◇闇の狩人 覚醒編


第十話 時の女神



一、

『あの男…。』
 女性はふっと手を下に下ろした。と同時に、赤い光が闇へと消える。
『あの娘の闇を浄化した…。一瞬のうちに…。勾玉の力も浄化した…。もしかして、光の一族の末裔なのか?』
 彼女はふっと微笑んで超力を収めた。
 すると、何事もなかったかのように、辺りは静まり返った。

 ゆっくりと抱きあったまま浮かんでいた乱馬とあかねが地へと降り立った。

『一人なら操れない闇でも、おまえたち二人なら操れるかもしれぬ…。』
 赤い翼の女性はゆっくりと言葉を継いだ。
 乱馬はあかねを抱きかかえたまま、女性の方へと向き直る。
『おまえたちに、そのダークエンジェルの超力、預けておこう。』
「預ける?」
 乱馬はきびすを返した。
『ああ…。この闇の超力は、ゼナの妖精をも闇へ返すことができる強大な超力だ。但し、この超力を使うとき、未発達な彼女はまた、闇に苛まれるだろう。闇の超力の浸透は彼女の心と身体を蝕むのだ。だが、それを浄化できる人間が傍に居るなら、暴走することはあるまい…。』
「浄化できる人間…。」

『そう、おまえのことだよ、乱馬。』

「俺?」

『あかねに穿たれた闇の超力を統べる超力。それがおまえの超力だ。さっき、あかねに広がった闇を瞬時に浄化してみせただろう。ふふふ、まさか、おまえにも潜在能力が眠っていたとは。もっとも、おまえたちが本当の意味でこの超力を扱えるようになるまで、まだ暫く日数が必要だろうがね…。「光の番人」がおまえたちを選ぶか否か、それは私にもわからない。でも、それがはっきりするその日までこの超力、預けておこう…。』
 女性は玉をすっと乱馬の前に差し出した。
『これをおまえに…。』
 そう言うと目の超力だけで玉を二つに分かち、それを乱馬の両手首にはめた。リストバンドに変形させて。
『あかねの超力を解放する時、これを破ればいい。「レリーズ!(解放)」その言霊に反応しておまえたちの超力は解放されるだろう…。だが、この超力はゼナの闇を無へ帰す必要が生じたときにだけ解放させなさい。使い方を間違えれば、光がおまえたちを飲み込んでしまうかもしれない…。』
「ゼナの闇を無に帰す。それがこの超力の目的なのか。」
『さあ、それは自分たちで考えるがよい。ダークエンジェルの超力。この超力が呪われたものなのかそれとも地球人類の希望となるのか…それはおまえたち次第だろう…。』

「おまえは一体誰なんだ…。」

『私は時の女神……。私は再びこの星の奥深くで眠りに就く。また会おう、ダークエンジェルの申し子たちよ。』

 女性はそう言うとさっと翼を広げた。赤い血の色の翼を。彼女を包むように、クロスのような十文字と羽を表すとも思える美しき三角形の幾何学文様がふうっと空へ浮かび上がった。
 そして、すうっと闇に飲まれるように文様と共に女神は消えていった。

「乱馬…あたし…。」
 女性が消えてしまうと、あかねが不安げに乱馬を見上げた。
「大丈夫だ…あかね…。たとえどんな過酷な運命の渦に投げ出されても、おまえには俺が居る…。そして、俺にはおまえが居る…。行こう、地獄の果てまで。二人ならば恐れるものは何もないさ。」
 
「乱馬…。」
 愛してる…確かにそう聞こえた。

 乱馬は答える代わりに、静かに唇を重ねた。
 あわせるように目を閉じたあかねからその時、一粒の涙が零れ落ちた。
 ひらひらとあかねをまとっていた白いドレスが、美しく輝く。
そのまま眠りに落ちる片翼のエンジェル。そしてそれを守るもう片翼のエンジェル。
 二人で一つの翼を広げた。
 漆黒の闇色の。









 アンナ・バレルの企みを潰し、あかねを救い出した。
 静かな静寂が辺りを包む。
 乱馬は、倒れ込むように己の腕に崩れてきたあかねをしっかりと受け止め、柔らかなその感触を満足げに抱えた。

「あかね…。」
 微かに開いた口が、愛しい者の名前を呼び示す。
 それに対する返答はなく、あかねは、ただ、乱馬の腕の中に、安心した表情を浮かべ、全身全霊を託していた。
 アンナケの女神の姿もない。

 すべてが終わった。

 そう思ったときだ。


 
「ダークエンジェルの超力か…。」
 ふっと上から人の声がした。
 九能だった。
「おまえ、今の…。」
 乱馬は訊いていたのかと厳しい瞳を投げ返した。
「訊くつもりはなかったが聞こえてきたのでね。」
 片腕をさすりながら九能は乱馬の前に立った。
「九能ちゃん…。」
 なびきがふらふらと睨み合う二人の間に入った。
 彼女もまた、しっかりと、乱馬たちの成り行きを脳裏に焼きこんだ一人だったようだ。

