◇闇の狩人 再臨編


第一話 再来の大地



一、

 漆黒の宇宙は果てしなく広がる。
 その中に浮かぶ、宇宙船など、一塵の存在にもなり得ないかもしれない。だが、ダークホース号は、その空間を静かに飛ぶ。
 目的地は木星の衛星アンナケ。二十キロメートル直径の小さな星だ。


「そろそろ、目的地へ到着するわよ。総員、着陸態勢へ!」
 宇宙船のコクピットをなびきの声が響き渡る。
「了解、自動制御から手動制御へ変更します。乱子隊員、後は任せたわよっ!」
「ほいよっ!」
 乱馬は操縦桿をぎゅっと握り締めた。
 宇宙船ステーションが整備されていない星でやる、手動着陸だ。ステーションがないということは、着陸に必要な誘導波が出ないことになる。その場合、自動制御ではなく手動で宇宙船を操らなければならない。パイロットの腕の見せ所になる。
 元々アンナケは地球人類未踏の星ではなかった。
 三年前までは、ステーションも整備され、美しい人工的な景観で包まれていたが、今は廃れてしまっている。滑走路とステーションの痕跡はまだ残っていたが当然、ステーションは機能せず、有効な誘導波も出ない。
 着陸予定点へ近づくにつれて、人工物が窓下に不気味に薄っすらと浮かび上がる。まるで卒塔婆(そとば)のように上に伸びた、建物群の痕跡だ。
 目指す星の中央部分に、一際大きな影が浮かび上がる。セントラルタワーと呼ばれていた建物だ。
 勿論、前に来た時は、人工太陽の元、白く美しく輝きながらそびえていたタワー。しかし、今は、人口太陽も影を落し、ただ、黒く歪んで見える。
 「盛者必衰」。そんな『平家物語』冒頭の四文字の漢字が脳裏に浮かび上がってくる。

「へっ…。あんまり気持ちの良い眺めじゃねえな…。」
 操縦桿を握った乱馬が、前面に大きく映し出されるモニター画面の景色を見ながら思わずこぼした。
「ホント…。三年前の活気や華やかさは、かえって仇花を残してるわね。」
 あかねもそれに同調する。
 三年前、訪れたときは、その、輝かんばかりの美しさに、目を奪われたが、今は、光一つだに点灯しない廃墟へと成り下がっている。
「ナビゲーションレーダー立ち上げてくれ。」
 乱馬は傍のあかねに要求した。
「オッケー、立ち上げるわ。」
 ブンと音がして、前方画面にレーダーが映りこむ。目視では確認できない建物や障害物を探り、安全かつ正確に着岸するための装置だった。
「ちょっと揺れるかもしれねえ。総員、シートへ身体をしっかりと結わえておけよ。怪我しても、俺は責任とらねえからな!」
 艦内へと乱馬がアナウンスした。
「もうちょっと穏やかな声で言いなさいよ。今のあんたは、女の子なんだから。」
 あかねが苦笑いして囁きかけた。

 そうだ。この任務に就く前に、なびきに命令されて、乱馬は女へと変身を余儀なくされた。それに、今は「早乙女乱馬」ではなく「乙女乱子(おとめらんこ)」というセカンドネームを使っての任務であった。

「へっ!女言葉なんかじれったくって、喋ってられっか!良いんだよ。下手につくろうとかえってボロが出らあ。」
 彼はふんぞり返ると、ぎゅっと操縦桿を前に倒した。
「行くぜっ!着陸だ。」
 それにあわせるように。ダークホース号のエンジン音が逆に噴射するのがわかった。緊張の一瞬。昔も今も、宇宙船の事故は圧倒的に離着陸時に多い。手動操縦はパイロットの腕、如何で拷問に近い揺れを生じる。
 あかねたちは、ぎゅっと身構えた。だが、緊張した身体に、如何なる衝撃も感じることなく、降下していく。やがて、ダークホース号は轟音を立てながら、歪んだ高いタワーの脇へと着岸した。

