◇闇の狩人 再臨編


第十三話 さらば、アンナケ



一、

 突然、ぐらぐらっと足元が揺れたように思った。

 身じろぎもしないで、じっと影を抱きしめていたリーが、その気配にはっと辺りを見回した。

「な、何だ?この揺れは…。」
 乱馬はいち早く、その異常に気が付いたようだった。
 彼の反応から暫くして、ぐらぐらと大きな揺れが来た。
「地震?それもかなり大きいぞ!」
「これは…。地殻変動か?」
 リーがその声に同調した。
「地殻変動?」
 乱馬は思わずリーを見た。
「ただの地震にしては様子が変だ。」
 リーはさっと耳を地面へと付けた。
「いずれにしても、ここは危険だ!」
 地面から顔を離したリーの表情が一瞬、険しくなった。
「危険って言ったって…。」
「一刻も早く、ここを離れて、宇宙空間へと飛び立った方がいいかもしれないぞ。これは、科学者の感だが、とんでもないことが、この星で起こってるような気がする。」

「とんでもないことだって?」

「この星の崩壊だ!」
 リー博士は厳しい表情で乱馬に吐き出した。

「崩壊…。」
 乱馬は思わず声を詰まらせた。だが、そうこうしているうちにも、足元から不気味な振動伝わってくる。ゴゴゴゴと次に来る衝撃を予感させるような音が耳に伝わる。
 
「で、でも、避難するにしても、なびきや親父たちはまだカプセルの中だぜ。」

「それなら大丈夫だ。このカプセルには転送装置が取り付けられてる。これを使えば、何とかなる。」
「転送装置だって?」
 乱馬の声にリーは反応した。
「ああ、ゼナの連中が動かしていた装置だがな。奴等の宇宙船が到着した時点で、それを稼動させて、ごっそりとこのカプセルごと、捕獲したこの者たちを、輸送する手筈になってたんだ。そのシステムを立ち上げたのは僕だから、ある程度の制御はできる。」
「ってことは、カプセルごと、宇宙艇へ突っ込んじまえば良いってわけなんだな?」
 乱馬が言った。
「そういうことだ。君は、早く、自分の宇宙艇をこの上空まで回せ。その間に僕は、誘導波を調整して、君たちの宇宙艇へとカプセルを飛ばせるようにする。」
「そんなことが可能なのか?俺たちの船には装置がないぜ。」
「ああ、ここの装置は特別製なんだ。さあ、早くっ、一刻を争う!!」

「ああ、わかった、他の奴等がどうなってるかはわからねえが…。生きて活動していたら、きっと、己の宇宙艇へと避難を始めてるかもしれねえしな。俺たちだけでも脱出するか。」
 乱馬はリストバンドを付けると、己の腰につけていた、装置のスイッチを押した。

「ダークホース号を呼んだの?」
 あかねが乱馬の傍らか声をかけた。闇を帰した直後なので、少し覇気がなかった。何とか意識を保って、立っている。そんな感じだった。
「ああ、呼んだ。この場合、俺たちの宇宙艇を呼ぶのが一番良いだろう?」
 その答えにあかねも納得した。逃げるにしても、操舵に慣れた宇宙艇を使うに越したことはない。ダークホース号を呼べば、脱出できる可能性が高くなる。

 救難信号をキャッチしたダークホース号は、自動的にエンジンがコントロールされ、動き出している筈だ。暫くでこの上空へと到達するだろう。

 乱馬たちが必死で脱出準備をする間にも、アンナケ星の異常な揺れが続いていた。ここが崩壊するのも時間の問題だろう。

「来たか…。」
 乱馬が上空を睨みあげた。船影は勿論、見えないが、何となくそんな気配がしたように思ったのだ。

「宇宙艇、ダークホース号…。所属は木星の天道運送会社、認識番号はDARK128956…。」
 目の前に立ち上げた、掌サイズのパソコン画面を操作しながら、リー博士が転送装置の稼動準備を始める。さすがに手馴れた手つきで、カタカタとキーボードを動かしながらシステムを走らせた。
「良し、準備完了だ。時間がないから一気にこのまま転送するよ。カプセルの解除はアンナケ星の大気圏を脱出後にやればいい。」
「ああ、急な話だからな。で、おまえに任せて大丈夫なんだろうな?時空の狭間へこいつらをぶち込むなんてことは…。」
「しないよ。信じたまえ!僕だって技術者だ。ヘマなんかしない!」
 リンと輝く瞳には、リーの強い自信が伺えた。
「わかった。てめえに、こいつらの命、全部預ける!存分にやってくれっ!!」
「わかった!行くよ!」
 乱馬の声に後押しされたかのように、リーは装置を稼動させた。

