◇闇の狩人 再臨編


第三話  気配


一、

 暗がりの中、遭遇した女。
 調査団のスペーススーツを着用している。特殊布製でぴったりとフィットした銀色ベースのスーツは、余計な生肉一つない、見事なプロポーションのラインを映し出していた。

「運送会社の人間が、こんなところまで足を踏み入れるなんて…。」
 乱馬たちにそう語りかけてくる顔には見覚えがあった。

「あなたは…たしか、昨日のレセプションでマイクを握っていた…。」
 乱馬が間髪入れずに返事を入れた。

「あら、記憶力が良いのね…。そうよ、私はユルリナ・メイズよ…。お嬢ちゃんたち。」
「ユルリナ・メイズ…さん。そっか、確か、ウイリアム教授の助手をしていた…。」
「そう、考古学が専門のしがない女研究家。よろしくね。」
 ユルリナはそう言ってにっこりと微笑んだ。
 確かに胸元に光る、認識プレートには「ユルリナ・メイズ」と書かれていた。
「えっと…。俺は乙女乱子、それから、こっちは天道あかね。二人とも、天道運送会社の所属です。」
 そう言いながら、乱馬が己たちの身分を明かした。勿論、胸の認識プレートには、各々の名前と所属が浮かび上がっている。
「あら…。エウロバから機材を運んでくれた、運送会社のクルーがお嬢さんたちなのね。」
 ユルリナはそう言いながら人懐っこそうな笑顔を手向けてきた。
「でも…。何故、一介の運送会社のあなたたちが、こんな地下深いところへ?」
 不思議そうな瞳が乱馬とあかねの上に注がれた。
「あ…。いえ。早く目が覚めたんで、二人でタワーを気の向くままに散歩していたら、迷っちゃって…。」
 乱馬は口から予め用意していた出任せを言った。
「ふーん…。もしかして出口を探して歩いているうちに、ここへ辿りついたってわけなの。」
 ユルリナは腕を組んで二人を見比べた。
「は、はい…。機材を入れるのに、散歩しつつエレベーターとか電源とかチェックしとこうと思って。」
 乱馬は、これまた、用意していた言い訳を口にした。あかねは、目の当たりにした悲劇の血痕に、肝を抜かれてしまったようで、ただ、無表情に黙り込んでいた。
「感心ねえ…。若いのに仕事熱心だ事。」
 ユルリナは感心して見せた。
「で、そっちの髪の毛が短いお嬢ちゃんは?さっきから黙り込んでしまってるけど…。」
 あかねを流し見た。
「あ、こいつ…。おびただしい血の痕を見て、卒倒したんでしょう。こういうのに慣れてないから。」
 乱馬はそうフォローした。
「なるほど、血糊を見て、驚いたってわけね。」
「え、ええ。まあ、そういうことにるかな。」
 乱馬は咄嗟に作り笑いした。
「こういうものは見慣れていても、肝を抜かれるものだからね…。」
 そう言いながらユルリナはゆっくりと乱馬たちの方へ歩いてきた。
「見慣れてるんですか?」
 乱馬ははっとして彼女を見上げた。
「まあね…。私は医者の資格も持ってるから…。あっちの現場じゃあ、血なんか日常茶飯事に見てるでしょう?」
「ああ、なるほど…。医者と考古学者の二束のわらじですか。」
「正確には外科医だったからね、血ばかり見て辟易していたので、考古学者へ鞍替えしたってね…。にしても、何があったのかしらね…。ここで。」
 そう言いながら辺りをしげしげと見回した。
 目に見える範囲には、広く血の痕が残されている。
「さあ…。俺たちも初めて来たからさっぱり…。」
 勿論乱馬は嘘を吐き出す。
「いずれにしても、これだけのおびただしい痕跡だもの。大量殺戮があったことだけは確かね。一人や二人の血の量じゃあないわ。」
 ユルリナはすっと壁にべっとりとついた血へと手を伸ばした。洗われるように血痕が壁一面に塗りあがっていた。
「きっと洗っても消えなかったのね。」
 ユルリナが笑った。
 その殺戮の主人公がここに居たが、勿論、乱馬はおくびにもそんなことは出さなかった。