「相変わらず見事な操縦するわねえ…。乱子ちゃんは。」
 なびきがにっと笑って見せた。
「本当だ。手動でこれだけ衝撃も受けずに、すんなり着陸できるなんて…。乱子さんは天才肌のパイロットなんですね。」
 憎まれ口を叩く、ナオムでさえも目を丸くしていた程だ。乱馬の腕に余程、感じるところがあったらしい。
「へっ!俺様の手にかかれば、ざっとこんなもんでいっ!」
 乱馬は得意がって操縦桿を置いた。
「こいつは、あんまり、褒めると付け上がるから、そのくらいで良いわよ。」
 あかねがやっかみ半分、そんな言葉を吐き付けたほどだ。

「俺たちが一番乗りかよう…。」
 そう言いながら、操縦桿をリセットしようとしたときだ。
 ぱあっと、周りが明るくなった。
「へ?」
 思わず、モニター画面に食い入るように眺め入る。
「この星の人工太陽が点灯したのね。」
 なびきが小窓から上を指した。
「あ…。本当だ。」
「自動センサーでも働いたかな?」
 あかねも一緒に見上げた。
 上空にぽっかりと浮かぶ、人工太陽が、光を放ちながら照らしつけている。
「念のため、大気を調べて見るわ。アナライズ。」
 そう言いながらなびきが、カタカタと機械を動かし始めた。
「窒素約七十八パーセント、酸素約二十一パーセント、アルゴン・二酸化炭素・ネオン・ヘリウム・クリプトン・キセノンそれぞれ微量…理想的な地上の大気ってところかしらね。」
「ふーん…。誰かが、制御スイッチでも入れたかな。」
「かもね…。ほら。」
 なびきは前方画面を指差した。
「あ…。宇宙船が一台。」
「ウエストエデンのマークが入ってるから…。ウエストの先遣者がいろいろ手筈整えてくれたみたいね。ま、ご丁寧なこと。」
「けっ!ウエストの連中か!」
 乱馬がそう言葉を吐きつけた。
「ま、良いんじゃなないですか?先にやっていただければ、手間が省けて、僕たちも楽が出来るってものですよ。」
 ナオムがそう言いながら笑った。
「てめえは、まだ見習いだから知らないだろうけどな…。ウエストとイーストは昔から張り合ってるんだ。どっちが先に来て、手筈を整えてってことまで、こだわったりするんだぜ。きっと、ウエストの連中、今頃、一番乗りだってご機嫌こいてるに違いねえ…。」
 乱馬がそう言葉を吐きつけようとしたとき、モニターが切り替わった。

『通信。こちらは、ウエスト、フリーダム号船長、ライン・クレメンティー。』
 そう言いながら、男が一人、モニター画面に浮き上がってくる。

「ほーら、出やがった。」
「しっ!」
 あかねは乱馬の口元を押さえた。

『イーストの諸君、お役目ご苦労様。先に来た、僕たちで、アンナケの地上環境は整えておいた。安心して、大地を踏みたまえ。重力制御装置も正常に働いているので、地球上の環境とそう変わらない。』

「こちら、天道運送会社、ダークホース号船長のなびき・天道。貴船のご尽力に感謝します。」

 なびきは社交辞令にのっとって、とりあえずは礼を入れた。

『何、先に到着した者の勤めだからね。』
 男はつくろった笑みを浮かべている。

「では、我々も上陸します。許可を。ライン・クレメンティー船長。」

『了解。誘導波を出しますから、それに沿ってどうぞ。』

 今度は女の声がした。
 そこに映し出されたのは、長いブロンズヘアーの若い女性。

「ローザ…。」
 思わずあかねが語りかけた。

『あら…。天道さん。お久しぶりですこと。あなたの船だったの。奇遇ね。』
 女は社交的な作り笑いを浮かべた。

「知り合いか?」
 乱馬があかねを突っついた。
「ええ…。ラグロスのハイスクール時代にちょっとね…。」
 その問い掛けに、ぼそっとあかねの答えが返った。

『そっか…。あなた、イーストのエージェントになったって、言ってたわね。ふーん、今回の任務にあなたも来たわけ。…ま、良いわ。それより、誘導波に乗って、着岸なさいな。まだ、後続船が続々この滑走路に到着するから、そこに居座ってちゃ邪魔だからね。』

