◇闇の狩人 覚醒編


第五話 うごめく闇



一、

 柔らかい光にふっと意識が浮き上がった。
 窓から差し込んでくるのは、整備された人工太陽の朝の光。

「あたし…。」

 思わずはっとなる。勿論、一糸まとわぬ姿。軽く毛布がかけられているだけ。
 ぐるぐると記憶が巡り始める。
 そうだ。シャワールームでいきなり抱きすくめられ、キスされた。そして、意識が途切れたのだ。

(乱馬の奴…。睡眠剤を使ったんだわっ!!)

 全身が震えだす。

(まさか、あいつあの後…。)

 そう思って辺りを見回す。と、傍でまどろんでいる彼が目に入った。
 いつもなら、ここで蹴りや拳が入って、彼を叩き出すところだが、ぐっと抑えた。
(確か、監視されてるって言ってたっけ…。)
 ぐぐぐっと拳を握り締めただけで、とにかく怒りを納めた。

『念のために言うがこれは「任務」だ。何に置いても任務が最優先だ。だから、付け焼きカップルだとばれるわけにもいかねえ。…だから、俺たちも思わせぶりなくらい、純然たる新婚を演出しなきゃならねえ…。あかね、暫く演技するから、付き合えっ!』

 そう言われたのを思い出したのである。

(やられっぱなしじゃあ悔しいわね。)

 勝気な悪戯心を起こしたあかねは、さっと着替えをすませると、そのまま傍らで乱馬が目を開くのを待った。勿論、早く目覚めるように、彼の身体に軽く刺激を与える。ゆっさゆっさとそれとなく揺らしてみたり、「起きて…。乱馬。」と何とも悩ましい声を耳元で囁いてみたり。それなりの努力はしてみた。

「う…ん…。」

 柔らかな刺激に乱馬は目が覚めた。
 ゆっくりと開かれた目に飛び込んできたのは、じっとこちらを見据える二つの円らな瞳。
「あかね?」
 問いかけようとして、がっと身体を捕まれた。
「い゛っ!」
 いきなりあかねが自分の胸に飛び込んできたのだ。
「おはよう、あ、な、た…。」
 そう囁くと、これみよがしに抱きついてきた。
(分かってると思うけど、あたしたちは新婚さんだからね!)
 もそっと耳元で囁く。
(お、おう…。)
 ぎこちない返事。
「おはよー。マイダーリンっ!!」
 これ見よがしにあかねは乱馬へとさらに深く抱きついた。

 ぎしっ!
 身体が音をたてて固まる乱馬。予想外の大胆なあかねの動き。すっかり毒気を抜かれた。
 勿論そればかりではない。

「ん…!」

 今度はあかねの方からいきなりキス。
 脳天を突き破られたような刺激が、乱馬の身体全体を駆け抜ける。完全にしてやられたのだ。
 唇を離されても、暫くは言葉も継げなかった。
 ドックンドックンと高鳴る心音。体中の血が全身を一気に駆け抜けたような動悸。

「あたしたち、新婚さんだものね…。」
 まだ意地悪くあかねが言葉を吐きつける。
「あ、ああ…。そうだな。」(こいつ、相当怒ってやがる…。)
 喧々諤々とあかねを見返した。
 口元は笑っているが、目は決して笑っていない。ぞくっと身体が湧き立った。
『あたしの乙女の純情、初唇をあんな形で奪っておいてえ、ただですむと思わないでよねっ!!』
 真摯な瞳はそう突き刺してくる。
 彼女の勝気さには、さすがの乱馬も舌を巻いた。
(こいつにとったら恋も愛も格闘の延長戦にあるのかもしれねえ…。)
 本気でそう思ったほどだ。

(深入りすると火傷するぜ…。)

 火傷だけならまだしも、骨も拾えないくらいに焦がされるかもしれない。そう思った。
 だが、彼もまた、勝気さではあかねの上を行くかもしれない。
 売られた喧嘩は必ず買う。売られたまま引っ込まない。そういう性分の若者であった。

