◇闇の狩人 再臨編


第十話 光の後継者


一、

『貴様、我が声が聞き取れたか。ふふふ、面白い。』
 声がぶるぶると震えながら耳に入ってきた。と、また、吸引力が一段と上がったようだ。
「くっ!てめめ。俺の力を吸い尽くそうって魂胆なのか!」
 苦しい息の下で、叫んだ。
『いかにも。チンケな人間の超力など、魂ごと食らってやる。』

「わあああああっ!畜生…。意識が…。遠の…く…。」

 玉の吸引の強さに、耐え切れず、思わず声が漏れる。
 二の足をしっかりと砂塵に押し付け、丹田に力を入れる。そうやって足を踏ん張らないと、魂ごと玉に飲み込まれてしまうように思えたからだ。ともすれば失いそうになる気を必死で堪え、意識を保ち続ける。

『ほお…。我が超力に、抵抗をしようとでも言うのか?面妖な…。』

 今度は一転、誘いかけるように諭してくる。

『どうだ?そろそろ楽になりたいとは思わんか?おまえが意識を手放しさえすれば、苦しまずにすむ。』
「意識を手放せだと?」
 乱馬はぐっと堪えながら声の主に向かってたたきつけた。
『ああ、そうだ。どうせ、おまえのような小さな器の人間では、世界を動かすことは出来ぬ。ならば、我が超力の源となれ…。我に同調してしまえば、楽に消滅して死ねるぞ…。』
 ゆらゆらと目の前で赤い焔がちらつき始めた。
 まるで催眠術でも囁きかけるように、揺らめき始める。美しき誘惑の声。
「意識を手放す…。」
『そうだ、無に帰れ。何もない虚無の世界へ…。』
 とろんと目が半分閉じ始める。




『このまま目を閉じれば、楽になる…。どうだ?気持ちが穏やかにまどろんできたろう?』

 乱馬は試みていた抵抗の思考を停止させた。
 そう、声の言葉に同調してしまったのだ。

 ふわっと記憶が浮かび上がった。
 生まれてからこの方、関わってきた人々の記憶も全てがもぎ取られているような感じがした。顔を知らぬ母、巣立つまで共に修羅場を駆け抜けた父、天道家の人々、倒してきた敵。関わり続けた全ての人々の顔が浮かんでは虚空へと消えていく。まるでデリートされているように、消されているのがわかるのだ。

(嫌だ!!何もかも忘れて、真っ白に戻れとでも言うのか?てめえは。)
 思わずはっとして、また意識を取りもどした。

『なかなか粘る奴だな…。だが、いつまで持つかな?』
 楽しそうに声が笑った。

 また、声は妖しげな響きで、乱馬を「無我」へと導き始めた。
 うたた寝をまどろむように、再び全思考が停止する。
 すると、また、脳内から「記憶」が弾け、剥がれ落ちる。

 それでも、思い出したように、意識を取りもどしては、また抵抗を試みる。だが、また、眠るように心を閉ざし、流れに身を任せてしまう。その周期がだんだんと短くなってきた。
 包み込む強大な超力には、乱馬が意識を失うごとに、無数の白い触手が、己から、一つ一つの記憶をもぎ取っていった。
 積み重ねてきた、二十余年の記憶など、吐き出させるなど、赤い玉には造作もない事だったに違いない。

 そのうち、何度も抵抗を試みた乱馬の反応がなくなってきた。

『そうら…。だんだん楽になってきたろう?良い気持ちになってきたろう?』
 声はにやっと笑ったように囁きかけてくる。
『今度は、おまえの遺伝子の中に眠る、全ての記憶を我に差し出せ!』

 光が乱馬を包みながら、そんな言葉を投げつけてきた。

(うわあああ…。)
 一瞬抵抗の声をあげたが、それも束の間のことであった。
 そう、抵抗さえやめると、身も心も楽になった。じわじわと「安らぎ」のような、空間が己を捕らえ始めて来る。だんだん抵抗することが馬鹿らしくなってくるのだ。いや、脳は「抵抗」という言葉すら忘れているのかもしれなかった。