「り、了解。」
 あかねは少しむっとしたような顔を手向けたが、ローザの言うとおりに誘導波へとナビゲーションシステムを移行させた。

『じゃ、後ほど、陸(おか)でね。』
 そう言うと、ローザとラインの通信が途切れた。


「はあ…。変わってないなあ…。ローザは。」
 あかねは思わず苦笑いしたくらいだ。
「そっか…。ローザ・クレメンティーとライン・クレメンティー。白薔薇ペアて呼ばれてる連中かあ…。」
 なびきが思わず声を出した。
「白薔薇ペア?」
 思わず乱馬が訊き返した。
「ええ…。イーストの若手じゃあ、凄腕って評判の兄妹ペアよ。紅顔の美少年、美少女ペアとしても有名でね。へえ…。妹の方はあかねと知り合いだったの。」
 なびきがあかねを見返した。
「知り合いって言っても、単なるクラスメイトだっただけよ。とりわけ親しかったわけじゃないわ。」
 あかねはむすっと言葉を吐いた。親しいいと言うより、逆に、仲が悪かったかというような口ぶりだ。
「けっ!ウエストのエージェントらしい、嫌味な言い方と顔つきしてやがったぜ。。」
 乱馬もぶすっと吐き出す。あかねに呼応したような形だ。
「もう、いい加減になさいっ!あんたたちのウエスト嫌いはちょっと尋常じゃないわよ。」
 なびきは苦笑しながら乱馬とあかねを見返した。

「仕方ねえだろっ!」「仕方ないわよっ!」

 同時に叫んだ。

「たく、あんたたち、こういうところも気が合うんだから…。」
 なびきは、はあっと、溜息を吐き出した。
「ま、いいわ…。ウエストの連中と張り合うくらいで励みにもなるわよね…。さてと、命令よ。乱子隊員、あかね隊員でペア行動なさい。ナオム隊員は私と一緒に組んで以後は行動よ。」
「り、了解!」
 ナオムは、ちょっとがっかりしたように敬礼しながら言い放った。それから、渋々となびきに従った。本心は乱馬とあかねについて行きたい素振りだったのを、なびきが先に牽制したのだ。命令と言う形で。ダークエンジェルの超力を覚醒させなければならない事態が起こりうることに、とりあえずは備えたのだろう。



 陸(おか)へ上がってみて、驚いた。

 たった三年という時間しか経たないのに、この荒廃の仕方は何だと言いたくなる。いや、あの惨劇の後、ずっと放置されていた様子が見て取れた。
 所々に連邦軍や乱馬たちが戦った痕跡も、生々しく残っている。

「嫌な雰囲気だな…。」
 乱馬がぽそっと言葉を放った。それから、あかねの方をちらっと見やった。あかねは押し黙ったまま、あたりを見回していた。

「集合場所はセントラルタワーのホールだってさ。」
 なびきが乱馬たちに言った。
「あ、それから、学者さんたちはあたしたちが連れて行くから、暫し、感傷にでも浸ってなさいな。」
「あん?感傷?」
 怪訝な乱馬になびきが続けた。
「ま、いいから。時間あげるから、気持ち切り替えて、ちゃんと任務を履行できるように心を落ち着けなさい!」
 そう言うと、なびきはナオムを従えて、別行動へと移っていった。




 人工太陽の無機質な光が、辺りを照らし出す。

「あれから三年かあ…。」
 乱馬はあかねに語りかけた。
「三年…。長いようで短いようで…。」
「おまえ、どこまで覚えてる?」
「覚醒の時のこと?」
「ああ…。」
「あのときのことはおぼろげにしか覚えていないわ。強い超力に苛まれて、崩壊しかけた時に、乱馬、あなたがあたしを呼び起こしてくれた。気がついたら、あたしはあなたの腕に抱かれて…。」
 上気した顔が乱馬へと手向けられる。
「そっか…。」
 すっと差し出される手。
「時の女神…。また、この星で会うことがあるかもしれねえ。それが幸と出るか。それとも禍と出るか。」
 難しい顔があかねを見詰めた。
 今は女の形をしている乱馬だ。だが、心まで女性化しているわけではない。
「乱馬…。」
「これから何が起こるかわからねえ。おまえには俺が居る…。己と俺を信じろ。俺もおまえを信じるからな…。」
 こくんと揺れるダークグレイの瞳。