「ユルリナ博士、で、あなたは、ここへ何をしに?」
 乱馬は話題を転換させて、ユルリナに質問を浴びせた。これ以上、この話題を続けるのが、正直居た堪れなかったからだ。あかねの心が血糊を見て、激しく動揺しているのが伝わってくる。
「私?事前調査よ…。それ以外にはないわ。」
 ユルリナはそう言って笑った。
「調査…ですか?」
「ええ…。裏からの確かな情報に寄るとね、この下辺りに、遺跡が隠されているんじゃないかって…。」
「遺跡…。今回の研究調査団の目的の古代遺跡ですね…。」
 ユルリナの顔はこくんと揺れた。
「連邦の資料に寄ると、三年前にここで事件が有った時、この下に開けていたという「穴」に落下して、遺跡を発見した者が居るらしいわ…。しかも、先頃、地球の海底で見つかった遺跡と良く似た文様の遺跡を見たって情報があってね…。どうも、彼が見たのはこの場所らしいっていう報告だったから、確かめにきてみたの。」
 ユルリナは隠すことなく乱馬たちに説明してくれた。

「へえ…。こんなところにそんなたいそうな遺跡があるんですか…。なるほど、それで俺たち運送会社の人間まで狩り出されたってわけか…。で、見つかったんです?その穴って奴。」
 わざとらしく、言葉を巡らせながら乱馬は問いかけてみた。
 ユルリナは首を横へ振りながら言った。

「いいえ…。それがね、見つからないの。ここで何かがあったことだけは確かなんだけれどね…。」
 女学士はそう言いながら、床を叩いた。
 だが、そこは硬い床。空洞の音すらしない。
「何でそんなことがわかるんです?」
 乱馬は鎌をかけてみた。
「感よ…。」
 ユルリナはそう言いながらふっと笑った。
「感…。」
「そう、感。研究に於いても、発掘に於いても、最後に物を言うもの…。これだけの血の痕があるのも、変でしょう?」
「ま、そうですね…。この星の惨劇は処理に来た仲間が正視できなかったって言うほどだったらしいですけどね…。」
 乱馬は己の記憶を巡らせながら、つくろって言った。
「何人死んだって言ってたかしらね…。行方不明者も多々有るって聞いたわ。この血もそんな犠牲者のものなのかもしれないわね…。」
 ユルリナはふふっと謎の微笑を浮かべた。


「ま、機材を投入してみれば、わかるわね。遺跡への手がかりがきちんと有るのかないのか。本当に、連邦宇宙局が提示した「沈黙の女神」の遺跡が、この小さな衛星にも存在するのか。」
「沈黙の女神?…ですか?」
 聞きなれぬ言葉に思わずきびすを返した。
「ええ…。地球の海底で眠っていた女神の像にそう言う名前が付けられたの。何万年も何も物語らず、朽ちることもなく海水の中に沈んでいた女神像をね…。」

 女神像が発見されたということも、乱馬には初耳だった。
 己が与えられたのは、なびきに見せられたテレビ番組の録画だけ。羽を持った豹の像は見たが、女神像は映っては居なかった。

 連邦は、いろいろな機械を投入する予定ではあるらしかった。
 九能の情報からこの場所を導き出しているのなら、ここへも早速大きな機材が運び込まれるだろう。恐らくその下見に彼女が赴いたのだろう。乱馬はそう理解した。

 
 