『そうだ、目を閉じよ…。思考をやめよ。そして、我に全てを差し出せ。』

「目を閉じる…。」
 乱馬は最早、言いなりに、なりはじめていた。
 
 目を閉じてみると、宇宙空間がぽっとまぶたの裏に浮かんだ。

 木星の仄かな輝き。そこを抜け出し、だんだんと近づく水色の蒼い星。美しき蒼い星が見える。
 地球だった。全ての人類の故郷、地球。己は降り立ったこともないその母なる大地。広がる蒼い空と海。そこに浮かぶメトロポリス・東京。
 そこに立ったことも行ったこともないのに、嫌にはっきりと映し出される地上の風景。
 人々の喧騒、文明の氾濫。

(何だ!この情報の洪水は…。俺の遺伝子に刻まれた古の記憶なのか…。)

 次々と脳裏に絶え間なく映し出される情報。
 まるで、タイムマシーンに乗って、歴史を遡っていくような情景。それらが目の前に猛スピードで浮かんでは消えていく。
 己の遺伝子の中に脈々と息づく、先祖たちの記憶すら、この白い光は持ち去ろうとでも言うのだろうか。

 だが、乱馬には最早「抵抗する」という言葉すら、思い浮かべるにはいたらなくなってきた。
 どうでも良いという投げやりな気持ちというよりは、連綿と連なる記憶を、まるで他人事のように、ぼんやりと通り過ぎるのを見詰めていた。
 まぶたの裏に浮かんだ風景。高々と聳えるビルはだんだんに崩れ去り、景観は、ますます過去へと遡りだす。高層ビルは低層に。教科書で習ったような戦争の影。光る閃光とキノコ雲、それが去ると、再び小さな繁栄。
 まさに、目の当たりにしているのは、人類の歴史への遡りであった。
 いつしか赤膚の大地から翠なす大地や山並みが出現し始める。もう、滅んで久しい、山の緑だ。遥か遠くには、美しき富士山が見え隠れする。
 いつの時代なのか、鉄道が走る。空を行くのは古代の産物となったジェットエンジンの飛行機。やがて、それらも見えなくなり、大江戸の町並みが現われる。道行く人はチョンマゲを結い、甲冑を着こなしている。
 やがて、大地だったところは海となり、いつしか人の営みは途切れた。


『堕ちたか…。他愛もない。』
 声は嘲笑うように、抵抗をやめて、止ってしまった乱馬へと声を上げた。
 最早乱馬の瞳に、光はなかった。
 思考も停止してしまったようで、反応もない。

『これで最後だ!おまえの一番大切な記憶を私に差し出せ。それで、おまえは無になれる。破れて、身体も魂も、全て、我が光へと帰せ。』
 光が乱馬を妖しげに包み始めた。真っ赤な血の色の光。

『さあ、その目を閉じよ…。そうすれば、終われる…。』
 声は誘い込むように吐きつけてくる。



 赤い焔がぼっと乱馬の半開きの目の前で上がった。

「赤い焔…。赤…。あかね…。」
 無意識で吐き出す言の葉。
 ふと気付くと、目の前にあかねの顔が揺らめいていた。真っ赤に燃えてこちらを見ている。

「あかね…。おまえはどうだ?俺がこのまま目を閉じてしまうことを望むのか?」

 その問い掛けに答えはなかった。
 あかねの顔が大きく揺らめいた。

『目を閉じろ…。そうすれば楽になる。全てを忘れて…。』

 ゆっくりと静寂が降りてくる。

 その向こう側で、じっと乱馬を見詰めている、あかねの顔。消える寸前、それが一瞬寂しげに見えた。目に大粒の涙が溢れて零れ落ちた。

「あかねっ!!」

 閉じかけていた目が、一瞬見開いた。

「くっ…。駄目だ。このまま終わらせたら駄目だ。」

 その思いに反応するかの如く、焔の中のあかねが一際大きく揺れ始めた。


「そうだ…俺は…このままじゃ終われねえ…。」
 己の身体のどこに、そんな力が残っていたというのだろう。
 がんじがらめに絡められて、動きも敵わぬ空間の中で、乱馬は足掻いた。