 ギュインとカプセルが唸り、瞬く間にカプセルごとなびきや玄馬、九能、ナオム、クレメンティー兄妹の姿が空へと消えた。転送されたのだろう。

「すげえ…。あいつらの行き着く先が、ダークホース号内で、地獄じゃねえことを祈るだけだがな…。」

 思わず、乱馬は感嘆の声を上げた。

「さてと、俺たちも行かなくちゃ…。」

 そう言ったところで、足元がぐらっといった。

「おい!洒落になんねえぞ!!」
「大丈夫。早くっ!こっちへ。」
 道先に明るいリーが、先頭に立って乱馬たちを導いた。あかねは闇を帰した疲労が激しく、案の定、足腰が定まらない。乱馬は彼女の身体をがっと抱きかかえると、そのまま走り出した。
「ら、乱馬っ!」
 思わぬ乱馬の行動に、あかねは声を上げていた。
「こら、じっとしてろよ!タダでさえおめえは重いんだから。」
「なっ!!こんな時に冗談なんて言わないでよ!!」
 思わず声を荒げたあかねに、乱馬はふっと微笑み返した。
「てめえは俺が守るってな、それが俺の使命だからな。そこでじっとしてろっ!」
「何を訳のわかんないことを…。」

「乱馬さん、あかねさん、早くっ!こっちへ!」

「ほいよっ!!」

 リーに先導されるままに、必死で走りぬける。
 だんだん大きくなる揺れ。そこここの建物の壁や装置がはがれ始めている。本格的な崩壊が始まっていることを感じさせた。

「この簡易エレベーターに乗って!速度は最大に調整してあります。」
「わかった。」
 乱馬はひょいっと簡易エレベーターへと競りあがった。
「このまま一気に上昇だっ!」
 乱馬がそう叫んだ時だった。
 エレベーターからリーがさっと飛び降りた。

「リー博士っ!?」「リーっ!!」
 思わぬリーの行動に、乱馬とあかねは同時に声を荒げていた。一緒に行くものと思っていた彼が飛び降りたからだ。

「僕はここへ残ります。あなたたちだけでも上に行ってください…。」

「ば、馬鹿っ!てめえはどうすんだよっ!!」
 
 エレベーターから身を乗り出して、乱馬は叫んだ。

「フィーネを一人遺したまま、この星を僕は離れられない…。僕は彼女の想いと共に、この星に残ります。これで良いんです…。ありがとう!乱馬さん、あかねさんっ!!」
 エレベーターが勢い良く滑り出した。リーの声がだんだんと遠ざかっていく。

「リー博士っ!!」

 あかねの声がつんざくようにこだました。

 助けようとでも思っているのか、身を迫り出そうとするあかねを、乱馬は両手でがっと抱きとめた。
「あかね…。良いんだ。」
「でも…。今ならまだ間に合うかもしれないわ!諦めるなんて、あんたらしくないっ!!」
 涙を流し始めたあかねに、乱馬は強く言った。
「奴がしたいように、させてやれっ!せっかく逢えた二人なんだ。もう二度と離れたくはないんだろ!全身全霊を賭して愛した女の眠るこの星と運命を共にしたいんだっ、奴はっ!俺たちの立ち入る隙間なんて、存在しねえんだよっ!」
「乱馬…。」
 あまりに強く言いきった彼に、あかねもそれ以上は言葉が継げなかった。
 硬くなったあかねの身体を、ぐいっと引き寄せた。あかねの身体が、微かに震えているのがわかった。

「だけど…。何だってんだ?この地殻変動は…。」
 
 そうこうしているうちも、激しい揺れがそこここで発生している。
 エレベーターの動きが止ってしまうのではないかという激しい揺れが、襲って来た。
「ちっ!このままだと上に到達するのもやばいかもしれねえぞ…。」