「この世をも滅しかねない強大な超力、ダークエンジェルか…。」
 じゃきっと構える銃の音。その銃口は確かに乱馬とあかねに向けられていた。
 乱馬も負けじと身構える。だが、生憎、武器と呼べる物は持ち合わせていなかった。超力を開眼させたくも、あかねは静かに眠り続けている。
「やめてっ!九能ちゃんっ!」
 いつもは冷静の塊、天道なびきもさすがにこの時ばかりは慌てた。
 その言葉など、耳に入らぬかのように、九能は淡々と告げた。
「今、連邦軍の最高機関へ全状況を流した…。」
 不敵な微笑みさえふっと浮かび上がる。
 連邦政府には歯向かえぬ、そう言いたげに言葉を吐き出した。
「ちょっと…九能ちゃんっ!」
 なびきがかすれた声で怒鳴った。
 何てことをしてくれたのだ。そう言おうとしたのだ。この強大な超力はミュー以上に危険なもの。それを連邦の最高機関に知らされてしまったら…。下る命令は乱馬とあかねを抹殺しろということにもなりかねない。いや、その公算が高いだろう。
 未知の能力、ダークエンジェル。
 地球連邦への脅威へと繋がるかもしれぬ超力の全容が明らかになる前に、二人をここで抹殺してしまえば良い。そう連邦幹部が下したら、再び、この場は修羅場と化す。

 乱馬の表情が険しくなった。場合によっては九能と刺し違えてもあかねは守る。たとえ、地球連邦と言う巨大な組織を敵に回したとしても…。そう瞬時に決意した。
 これもまた、自然の成り行きだろう。

「何、もう結論は出ているんだよ…。」
 九能はゆっくりと言葉を手向けた。
「最高機関が即座に結論を出してきたのだ。統帥閣下直々にな。」
 そう言いながら持っていた銃を懐へと収めた。攻撃する意志はないと言わんばかりに。
 そしてすっと手の甲を二人へと差し向けた。
「連邦軍最高指令、統帥閣下からじきじきの命令だ。しっかり拝聴したまえ。」

 九能が差し出した手の甲から、小さく音声が伝わってきた。手の甲に巻かれたリストバンドは通信機が仕込んであるようだ。


『早乙女乱馬及び天道あかね、この両名は、ダークエンジェルの超力を持って、今後もイーストエデンのエージェントとして任務履行に全力を尽くされたし。今までどおり、両名の身分は保証しよう。追って詳細は伝達する。以上っ!』

 告げるだけ告げると、通信は途切れた。なんともあっさりとしたものである。

「これが統帥閣下の声?随分若いのね。」
 なびきが穿った目を九能へ向けた。ここに居る九能以外の誰もが地球連邦軍最高指令、統帥閣下の声を聴くのは初めてだったからだ。
「ああ…。紛れもない統帥閣下殿の声だ。まあ、これで君たちも今までどおり、任務を遂行できる。勿論、ダークエンジェルの超力は最高機密として封印された。以上だ。」
 九能はそう言うと通信機を収めた。
「なんだか釈然としない部分もあるけれど…。ま、いいわ。ゼナと戦うあたしたちの任務が大筋で変わるわけではないから…。」
 乱馬も無言のまま、殺気を収めた。これで、九能を攻撃する理由はなくなったからだ。一応の身の保証は確保された。
 連邦軍の最高指令が不問に付すと結論を出したのだ。この超力も、このアンナケであったことも、全てが闇に葬られて処理されるだろう。ダークエンジェルの超力のことも、アンナケの女神のことも。全てが。

「さてと…。第五艦隊の攻撃も止んだしね。そろそろ撤収にかかりますか。」
 なびきがポツンと言った。
「アンナケ星攻撃を止めるように、第五艦隊にも指令が出たみたいだからな…。」
「これも九能ちゃんが手を回したのね…。どさくさに紛れて。」
「そういう剣のある言い方しかできないのか。貴様は。散々人に世話になりながら…。」
 九能はそう言うと笑った。
「何か、九能ちゃんにかなりな部分世話になったような気もするわね。」
「気ではなく実際そうなのだからな…。ありがたく思え。」
 活躍したのかしないのかよくわからない男ではあったが、態度は随分と横柄だった。