 はっしと睨み据えてくる、あかねの勝気な瞳。
『怒ってるんだから!』
 と強い光はそう語りかけてくる。
 その光が余りに強すぎて、遂に、乱馬の心に火がついてしまった。

(そっちがその気なら…。)

 にやっと笑った。それから、くいっとあかねの腕を握り返して、こちらへ引いた。
 
「え…?」

 慌てたのはあかねの方だった。
 それほど唐突な乱馬の反撃行動だったのだ。
 強い力が身体を引き付ける。抵抗しようと突っ張ったが、その動きも簡単にねじ伏せられてしまった。そのままベッドの上に大文字に投げ出された。
「ちょ、ちょっと…。」
 自分としては、積極的な行動に出て乱馬の出鼻をくじいたつもりだった。そして、乱馬には何も言えない状態にして、今後の展開を優位に。そう思っていた筈なのに、完全に当てが外れた。

 形成は逆転した。逃れようと力を込めたが、到底彼の腕力に敵う筈はない。

「覚悟はできてるんだろうな…。あかね。」
 彼はあかねを組み伏すと、勝ち誇ったように見下げて笑った。
「俺に喧嘩売ろうなんて…俺は売られた喧嘩は買う主義だぜ。よもや忘れたわけじゃねえよな。」
 その鋭い眼光に、抵抗することも敵わない。
 乱馬のおさげ髪が頬に当たった。

「ん…。」

 半ば強引に引き合わされる濡れた唇。
 跳ね除けようと力を入れたが、むなしい抵抗に過ぎなかった。身体の要所を完全に押さえつけられて、身体の自由は既にもがれていた。
 彼のキスは激しかった。どこにそれだけの情熱を秘めているのか。あかねの心ごと吸い上げようと喰らいつく口元。
 出会ってから一年、ずっと我慢していた想いをぶつけるように求めてくる。彼を煽ってしまったことを、今更後悔しても遅い。顔を背けることも、拒絶することも忘れてしまった自分がそこに居た。
 いや、むしろ、それが快感へと変わっていくような感覚にも襲われるのは何故だろう。
 そう思ったとき、すっと全身から力が抜けていく。
 彼に求められることは嫌ではない。ずっと、こうやって求められることを待っていたのかもしれない。
 あれだけ拒んでいた腕や身体が、自然に彼を受け入れ始めているのがわかる。
 その時あかねははっきりと自覚したのだ。
 自分の中に根付く彼への想いの強さを。
 見開いていた目がすっと閉じられていく。

 彼の口が己を激しく求めて波打つたび、眠っていた激情が呼び覚まされていくような気がした。

 もし、歯止めが効かなければ、そのままあかねを抱いて、快楽の淵へと溺れていたかもしれない。だが、この先にあるのは「任務の履行」だ。
 まだ体に残る熱を持て余しながら、乱馬はあかねの身体から離れた。ふううっと長く漏れる溜息。
「あかね…。今度吹っかけてきやがったら、キスだけですむと思うなよ…。」
 耳元には悪魔の囁き。
 乱馬の中に潜む魔性を垣間見たような気がした。
 ぴったりと彼の胸元へ顔をくっつけ、息を整え始める。そんなあかねを乱馬はぎゅっと抱きしめていた。

 キスだけですまないとしたら、身体ごと翻弄されるのだろうか。いや、むしろ自分はそれさえも拒まず、そうなることを望んでいるのかもしれない。

 身体が熱い……。

 この勝負はあかねの惨敗だった。

 暫く放心したように、縋っていた乱馬の身体がふっと浮き上がった。
「さあ、行くぜ。いよいよ任務が始まる。」

 乱馬は相棒を笑って見下ろした。こくんと揺れるダークアイ。今度は頬に軽くキスされた。




「おはよ…。今日の太陽、お互いに拝めてよかったわね。」
 ロビーでなびきが声をかけてきた。
「何人か消されたらしいわよ…。気をつけなさいよ。」
 とこそっと囁いてきた。傍には九能が苦虫を噛み潰したような顔で侍っていた。