『それは大丈夫です…。乱馬よ。』

 脳裏に聞き慣れた声が響き渡ってきた。

「時の女神…?」
 乱馬は思わず声を出していた。
「てめえ…。何なんだ?この揺れは!説明できるんならしてみやがれっ!!」
 思わずせっついた乱馬に、女神は答えた。

『この星自身が崩れているのです…。』

「なっ!この星自身が崩れるだあ?どういうことだ?」
 思わず声を荒げた。

『この星の役目が終わった今、ここはその存在意味がなくなりましたから…。』

「だからもっと端的に説明しやがれっ!!」

「乱馬?誰と話してるの?」
 あかねには聞こえないのだろう。きょとんと乱馬を円らな瞳が見上げて来た。
「あ、いや別に…。」
 思わず誤魔化しに走った。あかねに、衝撃的な事実を教えて良いものか、咄嗟に戸惑ったのだ。それに説明すると長くなる。

『脳内で話しなさい。乱馬。』
(ああ、言われなくてもそうすらあ…。)
 乱馬は声に出さないで、女神と対した。

『良く訊きなさい、乱馬よ。コスモスが地球に作った知的生物が、ここまで到達し、そして、光と闇の超力を覚醒させるまでを一つの使命として、存在し続けた天体、それがアンナケ星です。』
(まさか、この星もコスモスが作り出したとでも言うのか!)
『ええ、そうです。…コスモスは光と闇の継承者がここまで辿り着くのを待っていたのです。そして、あなたたちの暦で三年前に。まず、闇の超力をあかねさんに、そして、今回は光の超力をあなたに継承したのです。そして、その役目を終えたのです。』
(役目を終えたって、だから崩壊が始まったとでも?でも、そんなことしちまったら…おめえも…。)
『良いのです。これで。私も予定されていたプログラムが終わって、これで眠りに就くことができるのですから。』
(そんなことって…。)
『最期に、私の超力で、あなたがたを、宇宙艇まで飛ばして差し上げます。そして、アンナケ星から脱出させますから、安心なさい。』
(安心つったって…。)
『コスモスの期待する光と闇の継承者、双方をみすみす滅ぼすようなバカな真似はしませんから…。』
(でも、俺は、まだ真意を訊かされてはいねえ!何のために、光の勾玉を飲み込まされたのか。あかねとの関わりは一体何なのか…。何一つ、てめえに説明を受けちゃいねえ。ゼナや地球のもう一つの生命体の事も、何ら一つとしてだ。)

『大丈夫…。何事も教えなくても、あなた方はやがて「真理」へと導かれます。抗うことのない一つの真理に向かって時は躍動を始めたのです。』
 時の女神は微笑むような声を出した。
「だから、それじゃあわからないっつーってるだろうがっ!答えにも何にもなっちゃいねえっ!!」
 苛立つ乱馬を諭すように、声は続けた。
『あなたが選ばれし英知の人類なのか、遺産を全て手渡せるのか、コスモスはそれを見極めたいのです。だから、これ以上は何も伝えることはありません。ただ…。敵は、これから先、闇を司る超力を持つ、あかねさんを得ようとあなたに挑んでくるでしょう。勿論、闇の超力を欲する者は他にも存在するかもしれません。あなたは、あかねさんを狙う奴らの矛先をかわして、彼女を守りなさい。そうすれば、自ずと道は拓けます。あなたがあかねさんを守ること。即ち、それが真理へと導いてくれる筈です。だから、生きなさい!生き抜きなさい!目覚めた光の超力で、数多の暗闇を無へ帰しながら…。光の子、乱馬よ…。』

「そんな勝手なこと…。わあああっ!!」

 光の洪水が、いきなり乱馬とあかねを包み込んだ

「乱馬っ!!」
 あかねも恐怖を感じたのか、ひしっと乱馬へとしがみついて来た。

 ただ、二人、一目散に、光に向かって飛ばされていく。
 その遠い先に、蒼い星が一瞬、揺らめいたように思った。懐かしき、人類の故郷、まだ、降り立った事もない地球という水の惑星。



二、

 それからどのくらの時間が経過したろうか。

 気が付くと、乱馬はダークホース号のコクピットに居た。時の女神がその超力で乱馬とあかねを、ここへと飛ばしてくれたようだ。傍らに寄り添うように、あかねが静かに眠っていた。
 ダークホース号は自動制御で宇宙空間を飛んでいた。
 意識を回復した彼は、ふっと前面に映し出される映像へと吸い寄せられた。暗黒の宇宙空間に飛び散る、一つの星。閃光と共に打ち砕かれる瞬間が、映し出されていた。