「畜生!渡すもんかっ!!あかねの記憶だけは、他の誰にも、絶対に渡すもんかっ!!うおおおおっ!!」

 声にならぬ声、全身全霊で力んだ。
 同時に己を包んでいた強大な超力が緩んだような気がした。いや、正確には、己の身体が、激しい熱量と共に、弾け飛んだ、そんな感じがした。

「あかねーっ!!」

 焔激しく揺らめく中、乱馬はくわっと己の目を見開いていく。

「てめえ、赤い玉。返せ…。おまえが飲み込んだ俺の超力を…。」

 くっ付いて吸われるままになっていた、胸に超力が灯った。

「返せって言ってるだろうっ!!」
 激しい気炎の言葉が口から漏れた。
 と同時に、超力が湧き上がった。
 乱馬の体内から、溢れんばかりに超力が突き上げてきたのだ。

 それは、まさに一瞬の輝きだった。
 己の内面の気を解き放ち、纏わり付いた光の触手を、一瞬のうちに薙ぎ払った。
 体内に凝縮させ、解き放つ己の気。
 金色の光が当たり一面、溢れた。
 乱馬を核(コア)として、蒼い事理の空間いっぱいに、光が弾けて飛んだ。音もない爆発。

 その光はやがて、事理の空間を飲み込んでいく。やがて、光は辺りを真っ白に染め替えて、ゆっくりとその輝きをおさめていった。



 次に来たのは、一切の沈黙。
 どのくらいの沈黙を経たのだろうか。

 ふと浮き上がった意識。


「俺は…。」
 そう声をあげたとき、聴きなれた声が漏れてきた。



二、

『ふふふ…。赤い勾玉の超力を凌駕して飲み込みよったか。乱馬よ。』

 再び世界が蒼い輝きを取りもどした時、また傍で光の輪の声が轟いた。光の番人の声だった。

「俺が飲み込んだ?赤い勾玉を?」
 乱馬はその言葉にはっとして、身体を見た。
 さっきまで胸にピタリとくっ付いていた赤い勾玉の影も形も消えていた。その痕跡すらない。

『赤い勾玉がおまえを「主(ぬし)」と認めたようだな…。玉はおまえの体内へと消化され、跡形もなく吸収された。』

「俺の中?」
 パンパンと叩いてみたが、特に変わった風もない。体内に勾玉が飲み込まれたという感覚など、微塵もなかった。
「どういうことだ?」
 きょとんとしている乱馬に玉が言った。
『おまえが必要としている光の超力は開かれた。その超力を用いて闇の世界を打破しろ…。それが本当のおまえの使命だ。光の超力を継承する末裔としてのな。』

 光の番人はゆっくりと言葉をかけた。



 光の影が瞬きながら、乱馬へと向き直る。
 何とか光の超力受け入れて、失う者も無く、事理の世界に立ち尽くしている。
 何故だろう。心は穏やかに澄み渡っている。そんな気がした。

 光の影は乱馬に向かって口火を切った。

『おまえの中に眠る光の超力は開かれた。その光の超力を継承する末裔としてのな。』
「光の末裔?」
 思わず乱馬は問い返していた。

『そうだ。いずれ、その力でコスモスの意志を体現せねばならぬ。それが運命だ。』

「ちょっと待て!話がまたややこしい方向へと流れ始めてるじゃねえか!!闇とか光とか…何だっていうんだ?」
 激しい言葉が口を吐いて出る。

『良く訊け、光の末裔よ。おまえは、光の因子を持つ光の末裔だ。そして、おまえを伴ってきた、あの娘は闇の因子を継承する末裔だ。これは、変える事の出来ぬ事。』

「俺にはてめえの言ってる事が見えねえぞ!闇だの光だの、俺たちにどんな関係があるってんだよっ!」
 乱馬もあかねのことが絡むとなると、途端に語気に勢いが増し始めた。