 とにかく、二人の待遇については何も変わらない。現状維持で全てが推移する。そういう結論に達したのだ。
 ダークエンジェルという未知の能力は、ゼナと対している連邦中枢機関にとって最上の好奇の対象とも言える。この超力を脅威と取るかそれとも好機と取るか。勿論それで判断は変わってくるのだが、ここで無下に切り捨てて葬り去るには惜しいと、統帥閣下は即座に判断したのだろう。
 まだ、ダークエンジェルの超力が海のものとも山のものとも判明しない以上、暫くは静観いや、利用してみようという計算がはじき出されても何ら不思議はあるまい。
 釈然としない、胡散臭さも勿論感じたが、とりあえずは現状維持ということで、乱馬もなびきもホッと胸を撫で下ろした。

「ここでお別れだな。天道なびき。今回の任務も随分楽しかった。また、今度会うときも楽しませてもらえると嬉しいがな…。」
「そうね…。できればあんたとは組みたくはないけれどね。」

 乱馬は傍らに立って、二人の会話を聞きながら、この二人の息も案外あっているのかもしれないと思った。なびきと九能。この二人、反目しあっているのか、それとも、同調しているのか。まだ、良く飲み込めないでいたが、良いコンビネーションだと乱馬は思った。
 何よりも、なびきが気さくに絡むこんな野郎が連邦宇宙局に居たとは。驚きと言えないこともなかった。天道家に身を寄せるようになってからずっと、彼女に男は無縁だと思ってきただけに、意外な気がしたのである。


 結局九能とはそこで別れた。
 ダークホース号が着岸し、乱馬とあかね、なびきはそれに乗務して帰路に就いた。九能はそのまま第五艦隊を誘導し、生き残ったカップルたちを収監しアンナケを去った。
 滅ぼされたゼナの手の者はそのままその地へ葬られた。バレル父娘は反乱軍に内通していたということで処理された。
 連邦軍との攻撃の応酬で、父娘共に死亡とだけ発表された。
 バレル財団は九能の報告を受けて解体。反逆分子として、連邦政府から処刑された者も少なからず居たという。処刑者も殆どが、公式発表では「行方不明者」として処理されたようだが、本当にドサクサに紛れて行方不明になった者も居たという噂だった。
 誰が生き残り、誰が処刑され、誰が居なくなったのか。
 諜報の末端部である、乱馬たちには聞かされなかった。勿論、あえて聞く必要もなかったのだ。
 その後、アンナケは捨て置かれた。第五艦隊の攻撃のせいで半分の千名近くが犠牲となった。だが、実際にはバレル父娘の主導した反乱分子の仕業だと一般人には報道されたのだ。まだ、一般民間人にはゼナの存在やミューの存在そのものが「機密事項」であったことには変わりはなかったからだ。
 「反乱分子によって破壊の限りを尽くされたアンナケ」には、誰も手を入れようとはしなかった。元々木星の辺境にあった観光星。わざわざ大金を費やして再開発などというもの好きな企業家も居なかったのだ。数十キロしか円周がない小さな星に過ぎなかったのだから。
 
 あかねは超力を使い果たしたのか、ぐったりと乱馬の腕に抱かれて眠っていた。九能や連邦最高機関とのやりとりも、勿論知らぬままに。
 しかし、寝顔は満足げに微笑んでいた。



二、

 あれから三年近い年月が流れた。
 その短期間にも、いくつものゼナの精霊を闇へと帰してきた。
 ダークエンジェルの超力と共に、眠っていたいくつかの潜在能力がまた、二人の間に次々と目覚めた。テレポート能力、透視能力、念力能力、テレパシー能力。二人の超力が呼応しあうように目覚めていったのだ。
 司令官のあかねの父、早雲などは どれだけアンナケからの生還を喜んでくれたかは想像に難くないだろう。
 アンナケから帰還以後、二人は時を経ずして結ばれた。若い二人は素直に互いの想いをぶつけ合うように、結ばれたのだ。当然の結果として。
 それはまた、別の機会に語るとして、勿論、エージェントという特務に就いている今、「結婚」という契約は許可されてはいない。だが、元々「許婚」としてマッチングされた二人を、天道運送会社の人々は温かくその「既成事実」を受け入れてくれた。事情が許せば、いつでも「結婚させたい」、あかねの父はそう強く思っていたに違いない。
 だが、その意思に反して、連邦政府側は二人の正式な結婚を許可することはしなかった。まだまだエージェントとしての働きを必要としていただろうし、未知なる超力を見極めようとする計算も働いていたのだろう。
 結婚が許可されない以上、子供を作ることは出来ないので、避妊させられている。だがそのことを除けば、殆ど夫婦関係を持っていると言っても差し支えはなかろう。

 月日を経るごとに、超力の制御にも慣れてきてはいたが、それでも、仕留めた闇が大きければ大きいほど、あかねの身体は容赦なく蝕まれた。
 気を抜けば、最初に暴走したように、制御不能になるのではないかという不安は拭いきれない。

(俺がおまえにこの試練を与えてしまったようなものだから…。)

