローザ。』
 後ろ側に控えていた妹に、ラインは合図を送る。
『この、小型ライトをそちらへ送ってみます。…転送先は、その部屋の片隅。そこのリー博士のロボットの後ろ側にある、スクエア型のダクト。それが、どうやら、転送装置の本体と繋がっているようです。』

 ローザの声に、一同、リー博士の後ろ側を見た。
 血の痕が残る床面の途切れた辺りに、そのダクトはぽっかりと下方を向いて据えつけられていた。ちょっと見れば、排気口のようなステンレスの造りだ。

「これが…。転送装置?」
 リー博士が興味深々にそれを見上げた。

『危ないから、真下には立たないでください。恐らく、下から転送を和らげるマットか何かが出てくる仕組みだと思います。』
 ラインがそう声を発した。
『良いですか?行きますよ…。』

 再び彼は、手元のスイッチを捻った。

 グオン!

 その行動に反応するように、リーのすぐ傍のダクトから音が滑り始めた。

 唸り音が辺りに響き始める。一同は固唾を飲んで、じっと転送装置らしいダクトを見守り続けた。

 と、一段と大きな音が唸り、何かが吐き出されたように、現われたような気がした。大きな物が、幾重にもドサドサと落ちて来る。そんな音が響き渡った。


「なっ!何っ!!」
 一番近くに居た、リーが最初に声をあげた。

 その声に反応するように、一同の視線が凍りつく。

 乱馬は異様な光景に、思わずあかねの身体を己の方へと引き寄せた。

 転送装置から現われたのは、ラインが送った「小型ライト」だけではなかったのだ。
 折り重なるような人体が、次々と浮かんでは、床に重なって行く。
 そのどれもが、結婚衣装を身にまとい、あたかも、生きた人形のような輝きがあった。
 どのくらいの時間、転送装置から、人体が吐き出され続けたのだろうか。
 ようやく、転送装置の動きが止った時は、ざっと見積もっても、数十体の人体がそこへ折り重なっていた。

 機械が止ったことを確認すると、一番近いところに居たリーがそれらの人体の傍へと駆け寄った。そして、確認するようにじっと眺めたり、脈を取ったりする動作をした。

「死んでる…。」

 彼は、たった一言、呟くように言った。
 その言葉に反応するように、その場に居た者たち全てが、ざわつき始めた。
 当たり前である。何の前触れもなく、いきなり転送装置から人体、それも数多の遺体が現われたのだ。驚かない方が無理だろう。
 どの遺体も傷一つなく、幸せそうに息絶えている姿が、生々しかった。

『きっと、あの事件の折に、行方不明になっていた人たちの亡骸(なきがら)だろうな…。』

 転送装置を動かしたラインが、苦笑いしながら、その様子をモニター画面から見据えていた。

「そうね…。あの事件に連座していた人たちの中には、未だに行方不明になってる人がたくさん居るわ。」
 ユルリナも苦い顔をしながら、遺体を見詰めた。
「恐らくずっと、出口のない電送空間を彷徨っていた遺体たちが、転送装置のスイッチを入れられたことによって、再び、肉体を取りもどし、出て来たんだろうな…。気の毒に…。」
 クリスチャンなのだろうか。リーは胸の前に十字架を切った。
 それに習うように、一同は遺体たちに、それぞれの流儀で、軽い祈りを捧げる。
 異様な雰囲気に包まれた最下層。
 折り重なるようにして倒れる遺体の下は、まだ消えぬ血糊がべっとりと床に張り付いている。その光景が、何とも象徴的だ。

 あかねは黙って乱馬の腕の中に抱き止められていた。
 顔面は蒼白になり、言葉を失っていた。
 自分たちも吸い込まれそうになったあの忌まわしい転送装置。
「転送装置は一度破壊され、止っていたし、三年もの間、連邦政府からも見放された廃墟だったからな…。亜空間を彷徨っていた人間が、ずっと今まで生還できなかったのも頷けらあ…。」
 あかねを抱きしめながら、乱馬は小さく呟いていた。勿論、女の形なので、あかねをすっぽりと抱きしめることはできない。それでも、あかねを労わりながら、傍に立っていた。