『昔、コスモスは、その壮大な文明を用いて、この太陽系に光と闇、陽と陰、二つの因子を持つ生命体を創造した。この地を離れた。』

「コスモスが、何だって、二つの因子を持つ生命体を作り出したんだ?」

『コスモスの持つ、強大な英知の財産の使用を正しい方向へと導くためだ。光と闇、この二つの別の超力を拮抗させることをコスモスは選んだのだ…。』

「何だか、予め、俺やあかねの出現が預言されていたみてえだな…。気に食わねえ…。」

『それはともかくも、綿密にたてられたコスモスの計算が、ここへきて歪み始めたのだ。光の継承者のおまえに伝えおかねばならぬ。』

「な?どういうことだ?」
 乱馬の表情が険しくなった。

『そうだな、コスモスの完全な計算上にも予知できなかった不測の事態が起こった…とでも言っておこうか。』

「不測の事態だってえ?」

『そうだ。正統な光と闇の末裔以外に、コスモスの遺産の継承を可能とする別の人型生命体が出現したのだよ。』

「別の人型生命体の出現?どういうことだ?それは…。」

『つまり、予め、コスモスが予想していた想定ではなく、別の人類体系がこの太陽系の外郭に潜んでいたのだよ…。忌むべき事にな。』

「な、何だとお?…まさか、その別の人類体系ってのは…。」

『ああ、おまえたちが「ゼナ」と呼びし者どものことだ。』

「ゼナ…。」
 乱馬の口がゆっくりと動いた。
 連邦宇宙局でも、超一級の機密事項扱いにされている、見えない敵。だが、確実に太陽系へと魔手を伸ばしている「ゼナ」について、この光の輪は、自分に告げようとしているのだ。

『ゼナは太陽から一番遠い惑星を拠点としている種族だ。』

「太陽系の一番果ての惑星だって?」

『その存在すら危ぶまれている、幻の惑星、セレナだよ。おまえも聞いたことがあろう?』

「セレナ…。幻の第十惑星か。その存在が二十世紀から言われながらも、まだ確認されて居ない太陽系の果ての星…。じゃあ、何か?ゼナは、地球に生まれた人類と、別の種族だって、おめえは言いたいのか?」
 乱馬は真摯な瞳で、光の輪を見詰めた。
 こくん頷くように、光は瞬く。

『我々は、太陽系第三惑星地球(テラ)の変化だけを見るように命じられていたのでな。いや、勿論、彼らの存在を、もっと太古から知っていたとしても、我が超力ではどうしようもなかったかもしれぬがな…。』
 自嘲気味に光は言った。

『ゼナの出現は我らには想定外だった。いわば「異端児」。おまえたち地球人類とは根本が違う種族のようだ…。それだけではない。奴らは、コスモスが地球人類のために残した「遺産」を狙っている。』

「な、どういうことだ?」

『コスモスは、太陽系のいくつかの星々の中に、その情報を駆使した「遺跡」を残した。高度な文明を有した地球人類が、遺跡を見つけることを期待して、残したものだ。』

「地球の遺跡だってえっ?」

『ああ。おまえたちがバミューダーと呼んでいる海域の深海に眠る、古代遺跡だ。』

「あの深海遺跡も、やっぱり、この星と繋がる遺跡だったってことか?」

『そう言うことだ…。…そう、あれは、おまえたちの暦で、今から百年近く前のことだ。その深海の遺跡を、たまたま発見した人間が、コスモスの英知の一部を開眼させてしまったのだ。偶発的にな…。』

「お、おいっ!どういうことだ、それはっ!?海底遺跡の発見は、百年も前の事だって?俺たち人類がそんなに前に、遺跡を見つけていたのかよ!俺がアンナケの地下へ堕ちた後、地球の海底遺跡は発見されたんじゃねえのか?少なくとも、俺は、そう認識してるぜ!」
 思わず叫んでいた。
 アンナケの遺跡に遭遇した乱馬ですら、地球の海底に眠る遺跡を知ったのはこの指令に入る直前だ。勿論、その前までは海底遺跡の存在など知る由も無かった。
 だが、この光の輪の話に寄ると、己が生まれる随分前から、あの地球の海底遺跡は発見されていたことになる。それは驚愕の事実であった。