「メイズ博士。」

 背後から別の声が響いた。
 今度は男性の声だった。

「随分、探しましたよ…。ここにいらっしゃいましたか。」
 男はユルリナを見つけて、微笑みかけた。

「リー君。あなたも来たの?」
 ユルリナは男へと顔を巡らせた。
「ええ、この最下層は遺跡発見の最有力な候補ポイントですからね。」
 そう言って人当たりの良さそうな顔が笑った。
 短い黒髪。銀縁の眼鏡の奥に揺れるダークアイ。浅黒い肌色。彼がアジアンであることが伺える。
 彼の後ろには一体のロボットが控えていた。アンドロイド型をしていたが、見るからに「機械体」と判るほど角張っていた。
「リー君はどう思う?かつて、ここで罹災した被害者証言から書かれた報告書には、地面に亀裂が走り穴がぽっかりと開いていたというのだけれど…。」
 ユルリナはリーへと顔を巡らせた。
「でも、この前の事前探索衛星の報告ではそんな穴などなかった。そして、今、ここへ立ってみても、そんな物は見当たらない…。ってことですか?メイズ博士。」
 リーの顔がユルリナを見据えた。
「ええ…。見渡した限りでは、この床に穴の痕跡もない。人為的に閉じたとは考えにくいし…。」
「何か強い超力が働いて閉じたかもしれない…ってことですかね。…尤も、地球の海底遺跡も、あのバミューダ海域から発見されたものですから…。」

「バミューダ海域だって?」
 乱馬が思わず声を上げた。
 リーは乱馬を流し見ながら言った。
「ええ…。遥か昔から、船や飛行機が遭難したあの海域です。知りませんでしたか?」
「知るも何も、俺は地球空域所属の人間じゃねえしな…。ふーん…。バミューダー海域から見つかったんだ。その古代遺跡。」
「発見された時も偶然だったそうです。表向きには先頃の海底探査で見つけられたことになっていますがね…。」
 少し意味深な物言いでリーは乱馬へと説明してくれた。暗に、もっと以前から目星は付けられていたか、痕跡を発見していたかのような言い方だった。
 もっとも、地球のテレビ番組で取り上げられたくらいだから、もっと奥深いところまで研究が進んでいると見た方が自然であろう。
 ますます「きな臭さ」を覚える乱馬であった。

「で、具体的にどうします?メイズ博士の見解は?」
 リーは話題を元へと投げ返した。

 ユルリナはじっと考えこみながら言った。

「まあ、調査機材をここへ持ち込んで、空洞や建造物がこの地下に存在するかどうか調べてみるのが一手でしょうね…。レーダー装置を使えば、土の下の様子もわかるでしょうし、この星自体、大きいものではないから、雲をつかむような作業ではないでしょう?」
「ええ、確かにそうですね…。たかだか直径が二十キロあるかないかの小さな衛星ですから。問題は、大掛かりな機材をどうやってここへ入れるか…。ですね。」
「そうなのよ。エレベーターの重量に耐えられるかどうか。数年間置き去りにされていた、ここの施設がどれだけ耐えられるか…。」



「その点ならご心配には及びませぬぞ。わっはっは。」

 考え込んだ二人の博士たちの後ろで、中年男の声がした。

 その声を聞いて、思わずしかめっ面になる乱馬。
 声の主は彼の父、早乙女玄馬であったからだ。


「あなたは?」
 ユルリナがはっとして声へと振り返った。

「天道運送会社の乙女玄馬です。」
 すかさずそう言って彼は胸にあった身分証明の名札を前に迫り出した。
「あら、この子たちの上司か何かかしら?」
 そう言いながら、ユルリナが声をかけた。
「ええ、そうです。」
 そう言って玄馬は大きく首を縦に振った。

「な゛っ!」
 その答えに思わず乱馬が反応した。そして、すすすっと父親の元へとにじり寄り、耳元へと囁きかけた。手には拳(こぶし)を握り締めている。

「て、てめえ…。いつの間に天道運送会社の人間になりやがった?で、その乙女玄馬っつーのは何なんだ?くぉらっ!」
「ふん!これも指令だからな…。その方が動きやすかろうというのでこうなった。」
「か、勝手なことを…。」
「勝手ではない…。元々おまえはワシの子でもあるのだからな!血縁者だぞ!」
「てめえ…。」
「身分証明書だって、乙女玄馬で発行してもらってるから、変えると怪しまれる。」
 勝ち誇ったように玄馬は乱馬を見返した。