「アンナケ星…。時の女神…。」

 乱馬は虚ろな瞳を手向けながら、その壮絶な星の最期を目の当たりにした。
 黄色い閃光と共に、弾け飛ぶ小さな衛星の欠片。
 ミッションの中で幾つかの小惑星を木っ端微塵に吹っ飛ばしてきた己でも、その最期は強烈な印象を持って臨んだ。
 一つの小天体が砕け散る瞬間だ。さっきまで己が立っていたあの場所が、灰燼へと帰すのだ。複雑な思いを胸に、乱馬は黙ってその最期を見届けた。まるで、己にはその義務があるかのように、天体ショーは目の前で派手に繰り広げられる。

 何故、アンナケ星が滅ばねばならなかったのだろう。時の女神にはその事情が飲み込めていた様子だったが、自らを破壊しなければならない事由など、乱馬にはとうてい理解できなかった。
 時の女神は、光の番人は、コスモスは、己をどこへ導こうというのだろうか。時の女神が言った「真理」とは何なのだろうか。
 余りにもミステリアスに満ちている。わからないことが多すぎた。
 ただ一つ、最後に時の女神に示唆されたこと。それは、あかねを守らねばならないということだ。
「こいつとは運命共同体なのか…。」
 傍らで眠り続けるあかねを見ながら、深い溜息を吐き出した。



 結局のところ、謎は謎のまま残された。
 何一つ明らかにならなかったのだ。



 程なくして装置を解除され目覚めさせた。なびきや九能、玄馬、ナオム、そしてクレメンティー兄妹。
 驚いたことに、このダークホース号だけではなくワンダーホース号もあの、混乱のアンナケ星を飛び出して来ていた。まるで、ダークホース号に寄り添うように、曳航しながら飛空してきた。
 乱馬ですら、その事実に驚いたが、目覚めた持ち主の玄馬は、
「さすがにこいつの性能はピカイチじゃわい!」
 と上機嫌だった。
 クレメンティー兄妹は、水をかぶって女に戻った乱馬見つつ、何がどうなったのか、本当にあかねと乱馬に助けられたのかと詰め寄ったが、乱馬は適当に理由をつけて流した。
 そう、九能やなびき、ナオムにも適当な口から出任せを言って納得させたのだ。どうしても、本当のことは言いたくなかったのだ。
 アンナケの女神は敵はゼナだけではない、と、はっきりと言っていた。それに、いちいち、アンナケの女神、光の番人のことを言い出すのも面倒だった。第一、そのような御伽話めいたものを誰が信じるだろう。
 少なくとも、高慢ちきなクレメンティー兄妹や現実主義のなびき辺りは一笑に付してしまうだろう。
 それ故、ユルリナが実はゼナの一味で、遺跡の奪取を計画して襲ってきたが、何とか乱馬の機転でそれを防ぎ、そして、アンナケ星を脱出したと、簡単に説明しただけだった。
 アンナケ星の爆発は、ユルリナたちが仕掛けた中性子爆弾が炸裂し、ゼナの痕跡でもある、旧リゾート地の建物群を綺麗さっぱりと破壊したと説明付けた。
 何も、全てが虚偽の報告ではないだろう。ユルリナがゼナのマスターであったことも、アンナケ星が砕け散ったのも事実だったからだ。
 他の調査団の人々は行方不明と報告書に書かれるだろう。万が一、運良く逃げ遂せたとしても、緊急時だから把握できなかったとすれば、責任も強く追求はされまい。また、たとえ無事でも、ゼナの息が懸かったものは連邦へ帰るかどうかはわからないだろう。
「私たちが油断して捕縛さえしていなければ、アンナケ星を爆発させてしまうなどというヘマはいたしませんでしたわ!」
 相変わらず、ローザ・クレメンティは、乱馬の弁明に、そんな勝気な言葉を投げかけてきたが、言いたい奴には言わせれば良いと、乱馬は特別掛け合わなかった。
 九能やなびきも、乱馬の説明を鵜呑みにしているわけではなさそうだったが、連邦への報告へは、乱馬の申告どおりに行うことを承知した。己たちに意識が無かった以上、多少眉唾物でも、乱馬の言に従うしかなかったからだ。
 ナオムも今回は一言も突っ込んでは来なかった。