『今から百年ばかり前に地球の海底遺跡の扉は開かれた。海底探査していた科学者たちによって…。』

「百年?そんなに前にかよ!!」

『あの海底遺跡が発見されたのはおまえが人類史上初めてアンナケの遺跡にたどり着けたもっと前だ。もっとも第一発見者の人間はその遺跡をすぐには公表しなかったし、あの遺跡の意味をどこまで知りえたかは、私にもわからぬ。海底遺跡は、私の任務の範疇ではないのでな。』


 次第に明るみに出る、遺跡と人類、そしてゼナの関係。
 光の声の言っていることが事実なら、百年間もの間、海底遺跡の存在は隠されていたことになる。連邦政府がそれを、今頃公にしたのは何故なのか。政府自身がその遺跡を知ったのが、ごく最近のことなのか、それとも意図的に隠されていたのか。
 乱馬は事実を、光の口から知らされながら、何かしら「大きな陰謀」が連邦政府や遺跡周辺、そしてゼナの周りに漂っていることを感じずにはいられなかった。


「畜生、連邦政府め!今までその遺跡の存在をひた隠しに隠していたんだな…。それほど、大事な遺跡だったって訳か!海底遺跡は!」


『だが、残念ながら、海底遺跡を発見した者たちには、英知の伝達は行われなかった。そう、おまえやあかねという少女に成した、「継承」は行われなかったのだ。』


「あん?超力の継承?」

『遺跡を発見した者へ与える、試練のようなものだ。今しがた、おまえに課したのはその一部だ。遺跡の訪問者にコスモスの超力を与えられる器があるかどうか確認するためにな…。だが、百年前、地球の海底遺跡を発見した者には、継承は行われていない。』

「そんなこと、離れているおまえに、わかるのかよ!」
 半信半疑の瞳を乱馬は光に差し向ける。

『わかる。海底遺跡にも、時の女神が居たのだから…。』

「時の女神…。」
 乱馬の脳裏には、映像で見た海底遺跡の女神像が浮かび上がった。確かに、アンナケの時の女神とそっくりな女神像が、連邦側発表の映像に映し出されていたのを思い出したのだ。

『海底遺跡を訪れた人間には、超力の正しき継承は行われなかった…。海底の時の女神は、目覚めることなく、そのまま地球の深海で眠り続けている。本来なら、開眼しなければならない、超力を解放することも無く…。だが、一方で、遺跡を発見した人間たちは、遺跡の英知に触れたのだ。そして、その遺跡の情報の一部を手中におさめた。』

「おい!どういうことだ?」

『そこに、別の超力が介在したのだ。地球上に現れた、別の生命体の…。』

「別の生命体だって?お、おいっ!ゼナの魔手が、百年も前に、地球に伸びていたって言いたいのか?てめえはっ!」
 乱馬は再び目を見開いた。

『いや、ゼナとは違う、別の生命体が、介在したのだ。海底遺跡の発見には…。』

「もっと端的に説明しやがれっ!その言い方だと、他の系統の人類が地球上に存在してるってことになるじゃねえか!」

『そういうことだ。』

「なっまた、てめえは、また、さっぱりわからねえことをほざきやがって…。」
 はっしと睨みつける顔。

『おまえ自身、別の人類体系が存在するということに、思い当たる節はないのか?』


「だから、ゼナじゃねえのか?」

『ゼナだけではないと、言っておるのだ。…かいつまんで最初から話さねばならぬのか。まあ、良かろう。』

「な、バカにしやがって…。」
 乱馬は声を荒げかけたが、やめた。ここで光と言い争っても、仕方が無いと思ったからだ。
「わかったよ。訊いてやるから、話してみやがれっ!」
 半ば投げ打つように、吐き捨てた。

『コスモスは旧人類の遺構を伝えるために、太陽系第三惑星には闇と光、陰と陽、それぞれ相対する者たちを作った。この二つの属性が上手く融合し、溶け合う世界、即ちそれがおまえたちの星、地球上の多くの生き物の特徴だ。わかるか?』

「ああ。そのくれえならわかる。確かに、人類には男と女が存在する。それに、地球上の生物は、オスとメス分かれている奴が多いしな。雌雄同体にしても、いずれの器官も有している。細胞分裂して増える、微生物以外のものはな…。それが陰陽だって、おめえは言いたいんだろ?」