「ちょっと、何やってるの?」
 あかねが二人を覗き込んだ。何か取り入ったことでも話しているのかと、好奇の目が二人に注がれている。

「あ、いや。こいつにな、この施設の中のどこかにある「転送装置」を探し出して活用すれば良かろうと言ったんじゃよ。ほら、連邦宇宙局の報告書にもあったろう?その…転送装置が仕込まれていて、それを利用すれば、ここへ機材を運び込むことも簡単ではないのかとね。」
 玄馬は真顔で言った。
「物質転送装置…。なるほど…。ここに巣食っていたバレル一族が使っていたという新型式の物質移送装置か。」
 リーがふんと腕組みしながら答えた。
「その装置の回線がここまで伝ってきていれば、エレベーターを利用するよりは容易く送還できるわね…。なるほど。」
 ユルリナも同調した。
「けっ!親父にしては冴えてると言いてえけど…。その「転送装置」ってのはどこにあるんだ?」
「さあ…。そこまでは調べておらん。」
 気の抜けた玄馬の答えに、乱馬はだあっと脱力して見せた。
「てめえな…。わかってっから、言ったんじゃねえのか?あん?」
「何、これから探せば良かろうがっ!」
 睨み合う早乙女父子。

「だったら、手分けして、その「転送装置」がここまで延びて来ているかどうか、探せば良いわね。」
 ユルリナが彼らの小競り合いを見ながら、笑った。



二、

「その必要はありませんわ!」

 また背後で声がした。
 今度は、透き通るような若い女の声だった。

「誰?」
 そう発したユルリナに反応して、その場に居た者たちは、いっせいに新たな声の方へと顔を巡らせた。

「ローザ…。」
 あかねの表情が険しくなった。
 そう、彼らの背後にローザ・クレメンティーが立っていたのである。

「物質転送装置なら、既に見つけましたわ。コントロールルームらしきものもね。」
 ローザは得意げに言った。

「ほお、それは仕事が速い。」
 玄馬が感心してローザを見返した。

「いただいた、この星のデーターを分析して、簡単に見つけましたわ。今、兄のラインがコントロールルームを探しに行ってますわ。それも、だいたい目星はついているから、間もなく、転送装置の稼動状況を把握して報告してくれると思いますわ。」
 ローザは鼻高々に言い切った。

「ちぇっ!嫌味なくれえ、迅速な動きだな…。」
 乱馬が忌々しげに吐き出した。

「あら、あなたがたとは腕が違いますの…。ほーっほっほ。」
 ローザは勝ち誇ったように高笑いを投げかけた。

「いずれにしても、仕事が速いということは、今後の作業にも有利になるからな…。遅いよりも良いことではないか。わっはっは。」
 玄馬はにっと笑って見せた。傍でむっとしている、乱馬への牽制の意味もあったのだろう。


 と、ローザの胸元のペンダントが赤く光った。

「ライン?どうそっちの状況は…。」
 ローザは通信機を取り出すと、ここぞとばかりに兄と交信を始めた。

『コントロールルームは抑えた。結構凄い装置がいっぱい並んであるよ…。連邦の民間施設じゃあお目にかかれないような分子分解転送装置なんかもな。精神誘導転送装置まであったよ。』
 微かにローザの通信機からラインの声が漏れ聞こえてくる。

「そんな装置の種類なんかはどうでも良い。ここに通じている物質転送装置はあるのかよっ!」
 乱馬ははっしとローラへ視線を流した。

『ふふふ…。あるよ。それも特大級のがね。どうやら、そこのセントラルタワーの最下層は重要な拠点だったようだね。どのパイプもそこへと延びている。』
 ラインが好奇心丸出しの声を張り上げた。