三、

 その後、遺体たちは一つ一つ、丁寧に地上へと運び出された。
 腐敗せぬように、設備技術者のクレメンティー兄妹が簡易冷凍庫を作り、そこへ安置させた。
 どの遺体も、結婚式場から拉致され、そのまま、電送空間を彷徨っていたのだろう。それぞれ工夫凝らされた豪華で美しい花嫁姿、花婿姿の者ばかりだったのが、尚更に「無常」を感じさせた。
 人生の絶頂期に犠牲になった人々。
 連絡を受けた、連邦宇宙局の役人が、近くの基地から遺体を引き取りにやって来て、柩に移し、また飛び立って行くだろう。


「たく…。クレメンティー兄妹め…。厄介な装置を復活させやがって…。余計なおまけまでくっついてきたじゃねえか…。」
 ここはセントラルタワーのホテル跡の一室。
 一日を終えて合流したなびきとナオム、そして九能と玄馬を前に、思わず苦言を吐き出した乱馬。
「あら…。いつまでも、あの遺体たちが、出口のない亜空間を彷徨い続けていた方が良かったとでもあんたは言いたいの?」
 冷たいわねと言うような顔をなびきは手向けた。
「そうは言ってねえ…。いずれは、光の世界に戻してやらなければならなかったんだろうが…。」
「だったら良いじゃない…。」
 なびきはあっさりと言った。
「ま、元々、あの装置を壊したのはあたしや九能ちゃんだったんだけどね…。」

「お、おいっ!滅多なことは言うなよ!ここはゼナの連中が監視下に置いてたホテルの部屋だぜ?」

 乱馬が慌てて制した。
 そうだ。ゼナの連中が花婿、花嫁たちを監視下に置いて、寝屋まで観察していた場所である。どこに盗撮や盗聴の装置があるとも限らない。

「あら、大丈夫よ。一日、あたしが何もしないでここに居たとでも思ってた?乱子ちゃん。」
 思わせぶりになびきが答えた。
「ちゃんと、盗撮装置も盗聴装置も全部、見つけ出して取り外したわ。…尤も、使ってない隣りの部屋へ繋いであるっていうのが本当なんだけど。…あんたたちの使ってる部屋のも外しておいたからね。」
 そう言いながら、にっと笑ってみせる。
「たく…。さすがと言うか、手筈が早いな。」
 乱馬はほおおっと息を吐き出した。
「やってくれたのはナオム君よ。なかなか器用なんだから、彼。」
 そう言いながら、なびきはナオムへと視線を差し向けた。
「ナオムのガキがねえ…。」
「あかねよりもずっと器用よ、この子。」

「ばっ!あいつの不器用は特別だ!一緒にすんな!」

「それって、褒めてんの?けなしてんの?」
 なびきはからからと笑い出した。

「冗談はさておき、あかねは?」
 なびきは乱馬へと視線を巡らせた。

「部屋で寝てるよ…。あの遺体の数には度肝を抜かれたんだろうな…。」
 乱馬はふっと溜息を吐き出しながら答えた。
「そうよね…。直接手出ししてなくても、間接的にあの闘いに巻き込まれてしまった人たちが殆どなんだものね…。」
 なびきが真顔になってそれに対した。
「やっぱり、あの宇宙船に転送かけられてた奴等の亡骸だったんだろうか…。」
 乱馬は手を前に組んで、親指を咥えながら吐き出した。
「そう見るのが自然でしょう?他の積み出しステーションへ向かっていた転送装置は回路が無事だったんだから。そこから大勢が生還してるわ。記憶は何もなかったようだけど。」
 なびきが答えた。
「ああ、連邦政府の極秘書類にも、その辺りのことは書き込んであったな。…メインゲート、つまり、あの最下層にあった転送装置だけが異常をきたし、そこへ送られていたと思われる約百名は行方不明になったと…。いや、戦闘で回線が壊れたとも考えられるし、そちらの行方不明者もいたろうから、あの転送装置だけの犠牲者は、今回出てきた仏さんが殆どを締めるのだろうが…。」
 九能が補足するように答えた。
「今頃、連邦政府から送られてきたデーターと照らしあわされて、身元確認なんかが進められてるんでしょうけどね…。あーあ。これで任務完了が数日は遅れたわね。」
 なびきはそっちの方がきつかったのか、最大級の溜息をその場に吐き出して見せた。