 その上を、何艘かの宇宙船が降下してくるのが見えた。

「地球連邦軍立大学府調査団のお出ましか…。」

 轟音をすぐ上で仰ぎながら、乱馬の口が動いた。

「願わくば、この忌まわしい超力を、使いたくはねえな。この星の上ではな…。」
 乱馬はじっと、ダークエンジェルの超力を封印しているリストバンドを見詰めた。



二、

 調査隊のメンバーを乗せた船が大方、出揃ったのだろう。

 集合場所のセンタータワーへと足を踏み入れてみると、そこには、何名かの団体が徒党を組んで、集っていた。
 軍人の中に混じって学者然とした者が居る。かと思うと、大学府の学生と思われる者も居た。それぞれに一種独特な雰囲気を漂わせ、そこに居た。
 総勢二百名ほどの団体が、この度の調査のために、ここへと集ったのである。

「私が今回の遺跡調査団を取り仕切る、ウイリアムだ。諸君、古代超文明の手がかりがこの小さな星にも眠るという情報を信じようが信じまいが、それぞれに於いて、その痕跡を探し当ててくれ。願わくば世紀の大発見とならんことを祈る。」
 
 初老のはげ親父が、そう、みんなに語りかけた。この調査団の責任者でもある、連邦大学府の考古学博士であった。

「さて、詳細は、ユルリナ・メイズ博士に説明願おう。」
 ウイリアム博士に促されて、出てきたのは、美人な女性学者だった。年頃は三十代前半といったところであろうか。美しいブロンズの長い髪が人工太陽の陽光に映える。

「ユルリナ・メイズです。さて、我々の調査ですが、地球連邦軍の協力を得て、今から一週間、地殻などを含めて基礎調査をします。かつての事件の折に、この星のどこかで、地球の海底遺跡と良く似た人造物があったと、報告されています。我々はその真相を確かめに派遣されました。勿論、極秘情報です。直径が二十キロくらいの小さな星ですから、容易に痕跡の有無を割り出すことができるでしょう。これから、いくつかの区割りをして、調査を行います。詳細はそれぞれのセクションミーティングにてお知らせします。以上。」
 ユルリナは簡単に任務を伝えた。


「諸君も知ってのとおり、この場は、俗に言う「アンナケの悲劇」として、世間ではテロリスト集団の襲撃を受けた場所とされている。だが、その実は、機密事項でもある、ゼナの魔手が絡んだ事件でもある。そこで、連邦からはゼナ牽制の意も込めて、厳重な警護の協力も貰っている。若手だが、優秀なエージェントたちに本件に関わってもらっている。安心して、調査に勤しんでくれたまえ。」


「優秀なエージェントねえ…。ま、半分は当たってるかもしれないけど…。」

 あかねの後方で、嫌味な声が響く。
 ローザ・クレメンティーの声だ。

「こら、ローザ。失礼なことを言うんじゃない。」
 その傍で兄のライン・クレメンティーが牽制する。

「けっ!俺たちじゃあ、不足だって言いたげだな。」
 乱馬が思わず声を荒げた。

「あら…。あたしたちはウエストじゃあ、指折りのエージェントだけど…。そちらはどうかしら?コードネームだって付けられないくらいの平々凡々としたイーストのエージェントでしょ?しかも、見習いつきだなんて…。」
 さっとナオムの方を流し見た。

 ナオムはへらへらと笑っている。動じた風もない。
 普通、そんなことを言われれば、むすっとするか、萎縮したしまうかのどちらかなのだが、顔色一つ変えない。
(この子、結構、我慢強いわね…。というか、あんなウエストの娘っ子には負けないってくらい、芯が強いのかもしれないわ。)
 なびきが舌を巻いたくらい、動じない態度だった。

「それに、落ちこぼれとエリートじゃあねえ。」
 あかねをちらっと見ながらローザは続ける。
「こら、ローザ!いい加減にしろっ!」
 たまりかねたのか、兄のラインが妹を牽制した。