『だが、今の地球人類の遺伝子は、過度に傷つき始めている。それも真実だ。遺伝子操作が平気でなされ、母を介さない生命(いのち)が新たに生み出されているだろう?』

「あん?」

『自然交配による自然分娩での繁殖をおまえたち人類が捨てることを選んだ。これが光の継承者の選んだ道だ。ハイリスクだった自然分娩を捨て、おまえたちの大半は現在カプセル繁殖で子孫を伝えている。女から輩出された卵子に男から取り出した精子を受精させて、高度な科学技術で子供を生み出している。いわゆる、試験管ベイビーが主で、母の胎内より直接分娩される子孫はどのくらい居るというのだ?』

 それを言われると、乱馬はとたんに声に詰まった。
 そうなのだ。光の番人が指摘するように、人類の殆どは、母の胎内を借りることなく、機械の中で生み出され育まれている。それが現状だったからだ。

『その科学技術の進歩は、いつしか禁忌(きんき)の技術も生み出した。』
「クローン技術か?」
『勿論それもあるが…遺伝子操作というな。』

「遺伝子操作…。」

『ああ、そうだ。おまえたち人類の殆どは亜種。即ち、遺伝子を操作されて生まれている。それが地球の現状だろう。』

 乱馬は黙った。その事に関しては連邦の最高機密にも関わるので、知らされていないに等しかったからだ。おぼろげに知ってはいても、確認したわけではない。
 だが、この光は、それを見越しているかのように畳み掛けてきた。

「もしかして、母体を介さない人類。クロノイド、それが別の生命体だとおめえは言いたいのか?」
 乱馬は光を見詰めながら言った。

『当たらずしも遠からじ…だ。百年前に地球の海底遺跡に触れた者たちが、事理を知り、そして、動き始めた。また、太陽系に生まれていた別の生命体、ゼナも、コスモスの遺産を狙っている。それが、現況だ。』

「で、おめえは、俺に何をしろと言いたい?こんな事を話すんだから、それなりに、俺に対して「要求」があるんだろ?」
 乱馬は光を見詰めた。
 光は、ゆっくりと点滅しながら、乱馬へ結論を導き出す。

『おまえの血には光の遺伝子が、原初のまま脈々と受け継がれている。そう、おまえは、コスモノイドだ。恐らく、百パーセントの確実性でな、だからこそ、ここに堕ちた。そして、真紅の勾玉がおまえを主と認めた。』

「勾玉…。さっき、俺が身体に飲み込んだ、あの赤い玉のことだな。」

『ああ、そうだ。光の超力の継承者として、おまえは闇の超力の継承者、天道あかねを守れ。』

「あかねを守る…。」
 乱馬の口が、かすかに震えた。

「どういうことだ?闇の超力の継承者のあかねを守れって」
 せっついたところで、光は突き放すように言った。

『残念ながら、これ以上は言えぬ。』

「ふ、ふざけんなよっ!こんの野郎!」
 光の言葉に思わず怒鳴っていた。
 当たり前であろう。話の核心が近づいたところで、跳ね除けられたのだ。途中で止められれば、余計に気になるというものだ。

『これ以上の事に関しては、おまえがもし、本当にコスモノイドなら、追々明らかになるだろう…。コスモスの意図もおまえたち自身の本当の超力の意味も…。それは、おまえが、己の身体を持って知らなければならない事だ。だから私には言えぬ。言ってはならぬのだ。』