「連邦政府からのデーター照合作業ねえ…。それにしても…。あのリーたらいう科学者。ふざけやがって!」
 小型探査機から送られて来たデーターを、横から掠め取っていたことを、連鎖的に思い出してしまったのだ。乱馬は思わずそんな言葉を吐きつけていた。
「あら…。少しでも小賢(こざか)しい知恵がある人間だったら、だれでもやることだと思うわよ。それに、あんたたちクルーの処理能力が最初から信用されていなかったら、余計にね。」
 なびきが突き放すように答えた。当然よと言うような物言いだ。
「俺たちの解析能力に信頼がなかったってか…。」
 乱馬はムッとしてそれに答えた。
「現に、あかねはデリートやっちゃったんだし…。作業やり直しにならなかっただけ良かったって思わないとね…。それに、あのデーターを横から盗んでいたのは、何も、リー博士だけではないわよ。」
 なびきは、にたあっと笑った。
「あん?…おい、まさか、てめえ…。」

「収拾可能なデータはどんな些細な事でも見逃さない。諜報エージェントの鉄則だ。」
 九能が横から偉そうに茶々を入れた。

「てめえら、いったい、どうやって離れた場所からアクセスしたんだ?」
 あんぐりと大口を開いていた乱馬が言った。

「ふふ、こちらの手の内を明かすほど、馬鹿じゃないわよ。ね?九能ちゃん。」
「ふん、当たり前だ。」
「はっはっは…。いずれにしてもどんなことでも情報は掻き集める。諜報戦の鉄則じゃ。乱馬よ、貴様も見習わなくてはならぬなあ。」
 玄馬が愉快そうに笑った。
「末恐ろしい奴等だぜ…。」
 やっぱりなびきは敵に回したくないと、思った乱馬だった。
「おい…。まさかと思うが…。連邦政府から送られてくる、死体情報に関するデーターなんかも、ぱちってるんじゃねえだろうな…。」

「ちゃんと、浸入して落としてますよ。」
 今度はナオムがすまして答えた。手に小さなマイクロチップを持っている。

「な゛っ…。」
 乱馬はナオムを見返した。

「ふっふっふ…。ナオム君ってどっちかというと、諜報エージェントに向いてるわよ。一度教えたら器用にこなすのよ。たのもしいわよ。」
 なびきが愉快そうに笑った。

「お、おい!そんなこと、連邦政府の連中に知れたら…。」
 思わず声を荒げると
「構わん。あっちだって、いろいろ影ではごそごそ改ざんしたり、嘘情報を流したりしておるのだからな…。」
 九能が即座に答えた。
「お、おいっ!良いのかよっ!中央の諜報部員がそんなことを平気で言って。」
 乱馬が慌てたほどだ。
「ま、こちらへ垂れ流してくる情報なんて、大したものはないから良いんじゃないの?それより…。連邦政府の「マザーI」にアクセスして、面白いデーターを見つけたわよ。」
 なびきがふふんと笑った。
「面白いデーターだあ?」
「ええ…。とってもね。」
 なびきは意味深に笑って見せた。



つづく





マザーI
連邦政府の使っている、スーパーコンピューターの総称。その処理能力は膨大で、かつ、優れた人工知能も持っている。その構造や設計などの全貌は謎に包まれている。と言う設定です。このシリーズにどう絡んでいくかは多分、今後に少しずつ明らかになるかと…。

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