 こうして、アンナケの時の女神のことも、光の番人のことも、不思議な勾玉の超力のことも、誰にも知られる由無く、乱馬の胸の内だけに収められた。

 アンナケを離れ、エウロバに飛ぶ前に、クレメンティー兄妹と研修を終えたナオムは、九能共々、早乙女玄馬の駆使するワンダーホース号へと乗り換えさせて別れた。

「馬鹿息子よ。また、どこかで合間見えようぞ…。それまでせいぜい、命を落すなよ。」
「へっ!そっくりその言葉、てめえに返してやるよ!馬鹿親父!」
 相変わらずの父子であった。


 彼らがワンダーホース号へ乗り換えて行ってしまうと、急にダークホース号の船内は静かになった。


「ナオム君がいなくなると静かよねえ…。」
 なびきが報告書を作成しながら話しかけてきた。
「へっ!清々したぜ!あいつはしつこかったしよう。ガキの分際で生意気だったし。」
 乱馬は、クレメンティー兄妹と別れた後、さっさと湯を浴びて、男へと戻っていた。もうこれ以上、「乙女乱子」を演じる必要もなくなったからだ。
「でも、優秀だったわよ。」
 なびきはくすくすと笑った。
「優秀でも、ああいうガキは嫌いだ。」
 むすっと乱馬が答えた。
「そんなに力いっぱい言わなくっても…。」
「でも、九能の奴が、ナオムの連邦までの同行をすんなり認めてくれて良かったよ。今頃は親父の船で気ままな旅の途中だろうな…。」
「あーら、本来なら、一緒に地球まで送って行きたかったんじゃないの?乱馬君。」
「ば、馬鹿言えっ!たとえ行き先が地球でも御免だね。俺は。」
「あらそう?あんた、地球へ行った事ないんでしょ?」
 なびきは訊いてきた。
「別に…。特別、地球へなんか行ってみてえとも思わねえよ!」
「あら、そういうもんかしら?」
「おめえは行きたいのか?」
「まーね。一応、あたしたちの母星でもあるんだからね…。水の惑星。観光でも何でもいいから、一度は行っておくべき場所じゃないかしらね。」
「ふーん…。そういうもんかね。」
「そういうものよ。そう思わない方が不思議だわよ。」
「ま、機会があったら行くだろうさ…。で、観光で思い出したけど…。」
「何?」
「俺、帰着したら、ちょっとまとまった休暇貰うぜ。十日くれえの…。」
「あん?」
 なびきは思いっきり怪訝そうな声を張り上げた。
「だから、休暇貰うっつってんの!結構溜まってんだぜ。消化しなきゃならねえ、特別休暇っつーのがよ。」
「あらら、勝手にあんたが休暇なんか取っちゃったら、この子がどう言うかしらねえ。」
 なびきが、傍らで眠っているあかねの寝顔を見ながら、乱馬へと意地悪い言葉を投げかけてきた。
「だーれが、一人で取るっつーたよ。」
「え?」
「ペアだよ、ペア。これでもコンビネーションなんだからな!休暇だって取るなら一緒だ。」
「何ですってえ?」
 なびきの顔がみるみる、険しくなった。
「じ、冗談じゃないわよ。二人も一斉に長期休暇なんか取られたら…。」
「駄目。譲らねえよ…。もう決めたんだから。」
「決めたって、あんた…。」
「ここいらで、身体も精神もリフレッシュさせとかねえとな。ストレス溜まってんだ!俺もあかねも。」
「ちょっと、何勝手こいてんのよ!」

「ってことで、もう特別休暇を申請済みなんだ。さっきてめえらがカプセルで眠ってる間に、連邦宇宙局の休暇管理部へ申請して許可が降りた。」
 乱馬は得意げに言った。
「あんた、抜け目無いわね…。」
 なびきが呆れ顔で言った。
「あったりめえだ!これ以上、立て続けでこき使われるのは御免だかんな!このままだと、まーた、何だかんだと言って、連続してミッションを押し付けられるのがオチだしな。先手打たせてもらったんだいっ!」
 乱馬はにっと笑って見せた。
「とにかく、暫く俺もあかねも、休暇に入るから、イーストエデンの指令は受けねえからな。あてにすんなよ!」
 なびきに念を押すと、乱馬はひょいっと抱きかかえてあかねを持ち上げた。