「なびきもしのいだらしいな…。どうやってって訊いてみてえ気もするが…。」
「そうね…。お姉ちゃんのことだから何か奇策を持って臨んだんだろうけど…。」
「そうだな。あいつが、あっさりと身体を許すなんて考えられねえ。」
「何だか危ない会話してるわよ…あたしたち。」

 ふっと笑みがこぼれる。
 二人、少しだけ心の距離が近づいた気がする。

「ねえ…。あんたたち…。」
 なびきが去り際に言った。
「ちょっとだけ関係が進んだかしらね…。」
 ドキッとして立ち止まる二人。
 まだ、ウブな二人だった。


二、

 約千組のカップルが整然と集る大広間。
 会場はあちこちで、それぞれのカップルが神妙な顔つきで控えている。これから始まるイベントに、一様に緊張した面持ちだ。

 ぱあっとスポットライトが光だし、これみよがしに掻き鳴らされるファンファーレ。と、銀河テレビの売れっ子タレントがふっとマイクを握り締めて現われる。

「レディース・アンド・ジェントルメン!ようこそ皆様。必然の女神の司る衛星、アンナケへ。」
 
 どっと湧く会場。

「あれ、誰だ?」
 乱馬があかねを横から突付いた。
「ミスター・レオパルト。今、太陽系中を沸かせている中堅俳優よ。」
「へえ…。そいつ、有名なのか?」
「あんたって、本当に芸能関係には疎いんだから…。スクリーン俳優で二枚目、三枚目、自在に演じ分けられる、高感度ナンバーワンの男優なんだから。」
「ふーん…。野郎には興味ねーもん。」
「野郎だけかしらねえ…。なら、ミズリー・ロワイヤルって知ってるの?」
「あん?何だ?その名前…。」
「ほら、全然、女優すら知らないじゃないの…。ミズリーは美少女で鳴らした子役の頃から、絶大な人気があった、当代きっての女優よ…。で、あのミスター・レオの婚約者でもあるわ。」
「ほお…。」

 と、続けさまに大喝采。その女優、ミズリーまでが現われたからだ。
「わあ、言ってる先に出てくるなんて。」
「たく…、何が面白うてこんな場末にタレントなんぞ…。」
「ホント、あんたって、こういうイベントののりがわかってないのね。二人ペアで出てくるってことは、わかりきってるでしょう?演出よ、演出っ!」

 と、派手なファンファーレが再び鳴り響く。

「いよいよ、主催者のお出ましみてえだぜ。」
 乱馬は溜息交じりで視線を流した。
「変な新興宗教がかってねえか…。」
「文句言わないのっ!」
 じろっとあかねに睨まれて、乱馬はヘイヘイと黙った。

「あ、あの人…。」

 壇上に上がった女性を見て、あかねがあっと声を上げた。
「あれは…。昨日の…。」
 乱馬の視線が一瞬だが険しくなった。
「あの女性(ひと)、アンナ・バレルだったのね…。ここの経営者、バレル一族の。」
「へえ…。なるほどな。」

「ようこそ、皆様。アンナケへ。このアンナケへわが社が華燭の宴を提供する観光施設を作って、早いもので半世紀が過ぎました。その間に数多のカップルの永遠の愛を誓うセレモニーを請け負ってまいりました。…今日はその記念すべき五十年祭。選ばれた皆様へ、それぞれ豪華な思い出を作ってさしあげますっ!!」
 美しい女性には吸引力があるのか。それとも、この女性自身にカリスマ性があるのか。
 無邪気なカップルたちは、何疑う瞳も持たずに、この企画へとのめり始めていた。

「千組の皆様、それぞれに、ここのメインコンピューターが選び出した、それぞれの最高のウエディングプランを持って、愛の誓いの儀式を演出して差し上げます趣向。どうか最後までお楽しみください。」
 アンナ・バレルはそう締めくくった。