「ごめんね…。任務の前はいつもこの調子だから…。気を高ぶらせて、集中力をつける。それがこの子のやり方なんだ…。」
 やんわりとした笑顔をラインは乱馬たちに手向けた。

「ま、任務に就いてみねえと、優劣なんざ、わからねえからな。気楽に行くさ。」
 乱馬は荒ぶっていた気を引っ込めると、そう言ってにっと微笑を作った。勿論、目は笑っていない。てめえらには負けねえ、という、気迫に満ちた輝きを、解き放っている。

「お手柔らかに願おう。無名のエージェント諸君。」

(なっ!この野郎、はなっから、俺たちなんか相手する気はねえってか。)
 乱馬は思わず苦笑した。無名。そう、ラインは自分たちは有名だが、君たちは無名だと言ったつもりなのだろう。

「君がチーフかい?」
「いや…。チーフはあっちのなびきだ。」
 乱馬はぶすっと答えた。

「よろしく、白薔薇ペアのお二人。」
 なびきはすいっと手を差し出した。
「ああ…。お手柔らかに…お嬢さん、お坊ちゃんたち。」
 どこまでも嫌味な物の言い方だった。
「ライン。そろそろ準備にかかりましょうよ。あたしたち、そんなに暇じゃないんだから。」
「そうだな。じゃ、失敬。お互い、与えられた任務はしっかりこなそう。」
「あかね、足を引っ張らないでね。」
 そう言い放つと、兄妹はどこかへ行ってしまった。
 
「ちぇっ!ふざけた野郎だぜ!」
 乱馬は忌々しげに二人を見送った。

「なあ、おまえ、ラグロスのハイスクールでは落ちこぼれだったのか?」
 乱馬があかねを流し見ながら、ぼそっと耳打ちした。
「あのねえ…。そりゃあ、ローザと比べたら、成績は確かに悪かったけど…。あたし、不器用だったし。でも、身体張った部門は彼女には負けなかったわよ。」
「ふーん…。頭脳派よりも腕力派、って奴だな、そりゃあ。」
 乱馬がにやっと笑った。
「ま、俺たちの裏コードネーム、訊いたら、多分おったまげるだろうがな…。これは極秘事項だからな…。奴等の前では無名で甘んじるさ。」
 誰にも聞こえないくらいの小声であかねに囁いた。
「それに…。任務はコードネームでするんじゃねえ…しな。」
 そう付け加えることも忘れなかった。
「能有る鷹は爪を隠すのものだしね。」
 あかねが吐き出した。
「わかってんじゃねえか…。」
 乱馬はにっと笑った。

 エージェントたる者は、その爪を隠すものだった。
 勿論、この現場においても、自分の所属は明かさない。知っているのは、ごく一部の軍部関係者、ここではウエストのクレメンティー兄妹くらいだろう。
 表向きに己たちはは「運送会社の人間」ということになっている。帰り便に対応できるようにいつでも待機しつつ、施設をコントロールするという任務を与えられているのだ。だから、先に乗り込んできたクレメンティー兄妹が、制御装置を正常に働かせたのも一理ある。
 エージェント同士は一目を置くために、互いの存在を誇示だけはする。これも暗黙の了解だった。

「で、もう一組ずつ、西と東のエージェントが出るって言ってたよな。」
 乱馬はなびきに問い質した。
「ああ、あれね。途中で変更になったみたいよ。」
 なびきがにっと笑った。
「変更になっただあ?どういう意味だ?」
「もう一組、ウエストから出る予定だったんだけど、途中で迷子になっちゃったらしくって…。」
「迷子だあ?」
 乱馬がはっとしてなびきを見返した。
「もしかして…。良牙が絡んでるとか…。あいつなら、確かに途中で迷子になりかねねえけどよ…。」
「良牙って…あの土星星域で任務したときの、あんたの知り合い?」
「ああ、あいつだ。」
 乱馬はこくんと頭を垂れた。良牙とは一度、土星衛星のヘレーネで遭遇している。
「詳しくは知らないけど、クレメンティー兄妹がね、自分たちだけで充分だって豪語したらしいわ…。」
 なびきが乱馬にそう告げた。
「で、聞き入れられたのか?そんな無謀な話。」
「聞き入れたもなにも…。あっちは一組になったから…。」
「じゃあ、こっちは?」
「こっちもあたしたちだけ。」
 なびきはあっさりと言い放った。
「ま、その方が動きやすいことは動きやすいが…。」