「もしかして、てめえらを作ったというコスモスに命令でもされてるのか?語るなとか何とかよう…。」

 その言葉に光はドクンと脈動した。

『そのとおりだ。』
「偉そうに言うな…。たく。」
 乱馬は溜息混じりにはきつけた。
『これ以上は言えぬが、一つだけおまえに教えておこう。おまえが光の因子を持つならば、天道あかね。彼女は闇の因子を持つ。』
「あかねが闇で、俺が光…?」
『ああ、そうだ。おまえも見ているはずだ。彼女の中には蒼い勾玉が取り込まれている。丁度おまえに赤い勾玉を取り込んだように。』
「蒼い勾玉。」
 乱馬の記憶が巡り始めた。
 三年前にアンナケで、アンナ・バレルたちゼナの者たちと戦ったとき、あかねの身体に吸い込まれていった、あの勾玉を思い出したのだ。
「そういやそうだ。アンナ・バレルが差し出した蒼い勾玉を、あいつは身体へと取り込んだんだっけ…。」
 巡る記憶だった。
『蒼い勾玉は闇の、そしておまえが飲んだ、赤い勾玉は光の、それぞれの末裔に流れていく聖玉(せいぎょく)なのだ。コスモスの与えたな…。』
「聖玉…。」
『いずれ、この玉を飲み込んだ意味がおまえたちにわかる時がくるだろう…。そして、闇の勾玉を飲み込んだ彼女を闇に巣食う者たちが狙っている。』
「あかねを狙ってるだって?それはゼナの連中なのか…。」
『ああ。目覚めた闇はより大きな闇へ惹かれるものだからな…。ゼナや地球に発するもう一つの生命体。彼らの魔の手から、彼女を守れ。それが今のおまえに課せられた最大の使命だ。光の超力を継承した者としてのな…。』

「光の超力を持って、闇の継承者のあかねを守れ…か。」

『そうだ。おまえに託した超力を持って、彼女を守るのが、光の一族の末裔である証。光の玉が選んだおまえならば、その超力を制御することもできるだろう。今、彼女を包もうとしている大きな闇。…おまえに、託した光の超力を持って彼女を守れ。それがおまえに与えられた使命だ。おまえがあかねを魔手から守りきらなければ、コスモスの遺産は継げぬ。恐らくな…。』

「俺の使命ねえ…。だが、生憎、俺は誰の命令にも従う気はねえ…。」
 不機嫌な口調で乱馬が投げるように言い切った。
『あの娘を守る気はないのか?』
 明らかに戸惑った声に、乱馬ははっきりと答えた。

「ふん!誰の指図も受けねえ。俺は命じらなくても、あかねを守る。あかねは俺の…大切な許婚だからな。」
 きっぱりと言い切った。

『ふふふ。許婚だから守る…か。おまえらしい、言い草だな…。』
 光は笑いながら乱馬を照らし出す。

『持てる超力を全て使って、彼女を襲い来る闇から守るが良い。乱馬よ。だが、もし守れぬときは…。』
 そう言いかけた光を、乱馬は強く押し退けた。
「へん!俺が守りきれねえなんてことあってたまっかよっ!!もし守れねえときなんて仮定はねえんだ!だから、この先は訊かねえ!」
 
 それは、光を宿した強い瞳が睨み返しながら投げた言葉であった。何か言いかけた光は、その先を言うのは止めた。

『良かろう。この先は言わんでおこう、おまえの心に、守れぬという言葉がないのなら…。』
 光はふうっと浮き上がった。

『さあ、元の世界へ飛べ。乱馬よ。』

「元の世界?」

 そう言いかけたところで、乱馬の身体を淡い光が包み始めた。煌々と輝く黄金の光だ。

『初めて、光の門を開きし人間よ。おまえに託した、光の勾玉の超力で闇の女神を守れ。志半ばで倒れることがなければ、また会えるだろう。』

 その声と共に、すうっと意識が遠のいていく。再び、目も眩むばかりの光の洪水が乱馬を包み込んで行くのがわかった。
 そして、みるみる乱馬の姿は、空間へと飲み込まれ、見えなくなっていった。





『早乙女乱馬よ。おまえが本当にコスモノイドなのかどうか。私は、この宇宙の果てからおまえを見守り続ける…。それが、光の番人としての私の本当の使命だからな…。おまえが全ての光の超力を継承するまでは…。』
 光は、瞬きながら、そんな言葉を乱馬の去った後に吐きつけていた。



つづく




一之瀬的戯言
 最近、「不知火」を書くのに、勾玉に関する研究書を何冊か読み漁りました。勾玉って奥が深い…。あの、胎児にも似た形は日本特有のものだそうです。お隣の韓国にも出土の例があるにはあるそうですが、殆ど事例がないそうです。出雲神話にも深い関係があるそうで…。
 なお、古代においては、勾玉は「翠(みどり)」に近い色ほど重宝がられたそうです。

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