 乱馬は俄かに三年前の修羅場を思い出していた。
 確かに、最後、ここでアンナ・バレルとジョージ・バレルとやりあったのだ。彼らはあかねを連れて、連邦軍の第五艦隊が攻撃を始めたアンナケ星を脱出しようとしていたのである。最下層自体が宇宙艇として作られていた筈だ。
 だとしたら、全ての通信網や転送装置がこの最下層へ繋がっていることも頷けた。
 だが、彼や九能、なびきがこの最下層で、ゼナの奴等とやりあったことは、クレメンティ兄妹も、ユルリナもリーも知るところではないし、勿論、彼らに知られるわけにもいかない。
 乱馬は以後、黙ってクレメンティ兄妹の交わす通信を聞く方にまわった。

『誰かが壊してばらそうとした痕跡もあるな。』
 ラインは通信機の向こう側でそう呟きかけていた。
「ばらそうとした痕跡ですって?」
 きびすを返したローラへ、彼は言った。
『憶測に過ぎないけれど、証拠を隠滅しようとしたのか…。それとも、装置の稼動を阻止しようとした奴が居たのかもしれない。』
 ラインは唸った。
『すぐに復旧は無理だな。でも、見込みは充分ある。ありがたいことに途中でやっこさん、諦めたみたいで…。完全に装置がいかれたわけじゃない。…。とりあえず、電源を入れてみるから…。』
 そう言って通信が暫く途切れた。


「ばらそうとした痕…か。」
 乱馬は思いを巡らせた。
 そう、このコントロールルームへ潜入し、装置をいじりたくったのは、なびきであった。九能と共に、降りかかる禍を逃れながら、コントロールルームで装置を壊そうと試みている。
 あとからなびきに訊いた話だ。
 だが、装置の存在に、乱馬は何か隠微なものを感じ取っていた。
 傍のあかねはローザの出現に、すっかりと困惑をしきっているようで、ずっと押し黙ったままだ。
 ラクロスのハイスクール時代、何かが二人の間にあったのではないか。
 薄っすらとそんな予感も浮かんでくる。
 あかねはともかく、ローザの敵視の仕方は、露骨だと思ったのだ。あかねの性格は、人に妬まれるような陰湿なところは全く無い。人に好かれることはあっても、敵対視されることは、殆どないだろう。それを、あのローザという娘は、バリバリ、敵視してくる。その辺りが不思議でならなかった。
 だが、あかねのことだ。尋ねてみたところで、「忘れちゃったわよ。」と何も答えてはくれまい。


 ラインの腕を待つ間に、ユルリナとリーが、そこここ調べ始めた。
 床や壁、天井をくまなく見上げて、いろいろとディスカッションを進めている。


 数分も経たないうちに、ブンッと部屋全体が唸ったような音が聞こえた。

『今、電源だけ復旧させてみた。…どうだ?ローザ。』
 微かにラインの声が聞こえる。

「基礎電源が稼動したようよ…。」
 ローザが何か機具を翳しながら答えた。

 と、乱馬の隣りのあかねの表情が変わった。
「どうした?」
 思わず乱馬はあかねの顔を覗き込んでいた。
 あかねは何かに怯えるような表情を乱馬へと手向けた。
「おい…。あかね。」
 思わず言葉が荒くなる。

「ちょっとね…。基礎電源が入った瞬間に、何か嫌な気配を感じたものだから…。」
 とあかねが答えた。
「嫌な気配?」
 乱馬は不思議そうにあかねへと言葉を手向けた。


「ほほほ、天道さんったら。私たちの能力に嫉妬して、そんな戯言でも?」
 あかねの声が耳に入ったのだろう。ローザが舐めるようにあかねを見詰めた。

「そんなんじゃないの…。何か鬼気とした気配を電源の向こう側にふっと感じたの…。上手く言葉では言えないんだけど…。」
 唇は微かに震えているのが、乱馬にはわかった。必死で何かを堪えている。そんな感じがしたのだ。

「それはあれじゃないのかしら?人間の中にはたまに、普通は感じない微量な電波や磁気を察知できる能力を持つ者が居るから…。電源が入った時に、磁力か電極でも感じたんじゃないの?」
 ユルリナがあかねに向かって声をかけた。
「ああ、たまに居ますね。それがミューの力の根源だとも言う研究者も居ますが…。」
 リーがそれに続いた。