「でもね…。もう一組、別から来ることになっちゃったのよねえ…。これが。」
 なびきが付け加えた。
「あん?」

「ほら…。そろそろ到着するわよ。」

 そう言いながら、上空を見上げた。

 
 遥か上空から一艘の宇宙船が、上げながら進入して来るのが見えた。ちらちらとランプを点滅させて旋回しながら誘導を待っているようだ。

「あれか?何処の所属のエージェントだ?」
 空を仰ぎ見ながら乱馬は問いかけた。
「えっと、連邦宇宙局諜報部よ…。」
「連邦本部の奴か?…って、おいっ!まさか…。」
「そう、そのまさかよ。」
 なびきは思わせぶりな溜息を吐いた。
「あいつ…。九能が来るってえのか?」
 こくんとなびきの頭が揺れた。
「だって…。九能ちゃんも、あの時一緒に居た当事者でしょう?来ないわけないじゃん。」
「嫌な奴が来るなあ…。」
 乱馬はぼそっと吐き出した。
「他にも彼はもう一人、余計なの引き連れてくるって、事前情報もつかんであるんだけどね。」
 なびきが乱馬を見て、意味深に言った。
「余計な奴だって?」
「ええ…。多分、あんたには、ものすっごく嫌な相手じゃないかと…。」
 そう言いながらにやりと笑う。
「誰なんだよ…。その嫌な相手っつーのは。」
 思わず、身を乗り出して、なびきを流し見る。
「百聞は一見にしかずってね…。近づいてくる船見たらわかるんじゃないのぉ?」
 なびきはにやにやしながら進入してくる船影に向かって指を差した。

「あん?」

 一緒につられて、乱馬が見上げた。

 船影が旋回しながら、着陸点を定めたようだ。
 ゴゴゴゴゴゴゴ…。
 音を上げながら、セントラルタワー目掛けて降りてくる。
 だんだん近づいてくる宇宙船。

「げえ…。あれはっ!!」

 思わず乱馬が声を荒げた。
 確かに見覚えの有る船影が浮かび上がってくる。

「おいっ!!あれは…ワンダーホース号じゃねえのか?どうなんだ?ええっ?」
 思わずなびきに食って掛かっていた。

「ワンダーホース号?」
 あかねは初耳らしく、思わず訊き返していた。

「ピンポン!ご名答!あれはワンダーホース号よ。」
 なびきがすらっと、それに答えた。

「ってえことは、お、おいっ!九能を乗せて、あいつがここへ降り立つって訳かあ?」
「みたいねえ…。」
 にっと笑ったなびき。
「ねえ、ワンダーホース号って誰の船なのよ。あいつって?」
 会話の外に投げ出されたままのあかねが、乱馬となびきへと問い質した。

「あいつだよ…。俺をこの忌まわしい身体にした上に、天道運送会社へ放り込んだ、張本人!!」
 乱馬が憎々しげに言い放った。
「え?」
 呆けるあかねになびきがそれを受けて答えた。
「そう、ワンダーホース号の船長の名は、早乙女玄馬。」
「早乙女玄馬?…。ってことは…。」

「俺の…親父だあっ!!」
 乱馬が吐き捨てるように言った。

「えええ?乱馬のお父さんっ?」

 そう荒げたあかねの声をかき消すかのように、ワンダーホース号は乱馬たちの真上を、轟音を上げながら、着陸していく。
 滑るように滑走路を走って、前方に止った。そして、ゆっくりと機体をこちらへ向けて着岸する。
 悠々と翼を休めて、二人の男が、アンナケの大地へと降り立った。



つづく




一之瀬的戯言
 「闇の狩人・後編」の始まりです。
 前編よりも、長い話になってしまいました。
 またまた、長くてくどい話ではありますが、最後までお楽しみくださいませ。
 プロットへの変更を余儀なくされて、書き直しに時間を貰っておりました。

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