「千組それぞれの趣向かあ…。何だか気が遠くなりそうね…。」
「それだけ、大掛かりってわけだな…。何が飛び出してくるか…。」
 乱馬は不敵に笑った。彼がこういう顔つきをするのは、仕事に赴く時だ。野性たぎった顔に戻るのである。
「で、おめえ、昨日貰ったあの変な蒼い玉、ちゃんと持ってるか?」
 乱馬はあかねに問いかけてみた。
「勿論、持ってるわ。首からさげてる。」
 あかねはちらっと胸からそれを覗かせた。
「よっし…。これを預けたのが、アンナ・バレルだとわかったんだ…。」
 こくんと揺れるあかね。その表情は少し固かった。
 これを寄越した主がわかった以上、何か企みがあると踏んで当然だろう。

「それぞれ皆さんが最良と思われる、会場へ、ご案内いたしましょう。そこで存分にあなた方に似合った結婚式を挙げてください、グッドラック!!」

 壇上のアンナ・バレルがそう言うと、さっと手を上げた。

「さあ、素敵なイベントのはじまり、はじまりっ!!」

 拍手喝さいはそのまま途切れた。各人が座っていた椅子が突然、音をたてて、滑り始めたのだ。まるで二人乗りのゴンドラのように。

「乱馬ーっ!」
「あかねっ!」
 いきなりの急降下に思わずがしっと追いすがる。まるで宇宙遊園地の空間コースターのゴンドラのような乗り心地。
(まさか、一種の亜空間転送装置か?)
 そんな最中にあっても、乱馬は辺りを分析しにかかる。プロの意識の成せる業だった。物の数分も経たぬうち、投げ出されたのは綿毛の中。衝撃もなく、タンポポ綿毛をあしらった大きなクッションに受け止められた。



三、

「大丈夫か?あかね…。」
「ええ、何とかね。」
 ふわわっと上がる綿毛の中、互いの無事を確認しあう。
「乱馬、あれ…。」
 あかねは辺りを見回してすっと指を差した。
 そこにはメルヘンチックな白い建物がひっそりと建っていた。

『さあ、若い君たちには、メルヘンで幻想的な儀式を演出させていただきました。…気に入っていただけるかな…。さあ、パーティーの始まりだ。主役は勿論、君たちだ。』

 どこからともなく流れる男性の声。
「いよいよ、宴の始まりってわけか。」
 乱馬は苦笑しながらパンパンとズボンをはたいた。
 と、突然、華やかな舞踏の音楽が鳴り始めた。
「な、何だあっ?」
 音楽と共にどこからともなく現われてくるのは小人や森の小動物たち。背丈はあかねの腰位置よりも低いのが殆どで、それぞれ可愛らしくお洒落をしている。それにあわせて、イルミネーションも回り始める。

「何か、悪趣味だな。」
「そっかな…。あたしはこういうの嫌いじゃないけど。」

 きょろきょろと辺りを見回す乱馬。
「キャストはロボットか?」
 じっと目を凝らす。
「いや、仮想ビジョンか。」
 どうやら、実体ではなく、皆、空間に映し出される映像のようだった。消えたり現われたり、それを繰り返す。
(どこかに大型映写機が仕込んであるんだな…。)
 乱馬はどこか覚めた目で辺りを伺っていた。
 
 すっとあかねにスポットライトが当てられる。眩いばかりの光が一瞬彼女を包んだ。
「え?」

 光が一瞬白んだその瞬間、あかねのまとっていた衣装が変わる。

「ひょおっ!手品みてえだな。」

 思わず乱馬が感嘆の声を張り上げた。
 あかねの服は、みるみるドレスへと変化を遂げていた。短いレースの白いミニスカート。キラキラとスパンコールが光る純白のウエディングドレス風。丁度、長いウエディングドレスの裾が、ひざ上辺りで切られたような感じの衣装だった。白い彼女の足がすらっとそこから綺麗に見える。思わず釘付けられる視線。

「あんまりじろじろ見ないでよっ!」

 思わず恥らうような声をあげたあかね。

「今、可愛いと思ったでしょう?新郎さん。」
 背後で少年の声がした。
「はっとしてふり返ると、小さなウサギがこちらを赤い目で見ていた。
 ロボットかと思って振り向く。そいつはにっと笑って乱馬を見返した。
「どうです?気に入っていただけました?お客さん。」
 タキシードを着た彼が神妙な面持ちで立っている。
「ええ、可愛いわ。こういうの…。」
 あかねがにっこりと微笑みかける。純白ドレスの胸元には、昨日アンナ・バレルから貰ったペンダントトップが蒼白く光っていた。
 乱馬の着ていたタキシードも、あかねに合わせて白く変化していた。