「天道さんにミュー的な能力でもあるというの?どうせ、動物並みの感覚を持っているだけでしょ?もしくは気のせい。くだらないわね。」
 ローザの口元が冷たく笑った。そんなことはあろうはずもないというような口ぶりだった。

 どうやらローザは現実主義的なところがあるらしい。
「それに…私は何も感じませんことよ…。電源が入って微音がしたくらいしか…。」
 嫌味な言葉が羅列される。
 絶対な自信を己に持っている、そんなローザの高慢さに、乱馬は思わずムッとなったくらいだ。

「そうよね…。気のせいよね…。」
 対するあかねは、己が感じた物を打ち消すように明るく笑いながら言った。
 乱馬には取り繕った笑いに見えた。

「ま、あなたが、気にせいだと言うのならそうなんでしょ。他の誰もそんな感覚を感じることはできなかったのだから…。」
 ユルリナはこの話はここで打ち切りと言わんばかりに言葉をかけた。
「それより…。探索装置、ここまでどうやって下ろしてこようかしら…。まだ、転送装置まで復旧ってわけにはいきそうにないものね…。」

「小型のなら、我が社保有のものがあるから、暫くはそれで調べてみて、転送装置が正常稼動できるまでの繋ぎにしてみてはどうですかね?」
 玄馬が口を挟んだ。
『我が社って…。親父…。そんなもの、俺たちは持って来てねえぞ。』
 思わず乱馬がこそっと玄馬へと声をかけた。
『アホッ!ワシが持って来ておるんじゃよ。』
 玄馬が乱馬をぐいっと押さえ込んでこれまたこそっと吐き出した。
『いつの間に、そんなもの…。買ったんだ?』
『買ったんじゃない。ちょっと、知り合いから預かって来たんじゃよ。』

 もそもそと言い合っている早乙女親子に、業を煮やしたローザが言った。

「ホント、はっきりしなさいよ。その機械が使い物になるのかどうか。のろまな人たちね…。天道運送会社の人って。」

「なっ!」
 思わず拳に力が入りそうになった乱馬を押し退けて、玄馬がしゃしゃり出た。
「大丈夫。小さくても性能は抜群ですよ。知り合いの優秀なエンジニアが作ったものですからのう…。わっはっは。」

「ま、いいわ。現物を見てから判断すれば。」
 ユルリナは玄馬へと言葉を手向けた。
「で、その小型の重量は、ここのエレベーターに乗せられる重さなのかしら?」
 肝心なことを聞いた。大掛かりな装置なら、通常の人間重量のエレベーターに乗せるのは無理だからだ。
「大丈夫…。ほんの小型の奴ですからのう…。」
「電源が生きているエレベーターは一基しかねえ、らしいんだから、いい加減なこと言うなよ、親父。」
 乱馬が心配そうに父を見上げた。
「ま、百聞は一見にしかずじゃ。宇宙船まで取りに行ってきますかのう…。ほれ、手伝え。馬鹿娘よ。」

「てててっ!おさげ、引っ張るなよっ!!」

 乱馬をずりずりと引っ張りながら玄馬はエレベーターの方へ向かって歩き出した。
「ほれ、あかね君も、手伝ってくれたまえ。いくら小型とはいえ、ワシ一人で運び入れるには、ちょっと厳しいからのう…。」
「あ、はい…。」
 あかねははっとして、先に歩き出した玄馬と乱馬を追った。

「まあ、せいぜい、使い物になるといいわね…。天道運送会社の皆さん。」
 ローザは冷たく後ろから吐き付けた。



つづく




一之瀬的戯言
 玄馬さんもなかなか変な味を出しています。
 胡散臭い連中がてんこ盛りになりつつある作品。さてどうなりますやら?
 らんまの原作の主要キャラクターは一通り出して創作する予定ではあるのですが…。のどかさんもいずれ…。

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