 あかねが苦しそうに寝返る度、乱馬も苦しげにその寝顔を見詰め返す。あかねの苦しみは己の苦しみでもあった。それがパートナーというものだ。
 あの時、掌をあかねに翳して、女神の超力を与えなければ、別の人生を歩めたかもしれない。あの星へ出向いてさえいなければ…。
 人生は「たら」「れば」の繰り返しだ。
 だが、この超力によって、強靭な関係が出来たのもまた事実であった。
 あの時一緒に目覚めた己の超力。
 あかねのために目覚めたのだとそう思いたかった。あかねの闇を統べ、見守る。それが、己に与えられた使命。彼女が闇に苛まれている時は、ずっと傍に居て癒してやる。他の誰にも出きぬ役目が俺にはある。
 他の誰にもできない役割を負わされた。だが、決して苦ではなかった。
 あかねが闇を仕留めて、苦しみ喘ぐたびに、乱馬は柔らかな瞳を彼女へ手向けた。苦しむ彼女を見守り慈しむ。

 今度の任務にはきっと、九能が関わっているに違いない。そう思った。
(あいつは浮き上がった赤い玉のあの文様を見ているはずなんだ。多分…。) 
 玉が消える時浮かび上がった女神と文様。クロスのような十文字と羽を表すとも思える美しき三角形の幾何学文様を。
 ならば、地球の海底深くで同じ文様が発見されたとき、奴も反応し、連邦最高機関から任務を受けたとも考えられる。探索があの遺跡と絡んだものだとしたら…。いや、そうでなければわざわざ学者を集めてアンナケを探るなどという大掛かりなことをするわけがあるまい。
 ダークエンジェルの超力を探るためなのか、それとも、単なる遺跡発見のための布石なのか。
 乱馬個人的にも、アンナケで見た遺跡と、ずっと上の方で発見された遺跡と、関わりがあるのかどうか、この目で確かめてみたい好奇心も持ち上げられてくる。
 だが、あの星には忌まわしい記憶もある。あの惨劇現場に立たなければならないのだ。自分はとにかく、あかねがどういう反応を示すのか、不安な部分もあった。
 いずれにしても、一筋縄ではいくまい。
 エージェントの感がそれだけは激しく警鐘してくる。

 なびきが言うように、闇の女神、いや、時の女神が俺たちを呼んでいるのかもしれない。


「乱馬も寝ておかないと、任務、きつくなるわよ…。」
 あかねが乱馬の心の動きを読んだのだろう。ふっと目覚めてそう言葉をかけてきた。
「ああ、そうだな…。少しでも眠っておかねえとな…。」
 乱馬は柔らかい視線をあかねに落とした。じっと乱馬の身体に身を寄せてくるあかね。

「今は女に変身させられてっからな…。おまえにキスすることすらできねえ…。でも…。この任務が終わったら、羽を伸ばそうぜ。ナオム(あいつ)も居なくなることだしな。」
 乱馬は柔らかな気の鼓動をあかねに送りながら、語りかけた。
「そうね…。アンナケから帰ったら…。」
「それまでお預けか…。」
「何よ、その言い方。欲求不満溜まってるの?」
「溜まってらあっ!」
 そう言って頬を寄せる。
「バカっ!今は女同士よっ!」
「心は男だーっ!!」
 乱馬の叫びが響き渡る。

 ダークホース号は安定飛行を続ける。アンナケまであと半日。






  DARK ANGEL 5  闇の狩人 再臨編 へ続く





一之瀬けいこ的戯言
 あとがきと言う名の言い訳
 予定の半分でこの話は一端筆を置きます。
 このまま書くととんでもなく長くなるので、前編(覚醒編)と後編(再臨編)の二編に分けさせていただきました。
 次回、第五部、は、もとい、この続きです。

 年齢が高く、また、あかねとの距離や関係がかなり深く設定してある分、一之瀬描く乱馬の中でも突出して奔放で本能的です。この先どうなるか…R展開もありじゃねえかという迷いの気持ちはありますが、頑張って寸止めします。
 でも、それが何処まで続くのか、物凄く不安な行状を見せる、脳内のDA乱馬氏。
 この作品で出たがる乱馬は、私が手がけている他の二次創作的乱馬に比べて、「助平」では群を抜いているようです。あかねちゃんに対して見境無く、迫りまくるわ、手癖は悪いわ…。若い上に直情的、また、迷いというものが全くないナルシストであるので、ある意味、性質が悪いです。彼を相手しているあかねちゃんが気の毒に思えることも(笑

 ともあれ、後編の再臨編。また、一波乱、二波乱あります。
 アンナケの時の女神はどうなったのか。また、ダークエンジェルの超力の根源も、少しだけ明らかになるかと思いますので、お楽しみに。


(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。