「ちょっと、乱馬君?」
 なびきが、乱馬の行動に慌てて問いかけた。

「俺、これから休眠カプセルに入るわ。疲れてっから…。てめえらみてえに、培養液の中でお寝んねしてたわけじゃなくって、ずっと敵と戦ってたからな。ヘトヘトなんだ。あかねも超力使って眠りこけてるしよう…。じゃあ、後のこの船の操舵はたのまあ。自動操舵にはなってっけど、ちゃんと天道コーポレーション本社のある小惑星群へ飛べよ…。なびき。」
「ら、乱馬君っ!!」
「あ、言っとくが、邪魔すんなよっ!!」
 乱馬はにたあっと含み笑いを浮かべると、くるりと背を向けた。
「何が、邪魔すんなよ、ようっ!!何がっ!!」
 背後から叫んたが、乱馬は、なびきの言葉など、知らぬ存ぜぬといった風で、睡眠カプセルのある居住区へと下がって行った。

「もう…。ホントにしょうがないんだから!」
 なびきはふうっと溜息を吐き出した。
「たく、目いっぱい邪魔してやろうかしら!」
 そう呟く顔には、苦笑いが浮かんでいた。





「あかね…。」
 乱馬は疲れて眠り続ける、あかねに、そっと問いかけた。
 やっと終わったミッション。また、使ったダークエンジェルの超力に、疲れきったあかねを、傍で見守りながら、己も一緒に横たわる。
「ますます俺たちは、闇の深みにはまっていってるのかもしれねえ…。俺たちの得た謎の超力は、更に深い闇を呼び寄せるような気がする…。でも…。」
 乱馬は目を細めて、囁きかけた。
「でも、俺はおまえを守る。アンナケの女神や光に命じられたからじゃねえ…。俺は、俺のために、おまえを守る。本当の意味でおまえと深く契り合える日まで…。俺はおまえを誰にも渡しはしない。たとえ、二人で地獄へ堕ちようとも…絶対にな。」
 その言葉が、あかねの耳に届いているのか、寝顔に笑顔が浮かんだような気がした。
 愛しさが満ち溢れ、組み敷いたあかねの暖かな体温が己の中へと溶け合っていく。
 柔らかい呼吸が漏れる淡いピンクの唇へ、己の唇をそっと宛がってみた。
 それから、ぐっと身体を己の方へと引き寄せ、そのまま、折り重なるように覆うと、ゆっくり目を閉じた。甘い吐息が互いの唇から漏れる。
 やっぱり、女よりも男の姿の方が良い。そう思った。
 すっぽりとあかねの身体が己の胸の中に入る。あかねを胸に大事そうに抱え込むと、満足げに微笑み、目を閉じた。

 閉じたまぶたの向こう側に、まだ二の足で大地を踏みしめたことのない、青い水の惑星が、大きく光り輝いて見える。
 安らぎに満ちた青い惑星。
 その淡い光に、誘われるように、深い眠りへと就く。
 美しき、あかねという名の女神を抱きしめながら。



 完


 DARK ANGEL 6 天使の休日 へ続く




一之瀬的戯言
 いろいろと妄想が展開するにつれて、話が膨らんでいき、それを収束して書き連ねるのにかなり苦労した痕が見え隠れしています。
 ナオムはどうした?もっと絡んでくるんじゃなかったのか?と突っ込まれるかもしれませんが、一旦、退却させました。またどこかで本編の中へ絡んでくると思います。
 他にも、後の伏線に絡んでくるキャラが何人か居ます。誰がどんな風に乱馬とあかねの運命に絡んでいくのか。それはまたの機会に。
 次の話こそ、軽く流したいと思っていたのですが、さにあらず。
 これまた、騒動が騒動を呼ぶし、相変わらずプロットは広がっていくし…で、やっぱり十話くらいの長編になる予定です。
 とにかく、この作品の乱馬はかなり、助平ですから、二人で休暇など取ったらどういうことになるかは、自ずと明らかです。最初から飛ばしまくって、あかねちゃんは大変そうであります。
 では、また次回!


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