「たく、悪趣味というかおせっかいと言うか…至れり尽くせりだな。」
 思わず苦笑いがこぼれる。今朝方ホテルを出る前に、これをと渡された衣装カプセル。それが遠隔操作で作用したのだろう。

(バトルスーツを下に着こんでなくて正解だったな…。なびきめ、周到な奴だよな…。)
 予め昨日渡されたなびきからのレポートで、いろいろと細かい指示が彼に対してなされていた。勿論、ベッドインのふりをしろというのもそうだったし、一切、連邦エージェントであることを露呈するような内容を話すなという忠告。その中に、できるだけ武器は身体にも隠し持つなとか、バトルスーツは着用するなというようなことまでも、仔細に触れてあったのだ。
(奴等も用心深いぜ。銃火器を隠し持てねえように、お色直しさせやがって…。ふふ、でも、そのくらいでなくっちゃな、張り合いもねえ…。)

 そろそろ奴らは何かを仕掛けてくる筈だ。そう思った。
 何事もなく過ぎ去るのであれば、わざわざ自分たちみたいな人間をここへ送り込むこともなかったろう。
 それが一体どのような形で現われるのか。緊張していたが、楽しみでもあった。

「さて、そろそろ本格的に宴を始めよう。…でも、その前に。」

 ウサギがすっと二人の前に立った。

「これは結婚式。誓いの儀式をここに…。」

 ぱっと辺りの情景が変わった。さっきまで外に立っていたと思ったが、一転して建物の中のようなビジョンに場面が転じたのである。一瞬で。

(また映像か…。)

 そこは、教会のドームの中のような荘厳な雰囲気を持つ世界だった。祭壇がウサギの背後に現われ、美しいステンドグラスが木漏れ日を浴びて色とりどりに輝き始める。
「うわあ、綺麗…。」
 傍らのあかねが見事なグラスに感嘆の声を上げた。
(たく…任務っつーこと忘れてやがるな…。こいつは…。)
 乱馬は苦笑いしたが、仕方がないかとも思った。いくらエージェントでも、感情は持っている。感情を殺された人間兵器ではないのだ。素直に与えられた情況に反応しているあかねを見て、まだ蒼さは感じたが、相手を油断させるには十分だろう。そう思った。
 あかねが感慨に浸っている間、乱馬は鋭い感覚を研ぎ澄ませていた。どこから刃が降りかかってくるのか。それを図っていたのだ。このまますむとは到底思えなかったからだ。

「さて、結婚の契約を結ぼうじゃないか…。お二人さん。」

 すっとウサギが二人の前に立った。

「御存知の通り、結婚は一つの契約。それが成立しなければ、新しい世界は開けない。」
 
 ウサギは語るように二人の目を見詰めてくる。

「そこでだ、ここに二人のサインを貰おうと思う。この記念の日に二人の名前が結婚の証として永遠に記される。」

 すうっと前に差し出された分厚い帳面。付けペンも一緒に差し出された。

「さあ、ペンを取って…。ここへ名前を…。」

 どうしようかと躊躇っていたあかねが、乱馬をちらっと見やる。このまま記してしまっていいのかと、目線で尋ねたのだ。もし、断れば正体はばれてしまうだろう…。
 乱馬はじっと見開かれた帳面を見詰めていた。
 そしてふっと笑みを零した。

「なるほど…そういうことか。」

 そう言いながらはっしとウサギを正面から睨み返した。
 その声に反応するように、辺りに黒い霧が漂い始めた。



つづく




一之瀬的戯言
 「不思議の国のアリス」。そんな世界を少し意識した偽装ウエディング。
 乱馬はともかく、あかねちゃんは絶対可愛いドレスも似合うかと勝手に決め付けております。
 半さんがあかねちゃんのウエディングコスはミニスカートが絶対良いと、ずっと前に言及していらしたので取り入れてみました。

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